ロンド・ファン・フラーンデレンで1,2を争った2人に、今年のU23版ジロ・デ・イタリア覇者で来年のイネオス・グレナディアーズ入りが決まっている1人。
2020年代の自転車ロードレース界の中心を駆け抜けることが宿命づけられた3名による激戦。それがたとえシクロクロスを舞台とした戦いであっても、注目しないわけにはいかなかった。
ましてや、1週間前。このシクロクロスにおいて超えるものはいないとさえ思われた「怪物」を、わずか21歳の「小さな天才」が打ち破ったばかりであった。
そしてワウト・ファンアールトも、2週間前まではその力を発揮しきれない不調状態に陥っていた中で、スペインでのミニキャンプを経て復帰。
シクロクロスの枠を超えて世界のトップクラスに位置付けられるような領域に達している3人による今年最初の直接対決の行方やいかに――。
結論から言えば、それは、実に白熱した名勝負であった。
結果だけ見れば決して意外性のあるものではなかったかもしれないが、その中で描かれた攻防戦は、シクロクロスが確実に一つの新しい時代に足を踏み入れたことを確信させるものであった。
そして、何度も言うようにそれは、必ず2020年代のロードレースシーズンにも影響を及ぼす3人による激戦であったのだ。
今回は、そんな「今年最高峰の自転車レース」とさえ言ってしまってもいいような1日となったUCIワールドカップ第2戦「ナミュール」について、詳しく振り返っていこうと思う。
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UCIワールドカップ「ナミュール」。
ワロン地方の街ナミュールの郊外に広がる「シタデル(城塞)」を舞台としたこのレースは別名「シタデルクロス」とも呼ばれ、絶対に自転車を降りないと越えられない超激坂や長い危険な下りオフキャンバー、そして石畳の登りなどが用意された非常に難易度の高いタフコースであった。
女子レースでは今季8勝・3大シリーズ戦全てで総合首位に立つという絶好調のルシンダ・ブラント(テレネット・バロワーズライオン)が圧倒的な力を見せつけて独走勝利。
白熱したのは2位争いで、このブラントを1週間前のX2Oトロフェー第3戦アントウェルペンで下しているデニーセ・ベツェマ(パウェルス・サウゼンビンゴール)と、昨年、それまで15年間にわたりアメリカ最強の座に君臨し続けていたケイティ・コンプトンをついに打ち破ったアメリカの新鋭、23歳のクララ・ホンシンガーとのマッチアップとなった。
下りのテクニックではベツェマが上。下りオフキャンバーや急勾配のドロップオフでホンシンガーを突き放すベツェマだったが、その直後の石畳の登りや泥の登りでは若きホンシンガーが優位に立つ。
途中、前輪パンクの憂き目に遭い無駄な体力を消耗していたこともあって、最後はベツェマがホンシンガーに突き放される。
エリート2年目となる今年、ついに本場ベルギーの3大シリーズ戦では初となる表彰台。それも2位という位置に君臨することができた。
今後、もしかしたらロードレースも含め、注目すべき存在かもしれない。
そして、いよいよ男子レースである。
UCIワールドカップ第2戦。
フロントロウ、すなわち最前列に並ぶのはワウト・ファンアールトにヨーロッパ王者のエリ・イゼルビット(パウェルズ・サウゼンビンゴール)、前節ターボルで優勝して現在ワールドカップ総合首位に立つマイケル・ファントーレンハウト(パウェルズ・サウゼンビンゴール)などの錚々たる顔ぶれ。
ターボルではまだシクロクロス復帰していなかったマチュー・ファンデルポールや、ターボルが今季シクロクロス初戦で17位と振るわなかったトム・ピドコックは2列目からのスタート。
しかし、気合は十分。彼らほどの実力者であれば1周もする頃にはやすやすと先頭に躍り出ることなど造作もないことであった。
スタート直後のイゼルビットのメカトラブルによる脱落などのアクシデントはあったものの、2周目に入る頃には先頭はピドコック、マチュー・ファンデルポール、ワウト・ファンアールト、そしてマイケル・ファントーレンハウトといった実力者4名だけが抜け出すようなお決まりの展開に。
その後の勝負はこの先頭集団で繰り広げられることとなった。
そして、力を見せつけたのがピドコックであった。
前節の勝利だけならば、それは奇跡のようなものだと断じることはできた。
しかし、この日、ピドコックは再びマチュー・ファンデルポールやワウト・ファンアールトたちを突き放し、序盤から快調に飛ばし続けた。
3周目に一度はマチュー、ワウト、ファントーレンハウトに追い付かれるものの、4周目に再び抜け出しかける。
さらに、ほぼ毎周回バイク交換を行うマチューたちに対し、ピドコックは異様なまでにバイク交換をパスし続け、その度に一度はつまりかけていたギャップが開いていく。
結果、4周目終了時点で、先頭ピドコックと追走3名とのタイム差は11秒に。
今回もまた、彼が「怪物」を打ち倒してしまうのか?
奇跡は2度起き、それは必然となるのか。
一方、昨年25戦中24勝、一昨年は34戦中32勝という驚異的過ぎる勝率を誇ったマチュー・ファンデルポールは、ここで早くも2度目の敗北を喫してしまうのか。
前節の後半で彼らしくないミスを連発し、ピドコックに突き放され続けたことを反復するかのように、今回もオフキャンバーの下りでややバランスを崩すなど、ところどころでの小さなミスが目立つ。
さらに7周目の超激坂区間では、背後から猛烈な勢いで登ってきたワウト・ファンアールトに追い抜かれ、3番手に落ちる場面も。
その後はファンアールトの後ろで、得意の泥の下りでも彼のペースに合わせて思うように走れない姿を見せるなど、苦しい状態が続いた。
ピドコック、今季2回目の「怪物狩り」なるか。
21歳の「小さな天才」はこの日も、その小さな体に似合わないエンジンを震わせてフィニッシュまで駆け抜けてしまうのか――。
しかし、この日、ピドコックは快調すぎた。
それはもしかしたら、前節での勝利が、彼に「勝たなくてはいけない」というプレッシャーを与えてしまったのかもしれない。
人は、「勝てるかもしれない」と追う立場のときには無際限の力を出せたとしても、一度勝利を掴み取った追いかけられる立場になったとき、それまでの彼の持っていた本来の良き力を発揮しきれないときというのはままある。
この日も、ピドコックは序盤からあまりにも快調に飛ばし過ぎた。
彼自身、のちに述懐するように、ジュニア、U23と常に繰り返してきた「先頭での勝負」をこのナミュールでも繰り広げようとしていた。
しかし、小手先のテクニックだけではない。激しいアップダウンと緊張感を強いられる危険な下りの連続とが、彼が想像していた以上に彼の体力を蝕んでいった。
4周目には6分42秒というマチューたちよりも10秒近く早いラップタイムを刻んでいたピドコックは、後半にかけてそのラップタイムを10秒、そして15秒近く落とし、逆にじわじわと、マチュー、そしてワウトたちに近づかれつつあった。
そして8周目。
珍しくピドコックがバイク交換をしたこともあり、最後から2周目となるこの周回で、ついに彼はワウトとマチューに捕まえられてしまう。
そして、彼はこの瞬間を狙っていた。
ここまでの周回においてほとんどラップタイムを上下させることなく、一度ピドコックに突き放されても決して焦ることなく、淡々と周回を重ねていった「怪物」が、ピドコックを捕らえた次の瞬間の登りセクションで一気にアクセルを踏んだのだ。
ワウト・ファンアールトはすぐさまこれに食らいつく。
しかし、ピドコックにはもう、 これを追いかける足は残っていなかった。
一気に突き放されていくピドコック。
それは前節届いた夢が再びその手からするりと抜け落ちて離れていくような瞬間だった。
「彼らが互いに牽制してくれると踏んでいた」とのちに述べたピドコック。
確かに彼がいまだ「可能性の男」であり、有望ではあるが3番手に過ぎない男であれば、そういう可能性は十分にあったかもしれない。
しかし、彼は前節でマチューに勝ってしまった。それも真正面から、力で。
そうなれば、暫くは負けなしの無尽の強さを誇り続けてきたファンデルポールの心に火を点けるのは容易かった。結果、彼は、驕り無き「最強の男」に、最も完璧なタイミングで仕掛けられてしまったのだ。
だからこれは完膚なきまでの敗北。
そして、「小さな天才」にとって、確実に「次」につながる敗北である。
そして、最終決戦。
今年のロンド・ファン・フラーンデレン、ロードレース・クラシックの最高峰たるレースで、他のすべてのライバルたちを突き放して二人だけの静かなる決戦を迎えることとなったこの2人が、今年、シクロクロスでの最初の激突で、こうしてまた車輪を並べることとなった。
迷いのないマチューのペダリングは、最終周回を、今日このレースにおける最速ラップで突き抜けていく。
しかしファンアールトも離されない。きっちりとライバルの後輪を捉え、突き放されないようにしがみついていく。
このまま彼の得意とする担ぎ超激坂に到達することができれば、7周目のときのようにファンデルポールの前に出ることすらできるだろう。
逆にファンデルポールにとっては、それまでにファンアールトとの差を決定的なものにしなければならない。
そんな彼が、勝負所として選んだのが、石畳の登りの直前に現れる泥の下り。
あらゆる選手がその下りの最終盤でバイクを降りる必要のある鋭角コーナーで、ファンデルポールだけは常に乗車しながらクリアできていた。
8周目だけはバイクを降りることになったが、それは目の前にワウトがいてペースを狂わされからであった。
そして、最終周回。今度はワウトの前でこの泥の下りに突入。
そして——この最終周回もまた、見事にここを乗車しながらクリアした!
乗車して降りようが、降車してバイクを担いで降りようが、彼らほどのレベルになれば大したスピードの差はない。
しかし問題はその直後の「立ち上がり」である。とくにこの日は石畳の登り。すでにバイクに乗った状態でペダルを踏み始められるマチューと、まずサドルに跨ってからペダルを踏み始めなければならないワウトとでは、ここでのスタートダッシュの差が致命的な差となって生まれた。
勝負あった。
最後の最後はテクニック。マチュー・ファンデルポールが「最強」たるゆえんの、彼にしかない技によって、彼は雪辱を晴らす勝利を掴み取った。
しかしその表情には余裕の影は一切ない。
そして、実際に彼は、フィニッシュ後に項垂れ、そして座り込んだ。
シクロクロスにおいて彼のそんな姿を見ることは、稀であった。ましてや、勝利したレースで。
それだけ彼はこの日、すべてを使い切ったのだ。トム・ピドコック、そしてワウト・ファンアールトという、彼が決して油断してはならない最高のライバルたちを相手にして。
このまま、彼の天下が続くと思った。
そのまま誰も彼を倒せないままに、少しずつ彼がシクロクロスからフェードアウトしていくのかとも思っていた。
だが、決してそんなことはなさそうだ。
ワウト・ファンアールトはもちろん、トム・ピドコックという新鋭が。そして今はまだファンデルポールに敵う位置にはいないながらも、これからも着実に成長していくであろうエリ・イゼルビットという才能が。
まだ最強であり続けるマチュー・ファンデルポールに対して、互角以上の戦いを繰り広げていく未来はもう目の前に迫ってきている。
ゆえに、時代は動き始めている、と前回の記事で述べた言葉を繰り返したい。
それは決して、「世代交代」とは違う。
マチューの時代が終わった、というわけでは決してない。これからもまた、彼は常に勝ち続けるであろう。
しかし、マチュー一強時代はいよいよ変わることになりそうだ。
そしてその熾烈な戦いは、そのままロードレースの世界へも持ち込まれていきそうだ。
マチュー・ファンデルポール。ワウト・ファンアールト。そしてトム・ピドコック。
2020年代のロードレースもシクロクロスも、彼らが大きな存在感をもって席巻していくことは間違いないだろう。
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