ミラノ〜サンレモは毎年、ドラマを生み続ける。
2017年はポッジョでのサガンのアタックにクフィアトコフスキとアラフィリップが食らいつき、3人によるギリギリのスプリントバトルが展開された。
2018年はヴィンツェンツォ・ニバリがポッジョで単独で抜け出し、そのままヴィア・ローマでの栄光を掴み取った。
2019年は三度ポッジョでのアタックで、アラフィリップを先頭に10名の抜け出しが決まり、小集団スプリントをこのフランスの若き英雄が制した。
そして、2020年。
まるで昨年のアラフィリップの勢いを踏襲するが如く。
早すぎる「世代交代」を実現するが如く。
つい1週間前にストラーデビアンケにて「復活」の勝利を成し遂げたばかりの25歳が、当代最強の男を完全に力でねじ伏せた。
いかにして、ワウト・ファンアールトはアラフィリップを打ち倒したのか。
2020年、新たなドラマを生み出したミラノ〜サンレモを詳細に振り返る。
【あわせて読みたい】これまでのファンアールトの苦難の道のりと1週間前のストラーデビアンケでの栄光について。
スポンサーリンク
コースの変更、トレックの動き、荒れた展開
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた2020年のミラノ〜サンレモは、ラ・プリマヴェーラならぬ「レスターテ」となり、最高気温33℃という酷暑の300㎞レースとなった。
さらに、バカンスシーズンと時期が重なったことによる密を避けたいいくつかの自治体の拒否によって、フィニッシュ地点のサンレモに至るまでのアプローチが大幅に変更。
内陸部を通らざるを得ず、例年よりもずっとゴールに近い位置に例年よりも高い標高の登りが2つ、設定された。
そして、チーム数を27に増やすべく各チームの人数を1名減らし、各チーム6名に。
例年以上に長く、暑く、険しいコースに対し、例年よりも各チームの人数が減らされたことで、例年と違った荒れた展開が巻き起こることが予想された。
決定的な動き自体は例年通りの「残り30㎞」、すなわちチプレッサの登りから始まったのは変わらなかったが、今年はそこでトレック・セガフレードによる積極的な攻撃が繰り出された。
何しろトレックは、2018年優勝者ヴィンツェンツォ・ニバリを擁しているとはいえ、メンバーがジャンルカ・ブランビッラ、ジュリオ・チッコーネ、ニコラ・コンチ、クーン・デコルト、ジャコポ・モスカとほぼ登り系の選手ばかり。
最後の集団スプリントで勝負する気など最初からなく、いかにチプレッサとポッジョで集団を破壊し、ニバリ、チッコーネ、ブランビッラのイタリア人クライマートリオで勝ちを狙うか、という戦略であることが明らかだった。
その予想通り、チプレッサで最初に仕掛けたのがトレックのモスカだった。さらに続けてチッコーネも攻撃。
いずれも最終的には吸収されてしまうものの、この一連の動きに伴うペースアップで、カレブ・ユアンやフェルナンド・ガビリアなど、優勝候補のスプリンターたちが次々と脱落してしまう。
一方、これらの動きに抵抗したのがドゥクーニンク・クイックステップだった。
チプレッサの下りで独走を開始したボーラ・ハンスグローエのダニエル・オスを捕まえるため、ボブ・ユンゲルスやカスパー・アスグリーンなどのTTスペシャリストたちが猛烈に集団を牽引。
残り10㎞のポッジョ・ディ・サンレモ突入の直前にオスを捕まえると、そのまま完璧なトレイン体制で集団先頭をコントロールし始めた。
このとき、トレインの最後尾につけていたのはサム・ベネット。
ドゥクーニンクとしては昨年アラフィリップで勝ちに行ったのとは対照的に、今年は集団スプリントでベネットに勝たせるつもりでいたのは明らかだった。
実際、今年のアラフィリップは直前までドロミテでの高地トレーニングを行っており、あくまでも最大の目標はツールとクライマー向けの世界選手権。
ストラーデビアンケとミラノ〜サンレモを最高のパフォーマンスで臨むことはできないと事前に語っており、事実1週間前のストラーデビアンケではパンクに見舞われたことも相まって24位フィニッシュという結果に終わっている。
だからあくまでもベネット勝負ーーそんな風に思っていたドゥクーニンクの思惑を打ち砕いたのは、またしてもトレック・セガフレードだった。
ポッジョ・ディ・サンレモ突入と同時に、ジャンニ・モスコンと共にジュリオ・チッコーネが再度のアタック。
ドゥクーニンク・クイックステップの(おそらくは)ティム・デクレルクがすぐに反応してこれを抑え込みにかかるが、何度も後ろを振り返りベネットがついてきているかを確認している様子は、昨年のような集団を完全に支配下においていたポッジョでのドゥクーニンクの姿ではない(もちろん昨年それができたのは、ジルベールという反則級のアシストがいたからではあるが)。
さらに、チッコーネたちが吸収された後は、入れ替わりでジャンルカ・ブランビッラがアタック。
集団はさらにペースアップし、ついにサム・ベネットが脱落した。
もはや、ドゥクーニンクに残された手は一つしかなかった。
すぐさまアラフィリップが単独で集団先頭付近にポジションを上げていく。
残り6.6㎞。ポッジョ山頂まであと1㎞の地点で、アラフィリップが一気に加速する。
これに反応できたのはワウト・ファンアールトとミハウ・クフィアトコフスキの2人だけ。しかしクフィアトコフスキはすぐさま引き離され、ファンアールトだけが食らいついていた。
アラフィリップは山頂に至るまでの約2分間、断続的なダンシングでひたすら加速し続けた。途中までは食いついていけていたファンアールトも、やがて、引き千切られていく。
そうして、ポッジョの山頂を通過して下りに入った時点で、アラフィリップとファンアールトとのタイム差は、5秒。
「プランB」にも関わらず、アラフィリップの走りはあまりにも圧倒的であった。
しかし、ファンアールトはそこになおも食らいついていった。
今年のミラノ〜サンレモはアラフィリップはある意味昨年以上に強かったが、今年のファンアールトはそれ以上に絶好調であった。
ラスト6㎞の攻防戦と最後の瞬間
ストラーデビアンケを制したばかりでハイコンディションのワウト・ファンアールトは、同じストラーデビアンケを24位で終えたジュリアン・アラフィリップに比べ、勝てる可能性は十分にあると見られていた。
ただしそれは、最後のスプリントにまで持ち込めればの話。
逆に登りの力を重点的に鍛えていたアラフィリップのポッジョでの加速は、ファンアールトにとっては危機的な瞬間であった。
「待て、待て、待て! その瞬間はそれしか考えられなかったよ*1」
と、レース後のファンアールトは語っている。
「もちろん彼は待ってなどくれなかった。僕は一旦脱落しかけたけど、だからといって僕の後ろにも誰もついてこれてなかったから、行くしかなかった。なんとか下りで追いつけたから良かったけれど」
実際、ポッジョの山頂で5秒差をつけられたファンアールトは、その後の下りでそのギャップを少しずつ縮め、最終的には残り4.7㎞地点でアラフィリップの背中を完全に捉えた。
その要因の1つは、アラフィリップが下りで少し膨らみ過ぎてしまうという彼らしくないミスもあっただろう。
あのミス1つでタイム差は5秒から3秒へと縮まり、ファンアールトの視界に確実にアラフィリップが入る状態になってしまった。
もちろん、アラフィリップとしても追いつかれるわけにはいかなかった。
彼がファンアールトに対してアドバンテージを取れるのはあくまでも登りだけ。
スプリントとなれば、前哨戦ミラノ〜トリノでもピュアスプリンターに混じって3位フィニッシュと絶好調のファンアールトに敵う可能性は少なかった。
とはいえ、メイン集団に追いつかれてしまえば、もっとチャンスがないのは明らかだった。
だから、アラフィリップも仕方なく、残り2㎞を切るまでは先頭交代を継続せざるを得なかった。
ファンアールトはその間に冷静に補給を取り、ボトルを捨てた。
1週間前のストラーデビアンケも、補給についてはかなり冷静に対応し続けていたことが勝利に繋がったと証言している。
1年前のパリ〜ルーベでの失敗は、確実に彼の糧となっている。
そして、残り1.7㎞。ここでアラフィリップはいよいよ、先頭交代を拒否し始める。
昨年のミラノ〜サンレモでも、積極的な攻撃と、単独での抜け出しが不発に終わったことに気づいてからのセービングは絶妙だった。
総勢10名もの逃げ集団が出来上がった昨年と違い2人きりでの逃げとなった今回はフィニッシュギリギリまで交代し続けねばならなかったものの、いよいよ逃げ切りが濃厚になったタイミングで、彼は勝利のための戦術に切り替えた。
ファンアールトもこれは仕方ないと理解していた。下手に牽制に入るよりも懸命に前を牽き、逃げ切り確定まで持っていかなくてはならない。
そして残り750m。最後のカーブを曲がった時点で、集団と先頭2人とのタイム差は6秒。
集団の先頭を取っていたのはマチュー・ファンデルポール。アムステルゴールドレースのときのように全力のスプリントをしていればもしかしたらあの奇跡が再現されたかもしれないが、マチューはここで牽制をした。
(とはいえ最終結果も13位だったことを考えれば、あのアムステルゴールドレースのときのような力はマチューには残っていなかった――あるいは逆に集団は疲弊していなかった、と見ることもできそうだ)
逃げ切りが確定したことを悟り、ファンアールトはペースを落とし、背後のアラフィリップを何度も振り返りつつ、ホームストレートをゆっくりと進んだ。
そして残り200mを切って、ファンアールトがスプリントを開始。
その瞬間、アラフィリップも追撃。
一瞬、アラフィリップの方が勢いが上のように思えた。
だが、そのあとはファンアールトが粘り切ってみせた。
常に車輪半分をアラフィリップより先行させながら、落ちるはずのペースが落ちることはなく、最終的には偉大なるディフェンディングチャンピオンに前を譲ることがないまま、フィニッシュラインを越えた。
「2週連続でこの大いなる勝利を得られたことは、とてもじゃないが信じられない気持ちだ。まったくもって言葉が出てこない。モニュメントを制したあらゆる人がそんな風に言ってきたことをもちろん知ってはいるけれど・・・シーズン再開後にこんな勝利を得られるなんて、ほんとうにとんでもないことだよ!」
アラフィリップのこの後
8月12日に開幕したクリテリウム・ドゥ・ドーフィネの第1ステージ。
7つの山岳ポイントと、ラスト100mが勾配10%を越えるパンチャー向きのレイアウト。
ProCyclingStatsのGameでもジュリアン・アラフィリップが一番人気に挙げられていたこのステージで、勝ったのはワウト・ファンアールトだった。
わずか数日前に300km超のレースで勝ち切った男が、この決して難易度の低くない中級山岳ステージの最後のスプリントを制する。
そのタフネスさ、パンチ力、勝負強さ――すべてにおいて、彼は今、ここ数年自転車ロードレース界の頂点の一角に君臨していたジュリアン・アラフィリップという男に匹敵する存在となりつつある。
何より、これまでは「北のクラシックスペシャリスト」「ユンボ・ヴィズマの平坦部分アシスト」というイメージもあった彼が、このドーフィネ第1ステージのような丘陵~山岳系ステージでも常に先頭で展開できていたというのは、また一つ壁を突破したような印象を覚える。
ファンアールト自身も、ミラノ~サンレモ直後に「僕はとても登れていてタイムトライアル能力も好調だ。グランツール以外のすべてが僕にとって可能性のあるレースのように思える*2」と述べており、今年こそ秋はロンド・ファン・フラーンデレンとパリ~ルーベにのみ集中する様子ではあるものの、今後はアルデンヌ・クラシックやイル・ロンバルディアにおいても勝利を掴み取ってしまうのではないかという恐れはある。
ファンアールトは早くもジュリアン・アラフィリップの座を奪い取ってしまうのか?
いや、そんなことはない。
実際、ファンアールト自身が述べた「グランツール以外」のグランツールこそ、ジュリアン・アラフィリップが持つ、ファンアールトには(おそらく)ない可能性の一端である。
そして今年のジュリアン・アラフィリップは、すでに述べているようにツール・ド・フランスおよびクライマー向けの世界選手権に向けて調整をしてきている。
ミラノ~サンレモでは、最後のスプリントこそ万全のファンアールトには敵わなかったものの、ポッジョでの2分間にも及ぶ強烈なプッシュを見る限り、そのコンディショニングがかなり良い状態であることが見て取れる。
一方で今回のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ第1ステージでの13位という結果に不安を覚える向きもありそうだが、ラスト1.5㎞の彼の姿を見る限り、集団先頭をコントロールし続けるユンボ・ヴィズマに対し、一歩引いた形で無理をしないように努めていた様子もうかがえる。彼の周囲には他のアシストも残っていなかったし、単なるステージ優勝以外のところを見据えているような雰囲気すら感じられた。
ワウト・ファンアールトが恐ろしいほどに絶好調なのは間違いないとして、このミラノ~サンレモからドーフィネに至るまでのレースを見ていて、むしろジュリアン・アラフィリップの状態にこそ、恐るべきものを感じつつある。
そこにもう1つのニュース。
「エグル・マルティニー(スイス)世界選手権の中止」のニュースである。
きっかけはスイス連邦議会の出した、「9/30まで1000人を超える大きなイベントの開催を禁止する」という決定である。
これを受けて、世界90か国の1200人以上のライダーたちが集まり、周回コースゆえに観客の流れと距離とを制限しきれない世界選手権の開催は絶望的である、という見解である。
これを受けてUCIは、9/1までにヨーロッパにおいて、同じ日程で同じようなコースプロフィールでの代替開催を模索している、との声明を発表。
多くのライダーが目指す今年の「クライマー向け世界選手権」の開催が絶望的というわけでは決してないものの、ただ、不透明な状況に陥ったのは明らかだった。
このことが意味することは何か。
当初、この世界選手権を最大の目標に据え調整にいそしんできたジュリアン・アラフィリップも、方針を転換する可能性があるということだ。
その可能性については、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネの第2ステージ以降に行われる「4日連続山頂フィニッシュ」である程度見えてくることになるだろう。
果たして第1ステージでの13位が意味するものは、アラフィリップの意外な不調なのか、それとも第2ステージ以降本格化する「総合争い」に彼が挑まんとする意思の表れなのか。
その真意はただの1ファンである自分には分からないが、それでも期待だけはしていきたいと思う。
クリテリウム・ドゥ・ドーフィネの各ステージの簡単なプレビューと注目選手については下記の記事を参照のこと。
スポンサーリンク