激動の2020シーズンもいよいよ最後の1週間を迎えた。
あれほど混沌に満ち溢れていたように思えたレースシーンも、最後はどこか寂しささえ感じさせる落ち着いたものになったように思う。
もちろん、実際のレース展開はやはり激しさに満ち溢れていた。
激坂を含む、総合争い必至の個人タイムトライアルに、丘陵ステージでありながら巻き起こる集団スプリント。
そして最後の山岳ステージの最後の最後までもつれ込んだ総合争い。
今年最後の6日間で、果たしてどんなことが巻き起こったのか。
丁寧に、追っていくこととしよう。
- 第13ステージ ムロス〜ミラドール・デ・エサロ 33.7㎞(個人TT)
- 第14ステージ ルーゴ〜オーレンセ 204.7㎞(丘陵)
- 第15ステージ モス〜プエブラ・デ・サナブリア 230.8㎞(丘陵)
- 第16ステージ サラマンカ〜シウダード・ロドリゴ 162㎞(丘陵)
- 第17ステージ セケロス〜ラ・コバティーリャ 178.2㎞(山岳)
- 第18ステージ サルスエラ競馬場〜マドリード 124.2㎞(平坦)
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第13ステージ ムロス〜ミラドール・デ・エサロ 33.7㎞(個人TT)
コースのほとんどは平坦だが、最後の1.8㎞で252mを登らせる。
すなわち、平均勾配14%。
最大勾配は30%に達するというこの「超・超激坂」を舞台に、TTスペシャリストとクライマー、どちらが勝ってもおかしくない戦いが開幕する。
最初にトップタイムを叩き出したのが、似たようなレイアウトだった今年のツール・ド・フランス第20ステージでも、区間6位を叩き出していたレミ・カヴァニャ。
それまでの暫定1位だったアレックス・エドモンソンを47秒更新した。
しかしこの圧倒的なタイムを記録したカヴァニャの中間測定の記録を、元ポルトガルTT王者ネルソン・オリヴェイラが次々と塗り替えていった。
12㎞地点の第1計測では18秒、24.5㎞地点の第2計測では25秒を更新。
そして登りの頂上に位置するフィニッシュ地点ではなんと48秒更新。
今日と似たレイアウトだった3年前のベルゲン世界選手権でも4位。登りTTはお手の物、といったところだったか。
だが、このオリヴェイラの記録を塗り替えたのが、まさかのウィリアム・バルタ。
第1・第2計測地点でそれぞれオリヴェイラと0秒差(コンマ以下の差ではどちらも上回る)で通過した24歳のアメリカ人。
今年のジロ・デ・イタリアでも旋風を巻き起こしたホアン・アルメイダやテイオ・ゲイガンハートと同じハーゲンスバーマン・アクセオン出身。
TTスペシャリストであるとともに、U23版リエージュ~バストーニュ~リエージュでも4位の経験がある彼は、この日のような登りも決して苦手ではない。
結果、このワールドツアー2年目の若者がオリヴェイラを9秒上回る!
このまま、プロ初勝利をグランツールでの勝利で彩ることができるか?
そんな中、総合争いがいよいよ白熱していく。
まず驚異的な走りを見せたのが総合3位ヒュー・カーシー。
元々はそこまでTTが強い印象のない選手で、ヴォーターズGMもTwitterで「シミュレーションではログリッチから1分半のビハインドを抱える予想が出ている」と語っていた中で、なんと第1計測地点でバルタから11秒遅れの暫定3位に!
しかも続いて第1計測地点にやってきたログリッチはカーシーから2秒遅れ。まさか、平坦区間でログリッチよりも速いなんて!
だが、ログリッチは今回、ペースのピークをかなり後ろに持ってきていたようだった。
カラパスも第1計測ではログリッチから4秒遅れでかなり調子がいいように見えたが、第2計測地点ではログリッチがカーシーを1秒上回り、カラパスからは19秒も上回る結果に。
この時点でバーチャル・マイヨ・ロホがログリッチの手に渡った。
逆にカーシーが前半飛ばし過ぎたのではないかと不安になっていたが、なんとか最後までしっかりと足を残しており、最終的にはバルタから24秒遅れでのフィニッシュ。
ヴォーターズGMも「シミュレーターなんてクソだ」と呟いてしまうほどの驚異的な走り。
総合4位ダニエル・マーティンとのタイム差を決定的なものとし、総合2位カラパスとの差を一気に詰めていった。
そして、最後はわずか1秒差で、ログリッチが今大会4勝目を飾る。
ツール・ド・フランスでの、あまりにも悲劇的な敗北。
そこから、世界選手権、リエージュ~バストーニュ~リエージュと、すぐさま結果を出し続けていった、最強のメンタルの持ち主。
そんな彼が、ようやく、1年以上ぶりのTTでの勝利を飾ることとなった。
そしてマイヨ・ロホも、再び、いやみたびログリッチのもとに。
そして、そのうえでついたログリッチとカラパスの総合タイム差は39秒。
残るステージで逆転するには、少し大きすぎるタイム差であるように思う。
だが、最後まで何が起こるかわからないのがグランツールであることは、誰よりもログリッチがよく分かっている。
まだまだ安心するには、早すぎる。
そして、実に悔しい結果に終わってしまったバルタ。
1位と2位との差は天と地ほどであることもこのスポーツの特徴であり、「惜しかったね」の言葉1つでどうにかなるものではない。
とくにバルタはまだ来期が未定の選手の1人である。
今回、これほどの才能を見せた若者が、その才能を発揮する舞台が用意されないままワールドツアーを去ってしまうのはあまりにも哀しい。
何かしら良いニュースが届けられることを期待している。
第14ステージ ルーゴ〜オーレンセ 204.7㎞(丘陵)
序盤からアップダウンが連続し、終盤にも登り。
かといって総合争いが巻き起こるほどの難易度ではなく――絶妙に逃げ切り向きのステージ。
その予想通り、序盤から逃げを打つ選手が多数現れ、一時はヨナス・ヴィンゲゴーやセップ・クスなどのユンボ・ヴィズマの選手も含むアタック合戦が頻発。
最大で26名の大規模逃げ集団が生まれた瞬間もあったものの、いずれも逃げができては潰される、の連続で、最初の1時間の平均速度が49km/hに達するほどのハイ・ペースが続いた。
最終的には以下の7名の逃げが形成される。
- ピエールリュック・ペリション(コフィディス・ソルシオンクレディ)
- ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- マイケル・ウッズ(EFプロサイクリング)
- ディラン・ファンバーレ(イネオス・グレナディアーズ)
- ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
- マルク・ソレル(モビスター・チーム)
- テイメン・アレンスマン(チーム・サンウェブ)
最大で5分ほどのタイム差を許されたこの7名。
一度は逃げにアレックス・アランブルを乗せることができていたものの引き戻されてしまっていたアスタナ・プロチームなんかが執念の集団牽引を行い、同じくこの日のフィニッシュに向いた脚質をもつフェリックス・グロスチャートナー率いるボーラ・ハンスグローエなんかもこれを手伝っていたものの、そこまでタイム差が縮まることなく残り距離が消化されていっていた。
だが、残り60㎞を切って、集団の先頭にトタル・ディレクトエネルジーのほぼ全員が出てくるようになると、少しずつタイム差が縮小。
残り50㎞を切ってタイム差が4分を切り、残り30㎞に近づくとそのタイム差は2分半にまで迫っていった。
トタル・ディレクトエネルジーは昨年のプロコンチネンタルチームランキングでは1位に輝き、今年はグランツール含む全ワールドツアーレースの出場権を得るという破格の待遇を受けていた。
しかしそんな彼らも、今年は大失速。
現在のUCIプロチーム(旧プロコンチネンタルチーム)ランキング首位を走るのはアルペシン・フェニックスだが、2位アルケア・サムシック、3位サーカス・ワンティゴベール、4位NIPPOデルコ・ワンプロヴァンスに続く5位という位置。
このままでは全ワールドツアーレース出場権どころか、全ワールドツアークラシックレース出場権という2番手の権利すらも得られない可能性があり、その可能性を少しでも増やすために、1つでもランキングの順位を上げておくことは重要であった。
4位のNIPPOとのポイント差はそこまで大きくないため、この日ステージ優勝を得ることができれば逆転の芽が出てきて、何かしらの特典を得られるチャンスが増す。
そういった状況が、トタル・ディレクトエネルジーのモチベーションを上げることとなった。
だが、残り25㎞を切って最後の3級山岳の登りに突入すると、逃げ集団も活発化。
マイケル・ウッズ、マルク・ソレル、ティム・ウェレンスといった今大会すでにステージ優勝を果たしている精鋭軍団がペースアップを図り、逃げ集団が分裂。
山頂までの間にファンバーレ、アレンスマン、スティバルも先行した3名に追い付き集団は再び1つにはなるが、その動きの中でピエールリュック・ペリションだけは脱落してしまった。
そして、一時は1分44秒まで縮まっていたタイム差も再び開き始め、メイン集団でもついに、トタル・ディレクトエネルジーの面々が諦めることとなった。
そして、誰も積極的に牽くもののいなくなったプロトンでは、ユンボ・ヴィズマや既に逃げに乗せているEFプロサイクリングの選手たちが前に出て、蓋をするかのように横一列に広がる。
そうなればもう、タイム差は加速度的に増していく。
残り15㎞でタイム差は再び3分に。
先頭6名の逃げ切りが確定した。
そして先頭では下りを利用したゼネク・スティバルのアタックにマルク・ソレルとティム・ウェレンスがついていく形で再び集団が分裂。
残り5㎞で先頭3名に対し、追走のファンバーレ、ウッズ、アレンスマンが16秒遅れ。
一時は先頭3名の逃げ切りか、と思われた瞬間もあったものの、残り3㎞を切った段階でじわりじわりとその差が縮まっていき、タイム差は10秒に。
前も後ろも、少しでも牽制すれば分裂は決定的になるところで――我慢しきれなかったのは前の3名の方だった。
残り2㎞で6秒差。
残り1.5㎞で3秒差。
そこで後続集団のマイケル・ウッズがペースアップし、残り1.2㎞で6名がみたび1つになった。
ここから登り。
残り800mを切ってウッズが先頭。その後ろにはソレル、そして3番手にウェレンスとスティバル。
残り600mでファンバーレが腰を上げて前に出ようとするが、ここはなかなかペースが上がらない。やはりステージ優勝経験者3名の調子が良い。
残り500mで左からウェレンスがペースを上げ、集団の先頭に躍り出る。
アタックする様子はないが、ライバルたちの動きに常に反応できる位置にその身を置いた。
そして残り350mで左からソレルがペースアップ。
これをウェレンスがすかさず反応。その進路を阻むようにして立ち塞がり、きっちりと抑え込んだ。
そしてそのまま、ウェレンスが加速。
ソレルがついてこれないのを確認して腰を上げたウェレンスが一気に残りメンバーとのギャップを開いていく。
これを見てソレルの後ろから慌てて飛び出したのがマイケル・ウッズ。
一度離れたウェレンスとの差を一気に埋めていく。
残り150mから始まる登りで、徐々にその差は縮まっていき、残り50mでウッズが一瞬、ウェレンスの右に並びかける。
だが、直後の左カーブできっちりとインを取ることに成功したウェレンスが最後、完全に抜け出す。
そして、見事な今大会ステージ2勝目。
レース再開後に怪我を負い、予定していたツール・ド・フランス出場も叶わず辛い思いを経験をしたウェレンスが、このブエルタでしっかりと存在感を示す結果を掴み取った。
メイン集団でも総合争いがわずかに起こりうる最後の登り。
ダニエル・マーティンが最後少しアタックしかけたところはあったものの、プリモシュ・ログリッチも危なげなくこれに食らいついていったことでとくに集団の分裂はなく。
タイム差が変わることなく、フィニッシュを迎えた。
残る総合争いのステージは3つ。
第15ステージ モス〜プエブラ・デ・サナブリア 230.8㎞(丘陵)
ここにきて今大会最長ステージ。
4年前に同じフィニッシュが使われたときは集団スプリント。ただ、1週目に登場した当時と3週目の今回とではさすがに状況も異なるだろうし、前日に続き逃げ切り向きかな・・・と思っていた。
ただ、強い風の影響で横風分断作戦を仕掛けようとするプロトンの思惑も影響し、12名で形成された逃げ集団とプロトンとのタイム差は、最大でも5分しか許されず。
残り40㎞を切って終盤の最標高地点へと向かう頃には、そのタイム差は1分を割るほどにまで縮まっていた。
ボーラ・ハンスグローエがエースのパスカル・アッカーマンのためにペースアップを仕掛ける中で、今大会最強スプリンターと思われていたサム・ベネットが陥落する。
昨年のブエルタでもそうであったように「登りに強い」印象のあるベネットだが、第9ステージでの降格事件以来、どこか噛み合わない印象。
そして先頭では残り30㎞を切って3級山岳への登り。
ここで、連日逃げて強さを見せつけているマティア・カッタネオが単独で抜け出した。
カッタネオは元ランプレ。2017年から3年間はイタリアのプロコンチネンタルチームのアンドローニ・ジョカトリに所属。
昨年のジロではダリオ・カタルドが優勝した「イル・ロンバルディア風」ステージで惜しくも2位となるなど、プロコンチネンタルチームの選手とは思えない活躍に、今年このクイックステップ でワールドツアー返り咲きを果たした。
そんなカッタネオの強力な独走により、一時は50秒近くにまで迫っていたプロトンとのタイム差を、再び1分40秒ほどにまで開いていく。
カッタネオと9名の追走集団とのタイム差は徐々に開いていき、逆に追走集団とメイン集団とのタイム差は縮まっていく。
そしてプロトンと追走とのタイム差が20秒ほどにまで迫った残り20㎞地点で、メイン集団からNTTプロサイクリングのジーノ・マーダーが飛び出した。
2年前、タデイ・ポガチャルが総合優勝したツール・ド・ラヴニールで、ステージ2勝と総合3位を勝ち取ったこのスイス人クライマー。
昨年のプロデビュー以来、期待されていたほどの走りを見せられていない彼ではあるが、この飛び出しで20秒先にいた9名の追走集団に一瞬で追いついたかと思うと、次の瞬間にはこれを抜き去っていった。
強い。
9名はここまでずっと逃げていてヘトヘトだったとはいえ、この局面でこれほどのアタックを繰り出せるマーダー、やはり只者ではない。
だが、メイン集団を率いるボーラ・ハンスグローエも、ここまでしっかりとアッカーマンを守り続けていただけに、数少ないチャンスを無駄にするわけにはいかなかった。
ボーラが総力上げてペースアップするプロトンに、マーダーは先頭のカッタネオに追いつくことができないまま、残り11㎞で吸収された。
残り10㎞で、先頭カッタネオとメイン集団とのタイム差が1分を切る。
残り6.2㎞でタイム差30秒。
残り4㎞でタイム差12秒。
そして、残り3.2㎞で、ついにカッタネオに追いついた。
30歳のチャレンジャーは、200㎞近くを逃げ続けた果てに、わずか3㎞、届かなかった。
さあ、集団スプリントだ。
すでにパスカル・アッカーマンは残っておらず。
ここまで若手ながら上位に何度も食い込んできていた若手ヘルベン・タイッセンも、初挑戦のグランツールの洗礼を受けて途中でバイクを降りている。
代わりにスタン・デウルフをエースに据えるロット・スーダルや、レイナルト・ヤンセファンレンズバーグを残しているNTTプロサイクリング、そしてジャスパー・フィリプセン率いるUAEチーム・エミレーツらが、ボーラ・ハンスグローエが支配するプロトンの前に上がってくる。
残り2.6㎞でブルゴスBHの選手がアタックするも、NTTプロサイクリングの選手を先頭に吸収。
残り1㎞から先頭を支配したのはミッチェルトン。今年1勝しているキーウィパンチャーのディオン・スミスがエース。
残り300mを切って登りが始まると、ミッチェルトンが交代。変わって混沌とした集団先頭から抜け出したのがジャスパー・フィリプセンだった。
やや進路を阻まれたアッカーマンの肩とフィリプセンの肩とがぶつかり合いながら、すぐさま体制を取り戻したフィリプセンが再度スプリントを開始。
これをアッカーマンが追いかけ、左からドゥクーニンク・クイックステップのヤニック・シュタイムレが駆け上がっていくが、直後の右カーブでしっかりとインを取ることに成功したフィリプセンが先行。
遠回りを余儀なくされたアッカーマンは最後、届くことはなかった。
絶叫。
無観客のフィニッシュ地点に響き渡るフィリプセンの雄叫び。
駆け付けたチームメート、とくに最後のリードアウトを成し遂げた同じ若手のイヴォ・オリヴェイラと強く抱き合い、そのグランツール初勝利を涙と共に味わい尽くした。
確かに彼は来年、このチームを去る。
それでも、この瞬間は間違いなくUAEチーム・エミレーツの一員として、彼は彼の仲間たちと共にこの勝利を掴み取ったのである。
第16ステージ サラマンカ〜シウダード・ロドリゴ 162㎞(丘陵)
ポルトガル国境沿いを北から南へ。
マドリード西方のフランシア山地を通過するレイアウト。
さすがに前日のようなスプリンター決戦にはなりづらそうなこのステージで、昨年と違って1勝もできずにここまできているブルゴスBHが3名を乗せた6名の逃げ集団が形成された。
ブルゴス以外はレミ・カヴァニャ、ロバート・スタナード、コービー・ホーセンスといった定番の面子。
今年のブエルタの逃げ王者たちが集まって残り数少ない逃げ切りのチャンスを狙うが、総合逆転を狙うイネオス・グレナディアーズの牽引により、タイム差は少しずつ縮まっていく。
そして、タイム差1分を切った最後の1級山岳の登り。
勾配11%の残り40㎞地点で、逃げ集団からカヴァニャが単独で抜け出す。
メイン集団は引き続きイネオスが牽引。イネオスがすでにアシストが2枚になっているのに対し、ユンボはいまだ4枚のアシストを残すなど、相変わらずの盤石さを維持している。
先頭では抜け出したカヴァニャに後方からスタナードが追いついてきて2名に。
残り33㎞でメイン集団の先頭にモビスター。6名体制で牽引する彼らの動きでタイム差は10秒を切る。
このままカヴァニャもスタナードも捕まってしまうか。
だが、残り20㎞を切ってカヴァニャがさらに加速する。
スタナードも引き千切り、アウタートップでガンガン踏み込んでいくカヴァニャは、一時は6秒差にまで迫ったタイム差を再び20秒以上にまで開いていく。
集団の先頭はひたすらモビスター。イネオスもユンボも無理して捕まえる意思はないようで、タイム差はひたすら開いていくばかり。
残り7㎞。タイム差21秒。
これは逃げ切れるか? サム・ベネットの降格で幻に終わったドゥクーニンク・クイックステップのワールドツアー100勝目がついに?
しかし、ここからミッチェルトン・スコットが前に出て牽引を開始。
そしてカヴァニャもさすがに体力が尽きかけてきたか。
残り3.5㎞でタイム差10秒。下り基調が終わり、ゴールに向けて緩やかな登り基調になっていくことも、カヴァニャにとっては辛いところ。
残り2.3㎞でタイム差5秒。
そして残り2.1㎞でついに、今年の逃げ王カヴァニャの挑戦は終わりを告げた。
先頭はモビスター。
今日のような登りスプリントレイアウトでは、元世界王者のアレハンドロ・バルベルデの独壇場。
残り1.2㎞でブルーノ・アルミライルが単独でアタックするが、ホセホアキン・ロハスがしっかりとこれを残り500mで捕まえた。
そこからユンボ・ヴィズマのジョージ・ベネット、UAEチーム・エミレーツのセルヒオ・エナオなどのクライマー勢がリードアウトしながらプリモシュ・ログリッチ、ルイ・コスタなどがスプリントをするというカオスな展開。
だが、そんな集団の中に塞がれた格好で埋もれていたマグナス・コルトニールセンの、目の前のコースが残り200mで突然開かれた。
完璧なタイミングでの、絶好のチャンス。
これを、2016年ブエルタで2勝した「スプリンター」のコルトニールセンが掴み取らないわけがなかった。
のちに斜行の判定を下されたルイ・コスタの動きに一度加速を遮られた様子も見えたコルトニールセンだったが、直接のライバルであったバルベルデはすでに早駆けしすぎていたために失速。
勢いでいえば一番だったかもしれないログリッチも、コスタに完全に進路を阻まれた結果、追い上げるのが遅すぎた。
結果、2018年のツール以来となるグランツール4勝目を飾ったコルトニールセン。
「勝てるとは思っていなかった」とゴール後に告げた彼が、歓喜の瞬間を手に入れた。
この日ボーナスタイムを6秒上乗せしたログリッチ。
総合タイム差を45秒に広げ、いよいよ総合最終決戦に挑む。
第17ステージ セケロス〜ラ・コバティーリャ 178.2㎞(山岳)
今年のプエルタ、そして今年のワールドツアーレース最後の山岳ステージ。
当然、最後の逃げ切りチャンスを掴み取りたい選手たちによる激しいアタック合戦が繰り広げられ、最初の1時間の平均速度は55㎞/h近くに達していた。
その結果、出来上がったのが以下の34名の逃げ。
- (UAD)ダビ・デラクルス、セルジオ・エナオ、ルイ・コスタ、イヴォ・オリヴェイラ
- (SUN)マーク・ドノヴァン、マイケル・ストーラー、ヤシャ・ズッタリン
- (COF)ホセ・エラーダ、ヴィクトール・ラフェ、ギヨーム・マルタン
- (BOH)ミハエル・シュヴァルツマン、パスカル・アッカーマン
- (MOV)イマノル・エルビティ、ネルソン・オリヴェイラ、ホルヘ・アルカス
- (LTS)トッシュ・ファンデルサンド、スタン・デウルフ
- (NTT)ジーノ・マーダー、ステファン・デボード
- (AST)ヨン・イサギレ、オマール・フライレ
- (GFC)ダヴィ・ゴデュ、ブルーノ・アルミライル
- (MTS)ディオン・スミス、ニック・シュルツ
- (CJR)ヨナタン・ラストラ、アリツ・バグエス
- (ALM)ドリアン・ゴドン
- (TJV)レナード・ホフステッド
- (TFS)フアンペドロ・ロペス
- (DQT)レミ・カヴァニャ
- (TBM)アルフレッド・ライト
- (EF1)ユリウス・ファンデンベルフ
総合10位ダビ・デラクルスと総合11位ダヴィ・ゴデュそれぞれの総合ジャンプアップを狙い、UAEのイヴォ・オリヴェイラやグルパマFDJのブルーノ・アルミライルらが献身的に牽引。
しかし逆に他のチームは一切協力しない構えで思ったよりも逃げ集団のペースは上がらず、逆にモビスターなどがやる気を見せたメイン集団は、終盤の2級山岳ガルガンタ峠(登坂距離12km、平均勾配4.8%)の登りにてそのタイム差を1分半にまで縮める。
その登りの途中、残り30.8㎞地点で、プロトンから総合19位のマルク・ソレルがアタック。
逃げ集団から落ちてきていたイマノル・エルビティに牽引されながら下りと緩斜面をこなしたソレルは見事先頭逃げ集団にジョイン。
逆にモビスターが牽く意味を失ったメイン集団は一気にペースダウンし、残り14㎞でタイム差は再び3分台に。
先頭の逃げ切りが確定した。
そして先頭ではまず、第6ステージで優勝しているヨン・イサギレと、第15ステージの終盤で強さを見せつけたジーノ・マーダー、そして「才能の原石箱」サンウェブのマーク・ドノヴァンの3名が抜け出した。
そして残り7㎞でヨンがアタック。一度遅れかけながらもペース走法を保ったマーダーがかろうじて食らいつく。
追走集団からはダヴィ・ゴデュが一人抜け出す。何枚ものアシストに護られてきたはずのダビ・デラクルス、そしてわざわざメイン集団からブリッジしてきたマルク・ソレルも、ここには一切反応できなかった。
そして残り4.3㎞。
一度は食らいついてきたギヨーム・マルタンも、先頭からこぼれ落ちてきたマーダーも引き千切り、淡々と一定ペースで登ってきていた第11ステージの覇者ゴデュが、ここでついに先頭のヨンに追いついた。
それどころか、あっという間にこれを抜き去る。もはや、この2016年ラヴニール覇者の走りを止められるものなどいなかった。
激動の2020シーズン最後の山頂フィニッシュを独り駆け上がる24歳フランス人。
残り1㎞を切ってその表情は苦悶に歪んでいたが、しかしそれでも彼を捉えられるものはもう、どこにもいなかった。
今大会2勝目。そして総合8位への浮上。
ティボー・ピノに次ぐFDJ次期エース候補としては申し分のない結果。
そしてこれは、今大会を通して彼をアシストし続けてくれた、ブルーノ・アルミライルという男の成果でもあるだろう。
そして、この超級山岳ラ・コバティーリャ(登坂距離11.4km、平均勾配7.1%)の登りで、今年最後の総合争いが巻き起こる。
登りの大半を有利に進めていたのは間違いなくユンボ・ヴィズマであった。
イネオスは残り8.5㎞地点ですでに今大会最強アシストのアンドレイ・アマドールを失っており、カラパスが丸裸に。
一方のユンボ・ヴィズマは残り5㎞の時点でもまだアシストが2枚。
しかもこの時点でもメイン集団を牽引するのはボーラ・ハンスグローエのイデ・シェリング。
総合7位のフェリックス・グロスチャートナーの順位を守るべく、オランダの22歳ネオプロが驚異的な山岳アシスト力を発揮。
このシェリングの牽引によって集団の数は一気に絞り込まれる。マイケル・ウッズも遅れる。というか、ジョージ・ベネットが仕事をできないまま遅れていくほどで、ジロのマッテオ・ファッブロに続き、ボーラの若手がまたも想像以上の働きをしてくれた形だ。
だが、残り5㎞を切って、メイン集団もいよいよ活性化。
まずはアレクサンドル・ウラソフのアタック。これにはシェリングも、そしてユンボの唯一のアシストとなったクスもついていった。
しかしこれが捕らえられると今度はヒュー・カーシーがカウンターアタック。
カラパスはこれについていくが、その後ろで、クスがその鉄面皮な表情を珍しく歪ませる。
「もう行ってくれ!」とでも言うように肘で後ろのログリッチにサインを送るクス。
これまで最強を誇ってきたアメリカ人山岳アシストがこの日、最後の戦いを前にしてこれまでにない早さで脱落。
戦いはカラパスvsカーシーvsログリッチの裸のぶつかり合いとなった。
残り4㎞。カーシーが再びアタック。総合5位エンリク・マスも先頭に残っていて積極的な攻勢を仕掛ける。
淡々と踏み続けるログリッチに対し、カラパスはダンシングで常にアタックの機会を窺っていた。
そして残り3㎞。
ログリッチが前に出てカラパスが後ろに。
次の瞬間、最後の戦いのゴングが鳴った。
緩やかな勾配に変わる直前の最後の勝負所で一気にギアをかけてアタックしたカラパス。
この攻撃に、ログリッチ自ら対応せざるを得なかった中で――つききれなかった。
少しずつ、確実に開いていくカラパスとログリッチとのタイム差。
カラパスは重いギアをガンガン踏んで、圧倒的な加速。
一方のログリッチは足を回しながら、どこか限界の淵を彷徨っているようで勢いが出し切れない。
ログリッチ、絶体絶命。
そう思っていた矢先、西日が差す登りの先から一人の黄色ジャージを身に纏う男が。
後ろを何度も振り返りながら、ログリッチたちの到着を待ち構えるその男は、今日の34名の大規模逃げ集団の中にユンボ・ヴィズマが唯一入れていたレナード・ホフステッド。
普段はワウト・ファンアールトなどのアシストで使われることの多い平坦ルーラー。
ラボバンク・ディヴェロップメントチーム出身の26歳のオランダ人だ。
この最後の瞬間のために、ここまでの130㎞以上に渡る逃げの中で生き残り続け、10%を超える急勾配区間を越えて、彼が最も力を発揮できる最後のこの緩斜面という完璧なタイミングで、ログリッチの前に降り立ってくれた。
そして、ログリッチの前に立ち、全力の牽引を開始した。
一方、一人で戦わなければならないカラパスは思うようにペースを上げきれなかった。
一時は総合タイム差をバーチャルで18秒近くにまで縮めたものの、それ以上先には到達できなかった。
最後の最後、最終決戦の地で諦めることなく、果敢なチャレンジを繰り出したその姿勢は実に素晴らしく。
ただ、結果としてそれは、届かなかった。
それでもこの男が、これからのイネオスを間違いなく背負っていく男の1人であることを証明してみせてくれた。
そして、プリモシュ・ログリッチの2年連続となるブエルタ制覇が実質的に確定した。
フィニッシュ地点にやってきた彼の表情には、歓喜はあまりなかった。周囲に集まってきたスタッフたちが興奮しながら笑顔を浮かべているのとは対照的に、実に落ち着いた無表情で同じくフィニッシュしたマスやカラパスたちと健闘をたたえ合う。
彼にとって、この勝利はまずは「安心」の思いだったのかもしれない。
これまでに常に頼り続けてきたクスを早々と失い、残り3㎞でカラパスがアタックしてどうしようもなくなったとき、彼の脳裏には2ヵ月目の前で勝利が零れ落ちたツール・ド・フランスのことが浮かんでいたのかもしれない。
だが、その敗北から2ヵ月を、彼は心を折らすことなく戦い続けた。
リエージュ~バストーニュ~リエージュでの優勝というあまりにも大きな成果も含め、彼はこのシーズン最終盤を誰よりも強い心で戦い続けた。
その無表情の裏にある闘志が爆発したのがこのブエルタ・ア・エスパーニャだった。
そして積み上げてきたステージ4勝。
その中で積み上げたボーナスタイム26秒。
そしてこの最終決戦を終えて総合2位カラパスとの間についたタイム差は25秒。
まさに、「執念」が掴み取った勝利だった。
おめでとう、ログリッチ。
そして凱旋のマドリードである。
第18ステージ サルスエラ競馬場〜マドリード 124.2㎞(平坦)
新型コロナウイルスの流行による各種レースの中止と長い中断。
その中で発表された2020シーズン改訂版カレンダーを見たとき、少なくない人が本当にこの予定通りに最後まで行けるのか、半信半疑だったに違いない。
ツール・ド・フランスの21日間を終え、その現実味が少し増してきたものの、ジロ・デ・イタリアでは最初の休息日で2チームが撤退するなどの混乱。
さらに、フランス・スペイン国内で再度爆発的に増え始める感染者数。
スペイン国内には非常事態宣言も出され、状況はかつてないほどに厳しい局面を迎えつつあった。
それでも、プロトンはこの最終日まで走り切った。
選手間では一人の陽性者も出すことなく、決して少なくはないリタイア者を生みつつも、142名が無事にマドリードにまでやってきた。
すでに4賞は確定。
あとは今年最後の大集団スプリントによる、最強スプリンター決定戦のみとなった。
残り6㎞から始まる最終周回で、最初に集団の先頭を支配し続けたのはドゥクーニンク・クイックステップ。
今大会2回の先頭フィニッシュを果たしつつも、勝利としては第4ステージのみとなっているサム・ベネットが、リベンジの2勝目を狙う。
だが残り4.5㎞の180度カーブを越えて、UAEチーム・エミレーツ・トレインがドゥクーニンク・トレインの間に入り込んだ。
そして残り3.5㎞で右からチーム・サンウェブがトレインを組んで先頭支配を奪い取る。
今年のツールでもジロでも世界を驚かせ続けた「若いチーム」がこの日もサプライズを巻き起こすか。
ボーラ・ハンスグローエの姿も前の方に出てきて、ドゥクーニンクはここで姿を消す。
残り2.2㎞。70㎞/hを超える超高速で右からミッチェルトン・スコット、左からボーラ・ハンスグローエ。
残り1.8㎞で先頭を奪い取ったのがボーラ。
ラスト1.5km。直線。
アッカーマンの前にはアシストが3枚。1人落ちたと思ったら後ろからさらに1名が追加されて盤石の体制。
残り300m。ボーラの最後のアシストが離脱すると共に、ジャスパー・フィリプセンのアシストを務める(イヴォ?ルイ?)オリヴェイラが先頭を奪うが、その後ろにアッカーマンがするりと入り込んだ。
それを見てすかさず離脱するオリヴェイラ。前に出されたアッカーマンは早めの駆け出し。その背中に、後方から這い上がってきたサム・ベネットが飛び乗った。
残り75mでアッカーマンの背中から発射したサム・ベネット。
アッカーマンとのギャップを着実に埋めていき、最後の瞬間は横に並ぶ。
今大会最強の2人による、最終決戦。勝ったのは――
パスカル・アッカーマン。
今年、幾度となく繰り返された「2位」に、不調と言われ続けてきた男。
このブエルタでも、前半こそサム・ベネットに敗北を重ね、復活は難しいかと思われていた。
しかし、そのベネットの降格により勝利を得たそのときから、再び本来の力を取り戻してきたかのように見えた。
そして今年の最後の戦いとなったこのマドリードで、今度こそベネットとの一騎打ちを制し、元チームメート同士による本気の戦いへの決着をつけることに成功した。
決して成功したシーズンとは言い切れなかっただろうが、それでも26歳のドイツ人スプリンターはなんとか来年に向けた最高のシーズンの終え方を果たすことができた。
そして、総合争いも正式に決着。
勝ったのは昨年に続きプリモシュ・ログリッチ。
それはリザルトだけを見ればツール、ジロと比べて実に「普通」に見えなくもないが、その実態はやはり波乱に満ち溢れ、最後の瞬間までどうなるかわからない、そんなハラハラした展開だった。
それは今年のグランツールすべてが、総合1位と2位とのタイム差が1分以内という前代未聞の出来事からも読み取れる。
これはおそらく、3大グランツールが誕生して以来、初の出来事となるはずだ。
そんな中、表彰台に上がった栄光の3名。
「遅れてきた新人」プリモシュ・ログリッチはこれで、プロデビュー5年目にして4度目のグランツール表彰台と、2度目の総合優勝を手に入れた。
リチャル・カラパスも昨年のジロ総合優勝に続く、2度目のグランツール表彰台。
そして、今大会最も想定外の成長を遂げた男ヒュー・カーシーは、初のグランツール表彰台。
これまでTOP10も経験したことのなかった26歳のイギリス人が、今後の無限の可能性を感じさせる栄光を掴み取った。
これにて、今年のすべての主要レースは終了。
長くて、短くて、濃密な2020シーズンはようやく終わりを告げた。
2か月後にはすぐさま新たなシーズンが開幕する。
しかしすでにオーストラリアのワールドツアーレースは中止が決定するなど、まだまだ新型コロナウイルスの影響は未知数で、何が起こるかわからない状態となっている。
そんな過酷な状況の中、その身を削ってスペクタルなドラマを演出してくれる選手たち、スタッフ、主催者たちに感謝を。
今年も最高の時間を届けてくれて、ありがとう。
それではまた、2021年のレースで。
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