荒れに荒れた第1・第2ステージを終え、雨模様は続いたものの、随分と平穏かつスローペースな展開となった今年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ第3ステージ。
逃げもプロコンチネンタルチームの2名のみが許され、何事もサプライズは起こらず、予定通りの集団スプリントへと突入した。
と、なれば最強はやはりこの男だった。
ボーラ・ハンスグローエの「3本柱」の1人、サム・ベネット。
トレイン強化のため急遽シーズン途中での加入となったシェーン・アーチボルドの、期待通りの強力なリードアウトを受け、誰一人並ぶもののいない完璧なスプリントを見せつけたベネット。
ゴール前かなりの距離からガッツポーズを開始したことが、その余裕の表れであった。
しかし、そのベネットのスプリントに唯一喰らいついていった男がいた。
男の名はワウト・ヴァンアールト。
若くしてシクロクロスの世界選手権を3度制し、昨年からはロードレースに本格参戦。いきなり、激坂と未舗装路で有名なストラーデ・ビアンケで2年連続の3位。
ユンボ・ヴィズマ入りした今年のパリ~ルーベでも好走を見せるも、度重なる不運とともに最後はハンガーノックで失意のクラシックシーズンを終えた男。
そんな彼が、復帰戦となった今回のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで、驚きの走りを見せ続けている。
すなわち、第1ステージのスプリントでエドヴァルド・ボアッソンハーゲン、フィリップ・ジルベールに続く3位。
そして、今回のピュアスプリントステージとなった第3ステージで、2位。
確かに、今大会はツールでステージ優勝するような第一戦級のスプリンターたちが多く出場しているわけではない。サム・ベネットが頭一つ抜けた実力を持っていると言ってもよい。
それでも、名だたるスプリンターがいないわけではなく、初日優勝したボアッソンハーゲンやダリル・インピー、ホッジ、そしてイェンス・デビュッシェールといった実績をもつスプリンターたちを相手取り、決して純粋なスプリンターとは言えないワウトが、スプリントステージ2日続けて驚きの成果をぶち上げたのである。
クラシックシーズンは悔しい結果に終わった彼が、新たな存在意義として、このスプリントという武器を磨きつつある。
今年、当初の予定を変更し、ツール・ド・フランスへの出場も決めたというヴァンアールト。
フルーネウェーヘンの発射台として、そして彼が対応できないような難易度の高いステージでのスプリントエースとして、世界一の大舞台で活躍する姿を楽しみにしている。
――では、 ヴァンアールトはなぜ、これだけの成績を出せたのだろうか。
単純に、彼のスプリント力が高かったから、ということはもちろん正しいだろう。
だが、それだけで勝てるほどスプリントというのは単純ではない。
結論から言えば、ヴァンアールトがその高いスプリント力を存分に発揮し、上位に食い込めるだけの成績を出せたのは、まずもって、勝負所での「位置」が完璧だったからである。
たとえば第1ステージの「勝負所」は、逃げが吸収され、ジュリアン・アラフィリップがフィリップ・ジルベールを引き上げて加速する「残り500m」だったわけだが、その時点でヴァンアールトは(逃げ3名を除いて)前から5番目。インピーとアラフィリップの後ろという絶好のポジションにつけていた。
そのあとはアラフィリップに導かれたジルベールの番手を取り、その加速に従って前方へ。
最後はポリッツの背中に乗って飛び出してきたボアッソンハーゲンにも抜かれて3位に終わってしまうが、このラスト500mの時点でこの位置にいれたことが、最終的な好成績を得るきっかけとなった。
第1ステージのラスト20kmの展開とゴール前のボアッソンハーゲンの動きについては以下の記事も参照のこと。
そして、今回の第3ステージでも、「ラスト450m」で、ヴァンアールトはアラフィリップに牽引されたホッジの後ろという絶好のポジションに位置しており、さらに右手からアーチボルドに引っ張り上げられてベネットが上がってくると、その番手を取ることのできる最適なポジションを手に入れていた。
当然ベネットの番手はボアッソンハーゲンやエドワード・トゥーンスがなんとか取ろうと激しい位置取り合戦を行っていたが、ヴァンアールトはその先手を取ってすぐさま体を滑り込ませた。
結果として、この後のベネットの完璧なスプリントに対し最も反応しやすい位置に自らを置くことができ、2位という結果を得ることに繋がったのである。
すなわち、今回のヴァンアールトの成功の最大の秘訣は、その終盤戦でのポジション確保の妙だったのである。
では、ここでもう1つの疑問を抱く。
それではなぜ、ヴァンアールトはそんな最適なポジションをとることができたのか?
たとえばそれは、スプリンターズチームの最強トレインなどが存在すれば、常に終盤戦のプロトンの前方を支配し、難なく最適なポジションをエースに明け渡すことはできるだろう。
しかしユンボ・ヴィズマはクライスヴァイクというエースの存在もあり、クライマーも多く連れてきており、そういったスプリントのためのトレインというのを形成できるようなチームでは決してない。
では、どうやって彼はその位置を手に入れたのか。
実は、今回の話の本題はそこである。
今回、ヴァンアールトの成功の裏にひっそりと隠れつつ、確かな働きをしてくれたユンボ・ヴィズマの「運び屋」たちについて、語りたいと思う。
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まずその1人目が、24歳(今年25歳)のオランダ人レナード・ホフステッド(ホフステーデとも)である。
元ラボバンク・ディベロップメントチーム所属。昨年まではチーム・サンウェブに所属していた選手だ。
プロ勝利はなし。ディベロップメントチーム時代にローヌ=アルプ・イゼール・ツアーで総合優勝をしているほか、とくに目立って大きな勝利はない。ジロとブエルタにも帯同していたが、常に100番台の順位でゴールを繰り返すような、典型的なドメスティークである。
しかしそんな彼が、第1ステージにおいて決定的に重要な役割を果たす。
上記のリンクでも触れたように、残り20km地点からのドゥクーニンク・クイックステップの強烈な攻撃によってベネットを始めとしたスプリンターたちが千切られ、数十名程度の小集団となったプロトンは、逃げる3名との距離を詰めながら残り3kmのバナーを通り過ぎたばかりの頃だった。
集団の先頭はインピー率いるミッチェルトン・スコットが強力に牽引中で、縦に長く伸びていた。その後ろにはドゥクーニンク・クイックステップ、そしてボアッソンハーゲンなど、この日のステージ優勝を狙うスプリンター・パンチャーたちがひしめき合っていた。
ユンボ・ヴィズマはまず第一に、総合エースのクライスヴァイクを守るため、セップ・クスがその傍らに従い、しっかりとガードを行っていた。
一方で、ヴァンアールトに関しても、この日のステージ優勝を狙うべく、少しずつ番手を上げていく必要があった。
このとき、集団の左側からヴァンアールトを連れてするすると前にあがってきたのが、ホフステッドであった。
残り2km。
集団もさらに縦に伸びていき、インピーは先頭から5番手ほどの位置につける。
その後ろにアラフィリップ、そしてコルブレッリとボアッソンハーゲンがその番手を争う中で、ホフステッドはヴァンアールトを引き連れて、この「縦ライン」の付け根まで上がってきていた。
そして、運命の残り500mの直前。
ラスト800mの段階で、ホフステッドはインピーの後ろのアラフィリップの後ろ、というこの日の優勝候補たるべき選手たちの番手まで、ヴァンアールトを引き上げていた。
最後にはこのアラフィリップによってジルベールが引き上げられ、ヴァンアールトはそれについていくことでリザルトの上位に食い込むことができた。
一方、先ほどまでは悪くない位置にいながらもこの時点では埋もれてしまったボアッソンハーゲンは、最後にポリッツの抜け出しという幸運がなければ、勝つことはできなかったという危険な状態に陥ることになった。
結果は勝利ではなかったが、ホフステッドはこの時点では彼のできる最高の仕事を成し遂げていたのだ。
このあとホフステッドは、自らの役目は終わったとばかりに一気にコースの左側まで離れていき、ゆっくりと集団の後ろへと下がっていった。
この日の順位は63番。 決してリザルトでは目立たない数字だけが残ることになるが、彼はこの日の表彰台に立つことが許されるくらいの役割を持っていた。
これこそがアシスト。ドメスティークの働き。
まだ若く、実績もない彼ではあるが、トップチームの重要な柱として、確かな存在感を放っていたのである。
そして、第3ステージ。
この日はより大規模な集団でスプリント決戦に向けて着々と展開が進んでいた。
残り3kmの時点でプロトンの前方はFDJやAG2R、ドゥクーニンク・クイックステップやアルケア・サムシック、CCCといった総合やスプリントを狙うチームたちのトレインが完全支配し、ヴァンアールトとそのアシストたちは集団のただ中で埋もれる形となっていた。
そして残り1.7kmで、いよいよユンボ・ヴィズマは動き始める。
カチューシャとドゥクーニンクが主に支配して加速していくプロトンの左側から、この日もホフステッドに導かれながら、ヴァンアールト(新人賞用の白ジャージを着用)が少しずつ番手を上げていく。
このとき、ヴァンアールトの後ろにもう1人、ユンボ・ヴィズマの選手がついてきていた。
彼の存在がこのあと、非常に重要になる。
残り1.4km。見事、ヴァンアールトをプロトンの最前線にまで運び上げたホフステッドは、ここで力を失って脱落。
代わって彼の前に出て牽き始めたのが、先ほどまでヴァンアールトの後ろに待機していた男である。
このあと、この男のアップが画面いっぱいに映し出される。
飯島さんもその顔の判別ができなかったようだが、あの特徴的な口の開き方は・・・おそらく、パスカル・エーンクホーンである。
今年22歳のオランダ人。昨年、現チームでプロデビューを果たした若手中の若手。昨年はコロラドクラシックで1勝しているスプリンター系の選手ではあるが、まだ若いのでその脚質ははっきりしない部分がる。
そんな彼が、この時速60km近いスプリントトレインの最終局面で、先輩運び屋のホフステッドの仕事を引き継ぎ、ラスト1.4kmから「運命の残り450m」まで、超全力でヴァンアールトを牽引し続けた。
一時は集団の先頭を乗っ取るほどのその猛牽引があったからこそ、冒頭で見せたような「ベネットの後ろ」という最高のポジションをヴァンアールトは手に入れることができた。
ホフステッドとエーンクホーンはこの日、117位・118位という着順でフィニッシュを迎えることとなる。
しかし、彼らはヴァンアールトの2位を作り上げた男たちなのだ。
決してリザルトには残らないけれども、大きな成果を生み出した、チームには欠かせない存在。
このあとも、たとえば第5ステージでは集団スプリントが見込まれている。
やや起伏も激しく、登り気味のスプリントということで、第1ステージと同じく、サム・ベネットなどでは対応できない可能性も残されている。
となれば、今度こそヴァンアールトにとっては、大きなチャンスとなるかもしれない。
そうなったとき、このホフステッドやエーンクホーンの存在が再び重要になる可能性も高い。
ということで、ぜひ第5ステージではヴァンアールトと、そしてこの目立たずとも重要な「運び屋」たちの存在に、注目をしておいてほしい。
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