前回の総合優勝候補プレビューに引き続き、今回はジロ・デ・イタリア2021における「最強スプリンター候補」を概観していく。
昨年はアルノー・デマール、フェルナンド・ガビリア、ペテル・サガン、エリア・ヴィヴィアーニなどが揃った中で、まさかのデマール4勝による完全制覇。
だが今年はデマールが不在。そんな中、どんな有力スプリンターが来ており、彼らはどんなコンディションなのか・・・少しでも参考になれば幸い。
※身長、体重はProCyclingStatsを参照しております。
※年齢はすべて2021/12/31時点のものとなります。
※出場日数とは、ジロ初日までに今期出場したレースの日数のことを表しています。
目次
- カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
- ジャコモ・ニッツォーロ(チーム・キュベカ・アソス)
- ティム・メルリエ(アルペシン・フェニックス)
- ペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
- フェルナンド・ガビリア(UAEチーム・エミレーツ)
- エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
- マッテオ・モスケッティ(トレック・セガフレード)
- ディラン・フルーネウェーヘン(チーム・ユンボ・ヴィスマ)
全21ステージのコースプレビューはこちらから
Podcastでも『サイバナ』のあきさねゆうさんと全21ステージの解説&優勝予想をしています!
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カレブ・ユアン(ロット・スーダル)
オーストラリア、27歳、167cm、69kg、出場日数16日
2019年はツール・ド・フランス3勝(=最多勝)を記録し、2020年もきっちり2勝。そもそも過去出場した6回のグランツール(ジロ3回、ツール2回、ブエルタ1回)のうち5回で1勝以上しており、唯一勝利できなかった2016年ジロ・デ・イタリアでも区間2位にはしっかりと入っている。スランプやチームとのごたごたもありはしたが、そこから完全復活し、今や(とくにスプリンター「個人」としての力においては)世界最強を名乗っても良いほどの人物となっている。
↓ユアンの個人の力の高さについては下記記事などを参照↓
そんなユアンが、今年も彼のための最強メンバーを揃えてジロにやってくる。最終発射台のジャスパー・デブイスト。残り3㎞からユアンをしっかりとフィニッシュ前にまで運んでくれる最強の運び屋ロジャー・クルーゲ。スプリント勝負に持ち込むための集団コントロールを一手に担う最強逃げ屋にして最強平坦牽引役トーマス・デヘント。そして今年はさらに若手有望株スプリンターのステファノ・オルダーニが、さらなる発射台増強のために参戦してくれた。
ただ、まったく不安がないと言えば、嘘になる。実はそんなカレブ・ユアンの今年の戦績は、UAEツアーでのわずか1勝。ミラノ~サンレモのポッジョ・ディ・サンレモを難なくこなす姿などはこれまでにない強さを感じさせてはくれたものの、4月に入ってからのレースであるボルタ・ア・ラ・コムニタ・バレンシアナでは、2つあるスプリントステージで3位と6位とちょっと微妙。アルノー・デマールに負けるのはまだしも、ティモシー・デュポンとかジョン・アベラストゥリとか、UCIプロチームの選手にも負けており、これが彼の走った最新のレースでの結果なので・・・ちょっと不安である。
そんな不安を吹き飛ばすような走りを、今回のジロでは果たして見せてくれるのか。
ジャコモ・ニッツォーロ(チーム・キュベカ・アソス)
イタリア、32歳、184cm、72kg、出場日数26日
かつては「2位ッツォーロ」などと揶揄されることも多かった、「強いのになぜか勝てない」選手の代名詞だったこの男。
昨年あたりから本来の強さを取り戻したかのように勝ち始め、イタリアロード王者およびヨーロッパロード王者の称号を引っ提げてこのジロ・デ・イタリアに乗り込んできた。
事実上、カレブ・ユアンに次ぐ今大会有力スプリンターの筆頭である。
なお、彼の強みは混戦に強いこと。というか、チームがロット・スーダルと比べてニッツォーロのための完璧な体制を整えているわけではない以上、よりチーム力が求められるスタンダードな集団スプリントよりは、横風や落車、細かなアップダウンによってアシストがうまく機能しないような混戦状態でこそ、この男の強さは発揮されるように感じる。
今年も直前に落車が頻発したクラシカ・ドゥ・アルメリアでの勝利に加え、オキシクリーン・ブルッヘ~デパンヌやヘント~ウェヴェルヘムなどでの混戦状態での集団スプリントでも上位に入り込む。
今回もフィニッシュ前に小さな登りや横風区間などがあるスプリントステージもあり、そういう状況では、位置取りで失敗するカレブ・ユアンを出し抜ける可能性も。
過去には悔しい降格判定への抗議の意を込めて、憮然とした無表情でポイント賞の表彰を受けたこともあるニッツォーロ。
「イタリア最強の男」の称号が本物であることを、この大舞台で見事に証明してほしい。
ティム・メルリエ(アルペシン・フェニックス)
ベルギー、29歳、185cm、74kg、出場日数19日
現役シクロクロッサーでありながら、ロードにおける元ベルギー王者。そして昨年のティレーノ~アドリアティコではパスカル・アッカーマンを打ち倒し、今年も北のクラシックでマッズ・ピーダスンやフロリアン・セネシャルといったトップクラシックスプリンターたちを圧倒した。
もはや紛うことなきワールドツアー級スプリンター。ガビリア、サガン、ヴィヴィアーニといったトップスプリンターたちが本来の調子を出し切れていない今、今大会におけるユアン、ニッツォーロに次ぐ位置にいるのはこの男だと確信をもって言えるだろう。
そして強いのは彼自身のみならず、チームもまた同様に強い。今回出場メンバーは、ルイス・フェルファーケ以外は皆、ワールドツアーチーム経験のない選手たちばかり。にも関わらず、そのチーム力と個々人の実力はへたなワールドツアーチームを凌駕している。
たとえば現ベルギー王者のドリス・デボントは決してスプリンターではないものの、今年のスヘルデプライスでジャスパー・フィリプセンの発射台役を務め、ミケル・モルコフによってリードアウトされたサム・ベネットを打ち倒してみせた。
ほかにもオスカル・リースベーク、ジャンニ・フェルメールシュなど、北のクラシックでマチュー・ファンデルプールを支える重要な役割を果たした屈強なライダーたちが揃っているため、このメルリエのスプリント以外にも活躍の場はありそう。
ペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
スロバキア、31歳、184cm、78kg、出場日数22日
クリス・フルームやヴィンツェンツォ・ニバリと並んで2010年代を代表するトップライダー。「黄金世代」と呼ばれた1990年生まれの彼らも、今や30を超え、多くの選手がそのピークを越えてしまったような印象を覚える。
このサガンも例にもれず、3回の世界王者とロンド・ファン・フラーンデレン、パリ~ルーベを制し、ツール・ド・フランスで12回のステージ優勝と7回のマイヨ・ヴェールを手に入れた歴史に残る名選手も、今や引退を囁かれるほどとなった。
だが、彼は今もなお、スターであり続けている。昨年はわずか1勝。しかし、その1勝はこのジロ・デ・イタリアで、偶然にも空に架かった虹と共に鮮烈な逃げ切りを果たして手に入れた勝利であった。
そんな彼が、今年もジロに挑む。昨年はツールでもジロでも届かなかったポイント賞を今度こそ狙うのか。
コンディションは昨年に比べて少し上向き。すでにボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャとツール・ド・ロマンディで、必ずしもトップピュアスプリンターたちと争ったわけではないものの、計2勝を果たしている。そもそも勝ちを得られなかっただけで、昨年のツールでも安定して上位には入れており、その実力は決して衰えてはいない。
今大会のライバルは目下ユアン、ニッツォーロ、メルリエといったところ。頭一つ抜けているように感じるユアンは直近ではやや調子の悪さを感じさせている。
と、くれば、今年こそサガンがジロでその強さを証明するチャンスは十分にあるはずだ。ツール・ド・フランスは今のところパスカル・アッカーマンと共に走ることが決まっており、もしかしたら今年のサガンの本命はジロかもしれない、ということも含め、その走りは注目必至である。
フェルナンド・ガビリア(UAEチーム・エミレーツ)
コロンビア、27歳、180cm、71kg、出場日数18日
Podcastでも話したが、マキシミリアーノ・リケーゼとフアン・モラノのコンビは、今やドゥクーニンク・クイックステップに匹敵するリードアウト力をもっていると感じている。
具体的には昨年のジロ・デ・イタリア第7ステージのラスト1㎞。昨年最強だったグルパマFDJのトレインがラスト800mから先頭を支配。まずはマイルス・スコットソンが残り500mまで先頭を牽引し続け、そこから最終発射台ヤコポ・グアルニエーリが前を牽き始めた。
ここで後方から一気にまくり上げていったフアン・モラノが、グアルニエーリと肩をぶつけながら先頭を奪い取る。
そしてマキシミリアーノ・リケーゼがコース左端からさらなる加速。最高速度に達しているはずのグアルニエーリの隣に単独で並び立ち、デマールのために用意されていたはずのその背後のポジションを強引に奪い取ったのである。
ただ、問題はエースのガビリアの足だった。
アシストたちの走りに報いなければならないはずの彼が、デマールの背後から遅ればせながらスプリントを開始するも、その勢いはまったくといっていいほどなかった。
左から同時にスプリントを開始したペテル・サガンにも簡単に突き放され、TOP10にも入ることなくフィニッシュしてしまった。
第11ステージでも同様にモラノとリケーゼが強力な牽引力を見せてラスト1㎞手前での集団コントロールをグルパマFDJから奪い取る。しかしそのときも、肝心のエースの姿がその後ろに存在していなかった。
リードアウターは1級品。そしてエースもまた、本来は一級品。何しろ初のグランツールであった2017年のジロ・デ・イタリアではいきなりのステージ4勝とマリア・チクラミーノ獲得。
2018年のツール・ド・フランスでは開幕ステージで優勝し、マイヨ・ジョーヌを着用。同年代のカレブ・ユアンは最初のスランプ期に突入しチームとのいざこざもありグランツールに出場できないシーズンを過ごしていた中で、この男はその何歩も先を突き進んでいたように感じた。
だが、その後、フェルナンド・ガビリアは苦しいシーズンを過ごしていくこととなる。
まずは2019年のジロ・デ・イタリアで、膝の痛みを訴えて途中離脱。その後のツール・ド・フランスまで影響を引きずり、ようやく復帰したブエルタ・ア・エスパーニャでも全く良いところを見せられずに終わってしまった。
2020年はシーズン冒頭から新型コロナウイルスに感染。シーズン後半のジロ・デ・イタリア出場中に2度目のコロナウイルス罹患によってレース撤退。上記の精彩を欠いた走りはその影響もあったのかもしれない。
そして今年もまた、E3サクソバンク・クラシックで落車し、左手首の舟状骨骨折と診断され、1か月間のレース欠場を余儀なくされた。
すなわち、今回のジロ・デ・イタリアが、彼にとって実に1か月ぶりのレースとなる。
万全とは決して言い難い、苦しい戦いが予想されている。
それでも、彼には最強のチームメートがいる。
そのアシストたちに支えられ、彼が再び栄光を掴み取り始める、そんな可能性は十分にある。昨年も2度の病に挟まれた期間、そして今年の落車までの期間の走りは、決して悪くはない。
その復活を見たい。そして、同年代のライバルであるカレブ・ユアンと、互いに最高の状態で激突する姿が見たいのだ。
エリア・ヴィヴィアーニ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
イタリア、32歳、178cm、67kg、出場日数25日
まさに「クイックステップ・トレイン」の功罪を体現したかのような男だ。それまでのチーム・スカイ時代までは、それこそジャコモ・ニッツォーロ同様に、勝ちきれないことの多かった実力者だったが、クイックステップに入った途端に勝ち星を重ね続け、2018年のジロ・デ・イタリアでは昨年のガビリアに並ぶステージ4勝とマリア・チクラミーノの獲得。 動燃は18勝。翌2019年も、ツール・ド・フランスでの勝利を含む11勝を記録した。
しかしクイックステップを抜けた2020年はなんと勝利なし。「盟友」ファビオ・サバティーニを連れ、トラック種目で相方を務めるシモーネ・コンソンニを用意してもらったにも関わらず、彼は勝てなかったどころか年間でTOP3に入れたのもわずか2回しかなかった。
それまでは一人でもなんとかもがいて勝利を掴み取る才能もあったというのに、それすらも失ってしまったかのような変わりよう。コフィディスのトレインが弱いわけでは決してないが、クイックステップの——とくにミケル・モルコフの——リードアウトがいかにスプリンターを「ダメ」にしてしまうのか、ということを思い知らされるような変わりようだった。
今年はそこからの復活を告げるかのような1勝をなんとか絞り出す。ただし1クラスの、UCIプロチームのスプリンターたちを相手取っての勝利ではあったが。
直近のツール・ド・ロマンディでも、悪天候とあまりピュアスプリンター向きではないコースレイアウトのせいでもあったが、先頭集団に残ることすらできないままに終戦。UAEツアーではサム・ベネットに次ぐ区間2位という記録は残せたものの、それが精一杯であった。
正直、今回のジロで彼が復活の勝利を成し遂げていけるイメージはあまりない。ただ、アシストはたしかにサバティーニとコンソンニに加え、昨年数少ない勝利をチームにもたらしてくれているエリア・ヴィヴィアーニの弟アッティリオ・ヴィヴィアーニも参戦。チームとしてはかなり、エリアのための体制を用意してくれている。
ヨーロッパチャンピオンジャージでジロに凱旋する夢は昨年は叶えられなかったが、なんとか今年こそ、そのデローザに勝利の味を味わせてやりたい。
イタリア最強の名を取り戻すべく、彼は復活への道をこのジロで掴み取れるか。
マッテオ・モスケッティ(トレック・セガフレード)
イタリア、25歳、179cm、73kg、出場日数26日
元ポーラテック・コメタ(現EOLOコメタ)。すなわち、アルベルト・コンタドールとイヴァン・バッソが中心となって設立したスペイン・イタリアの若手育成チームの出身で、そのチームの一員として参加した2018年のブエルタ・ア・ブルゴスでの勝利は強く印象に残っている。
この男は絶対に伸びる!という確信は、2019年の初出場ジロ・デ・イタリアでの区間4位・5位で現実味を帯び、翌年初頭の「パスカル・アッカーマンに対する2連続勝利」により確信へと移り変わっていった。
ただ、その後は正直、低空飛行である。彼にとって2度目のグランツールとなるブエルタ・ア・エスパーニャでは、6位を1度獲ったのがせいぜいで、1週目の途中にリタイアしてしまっている。
2021年は新設の1クラスワンデーレースで勝利したくらいで、あとは決して目を瞠るような成績を出せてはいない。直近のツール・ド・ロマンディでもエリア・ヴィヴィアーニと仲良くグルペット。前年ブエルタ山岳ステージでのリタイアも含め、今や珍しいくらいのピュアピュアスプリンターなのかもしれない。
プロデビュー前にその実力に触れることのできた若き才能はついつい思い入れが深くなってしまうのだが、何とかこの男にも、ここで壁にぶち当たることなく、一皮むけるような結果を出してほしいと強く願っている。
ディラン・フルーネウェーヘン(チーム・ユンボ・ヴィスマ)
オランダ、28歳、177cm、70kg、出場日数0日
かつては間違いなく、世界最強スプリンターの1人であった。最盛期のマーク・カヴェンディッシュ、あるいはマルセル・キッテルに代わる、ただひたすら純粋に強いパワースプリンターの代名詞とも言える存在であった。
しかし、昨年、彼は大きな過ちを犯してしまう。
そして、その制裁を受け、8か月間に渡りバイクを降り続けることとなった。
そしてチームはその復帰戦にこの大舞台を用意した。そしてその復帰を告げる彼のツイートに寄せられたコメントも、概ね好意的なものが多かった。
復帰に至るまでの間、彼をとりまいた状況は決して気持ちのよいものではなかった。彼のやってしまったことは決して許されるようなものではないにしても、彼が再びバイクに乗り勝利を掴み賞賛を受けるに値しないなどとは思えない。
問題は、彼自身が彼のための走りができるかどうか。
フィジカルではなく、メンタルが、ここ一番の瞬間で彼の足を止めてしまわないかどうか。
その疑問への答えは、実際にレースを見てみないことには、決して明らかになることはないだろう。
どんな結果になろうとも、まずはこの復帰を歓迎したいと思う。
個人的には、フルーネウェーヘン復帰が報じられる前はまさかのエースか?と気になっていたダヴィド・デッケル。元SEGレーシングアカデミーのネオプロ1年目選手ではあるが、今年のUAEツアーではいきなり区間2位を2回。ポイント賞ジャージもゲットしている。
フルーネウェーヘンの発射台としても十分に力を発揮してくれるだろうし、もしもフルーネウェーヘンがやはりエースとしての走りができる状態ではなかったときには、その代わりのエースとして良い走りをしてくれるような気がしている。
まったく予想ができないのがこのユンボ・ヴィスマのスプリントではあるが、いろいろな面で楽しみなチームでもある。
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