パリ~ニースと並行して開催される、「ミニ・ジロ・デ・イタリア」?とでも言うべき1週間のステージレース。
マチュー・ファンデルプールやワウト・ファンアールト、ジュリアン・アラフィリップといった、同じイタリアで開催されたストラーデビアンケでも活躍したアタッカーたちが集ったほか、タデイ・ポガチャルやエガン・ベルナル、ゲラント・トーマスなど、過去のツール・ド・フランス総合優勝者も集まる非常に豪華なメンバーでのレースとなった。
ワウト・ファンアールトはこの本格的なステージレースでエースとしてどこまで走れるのか。そしてポガチャルとベルナルという、新旧ツール覇者対決の軍配はどちらに?
今年のグランツールの行方を占う7日間の戦いを振り返る。
目次
- 第1ステージ リド・ディ・カマイオーレ~リド・ディ・カマイオーレ 156㎞(平坦)
- 第2ステージ カマイオーレ~キウズディーノ 202㎞(丘陵)
- 第3ステージ モンティチャーノ~グアルド・タディーノ 219㎞(丘陵)
- 第4ステージ テルニ~プラティ・ディ・ティヴォ 148㎞(山岳)
- 第5ステージ カステッラルト~カステッラルト 205㎞(丘陵)
- 第6ステージ カステルライモンド~リド・ディ・フェルモ 169㎞(平坦)
- 第7ステージ サン・ベネデット・デル・トロント~サン・ベネデット・デル・トロント 10.1㎞(個人TT)
- 最終総合リザルト
各ステージのコースプレビューはこちらから
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第1ステージ リド・ディ・カマイオーレ~リド・ディ・カマイオーレ 156㎞(平坦)
毎年お馴染みのイタリア半島の西海岸(ティレニア海沿い)のリド・ディ・カマイオーレをスタート。ただし、2年前まではチームタイムトライアルの開催が定番だったところを、昨年からスプリントステージに意匠替え。昨年はパスカル・アッカーマンが勝っているこのステージで、彼不在の今年は果たして誰が勝つのか。
逃げは6名。大会のスポンサーにもなっているEOLOがタイトルスポンサーを務めるUCIプロチーム・EOLOコメタの選手も2名、入り込んでいる。
その中の1人、ヴィンツェンツォ・アルバネーゼ(イタリア、24歳)がこの日の山岳ポイントの3つ中2つを先頭通過。残る1つも2位通過ということで合計13ポイントを収集し、この日の山岳賞を手中に収めてスポンサーへのアピールをしっかりとこなした。
これには、帯同していたというチームマネージャー、イヴァン・バッソも満足できる成果だったのではないだろうか。
その後はとくに大きな動きはなく。残り10㎞ですべての逃げを吸収し、集団スプリントへ。
残り3㎞を切ったあたりから常に先頭を支配し続けていたユンボ・ヴィスマだったが、残り1㎞でこれが崩壊。UAEチーム・エミレーツが新たに集団先頭を支配し始め、ユンボ・ヴィスマのエース、ワウト・ファンアールトは1人になってしまう。
だが、それは最初からユンボ・ヴィスマの狙い通りだった。元々、リードアウターとしてはティモ・ローセンくらいしか連れてきていなかった今回のユンボ・チームの目的は、ラスト1㎞までファンアールトを集団先頭に保持していることであり、そこまでいけばファンアールトが自ら勝利を掴むことを確信していた。
「運び屋」として働くこと。それは、ファンアールトがこのチームで走り始めた2019年から変わらぬ在り方であった。
実際、ファンアールトはこの日、しっかりとフェルナンド・ガビリアの番手を取ることに成功していた。マキシミリアーノ・リケーゼによる完璧なリードアウトは、ガビリアではなくファンアールトにとっての最高のアシストとなったわけだ。
彼にとって今大会唯一肩を並べられるようなライバルと言えるのは、ロット・スーダルのエース、カレブ・ユアンくらいなものであった。
ポジション取りでうまくいかないことの多いユアンだが、この日はしっかりとロット・スーダルのアシストたちが彼をフィニッシュ直前まで引き上げることができていた。
だが、そこまでだった。リケーゼによる完璧なリードアウトで高速化した集団の先頭までユアンを引き上げられるほど、ロット・スーダルの最終発射台ジャスパー・デブイストには足が残っていなかった。
結果、ユアンは彼を護るものが誰一人いない状態で激しい空気抵抗の中に曝される結果となってしまった。
おそらく、現役最強の爆発力をもつピュアスプリンターのユアンにとっても、このビハインドを超えることはできなかった。
もちろん、それでもユアンの加速は一級品だ。軽々とガビリアを追い抜いて見せたが、それでもそのビハインドを抱えたまま昨年ツール2勝の男ファンアールトに並ぶことはできなかった。
ドゥクーニンク・クイックステップにも負けない最強トレインをもつUAEチーム・エミレーツvs最強の個人としての力をもつエース擁するロット・スーダルvsそのチーム力と個人の力とを高いレベルでバランスよく保持しているユンボ・ヴィスマという、まさにスプリンターチーム頂上決戦。
その軍配は、まずはユンボに上がることとなった。
第2ステージ カマイオーレ~キウズディーノ 202㎞(丘陵)
ド平坦な前半部分を越え、後半は激しいアップダウンが連続。
ラストは7km以上に渡る緩やかな登りフィニッシュとなっており、パンチャーや登れるスプリンター向けのステージと言える。
昨日も逃げに乗ったEOLOコメタの山岳賞ジャージ着用者ヴィンツェンツォ・アルバネーゼを含む6名の逃げが形成。アルバネーゼは今日も昨日とは異なるチームメートと共に逃げたが、山岳賞ポイントを上積みするにはそのポイントがやや終盤過ぎた。
残り37.9km地点から始まるこの日最初の山岳ポイントへの登りの途中で逃げはすべて吸収されてしまい、ミハウ・クフィアトコフスキが牽引するメイン集団の先頭から、まさかのこのタイミングでエースのエガン・ベルナルがアタックした。
2018年パリ~ニース覇者マルク・ソレルや昨年ティレーノ~アドリアティコ総合優勝者サイモン・イェーツなどの実力者たちが次々とこの逃げにブリッジを架け、危険な先頭集団が出来上がり始める。
これを追走する責任を負ったのは、前日に勝ちマリア・アッズーラ(総合リーダージャージ)を着るワウト・ファンアールト率いるユンボ・ヴィスマ。しかしパリ~ニースと違ってやや層の薄いこっちのユンボ・ヴィスマのアシストたちはこの時点で数を減らしており、ファンアールトの前を牽くのは2019年ツール・ド・ラヴニール覇者トビアス・フォスただ一人となっていた。
残り31.4㎞でなんとかこの先頭集団を捕まえることに成功するが、すかさずカウンターアタックとしてイネオスのパヴェル・シヴァコフ、ドゥクーニンク・クイックステップのジョアン・アルメイダ、昨年ツール総合4位のミケル・ランダ、そしてサイモン・イェーツがもう一度飛び出し、この超強力な4名が抜け出すことに。
この集団の活性化によって、この日の優勝候補の一人だったオンループ・ヘットニュースブラッド覇者ダヴィデ・バッレリーニも、総合優勝候補の1人だったはずのティボー・ピノも、早くも遅れ始める。
フォスがなおも牽引し続けるメイン集団とのタイム差は一時40秒近くにまで開いていた。
しかし、残り6㎞を過ぎて、それまではユンボ・ヴィスマの足を削ることを最優先にしていたライバルチームたちもようやく動き始める。
その筆頭がタデイ・ポガチャル率いるUAEチーム・エミレーツ。アルデンヌハンターのダヴィデ・フォルモロが強力な牽引を見せ、残り3㎞でタイム差15秒に。
先頭からはサイモン・イェーツが急激に失速し脱落。メイン集団にも追い抜かれていき、総合争いの権利を早くも失う結果となってしまった。
一方、残った3名の先頭集団からは残り1.8㎞でシヴァコフがアタック。ランダは離れるが、昨年ジロ・デ・イタリアで15日間にわたってマリア・ローザを着続けた男アルメイダが余裕でこれに食らいついていく。
そして残り1.1㎞でアルメイダがカウンターアタック。シヴァコフもランダも突き放し、独走を開始する。
このまま逃げ切れるか?と思われていた中だが、ここで集団の先頭を2018年ツール・ド・フランス覇者ゲラント・トーマスが牽引を開始。
TT能力もずば抜けているトーマスの超強力な牽引によってアルメイダとのタイム差が一気に縮まっていく。いよいよこれが捕まえられるのも時間の問題――となったその瞬間、集団の先頭から世界王者ジュリアン・アラフィリップがアタックした。
ここに最初に反応したのはワウト・ファンアールト。
しかしさらにその右脇から、一人の男が飛び出してくる。
彼の名はマチュー・ファンデルプール。この日のフィニッシュの直前の登りのペースアップでポジションを落としていたはずの彼が、いつの間にかここまで番手を上げていた。
だが、それでもやはり直前のポジション取りの失敗は致命的だった。
最後は、アラフィリップがしっかりと先頭でフィニッシュ。やっぱり両手を挙げるのが早すぎてヒヤヒヤしたが、今回はしっかりと正しく勝利を掴み取った。
ストラーデビアンケでの借りをしっかりと返したアラフィリップ。一方のファンデルプールは、彼にしては珍しく明らかな悔しさを表情に浮かべてのフィニッシュとなった。
あと100m、フィニッシュが遠ければ、ファンデルプールの勝利だったに違いない。
終盤の混戦の中のポジション取りという、ロードレースで求められる戦術性において敗北したとも言うべきこの日の経験は、この先のファンデルプールにとっても重要なものとなりそうである。
第3ステージ モンティチャーノ~グアルド・タディーノ 219㎞(丘陵)
この日もまた、パンチャー向けの登りレイアウトが用意された。
序盤で生まれた5名の逃げは最大で9分近いタイム差がつき、残り4㎞を切った段階でも30秒。トタル・ディレクトエネルジーのニキ・テルプストラなども含んでおり、逃げ切りの可能性も十分にあるか――と思われていた中で、デンマーク王者のカスパー・アスグリーンが集団の先頭を牽き始めると一気にペースアップ。
残り2.8㎞ですべての逃げを吸収した。
ラスト1㎞を超えてドゥクーニンク・クイックステップのゼネク・スティバルが集団先頭を牽引。その後ろにジュリアン・アラフィリップ、グレッグ・ファンアーヴェルマート、ダヴィデ・バッレリーニ、セルジオ・イギータと並んでワウト・ファンアールト、そしてその後ろにマチュー・ファンデルプールという順番。
役者が揃った最終局面。いよいよ、といったところで2番目にいたアラフィリップが足を緩め、先頭を牽いていたスティバルが単独で抜け出す形に。
まるでツール・ド・ラ・プロヴァンス第3ステージのソーサを発射させたベルナルのような、「誰もがエース」チームならではの戦術!
当然アラフィリップは後ろを振り返り「お前ら行かないのか?」と牽制。
こういうところでいけないのがファンアーヴェルマート。
しかし一方で、(オンループ・ヘットニュースブラッドのトム・ピドコックのように)こういうところで躊躇いなくいくのがシクロクロッサーなのかもしれない。
ワウト・ファンアールトが一気に先頭に躍り出て追撃を開始した。
その勢いはすさまじく、残り250mでスティバルをキャッチ。
しかし、この動きはむしろ、彼をきっちりとマークしていた宿敵マチュー・ファンデルプールのための最高のアシストでしかなかった。
こうなってしまえば、この強烈な大砲のような男に勝てる者は誰一人いない。
最後は「モトGPのファビオ・クアルタラロをオマージュしたポーズ」らしい独特なガッツポーズで王者のフィニッシュを飾った。
前日にアラフィリップにしてやられた悔しさを早速晴らしたマチュー・ファンデルプール。
ある意味で、「最強シクロクロッサータッグ」による大逆襲であった。
第4ステージ テルニ~プラティ・ディ・ティヴォ 148㎞(山岳)
アペニン山脈を通過しながらイタリアの西海岸から東海岸へと向かうティレーノ~アドリアティコは、その1週間の真ん中にこのようなクイーンステージが用意されている。
今年はスキーリゾート、プラティ・ディ・ティヴォ。前回の登場は2013年で、このときはその年ツール・ド・フランスを初めて制することになるクリス・フルームだった。
NIPPOヴィーニ・ファンティーニ解散後ガスプロム・ルスヴェロへと移籍したマルコ・カノーラや、トラックレースで中距離世界王者の経験をもつグルパマFDJのバンジャマン・トマなどを含む5名の逃げは最大で9分を超えるタイム差をもって逃げていたが、残り15㎞から始まる最後の登りのふもとではトマ、マッティア・バイス(アンドローニジョカトリ)、マッズ・ウルツシュミット(イスラエル・スタートアップネーション)の3名だけに。
そしてメイン集団とのタイム差は4分。
登り始めてから2㎞。残り13㎞地点でマチュー・ファンデルプールが脱落。今年ツール・ド・フランスに初挑戦する彼が登りでどこまで耐えられるかには注目が集まっていたが、彼にとって相性の良い翌日の「壁」ステージに向けて足を休ませる方針か。
残り12㎞からイネオス・グレナディアーズの山岳トレインが発動。サルヴァトーレ・プッチョを先頭に、フィリッポ・ガンナ、ジョナタン・カストロビエホ、ミハウ・クフィアトコフスキ、エガン・ベルナル、ゲラント・トーマス、そしてパヴェル・シヴァコフの順で並ぶ7名全員で構成されるイネオス山岳トレイン。
対するユンボ・ヴィスマは2019年ラヴニール覇者トビアス・フォスだけしか、UAEチーム・エミレーツはダヴィデ・フォルモロだけしか、それぞれのエースの近くには残っていなかった。
残り11㎞でプッチョが落ちてガンナが先頭に。ここでフォルモロも脱落し、早くもポガチャルが単騎に。
ポランツ、マイk、フォルモロと、決して悪くないメンバーを揃えているはずなのに、なぜかいつも早々にいなくなるUAE山岳トレイン。一体何が悪いのか・・・。
しかしイネオスの山岳トレインも盤石ではなかった。
残り8.3㎞でガンナが終了したとき、トレインの最後尾にいたはずのシヴァコフの姿はもうなかった。そして間もなく、クフィアトコフスキも仕事をする前に姿を消してしまう。
盤石と思われていたイネオストレインが、この時点で先頭にはカストロビエホとベルナル、そしてトーマスの3名だけに。
だがそれでも、「ダブルエース」の存在は大きい。
残り7.8㎞。早くもベルナルがアタックする。当然、いくらこの距離とはいえ見逃すにはあまりにも危険過ぎるこの攻撃に、タデイ・ポガチャルがすぐさま反応する。
残り7.2㎞でベルナルを引き戻し、集団は一旦一つに戻るが、今度はゲラント・トーマスがアタック。今度もまた、ポガチャルが自らこれを引き戻した。
アシストが存在しない以上、ポガチャルのこの動きは必然であった。
しかし残り6.8㎞でもう一度トーマスがアタック。
さすがのポガチャルも、ここにまで反応することはできなかった。
仕方なく総合リーダージャージを着るワウト・ファンアールトが先頭に立って、淡々と一定ペースで牽いて追いかけるしかなく、トーマスと集団とのギャップが少しずつ開いていく。
まさに、イネオスの戦略通り。
昨年のツール覇者、最強のフィジカルをもつポガチャルも、チーム力の差で敗北してしまうのか?
だが、残り6㎞。
この日最後の中間スプリントポイント。
先頭通過は唯一の逃げ残りであったマッズ・ウルツシュミットが通過し、2番手は残りの逃げをすべて追い抜いて単独2番手を走るゲラント・トーマスが獲得。
そしてこれを追いかけるメイン集団も逃げ残りのバンジャマン・トマを追い抜いて、3番手1秒のボーナスタイムが残されていた。
これを狙って、スプリントポイント直前で集団からポガチャルがアタック。
そのまま1秒のボーナスタイムを獲得するが、それだけで終わらず、そこからさらに加速するポガチャル。
ナイロ・キンタナ、ジョアン・アルメイダがこれに反応して追いかけ始めるが、ここで肝心のエガン・ベルナルが動けない!
あっという間にゲラント・トーマスのところまで単独で追い付いたポガチャル。
さらにこれを追い抜いてトーマスの前に躍り出ると、トーマスもあわててこの後輪に食らいついた。
アルメイダとキンタナがこれを追いかけ、その後ろのメイン集団はファンアールトが先頭で淡々と踏んでいく。
ベルナルはその集団の最後尾。
2019年ツール・ド・フランス覇者。今年のツール・ド・ラ・プロヴァンスでは復活を予感させた彼も、この今年最初の頂上決戦とも言うべき局面で、限界を感じさせた。
残り5㎞。
残り10㎞地点で2分半近いタイム差を残していたはずのウルツシュミットだったが、この5㎞でそのタイム差を完全に溶かされてしまった。
追い付いたトーマスとポガチャル、そしてそのまま、ポガチャルはトーマスを突き放す。
残り4.3㎞でファンアールト先頭のメイン集団はがトーマスを吸収。
ここでベルナルがアタックするが、遅すぎるタイミングに、キレもない。アルメイダがすぐさま食らいつく。
ミケル・ランダ、サイモン・イェーツも次々と反応し、集団は一気にペースアップ。ここについていけず、トーマスが脱落していく。
残り3㎞で集団からサイモン・イェーツがアタック。単独で先頭のポガチャルを追いかける。
残り2㎞。先頭ポガチャルと追走イェーツとのタイム差は10秒。先頭とメイン集団とのタイム差は38秒。ここでベルナルが脱落。
残り1㎞。先頭ポガチャルと追走イェーツとのタイム差6秒。メイン集団は40秒遅れで残り1㎞ゲートを通過する。
サイモン・イェーツは前日の遅れが何だったのかと思わせるような力強さで最後までポガチャルに挑み続けるが、しかし、届かなかった。
2018年ツール・ド・ラヴニール覇者、そして2020年ツール・ド・フランス覇者は、UAEツアーに続く今年のワールドツアーステージレース2連覇に向けた王手をかける勝利を果たして見せた。
チーム力の差をものともしない、圧倒的な個としての力。
今年のツール・ド・フランスもまた、この怪物によって支配されてしまうのか?
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第5ステージ カステッラルト~カステッラルト 205㎞(丘陵)
ティレーノ~アドリアティコ毎年恒例の「タッパ・ディ・ムーリ」、すなわち「壁のステージ」。
今年は登坂距離1.8kmのうち真ん中の1㎞の平均勾配が14.9%で最大勾配19%の超激坂「ヴィア・ヴァッレ・オスキューロ~カステルフィダルド」を含む周回コースを4周するレイアウトが用意された。
その2つ目の「カステルフィダルド」への登り(残り66㎞地点)で、マチュー・ファンデルプールが動き始める。
当然、すぐさま反応するジュリアン・アラフィリップ。しかし、ここでギアに何かトラブルが発生? 一旦後ろに下がっていったアラフィリップだったが、その後もずるずると崩れ落ちていくばかりで、明らかに調子が悪い様子を見せていた。
先頭に立ったファンデルプールはさらにペースを上げていく。逃げていたチームメートのヨナス・リッカールトも降りてきて前を牽き始める。
アレックス・アランブル、タデイ・ポガチャル、セルジオ・イギータ、ジュリオ・チッコーネ、エガン・ベルナル、そしてワウト・ファンアールトといった(アラフィリップを除く)精鋭集団たちばかりが集まった12名の集団が残り57㎞地点ですべての逃げを吸収していく。
さらに残り56㎞地点でエガン・ベルナルがアタック。ここにセルジオ・イギータ、タデイ・ポガチャル、ワウト・ファンアールト、マチュー・ファンデルプールの実が食らいつき、先頭は5名に。
クラシックのようなサバイバルな展開が巻き起こる中、残り52㎞地点でもう一度ファンデルプールがペースアップ。
これが決定的だった。
残り52㎞。あまりにも早い独走劇が幕を開ける。
残り40㎞でタイム差は1分。
残り35㎞でタイム差は1分半。
集団はタデイ・ポガチャルのためにダヴィデ・フォルモロがひたすら牽引を続けるが、総合ではすでに完全に脱落しているファンデルプールの逃げに対し、UAEチーム・エミレーツが本気でこれを追う道理もなく、どうしてもペースは上がり切らない。
残り20㎞でファンデルプールとメイン集団とのタイム差は3分20秒。
マチュー・ファンデルプールの52㎞圧倒的独走勝利は確定した。
と、誰もが思っていた。
Jsportsの企画である予想クイズでも、実況・解説・番組スタッフすべてがマチュー・ファンデルプールを予想するという企画倒れな事態すら巻き起こっていた。
だが、本当に想像を絶する状況は、むしろここから始まった。
残り18㎞。
完全に試合を諦めていたかと思われていた集団の中から、タデイ・ポガチャルがアタックした。
このポガチャルの動きに反応せざるをえなかったのは35秒差で総合2位につけるワウト・ファンアールト。
このタイム差を維持してしまえば、翌日のスプリントステージでもボーナスタイム10秒を得ることのできるファンアールトは、最終日個人TTでの優勝候補でもあり、まだ逆転総合優勝の芽はあった。
ファンアールトは一気に他のライバルたちを突き放し、単独で先行するポガチャルを追いかけ始める。
しかし、ポガチャルはそんな圧倒的に強かったファンアールトをさらに軽々と突き放していった。
その力の差はあまりにも歴然だった。
残り10㎞で先頭ファンデルプールと単独2番手のポガチャルとのタイム差は2分14秒。
さすがにこの差を埋めるのはあまりにも不可能。
ポガチャルのこの日の目的はファンアールトに対し挽回不可能な傷を負わせることであり、先頭のファンデルプールに追い付くことではない。
その意味で、このまま追い付かないのが普通だし、ポガチャルとしてもそれでよかった、はずだった。
だが、残り4㎞。
先頭のファンデルプールも足元が覚束なくなり始め、慌てて補給食を口にする場面も。
ポガチャルとのタイム差が1分10秒にまで迫っていた。
残り3㎞。
ファンデルプールとポガチャルとのタイム差が53秒に。
みるみるうちに縮まっていくそのタイムギャップ。
まさか。
彼は昨年のツール・ド・フランスに続き、不可能を可能にしてしまう奇跡を起こしてしまうのか?
残り1㎞。
タイム差――16秒。
その視界に、ファンデルプールの背中が映った。
だが、マチュー・ファンデルプールもまた、そこで簡単に終わる男ではなかった。
2年前のアムステルゴールドレースがそうであったように、つい先日の、ストラーデビアンケがそうであったように。
その身体の限界を超える走りをしてしまえることこそが、マチュー・ファンデルプールという男の強さだった。
15秒差、13秒差・・・そして10秒差。
それ以上のタイムを縮めることは、さすがのポガチャルもできなかった。
しかしそれでも、ファンデルプールのフィニッシュシーンにガッツポーズはなかった。
ただそのハンドルに全身を預け、まるで敗者のような、項垂れたポーズ。
その姿に、この激戦のすべてが、そしてポガチャルという男の底知れなさが、表現されているようだった。
ファンアールトに対しボーナスタイムを含め41秒差をさらに上乗せさせたポガチャルは、今度こそ総合優勝をほぼ確実なものとすることができたように思える。
ただ単に登りが得意なだけではない、圧倒的過ぎるフィジカルをもつことを証明して見せた1日であった。
第6ステージ カステルライモンド~リド・ディ・フェルモ 169㎞(平坦)
細かなアップダウンではあるが最終盤は平坦が続き、基本的には第1ステージに続く第集団スプリントでフィニッシュになるだろうと予想されていた。
だが、6名の逃げとの間に開いたタイム差が、とくにラスト50㎞を切ってからあまり減少しなくなっていく。
半島の東海岸、アドリア海沿いを進む最後の周回コースに吹き付ける強烈な横風がプロトンの進みを想像以上に阻害しているのか。
残り30㎞地点でタイム差3分17秒。
残り16㎞地点でタイム差2分33秒。
残り10㎞地点で2分10秒。
逃げ切りが、確定した。
先頭を逃げていたのは次の5名。
- シモーネ・ヴェラスコ(ガスプロム・ルスヴェロ)
- ヤン・バークランツ(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
- マッズ・ウルツシュミット(イスラエル・スタートアップネーション)
- ブレント・ファンムール(ロット・スーダル)
- ネルソン・オリヴェイラ(モビスター・チーム)
ラスト1㎞ゲートをくぐるまでは綺麗にローテーションを回し続けていた5名だが、残り800mから少しずつ牽制状態に。
スプリント力で劣るオリヴェイラや2013年のツール・ド・フランスでラスト1.5㎞からの飛び出しで1秒差の逃げ切り勝利を演出したバークランツなどが早めのアタックを繰り出すかも、と期待していたが、ラスト500mのクランクを越えてもなお、誰も動かず。
クランク終了後、先頭に立っていたのはオリヴェイラ。そのままスプリントを開始するが、その背後にいた繰り下がりで山岳賞ジャージを着るウルツシュミットが飛び出す。
この5名の中では最もスプリント力があると思われていたファンムールも加速するが、駆け出しのポジションがあまりにも後方過ぎた。このあたりはまだ、若さか。
結局、勢いは素晴らしかったものの、最後はウルツシュミットに並ぶこともできず、その背後で悔しそうにハンドルを叩いていた。
そして見事優勝を成し遂げたウルツシュミット。
実は5年ぶりの勝利だったという彼は、フィニッシュ後に涙を流す場面も。
トップライダーたちばかりが勝利を集めていた今年のティレーノ~アドリアティコで、最後の最後で手に入れた大きなサプライズ勝利であった。
第7ステージ サン・ベネデット・デル・トロント~サン・ベネデット・デル・トロント 10.1㎞(個人TT)
毎年恒例の最終日10㎞個人タイムトライアル。
昨年はフィリッポ・ガンナが勝利したこのステージで、今年はアルカンシェルジャージを身に纏った彼が、衝撃の個人TT9連覇を成し遂げることができるのか。
だが、この日のガンナは正直、調子はあまり良くなかったように思う。
最初に圧倒的なタイムを叩き出したヨーロッパ王者シュテファン・キュングの中間計測の記録を4秒遅れで通過。
その後はペースを取り戻していったように見えたガンナだったが、最終的にもキュングのフィニッシュタイムに5秒、届かず。
路面状況や風の状況などがあるためには単純に比較はできないものの、昨年優勝時の自分の記録と比べて時速で言えば2km/h、タイム差でいえば30秒も遅かったガンナの走りは、やはり決して最高のパフォーマンスを発揮できていたとは言い難いようだ。
ゆえに、キュングにしても安心はできなかった。
その最大のライバルとなったのが、昨年の世界選手権でガンナに次ぐ銀メダルを獲得したワウト・ファンアールト。
総合逆転の芽はほぼないとはいえ、最後まで諦めるつもりはないであろうこの男が、全力の走りを仕掛けてくるのは間違いがなかった。
事実、ガンナを4秒上回ったキュングの中間計測に対し、ファンアールトはさらに1秒、これを上回った。
さらに後半においてもさらにペースを上げていき、最終的にはキュングの記録を6秒も更新する完璧な走り。
北のクラシックスペシャリストでありながらトップスプリンターたちを薙ぎ倒すスプリント力を持ち、かつクイーンステージでポガチャル以外の誰にも負けない登坂力を見せながらタイムトライアルでは世界王者級の選手たちすらも打ち倒す。
真の意味であらゆる脚質をもつ男。それがこの、ワウト・ファンアールトである。
だが、この男もやはり、異様だった。
第4・第5ステージにおいて圧倒的過ぎる強さを誇ったあまりにも規格外な男、タデイ・ポガチャル。
彼はこの個人タイムトライアルでもやはり強さを見せつけた。
その成績は、フィリッポ・ガンナからわずか1秒遅れの区間4位。
かつてのクリス・フルームを彷彿とさせるような、隙のない強さであった。
最終総合リザルト
と、言うことで、蓋を開けてみれば圧倒的であった。
わずか1週間の、そして山頂フィニッシュは1つしか用意されていないこのティレーノ~アドリアティコで、総合2位に1分以上のタイム差をつける圧勝。
1分以上タイム差をつけての勝利は2014年のアルベルト・コンタドール以来。しかもそのときは山頂フィニッシュは2つあった年なので、それを考えるとこの圧倒ぶりは異様である。
しかも問題は、その総合2位のファンアールトですら、同3位のランダに対して3分近いタイム差をつけているということである。
ファンアールトも信じられないくらいに圧倒的に強かった。
そのファンアールトをこれだけ突き放すポガチャルという男の底知れなさを、ただただ感じさせるリザルトであった。
一方で、もちろんファンアールト自身の可能性も感じさせる1週間であった。
彼にとって(そしてチームにとって)この1週間はチャレンジの1週間でもあっただろう。彼が本格的なステージレースでエースとしてどこまで走れるのか・・・
その答えとしては、十分に期待できるレベルものであった、と言えそうだ。アシストが万全でない中で、昨年ツール総合4位のミケル・ランダと2年前のツール総合優勝者エガン・ベルナルを相手取り、素晴らしい走りをしてみせた。2019年ツール・ド・ラヴニール覇者トビアス・フォスも、ネオプロ2年目で見事なアシスト働きをしてみせてくれていた。
ワウト・ファンアールトの存在が、パリ~ニースで悔しい敗北を喫したプリモシュ・ログリッチとユンボ・ヴィスマにとって、どれだけ重要な存在となるであろうかということについては、下記の記事でも言及されている。
一方、これに対抗していかなければならないイネオス・グレナディアーズはどうか?
そのチーム力は確かに魅力的ではあるが、しかし一方で、どこか、迷走しつつあるようにも思える。
誰もがエース。たしかにそうだ。しかし、その中の誰がグランツールの総合優勝を掴み取るエースになるのだろうか?
彼らの次の戦いは月曜日から始まるボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ。
ここにもまた、リチャル・カラパス、リッチー・ポート、ゲラント・トーマス、アダム・イェーツ、ローハン・デニスと、かなり豪華なラインナップを連れてきている。
A 💯 lineup for #VoltaCatalunya100 pic.twitter.com/p37qOxINRp
— INEOS Grenadiers (@INEOSGrenadiers) March 19, 2021
しかし彼らのここまでの走りを見てきて感じるのは、これは彼らの圧倒的な強さの表れではなく、それだけのタレントを揃えた中でそこでもまだ絶対のエースを決められないことの表れでもあるように思える。
まるで、この春のレースを通して、少しずつセレクションをかけていっているような・・・
それは彼らの強さでもあり、不安でもあるだろう。
2010年代と比べ、グランツールの総合争いを巡るシーンも大きく変化してきていることは間違いない。
今年は一体どんな展開が待ち受けるのか。
誰も予想できないまま、いよいよロードレースシーズンが本格開幕を迎えていく・・・。
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