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真冬のモンヴァントゥー決戦! 今年最初の本格的な山頂フィニッシュでイネオスの「最強山岳トレイン」が復活。そしてそこに立ち向かう若き才能たちの走りを振り返る。

 

2/11(木)から2/14(日)の日程で開催された、今年最初のUCIプロシリーズ(旧HCクラス)のステージレース、ツール・ド・ラ・プロヴァンス

その名の通り南仏プロヴァンス地方を舞台にしたこのレースは、2016年初開催と歴史の浅いレースではあるものの、昨年からクイーンステージとして「死の山」モンヴァントゥーを使用。

昨年もナイロ・キンタナがそのステージを制し、総合優勝を決めたということで、シーズン初頭の重要な「総合勢」の力試しの舞台として注目度が高まりつつあった。

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とくに今年は新型コロナウイルスの影響により他地域での開幕戦が軒並み中止・延期になったことで、例年以上に豪華なチーム・選手が集まり、レースの重要度がさらに高まることに。

 

そんな中迎えた、今年の「モンヴァントゥー決戦」。

今年最初の本格的な山頂フィニッシュにおいて、グランツールに向けた各チームの「状態」を見る一つの試金石となったこのレースを、丁寧に振り返っていこう。

 

 

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今年のツール・ド・ラ・プロヴァンスは全4ステージとなっており、今回取り上げていくのはそのうちの第3ステージ、モンヴァントゥー決戦の日のみである。

残りの第1,2,4ステージも、ドゥクーニンク・クイックステップのチーム力が発揮され、白熱のスプリントバトルが展開されるなど見応え十分であったので、下記のリンクをチェックしていただけると幸い。

note.com

 

さて、第3ステージだが、この日はモンヴァントゥーとはいえ、この時期のモンヴァントゥーは山頂付近がすべて雪で覆われている。

そのため昨年もそうだが、実際に使用するのはモンヴァントゥーの中腹「シャレー・レイナード」まで。

それでも登坂距離9.7km、平均勾配9.1%と十分に本格的な山頂フィニッシュで、「足慣らし」の場としては十分すぎるほどに強烈であった。

 

 

序盤から6名の逃げができていたものの、残り10㎞。登りの麓に到達した時点でそのうちの1人(にして最年少)フロリアン・フェルメールシュ(ロット・スーダル)がアタック。

元ロット・スーダルU23所属だった彼が昨年の6月に昇格して以降、ビンクバンクツアー総合9位やヘント~ウェヴェルヘム13位など、即戦力級の実力を発揮し続けている異様なネオプロの1人。

第2ステージでも残り11㎞から飛び出し、残り4㎞まで逃げ続けたアグレッシブな新人が、この第3ステージでもただでは終わらせない姿を見せつけた。

 

一方、登り始めと共に集団の先頭を支配し始めたのがアスタナ・プレミアテック。

 

今大会、昨年総合2位のアレクサンドル・ウラソフ、同3位のアレクセイ・ルツェンコ、イサギレ兄弟、オマール・フライレ、アレックス・アランブル、そしてハロルド・テハダという、クライマー一点集中で揃えてきているアスタナ。かなりの本気態勢であった。

 

そして残り9㎞。

ヨン・イサギレが一気にペースアップを仕掛け、集団を引き伸ばすと、その先頭からハロルド・テハダがアタックした。

 

昨年のモンヴァントゥー・デニヴレ・チャレンジではウラソフを優勝させたうえで自らも6位。

イル・ロンバルディアでも強力なアシストをしてみせたアスタナの次世代エース候補である彼が、まずは牽制のアタックを繰り出した。

 

ここで先頭に出てきたイネオス・グレナディアーズ。

昨年はシーズン再開後、ツール・ド・ラン、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ、ツール・ド・フランスと、ユンボ・ヴィズマとの一騎打ちを繰り広げてきた彼らではあるが、持ち味の山岳トレイン力を生かすこともできないまま、ひたすらユンボ・ヴィズマにやられ続けていた、という印象であった。

「イネオスの山岳トレインの存在感がまったくない」――それが、昨年の多くのファンが感じていた印象に間違いはないだろう。

 

 

だが、この日はその最強トレインが再び息を吹き返したように感じる。

しかもそれは、このチームの「最強」を集めたトレインではなかった。

エースはエガン・ベルナル。それを支えるセカンドエースはイバン・ソーサ。筆頭アシストとして元ユンボ・ヴィズマのローレンス・デプルスに、ネオプロ2年目のカルロス・ロドリゲス。

後は平坦要員を兼ねた(しかし登りも十分にいける実に「イネオスらしい」アシストの)ベン・スウィフト、エディ・ダンバー、ジャンニ・モスコンであり、十分に強力ではあるが若手中心の、イネオスの「第一軍」というわけではなさそうな布陣ではあった。

 

それはおそらく、ベルナルの今年のジロ参戦を睨んだ布陣なのだろう。

そしてこの日はそのジロに向けた予行演習。

先行したハロルド・テハダの危険なアタックに対し、まずは若手アイルランド人、エディ・ダンバーのお手並み拝見となった。

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24歳のアイルランド人。

元アクセオン・ハーゲンスバーマン所属で一度はアイルランド籍のプロコンチネンタルチーム、アクアブルー・スポートでプロデビューを飾るが、このチームが解散を決定すると同時にスカイに移籍。

その後はスカイ=イネオスのいわゆる「第一線」ではそこまで姿を見せないものの、2018年のベルギー・ツアーで総合4位、2019年のツール・ド・ヨークシャーで総合3位、昨年はジロ・デッレミリアで4位など、パンチャータイプの脚質を持ちながら中級程度の山岳をこなせるミドルクライマータイプの選手である。

ゆえに、今回のような、本格登坂の「中盤戦」において強力な牽引力を発揮。「スカイ=イネオストレイン」の強さの鍵はこの「中盤戦」の層の厚さが握っており、たとえばジョナタン・カストロビエホやミハウ・クウィアトコウスキーなどがこの部分の重鎮としてチームを支えている。

 

 

そんな、イネオストレインの屋台骨とも言うべき中盤戦を、偉大なる諸先輩方に劣らない走りでしっかりとやり遂げたダンバーは、残り7.6kmで先行していたテハダ、マッテオ・ファッブロ(ボーラ・ハンスグローエ)の2人を吸収する。

同時に仕事を終えたダンバーの代わりに前に出てきたのが、20歳のネオプロ2年目、カルロス・ロドリゲスであった。

 

2001年2月2日、スペイン・アンダルシア生まれの20歳。

ジュニア時代にはコンタドール創設の育成チーム(コメタU19)に所属し、国内選手権個人タイムトライアルジュニア部門で2連覇。

ヨーロッパ選手権ロードレースのジュニア部門でも、2018年に銅メダルを獲得している(そのときの優勝はレムコ・エヴェネプール)。

 

2019年にはギブスコア・クラシカでも優勝した彼は、翌年にイネオス・グレナディアーズにてプロデビュー。

エヴェネプールから当たり前のように行われるようになった、「ジュニアからU23カテゴリをすっ飛ばしてのワールドツアーデビュー」の一例である。

 

そのデビュー初年度の2020年はとくに目立った活躍はしていなかった。

しかし、このチームには「2年目のジンクス」が存在する。

かねてより多くの才能ある選手たちが、このチームに来てから「2年目」で大きく飛躍するというジンクスだ。

 

このカルロス・ロドリゲスにとってもそれは例外ではなかった。

残り7.6㎞から始まった先頭牽引。

わずか20歳の、ネオプロ2年目の選手の牽引にも関わらず、集団からはルディ・モラール、ジーノ・マーダー、ジョヴァンニ・アレオッティ、ベン・オコーナー、さらには昨年総合3位アレクセイ・ルツェンコといった実力者たちまでもが脱落していく。

ロドリゲスの背後に控え、次の牽引役として準備していたはずのローレンス・デプルスさえも、このロドリゲスの牽引に耐えきれず仕事ができないまま脱落していく。

 

そして、残り4.8㎞。

訳3kmにわたる大牽引で一気に絞り込まれた集団の最後尾からワレン・バルギルが脱落したのと同じタイミングで、ロドリゲスはいよいよ仕事を終える。

 

 

その次の瞬間。

ロドリゲスの背後でベルナルのための最終牽引役を担うものと思われていたイバン・ソーサが、ここでアタック。

 

その後ろについていたベルナルが足を止めたことで、当然、彼がついていくものだと思っていたライバルたちは反応が遅れ、ソーサはその隙に一気にギャップを開いた。

 

すなわち、ベルナルは自らを囮にすることで、ソーサに決定的な攻撃を仕掛けさせるチャンスをもたらしたのだ。

 

 

それは単純な「騙し打ち」とはまた違う。

それは正しい「ダブルエース」の形であるように思う。

すなわち、ベルナルという絶対のエースの存在を重しにしつつ、まずはセカンドエースが攻撃を仕掛ける。

このとき、このセカンドエースが強ければ強いほど、この攻撃は実に効果的になる。

アスタナもテハダを使って同じことをしたかったのだろうが、少し山頂まで遠すぎたのと、それを追うイネオストレインの力量があまりにも優れていたために、失敗に終わった。

 

一方のソーサは、チームメートが十分に集団を削り切ったのちに、完璧なタイミングで完璧なアタックを仕掛けて見せた。

そして一度開いたギャップを決して埋めさせないだけの実力を発揮できていた。

一気に広がる、ソーサとメイン集団とのタイム差。

このまま彼を逃がしては、そのまま勝利を奪われるのは必至だった。

 

 

しかし、もはや前を牽けるアシストはプロトンの中にほとんど残っていなかった。先頭集団に2名を送り込んでいるトレック・セガフレードもバーレーン・ヴィクトリアスも、この局面においては手も足も出なかった。

そんな中、たった一人だけ、ここに立ち向かう男がいた。

彼の名は、マウリ・ファンセヴェナント

ドゥクーニンク・クイックステップのエース、ジュリアン・アラフィリップのために最後までその傍に使え続けてきた男。

彼もまた、21歳のネオプロ2年目。

若き才能の1人であった。

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彼のその名は、昨年のフレーシュ・ワロンヌにおいて、終盤に積極的な逃げを打っていた男の名として、覚えているファンも多いだろう。

それ以前には2019年にはジロ・チクリスティコ・デッラ・ヴァッレ・ダオスタ・モンブランという若手登竜門レースの1つを制しており、登れる選手であることは確かだった。

しかしまさか、このモンヴァントゥーの最終局面で、アラフィリップの前を守護する名誉ある役割を果たせるほどの男だとは。

 

彼の全力の牽引は、残り4.8㎞から残り3.3㎞までの1.5km。

それまで強力に牽引し続けていたカルロス・ロドリゲスの3kmと比べると半分程度でしかないものの、アラフィリップ、ベルナル、アレクサンドル・ウラソフ、ヘスス・エラダ、ジュリオ・チッコーネ、バウケ・モレマ、ワウト・プールス、ジャック・ヘイグなど精鋭しか残っていないプロトンの先頭で、堂々たる走りをこなしてみせた。

 

 

そして残り3.3㎞。

ファンセヴェナントが仕事を終えると同時に、ついにこの男が動いた。

世界王者、ジュリアン・アラフィリップ

先頭を走るイバン・ソーサを捉えるべく、フランスの英雄が動き出した。

 

 

だが、この動きにすぐさま反応した男がいた。

エガン・ベルナル

イネオスの真のエースであり、ソーサの「ダブルエース戦略」を完成させるための、最も重要なピース。

先行して飛び出したセカンドエースがいかに強力に抜け出せたとしても、次なるライバルの動きにどのチームよりも完璧に反応できるファーストエースがいてこそ、この戦略は本当の意味で完成するのである。

ベルナルは実は戦前からすでにソーサをアシストすることを宣言してはいたのだが、それは決して、彼自身が勝利を狙える状態にないことを意味しているわけではなかった。

 

 

ベルナルが貼り付いてきたことによって、アラフィリップも無闇に足を回すわけにはいかなくなった。

後続からワウト・プールスが単独で追い付いてきたことによってローテーションを回すことはできるようになったものの、当然ベルナルはその2人の背後で淡々と足を貯めている。

このまま無意味に一定ペースで先頭交代しながら前を牽き続けているだけでは彼の足を削ることは決してできず、最後の最後に彼にアタックされてイネオスにワンツーフィニッシュを奪われるだけであることは誰の目にも明らかであった。

 

 

だからこそ、アラフィリップはもう1度攻撃を仕掛けるしかなかった。

たとえそれが裏目に出る動きだったとしても、何もしないよりはいい。

彼は賭けに出たのだ。

 

 

すなわち、残り1.5㎞。

アラフィリップの、渾身の一撃。

思わずワウト・プールスは突き放され、離れていく。

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しかしベルナルはなおも食らいついていた。

やはりこの男、余裕があったのだ。

 

 

そして、残り1.2㎞でベルナルがカウンターアタック。

ワンツーフィニッシュに向けて、一気に勝負を仕掛けにいく。

 

それでもアラフィリップは意地を見せる。

後輪をしっかりと捉え、離そうとしない彼の姿を見て、ベルナルも再び足を止めるほかなかった。

引き剥がせないなら、前を走ることはしないーー徹底した戦略で、再びアラフィリップの背後に回るベルナル。

これがイネオスの走り。完璧なまでの、冷徹な戦略であった。

 

 

だがアラフィリップは、諦めない。

残り600m。再び腰を上げ、最後の一撃を加えにいくアラフィリップ。

しかしもう、足は残っていなかった。

ベルナルはシッティングのまま、冷静にアラフィリップの背中に貼りつき続けていた。

 

 

 

そしてフィニッシュするソーサ。

「ベルナル以上のポテンシャルを持つ男」とさえ言われ期待され続けたこの23歳のコロンビア人は、「2年目のジンクス」さえなく、失意の2020年シーズンを過ごしていた。

だがここで、彼は再びそのチャンスを掴んだ。

親友ベルナルの助けを得て、彼にジロの頂点を掴ませるための、最高の「ダブルエース」として走るチャンスを。

 

 

そしてソーサがラインを越えてから15秒後。

アラフィリップの最後の攻撃を抑え込んだエガン・ベルナルがこれを突き放し、当初の予定通りのワンツーフィニッシュを達成させる。

強すぎるイネオス。強すぎる彼らの「最強山岳トレイン」が帰ってきた。

 

 

一方で、最後の最後まで保守的にならず常に攻撃的・挑戦的であり続けたのがジュリアン・アラフィリップ。

第3ステージにおいて結果につながらなかったその姿勢が、第4ステージでは見事、結実することとなる。

 

すなわち、第1中間スプリントポイントでの先頭通過。

これによってボーナスタイム3秒を獲得し、2秒のビハインドを抱えていたベルナルを逆転。

総合2位で4日間のレースを終えることとなったのだ。

 

 

 

かくして、今年最初の「本格的な山頂フィニッシュ」が幕を閉じる。

勝ったのは、イバン・ソーサであり、イネオス・グレナディアーズ。

その最強の山岳トレインが完全復活し、その鍵を握ったのがエディ・ダンバーやカルロス・ロドリゲスといった若き才能たちであった。

 

一方で、ライバルたちも素晴らしい走りを見せてくれた。

結果的にはうまくいかなかったものの、ハロルド・テハダの走りは鮮烈であったし、そこに食らいついていったボーラ・ハンスグローエのマッテオ・ファッブロも、昨年のジロ・デ・イタリアでの走りに続き絶好調であった。

もちろん、その前の段階でアグレッシブな走りを見せてくれたフロリアン・フェルメールシュ、そして、ジュリアン・アラフィリップを最後まで護り続けた若き騎士、マウリ・ファンセヴェナント。

 

 

若き才能が次から次へとひっきりなしに出てくるここ数年ではあるが、今年もまた、まったく予想のつかない新しいスターが次々と生まれてきそうだ。

 

 

まだまだ、シーズンは始まったばかり。

しかし間違いなく、今年もまた、自転車ロードレースを楽しんでいくことができそうだ。

 

 

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