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「4勝4敗」で迎えた「9回目のアルカンシェル争奪戦」の行方は? シクロクロス世界選手権2021オーステンデ男子エリート

 

自転車ロードレース界には今なお語り継がれるライバル関係というものがいくつも存在する。

ジャック・アンクティルとレイモン・プリドール、ベルナール・イノーとグレッグ・レモン、ファビアン・カンチェラーラとトム・ボーネン――そして今、最もこの「ライバル」という呼び方が相応しい2人組といえば、彼らをおいてほかにないだろう。

 

すなわち、マチュー・ファンデルポールとワウト・ファンアールト。

主にシクロクロスを舞台に、互いに世界王者の座を奪い合い続け、昨年のロードレースでは世界最高峰のクラシック、ロンド・ファン・フラーンデレンで僅差の一騎打ちを繰り広げて見せたこの2人。

 

そんな彼らの、「9回目のアルカンシェル争奪戦」が先日、ベルギー・オーステンデで開催された。

今回は、この2人のこれまでの足跡と、オーステンデ・シクロクロス世界選手権の経緯、そして彼らの未来についてを、語っていこうと思う。

 

目次

 

 

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「4勝4敗」のアルカンシェル争奪戦

ワウト・ファンアールトは1994年9月15日にベルギーのヘーレンタルスで生を享け、マチュー・ファンデルポールはその4か月後の1995年1月19日にベルギーのアントウェルペン州カペレンで生まれた。

年代で言えばファンアールトが1つ上であり、国籍もベルギーとオランダとで異なる。

しかし実際にはわずか4ヵ月の差であり、生誕地もわずか40㎞程度しか離れていない。

彼らは生まれながらにしてライバル関係を宿命付けられた存在なのかもしれない。

 

年代の違いから、ファンデルポールはファンアールトより1年遅くジュニアカテゴリでのシクロクロスデビューを果たした。しかしその初年度である2011-2012シーズンにおいて、彼は26戦中24勝という圧倒的な勝率を誇る。もちろん、ワウト・ファンアールトも共に戦った。しかし彼が勝てたのはファンデルポールを下した「ルッデルヴォールデ」とファンデルポールのいなかったレースの2つだけだった。

そしてその年のジュニア世界選手権。

ワウト・ファンアールトを含むベルギー勢4名を突き放し、マチュー・ファンデルポールが堂々たるデビュー初年度アルカンシェル獲得を果たす。

まずはファンデルポールの「1勝目」であった。 

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翌年はファンアールトが一足先にU23カテゴリに進んだことにより、直接対決はお預け。

その翌年の2014年。共にU23カテゴリの舞台に上がったところで、彼らの2度目の「世界選手権」が繰り広げられる。

そのシーズン、すなわち2013-2014シーズンは両者の実力が拮抗していたシーズンであった。マチュー・ファンデルポールは28戦中12勝。対するワウト・ファンアールトは32戦中12勝。勝率で言えばファンデルポールの方が上だが、勝利数では並ぶ。

3大シリーズ戦のうち「UCIワールドカップ」と「スーパープレステージュ」では共にファンデルポールが総合優勝し、これをワウト・ファンアールトが総合2位で食らいつくなど、名実共に二人はライバル関係にあった。

 

そんな中迎えた、オランダ・ホーヘルハイデのU23世界選手権。

序盤から積極的に仕掛けたのは「先輩」ワウト・ファンアールトの方だった。

一方、前年までのジュニアカテゴリでは2年連続でアルカンシェルを獲得しているマチュー・ファンデルポールの方は、後続でベルギー勢と共に熾烈な表彰台争いを繰り広げることに。

結果としてファンアールトは後続に50秒差をつけて堂々たる初アルカンシェルを獲得。2位にはベルギーのマイケル・ファントーレンハウトが入り、ファンデルポールはかろうじて3位に入るのが精一杯であった。

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これで「1勝1敗」である。

 

 

2015年。

本来であればファンアールトが一足先にエリートカテゴリに上がりそうなものだが、すでに実力は知れ渡っていたファンデルポールもまた、同時にエリートに昇格。

この年の世界選手権も、共にエリートカテゴリでの出場となった。

 

このシーズン30戦中17勝(勝率57%)のファンアールトに対し、ファンデルポールは27戦中11勝(勝率41%)。勝利数でも勝率でもこのシーズンの調子はファンアールトに軍配が上がっていたように思えた。

しかし、そんなファンアールトが世界選手権本番では1周目からメカトラブルに巻き込まれ、その後も幾度となく先頭のファンデルポールに追い付くものの、繰り返しメカトラブルに見舞われる不運に襲われる。

最終周回でもう一度ファンデルポールに追い付いたファンアールトだったが、すでに体力の限界であった。最終的にはファンアールトを15秒突き放し、ファンデルポールがエリートカテゴリ初挑戦にして初優勝。

U23カテゴリではなくエリートカテゴリでの出場を選んだことを「人生最良の選択だった」と評し感情を爆発させたファンデルポール。これで彼とファンアールトとの「アルカンシェル争奪戦」は2勝1敗となった。

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だが、翌年からは3年連続で、ファンアールトがファンデルポールに土をつけた。

 

2016年はダブルキャンバー区間で絡み合い、互いに大きなタイムロスをしてしまったファンデルポールとファンアールト。

集中力を一気に失い、ミスを連発するようになってしまったファンデルポールに対し、ファンアールトは最後まで勝負を続け、最後には先頭のラース・ファンデルハールを追い抜いて優勝。一方のファンデルポールは3位争いすら放棄して5位に沈んだ。

 

2017年は膝に懸念を抱えていたファンアールトが序盤遅れるも、独走態勢を築いていたファンデルポールが全体の折り返し地点でパンクに見舞われてバイク交換。その隙に追い付いたファンアールトとファンデルポールの激しい先頭争いが繰り広げられるが、残り3周回といったところで再びファンデルポールの後輪がパンクしてしまった。

最終的には44秒もの大差をつけてのファンアールト「3勝目」である。

 

そして2018年。

33戦中26勝という圧倒的な勝利数を携えて臨んだマチュー・ファンデルポールだったが、序盤からつまらないミスを頻発していく。

これを見ていたワウト・ファンアールトは2周目から一気にペースアップ。得意の泥区間で20秒ほどのタイム差を付けて、独走を開始。ファンデルポールは精神的に崩れ、マイケル・ファントーレンハウトにも追い抜かれ、そのまま3位でのフィニッシュとなってしまった。

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シーズン中の走りだけ見れば、ファンデルポールの方が実力が上のようにも見えた。

しかし、パンク、ミス、そこからの精神的な立ち直りの困難さ・・・実力とは違った部分でのビハインドが、マチュー・ファンデルポールを苦しめ、一方のワウト・ファンアールトは、不利な状況のときでも常に最後まで諦めず走り抜く執念をもって戦い、その末に「4勝目」を手に入れた。

 

このまま、ファンデルポールは「世界選手権だけでは勝てない男」であり続けるのか――。

 

 

転機が訪れたのは2018-2019シーズン。この年、シクロクロスシーズンに先立って行われていたロードレースシーズンにおいて、ワウト・ファンアールトはフェランダース・ウィレムスクレランというチームに所属してストラーデビアンケで3位を獲得するなど、目覚ましい活躍を見せていた。

しかし一方で、そのチームとの契約を巡るトラブルに巻き込まれ、シーズン途中でチームを離脱。「所属チーム無しの世界王者」という特殊な状況の中、苦しいシクロクロスシーズンを迎えることとなっていた。

↓このあたりの経緯は以下の記事も参照↓

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年末を迎えるにあたってようやく、チーム・ユンボ・ヴィズマとの契約が発表され、一息つくことのできたファンアールト。

少しずつ調子も上向きになっていき、本来の実力を取り戻しつつあったものの、26戦中24勝というこれまでにないほどの絶好調ぶりを発揮していたマチュー・ファンデルポールはあまりにも強かった。

デンマーク・ボーゲンセで開催された世界選手権。

ワウト・ファンアールトはマイケル・ファントーレンハウトやベルギー王者トーン・アールツらと共にベルギーチーム一丸となってファンデルポールに挑んだが、テクニカルなキャンバー区間をノーミスで攻略し続けるファンデルポールに対し、少しずつ差を付けられ始めてしまう。

繰り返しアタックを決め、大会最速ラップも更新しながら追い上げるファンアールトだが、5周目に再びキャンバー区間でミスをしたことで、致命的なギャップが生まれることとなった。

マチュー・ファンデルポールという男が、ミスをしない完璧な走りを見せたときにいかに強いのかということを思い知らされる勝利であった。

「3勝目」。しかしファンデルポールにとっては、4年越しの勝利。

歓喜のあまり自転車を天に高々と掲げ、その勝利の喜びを噛みしめた。

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ここまで7回の「アルカンシェル争奪戦」を繰り広げ、ワウト・ファンアールト4勝にマチュー・ファンデルポール3勝。

2020年の世界選手権の舞台は、その「8回目」の舞台となるはずだった。世界選手権に強いワウト・ファンアールトと、4年ぶりの勝利を高い実力で制したマチュー・ファンデルポール。その8回目の勝負の行方は果たしてどうなるのか――。

 

しかしその期待は、2019年のツール・ド・フランスで巻き起こった、ワウト・ファンアールトの事故という悲劇によって、黒く塗りつぶされることとなった。

 

 

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その後、ファンアールトは奇跡とも言うべき復活を遂げる。

わずか半年後には、苦しいリハビリの末に、シクロクロスの舞台でトップ争いを繰り広げる姿すら見せる。

しかしそれでも、世界選手権の舞台で、マチュー・ファンデルポールと覇を競い合うほどに回復することはどうしても無理だった。

 

2020年の世界選手権はマチュー・ファンデルポールの圧勝。

その勝利は自転車界に対する深い敬意を示す実に美しいシーンを描き出したが、一方でそれは彼のライバルが不在であることを象徴するような、「余裕のある」姿ですらあった。

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これで「4勝4敗」。

ジュニア時代から重ねてきた「アルカンシェル争奪戦」はここで一旦、振出しに戻る。

 

そして「9戦目」こそは、互いが本当に完璧な状態で繰り広げられるべきだ――きっと、誰よりもこの2人がそう、感じていたに違いない。

 

 

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「復活」のファンアールトと、待ち構えるファンデルポール

2020年シーズン。

あの「大事故」からちょうど1年。

ワウト・ファンアールトは、誰もが驚く「復活劇」を演じて見せた。

それが先のリンクでも紹介しているストラーデビアンケでの勝利であり、ミラノ~サンレモでも勝利である。

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その後はクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ、ベルギー国内選手権個人タイムトライアル、ツール・ド・フランスと勝利を重ねていくファンアールト。

ツール・ド・フランスでは超級山岳グラン・コロンビエでもチームのエース、プリモシュ・ログリッチのために集団先頭を牽引し、総合上位を狙える実力者たちを振り落としていくという驚異の登坂力を見せつけてもいた。

 

そして世界選手権個人タイムトライアルとロードレースで共に2位。

シクロクロッサーだからといってTTと悪路とスプリントだけが強いわけではなく、一流クライマーにも負けない登坂力を兼ね揃えている真のオールラウンダーとして、ロードレース界でもトップオブザトップに君臨すべき男としてその名を轟かせていった。

 

一方のマチュー・ファンデルポールもまた、2019年のアムステルゴールドレースでの衝撃的な勝利に続き、この2020年シーズンも、その最高峰レースたるロンド・ファン・フラーンデレンでワウト・ファンアールトと鎬を削り、最後の瞬間のスプリントではこれを下し「クラシックの王」の座を掴み取るという快挙。

「最強のふたり」はロードレースの舞台でもなおも良きライバルであり続けていた。

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そんな、共に「最高のシーズン」を終えて迎えたシクロクロス2020-2021シーズン。

マチュー・ファンデルポールに先立ってシーズンインしたのがワウト・ファンアールトの方だった。

 

しかし、このファンアールトの「シーズン序盤戦」は決して、望ましいものではなかった。

緒戦となるX2Oトロフェー第2戦「コルトレイク(アーバンクロス)」UCIワールドカップ初戦「ターボル」の連戦では、エリ・イゼルビットやマイケル・ファントーレンハウトといった、シクロクロス専属ライダーたちに後れを取り、連日の3位。

さらに翌週のスーパープレステージュ第5戦「ボーム」では、2年前のUCIワールドカップやベルギー選手権で鎬を削ったトーン・アールツにも敗れ、4位。

表彰台すらも失う結果となってしまった。

 

一方のマチュー・ファンデルポールはこの「ボーム」の翌週にあたるX2Oトロフェー第3戦「アントウェルペン(スヘルデクロス)」で今期初参戦。

そしていきなり優勝を飾ってしまうなど、今年もファンデルポールがファンアールトの一歩先を行くことになるのだろうか、と多くのファンに感じさせる結果となってしまった。

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しかし、ワウト・ファンアールトという男は、ここで終わるような男ではない。

12月中旬のスペインでのミニキャンプを終え、予定よりも少し早めにシクロクロスに復帰したファンアールトは、最大のライバルが待ち構えるUCIワールドカップ第2戦「ナミュール(シタデルクロス)」に挑んだ。

 

結果から言えば、このときはマチュー・ファンデルポールの勝利に終わった。

しかし、ワウト・ファンアールトはこのとき、このファンデルポールに食らいつく走りを見せ、それどころかバイクを降りないと攻略できないような超・激坂ではファンデルポールに対して有利な走りを見せるほどのコンディションを披露。

前週にファンデルポールを打ち負かしていたトム・ピドコックの好走と合わせてこの「ナミュール」は、今シーズン最高のレースとなった。

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そしてその後、ファンアールトの生まれ故郷である「ヘーレンタルス」で初開催されたX2Oトロフェー第4戦では、マチュー・ファンデルポールの後輪がパンク。

ライバルの不運に助けられながらも、ファンアールトは今期初の勝利を飾ることとなった。

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その後、スーパープレステージュ第7戦「ヒュースデン=ゾルダー」では逆にファンアールトがパンクの憂き目に遭いファンデルポールが勝利。

続くUCIワールドカップ第3戦「デンデルモンデ」ではハリケーン級の嵐「ベッラ」が上陸する中での消耗戦で、ファンデルポールは完全に戦意を喪失。「執念」を見せたファンアールトが実力でもってライバルを打ち倒す完勝を果たして見せた。

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その後もX2Oトロフェー第5戦「バール」UCIワールドカップ第4戦「フルスト」およびX2Oトロフェー第6戦「ハンメ(フランドリアンクロス)」ではマチュー・ファンデルポールが勝ち、世界選手権直前のUCIワールドカップ最終戦「オーベレルエイセ」ではワウト・ファンアールトが勝つなど、まさに一進一退の攻防を繰り広げる今年のワウト・ファンアールトとマチュー・ファンデルポール。

 

今年こそは、この2人が完璧に互角の戦いを繰り広げられるはずだ——そんな期待と共に、1/31、ベルギー・オーステンデでシクロクロス世界選手権の男子エリートレースが開幕する。

ファンデルポールとファンアールトにとって、「9回目」となる「アルカンシェル争奪戦」。

4勝4敗で迎えた「最終決戦」の舞台が今、幕を開ける。

 

 

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「9回目のアルカンシェル争奪戦」

↓レースレポートはこちらから↓

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ここ数戦、ワウト・ファンアールトはマチュー・ファンデルポールに対してやや劣勢の戦いを強いられていた。

直前の「オーベレルエイセ」こそ勝てたものの、新年明けてからのそれ以外の3大シリーズ戦ではいずれも敗北。

その要因の一つは、ここ数回常に繰り返されてきたファンアールトの「スタート直後のミス」であった。

 

しかし、今回の世界選手権本番では、ファンアールトは実に完璧なスタートダッシュを決める。

そして、1周目の最初から集団から抜け出すこととなったワウト・ファンアールトとマチュー・ファンデルポール。

スタート直後の巨大フライオーバーを越えて最初の砂浜区間に飛び出したときには、同じベルギーチームのトーン・アールツがファンデルポールの進路を塞ぐような形で前に出たこともあり、ファンアールトが少し先行する姿を見せる。

 コース後半の競馬場区間ではマチュー・ファンデルポールに分があり、一度は追い付かれるものの、2周目のコース前半・砂浜区間において、再びファンデルポールがミスを犯したことでファンアールトとの間にタイムギャップが生まれた。

 

↓コースについては下記の記事も参照のこと↓

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はっきりと焦りだすマチュー・ファンデルポール。

過去の世界選手権のデータを見てみても、こういう局面においてファンデルポールが精神を崩しがちであることはわかっていた。

そうして、そんなファンデルポールの精神状態が生み出す最大の結果が、本来の彼であればありえないようなミス――すなわち、2周目後半の競馬場区間における、溝にタイヤを嵌らせてしまったことによる前転宙返り。 

 

このあと彼は2周目終了時点でファンアールトとのタイム差を15秒にまで開く。

まだ6周、残っている。まだまだレースは始まったばかり。

 

それでも、これが世界選手権におけるファンデルポールの「負けパターン」であることを我々は良く知っている。

このまま、「5勝目」はファンアールトが獲ってしまうのか――。

 

 

 

だが、3周目の途中で、ファンデルポールがバイク交換をしているときの姿に、彼の冷静なまなざしを見た。

彼は、まだ諦めていない。いつものような「大崩れ」はまだ、していない。

 

そして、それとほぼ時を同じくして、先頭を走っていたワウト・ファンアールトの後輪がパンク。

一気にペースを落とし、あっという間にファンデルポールに追いつかれるファンアールト。

そして無情にもファンデルポールは、彼を突き放し先頭に躍り出た。

 

今回、精神的に崩れてしまったのはファンアールトの方だった。

すぐさまバイク交換し、ファンアールトが再起動をかけたときには、まだそのタイム差は10秒でしかなかった。

かつての彼であれば、そこからでも十分に先頭のファンデルポールに追いつくことはできるはずだった。

 

しかし、彼はそのとき、「心を失って」しまった。

 

「世界選手権において重要なのは自分の走りを貫くことだ。僕が今回のレースで唯一、自分を恥じるとしたら、それは僕が『心を失ってしまった』ことだ。

 パンクしたあとの僕はなぜか、『壁』を通り抜けることが全くできなくなってしまっていた。精神にひびが入ってしまったんだ。そんなことは今まで経験したことがなかった。僕はそのことに大いに失望している*1

 

 

それは彼にとって初の経験だったという。

それはそれまで、常に戦い続ける姿勢を忘れずにいた彼にとっては、確かに異様な光景であった。

 

4周目終了時点で8秒差だったファンデルポールとファンアールトとのタイム差は、5周目終了時点で14秒にまで開く。

6周目終了時点では20秒差に。

7周目終了時点では29秒差に。

 

「大成功」に終わった2020シーズン。その流れの末に辿り着いたシクロクロス2020-2021シーズンは、開幕当初こそ期待通りの走りをすることができず苦しんだが、その後は復調。

4年ぶりのベルギーチャンピオンジャージを身に着けることも叶い、世界選手権本番でマチュー・ファンデルポールを正面から打ち倒す自信は十分にあった。

 

そして、完璧なスタートダッシュ。サンドセクションではファンデルポールの前で走ることができていて、プレッシャーを与え、ミスを誘発させた。

 

完璧なレース展開であった。ファンデルポールの落車後、20秒のタイムギャップを手に入れたところまでは彼は「楽しんでいた」。

 

 

 

だが、そのすべてをパンクが持っていった。

 

それ自体は、決して大きすぎるビハインドではない。

 

それでも、そのことが、完璧なはずだった彼のシーズンの最も重要な局面において発生してしまったその事実が、彼の心にこれまでにないダメージを与えてしまった。

 

その動揺こそが、彼の敗因だった。

 

「僕がパンクのあと、いつも僕がしているような反撃ができなかったことに、失望している」

 

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一方、 そのファンアールトが追いつけないだけの走りを、後半のマチュー・ファンデルポールが披露し続けていたことも事実だ。

その意味で、彼の「5回目の勝利」の価値が決して色褪せたものではないことは言うまでもない。

それでも、ファンデルポール自身の次の言葉からは、彼自身もまた、ライバルのパンクという結果に対して複雑な思いを抱いているように感じられる部分もある。

 

「周回ごとに、より強くなっていくように感じていた。レースのコツをつかみ始めていたんだ。レース後半はレース全体を十分にコントロールできていたように感じる。その部分だけ見れば、たとえワウトがパンクしなくとも彼に追いつくこともできたようにも感じられるが、一方でそれはとてもスリリングなレースになっていたことだろう*2

 

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「4勝4敗」で迎えた「9回目のアルカンシェル争奪戦」。

その決着は、どこか、おさまりの悪いような、これで「終わり」とは言いたくないような、そんな決着となってしまった。

 

 

そう、だからこそ、彼らの戦いはまだまだ続く。

その舞台はもちろん、シクロクロスだけでなく、本格的に開幕を迎えようとしているロードレースシーズンにおいても。

 

昨年のロンド・ファン・フラーンデレンではマチュー・ファンデルポールが勝った。

しかし中止になってしまったパリ~ルーベではまだ2人は激突していないし、来年はいよいよファンデルポールがツール・ド・フランスに挑戦しようとしている。

 

そして何よりも、2021年の世界選手権ロードレースは、ついにフランドルでの開催となる。

ファンデルポールとファンアールトにとっても庭のような存在のフランドルを舞台にした世界選手権で、いよいよ真の「頂上決戦」が、この2人で間で繰り広げられるのではないか――そんな期待に、今から胸を膨らませてしまう。

 

 

 

マチュー・ファンデルポールとワウト・ファンアールト。

彼らはすでに歴史に残る名ライバルであるとともに、これからもまだまだ「歴史」を刻んでいく現在進行形の存在でもある。

 

そして、再び万全の状態で挑むことになるであろう、来年の「10回目」を期待している。

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