Class:ワールドツアー
Country:イタリア
Region:イタリア北西部
First edition:1907年
Editions:113回
Date:3/19(土)
シーズン最初のモニュメント、春を告げる「ラ・プリマヴェーラ」。シンプルにして唯一無二の300㎞弱の超ロングコースと、ラスト10㎞だけで繰り広げられる白熱の攻防戦。
例年、ドラマティックな結末が描かれるこのスプリンターズクラシックについて、今年のコース、過去のレースの振り返り、そして今年の注目選手について解説していこう。
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レースについて
「モニュメント」と呼ばれる、最も価値の高い歴史ある5大ワンデーレースのうちの1つ。
その全長は例年300㎞弱を誇り、レース時間は実に7時間を超える。これはこのレースだからこそ許されている、唯一無二のステータスである。
今年は昨年・一昨年とコースが一部異なる。というより、昨年・一昨年新型コロナウィルスの影響で、近隣市町の反対によりコースから除外されていたトゥルキーノ峠が3年ぶりに復活。
とはいえ、それが何かレースに影響を及ぼすかというとそんなことはない。トゥルキーノ峠はフィニッシュ前150㎞も離れた位置にある緩やかな登りでしかなく、中継に映ることすらない。
例年、プロトンに緊張が走り始めるのは残り60㎞を切ってから始まるトレ・カーピ(「3つの岬」)と呼ばれるカーポ・メーレ、カーポ・チェルヴォ、カーポ・ベルタの3つの小さな登り。
この辺りから次第に位置取りが重要になってきて、残り27.2㎞から登り始め、残り21.6㎞地点で頂上に達する「チプレッサ(登坂距離5.6㎞、平均勾配4.1%、最大勾配9%)」。
そして残り9.2㎞地点から登り始め、残り5.5㎞地点で頂上に達する「ポッジョ・ディ・サンレモ(登坂距離3.7km、平均勾配3.7%、最大勾配8%)」。
とくにこの後半の「ポッジョ・ディ・サンレモ」でここ5年連続で決定的なアタックが繰り出されている。
以下、その5年のレースを振り返っていこう。
2017年
エリア・ヴィヴィアーニ擁するチーム・スカイがアシストを3枚残した状態で集団の前方を占領し、ポッジョ・ディ・サンレモに突入。
山頂まであとわずか、最大勾配の8%区間でペテル・サガンがアタックした。
ここにすぐさま反応したのがジュリアン・アラフィリップ。さらに、チーム・スカイのミハウ・クフィアトコフスキもここに食らいついた。
ダウンヒル巧者が3人そろえば、集団が追いつける道理はない。残り2.5㎞時点でそのタイム差は16秒。逃げ切りが確定した。
先頭をメインで牽引するのはサガン。これは仕方ない。アラフィリップにはフェルナンド・ガビリアが、クフィアトコフスキにはエリア・ヴィヴィアーニがおり、彼らが先頭を牽く理由は全くないのだ。
やがて残り1㎞でタイム差が20秒にまで開くとさすがにいつまでもツキイチは認められなくなってくるので、二人も少しずつ回り始め、いよいよ最終スプリントが開始される。
このときはまだ「若手」だったアラフィリップは最後の戦いに絡むことができなかった。
サガンがまずは先頭に出て、その加速によってごくわずかに残る2人との距離が開いた。
だがそこからのクフィアトコフスキの伸びがすさまじかった。
最後の最後で投げ出した自転車がラインを貫いたのは、サガンではなくクフィアトコフスキだった。
2018年
この日のヴィンツェンツォ・ニバリは、あくまでもエーススプリンター、ソンニ・コルブレッリのアシストのつもりだった。
実際に残り12㎞地点ではコルブレッリの前で彼を牽く姿を見せており、ラスト10.6km地点ではFDJのアシストであるイグナタス・コノヴァロヴァスがバーレーン・トレインのポジションを奪おうとしてきたときも、巧みなアクションでこれを押しのけている。
そんな彼が動き出したのはラスト7.1km。
ポッジョ・ディ・サンレモの山頂間近になったところで、イスラエル・サイクリングアカデミーのクリスツ・ニーランズがアタックしたとき、これを抑え込むために追撃で飛び出したときであった。
まさかこれが、自らの勝利に繋がる一撃になるとは、当のニバリ自身も予想していなかったようだ。
「ポッジョではコルブレッリのために働いていたし、最後の5㎞まではニーランズを追いかけることだけを考えていたつもりだった。でも監督が無線で集団とのタイム差を教えてくれたとき、僕は思ったんだ。『フルガスだ』と」
ニーランズが脱落し、単独でポッジョの下りを走ることになったとき、ニバリは10回目のミラノ~サンレモ挑戦にして初めて、ただ一人でその先頭を走ることとなったのである。
それは6年前、同じポッジョでアタックし、一人でフィニッシュに向かうチャンスがありながらも、やがて追いついてきたファビアン・カンチェラーラとサイモン・ゲランスに追い抜かれ、敗北したあのときの悔しさを晴らす勝利だった。
そして、イタリア人としては実に12年ぶりのミラノ~サンレモ制覇であった。
2019年
ドゥクーニンク・クイックステップがその完璧なチーム力を発揮して掴み取った勝利だった。
残り10㎞のポッジョ・ディ・サンレモ突入直前段階で、ジュリアン・アラフィリップの前にアシストが3枚。しかも、ポッジョの登りが始まって先頭に立っていたイヴ・ランパールトが脱落した後、それまで姿を見せていなかったはずのゼネク・スティバルが突如として集団の後方から上がってきて、トレインの先頭にジョインして猛牽引を開始したのだ。
さらに、先ほど登りの入口で先頭を牽引し、仕事を終えて落ちていたはずのフィリップ・ジルベールまでもが、残り8㎞を前にして再び集団の先頭へ。
鬼の形相で駆け上がっていくジルベール。右手からアタックしようとポジションを上げていたアンドローニジョカトリの選手も、何もできないままにすごすごと後ろに引き返さざるをえないほどの勢い。
この時点で集団は一気に引き伸ばされ、各チームのエーススプリンターたちは引きちぎられてしまうかこのあとの展開に反応できないくらい集団の後方にぶら下がるだけになるか、そのいずれかであった。
そして、ポッジョ山頂1㎞手前の最大勾配8%区間。
ここでアルベルト・ベッティオルをアタックし、誰もここに反応しようとしないのを見たその次の瞬間に、アラフィリップは一気に加速した。
全力のそのアタックに、反応できたのはペテル・サガンやミハウ・クフィアトコフスキなど5名の選手たちだけ。
そうして6人の精鋭集団ができあがると、アラフィリップはすぐさまその集団の一番後ろに貼りついて、足を貯め始めた。
「僕はポッジョの頂上で決定的なセレクションを行うために全力を尽くした。そしてそのあとのダウンヒルで回復に努めた。ラスト2㎞で僕は自分に言い聞かせた。僕は勝ちたい――2位じゃ嫌なんだ」
ラスト1㎞直前にマッテオ・トレンティンが単独で抜け出し、そこにワウト・ファンアールトがブリッジを仕掛けようとしたとき、再び彼の足にスイッチが入った。
トレンティンとファンアールトの危険な抜け出しをその加速で抑え込んだあと、ラスト600mでマテイ・モホリッチが不意をつくアタックを繰り出したときに、彼は3度目の加速でこれもまた抑え込むことに成功した。
そして、残り300m。
再びモホリッチが腰を上げたとき、アラフィリップはしっかりとこの後輪を捉えた。
これが決定打となった。
いくつもの選択を完璧にこなし続けた「未来の世界王者」は、初のモニュメント制覇を成し遂げた。
2020年
前年のミラノ~サンレモをアラフィリップで制したドゥクーニンク・クイックステップだったが、この年はサム・ベネットでの勝利を第一に考えていたのかもしれない。
残り10㎞のポッジョ・ディ・サンレモ突入直前、チプレッサの下りで独走を開始したダニエル・オスを捕まえるためにボブ・ユンゲルスやカスパー・アスグリーンが先頭に立って集団を牽引していくドゥクーニンク・クイックステップトレイン。その最後尾に、サム・ベネットの姿があった。
実際、この年のアラフィリップは直前までドロミテでの高地トレーニングを行っており、あくまでも最大の目標はツール・ド・フランスとクライマー向けの世界選手権であると述べていた。ストラーデビアンケとミラノ~サンレモを最高のパフォーマンスで臨むことはできないと事前に語っており、事実1週間前のストラーデビアンケではパンクに見舞われたことも相まって24位フィニッシュという結果に終わっている。
だから今年はあくまでも無事にポッジョ・ディ・サンレモを乗り越え、最後サム・ベネットで勝負する――その彼らの思惑を打ち砕いたのが、トレック・セガフレードだった。
ポッジョ・ディ・サンレモ突入と同時に、ジュリオ・チッコーネがジャンニ・モスコンと共にアタック。ドゥクーニンク・クイックステップのティム・デクレルクがすぐさまこれに反応して抑え込みにかかるが、何度も後ろを振り返りベネットがついてきているかを確認している様子は、前年のような集団を完全に支配下に置いてポッジョを踏破していた彼らの姿とは対照的だった。
さらに、チッコーネたちが吸収されたあとは、入れ替わりでジャンルーカ・ブランビッラがアタック。集団はさらにペースアップし、ついにサム・ベネットが脱落。
2020年もまたミラノ~サンレモは集団スプリントを放棄する展開へと突入していく。
と、なればドゥクーニンク・クイックステップとしても、ジュリアン・アラフィリップで行くしかなかった。
残り6.6㎞。ポッジョ山頂まであと1㎞の最大勾配8%区間で、アラフィリップが一気に加速する。
これに反応できたのはワウト・ファンアールトとミハウ・クフィアトコフスキの2人だけ。しかしクフィアトコフスキはすぐさま引き離され、ファンアールトだけが食らいついていった。
山頂に至るまでの約2分間。断続的なダンシングでひたすら加速し続けたアラフィリップ。途中までは食らいついていけていたファンアールトも、やがて引きちぎられていく。
そして、ポッジョの山頂を通過して下りに入った時点で、アラフィリップとファンアールトとのタイム差は5秒。
「プランB」にも関わらず、アラフィリップの走りはあまりにも圧倒的だった。
ツールと世界選手権に向けて登りを徹底的に強化していた2020年のアラフィリップにとって、このポッジョでのアタック力はある意味で昨年以上になるのは必然であった。
だが逆を言えば、そこで決定的な差を付けない限り、最後の競り合いで敗北することもまた、必然であった。
あらゆるライバルを突き放すことのできたアラフィリップにとっても、ファンアールトは「わずか5秒」しか突き放すことができなかった。
そして1週間前のストラーデビアンケを制して乗りに乗っているファンアールトにとっての、この5秒は決して大きくはないタイム差であった。
アラフィリップが下りで少し膨らみすぎてしまうという彼らしくないミスもあり、そのタイム差は着実に縮まっていき、やがて残り4.7kmでその背中を完全に捉えることに成功する。
ラスト1.7㎞からは、アラフィリップも完全に先頭交代を拒否し始める。
だが、2019年のグランプリ・シクリスト・ド・モンレアルや2021年のストラーデ・ビアンケのときのように、常にアグレッシブさを忘れないアラフィリップがそういった消極的な動きを見せたときというのは、彼が本当に勝てない状況のときである。
残り750m。最後のカーブを曲がった時点で、集団とのタイム差は6秒。そして集団の先頭を取っていたマチュー・ファンデルプールも牽制を行っている姿を確認し、逃げ切りを確信したファンアールトはペースを落とし、背後のアラフィリップを何度も振り返りつつ、ホームストレートをゆっくりと突き進んだ。
そして残り200mを切って、ファンアールトは先にスプリントを開始。
次の瞬間、アラフィリップも追撃。
一瞬、アラフィリップの方が勢いが上のようにも思えた。
だが、そのあとはファンアールトが粘り切って見せた。
常に車輪半分をアラフィリップより先行させながら、落ちるはずのペースが落ちることはなく、最終的には偉大なるディフェンディングチャンピオンに前を譲ることも一切しないまま、1年前のツール・ド・フランスで自転車生命の危機すら感じさせる大怪我を負った男が、復活のモニュメント勝利を成し遂げたのである。
2021年
チプレッサでサム・オーメン(ユンボ・ヴィズマ)が全力の牽引を見せ、アタックが封じられた集団は一気に絞り込まれていく。
その後はルーク・ロウを中心とするイネオストレインが集団をコントロール。一時は30名程度にまで絞り込まれた先頭集団も、ポッジョ・ディ・サンレモ突入時点では再び80名近い大集団に。
ここで先頭に立ったのがTT世界王者フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)。登りにも関わらず超ハイペースで集団を牽引してくガンナによって、エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス)もジャコモ・ニッツォーロ(キュベカ・アソス)も脱落していく。
残り7.2㎞でガンナが脱落したのち、残り6.6㎞、頂上まで1㎞の位置にある最大勾配8%の毎年恒例の「勝負所」で、この年もまたジュリアン・アラフィリップがアタックし、そこにワウト・ファンアールトが食らいつくという定番の構図で戦いのゴングが鳴り響いた。
但し、前年と違って、このときのアラフィリップの攻撃は決定的な分断を生み出すほどではなかった。
ファンアールトも頂上までの最後の数百メートルで再プッシュするも、小集団を引き離すことはなかなかできず、結果、下りにおいてペースを緩め、ワウト・ファンアールト、ジュリアン・アラフィリップ、マチュー・ファンデルプール、カレブ・ユアン、トム・ピドコック、マイケル・マシューズ、グレッグ・ファンアーヴェルマート、マッテオ・トレンティン、マクシミリアン・シャフマン、アレックス・アランブル、セーアンクラーウ・アナスン、そしてジャスパー・ストゥイヴェンの12名の先頭集団が形成されることに。
このときのことをストゥイヴェンはのちに振り返っている。
「この強い選手たちと共にフィニッシュラインに行こうとはまったく考えていなかった。実際、僕は友人に言っていたんだ。『オール・オア・ナッシングで行くつもりだ』って。どの選手にもチームメートはいなかったし、それは僕にとって有利な状況だった。完璧なタイミングを見つけ、ギャップを作り、あとは足を空にしてひたすらフィニッシュラインに向かうだけだった」
その「完璧なタイミング」は残り3㎞で訪れることとなった。
アタックして逃げ切るには、やや長すぎる距離。しかしそこが誰もが緊張を弛緩させる最適なタイミングだと気づいたとき、彼はアクセルを踏むことに躊躇しなかった。
彼はオール・オア・ナッシングでこの場所に来ていたし、1年前のオンループ・ヘットニュースブラッドでも彼は、そんな「敗北を恐れない」ことで大きな勝利を手に入れていたのだから。
「みんなが彼ら(ワウト、マチュー、アラフィリップ)のことを話題にするのは当たり前だと思っている。彼らと1対1で戦うとしたら、彼らの方が強いだろう。でも、今年の初めから言っていることだけど、4位になることを考えてスタートラインに立つわけじゃないんだ」
残り3㎞でアタックしたストゥイヴェンは、狙い通り誰からもすぐに反応されることなく、一人飛び出すことに成功した。
とはいえ、この3㎞は、過去にも多くの選手が抜け出して、そして失敗している3㎞でもある。ストゥイヴェンも、一人でこの3㎞を走り抜けることになっていれば、結局はラスト数百メートルで捕まえられていたことだろう。
だが、そこにもう1人の男が現れる。セーアンクラーウ・アナスン。残り1.5㎞でプロトンから飛び出した彼が残り1㎞で追い付いてきて、そしてすでに体力も限界を迎えつつあったストゥイヴェンは彼を利用することに決めた。
「最後の1㎞で、僕はセーアンが来るのを見たので、僕はクランクの前まで足を休めることにした。それは僕に300mの休息期間を与えてくれ、そのあと彼が僕の前を牽いてくれたらいいと思っていたが、実際に彼はそうしてくれた」
残り1㎞通過直後に訪れる直角2連続カーブ。ここで追い付いてきたクラーウアナスンの前を牽きながら流しつつ足を休めていたストゥイヴェンは、クランク終了直後にペースを上げたクラーウアナスンの後輪をしっかりと捉えて離さなかった。
あとは、我慢比べだった。
後方からは牽制しつつも、マッテオ・トレンティンやジュリアン・アラフィリップによって何度かの加速を見せる小集団。
早すぎても届かないし、遅すぎても捕まえられる。
ギリギリの決断が求められるこの最終局面で――ストゥイヴェンは、クラーウアナスンの前に出ないまま勝負所のラスト150mを迎えることとなった。
ここまでくれば、勝利は確実だった。
50m後方の集団からはマチュー・ファンデルプールがスプリントを開始するが、もはや遅すぎたし、ファンデルプールの足ももう、残ってはいなかった。
迫りくるカレブ・ユアンをかわし、ストゥイヴェンは自身初のモニュメント制覇を掴み取った。
5年連続の「ポッジョ・ディ・サンレモ」決戦。とくに、その頂上1㎞手前(フィニッシュまで6.6㎞)の最大勾配8%区間。
今年も、この区間での攻撃がすべてを決めるのか。それとも今年こそ、6年ぶりの大集団スプリントでの決着が見られるのか。
それとも・・・今年は更なる選択肢もありそうだ。
最後に、今年の注目選手を紹介していく。
注目選手
まず、今年は異様な事態が広がっている。
もちろん、ここ数年は異様であり続けた。すなわち、新型コロナウィルスという前代未聞の大流行によって。しかし、それでもミラノ~サンレモは比較的影響を受けずに済んでいたのだが――今年は、また様相が違っている。
パリ~ニースの最中も、それは次々と選手をリタイアに追い込んでいった。新型コロナウィルスとは違った、何か別の、原因不明の感染症? 理由は不明確だが、数多くの選手が不可解な体調不良により出場辞退の憂き目に遭っている。
今年はそれが顕著に出ている。毎年の優勝候補であるカレブ・ユアンも、昨年の優勝者のジャスパー・ストゥイヴェンも、2019年覇者のジュリアン・アラフィリップも、サム・ベネットも、ソンニ・コルブレッリも、2015年覇者ジョン・デゲンコルプも――あらゆる優勝候補たちが、レース直前になって出場を辞退する状況となっている。
ゆえに、今年は何が起こるかわからない。
そんな、荒れたスタートリストの中から、注目の選手を数名、選出してみる。
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)
前述のように、多くの優勝候補が辞退する中、ほぼ唯一生き残った最大の優勝候補の1人というべき男がこのワウト・ファンアールトである。しかも、今年の彼は例年にも増して絶好調。クラシック開幕戦オンループ・ヘットニュースブラッドではティシュ・ベノートを加えた「新生ワウト班」の力を見事に発揮して優勝をもぎ取った。
そしてパリ~ニースでは、とくに第1ステージの展開が、まさにこのミラノ~サンレモも予行演習のように機能した。
残り13㎞からローハン・デニス、残り10.7㎞からマイク・テウニッセンが集団の先頭を牽き始め、一気に集団を縦に長く引き伸ばす。そして残り7㎞地点から始まる3級山岳(登坂距離1.2㎞、平均勾配6%)でネイサン・ファンフーイドンクが先頭に立って加速。そこからクリストフ・ラポルトに先頭交代し、さらなるペースアップを見せた。
この一撃で、ラポルト、プリモシュ・ログリッチ、そしてワウト・ファンアールトの3名が完全に抜け出した。最初、ゼネク・スティバルが食らいついていたもののすぐに引き離され、のちに集団からピエール・ラトゥールも抜け出してブリッジを仕掛けようとするが、成功しなかった。
あとはもう、3名だけのチームTT状態であった。
もちろん、同じような展開が起こるというわけではない。但し、この動きの発端となったクリストフ・ラポルトとネイサン・ファンフーイドンクは今回のメンバーにも選ばれており、同じようにポッジョ・ディ・サンレモでの攻撃においてログリッチと共にファンアールトのために働くことだろう。その前段のテウニッセンとデニスの代わりとして、ヨス・ファンエムデンとエドアルド・アッフィニも控えている。
あとは、相変わらずの「超優勝候補」ゆえの大牽制合戦に巻き込まれないかどうか・・・オンループ・ヘットニュースブラッドでは、そこにティシュ・ベノートという「ダブルエース」がいたからこそ、それを避けることがある程度できたのだが・・・。
そこは、次に紹介する人物がレースを「かき乱す」ことによって、うまくチャンスが転がり込んでくるかもしれないが。
タデイ・ポガチャル(UAEチーム・エミレーツ)
今年最大の台風の目となりそうなのがこの男だ。本来であればもちろん、「スプリンターズクラシック」ミラノ~サンレモでは優勝候補になりえない男。しかし、そんな常識は、この男の前では簡単に破壊されてしまうことだろう。
今やパトリック・ルフェーヴルですら、「エディ・メルクスの後継者」はレムコ・エヴェネプールではなくこのポガチャルだと言ってしまっているくらい。先日のストラーデ・ビアンケの衝撃の50㎞独走勝利に続き、このミラノ~サンレモ、さらにはロンド・ファン・フラーンデレンすら獲ってしまっても何も驚くことはないだろう。
さらに、そんなポガチャルのやる気を後押しするように、UAEチーム・エミレーツも変にパスカル・アッカーマンなどの色気は出さずに、全力のパンチャー全振り体制。一応、ライアン・ギボンズという準スプリンター的存在は用意しているが、アレッサンドロ・コーヴィ、ダヴィデ・フォルモロ、ヤン・ポランツ、ディエゴ・ウリッシなど、アルデンヌ・クラシックかと見紛うような面子を揃えてきている。
すべては、ポガチャルのポッジョ・ディ・サンレモでのアタックに向けた体制か。いや、コーヴィなども非常に調子がいいことを考えると、選択肢の多さを利用して、むしろポガチャルは残り27㎞のチプレッサからの独走逃げ切り勝利なんてことも、考えているかもしれない。
もちろん、チプレッサからの独走勝利は、過去にないわけではないが、非常に難易度は高い。が、この男にはおよそ不可能というものはない。
もちろん、そんなポガチャルだからこそ、もうストラーデ・ビアンケの二の舞は許さないとばかりに、彼のアタックに食らいつく選手たちもいるだろう。
そのとき、レースは更なる混沌を招き、もはや収拾のつかない事態になるかもしれない。
ビニヤム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
そんな混沌の展開の中で光るのがこの男、わずか21歳のエリトリアの至宝、ビニヤム・ギルマイである。
今年のシーズン最序盤のチャレンジ・マヨルカの一戦において、フィニッシュ前の登りでエースのアレクサンデル・クリストフが脱落したのち、生き残った集団の中で先頭を奪い取ったのがこの男であった。
2020年にはトロフェオ・ライグエーリアで2位。そして2021年のU23世界選手権ではフィリッポ・バロンチーニの逃げ切り優勝を許した集団の中での先頭を取ったのもこの男だった。
この男の強みは、パンチャーおよびクライマーたちによるセレクションの中でも十分に生き残るだけの登坂力と、それでいて並大抵のパンチャーを遥かに上回るスプリント力を発揮できること。モニュメント制覇にはまだまだ早すぎるかもしれないが、それでも、何か予想のつかないポテンシャルをまだまだ秘めている男であるはずだ。
直近の前哨戦ミラノ~トリノでも錚々たる顔ぶれの中でしっかりと10位に入り込んでいる。ポッジョ・ディ・サンレモでのアタックで相当数のスプリンターが削られれば、十分に勝機はあるだろう。
但し、その後の(昨年のストゥイヴェンのような)抜け出しを許してしまえば、集団先頭は取れるといういつものカレブ・ユアンパターンに陥る可能性は十分にある。なかなか抜け出した選手を自分で捕まえるというタイプでもないしおそらくチームメートも一緒に残るパターンもあまりなさそうなので、そこはもう、他の優勝候補たちに頑張ってもらうしかないか・・・。
ジャンニ・モスコン(アスタナ・カザフスタンチーム)
では、そんなギルマイの嫌う「抜け出し」パターンを獲りうる選手は誰か、と考えたとき、昨年のストゥイヴェンが不在の中、考えられるのは昨年実際にそれを繰り出したセーアンクラーウ・アナスンと、そしてあともう一人がこのジャンニ・モスコンである。
2021年はツアー・オブ・ジ・アルプスで2度、こういう「レイトアタック」によって逃げ切り勝利を決めている。そして何より、昨年のあのパリ~ルーベの活躍。もちろん、本来的にパンチャーである彼が、ポッジョ・ディ・サンレモでの加速についていけないわけがない(実際過去についていっている)。
不安要素は、今年の調子がここまで決して良くないこと。トロフェオ・ライグエーリアもストラーデ・ビアンケも完走できておらず、ティレーノ~アドリアティコは最後まで走り切ったものの、第4ステージ以降はすべて100位以内にも入れていない。
ただ、逆に言えば無理はしない中でしっかりと足慣らしが出来ているとも言える。誰もが警戒しなくなっているくらいが一番ちょうどいい。そのとき、このレイトアタックの名手が、鋭い一撃を繰り出すことだろう。
マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス)
ついに、この男が帰ってきた。昨年の東京オリンピックマウンテンバイクでの大落車。その後のトレーニング中の落車などもあり、シクロクロスシーズンも全く精彩を欠いたまま早期に走ることを中断し、長期の休養・回復期間に入っていた男が、ついにロードシーンに戻ってくる。
元々は、来週の1クラスのステージレース、セッティマーナ・コッピ・エ・バルタリでの復帰の予定だった。しかし、アルペシン・フェニックスが多くの怪我や病気による出場可能選手の不足という事態に対応するという理由で、まさかのミラノ~サンレモからの復帰となったのである。
一応、そんな状態なのでこのミラノ~サンレモではあくまでも「足慣らし」。決して無理はせず、真のエースであるだろうジャスパー・フィリプセンのためのアシストに徹する、あるいはそれすらせず勝負所に入ったところで早々に落ちていく可能性は十分に高い。
とはいえ、彼もまた、ある意味で常識に囚われない男。
そして、ここ最近我々の目がファンアールトやポガチャルに向けられているときこそ、この男は突如、また我々を驚かせてくれる男である。
もちろん、無理はしてはほしくない。何事もなくレースを終えれば、それはそれでがっかりでもなんでもなくむしろ安心する。
それでも、一握りの「心構え」はしておこう。我々の目に、どんな衝撃が映りこんできてもいいように・・・。
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