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バイクエクスチェンジ、その2021シーズン序盤の「苦戦」と「歓喜」とを振り返る

 

バイクエクスチェンジ、昨年まではミッチェルトン・スコットと呼ばれていたこのチームは、新型コロナウイルスの影響を大きく受けて昨年、スポンサー危機に瀕する。

この状況を打破しようと動いたのが当時のGM、シェーン・バナン。チーム立ち上げにも大きく関わった彼は、オーストラリア籍チームという「名」を取るよりも、チームの存続という「実」を取ろうとしたが、それはオーナーのゲイリー・ライアン氏の承認を得たものではなく、大きな混乱と共に新スポンサーの夢は敗れ、バナンはチームを去ることになった。

 

新たにGMに就任したのは元々バーレーン・メリダGMブレント・コープラント。

そして、一時は「タイトルスポンサーなし」の船出となる予定だったこのチームは、バイクエクスチェンジと名を変えて2021年シーズンを開始した。

とはいえ、それは結局ゲイリー・ライアンオーナーの事業ということでこれまでと何ら変わりなく、財政的には非常に苦しい状況の中、ジャック・ヘイグ、アダム・イェーツ、ダリル・インピーといったチームの中心的な存在を手放すこととなった。

 

このチームにとっては非常に苦しい2021年シーズンの開幕。

その苦しさを象徴するかのように、開幕直後のいくつかのレースで彼らは「苦戦」することとなる。

 

本来、勝たなくてはいけないレースで、なかなか勝ちきれない。

それでも、彼らは、そのチーム力、そして「決して諦めない」というポリシーでもって立ち向かい、最後は栄光を掴み取った。

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今回は、2021シーズンの1月後半から2月頭にかけて、このオージーチームがどのようにして苦戦し、そしてどのようにしてそこから勝利を掴み取ったのかを、解説していきたい。

 

目次

 

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サントス・フェスティバル・オブ・サイクリング

新型コロナウイルスの影響により、例年シーズン開幕戦として数多くの有力選手を招いてきていたツアー・ダウンアンダーが今年は中止に。

代わりに、同じメインスポンサーのサントスが、オーストラリア国内選手のみで開催する非UCIレースとして開催を決めたのが、この「サントス・フェスティバル・オブ・サイクリング」である。

 

4日間という短い日程ながら、パラサイクリングから女子レース・男子レースまで幅広い種目のレースを開催し、そのうちの1ステージはあのウィランガ・ヒルも使用する本格的なレイアウト。

出場するワールドツアーチームはオーストラリア籍のバイクエクスチェンジのみではあるが、ACAプロレーシング・サイシャインコーストやチーム・ブリッジレーンなどの有力オージーコンチネンタルチームのほか、「ウィランガの王」リッチー・ポートも「ガーミン・オーストラリア」という実質的なナショナルチームで参加していたり、ユンボ・ヴィズマの有力若手選手で2019年のツアー・オブ・ジャパン総合優勝者であるクリス・ハーパーも地元クラブチームの一員として参加していたりと、そのレベルは結構高い。

 

とはいえ、やはりこの中で唯一本来のワールドツアーチームとして参戦しているチーム・バイクエクスチェンジは、言ってしまえば「勝って当たり前」。出場する選手たちもルーカス・ハミルトンやダミアン・ホーゾン、ケイデン・グローブスなど実績の多い有力選手たちばかり。

非UCIレースとはいえ、決して恥ずかしい戦い方はできる状況ではなかった。

 

そんな中、第1ステージ。

ここでは早速、チームとしての実力が遺憾なく発揮される。

 

↓各ステージのレースの詳細振り返りはこちらから↓

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昨年の「ツアー・ダウンアンダー」本戦の第1ステージでも使用された、アデレード北東70㎞に位置するヴァロッサバレーの街タヌンダ。

その周辺の周回コースを3周するレイアウトで、途中に登坂距離1.2㎞・平均勾配4.8%の3級山岳メングラーズヒルを4回登る(全長106.8㎞)。

 

決して厳しい登りではなかったはずだが、シーズン最初のレースに各チームとも気合が入っていたのか、1回目の登坂(残り94㎞地点)から集団が分裂し始める。

そのまま迎えた最初の中間スプリントポイント(残り78.2㎞地点)で飛び出したのが、チーム・バイクエクスチェンジのルーク・ダーブリッジ

過去4度の国内選手権個人タイムトライアル王者に輝き、昨年・一昨年は世界王者ローハン・デニスすらも打ち破って勝利している彼の独走力によって、彼は残る80㎞弱の道のりを堂々と走破する。

一方の集団内では彼のチームメートがしっかりと集団をコントロールしたことによって追撃の手は許されず、やがて2分半もの大差をつけてダーブリッジは圧勝した。

 

これこそが、このチームがこのレースにおいて求められていた勝ち方。

その期待に十分に応える成果を出してくれた。

 

だが、彼らが調子よかったのはそこまでだった。

ここから先は、まさかの「敗北」を繰り返すことになる。

 

 

続いて迎えた第2ステージ。

ステージ中盤とフィニッシュ前8㎞地点に2級山岳が用意された、高難易度ではないもののスプリントフィニッシュにもならなそうなステージ。

ユンボ・ヴィズマ所属のクリス・ハーパーや12月のオーストラリア国内ロードシリーズ戦で総合優勝している実力者ブレンダン・ジョンストンなどが乗った逃げを抑えるべく、チーム・バイクエクスチェンジやポートの所属するチーム・ガーミン・オーストラリアが積極的に集団を牽引して追走する。

とくにリッチー・ポートは第1ステージですでに12分以上遅れ総合争いからは脱落していたため、チームの若き才能、ルーク・プラップのために献身的な集団牽引を行っており、その力もあって最後の勝負所、2級山岳フォックスクリーク(平均勾配8.8%)のふもとではすべての逃げを捕まえることに成功した。

 

そしてここで、そのプラップが攻撃に出る。

その鋭い一撃に、バイクエクスチェンジの選手たちも含め、手も足も出すことができなかった。

 

もし、集団に捕まえられたとしても、普段のチームメートでもあるケランド・オブライエンがスプリントで勝ってくれる、と信じていたプラップは何の気負いもなく山頂まで辿り着き、そしてそこからは昨年の国内選手権U23個人タイムトライアルを制したその独走力でもってフィニッシュまで独走しきってみせた。

 

総合リーダージャージを着るルーク・ダーブリッジは33秒遅れの2位集団内でフィニッシュ。

その意味ではまだまだ総合争いには余裕はあり、「あえて」母国の若者に華を持たせたという見方もできなくはない。

 

しかし、このプラップはこの後、さらなる才能を発揮してみせることになる。

 

↓プラップの特集はこちら。この第2ステージや第3ステージを振り返るインタビューも翻訳しています↓

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第3ステージ。今大会のクイーンステージとなるこの日は、ツアー・ダウンアンダーの象徴とも言うべき厳しい登りウィランガ・ヒルが用意されたステージである。

この日は9名もの逃げが生まれ、集団は追走にやや手間取っていた様子であった。しかし、「ウィランガの王」ポートを勝たせるべく、チーム・ガーミン・オーストラリアのケランド・オブライエンやサム・ウェルスフォードらが全力で集団牽引を行い、最後のウィランガ・ヒルまでの間にしっかりと逃げを吸収しきる。

そして残り3㎞。いよいよ突入した最難関の登りフィニッシュで、いつも通り軽やかに飛び出したリッチー・ポート。

このとき、クリス・ハーパー、ルーク・ダーブリッジといった選手たちがこれについていくかどうかを見定め、彼らが動きそうにないことを見て取ったルーク・プラップが、自らもアタックを開始した。

するとこれに食らいつく総合リーダー、ダーブリッジ。彼はすでに、プラップが今大会最も恐るべき存在であることを十分に理解していた。

だが、ここでプラップはさらにアクセルを踏み込む。ダーブリッジが食らいつくならば、総合逆転も見据え、さらなる加速をしなければならない——その結果が、ダーブリッジを振り払っただけでなく、先頭で「王の凱旋」を行おうとしていたリッチー・ポートに追い付く、という結果を生みだしてしまうのだから本当にこの男の底力は恐ろしいものである。

追いついたら追いついたで、少しでも総合に可能性を残すため、「王」ポート自らがプラップを牽引する。

そして最後はプラップも前に出ず、拍手で王の勝利を称えフィニッシュ。

 

ダーブリッジもわずか8秒遅れの3位でフィニッシュしており、総合はまったくもって揺るぐことなく最後の総合争いステージを終えられたことになる。

その意味ではバイクエクスチェンジも決して「失敗」とまで言わないながらも、急拵えのナショナルチームに対して1勝2敗と、望ましい状況でないのは確かだった。

 

 

せめて、2勝2敗にはしたい。

その思いで迎えた、第4ステージ。

アデレード中心部のヴィクトリアパークを使用したクリテリウム形式のレースで、ピュアスプリンター同士の対決が期待されるステージ。

ここでバイクエクスチェンジとしては当然、この男の勝利を狙う。

 

ケイデン・グローブス。2019年までは有力育成チーム、SEGレーシングアカデミーに所属し、大きな期待をもって昨年バイクエクスチェンジ(当時はミッチェルトン・スコット)にてプロデビュー。

さらにはその最序盤たるヘラルドサン・ツアーにて、いきなりのステージ2勝。

「ユアン2世」とも言えるこのオーストラリアの期待の若手スプリンターは、ある意味期待以上成果を1年目から叩き出すこととなった。

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だから、今回のサントス・フェスティバル・オブ・サイクリングでも、下馬評で言えば最強スプリンターは彼であり、この第4ステージもまた、彼の勝利は最有力視されていたように思う。

 

だが、これを制したのは、これまたポートやプラップと同じ「チーム・ガーミン・オーストラリア」で今大会参戦していたサム・ウェルスフォード

実は昨年のオーストラリア国内選手権クリテリウムを制している彼が、今回のような形式のレースに強かったのは確かであった。

さらには、その最終発射台を務めたのが、トラックレースでも実績のあるスピードマン、ケランド・オブライエンなのだから確かに強力ではある。

 

しかしまさか、実績あるワールドツアー選手、グローブスに勝つとは。 

 

バイクエクスチェンジとしても、全ステージ圧勝というような走り方はするつもりはなかっただろうが、まさか1勝3敗とは。しかもそのうち2つを、コンチネンタルチームにすら所属していない選手に敗北するというのは、悔しい思いを感じていたのは確かなはずだ。

 

だが、彼らの「悔しさ」はこれで終わらない。

続けていよいよ、UCIレースが開幕する。

まずは2月頭の、オーストラリア国内選手権である。

 

 

オーストラリア国内選手権個人タイムトライアル

新型コロナウイルスの影響を受けて、例年より1ヵ月遅れの開催となったオーストラリア国内選手権。

ロードシーズンへの調整も考えてリッチー・ポート等の一部の選手は欠場したものの、サントス・フェスティバル・オブ・サイクリングで活躍した選手たちの多くがそのままこちらにも参戦することに。

オージー勢にとっては11月頃から始まる国内ロードハイシーズンの集大成とも言うべきレースであるのは間違いなかった。

 

その中でまず注目されたのが、この選手権の初日、2/3(水)に開催された個人タイムトライアルである。

優勝候補はもちろん、昨年・一昨年と「世界王者」ローハン・デニスを打ち破っているルーク・ダーブリッジである。

サントス・フェスティバル・オブ・サイクリングを総合優勝した中で迎え、ライバルのポートもデニスも欠場という中で、圧勝すら予想されていた。

 

しかし、ここで彼の前に立ち塞がったのがやはり、比類なき才能、ルーク・プラップ。 

その圧倒的な走りを前にして、現王者ダーブリッジは43秒ものビハインドを抱えてのフィニッシュとなってしまった。

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「1周目を走り終えたとき、僕はこのレースを勝てるかもしれないということに気がついた。それは本当に手の届くところにまでやってきていて、すべては最終周回での走りにかかっていた。

 (ゴールしてからの)数分間は、とても緊張していた。正確な時間はわからなかったが、頭の中で数えていたので、僕がゴールしてから2分は経過していたことがわかっていた。

 それはとても非現実的だった。それは本当に、シュールな出来事だった*1

 

プラップという男がいかに才能に満ち溢れ、そして無限に可能性を持つ男なのかを本当の意味で思い知らされた瞬間であった。

もちろん、ダーブリッジも決して万全ではなかった。サントス・フェスティバル・オブ・サイクリングの後、彼はパースとその周辺からヴィクトリア州に入ろうとする人たち向けの新型コロナウイルス検疫体制の中で思わず時間を奪われ、十分な準備の時間を取れなかったという事情はあったようだ。

 

「明らかに僕はがっかりしているよ。ここ数年の勝利に続けてのこの個人タイムトライアルで僕はやっぱり勝ちたかったからね。でも、ルーク・プラップの走りは本当に印象的だった。僕は彼が今後さらに伸びていくことを確信しているよ。

(検疫体制の中での足止めは)ストレスだった。それは望ましいものではなかったけれど、それでもこのCOVIDの時代においてはしなければならないことであり、チームはできる限り迅速にそれを解決する方法を探ってくれた。それでも丸1日~2日間は浪費してしまうことになった。

 チームがこの日まで僕のためにしてくれたことを思うと、最高のパフォーマンスで彼らに報いたい思いがあった。今日の2位は覆しようのない明確な結果だったけれども、日曜日までに少し休んで、ちょっとでも調子を取り戻せたらと思う」

 

 

悔しさを滲ませながらも、若き才能を称えるダーブリッジ。そして、すぐさま日曜日のロードレースでのリベンジを誓う。

 

その思いは、結果的には実現することになる。

ここからが、バイクエクスチェンジの反撃の時間。

それも、日曜日よりちょっと早い、金曜日にそれは開始される。

 

 

オーストラリア国内選手権クリテリウム

オーストラリアには他の国の国内選手権にはない「クリテリウム」種目が存在する。

UCIレースではないものの、過去にはカレブ・ユアンも2016年~2018年と連覇するなど、実力あるスプリンターたちが覇を競い合う注目レースでもある。

昨年は、サム・ウェルスフォードがケイデン・グローブスを下して勝利。その構図は先日のサントス・フェスティバル・オブ・サイクリング最終日にも繰り返されており、バイクエクスチェンジとしてはこの日、「普通の戦い方」では勝てないという焦りもあったと思われる。

 

そして、それはレースを「クリテリウム」とは思えないような異様な展開へと持ち込むことになる。

 

終始、積極的にアタックし続けるルーク・ダーブリッジ。

残り7周でチーム・ブリッジレーンのニコラス・ホワイトがアタックしたときにもまた、ダーブリッジは反応し、この2人が集団から抜け出ることになる。

さらに残り6周で集団からインフォーム・TMXメイクのパトリック・レーンがアタックすると、ここにグローブスが食らいついていった。

結果として追いついたレーンとグローブスを含め、先頭は4名。

集団はお見合い状態となってしまい、結果としてこの4名はそのままフィニッシュに向かうことに。

そして4名中2名がバイクエクスチェンジ。

彼らにとっては実に理想的な展開であった。

 

早速、グローブスのためにハイペースで牽引を開始するダーブリッジ。この勢いに、たまらずパトリック・レーンがふるい落とされ、ダーブリッジ&グローブス vs ニコラス・ホワイトという2対1の体制に。

こうなってしまってはホワイトはもう、どうしようもなかった。

 

チーム力、とくにダーブリッジの献身により、定石を大きく覆した形での見事な勝利。

そして、およそ1年ぶりの勝利に、グローブスも歓喜のガッツポーズを見せることとなる。

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だがもちろん、これで終わりではない。

あくまでも非UCIレースであるクリテリウム選手権での勝利で満足するわけにはいかない。

 

オージー最強のチーム、バイクエクスチェンジは、その威光を取り戻すべく、最後の戦いへと赴く。

 

 

オーストラリア国内選手権ロードレース

国内選手権の最終日、2/7(日)に開催されたのが、男子エリートロードレース種目である。

これは今年の国内選手権の舞台となるヴィクトリア州の街バララット郊外を巡る周回コースで、その周回(1周11.5㎞)の中にはブニンヨン山(登坂距離3km・平均勾配5.3%)が含まれ、全部で16周回させることになる(全長186.5km)。

総獲得標高は2,977m。

例年通りの厳しいコース設定となっている。

 

昨年の優勝者は現バイクエクスチェンジのキャメロン・マイヤー。

今年も連覇を目指し、チーム一丸となって序盤から積極的に動いていく。

↓レース展開の詳細はこちらも参照のこと↓

note.com

 

まず最序盤にできた12名の逃げの中にはダミアン・ホーゾンケイデン・グローブス。その後、アレックス・エドモンドソンも加わり、この逃げ集団は16名に。

レース中盤にこれが吸収されると、カウンターでサム・ウェルスフォードブレンダン・ジョンストンがアタック。エドモンドソンは再びここに乗ろうと試みるが、これはうまくいかなかった。

 

数の利を活かし、あらゆる局面に対応できるように動き続けていたバイクエクスチェンジ。

しかし、ここで再び——みたび——「あの男」によって、計画が崩されようとしていた。

 

すなわち、ルーク・プラップ

今年、その実績を続々と積み上げつつある新時代の才能が、残り64㎞地点で集団から飛び出し、一気に先頭を走るウェルスフォードとジョンストンに追い付いた。

さらにこれを残り55㎞地点までに振り落とし、その後は彼の得意とするタイムトライアルモードで独走を開始。

残り50㎞――普通に考えれば、逃げ切るなど不可能な距離と言えるこの状況で、しかし彼は明らかに「危険」な存在であった。

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よって、集団内の牽引の責任を負わされるバイクエクスチェンジも本気の追走を仕掛ける必要があった。グローブスもハミルトンもすべてをここで出しつくす勢いで牽引。なんとか残り30㎞でタイム差が1分40秒近くにまで縮まったところで、すでにバイクエクスチェンジの支配的な体制は崩壊していた。

 

そこで攻撃を仕掛けたのが、現ユンボ・ヴィズマ所属、2019年のツアー・オブ・ジャパン総合優勝者、クリス・ハーパー

2度にわたる彼の攻撃に、バイクエクスチェンジの選手は誰一人食らいつくことができなかった。そこに乗ったのは、プラップのチームメートであるケランド・オブライエンと、昨年のヘラルドサン・ツアー総合2位で現イスラエル・スタートアップネーション所属のセバスティアン・バーウィックのただ2人だけ。

この強力な4名を追走する集団の中にはこれもまたプラップのチームメートであるインフォーム・TMXメイクのマーク・オブライエン、チーム・ブリッジレーンのニコラス・ホワイト、チーム・サプラサイクリングのジェシー・エワート、ブールカン=ブレス・アン・シクリスムのスコット・ボウデン。

そして、バイクエクスチェンジからはただ一人、ディフェンディングチャンピオンのキャメロン・マイヤーだけ。この追走集団の先頭を牽く役割は、立場的には他のチームよりも圧倒的に上のマイヤーが全責任を負わされる形となった。

 

バイクエクスチェンジ、絶体絶命。

 

しかし、その危機を救う男が、そこにやってくる。

 

 

彼の名は、ルーク・ダーブリッジ。

プラップが抜け出たあとに集団を牽引し、一度は力尽きて遅れていったはずの彼が、この局面でマイヤーを守るべく、集団復帰を果たした。

 

 

元国内TT王者の牽引力はやはり凄まじく、残り10㎞を切って、一気に先頭4名とのタイム差を縮めていく。

先頭でもずっと逃げていたプラップが千切れ、バーウィックが千切れ、やがてハーパーも千切れてダーブリッジが牽くメイン集団に吸収される。

残るはケランド・オブライエンただ一人に。

 

だがここからも、彼のチーム「インフォーム・TMXメイク」の波状攻撃は止まらない。

さらに集団内に残っていたもう1人のチームメート、マーク・オブライエンがアタックし、先頭のケランドに合流。

さらにここにチーム・ブリッジレーンのニコラス・ホワイトも加わり、再び膨れ上がった先頭はメイン集団とのタイム差を広げにかかる。

 

だがここでも、ダーブリッジがひたすら手段を牽き続ける。一度、マーク・オブライエンのアタックの際に集団から千切れかけた姿を見せたものの、すぐにまた復帰して何食わぬ顔で集団を牽き続けている。

とにかく、執念の走り。

そして、残り5㎞を切ってついに先頭逃げ集団と追走集団とが一つになった。

 

残り4㎞。

先頭は8名。

ここでクリス・ハーパーが落車し、マーク・オブライエンがその煽りを受けて失速。

すでにルーク・プラップも遅れており、有利に進めていたはずのインフォーム・TMSメイクももうケランド・オブライエンただ一人に。

残り2㎞でこのケランド・オブライエンがアタック。抜け出そうと試みる。

が、これもルーク・ダーブリッジの牽引によって抑え込まれる。

 

ラスト1㎞。

このタイミングで、集団にはいなかったはずのジェームズ・ウェーラン(EFエデュケーション・NIPPO)が後方から一気に追いついてきて、そのうえそこからさらに追い抜くようにして鋭いスプリントを開始。

不意を突く攻撃で一気にギャップを開いていくウェーランだったが、この攻撃すらも、ダーブリッジはしっかりと捉え、そして捕まえる。

 

ここで、ダーブリッジは力尽きる。

あとは、エースのキャメロン・マイヤーの出番だった。

 

 

残り500m。

もう1度、ケランド・オブライエンがアタック。

ニコラス・ホワイトがこれを懸命に追いかけるが、届かない。なかなかオブライエンが失速しない。

しかしこのときマイヤーは、ホワイトの背中でしっかりと冷静に待ち続けていた。

 

残り300m。

ホワイトが諦めたかのように項垂れ、失速する。

一気に開く、オブライエンとホワイトとのギャップ。

そのタイミングで、マイヤーが飛び出した。

 

残り150m。

オブライエンもいよいよ、足を使い切ったのか失速。

しかしもうすでに、残り距離はごくあとわずか。

迫るマイヤー。

果たして、間に合うのか。

 

 

そして——。

 

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ほんのごくわずか、車輪1つ分の差であった。

最後の最後でマイヤーがオブライエンを差し切り、あの絶体絶命な状況からのまさかの大逆転によって、勝利を掴み取った。

 

 

「(ラスト150mで)まだチャンスがあると分かっていた。2年前に僕は、ラスト200mでフライベルグに抜かれて目の前にあった勝利を奪われたことがあるから。

 僕はただ、フィニッシュラインに向かって走り続けるだけだった。みんな足がなかったし、僕はそれを何とかして引き上げるしかなかった*2

 

 

もちろんそれは、ルーク・ダーブリッジという男が成し遂げた勝利でもあった。

何度も失いかけた最後の勝負への権利を、ダーブリッジという男が繰り返し浮上し、マイヤーのために前を走り続けたことによって、彼は最後に勝利の一撃を加えることができた。

 

 

「ルーク・ダーブリッジは信じられない男だ。僕たちは集団の中に埋もれてしまい、完全に終わってしまったと思っていたのに。最後の4周回は僕も調子があまりよくなかった。それでも彼は僕を信頼してくれて、最後はなんとか、奇跡を手繰り寄せることができた」

 

 

最後に、そのダーブリッジのコメントを載せる。

 

 

「それはとてもストレスフルなレースだった。僕たちは途中までレースを支配していたつもりだったが、そこでプラップが行って、これはやばい、と思った。そこでスポーツディレクターノマット・ウィルソンがやってきて言ったんだ。「さあ行け」って。

 僕は1周全力でもがき続けた。そのあとは一旦、プロトンからは脱落したものの、それでも僕は休むことなく走り続け、おそらく2周ほど使って再び前に戻ってきた。最終ラップはひたすら仕事し続け、本当につらい時間だった。

 そのとき僕は、まさかこのレースをわずか100mで逆転して勝つなんて思ってもいなかった。マイヤーはいいヤツだ。僕は彼のために走ることが大好きで、僕たちは本当にうまくやってのけた。

 勝てるかどうかなんてわからなかった。ただ、諦めることだけは絶対にしなかった。このチームにおいて一番重要なことは、決して諦めないこと。ただ戻ってきて、戻ってきて、戦い続けること。

 僕たちは今日、それをやってのけたんだ」

 

 

「諦めず、戦い抜くこと」――それは、2年前のジロ・デ・イタリアで奇跡のような勝利をエステバン・チャベスが果たしたときもまた、心情として持ち続け、勝利に繋がったポリシーであった。

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スポンサー問題、主力選手たちの放出。

そしてシーズン初頭から、勝つべきレースで勝てないことの連続――逆風の中、それでも挑戦者であり続けることを忘れず、諦めない走りをし続けた末に手に入れた、この国内選手権ロードレースでの勝利。

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「弱体化」してしまったのは確かだろう。

それでも、彼らはまた今年、よりドラマティックな勝利を重ね、印象的なレースをしてくれるはずだ。

今回のこの国内選手権ロードレースのように。

 

 

これからも、彼らがAll for Oneで戦い続けることを、期待している。

 

 

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