残り150mでマテイ・モホリッチの背中から飛び出し、あとはもう全力でペダルを踏むだけだった。
背後からオリバー・ナーセンとミカル・クウィアトコウスキーが追随するも、彼らはわずかでも隣に並ぶことはできなかった。
ヴィア・ローマの栄光のゲートは、ただ1人、26歳のフランス人にのみ許された。
両腕を天に突き出し、2018年ツール・ド・フランス山岳賞受賞者は、栄光の「スプリンターズ・クラシック」の頂点に立った。
誰もが期待していた勝利だった。
そして決して簡単でないことは誰にでも明らかだった。
「1つのミスも許されなかった」とは、ゴール後のアラフィリップの言である。
それだけ繊細なレースを、彼と彼のチームはやりきったのである。
では、この勝利の決めてとなったものは一体何だったのか。
私はそれを、3つのピースに分けて考えてみた。
ドゥクーニンク・クイックステップのチーム力、ジュリアン・アラフィリップの冷静なる判断力、そして——。
最強「ウルフパック」の大いなる勝利の要因を考察する。
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第1のピース
偉大なる勝利の要因の1つ目は、やはりドゥクーニンク・クイックステップのチーム力であることは間違いない。
毎度のことではあるが、それが今回もまた、安定して発揮されたというわけだ。
ミラノ~サンレモというレースは、ラスト10kmで到達する「ポッジョ・ディ・サンレモ」での動きによって大きく展開が変わると言っても過言ではない。
だからこそ、この「ポッジョ」直前の登りにおける位置取りは、300km弱のレース全体でも最も集中力を要する瞬間である。
昨年もバーレーン・メリダのヴィンツェンツォ・ニバリが、チームのエースであったソンニ・コルブレッリのためにモホリッチと共に巧みなトレイン運営を行っていた——結局はニバリが逃げ切り勝利を果たしてしまうのだけれど。
さて、そんな重要な場面で、ドゥクーニンク・クイックステップのチーム力は遺憾なく発揮された。
ドゥクーニンク・クイックステップのトレインの先頭はベルギーチャンピオンジャージのイヴ・ランパールト。
その後ろにフィリップ・ジルベール、マキシミリアーノ・リケーゼと続いて、その後ろのエースナンバーをつけるアラフィリップをきっちりとガードする。
ゴール前残り10kmのこの重要な局面で、クイックステップは3枚もアシストを残している。同じだけのアシストをこの時点で残せているのはグルパマFDJくらいであった。
この直後、ランパールトは仕事を終えて脱落していくが、恐ろしいはその後、登りが開始されたタイミングでそれまで姿を現していなかったゼネク・スティバルが突如として左手から上がってきて、クイックステップ・トレインの先頭にジョインすること。
そしてポッジョの登りが本格化する残り9km地点ではアラフィリップの前を牽く最後の要員として、スティバルは猛牽引を始めた。
いや、さらに信じられないことが起こった。
先ほど登りの入り口で先頭を牽引し、仕事を終えて落ちていったはずのジルベールが、残り8kmを前にして再び集団の先頭に舞い戻ったのである。
鬼の形相で駆け上っていくジルベール。
右手からアタックしようと前に出てきていたアンドローニジョカトリの選手も、何もできないままにすごすごと後ろに引き返していった。
この時点で集団は一気に引き延ばされ、各チームのエーススプリンターたちは引き千切られてしまうか勝負に絡めない集団の後方にぶら下がるだけになってしまった。
これこそが、クイックステップの「第一の矢」である。
いくらなんでも純粋の横並びのピュアスプリントでは勝てないアラフィリップのために、チーム一丸となって猛烈なペースアップを図り、強力なピュアスプリンターたちを振るい落とす作戦。
そしてこの作戦はバッチリとはまった。
1kmにも及ぶジルベールの猛牽引を経て、集団は一気に絞り込まれた。
ここでジルベールも脱落。アラフィリップは先頭に立ち、少しだけ様子を見た。
その隙に、 EFエデュケーション・ファーストのアルベルト・ベッティオルが抜け出した。
この動きを、アラフィリップは見逃さなかった。
「アタックをコントロールすることに100%集中した」とアラフィリップが語るように、彼は足を使うべき瞬間を正確に見極め、そして実行に移していった。
彼の勝利の鍵となる第2のピースは、この判断力である。
第2のピース
アラフィリップのこの日、明確な役割を与えられていた。
彼を導くのはランパールト、ジルベール、リケーゼ、そしてスティバル。彼らがポッジョ・ディ・サンレモの直前の位置取りから、ポッジョの登りでライバルたちを蹴散らすまでを、全力で引き受けて実行してみせる。
そしてそれらを終えたとき、いよいよアラフィリップ自身が判断し動く瞬間が訪れる。
そのときが来た。ポッジョの山頂まで1km。
最大勾配8%の区間でベッティオルがアタックしたとき、まず彼は、後ろを振り返る。
もしも彼を追いかける別のライバルがいるのであれば、その足を使うべきである、と。アラフィリップはあくまでも最後の瞬間のために足を残すことを最優先に考えており、必要でないときに力を使うつもりはなかった。
しかし、このとき誰も、ベッティオルを追いかけようとする者はいなかった。
ゆえに、アラフィリップは、自らの足で全力でポッジョを駆け上がり、そして数多くのライバルたちが残る大集団に対してトドメを刺すことを選んだ。
その勢いは凄まじかった。何しろ、2018年フレッシュ・ワロンヌの覇者である。
ゴールまで残り6.4km地点からおよそ1kmに渡って先頭でもがき続けた彼の動きに、かろうじてペテル・サガンやミカル・クウィアトコウスキーなど5人の選手だけが喰らいつくことができた。
そうして6人の小集団が出来上がるとすぐに、アラフィリップは集団の一番後ろに張り付いた。
そのまま彼は、ゴール前1kmの瞬間まで、ひたすら小集団の最後尾につけ、絶対に前に出ない姿勢を貫いた。
必要のないと判断した瞬間には決して足を使わないこと——冷静かつ大胆なこの方針を徹底したことが、最後のスプリントで彼が勝利を掴むある意味最大の要因だったように思われる。
「僕はポッジョの頂上で決定的なセレクションを行うために全力を尽くした。そしてそのあとのダウンヒルで回復に努めた。ラスト2kmで僕は自分に言い聞かせた。僕は勝ちたい——2位じゃ嫌なんだ」
そして、そんな彼が次に動いた瞬間が、残り1kmだった。
その前の段階でマッテオ・トレンティンが独走を開始したときにも、彼は動かなかった。彼はそれを危険と判断しなかった。
しかし、 残り1kmを前にしてワウト・ファンアールトがこれにブリッジを仕掛け、しかもそれを追いかける小集団の先頭にいたサガンが、いつものように後ろを振り向いて牽制に入ってしまう。
——これはいけない、とアラフィリップは判断したのだろう。そこまで沈黙を保っていた彼がここでスイッチを入れる。
本日2回目の猛スパート。一気にトレンティン&ファンアールトとの距離を詰め、彼らの動きを封じ込めた。
この判断、嗅覚は非常に難しいが、およそクラシックにおいては欠かすことのできない能力だ。クラシカ・サンセバスティアンも、ストラーデビアンケも、この嗅覚があったからこそ彼は勝利を掴むことができた。
そして最後にもう1つ、決定的に重要な判断を下した。
それはゴール前600m。
ポッジョからの下りの途中にニバリ、デュムランらと共に追いついてきたマテイ・モホリッチが、 牽制する小集団の中から抜け出す切れ味の鋭いアタックを繰り出した。
その瞬間、アラフィリップは自らに向かって叫んだ。
今だ。今、行かなければ——終わってしまう。
そのあともきっちりと、集団の前でスプリントの準備をするサガンの背中につき、やがて残り300mでモホリッチが腰を上げるとただちにこれに張り付いた。
サガンは逆に、ここで一旦、足を止めてしまった。結果、アラフィリップの背後はナーセンに、そして右側の進路はクウィアトコウスキーに奪われてしまった。
もしもサガンがアラフィリップと同じタイミング、同じ位置からスプリントを開始していれば、同じ結果にはならなかったかもしれない。
結果として、誰一人彼を止められる者がいない中、稀代のオールラウンダーはゴールに飛び込んだ。
世に無数に存在するサイクリストたちの中から、ごく限られた者にだけ許される栄光のフィニッシュラインに。
「信じられないことが起こった——僕がゴール地点にやってきたチームメートたちを見ると、みんな泣いていた」
「僕の成し遂げたことの意味について理解するのにはもう少し時間が必要なようだ・・・ああ、でもとても幸せだ」
第3のピース
明確な役割分担のもと、チームメートたちによる位置取りと全力牽引、そして行くべきときを見極めて力の使いどころを正確に判断し続けたアラフィリップの嗅覚。
その2つが彼の勝利に大きな貢献をしたことは間違いないが、そのうえで彼のその判断に対する後ろ盾の存在が間違いなくあったはずだ。
それは、「自信」である。
元より才能に満ち溢れていたこのフランス人の若者は、3年前にはツアー・オブ・カリフォルニアを制し、一躍注目の存在として取り上げられることとなった。
しかしその年のツール・ド・フランスではアグレッシブな抜け出しを図ったものの、落車に見舞われるなど不運に遭い、大きな勝利を掴み損なう経験をした。
自らの得意分野であるフレッシュ・ワロンヌにおいても、一度ならず二度までも、バルベルデという偉大な存在を前にしてギリギリの敗北を経験した。
それ以外にもヨーロッパ選手権での2位、ミラノ~サンレモでの3位、イル・ロンバルディアでの2位など・・・いつだって、大きな勝利はあと少しのところで彼の手を離れてしまう。
その経験を積み重ねる中で、ブレイクスルーとなったのが2018年だった。開幕戦として出場したコロンビアのレースで早速1勝。
幸先の良い出だしを経験した彼は、そのまま4月のバスクレースで立て続けに2勝する。いずれもプリモシュ・ログリッチェという強敵を相手取っての、力で捻じ伏せる強い勝ち方。同じころ伸ばし始めた髭が、彼にとっての勝利のジンクスとなったようだ。
そして何よりも嬉しい、ラ・フレッシュ・ワロンヌでの勝利。
ダニエル・マーティンをして、このレースでの勝利はバルベルデの引退を待たねば不可能だと言わしめたこの偉業こそが、彼にとっての1つ大きな転機となったのかもしれない。
その後彼は破竹の勢いを見せる。
ツール・ド・フランスではアルプスとピレネーでそれぞれ1勝ずつ。山岳賞ジャージを身に纏いパリシャンゼリゼの表彰台にも登る。
直後、クラシカ・サンセバスティアン優勝にツアー・オブ・ブリテン総合優勝、ついでにスロベニアのレースでも総合優勝を果たしてしまう。あまりの勢いにそのままインスブルックの世界選手権まで獲ってしまうのではないかと期待を集めたが、さすがにあまりの好調続きに体力が最後までもたなかったようだ。
しかしシーズン明けてからも、まだまだその勢いに衰えはなかった。
昨年より早いシーズン開幕戦でも早速2勝。前年勝ったコロンビアのレースでも再び勝ち、ストラーデビアンケすら手中に収める。
結果、現時点で7勝はスプリンターも含めた全選手の中で最多勝。昨年同時期のバルベルデと並ぶスピードである。バルベルデの勝利数にはステージレースでの総合優勝も含まれており、そもそも今年は昨年よりもシーズンの進みが遅いことを踏まえると——昨年同時期はすでにボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャも進行しており、そこでバルベルデは2勝を稼いでいた——昨年のバルベルデ以上の速度で勝利を積み重ねていることになる。
今、アラフィリップはほぼ無敵の状態である。
彼が望むように彼の身体は動き、常に適切な直観でもって判断し、攻撃すべきタイミングを見極めることができている。
そういった勝利の経験が彼の「自信」に繋がり、より的確な判断の助けとなる。
彼は一時期勝利を掴みそこなうことばかりが続いた時期を脱し、今自らに自信をもって、チームのエースとしての責務を果たしていくだけの覚悟を持つことができている。
だからこそ今回のような、チームが一丸となって彼を助けてくれる体制に対しても、変に気負うことなく、ただ一つの失敗も許されない状況を切り抜けていくことができたのだ。
今回の勝利で、彼の「自信」はさらに積み重ねられていった。
この先、彼はさらに大きな勝利を立て続けに獲っていくことだろう。
それはたとえばアルデンヌ・クラシックでの勝利かもしれない。
再びツール・ド・フランスでの勝利を重ねていくのかもしれない。
いや——それ以上に、その先にある、大きな目標の達成すらも、今の彼にとっては、誰よりも可能性のある目標となることだろう。
すなわち、世界選手権の制覇。
昨年に続き、今年はアラフィリップの年になる。
強力なチームと、彼自身の判断力と、そして、彼が今、誰よりも積み上げつつある自信とでもって、彼は今年、世界最高の称号を手に入れることになるだろう。
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