「クラシック開幕戦」オンループ・ヘットニュースブラッドに続く、今年の「新生ユンボ・ヴィズマ」の強さを見せつけられるレースが再び繰り広げられた。
「ロンド・ファン・フラーンデレン前哨戦」E3サクソバンク・クラシック。
過去23回中9回の優勝者がそのまま同年のロンド・ファン・フラーンデレンも制するという、関連性の非常に高いこのレースで、ユンボ・ヴィズマはティシュ・ベノート、クリストフ・ラポルトといった、新加入のエース級強豪選手の力を借りて、まさに「圧勝」してみせたである。
最後は、パリ~ニース第1ステージを彷彿とさせるような、ラポルトとファンアールトの「ワンツーフィニッシュ」。
昨年までクラシックで常に苦しみ続けてきたファンアールトの悔しそうな表情は、もうそこにはない。
果たして、このユンボ・ヴィズマはいかにしてこのレースを制したのか。
そして、そのライバルとなりうるチームたちはどのようにこれに敗北したのか。
簡単に、振り返っていこう。
目次
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レースについて、および今年のユンボ・ヴィズマについて
E3サクソバンク・クラシックは1958年に初開催された、北のクラシックのトップレースの中では比較的歴史の浅いレースの1つである。
E3とは60年代に建設されたフランスとアントワープを結ぶ主要高速道路の名前(現在はA14)で、かつてはE3・プライス・フラーンデレンと呼ばれていた時期もあった。
その後はレースが発着される街の名前をとってE3ハーレルベーケと呼ばれていた時期もあったが、現在はデンマークのオンライン銀行がスポンサーについてE3サクソバンク・クラシックと名称を変え今に至っている。
E3サクソバンク・クラシックは、ロンド・ファン・フラーンデレンやヘント~ウェヴェルヘム、オンループ・ヘットニュースブラッドを主催する「フランダースクラシック」主催のレースではない。
しかし、ロンド・ファン・フラーンデレンで勝負所になるパテルベルクやオウデクワレモントなども使用され、過去このレースで上位に入った選手はそのまま同年のロンド・ファン・フラーンデレンでも上位に入る確率が高いという、まさに「前哨戦」というべきレースとなっている。
昨年もE3を制したカスパー・アスグリーンが、ロンド・ファン・フラーンデレン本戦で引き続き強さを見せつけて勝利。「開幕戦」オンループ・ヘットニュースブラッドと合わせ、最強クラシックチーム、ドゥクーニンク・クイックステップが完璧なレース運びを見せていた。
だが、今年はその役目をユンボ・ヴィズマが担っているようだ。
これまでも決して弱いチームではなかったが、いつもクラシックの最終盤にワウト・ファンアールトただ一人残される展開となり、結果、ファンアールトに対する徹底的な警戒心にやられ、勝機を逃し続けていたユンボ・ヴィズマ。
しかし今年は新加入のティシュ・ベノート、クリストフ・ラポルト、そして昨年のヘント~ウェヴェルヘムでほぼ唯一ファンアールトと共に最終盤まで同行し、その勝利を助けた昨年新加入のネイサン・ファンフーイドンクの3名が早速機能し、「開幕戦」オンループ・ヘットニュースブラッドで勝利。
翌日のクールネ~ブリュッセル~クールネではファンアールトこそ不在だったものの、オンループではまだ未合流だったラポルトが積極的な動きを見せ、勝てはしなかったが確実にレースを動かした。
さらに、パリ~ニースでは第1ステージの勝負所にてファンフーイドンクとラポルトのコンビネーションで集団からユンボが3名抜け出し、衝撃のワンツースリーフィニッシュを決めた。
そして今年最初のモニュメントであるミラノ~サンレモ。
ここでもまた、ユンボ・ヴィズマは最大のライバル、UAEチーム・エミレーツの動きを抑えるべく残り27㎞のチプレッサから組織だって動き始めた。
最終的にはUAEの強烈な動きによってプリモシュ・ログリッチ以外のアシスト全てを引き剝がされてポッジョ・ディ・サンレモを通過。
その後、マテイ・モホリッチの驚異的なダウンヒルによって突き放され、最後はログリッチも失った先頭集団で結局いつもの「一人のファンアールト」になったことで敗北したが、それでもチームとしての狙いは十分に機能していたように思う。
「新生ユンボ・ヴィズマ」は今年ここまでのレースにおいてほぼ文句のつけようのない走りを続けている。
一方のクイックステップは、チームの大黒柱であったティム・デクレルクが、心臓疾患のための戦線離脱中であり、なかなかクラシックにおいて存在感を示せていない。
今年もまた、ジンクス通り「E3覇者」がロンドを制するのか?
それを占うべく、今年のE3のユンボ・ヴィズマの走りと、そしてライバルチームたちの動きとを、振り返っていこう。
E3サクソバンク・クラシック2022
今年のE3は全長203.9㎞。天気は快晴。最低気温10℃、最高気温17℃。風は北向きの時速7㎞というコンディションで開幕した。
序盤の逃げは踏切ストップなどのアクシデントもありやがて吸収されるが、中盤を前にして7名の逃げが確定。
- ブレント・ファンムール(ロット・スーダル)
- ライアン・マレン(ボーラ・ハンスグローエ)
- ルーカス・ペストルベルガー(ボーラ・ハンスグローエ)
- イェレ・ワライス(コフィディス)
- ダニエル・オス(トタルエナジーズ)
- マティス・パーシェンス(ビンゴール・パウェルスソーセスWB)
- ラッセノーマン・ハンセン(Uno-Xプロサイクリング)
最大で2分程度のタイム差。
そして、今年のレースを最初に動かしたのは残り80㎞。「ボーネンベルグ」の異名でも知られる、登坂距離700m・平均勾配6.3%・最大勾配16%のターイエンベルグであった。
主導権を握ったのはやはりユンボ・ヴィズマ。
「いつもの」ネイサン・ファンフーイドンクがまず集団の先頭で一気にペースを上げ、その背後にいたワウト・ファンアールトが一気に加速。クイックステップ・アルファヴィニルの昨年覇者カスパー・アスグリーンが慌ててこれを追いかけるが、その背後にはユンボ・ヴィズマの「2大サブエース」ラポルトとベノートが貼りつく。
その後、集団からなんとかこれにしがみつこうと飛び出してきた選手が数名加わり、強力無比な7名の「第2集団」が形成される。
- ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)
- クリストフ・ラポルト(ユンボ・ヴィズマ)
- ティシュ・ベノート(ユンボ・ヴィズマ)
- カスパー・アスグリーン(クイックステップ・アルファヴィニル)
- ジャスパー・ストゥイヴェン(トレック・セガフレード)
- マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)
- シュテファン・クン(グルパマFDJ)
完璧なレース運び。まさに狙い通りの展開を、自らの動きによって掴み取った。
だが、この体制は弱点もある。7名の中で複数枚入れられているのはユンボ・ヴィズマだけ。当然、他チームはエース級の選手が入ってはいるものの、ユンボ・ヴィズマを助ける動きをすることはなく、ローテーションはすべてユンボ・ヴィズマに責任を担わされてしまう。
だが、そういった展開における最適解を、すでにユンボ・ヴィズマはオンループ・ヘットニュースブラッドでも試している。
それは昨年のオンループ・ヘットニュースブラッドでクイックステップがやっていたことであり、詳細な解説は先述のオンループの記事内にて言及しているため確認してほしい。
いずれにせよ、ユンボ・ヴィズマはここで「数の有利」を正しく活かし、残り71.9㎞地点から始まるベルフ・テン・ステイネの登りでティシュ・ベノートを飛び出させる。
これを逃がしたら完全にユンボ・ヴィズマの思う壺。逃げ切れなくともユンボ・ヴィズマのアシストの足を休ませてしまうということを理解しているアスグリーンは、単独でありながらも恐れずに引き戻しにかかる。
だが残り70.3㎞でさらにもう一度、ベノートがアタック。オンループのとき同様、常に自ら仕掛け、レースを落ち着いた展開にしないための働きをやってのけている。2018年ストラーデ・ビアンケ覇者でもある彼の飛び出しは、見逃すにはあまりにも危険過ぎるが故の、価値ある攻撃だ。
今度はアスグリーンも反応できない。ワウト・ファンアールトも、そのアスグリーンの前について警戒している。
飛び出したベノートを追いかける役割を担ったのは、こういうときに恐れを知らない真っ直ぐさを持つシュテファン・クン。だが、その後輪にすぐさまラポルトが飛びつき、チームとしてレースの支配権を握り続ける。
ここまではユンボ・ヴィズマにとっても理想の展開。このままフィニッシュまで行くことができれば勝利は間違いなしだが、ここに一波乱を起こそうとする勢力がいた。
イネオス・グレナディアーズ。2010年代のツール・ド・フランスの圧倒的な支配力こそ失われたものの、新たな才能と戦略を取り入れてクラシックでも徐々に存在感を示し続けている「新たなる帝国」。
その、今年のクラシックエースの1人、ヨナタン・ナルバエスのために、イネオス・グレナディアーズはルーク・ロウやマグナス・シェフィールド、そしてベン・ターナーといったルーラー・パンチャーたちによる猛牽引により、追走集団の数を減らしながらファンアールト集団との距離を着実に縮めていった。
そして残り62.5㎞地点から始まるエイケンベルグ(登坂距離1,250m、平均勾配6.2%、最大勾配10%)でエースのナルバエスがアタック。
この動きに合わせてフロリアン・セネシャル、ヴァロンタン・マデュアス、ビニヤム・ギルマイ、ラスムス・ティレルなど強力な選手たちが追随。
だがここに、ユンボ・ヴィズマはさらにもう1人、マイク・テウニッセンもしっかりと乗せていった。
残り50㎞。
先頭は16名となった。
- カスパー・アスグリーン(クイックステップ・アルファヴィニル)
- フロリアン・セネシャル(クイックステップ・アルファヴィニル)
- ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)
- ティシュ・ベノート(ユンボ・ヴィズマ)
- マイク・テウニッセン(ユンボ・ヴィズマ)
- クリストフ・ラポルト(ユンボ・ヴィズマ)
- ビニヤム・ギルマイ(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
- マテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)
- シュテファン・キュング(グルパマFDJ)
- ヴァロンタン・マデュアス(グルパマFDJ)
- ヨナタン・ナルバエス(イネオス・グレナディアーズ)
- ディラン・ファンバーレ(イネオス・グレナディアーズ)
- ジャスパー・ストゥイヴェン(トレック・セガフレード)
- ミヒャエル・ゴグル(アルペシン・フェニックス)
- アントニー・テュルジス(トタルエナジーズ)
- ラスムス・ティレル(Uno-Xプロサイクリング)
残り44.7㎞。ベノートが3度目のアタック。これはギルマイによって引き戻される。
カウンターでフロリアン・セネシャルもアタック。これはヨナタン・ナルバエスが反応して抜け出しはできず。
クイックステップにとっても、セネシャルを加えた2枚でうまく対応していきたい・・・が、勝負所パテルベルク直前という最悪のタイミングで、セネシャルがメカトラ!
そしてパテルベルク。ロンド・ファン・フラーンデレンでも最後の登りとなり、2016年ロンドでペテル・サガンがセップ・ファンマルクを突き放し独走を開始した「ペテルベルク」にて、ベノートが最後の力を振り絞った牽引。
引き伸ばされた集団の先頭から、残り80㎞のターイエンベルグに続く、この日2度目の「予定通り」の強烈なアタックを繰り出した!
このファンアールトの背後にはラポルト。
その後ろにビニヤム・ギルマイが貼りつくが、ファンアールトの強烈な加速についていけたのはラポルトだけ。ギルマイは引き離され、当然、その背後にいたアスグリーンにとってもノーチャンスとなってしまった。
ファンアールト、そしてラポルト。
「新生ユンボ・ヴィズマ」を象徴するこの2人が先頭に躍り出て、あとはフィニッシュに向けての長い凱旋が始まった。
もちろん、ラポルトだけではない。
残り80㎞のターイエンベルグ突入時の牽引役を担ったネイサン・ファンフーイドンク、その後の3度にわたるアタックと、最後のパテルベルク突入前の牽引役を担ったティシュ・ベノート。
さらに言えば、残り60㎞のナルバエスらの合流時に、しっかりとそこに乗ってユンボ・ヴィズマに「4枚目」をもたらしたマイク・テウニッセン。実力はありながらもここ数年体調不良などもありなかなかユンボの勝利に貢献できなかった男が、今回は「復活」を感じさせる良い走りを見せてくれた。
なお、このテウニッセンラの合流の後、もう1人アルペシン・フェニックスがブリッジを仕掛けようとしていたが、そこにも1枚、ユンボ・ヴィズマの選手が貼りついていた。
常に数の有利を実現させるために、あらゆる選手が万全の状態を維持していたことが窺え、実に隙の無い状態であった。
対するクイックステップは散々だった。デクレルクの不在はもちろん、昨年ブルターニュ・クラシック3位のミケルフローリヒ・ホノレがDNS。数が少ない状態で挑んだ中で主導権を完全にユンボ・ヴィズマに握られ、極めつけは残り40㎞、最も重要なポイントを前にしてのセネシャルのメカトラ。
今年、開幕戦オンループ・ヘットニュースブラッドから続く「クラシックの不調」はなおも継続されており、チーム最高順位もアスグリーンの10位。
少なくとも過去9回にわたり、E3で10位以下の選手がロンドを制した事例はない。このままロンドも絶望の舞台となってしまうのか?
イネオス・グレナディアーズは残り60㎞のナルバエスのブリッジに向けての動きは素晴らしかった。チーム一丸となって、若手中心ながら、そのポテンシャルの高さを見せつけてくれた。
が、とにかく残り80㎞。あの明確な勝負所であるターイエンベルグに向けての一連の加速の中で、全く先頭の方にポジショニングできなかったのがあまりにも痛すぎた。2020年のオンループ・ヘットニュースブラッドもそうだったが、やはりまだまだクラシックに向けてはベテランのチームではないから? タイミングの悪さで大きく失敗するパターンが目立つように感じる。
結果、圧倒的勝利を実現した「新生ユンボ・ヴィズマ」。
この勢いをそのまま「本戦」ロンド・ファン・フラーンデレンに持ち込むことはできるのか?
それでも、ロンドはどうなるかわからない
もちろん、そう簡単にいかないのがロードレースの難しいところであり、また面白いところである。
今の段階では完璧で、隙がないように見えるユンボ・ヴィズマだが、彼らは常に、そういうときこそ最も重要な場面で「不安」を呼び起こしてしまう。
さらに、どれだけジンクスを重ねても、それをいとも簡単にぶち壊すような常識外れの選手たちがロンド本戦で合流してくる。
たとえば、マチュー・ファンデルプール。
昨年の東京オリンピックマウンテンバイクでの落車やその後のトレーニングでの怪我から長らく不調に苦しみシーズン入りも遅れに遅れていた彼だが、その急遽の復帰戦となったミラノ~サンレモでいきなりの3位。
昨日のセッティマーナ・コッピ・エ・バルタリ第4ステージではさらに驚異的な走りを見せた。残り100㎞地点で集団から単独で飛び出し、2分先を走っていた逃げ集団に合流。
さらにその逃げ集団も自らのペースアップで削り、最後は単独でそこからアタック。
そのうえでメイン集団に吸収されるが、最終的には集団スプリントでイーサン・ヘイターらを下して勝利。
まさに「意味が分からない」。今年もやっぱりマチューはマチューだという印象を強く抱かせてくれた。
そして、もう1人の注目選手がタデイ・ポガチャル。
過去2回のツール・ド・フランスの総合優勝者であり、リエージュ~バストーニュ~リエージュやイル・ロンバルディアも制している男。
もちろん、それだけ見れば、本来はロンド・ファン・フラーンデレンの「最有力優勝候補」とは言えなさそうな選手ではある。
が、この男は常に常識を覆し続けている。ストラーデ・ビアンケでは残り50㎞からの独走勝利という、歴史を大きく塗り替える衝撃的な勝利を果たす。
ミラノ~サンレモでもチーム一丸となって、本気で彼の勝利だけを狙って組織的な動き。それは結局失敗したが、今回も、決してサプライズだとか本命は別にいてジョーカー的な走りに徹するとかではなく、あくまでもポガチャルの勝利だけを本気で狙う動きを見せてきそうである。
その末に彼が勝利すれば、それはまさに前代未聞。現代のエディ・メルクスの復活を高らかに宣言するものとなる。
それは普通に考えれば、常識的に考えれば、ありえないだろう。
だが、そう思えば思うほど、その可能性を高めていくのがポガチャルという男である。
他にも、トム・ピドコックやイーサン・ヘイターが合流するイネオス・グレナディアーズ、イヴ・ランパールトが合流するクイックステップ・アルファヴィニルも、決して油断してはならない相手であるのは間違いない。
結局のところ、今年のロンド・ファン・フラーンデレンも全く「予想がつかない」。
そして、その意味で、これまで以上に楽しみなロンド本戦となりそうな気がしている。
2022年4月3日。
ぜひ、「歴史的な」ロンドが見られることを、楽しみにしている。
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