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エヴェネプールとアルメイダ、新時代の最強コンビはジロ・デ・イタリアを討ち取れるのか

 

新型コロナウイルス蔓延による自転車ロードレースの「中断」後、初のUCIプロシリーズのレースとなったのが、7/28(火)から8/1(土)にかけて開催されたブエルタ・ア・ブルゴス。

スペイン北部、ブルゴス県(カスティーリャ・イ・レオン州)を舞台に行われた5日間のステージレースは、例年、ブエルタ・ア・エスパーニャの前哨戦の1つとして多くのクライマーたちがこぞって参加し、過去にはアルベルト・コンタドール、ナイロ・キンタナ、ミケル・ランダ、そしてここ2年はイバン・ソーサが総合優勝している、レベルの高いレースである。

 

そのレースが今年、シーズン再開後最初の本格的なステージレースということで、約1ヶ月後に控えたツール・ド・フランスを見据えた有力チームの有力選手たちがこぞって参加。

例年よりもずっと豪華な顔ぶれで開催されることとなった。

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過去2年の覇者イバン・ソーサに3年前の覇者ランダ。

昨年ジロ覇者のリチャル・カラパスに2年前のブエルタ覇者サイモン・イェーツ。

さらにはモビスターはアレハンドロ・バルベルデにマルク・ソレル、エンリク・マスとツール以上の豪華さ。

 

しかし、そんなラインナップの中で、最終的な勝利を掴んだのは、わずか20歳の青年だった。 

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レムコ・エヴェネプール。昨年、U23カテゴリをすっ飛ばしてわずか19歳でワールドツアーチーム入りを果たした天才。

そして今年、ネオプロ2年目にして、ここまでの成績が「ブエルタ・ア・サンフアン総合優勝」と「ヴォルタ・アン・アルガルヴェ総合優勝」。出場した2つのステージレースでともに総合優勝するだけでなく、ステージ勝利も計4つ獲得している。

 

そして今回、このブエルタ・ア・ブルゴスの総合優勝により、今年出場した3つのレースすべてで総合優勝するという圧倒的な成績を成し遂げたのである。

 

  

 

だが、エヴェネプールの活躍はある意味で予想通り。

 

それ以上に驚くべきは、総合3位につけた同じドゥクーニンク・クイックステップのジョアン・アルメイダ。

今年ワールドツアーデビューを果たしたばかりの、22歳の選手である。

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エヴェネプールとアルメイダ。

マチュー・ファンデルポールとワウト・ファンアールト、エガン・ベルナルとタデイ・ポガチャルよりも若い、若すぎるこの新・新世代の才能のこれまでの軌跡と、そしてこれからとを語っていきたい。

 

 

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「だが、それでも」を乗り越え続けていく男、エヴェネプール

まず取り上げるのは、今や「新人」というよりは世界トップクラスの存在であることを証明しつつあるレムコ・エヴェネプールである。

エヴェネプールについては昨年からずっと、驚くべき戦績ばかりを残してきているので、すでに以下の2つの記事で紹介してきている。

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ただ、上記2つについてはいずれも、「だが、それでも」と枕詞をつけることのできるような戦績ではあった。

まずはブエルタ・ア・サンフアン。ここではジュリアン・アラフィリップのアシストとしてかなり強力な走りを見せてくれており、最終的にも新人賞を獲得。たしかに凄いのだが、それでも「凄い新人」の領域だった。

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続くUAEツアーは落車リタイア。3月の小さなクラシックレースでも完走止まり。

たしかに強いが、驚くべき存在だが、想定内、そんな感じだった。

 

4月頭には、ワールドツアークラスのステージレース、ツアー・オブ・ターキー。

これまでのレースとの違いはエース格としての出場であり、クイーンステージでは他チームのエースたちと互角に立ち回る堂々たる姿を見せてくれており、小さな驚きを感じることとなった。

「だが、それでも」――このときエヴェネプールは勝つことはできなかった。

勝ったのは、ボーラ・ハンスグローエのフェリックス・グロスチャートナー。今回のブエルタ・ア・ブルゴスの第1ステージでも勝った男だ。

 

19歳の新人とはとても思えない走りは見せてくれた。結果の総合2位も素晴らしいことだ。

「だが、それでも」、同時期にアムステルゴールドレースで衝撃の勝ち方を見せてくれたマチュー・ファンデルポールや、プロ2年目でパリ〜ニースを制したエガン・ベルナル、そのベルナル同様、プロ1年目でツアー・オブ・カリフォルニアを制したタデイ・ポガチャルらと並びつつも、決してここから頭ひとつ飛び抜けるような成績ではなかった。

 

 

一つのターニングポイントとなったのが、8月のクラシカ・サンセバスティアンだった。

前述の記事で詳細を書かせてもらっているが、このとき、ワールドツアークラス、それもターキーと比べても遥かに本格的なワールドツアーであり、バルベルデやファンアーヴェルマートなど、世界トップクラスの選手たちが本気で勝ちを狙ってくるレース。

そこで、エヴェネプールは見事に勝利。彼がもはや「すごい新人」を抜け出し、「世界トップクラスの選手」であることを示した瞬間であるかのように思えた。

 

 

「だが、それでも」。

この勝ち方はまだ、留保をつける余地があった。

 

それはいわば、力で勝ったとは言い切れない側面があること。

誰もが「まさか」と思ったその間隙を突いた、そんな不意打ちのような勝ち方であったとも言えること。

 

もちろん、かなり力がなければなし得ない勝ち方ではあった。

エヴェネプールと共に逃げたトムス・スクインシュも完全に引きちぎるような走り、のちにバルベルデが全力で追走を仕掛けてもまったく追いつけないような走りではあった。

 

しかしそれでも、もしエヴェネプールが優勝候補として(バルベルデやファンアーヴェルマートがそうであるように)徹底的なマークをされていたらさすがにあの抜け出しはそもそも許されていなかったであろう。

ある意味今だからこそなし得る勝ち方だった、という言い方もできてしまうような勝ち方ではあったのだ。

 

 

凄い、凄いと。

時代が変わったと、実際思ったし、そのようにもてはやした。

それでも、「だが、それでも」と心の奥底で叫び続ける声がする。

 

 

いよいよその声が聞こえなくなり始めるのが、ヨーロッパ選手権個人タイムトライアルでの優勝と、世界選手権個人タイムトライアル2位という成績である。

もちろん、19歳だけど、エリートカテゴリで。

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運や駆け引きの入り込む余地がないタイムトライアル競技におけるこの圧倒的な成績で、彼の実力が誰も疑うことなく世界の頂点に位置するものであることが証明された。

ベルギーのオリンピックTT代表枠を、ワウト・ファンアールトやアワーレコード記録保持者ヴィクトール・カンペナールツを差し置いて早々に確保したことからも、その評価の高さが窺い知れる。

19歳の、ベルギー筆頭代表である。

 

 

そうして着実に「新人」から「最強」へと評価が変わりつつある中で、2020年を迎える。

 

 

まずはブエルタ・ア・サンフアンでの総合優勝。これはもはや、驚くべきことではなかった。

続く、ヴォルタ・アン・アルガルヴェでの総合優勝も、そこまで驚きではなかった。

例年、TT能力の高いオールラウンダーが有利になりやすいこのアルガルヴェ。もはやTTでは疑いようのない世界トップクラスの選手であるエヴェネプールならば、十分に勝ち目があるだろう、と。昨年もネオプロのポガチャルが勝っていることが、やや敷居を下げていた。

ただ、第2ステージの山頂フィニッシュでの勝利は、ややそれまでと違った印象を覚えた。サンセバスティアンのときのような、不意打ちのようなアタックというよりは、終盤残り500mでの攻撃でライバルたちを突き放したその勝ち方は、たしかに純粋な力による勝利だった。

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それでも、追いすがるマキシミリアン・シャフマンとのタイム差は付かないギリギリの勝利だったし、もう1つの山頂フィニッシュである第4ステージでは、ミゲルアンヘル・ロペスとダニエル・マーティンに先行されての3位フィニッシュであった。

たしかに世界トップクラスのクライマーたちと互角に渡り合う力は示しつつあった。

「だが、それでも」、まだ「並んだ」段階に過ぎない、とも思っていた。

 

 

 

いよいよその思いが完全に拭い去られるときが来た。

長き中断期間を挟んでの、シーズン再開後の最初のUCIプロシリーズ、ブエルタ・ア・ブルゴス。

冒頭に述べたように、ソーサ、カラパス、サイモン・イェーツ、バルベルデ、ソレル、マスなど、豪華な顔ぶれが並ぶグランツール前哨戦の1つ。

 

このレースで、エヴェネプールはついに、疑いなき最強の走りを見せる。

 

 

第3ステージ。

超級山岳ピコン・ブランコを登る山頂フィニッシュステージ。

登坂距離7.8㎞、平均勾配9.3%、ゴール直前に最大勾配の15%と、十分に本格的な登坂レイアウトの残り3㎞でアタックしたエステバン・チャベスに、ジョージ・ベネット、リチャル・カラパス、そしてレムコ・エヴェネプールの3名だけが食らいついていった。

 

ここで、エヴェネプールの強さが光った。不意打ちでもなんでもなく、ただ純粋にそのペースを上げた。

その次の瞬間には、ベネットもチャベスも、彼を追いかけることはできなかった。

ただただ、そのギャップが開いていく。

 

それはまさに、強いクライマーの走りであった。ほんの2年前まで、ジュニアのレースを走っていただけの男が、その2年前にはまだサッカーをやっていた男が、今、世界トップクラスの舞台で、世界トップクラスの登坂を見せていた。

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そして、エヴェネプールは勝利した。

本格的な登りで、本格的な山頂フィニッシュを、ライバルたちを圧倒的に突き放して、初めて勝利したのだ。

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もう1つの山頂フィニッシュである第5ステージでは、前年、前々年の覇者であるイバン・ソーサによって突き放されるも、ランダと共に悠々と3位ゴール。

危なげなく、今年3度目のレースでの3度目の総合優勝を達成したのである。

 

 

もはや疑う者はいない。

レムコ・エヴェネプールは世界トップクラスのTTスペシャリストであると共に、世界トップクラスのクライマーであることを証明し、それはすなわち、世界トップクラスのグランツールライダーであることも示してみせたのである。

 

 

 

「だが、それでも」。

本来のトップライダーとしての走りを見せるべきソーサやカラパスが安定せず、バルベルデやサイモン・イェーツも決して万全ではない様子を見せた今大会。

所詮はまだUCIプロシリーズで、ベルナルやログリッチといったような本当の意味での世界トップクラスのグランツールライダーたちとはまだ、矛を交えてはいない。

「新人」ではないことは確かに示した。世界トップ10に入る実力であることは証明してみせた。

しかしまだ、「最強」を名乗るには早すぎる?

 

 

だからこそ、今度のジロ・デ・イタリアが楽しみだ。正直、このままの勢いであれば、ステージ優勝はもちろん、総合表彰台、あるいは、その頂点に立つことすら、不思議ではない。

まだ数ヶ月前ならば、「いくらなんでも、そんなことはありえない」と思えていられた。

だが、今回のブルゴスの走りで、彼がマリア・ローザを着てトロフェオ・センザフィネを手にする姿がありありと瞼の裏に浮かんでくる。

 

 

 

そして、その可能性を大きく広げる鍵となるのが、この男の存在である。

今回のブルゴスのもう1人の主役。

今年のエヴェネプールの躍進を支え続けている男、ジョアン・アルメイダである。

 

 

アルメイダの強さとエヴェネプールからの信頼

ジョアン・アルメイダーー本名ジョアン・ペドロ・ゴンサルベス・アルメイダーーは1998年の8月5日、ポルトガルのカルダス・ダ・ライーニャで生まれる。

ジュニア最終年となる2016年には、国内選手権のロードレースとタイムトライアルを制覇。名実ともに、ポルトガルの新時代の最有力選手としてその名を轟かせた。

 

2018年にはちょうど同じ時期にプロコンチネンタルチームに昇格した*1ハーゲンスバーマン・アクセオンに加入し、プロデビュー。

当時のチームメートにはミケル・ビョーグやジャスパー・フィリプセンなどがいた。

 

アクセオン加入後も彼は目覚ましい成長を遂げていく。

2018年にはU23版リエージュ~バストーニュ~リエージュで優勝。さらにU23版ジロ・デ・イタリア「ジロ・チクリスティコ・ディタリア(ベイビー・ジロ)」で総合2位・新人賞。

さらには「ツール・ド・ラヴニール」でも総合7位と、実力の高さを見せつけた。

 

プロ2年目となる2019年には、前年共に2位で終わっていた国内選手権U23部門ロードレース、タイムトライアルの両方を制覇。

さらにはジェームス・ピッコリの活躍が光ったツアー・オブ・ユタで総合4位に入り込み、世界のトップクラスでも渡り合える可能性を証明してみせた。

 

 

この才能の塊を、名伯楽たるパトリック・ルフェーブルが見逃すはずがなかった。

2020年。アルメイダは世界最強チームの1つ、ドゥクーニンク・クイックステップのメンバーとしてワールドツアーデビューを果たすこととなる。

 

 

彼に最初に与えられた役割は、年齢の近いレムコ・エヴェネプールの山岳アシスト役。

とはいえ、エヴェネプール自体もまだまだトップクライマーとしては未知数だった時期であり、これはエヴェネプールにとってもアルメイダにとっても、「お試し」のようなものだったに違いない。

 

しかし、2人が最初に共に走ることとなったヴォルタ・アン・アルガルヴェにおいて、エヴェネプールだけでなくこのアルメイダもまた、想像を超えた走りを見せてくれたのである。

 

 

第2ステージ。エヴェネプールが最初の山頂フィニッシュを制することになるこの日。

ラスト2㎞地点でアタックを仕掛けたシモン・ゲシュケを追走する集団の先頭を牽引し続けたのがこのアルメイダだった。

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その結果がエヴェネプールの優勝。

さらに、アルメイダ自身も13位でこの日フィニッシュを迎え、しかも最終日の個人タイムトライアルでも好成績を残した彼は、最終的に総合9位・新人賞2位(1位は当然エヴェネプール)という成績でエヴェネプールとのタッグ緒戦をクリアーする。

 

そして、今回のブエルタ・ア・ブルゴスである。

ここでアルメイダはさらに驚くべき走りを見せてくれる。

 

 

まずは第1ステージ。

ミラドール・デル・カスティーリョの激坂フィニッシュで、抜け出したフェリックス・グロスチャートナーを追いかける集団の先頭を取ったのがアルメイダだった。

その背後にはアレハンドロ・バルベルデやミケル・ランダなどを従えており、総合に大きく関わるステージではないとはいえ、観るものすべてに最初の衝撃を与えた。

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だがこれだけでは終わらない。

続く第3ステージ。最初の超級山岳山頂フィニッシュ。エヴェネプールが圧倒的な登坂力を見せつけて勝利したこの日、ジョージ・ベネット、ミケル・ランダ、エステバン・チャベスで形成された先頭集団に次いで5位でゴールしたのがアルメイダだった。ジロ覇者リチャル・カラパスも、ブエルタ覇者サイモン・イェーツも、アレハンドロ・バルベルデもすべて後方に追いやって、エヴェネプールだけでなくこの22歳(当時21歳)の新鋭もまた、総合5位という信じられないリザルトを残したのである。

 

そして、さらなる走りを見せつけたのが最終日第5ステージであった。

超級山岳ラグナス・デ・ネイラの山頂フィニッシュとなったこの日、残り4㎞地点で総合3位ミケル・ランダがアタック。一気にペースが上がったメイン集団からはバラバラと落ちる選手が現れており、その中の1人がアルメイダだった。

 

さすがのアルメイダも、やはりアシストの仕事をこなしつつ最終盤までこの総合成績を守るのは厳しいか?

それは何の不思議もないし、むしろそうなるくらいにまでしっかりとアシストとしての役割をよくぞ果たしてくれた・・・という思いで彼の走りを見つめていたのだが――。

 

残り3㎞。マイカ、カラパスらと共に遅れていたはずのアルメイダが、再加速。

エヴェネプール、ランダ、チャベス、イバン・ソーサで構成された先頭集団から13秒遅れの第2集団の先頭を牽引し、そのままカラパスらを突き放して単独で先頭集団へのブリッジを仕掛けたのである!

ゴールまで残り1.8㎞。先頭集団から零れ落ちたチャベスをあっという間に抜き去って、アルメイダは先頭の3名を視界に収めた。これでクイックステップは先頭に2名。エヴェネプールにとっては、圧倒的に有利な状況であった。

 

にも関わらず、アルメイダが追いついたその瞬間に、突如としてエヴェネプールがアタック。

当然、ランダとソーサはこれに食らいつくが、追いついたばかりで息も整っていなかったアルメイダは突き放されてしまった。

 

一見、これは不合理な選択のように思える。実際、のちにエヴェネプールはソーサに抜け出され、ステージ優勝を逃したばかりか、ランダにも最後差されて3位でのフィニッシュとなってしまった。

総合優勝こそ問題なくキープしたものの、あの局面でアルメイダに前を牽かせていた方が、まだ可能性はあったのではないかと思えなくもない。

 

しかし、もしかしたらこれは、エヴェネプールがアルメイダにアシストをさせたくなかったということなのかもしれない。

そうやって足を使わせることなく、彼が彼のペースで走れたからこそ、この日のステージ4位と最終的な総合3位をアルメイダが取れたのだとしたら――エースからアシストに捧げる一つの感謝の形であり、エヴェネプールからアルメイダに対する信頼の結果でもあった。

その信頼に応えるようにして、アルメイダは誰もが想像していなかった総合3位という成績で再開後最初のUCIプロシリーズのレースを終える。

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ひたすら強いエヴェネプール。

そのエヴェネプールを支える最高のアシストであるとともに、自らもまた強さを見せつけたアルメイダ。

そして2人の間にこれだけ早い期間にもかかわらず固く結ばれた信頼。

 

果たして、この2人であれば、これまでは想像すらできなかったような偉業である——エヴェネプールのジロ・デ・イタリア制覇も、決して不可能ではないように思えてくる。

 

 

ツール・ド・ポローニュ 

さて、ブエルタ・ア・ブルゴスを観終えたあとにここまでを書いていたわけだが、そうこうしているうちにレムコ・エヴェネプールの次の出場レースであるツール・ド・ポローニュが開幕していた。

本来、ポローニュはグランツールライダー向けというよりは、丘陵系クラシックに強いパンチャータイプなどに最適化されたステージレース。過去にもペテル・サガンやモレノ・モゼール、ティム・ウェレンスなども総合優勝している。

その意味でエヴェネプールには(本来であればブルゴスなど以上に)有利なレースであり、総合優勝は固いと思っていたが、総合を分ける重要な日の1つ、第3ステージの登りフィニッシュで、そこまで十分な走りを見せられていなかったことから、ちょっと今回は厳しいか?と思っていた。

今回のこのポローニュ、アルメイダも、もう1人の若きアシストであるアンドレア・バジョーリも出ていない。

そして第1ステージで、戦友のファビオ・ヤコブセンが悲劇に遭い、病院に搬送されてしばらく人工的な昏睡状態に陥っていたという事態もあり、エヴェネプールも動揺が激しく思うような走りをできずにいたのかもしれない。

 

このポローニュでは総合優勝は厳しいかな。そんな風に思って、あくまでもブルゴスの話だけでこの記事を終わらせようと思っていたのだが――。

8月8日。第4ステージ。例年お馴染みブコビナ・タトシャンスカの激しいアップダウンステージ。昨年も最終ステージとして設定され、パヴェル・シヴァコフの逆転総合優勝が演出された最重要ステージだ。2年前はサイモン・イェーツが総合逆転優勝を狙って果敢なアタックを繰り出している。

そんな「何かが起こる」ステージの、残り51㎞地点。レムコ・エヴェネプールがするすると集団から抜け出した。

ヤコブ・フルサンは当然、これを追いかけようとした。しかし、集団の動きはちぐはぐだった。誰もがカラパスを見ていた。総合リーダージャージを擁する、チーム・イネオスの動きを。

しかしカラパスは動けなかった。直前の落車で全身を強く痛めていた彼の走りは精彩を欠いていて、むしろその後、ずるずると集団からも崩れ落ちるほどであった。

だからフルサンも、過去の優勝経験者ラファウ・マイカも、動き出しが遅すぎた。彼らが追いかけ始めるのは、エヴェネプールとのタイム差が20秒、36秒、45秒と開き始めていってからだった。

 

そして、エヴェネプールによる静かなる独走が開始される。フルサンもマイカもサイモン・イェーツも、本気でこれを追いかけ始める。だが、全力を振り絞って追いかけるこの3名も、たった一人で逃げ続ける20歳の青年を捉えることはついにできなかった。むしろ、そのタイム差はより一層開いていく。

 

そして、エヴェネプールがフィニッシュにやってきた。

いつものように、ジャージの前をはだけさせたエネルギッシュなガッツポーズはそこにはなかった。

ジャージの下から取り出したのは、1枚のゼッケン。

75。

それは、3日前にフェンス脇に押しやられ大怪我を負った、戦友のつけていたゼッケンだった。

その表情に笑顔はなく、その鮮烈なる勝利を仲間へと静かに掲げたのである。 

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1分18秒後にフィニッシュにやってきたフルサンやサイモン・イェーツは息も絶え絶えだった。この日、20歳の圧倒的な力によって、世界トップクラスのクライマーたちが見るも無残に蹂躙された。

とくにフルサンは今年、ブエルタ・ア・アンダルシアの余裕の総合優勝でシーズンを開幕しており、つい先日のストラーデビアンケでも5位と、かなり絶好調な状態でシーズンを再開できているにも関わらず、そしてこの日も間違いなく強い走りができていたにも関わらず、そのフルサンをも子どものように取り扱ったのが今日のエヴェネプールであった。

 

フルサンもカラパスもサイモン・イェーツ、今年のジロ・デ・イタリアの総合優勝候補であることは間違いない。

 

エヴェネプールのジロ制覇の可能性の根拠が、次々と積み重なっていく・・・。

 

 

 

ツール・ド・ランとアンドレア・バジョーリ

もう1つ、このポローニュと並行して開催されていたフランスのステージレースについても触れておこう。

それはツール・ド・ラン。昨年もティボー・ピノが総合優勝し、その勢いのままツール・ド・フランスを絶好調な状態で乗り込むことのできた、ツール・ド・フランス前哨戦レースの1つだ。

例年であればそれこそFDJのようなフランス系のチームのみが集まるような小さなステージレースだったが、今年はユンボ・ヴィズマがほぼツール・ド・フランス本戦と同じフルメンバー(ログリッチ、デュムラン、クライスヴァイク、ジョージ・ベネット、ロベルト・ヘーシンク、トニー・マルティン)を揃えてきて、対するチーム・イネオスもベルナル、フルーム、トーマスを連れてきているという、今年のツール注目の「頂上決戦」が早くも実現したレースとなった。

昨日の段階で第2ステージまで消化され、その第2ステージはまさにそのユンボのチーム力が炸裂し、イネオスのアシスト陣を丸裸に。最後はログリッチとベルナルの一騎打ちが行われ、まずはこの日、ログリッチが優勝となった日であった。

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そんな、今最も最強の布陣が集まる舞台に、ジョアン・アルメイダとアンドレア・バジョーリの2人もやってきていた。

そして、この第2ステージを、ログリッチらからわずか16秒遅れの8位でゴールしたのがアルメイダだった。総合でも8位。

あとは、本日のグラン・コロンビエ山頂フィニッシュでどうなるか、だが・・・本当にこの男の底力には驚嘆させられる。

 

そしてもう1人の「エヴェネプール親衛隊」候補のアンドレア・バジョーリ。

アルメイダが優勝した2018年のU23版リエージュ~バストーニュ~リエージュで2位、そして昨年のU23版イル・ロンバルディア(ピッコロ・ロンバルディア)で優勝している、これもまた期待しかない男である。

そんな彼が、このツール・ド・ラン第1ステージで、トム・デュムランによるリードアウトという万全の体制でスプリントを放ったはずのプリモシュ・ログリッチを差し切って、プロ入り13日目での初勝利をいきなり飾ったのである。

意味がわからない。

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怪物レムコ・エヴェネプール。

それに匹敵する怪物ジョアン・アルメイダ。

そしてさらなる怪物アンドレア・バジョーリ。

 

実は今のところ、ジロ・デ・イタリアの暫定スタートリストには、アルメイダとバジョーリの名前はない。

しかし本来エーススプリンターの予定だったヤコブセンが今、先が見通せない状況になっていることもあり、このスタートリストは方針から完全に変わる可能性もある。

むしろ、これだけ役者が揃っている以上、万全の体制で、エヴェネプールの総合優勝を狙うべきではないのか。

そしてそれは十分に可能な状況だ。

 

 

とりあえず、この3人が出場することがすでに決まっているのが、15日のイル・ロンバルディア。

この日、また我々は衝撃の瞬間を目にすることになるのだろうか。 

 

 

 

歴史は動き出している。

2020年はすでに開幕している。

新たな時代の主役となることが確約された彼らの姿を、決して見逃してはいけない。

 

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*1:現在の基準で言うところのUCIプロチーム。ただし、2020年から再びコンチネンタルチームに戻った。

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