前編に続き、独断と偏見で選んだ今年のベストレース5選の後半戦、第2位と1位を見ていく。
今年も多くの魅力的なレースで溢れており、2位以下を決めて順番付けするのは非常に悩ましいものがあった(し、「このレースはなんで入っていないの?」という意見は十分に理解できる。ジロ・デ・イタリア第20ステージやブエルタ・ア・エスパーニャ第9ステージなんかも十分に候補になると思っている)。
それでも、1位の「あのレース」に関しては異論はないのではないだろうか。
それでは、個人的に選ぶ、今年のベストレース2位・1位をどうぞ。
5位~3位はこちらから
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第2位 ロンド・ファン・フラーンデレン
毎年のベストレース常連、「クラシックの王様」ロンド・ファン・フラーンデレン。
今年もまた、激熱の戦いが繰り広げられた。
今年は何と言っても、ツール・ド・フランス2連覇中かつリエージュ~バストーニュ~リエージュとイル・ロンバルディアを制した「世界最強の男」タデイ・ポガチャルの初参戦ということで、さらに注目が高まっていた。
3月のストラーデ・ビアンケでは残り50㎞からの圧巻の独走勝利で相変わらずとんでもない強さであることを証明していた。1週間前の、彼にとって初の北のクラシックとなるドワースドール・フラーンデレンでも、中盤でマチュー・ファンデルプールらの抜け出しを見送ってしまい勝機を失うという、クラシック慣れしていない姿も見せたものの、それでも10位にランクインするなど、適性は十分に感じられる走りをしてみせていた。
果たして、どうなるか。
注目の一戦が、いよいよ開幕した。
最初に仕掛けたのはユンボ・ヴィズマであった。
オンループ・ヘットニュースブラッドや前哨戦E3サクソバンク・クラシックなどで、新加入クリストフ・ラポルトやティシュ・ベノートらとのコンビネーションを発揮し、強さを見せつけていたユンボ・ヴィズマ。
しかしその絶対的エース、ワウト・ファンアールトがまさかのCovid-19による直前での欠場決定。
そんな状態で主導権をなんとか握るべく、彼らは早めの攻勢に出ることにした。
残り101.8㎞。モーレンベルク(登坂距離463m、平均7%、最大14.2%)の登りでまずはネイサン・ファンフーイドンクがアタック。先行していたボーラ・ハンスグローエのヨナス・コッホに追い付いて二人でプロトンとのタイム差を広げにかかる。
さらに残り93.8㎞地点のベレンドリース(登坂距離940m、平均7%、最大12.3%)、残り70.5㎞地点のカナリーベルフ(登坂距離1,000m、平均7.7%、最大14.0%)でそれぞれアタックがかかり、合計16名の(元々の逃げ集団に続く)「第2集団」が形成されることとなった。
- ネイサン・ファンフーイドンク(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
- ミック・ファンダイケ(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
- ゼネク・スティバル(クイックステップ・アルファヴィニル)
- ヤニック・シュタイムレ(クイックステップ・アルファヴィニル)
- マッス・ピーダスン(トレック・セガフレード)
- アレックス・キルシュ(トレック・セガフレード)
- ヨナス・コッホ(ボーラ・ハンスグローエ)
- マルコ・ハラー(ボーラ・ハンスグローエ)
- ケヴィン・ゲニッツ(グルパマFDJ)
- オリヴィエ・ルガック(グルパマFDJ)
- ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
- ジャンニ・フェルメールシュ(アルペシン・フェニックス)
- アルベルト・ベッティオル(EFエデュケーション・イージーポスト)
- ベン・ターナー(イネオス・グレナディアーズ)
- イバン・ガルシア(モビスター・チーム)
- コナー・スウィフト(アルケア・サムシック)
ユンボ・ヴィズマはファンフーイドンクに続き、ファンアールトの交代要員として出場したミック・ファンダイケがここに乗り、クイックステップ・アルファヴィニルもゼネク・スティバルを含む2名。アルペシン・フェニックスもマチュー・ファンデルプールの右腕でのちに第1回グラベル世界選手権を制することとなるジャンニ・フェルメールシュ、ほかにもマッス・ピーダスンやティム・ウェレンスなど、各チーム準エース級のライダーたちがこの16名の中に入り込むこととなった。
一方、タデイ・ポガチャル率いるUAEチーム・エミレーツはここに乗せることができず。
結局ドワースドール・フラーンデレンに続き、彼は後手を踏むことになってしまったのか?
そうはさせじと、ここでUAEチーム・エミレーツがチーム総出で集団をコントロール。
アレクサンデル・クリストフの右腕だったヴェガールステイク・ラエンゲンや、本来であればエースを任されてもおかしくない実力者のマッテオ・トレンティンすらも積極的に前を牽き、ロンド初出場の若きエースのためにすべてを使い切る勢いで猛牽引。
結果、第2集団とのタイム差も1分以上に開くことなくキープされ続けていった。
そして、残り55㎞。
過去、2017年のフィリップ・ジルベールが独走を開始した地点であり、2019年も昨年もレースが動き始める舞台となった2回目オウデクワレモント(登坂距離2,200m、平均勾配4%、最大勾配11.6%)。
ここで、ポガチャルは動き出す。
おそらく、最初からここで勝負を仕掛けると決めていたのだろう。
オウデクワレモントに突入する直前の狭く曲がりくねった道をマッテオ・トレンティンが集団を牽引しながら突き進む。
第2集団とのタイム差も20秒近くにまで縮めたうえで、ついにオウデクワレモントへと突入する。
と、同時にトレンティンの背中に貼りついていたタデイ・ポガチャルが一気に加速。
前回覇者カスパー・アスグリーンもすぐさまこれに貼りつくが、お構いなしに加速を続けるポガチャルは、そのままあっという間に「第2集団」を追い抜いていき、さらに先頭で逃げ続けていた逃げ残りの2名も吸収してしまった。
見ていて、何が起きているのかわからなかった。見逃していたのかと思っていたが、実際にカメラもしっかりと追い切れていなかったようだ。
オウデクワレモントの石畳超激坂を、まるで一般ファンとプロとが一緒に走っているかのような信じられない速度差で「第2集団」を追い抜いていくポガチャルとそこに必死に食らいつくアスグリーン。
今年一番信じられないレースの瞬間を1つ選べと言われたらこれしかないだろう。
#RVVmen
— Ronde Van Vlaanderen (@RondeVlaanderen) April 3, 2022
Tadej Pogačar with an incredible move on the Kwaremont! 🔥 He rides to the front of the race with one acceleration. #RVV22 pic.twitter.com/Z7ABOdFeMT
さすがにこれで完全に抜け出すことまではできず、マチュー・ファンデルプールやシュテファン・クンら有力選手たちも遅ればせながらポガチャルらに合流。
しかし彼の一撃によってこれまでのすべての展開は一瞬で無に帰し、たった30名程度の「先頭集団」だけが戦場に残ることとなった。
さらに、ポガチャルは止まらない。
今度こそ完全に主導権を握るべく、次の勝負所、残り45㎞地点のコッペンベルフ(登坂距離600m、平均勾配11.6%、最大勾配22%)の短くも厳しいロンド最凶の登りで2度目のアタックを繰り出す。
これまでも何度も大きな動きを生み出しつつも、フィニッシュまでの距離もあり、ここ単体で決定的な分断を生むことは少なかったこのセクションで、ポガチャルは新たな歴史を創り上げた。
ディラン・ファンバーレとフレッド・ライトの2名に先行を許し、約30名でコッペンベルフへと突入。
石畳の少ない両脇の細い舗装路で1列ずつ形成されるいつもの光景が生まれるが、左端の先頭を行くのがゼネク・スティバル。右端の先頭に立ったのがポガチャルであった。
やがて両脇の舗装路がなくなり、中央の荒れた石畳を行くしかないタイミングで誰よりも先に先頭に飛び出したのがポガチャルであった。
シッティングのまま、後続をあっという間に突き放し、単独で先頭に立ったポガチャル。
これを追いかけてヴァロンタン・マデュアス、そしてマチュー・ファンデルプールが食らいつく。
マッス・ピーダスンも4番手で追いかけるが、やや辛そう。
カスパー・アスグリーンはここでメカトラが発生。ただ、その前からすでについていけていなかった。
ワウト・ファンアールト不在の中で期待されていたクリストフ・ラポルトも、残り80㎞地点での落車の悪影響も残っていたのか、ティシュ・ベノートと共に全く歯が立たず落ちていく。
トム・ピドコックも、マテイ・モホリッチも、シュテファン・クンも、この瞬間に、勝負の舞台から突き落とされてしまった。
唯一生き残っていたのは先行していたディラン・ファンバーレとフレッド・ライト、そしてマチュー・ファンデルプールとヴァロンタン・マデュアスの4名だけ。
これにポガチャルを加えたわずか5名で、いよいよ最後の勝負所「3回目オウデクワレモント」と「2回目パテルベルグ」へと突入していく。
2019年のアルベルト・ベッティオルが抜け出し、昨年のマチュー・ファンデルプールがワウト・ファンアールトを突き放した「3回目オウデクワレモント」。
プロフィールは1回目、2回目と同じではあるが、残り17㎞地点という絶妙な位置に登場するこの登りは、最終決戦の舞台として実に相応しい存在である。
当然、タデイ・ポガチャルにとっても、最後の勝負所である。
迷わず先頭に躍り出て、シッティングのまま淡々と加速。
ただそれだけで、ファンバーレも、ライトも、そしてマデュアスも、なすすべもなく遅れていった。
ただ一人、マチュー・ファンデルプールだけが、かろうじてその後輪を捉え続けていた。
ただ、勝負所はもう1つある。
距離は360mと短いものの、平均勾配は12.9%、最大勾配は20.3%という、より凶悪な登り。
2016年大会ではペテル・サガンがセップ・ファンマルクを突き放し、独走を開始した最後の登り、「2回目パテルベルグ」。
残り13㎞に登場するこの最終決戦上で、ポガチャルはこの日4度目のアタックを繰り出した。
ほぼブレのない走りで、淡々と一定ペースを刻みながら加速していくポガチャル。
対するファンデルプールは、道の端の舗装路に寄り道したり、上半身を左右に激しく揺らしてしまったりと、余裕のない様子を見せていた。
一瞬、ポガチャルとのギャップもわずかに開いてしまう瞬間も。
収支、ポガチャルはファンデルプールに対して有利な状況を維持し続けていた。
だが、それでもファンデルプールは離れない。
やがてポガチャルも上半身に力を込め、もう一段上の加速を開始する。
それでも、離れないファンデルプール。
そしてポガチャルは初めて後ろ振り返り、彼が離れていないことを確認したのちに、最後の勝負所の頂上を迎えることとなった。
この時点で、勝負がついた、と語る者もいる。
ここで彼を引き離せなかったことが、ポガチャルの敗因だと。
だが、そう簡単な話ではない。
ロンド・ファン・フラーンデレンの270㎞の長い道のりの果てに来る最後のスプリントで何が起こるかわからないという事実は、ここ2年の結末を見ていても明らかなことである。
ましてや、昨年のリエージュ~バストーニュ~リエージュでジュリアン・アラフィリップを差しているポガチャル。
最後のスプリントでファンデルプールとポガチャルと、どちらが有利と言えるかは全く分からない状況であった。
それこそ、このままノンストップでフィニッシュに到達していれば。
しかし、ポガチャルはここでファンデルプールを警戒しすぎた。
ラスト1㎞。ポガチャルはファンデルプールを先頭に立たせたうえでローテーションを拒否。対するファンデルプールもスタンディングの姿勢で何度も彼を振り返りながら、ほぼ立ち止まっているかのような姿勢でゆっくりと残り距離を消化し続けていた。
その間に、追走のファンバーレとマデュアスの2名が、20秒差にまで迫りつつあった。
ポガチャルにとっては、2年前ファンアールトを倒してもいるファンデルプールのスプリント力を徹底的に警戒していたが故であった。そして、初の本格的クラシックレースでのマッチスプリント——さすがの「最強の男」にとっても、未知の舞台であった。
一方、ファンデルプールはすでに過去2回、同じ舞台を経験している。
経験豊富の彼の判断力と戦術とが、この瞬間、ポガチャルを明らかに上回った。
まずは残り250m。先頭にいたファンデルプールがまずは加速。昨年カスパー・アスグリーンに敗北した残り230mよりも、わずかに早い段階で。
当然すぐさまポガチャルは反応。しかしファンデルプールはこのとき、なおも後ろを振り返りつつ、決して全力のスプリントをしていなかった。
その初速の勢いは、アスグリーンに敗れた昨年の約半分であった。
そして、すでにファンバーレとマデュアスはわずか10mほど背後にいた。
ファンデルプールの中途半端な加速につられてポガチャルも抑え込まれた初速でスプリントを開始していたが、次の瞬間にファンバーレたちに追い抜かれてしまう。
慌てて右のマデュアスのスリップストリームに入り込むポガチャル。しかしその代償として空いたファンデルプールの後輪にファンバーレが入り込み、ポガチャルは自らの行く手を阻まれる格好となってしまった。
この動きをしっかりと確認したファンデルプールが最後に自らの足を解放して最終加速。
追いすがろうとしたファンバーレたちを無情にも突き放し、2度目の栄光を掴み取った。
これは、マチュー・ファンデルプールにとって一つの「成長」であったように思う。
2019年のアムステルゴールドレースで見せたあの常識をすべて破壊する圧倒的な勝ち方。
そこから多くの経験を重ね、2年連続のロンド・ファン・フラーンデレンでの緊張のラスト1㎞を経験した末に、彼はライダーとしてより成長したことを示す今年のロンド・ファン・フラーンデレンのラスト1㎞であった。
一方、今年のアムステルゴールドレースにおいては、逆にその「成長」が足かせになったような敗北を喫してしまうことになるが・・・。
レムコ・エヴェネプール、タデイ・ポガチャル、ワウト・ファンアールト、そしてマチュー・ファンデルプール・・・2019年以降登場してきたこの「怪物」たちも、それぞれがそれぞれの違った歩みを見せ始めている。
それはこれから本格化していく2020年代が、実に魅力的なものになることを予感させてくれている。
そして、同じく、この10年が決して一筋縄ではいかないものであることを証明して見せたレースこそが、今年最高のベストレースである。
第1位 ツール・ド・フランス 第11ステージ
おそらく、このレースが今年のベストレースであることに異論がある人はほとんどいないであろう。
人によってはこのレースがここ10年で最も歴史的なレースであったと評する人もいるほどである。
それは世紀の大逆転劇であり、超人たちがその死力を尽くした先にある奇跡の瞬間であった。
今年のツール・ド・フランス第1週は昨年同様、タデイ・ポガチャルの圧倒的強さを感じさせた週であった。
肝心のプリモシュ・ログリッチは第5ステージで落車により総合争いから脱落。最初の本格的な山頂フィニッシュとなる第7ステージのラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユで繰り広げられたポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴーとの一騎打ちは、ポガチャルに軍配が上がった。
項垂れるヴィンゲゴー。今年も、ポガチャル圧勝のままに終わるのか?
とは、言い切れない兆候も見えてはいた。
総合2位に2分差(大逃げによってタイムを得たベン・オコーナーを除けば実質的に総合ライバル勢とは5分差)をつけた昨年の第1週に対して、今年の第1週終了時点ではわずか39秒差。
第9ステージでポガチャルが最後もがいて数秒を獲りに動いたのも、一種の焦りのように感じられてもいた。
そして第2週の第11ステージ。モンヴェルニエの九十九折、テレグラフ峠、標高2,642mのガリビエ峠、そして標高2,413mのグラノン峠と、アルプスの弩級山岳が連続する凶悪ステージ。
ここで、世紀の戦いが幕を開ける。
驚きの展開は開幕と同時に巻き起こる。
アクチュアルスタート直後に飛び出したのは、マイヨ・ヴェールを着るワウト・ファンアールト。
そこに、彼の最大のライバルたるマチュー・ファンデルプールが飛びつき、世界最強の2名によるタンデムエスケープが開始されたのである。
この2人旅は30分ほど続き、最終的には20名もの大きな先頭逃げ集団が形成され、ユンボ・ヴィズマはファンアールトだけでなくクリストフ・ラポルトも含めるなど、UAEチーム・エミレーツに対する逆転劇への重要な布石を打つこととなった。
そして、いよいよ1級テレグラフ峠(登坂距離11.9㎞、平均勾配7.1%)へと到達したプロトン。山頂までおよそ6㎞といったタイミングで、まずはティシュ・ベノートを発射台としてプリモシュ・ログリッチがアタック。
この動きはすぐさまアダム・イェーツ、そしてタデイ・ポガチャルに抑え込まれるが、続いてテレグラフ山頂で再びログリッチがアタック。ダウンヒルで一気に抜け出そうと試みる。
このタイミングで逃げ続けていたクリストフ・ラポルトと合流。ポガチャルも自らこれを追いかけるが、代わりにアシストをすべて失ってしまうこととなった。
そして、ここからログリッチとヴィンゲゴーの波状攻撃が始まる。
ガリビエ峠への登り口で、この「メイン集団」はもはやログリッチとヴィンゲゴーとポガチャルとゲラント・トーマスの4名だけに。
そこでまずはヴィンゲゴーがアタック。
ポガチャルはすぐさま反応。引き千切れないとわかるとヴィンゲゴーも足を止め、ログリッチを待つ。
追いついてきたと同時に今度はログリッチがゆっくりと加速。ポガチャルもこれに追いかけて今度は自らアタックするが、ログリッチもヴィンゲゴーもここで離されないよう食らいつく。
一度突き放されたトーマスもマイペースで3名に追い付くと、そのタイミングで再びヴィンゲゴーがアタック。
強烈な加速。しかしポガチャルも絶対にこれを逃がそうとしない。
ポガチャルがヴィンゲゴーを捕まえた。と同時に、さらにログリッチが勢いよくカウンターアタック。再び先頭に立って追いかけるポガチャル。
そして、ヴィンゲゴーの3回目のアタック。
ポガチャルが捕まえ、今度はログリッチが3回目のアタックを繰り出した。
まさに、執念であった。
「最強」タデイ・ポガチャル。彼を凌駕するために必要なやり方は、並大抵の方法ではない。
傷つきながらも、それでも走り続けることを選んだ元エースのログリッチ、そして彼から託された「昨年唯一ポガチャルを突き放した男」ヨナス・ヴィンゲゴー。
この2人による、失敗すれば大きくタイムを失うことにもなりかねない、賭けとも言える残り60㎞からの全力の波状連続攻撃。
そして、ポガチャルはそのすべてをたった一人で抑え込み続けていた。
それだけでなく、山頂まで残り10㎞を切ったあたりで繰り出した4度目のログリッチのアタックを抑え込んだ後、今度は自ら逆にカウンターで飛び出しさえした。
そのまま先頭を自ら牽き始め、ログリッチもトーマスも、一時的に復帰していたステフェン・クライスヴァイクやセップ・クスらもすべて突き放し、山頂まで5㎞の段階でポガチャルとヴィンゲゴーの2人だけになってしまった。
やはり、彼を打ち倒すことは不可能なのか?
ユンボ・ヴィズマの捨て身の攻撃はすべて、無駄に終わってしまったのか?
そんな、ポガチャルへの畏怖の念が世界中の視聴者を支配していく中で、ラスト11.3㎞地点から始まる最後の超級グラノン峠(登坂距離11.3㎞、平均勾配9.2%)へと突入していく。
だが、ユンボ・ヴィズマは、そしてプリモシュ・ログリッチは、諦めてはいなかった。
一度落ちた彼を、逃げから落ちてきたワウト・ファンアールトがわざわざ引き戻し、グラノン峠登り口までの間にポガチャルたちに追い付かせることに成功した。
その後、登り口でファンアールトが脱落。ログリッチがここで再び先頭に立ってペースを上げた。
それはごく短い時間でしかなかった。
だが、そのログリッチの姿勢こそが、彼の強い思いの表れであった。この後、第15ステージで限界を迎えリタイアすることになるログリッチ。その「誰よりも不屈な男」の魂が、この瞬間、ヴィンゲゴーへと手渡された。
ログリッチ脱落後、集団の先頭を牽くのはラファウ・マイカ。
タデイ・ポガチャルの信頼する右腕によるペースアップで、集団は再び数を絞り込ませていき、残り5㎞地点のゲートをくぐった段階で、マイカ、ポガチャル、ヴィンゲゴー、トーマス、アダム・イェーツの5名だけとなっていた。
そしてここで、ついにその瞬間が訪れる。
残り4.6㎞。ヴィンゲゴーがアタック。
それは、確証があったわけではないだろう。すでに彼も限界を迎えており、この一撃が抑え込まれたあとカウンターを仕掛けられれば、逆にすべてを失ってしまう可能性もあった。
それでも、彼は仕掛ける以外の選択肢がなかった。それが、ログリッチから託された使命だから。
そして、これを追いかけるはずだった「最強」ポガチャルは――動けない。
ここまで数えきれないほどの彼らのアタックをすべて封じ込めていたはずのポガチャルが、このヴィンゲゴーの最後の一撃で、完全に足を止めてしまっていた。
マイカも必死でヴィンゲゴーを追いかけようとするが、そのマイカからも遅れかけるポガチャル。
ポガチャルの後ろについていたゲラント・トーマスも彼を突き放し、遅れていたダヴィド・ゴデュやアダム・イェーツもポガチャルを追い抜いていく。
ヴィンゲゴーは先行していたナイロ・キンタナやロマン・バルデ、そして先頭の逃げ残りワレン・バルギルらを追い抜いて、限界をとっくに超えている表情のまま無心で頂上を独り目指し続けていた。
「確かに、タデイとのギャップが開いていると聞いて、少しは力が湧いてきてはいたけれど、それでもこのグラノン峠はひどい登りだった。僕はひどく苦しみ、ただ早くこれを終わらせたいと思い続けていた。フィニッシュまで残り3㎞の地点で、完全に限界に達していた。
リスクがあったのは確かだけど、一方で僕もプリモシュもすでにツール・ド・フランスで2位にはなっていたし、ここで何もしようとしなければ、また2位になるだけだと分かっていた。だから僕たちは何かを試してみようと考えた。それこそが僕たちのチームのメンタリティなんだ。
僕たちは遠くから攻撃したいと思っていた。プリモシュと一緒に。それは彼がいかに偉大なライダーであることを再び知らしめるものであると僕は思っていた。彼はそれに賛成し、そしてそのために闘ってくれた。タデイに挑戦するために、彼は力を尽くしてくれたんだ。
ガリビエの頂上では、タデイはとても強く、あらゆるライバルたちを突き放した。僕は彼がもう限界なのか、それともまだまだ力を十分に残しているか判断ができず、とても不安だった。
でも、最後の登りで、挑戦しなければ絶対に勝つことはできないと、僕は自分に言い聞かせたんだ。
正直言うと、彼が苦しんでいるかどうかはまったくわかっていなかった。でもチームが無線で僕に最後の5㎞が急勾配であることを教えてくれたとき、僕は思ったんだ。『彼らがより厳しくペースを上げるか、それとも僕がいくか、そのどちらかだ』と。
僕は攻撃をすることを選んだ。そしてそれは最善の手だった。最終的に僕は彼とのギャップを生むことができたんだ」
「最強」を、世界で最も不屈な「チーム」が打ち崩した。
これぞ、ロードレース。
文句なしに、今年最高峰の、そしてここ10年を振り返ってみてもドラマティックなレースが、ここに繰り広げられた。
タデイ・ポガチャルとヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィズマ)との戦いはこれでは終わらない。
引き続き逆転を狙おうとするポガチャルとUAEチーム・エミレーツに対し、ログリッチを失いながらも怪物ワウト・ファンアールトと共に戦うマイヨ・ジョーヌのヴィンゲゴー。
そして最後は、ポガチャルとヴィンゲゴーの間で交わされた熱い握手のその瞬間まで――。
最後まで熱かったツール・ド・フランス第3週については以下の記事を確認いただければ幸いだ。
いかがだったろうか。
冒頭にも書いたように、正直5つに絞るのが非常に悩ましいレースばかりだったし、なぜあのレースが入っていないのかといったような異論もあるだろう。
もし、このレースも良かった、というようなものがあればぜひコメント欄やTwitterなどでも、言及してもらえると幸いだ。
このあとの「2022シーズンを振り返る」記事もぜひ、よろしくお願いいたします。
5位~3位はこちらから
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