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ログリッチェの誤算と、モレマの自信とチームとしての戦略と、ほんのちょっとの幸運ーーイル・ロンバルディア2019

 

ライバルたちがチヴィリオでアタックしたとき、彼らが僕よりもずっと爆発力があったことを思い知らされたので、僕は行かなければならなかった。そしてそこからゴールまでは全力で走り続けることができると、僕は分かっていた*1

 

2019年最後のモニュメントを制したのは、ツール覇者ベルナルでも、ブエルタ覇者ログリッチェでも、元世界王者バルベルデでもなかった。

 

その男の名は、バウケ・モレマ。

グランツールでは8年前にブエルタの表彰台に1度登ったことがあるだけ。GPブルーノ・ベヘッリやクラシカ・サンセバスティアンなどを制したこともありワンデーにはそこそこ強いが、モニュメントでの表彰台経験は一度もなし。

「前哨戦」では安定した成績は残していたものの、3位以内には入れておらず、彼が今大会「最強」ではないことは明らかだった。

 

 

それでも、彼は自分の弱点と、そして武器とをよく知っていた。

だから彼は、残り18㎞、チヴィリオの登りでアレハンドロ・バルベルデがアタックしたときについてはいけなかったものの、その直後に牽制してスローダウンした彼らに追いつくと、そのまま間を置かずカウンターで飛び出した。

 

その攻撃に、誰も反応することはできなかった。

そしてそのまま、モレマはたった一人でゴールまで走り抜くことを決めた。

彼は、自分がそれをできることを、よく知っていたのだ。

 

かくして、今月末に33歳になるオランダ人は、人生初のモニュメントを制する。13年間のプロ生活の中で、最大の勝利であることは間違いなかった。

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今回は、このモレマの勝利がいかにしてなし得たのか。

そして、戦前では最強と思われていたプリモシュ・ログリッチェが、いかにして敗北を喫したのかを、自分なりに解釈していきたいと考えている。

 

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最強はログリッチェだった

今大会、最も強かったは、やはりプリモシュ・ログリッチェだったと思う。

今年のブエルタ・ア・エスパーニャ覇者。そして、イル・ロンバルディアの前哨戦たるジロ・デッレミリアとトレ・ヴァッリ・ヴァレジーネを共に制している。

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今大会も、決して調子は悪くなかった。チームもそのことをよく知っており、常に集団コントロールを試みていた。

だがそのことが、彼の動きを大きく縛ることになっていたのかもしれない。

 

みんな僕を勝たせないためにレースをしていたみたいだったね。何とかしようともがいたけど、何をしたって同じ結末になったようにも思える。僕にとって、あらゆるものが新しい経験だった。この経験はすべて、将来のためになる気がしているよ*2

 

絶対の優勝候補ゆえに、常に厳しいマークにさらされていたーーこれもまた、彼の敗北の要因の1つではあるだろう。

 

それと合わせ、彼と彼らーーチーム・ユンボ・ヴィズマーーが、常に守備的な走りを選択し続けたこともまた、敗北の理由であったのかもしれない。

 

 

プリモシュ・ログリッチェは、グランツールを制するほどのクライマーであると同時に、稀代のTTスペシャリストでもある。2017年の世界選手権個人タイムトライアルでは銀メダルを獲得し、今年だけでもジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャで計3回のグランツールTT勝利を記録している。

それがゆえに、彼は独走を開始してからの高速巡航を得意としているというようなイメージがあった。しかし、彼の武器はむしろ、瞬間的な加速による強烈なアタックなのかもしれない。

 

実際、直近で彼が勝利したジロ・デッレミリアも、トレ・ヴァッリ・ヴァレジーネも、その武器を活かした勝ち方だった。

ジロ・デッレミリアでは、平均9%の激坂を登るフィニッシュのラスト700mで、先行していたマイケル・ウッズを抜き去りミサイルのような加速でゴールを突き抜けていった。

トレ・ヴァッリ・ヴァレジーネでは、ルイスレオン・サンチェスの独走と、有力追走集団のコースミスなどの混乱が重なった中で、ラスト500mで集団から飛び出して、誰もこれを追撃することができないまま立て続けの2勝目を飾った。

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いずれも、そこまで溜めに溜めた限りないパワーを一気に爆発させるかのようなアタックだった。思えば、彼はクライマーの中では比較的スプリント力のある選手でもあった。TT巧者でありながら、得意とするのは瞬間的なアタック。それが、プリモシュ・ログリッチェという男の特徴なのかもしれない。

 

そして、だからこそ今回のイル・ロンバルディアにおいても、彼は「集団のまま最後まで行くことができれば、自分が勝てる」と確信していたのではないだろうか。

最終盤まで危険な逃げを許すことなく、最後の数百メートルの勝負に出れば、これまでの前哨戦同様、勝ちを掴みとれる、と。

 

 

ログリッチェの誤算

その思いが、彼と彼のチームとに、守備的な走りを選択させる理由になっていたのかもしれない。確かに、絶対の優勝候補として見られている状況であれば、かつてのようなーー2017年頃の、バスク1周やツール・ド・フランスでの独走勝利のようなーー不意をつくようなアグレッシブな走りを狙いづらいというのはあっただろう。

そのために、ユンボ・ヴィズマは常に要所要所で危険な動きに対し、アシストを活用して封じ込めにかかった。

たとえば、第1の勝負所であるムーロ・ディ・ソルマーノ(ソルマーノの壁)では、イバン・ソーサやジュリオ・チッコーネ、ラファウ・マイカのような各チームのセカンドエースやピエール・ローランなどが先行する動きが起きた。ここでも集団の後方にいたセップ・クスが勢いよく前に飛び出してきて、これらの集団にジャンプアップする動きを起こしていた。

そして、第2の勝負所チヴィリオでは、まずはモビスター・チームのルーベン・フェルナンデスが加速を見せるが、これを押さえ込んだのもクスだった。そうやって、ログリッチェは危険な逃げが生まれないよう、そして集団のままフィニッシュを迎えられるよう、チームの力をしっかりと活用していた。

 

だが、チームにとって誤算だったのは、クス以外のアシストがうまく機能せず、そしてクスもまた、このフェルナンデスの動きによって力尽きてしまったことだ。

たしかにチヴィリオ突入時点でログリッチェの周囲には、クス以外にもロベルト・ヘーシンクとジョージ・ベネットもおり、万全の体制のように思えた。しかし元ラヴニール覇者フェルナンデスの強烈なアタックに対しついていけたのはクスとログリッチェとバルベルデくらいであり、この高速展開の中でヘーシンクとベネットは早めに脱落してしまったのだ。

 

そしてクスも力尽き、やや想定外に単独になってしまったログリッチェ。ただ、フェルナンデスもこのとき落ち、バルベルデも単身に。他のチームも基本的にエースのみという状態だったために、ログリッチェはそれだけを見ればそこまで危機的な状況ではなかった。

ただ、彼は、危険な逃げを潰して集団のままゴールを目指すという戦略があった。そしてアシスト不在の中、その危険な逃げを潰すという役割は、自分自身がやらなければならなかった。

そうなったとき、彼の最大のライバルはアレハンドロ・バルベルデであり、実際に彼がチヴィリオの後半で単身アタックしたときにはしっかりと食らいついていった。

だが、それ以外の動きにいちいち反応するわけにはいかなかった。だからこそ、その直後のバウケ・モレマのアタックには、反応できなかったのだ。

それは彼の戦略上、どうしても必要なことだった。

 

ログリッチェの第2の誤算は、バウケ・モレマがあまりにも独走力が高かったことだ。チヴィリオを乗り越え、残り10㎞に近づき、最後の登りサンフェルモ・デッラ・バッターリアが近づいてきてもなお、そのタイム差はなかなか縮まらなかった。

自分のために前を牽いてくれるアシストもおらず、他のチームも牽制する始末。

もはや、これ以上どうしようもないと彼が悟ったとき、彼は自ら抜け出すことに成功する。

 

 

残り11㎞。その瞬間の彼のアタックは、やはりこの日「最強」であったことを示す鋭さであった。

誰もがマークしていたはずの絶対の優勝候補によるアタックにも関わらず、誰一人これに反応することはできなかった。まるでトレ・ヴァッリ・ヴァレジーネのときのように。

 

完璧なアタックで、ログリッチェは独走を開始した。少しずつ、モレマとのタイム差も縮まっていった。

ただし、やはり11㎞は彼にとっては長すぎた。最終的に彼は、モレマに追いつくよりも先に、後続のバルベルデらに捉えられ、最後はスプリントする体力も残っていなかった。

 

 

この日の彼は最強だった。

しかし、それでもなお、彼は勝利に手が届かなかった。これがロードレースだ。

 

 

そして、彼をその窮地に追い込んだのがバウケ・モレマであり、トレック・セガフレードであった。

  

 

チームの戦略、ほんの少しの幸運、そしてモレマの武器

冒頭でも書いたように、モレマも自分の爆発力がログリッチェやバルベルデたちに劣ることをよく分かっていた。

だからこそ、突然の攻撃についていくことができない代わりに、自分の周りにアシストを置くよりは、常に先頭にアシストを置いて、自分が後手に回っても何とかなるような体制を作っていた。

 

それが序盤から中盤にかけて先頭で展開したトムス・スクインシュであり、またムーロ・ディ・ソルマーノでアタックしたジュリオ・チッコーネであった。

チッコーネは特に、モレマと違って瞬発的な動きができる男であった。そうやって彼にソルマーノで前に出てもらっている間に、ログリッチェらの背後につきながらじっくりと追いついていった。昨年と違って今回はソルマーノで激しい動きが起きなかったことが、彼にとっては救いだった。

 

そして、チヴィリオの登り。ここでアレハンドロ・バルベルデがアタックしたとき、やはり彼はついていくことができなかった。このとき、チッコーネが食らいついて行ければよかったが、彼もまたこのとき、モレマと一緒になって後続に取り残されてしまった。

トレック・セガフレードにとって、最大の危機が訪れた瞬間であった。

 

しかし、ここでバルベルデが牽制。

一気にペースダウンした先頭10名に、モレマは追いついた。

そして、そこから、一気にまくりあげるようにして加速。

抜け出したモレマ。ログリッチェたちは、これを見送った。

 

モレマにとって、勝利をもたらしてくれたのは、その意味でほんの少しの幸運であった。

しかし、この幸運をチャンスに変えたのは、彼の思い切りの良いアタックと、そしてそれを最後まで突き抜けることを可能にした独走力であった。

 

 

思えば、過去彼が成し遂げた大きな勝利の多くは、独走によるものだった。2016年のクラシカ・サンセバスティアン、2017年のツール・ド・フランス、2018年のGPブルーノ・ベヘッリ、いずれも、牽制し合う集団の中から抜け出し、距離に違いはあれど、そこから最後まで見事な独走逃げ切りを果たしたのである(ツールに至っては30㎞!)。

彼はTTは速いほうではあるものの、優勝を狙えるほどの選手ではない。今年のヨーロッパ選手権・世界選手権のチームTTで共にオランダを優勝に導いたメンバーではあるものの、ログリッチェとは大きな差があると見てよいだろう。

だが、逃げに乗ってから最後まで走り抜くと言う意味の「独走力」においては、2人の差は逆転するのだということがここからは分かる。

そして、今回の勝利は、そんな自分の特性をよく理解していたモレマが、適切なタイミングで抜け出したことで手に入れた勝利だったのだ。

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トレック・セガフレードがチームとして戦略を機能させ、バウケ・モレマが自らの武器に対する確かな自信を持っていて、そしてちょっとした幸運があったことが、彼に勝利をもたらした。

そしてログリッチェは、たしかにこの日も強かったのは間違いなかったが、最終段階でアシストが足りなくなる誤算もあり、戦略的に後手を踏まざるを得なくなり、勝機を逃した。 

 

常に最強が勝つわけではない。そのことをよく理解させてくれる、「今年最後のモニュメント」であった。

 

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