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ツアー・オブ・カリフォルニアの消滅、その理由と影響

 

衝撃的なニュースが飛び込んできた。

過去14年にわたり、北米最大のステージレースとして名を馳せてきたツアー・オブ・カリフォルニアが、2020年シーズンに「中断」するという。

www.amgentourofcalifornia.com

 

その理由は何なのか。そして、そのことによる影響は。

 

 

 

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「中断」の理由

先のリンクの中で、ツアー・オブ・カリフォルニアの最高責任者であるクリステン・クラインは次のように語る。

 

これはとても難しい決断だった。

しかし、ツアー・オブ・カリフォルニアの経済的基盤は、それが始まった14年前と比べ、大きく変わってしまった。

 

プロサイクリングはグローバルに成長を続け、とくに米国においてその拡大を成し遂げてきた自分たちの仕事には誇りを持っている。

それでも、年々その開催には困難が伴うようになってきた。

 

この新しい現実は、私たちに現状を考え直すことを余儀なくさせた。

 

私たちはこのイベントのあらゆる側面を再評価する。

そして2021年に再びこのレースを「再開」させられるだけのビジネスモデルがあるのかどうかを、私たちは判断しなければならない。

 

THE AMGEN TOUR OF CALIFORNIA CYCLING ROAD RACE PUT ON HIATUS FOR 2020 | Amgen Tour of California

 

すなわち、今回の「中断」が完全な終了を意味するわけではなく、しかし2021年の復活が確約されているわけでもない。

むしろ積み重なった構造的な困難が、再開を著しく阻んでいる以上、その根本的な解決がなければ、再開は絶望的であると見たほうが良いだろう。

 

 

そもそもなぜ、ツアー・オブ・カリフォルニアはそのような事態に陥ったのか。

EFエデュケーション・ファーストのジョナサン・ヴォーターズGMは、その理由を次のように語る。

www.cyclingnews.com

 

UAEツアーやサウジアラビアでのレース*1は、国家の大規模な財政支援によって開催される。ヨーロッパなどでも、自治体や政府機関がレースをスポンサードすることはある。 

しかし、アメリカではそういうことは決してない。我々の政治システムがそれを許さないのだ。すべては民間の資本によってのみ行われる。

オーバーヘッドコストの観点においては、ツアー・オブ・カリフォルニアはおそらくツール・ド・フランスと同じくらいのコストを必要とする。スタート地点とフィニッシュ地点とその間の道路がすべて閉鎖されるという点では同じだからだ。 

それでも、フランスでは文化がそれを支える。しかしアメリカでは、それを金で支えるしかない。 

Jonathan Vaughters: The Tour of California can come back but racing in the US has to be re-invented | Cyclingnews

 

 

別の記事によれば、ツアー・オブ・カリフォルニアにおける1日の開催コストはおよそ100万ドル(≒約1億円)にのぼるとも言われている。

inrng.com

 

ヴォーターズはさらに、アメリカでは参加型のイベントや、TV向きであることが重視され、2021年以降の復活に向けては変化が必要になるだろうとも述べている。

 

いずれにせよ、旧来のやり方だけではこの構造的な欠陥を克服することはできない。

ヴォーターズの語るようなドラスティックな変化が起きない限り、ツアー・オブ・カリフォルニアの「再開」は、やはり絶望的なのかもしれない。

 

 

 

レースたちへの「消滅」の影響

さて、それではツアー・オブ・カリフォルニアの「消滅」は、2020年のロードレース界にどのような影響を及ぼすのか。

 

まずは、従来ツアー・オブ・カリフォルニアをシーズンの中心に据えていた選手たちのスケジュールへの影響である。

「キング・オブ・カリフォルニア」ともいうべき存在であったペテル・サガンは、事前にこの情報を掴んでいたのか、プロデビュー以来初となるジロ・デ・イタリアへの参加をすでに表明している。

www.ringsride.work

 

ほかにも、ジロではなくカリフォルニアを愛する選手たちは多数いた。たとえばマーク・カヴェンディッシュ、あるいはアレクサンドル・クリストフ。

ジロに出場せずツールを狙うグランツールライダーたちの中には、この時期高地トレーニングに向かう選手たちも多いが、それでも昨年はリッチー・ポートや、それ以前はラファル・マイカ、ティージェイ・ヴァンガーデレンなどがよく出場していた。

もちろん、ジュリアン・アラフィリップやジョージ・ベネット、エガン・ベルナル、タデイ・ポガチャルといった次代を担うオールラウンダーたちを生み出したのも、このレースである。

 

彼らがカリフォルニアという舞台を失ったあと、果たしてどんなレースに出場することになるのだろうか。

この時期に開催される他のレースを調べてみた。 

 

 

ダンケルク4日間(5/10〜5/16)

フランス北部、ベルギー国境からもほど近い都市ダンケルクを中心に開催される6日間のステージレース。2020年から新設される「UCIプロシリーズ」に組み込まれることがすでに決まっており、この時期に開催される唯一のプロシリーズである。

参考:「UCIプロシリーズ」って何? 2020年から始まる新カテゴリと、そこに追加された旧1クラスのレースについてまとめてみた - りんぐすらいど

 

北のクラシックの本場で開催されるレースは、ステージレースといえど実にクラシックスペシャリスト向け。出場するワールドツアーチームもAG2RモンディアルとグルパマFDJの両フランスチームに、ロット・スーダル、ユンボ・ヴィズマなど北のクラシックを得意とするベルギー・オランダのチームばかりであった。

 

カリフォルニアがなくなることで、ジロ開催期間の「裏番組」の中で最も格が高くなるこのレース。それこそクリストフなんかは得意とするレースだけに、来年のこのレースは、より豪華なメンバーが集まる可能性は出てくるだろう。

 

 

ブエルタ・ア・ラ・コムニタート・マドリード(5/7~5/10)

ブエルタ・アラゴン(5/15~5/17)

この時期に開催される1クラスのレースとしては、このスペイン中央部・北東部の小さなステージレースが存在する。

数日間の小さなレースとはいえ、しっかりとスペインらしい山岳が用意されており、マドリードの方では過去にルイ・コスタやオスカル・セビリャが総合優勝を果たしている。

アラゴンの方は1939年初開催の非常に歴史のあるレースで、過去にはペドロ・デルガドやルチョ・エレラなどの著名選手が優勝している。しかし近年、11年に及ぶ長い中断期間を挟んでおり、2018年に復活した経緯をもつ。スペインもまた、アメリカとはちょっと違った理由で、苦しい時期を過ごさざるを得ないレースが多い。

 

この2つのレースは実に小さなレースである。ワールドツアーも、地元スペインのモビスター・チームだけが出場しているくらい。彼らも6名しか参加させないなど、決して本気では挑んでこない。そもそも、有力チーム・選手を呼べるほど、財政的に豊かなレースではない。

それでも、カリフォルニアがなくなることで、ツール・ド・フランスを睨んで少しでも山岳を求める選手・チームたちが意外に出場して注目を集めるかもしれない。

また、スペインのプロコンチネンタルチームなどは結構面白い選手たちも多いため、来年はこれらのレースにも少しは興味をもってもいいかもしれない。

 

 

ツアー・オブ・ジャパン(5/17〜5/24)

アジアの1クラスレースということで、マドリード・アラゴンと比べると参加難易度は高いレースといえる。近年、出場するワールドツアーチームはバーレーン・メリダくらいで、今年はついにワールドツアーの出場が0に。

 

しかし、カリフォルニアとジロと重なる時期の開催ということを嘆いていたレースディレクターも、来年はそのカリフォルニアがなくなることで、チャンスと感じているかもしれない。アジアという難易度は、アメリカのことを考えればそこまででもない。マドリード・アラゴンと比べるとステージ数も多いことは強みと言える。

何よりも、来年は、東京オリンピックの存在がある。普段は絶対に出ないような選手たちも、オリンピックの下見を兼ねての来日は十分にありうるかも。それを意識してか、来年のツアー・オブ・ジャパンは、オリンピックの舞台となる富士スピードウェイも(外周部分のみ)使用する。

 

ツアー・オブ・ジャパンにとってもチャンスとなる1年。そのタイミングでのカリフォルニアの「消滅」は、意外にも日本にとっては追い風となるのかもしれない。

 

 

 

チーム・選手たちへの「消滅」の影響?

また、もちろんカリフォルニア「消滅」の影響は、チームや選手にも及ぶ。

 

北米最大のステージレースという肩書は、言わずもがなヨーロッパからは遠いこの地域のコンチネンタルチームの選手たちにとっても大きなチャンスとなるレースであった。

そもそもツアー・オブ・カリフォルニア自体が、つい最近の2016年までHCクラスのレースであったのだ。現在でも強豪チームの一角であるアクセオン・ハーゲンスバーマンやラリー・サイクリングなどが、ステージ優勝者や総合上位者を続々と輩出しており、アメリカのチーム・選手たちがワールドツアーのチーム・選手たちと対等に渡り合うことのできる舞台であった。

 

しかし2017年からワールドツアーに昇格し、最初の1年は経過措置として特別にコンチネンタルチームの出場も認められたものの、前年の華の一つであったアクセオンが欠場。

2018年からはアクセオン、ラリーともにプロコンチネンタルチームに昇格し、無事に正式にツアー・オブ・カリフォルニアに参戦できるようになったものの、アクセオンは来年2020年に再びコンチネンタルチームに戻ることを決意。

www.cyclingnews.com

 

それ以前にも、ホロウェスコ・シタデルが2018年に1年だけプロコンチネンタルチームに昇格したものの、翌年からはコンチネンタルに逆戻り。

カリフォルニア常連チームの1つであったジェリー・ベリーもその冠スポンサーが離脱するなど、アメリカのチームをめぐる事情は、実はカリフォルニアの消滅とは関係ないところで苦しい状態に陥っていた。

 

そう、アメリカのロードレースシーンは、ツアー・オブ・カリフォルニアの消滅の「ため」ではなく、それ以前から苦しかった。

カリフォルニアの消滅は、その延長線上に過ぎない。

 

 

すでに取り上げたInnerRingの記事内でも、次のように述べられている。

 

ニッチな自転車ブログの読者たちはきっと、ローソン・クラドックが強いこと、セップ・クスが印象的であること、ブランドン・マクナルティが有望な選手であることを知っているだろう。

しかし、それらの名前は、自転車に乗らない一般の人びとやスポンサーを引き付ける力を持つことはない。

inrng : californian hiatus

 

 

 

 

だが、悲観的な話ばかりではない。

2020年、あまりにも巨大な「カリフォルニア」が消滅する一方、カレンダーには新たなアメリカのレースが誕生する。

しかも、こう言った場合の通例である「1クラス」からのスタートではなく、旧来のHCクラスに相当する「プロシリーズ」でのいきなりの創設。

しかも、これまで自転車ロードレースが盛んであった西海岸ではなく、東海岸での誕生。

それが、メリー・サイクリング・クラシック(9/6)である。 

www.marylandclassic.com

 

メリーランド州、そして州都ボルチモアとが関与し、参加型のイベントや展示会、アクティビティなどが開催された3日間の最終日の日曜に開催されるこのレース。

もしかしたらこれが、ヴォーターズが考える可能性の1つの形に、なるかもしれない。

 

 

アメリカの話は、日本にとっても決して他人事ではない。

これからも、この国の自転車ロードレースシーンの動向には、注意を向けていくべきだろう。 

 

 

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www.ringsride.work

 

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*1:来年2月頭に開催予定の新レース。アジアツアー1クラスで、ASOが関わっているとのこと。

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