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「エリトリアの至宝」ビニヤム・ギルマイのこれまでの歩みと、エリトリア人ライダーたちの歴史と未来

 

ヨーロッパロードレースシーズンの開幕を告げるスペイン・地中海に浮かぶマヨルカ島でのワンデーレース5連戦「チャレンジ・マヨルカ」。

その2日目にあたる「トロフェオ・アルクディア」にて、アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオに所属する21歳のエリトリア人、ビニヤム・ギルマイが勝利した。

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2020年、NIPPOデルコ・ワンプロヴァンスでプロデビューを果たし、直後のラ・トロピカーレ・アミッサ・ボンゴでステージ2勝とポイント賞。

さらには2月のトロフェオ・ライグエーリアで2位に入り込み、欧州トップレーサーたちの間でも十分に戦える実力を示した「約束された才能」だったが、その後所属チームのデルコが混乱の極みに達し、暫く存在感が消失。

だが、昨年の夏にアンテルマルシェ入りが決まり、直後のツール・ド・ポローニュなどでも早速活躍する姿を見せるなど、復活の兆しを見せていた。

 

そして、今回の勝利。それは、昨年5月まで勝利なしで苦しみ続けていたアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオにとっては、僥倖とも言える「早すぎる今季初勝利」であった。

 

 

今回はこの「エリトリアの至宝」ビニヤム・ギルマイについて、そしてエリトリアという国にとっての自転車競技の歴史と未来について語っていきたいと思う。

 

 

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エリトリアの至宝

ビニヤム・ギルマイ(本名ビニヤム・ギルマイ・ハイル)は2000年4月2日にエリトリアの首都アスマラで生を享ける。

2018年にワールドサイクリングセンターに参加。過去、黒人として初めてツール・ド・フランス山岳賞ジャージを獲得したダニエル・テクレハイマノや、ケニア生まれの世界最強ライダー、クリス・フルームなど、非主流国からの才能を数多く発掘しているこのワールドサイクリングセンターにおいて、彼もまた才能を伸ばし、同年には世代最強であったレムコ・エヴェネプールを1度下してもいる。

2019年には西アフリカのガボン共和国で開催されたラ・トロピカーレ・アミッサ・ボンゴ第3ステージで勝利。1月23日のこの勝利は、2000年生まれのライダーとして最も早いプロ初勝利であったという(エヴェネプールは6月のベルギー・ツアーで初勝利)。

2020年にはNIPPO・デルコ・ワンプロヴァンスの一員としてプロデビュー。

その年もラ・トロピカーレ・アミッサ・ボンゴに出場し、早速ステージ2勝とポイント賞。そしてさらには、2月に行われたイタリアのトロフェオ・ライグエーリアにおいて、ディエゴ・ローザとのマッチスプリントを制し、ジュリオ・チッコーネに次ぐ2位に食い込む。

 

「アフリカ人の才能」から、若手最高峰の才能の持ち主であることを、世界に証明してみせた瞬間であった。

 

 

しかし、その後、新型コロナウイルスの流行が広がったことと、そして「デルコ」の内部の混乱も重なり、その後のギルマイはややその勢いを減らすこととなる。

2020年のジロ・デッラ・トスカーナ4位や2021年のトロフェオ・ライグエーリア9位などそこそこの成績はコンスタントには出していたものの、世界に名を轟かすレベルの期待に比べるとどうしても陰りが見える姿ではあった。

 

そんなデルコもいよいよ存続を諦め、所属メンバーの契約フリーを宣言。

再び世界に飛び出すチャンスを掴んだギルマイを救ったのが、ワールドツアーチーム昇格1年目にして早急な戦力強化を求められていたアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオであった。

 

かくして、2021年8月6日。

ビニヤム・ギルマイはアンテルマルシェのメンバーとして、ワールドツアーチームデビューを果たすこととなった。

 

 

 

そして彼は、すぐさまチームの期待に応えて見せた。

すなわち、チーム合流3日後に開催されたツール・ド・ポローニュの第1ステージ、フィル・バウハウスとアルバロホセ・ホッジが勝利を争ったスプリントステージで、区間8位に入り込む成績を叩き出したのである。

 

その後、9月頭の「クラシック・グラン・ブザンソン・ドゥー」というフランスのワンデーレースで優勝。ナイロ・キンタナや、その年のジロ・デ・イタリアで区間勝利しているアンドレア・ヴェンドラーメを打ち破っての勝利であり、その年5月まで初勝利がなく苦しんでいたアンテルマルシェに対し、貴重な1勝を早速プレゼントした形となった。

 

そして、同年のフランドル世界選手権。

フィリッポ・バロンチーニが逃げ切り勝利を決めたU23カテゴリのロードレースで、オラフ・クーイやU23欧州ロード王者ティボー・ネイスらを斥けて、集団先頭の2位でフィニッシュすることに成功した。

 

 

激しいアップダウンをものともせず終盤まで残り、その中でのスプリントであれば十分に勝利できる足をもつ、マッテオ・トレンティンやワウト・ファンアールト、ジュリアン・アラフィリップに近いようなタイプの脚質の「若手最有望株」であることを改めて証明して見せた。

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UCIロード世界選手権史上初となる、黒人による表彰台獲得という歴史的な瞬間となった。

 

 

そして、今回の「トロフェオ・アルクディア」である。

世界のトップチーム御用達のキャンプ地、スペイン・マヨルカ島でシーズン冒頭に行われる「4日/5日間のワンデーレース群」マヨルカ・チャレンジ。

その2日目として開催されたこのレースはフィニッシュこそ平坦スプリントではあるものの、フィニッシュ前40㎞地点に2級山岳が用意された一筋縄ではいかないレイアウト。

この登りでモビスター・チームに移籍したばかりのイバン・ソーサダミアン・ホーゾン(バイクエクスチェンジ・ジャイコ)らがペースアップを図り、これらを追いかけるためにパスカル・アッカーマンライアン・ギボンズらを擁するUAEチーム・エミレーツがハイ・ペースを刻んだ結果、集団の人数は50名程度にまで絞り込まれ、そこからアンテルマルシェの本来のエース、アレクサンデル・クリストフまでもが脱落してしまった。

 

クリストフ脱落により、勝利の責任はギルマイに託された。

その後も激しい展開が続き疲弊したアッカーマンはすでに力を失っており、結局最後はギボンズとジャコモ・ニッツォーロ(イスラエル・プレミアテック)との競り合いの中で、彼にとって理想的と言える展開をギルマイは見事に制して見せたのである。

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こんな風にシーズンを始められるのは本当に信じられない!

 

と彼自身もTwitterで書いている通り、うまくいかない時期を過ごしてもきた彼にとって、新たなシーズンに向けた希望を感じられる勝利であったことは確かだろう。

そしてこの先、若手というカテゴリを超えて世界最高レベルの選手へと進化していくうえでも、重要な一歩となるだろう。

 

そして、アンテルマルシェというチームにとっても、昨年はあまりにも遠く長かった「1勝目」を、まさかこんなにも早く、あらゆるチームよりもずっと早く手に入れられるとは、思ってもみなかったことであろう。

その意味でギルマイは、タコ・ファンデルホールンやクリストフらと共に、間違いなくこのチームの柱の1人となることだろう。

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そしてその活躍は、エリトリアという国にとっても、強い希望となるだろう。

 

 

 

エリトリア人ライダーの未来

アフリカ東岸、「アフリカの角」の根本に位置する国エリトリア。

イタリア植民地時代に自転車競技が導入され、自転車ロードレースは「国技」と言ってもよいくらいに国民に定着している。

しかし、そのエリトリア人による世界最高峰の舞台での活躍の歴史は、意外にも非常に短い。

 

エリトリア人として初めてプロチームに所属したのは、2012年にオリカ・グリーンエッジ(現チーム・バイクエクスチェンジ・ジャイコ)でデビューしたダニエル・テクレハイマノである。

ギルマイと同じ、ワールドサイクリングセンター出身の彼は2015年にはMTNクベカの一員としてツール・ド・フランスにエリトリア人として初出場し、第6ステージで逃げに乗った彼は、そのまま、アフリカ人として初となる山岳賞ジャージ(マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ)を獲得した。

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まさにアフリカにとって新たな歴史を刻んだ瞬間であった。

同じ年のツールにも出場していた南アフリカ人のルイス・メインチェスも、翌年とそのさらに翌年のツール・ド・フランスでも総合8位と大躍進。

当時は新人賞(マイヨ・ブラン)の対象でもあった彼は、アフリカ人として初の、シャンゼリゼにおける特別賞ジャージ着用者になるのではないか――と強い期待をもって私も注目していた。

 

 

が、そんな彼らの活躍も、ここ数年、停滞期に入ってしまった。

テクレハイマノは2017年を最後にチーム・ディメンションデータ(旧MTNクベカ)との契約を打ち切られ、暫く契約のない状態で過ごしながら2018年2月にようやくコフィディス・ソルシオンクレディと契約を結ぶ。

しかし、コフィディスとの契約もその年で終了し、以後は2020年までフランスのアマチュアチームに所属していたようだが、そこでも結果を残せないまま現在に至っている。

 

 

テクレハイマノ以後も、才能あるエリトリア人ライダーたちが世界の舞台に乗り込んできている。今年からEFエデュケーション・イージーポストに移籍したメルハウィ・クダス(28歳)は2019年のツアー・オブ・ターキーで総合4位、現トレック・セガフレードのアマヌエル・ゲブレイグザブハイアー(27歳)も2019年ブエルタ・ア・ブルゴス総合6位のほか、グランツールでも積極的な逃げを見せている。

しかし彼らも、期待されながらもなかなかそこから殻を破れずにいる。

昨年までコフィディスに所属していたナトナエル・ベルハネ(31歳)も、今年は所属チーム無しという状況の中で、あえでいるのが現状である。

 

 

そんな中、ビニヤム・ギルマイは、このエリトリア人たちの、「才能はあり、一定のラインまでは間違いなくいくが、そこから『世界有数の』ライダーへと抜け出すことができない」という状態を破れる存在となりうるか?

ここまでの彼の活躍は間違いなくその中でも特に注目すべき輝きを放っているのは確かだ。デルコ時代の「陰り」は、ややいつもの流れかと不安になったが、そこからアンテルマルシェに移籍して再びその才能を発揮しつつある現状は、これまでのエリトリア人ライダーとは違った可能性を感じさせるのに十分なものである。

 

今度こそエリトリアが世界の頂点に名を轟かせる時代がやってくるか?

同じマイナー国に属する日本人としては、彼らの活躍を引き続き応援していきたいと思う。

 

 

そして、先ほど少し言及した、南アフリカ人のルイス・メインチェスも。

現在はギルマイと同じアンテルマルシェに所属する彼は、今年30歳になる年齢だ。

かつての2年連続ツール・ド・フランス総合8位は彼にとってのピークであり、ここ数年は全く振るわない姿を見せてしまっていた。

 

が、昨年の彼はそこからの変化を感じさせた。

クリテリウム・ドゥ・ドーフィネではステージ終盤までメイン集団に残り、積極的にアタックする姿を見せた。

4年ぶりに出場したツール・ド・フランスでは総合14位と、ここ数年のグランツールの成績の中では抜き出た結果に。

そして直後に出場したブエルタ・ア・エスパーニャでは、名アシストのヤン・ヒルトの助けを借りながら、一時は総合10位にまで浮上していた。

 

その後は残念ながら落車でリタイアしてしまったが、ルイス・メインチェスという男が間違いなく「復活」していることは確かであった。

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そう考えれば、ユンボ・ヴィスマを放逐されたタコ・ファンデルホールンにシーズン3勝という素晴らしい成績をもたらしたり、同じくFDJからプロコンチネンタルチームに降格した過去をもつオドクリスティアン・エイキングにマイヨ・ロホを着させ、2016年ジロ・デ・イタリア以来のワールドツアークラス勝利をブエルタでレイン・ターラマエにもたらすなど、アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオというチームは実はEFに匹敵する素晴らしい「再生工場」なのかもしれない。

決してマネーは潤沢ではないだろう。今年も劇的な補強ができたわけでもなく、むしろエイキングを手放してしまってすらいる。

だが、そんなこのチームで、ギルマイ、そしてメインチェスといった素晴らしい選手たちが活躍してくれることは十分に期待できる。

そして彼らもまた、チームに輝きをもたらしてほしい。

 

 

今年も、決して目立たないチームかもしれないけれど、アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオというチームに注目していこう。

きっとここには、面白く美しい瞬間がたくさん詰まっているはずだから。

 

 

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