シーズン最後のグランツールにして、シーズンで最も「番狂わせ」な展開が期待できる、ある意味で最も面白いグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャが開幕する。
いや、番狂わせだけじゃなくとも、最終的にはチームのアシストもすべていなくなってエース同士の裸の殴り合いが楽しめる、というのが個人的にこのレースの魅力だと思っている。
今年もログリッチ、ベルナル、ミケル・ランダ、そして唯一のエースだけでなくリチャル・カラパスやアダム・イェーツなども含め、とにかく注目の有力選手たちが数多く出場する。
今回も、その中かから5チーム5名の選手に絞りつつ、その所属するチームのほかメンバーについても含め、言及していく。
少しでも参考になれば幸い。
※身長、体重はProCyclingStatsを参照しております。
※年齢はすべて2021/12/31時点のものとなります。
※出場日数とは、ブエルタ初日までに今期出場したレースの日数のことを表しています。
目次
- プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
- エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)
- ミケル・ランダ(バーレーン・ヴィクトリアス)
- アレクサンドル・ウラソフ(アスタナ・プレミアテック)
- エンリク・マス(モビスター・チーム)
第1週のコースプレビューはこちらから
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プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
スロベニア、32歳、177㎝、65㎏、出場日数27日
昨年のツールのあの悔しさを晴らすために、乗り込んだはずの今年のツールだった。
しかし、第3ステージでまさかの単独落車。その影響は着実に彼の身体を蝕み、第7ステージでは2級山岳で力なく遅れていく姿も。
そしてついには、第8ステージを終えた後にリタイア。1週目にして早くもツールを去ることとなった。
だが、昨年もあの失意の敗戦の直後、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュを勝利したプリモシュ・ログリッチ。
今年も、早速、東京オリンピックの個人タイムトライアルで金メダルを獲得。
相変わらず、失意からのリベンジ達成までが早い。
そのメンタルの強さこそが、この男の最大の武器であり、唯一無二のものである。
昨年はLBL優勝からさらに1ヶ月後のブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝。今年も、この勢いのままブエルタの「3連覇」を達成しても何もおかしくはないだろう。
もしこれが達成されれば、2005年のロベルト・エラス以来、史上3人目の3連覇達成者となり、史上4人目の3勝以上達成者となる(ほか、トニー・ロミンゲル、アルベルト・コンタドールが3勝を達成している)。
そんな彼を支えるチームメートたちも相変わらず強力無比である。
まずは昨年ツールにおける彼の最強の右腕であると共に2年前ブエルタ、そして今年のツールとステージ勝利も成し遂げているセップ・クス。
最近は少し調子が悪い姿が目立つが、2年前のツールで総合3位のステフェン・クライスヴァイク。
今年から新加入でパリ〜ニース、イツリア・バスクカントリーと早速活躍してくれていたサム・オーメン。
そして昨年ブエルタ最終総合決戦の舞台となった第17ステージで、完璧なタイミングで「前待ち」を成功させ、ログリッチ最大の危機を救ったレナード・ホフステッド。
もちろん、安定感抜群のベテラン平坦〜山岳序盤アシストのロバート・ヘーシンクや北のクラシックではワウト・ファンアールトを強力に支えたネイサン・ファンフーイドンクなど、一軍とは言えなくとも十分にバランスの取れた強力な顔ぶれである。
果たしてログリッチはこの仲間たちと共に2度目のリベンジ、そして偉大なる歴史を作り上げられるか。
エガン・ベルナル(イネオス・グレナディアーズ)
コロンビア、24歳、175㎝、60㎏、出場日数45日
2019年ツール覇者。しかし昨年のツールでは背中の痛みによりまさかの途中リタイア。彼もまた、「悔しさ」の中で苦しんだ男であった。
しかしそこからの苦しいリハビリを経ての復活。やがて、ジロ・デ・イタリアでは、仲間たちに支えられて「もう一度スタートラインに立つ」ことに成功する。
そして、ツールも東京オリンピックも回避した彼が次に目指すのがこのブエルタ・ア・エスパーニャ。
ジロ・ブエルタ同年制覇はジロツールよりは簡単なイメージを持たれてはいるが、それでも達成すれば2008年のアルベルト・コンタドール以来の記録であり、エディ・メルクス、ジョヴァンニ・バッタリンなどを含め史上4人目の達成者となる。
これもまた、新たな歴史の創造である。
とはいえ、背中の痛みがどうなるかはやってみないと分からない部分もある。前哨戦ブエルタ・ア・ブルゴスも落車に巻き込まれており、最終日山頂フィニッシュで区間4位に入るなど悪くない走りは見せていたが、不安がないわけではない。
そして、イネオスは今年のツールがそうであったように、エース級の選手が複数揃っており、たとえそのうちの1人が不調でも何とかなる仕組みを備えてもいる。
たとえばそれこそ今年のツールで最初から単独エースでは決してなかったはずの中、しっかりと総合3位をチームに持ち帰り、しかも東京オリンピックロードレースで金メダルすら手に入れたリチャル・カラパス。
あるいは今期冒頭からUAEツアー総合2位、ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ総合優勝、イツリア・バスクカントリー総合4位など、ポガチャル&ログリッチの2大巨頭には届かないまでも世界最高位クラスの戦績を叩き出しているアダム・イェーツも、満を持してこのブエルタでイネオスにおけるグランツールデビューを果たす。
そのいずれもが頂点を取ってもおかしくはない実力者揃い。本来ならば船頭多くして・・・となりそうなところをうまくまとまるのがイネオスの強み。それが今度は頂点を取るまでに機能するかどうか。
ミケル・ランダ(バーレーン・ヴィクトリアス)
スペイン、32歳、173㎝、60㎏、出場日数27日
昨年のツール・ド・フランスで総合4位。今年もトロフェオ・ライグエーリア6位、GPインダストリア&アルティジアナート3位、ティレーノ〜アドリアティコ総合3位など、悪くない状態で挑んだジロ・デ・イタリア。
しかし、第5ステージでまさかの落車即時リタイア。その後も長らく戦線から離脱し、復帰したのは7月末のクラシカ・サンセバスティアンからであった。
だが、このクラシカ・サンセバスティアンでは、最終的には34位で終わるものの、勝負所のエライツで自ら仕掛けるなど、悪くない状態であることを示した。
そしてブエルタ前哨戦ブエルタ・ア・ブルゴス。ここでクイーンステージとなる第3ステージ・第5ステージともに安定した走りを見せ、最終的には崩れ落ちたロマン・バルデを抜いて総合優勝。ブエルタ本戦に向けて、完璧に近い体制で挑むこととなった。
ランダ率いるバーレーン・ヴィクトリアス自体が、今シーズン超がつくほどの絶好調。ランダ離脱後のジロ・デ・イタリアでエースを任され、見事総合2位という驚くべき結果を残した最強アシストのダミアーノ・カルーゾに、ツール・ド・フランスのエースを任されるはずがこちらも序盤で落車リタイアの憂き目にあったジャック・ヘイグ。ジロ・デ・イタリアとツール・ド・スイスの2つで共にステージ優勝を成し遂げたジーノ・マーダーに、ツール・ド・フランスで山岳賞2位に入る活躍を見せたワウト・プールス、そしてクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで2勝し、今年最も意外な覚醒を遂げた男の1人、マーク・パデュン。
いずれもエースを担いうる存在が集結した最強ロースター。そこに、東京オリンピックでグレッグ・ファンアーヴェルマートと並び集団牽引を献身的に担い続けたヤン・トラトニクと、我らが新城幸也。
というか、これだけ最強無比なメンバーに新城の名前が並んでいることが心から嬉しい。今年のジロ・デ・イタリアでの活躍が完璧に認められた形だろう。この、一軍といってもよいメンバーの中で、平坦アシストが少ない中での彼の存在は、チームの成功を左右する非常に重要な立場。グランツールに14回出場し、そのすべてで完走したという安定性と、そのうえで山岳ステージの終盤にも顔を出す純粋な強さが、世界トップクラスであることが認められたのだ。
代わりに、トラトニクと並んで、ひたすら酷使され続けることになるだろう。ゆえに、今回の彼に「逃げ」は期待しない。そんな余裕は多分、ない。映像にも映らないかもしれない(トラトニクよりはその可能性があるだろうが)。
それで良い。そうであることが、彼がチームに貢献している証なのだ。
もしランダやヘイグやカルーゾが活躍し総合上位に入り込んだとしたら、それは間違いなく新城の勝利でもある。
頑張れ、新城。おそらくこれまでの彼のグランツール出場で最も、心から応援している瞬間だ。
アレクサンドル・ウラソフ(アスタナ・プレミアテック)
ロシア、25歳、186㎝、68㎏、出場日数49日
今年のジロ・デ・イタリアでサイモン・イェーツと並ぶ総合優勝候補筆頭であった男。実際には表彰台には届かなかったが、3度目のグランツールでの総合4位は十分に立派な成績。
ただ、総合3位サイモン・イェーツとのタイム差は2分25秒。見た目以上に表彰台の3名と差がつく結果となってしまった。
課題はその安定性。昨年のブエルタも言ってしまえば最序盤の体調面でのビハインドさえなければ、総合TOP5くらいは狙えていた走りをしていた。今年のジロもまた、良いときと悪いときとの差が激しかった。運も含めて。
今回も、そのあたり「安定した走り」ができるかどうかが表彰台を手に入れられるかどうかのポイントとなる。すでに来シーズンのボーラ・ハンスグローエ行きが決まっているが、エース格が多く、またそのいずれもがウラソフ同様に安定性が今一歩足りない選手たちばかりなので、今回のこのプエルタの走りは、ウラソフにとっても新チームの立場を有利に進めるためにも重要となる。
チームもかなりの最強体制。イサギレ兄弟はアシスト力はもちろん、昨年はヨンもステージ優勝を成し遂げている。ルイスレオン・サンチェスは言わずもがな、スペインロード王者オマール・フライレも、イツリア・バスクカントリーではアレックス・アランブルとの見事なコンビネーションで勝利を彼にもたらしている。
そしてそのアランブルは現在急成長中のスペイン・・・いやバスクの最大の期待の新星。
また、オスカル・ロドリゲスもプロコン所属時代の3年前のブエルタで激坂フィニッシュを勝利している逸材。昨年のアスタナデビュー後はまだそこまで目立った活躍はしていないが、来季以降の契約を勝ち取るためにも、本人も今回しっかりと頑張っていきたい。
強力だが相変わらず山岳偏重なメンバー構成でグランツールに臨むアスタナ。平坦牽引役を一手に担うユーリィ・ナタロフは気の毒だが頑張ってほしい。
最近はこの辺りの役割はユーゴ・ウルが担うことが多かった印象だが、それが今回はナタロフに任されるのは、直近のカナダスポンサー(プレミアテック)撤退と(おそらくは)カザフスタン勢力復権の兆しを受けてのものかもしれない。
エンリク・マス(モビスター・チーム)
スペイン、26歳、177㎝、61㎏、出場日数55日
今回もモビスターは「トリプルエース」で挑む。すなわちマス、バルベルデ、ミゲルアンヘル・ロペス。シーズン当初はマルク・ソレルの出場も予定されていたものの、結果的に彼がジロ、ツールに出場したことと、もしかしたらUAE行きが決まったことも影響し、この3名に。
しかし、いい加減誰がエースなのかよくわからない「あまりよくない」トリプルエース体制からは少し脱却したような雰囲気を感じる。バルベルデもツール・ド・フランスでは(相変わらず区間2位とかすごいことやっているけれど)最終総合成績24位と流石に大人しくなってきた印象を感じるし、不運が重なったのもあるがロペスも総合35位のまま3週目クイーンステージを終え、バイクを降りている。
そしてエースナンバーはエンリク・マス。マスも3年前のこのブエルタで総合2位を獲り、本当にアルベルト・コンタドールの後継者だと騒がれたもののその後は全く振るわない日々が続き苦しかったが、ツール・ド・フランスでの走りは完璧ではなかったがかなり期待できる走りであった。とくに、クイーンステージの1つ、第18ステージでは、今ツールの「3強」ポガチャル、ヴィンゲゴー、カラパスの3名にたしかに食らいついていた。結局、その壁は遥かに高かったものの、ウラソフやランダと肩を並べるだけの実力はありえると見てよい。
あとは、それを安定感をもって3週間を過ごせるか、ということ。そしてバルベルデやロペスのアシストをしっかりと受けられるかということ。
もちろん、ロペスもクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでは総合6位、モンヴァントゥ・デニヴレ・チャレンジでは優勝と調子が良いことは間違いない。ツールは序盤の落車が響いただけ。
そこでマスとのエース合戦を繰り広げチームがこれを静観するのではなく、あくまでもマスのリザーブとして最終アシストに徹し、マスに何かあったときにすぐにエースとしてスイッチできるような安定性と確かな優先順位さえあれば、このチームのダブルエース、トリプルエース体制は真に機能すると思うのだが。
そしてツール・ド・フランスでも区間2位と頑張った大ベテランのイマノル・エルビティは今回が27回目のグランツール。
若手からいぶし銀まで揃う確かに強いアシストたちが、強いのに混乱しがちなエース陣を支え切っていくことができるか。
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