シーズン最後のグランツール。常に予想を超え、ドラマを生み出すシーズン最もスペクタルなグランツールであるブエルタ・ア・エスパーニャも、いよいよ最終週。
プリモシュ・ログリッチによる、決してあきらめない反撃への姿勢を見せたと同時に巻き起こった悲劇。そして新たなライバルとなったエンリク・マスとエヴェネプールの撃ち合いが巻き起こるグアダラマ山脈決戦。逃げも、スプリントも、それぞれの勝利に夢が詰まった実にブエルタ・ア・エスパーニャらしい1週間となった。
その6日間の戦いを詳細に振り返っていこう。
第1週・第2週の全ステージレビューはこちらから
目次
- 第16ステージ サンルカル・デ・バラメダ~トマレス 189.4㎞(平坦)
- 第17ステージ アラセナ~テントゥディア修道院 162.3㎞(平坦・登りフィニッシュ)
- 第18ステージ トルヒーリョ~ピオマル峠 192㎞(山岳)
- 第19ステージ タラベラ・デ・ラ・レイナ~タラベラ・デ・ラ・レイナ 138.3㎞(中級山岳)
- 第20ステージ モラルサルサル~プエルト・デ・ナバセラダ
- 第21ステージ ラス・ロサス~マドリード 642㎞(平坦)
第3週のコースプレビューはこちらから
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第16ステージ サンルカル・デ・バラメダ~トマレス 189.4㎞(平坦)
果敢な挑戦と大きすぎる代償
カテゴリとしては平坦だが、ラストはゆるやかな登り勾配。5年前の第13ステージで使われたときはマッテオ・トレンティンが勝利したものの、2位3位にジャンニ・モスコンやセーアン・クラーウアナスンが入り、6位のヴィンツェンツォ・ニバリ以下は総合系のライダーたちが名を連ねるようなリザルトとなっている。
すなわち、一筋縄ではいかないレイアウト。そして、そのレイアウトがゆえに、あの悲劇が巻き起こることとなる。
フィニッシュまでの展開は典型的なスプリントステージであった。逃げはアンデル・オカミカ(ブルゴスBH)とルイスアンヘル・マテ(エウスカルテル・エウスカディ)というプロチームの逃げスペシャリスト2人だけ。優勝候補を抱えるトレック・セガフレードとコフィディスが中心となったプロトンが最大でも4分差しか許さない完璧なコントロール下で推移していく。
残り10㎞地点で第11ステージ覇者カーデン・グローヴス(チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)がパンクで勝負権を失う中、その他の優勝候補たちは皆残った状態でラスト3㎞に突入する。
だが、残り2.8㎞の左カーブ後から始まる登り勾配で、縦に長く伸びた集団の中腹からプリモシュ・ログリッチが単独で加速。
ひたすらダンシングで駆け上がるログリッチにアシストの力を借りながらパスカル・アッカーマンがすかさず飛びつく。さらに後方からダニー・ファンポッペル、フレッド・ライト、そしてマッス・ピーダスンらが追いついてくる。
当然、ステージ優勝よりもプロトンにいるレムコ・エヴェネプールに対してタイム差をつけたいログリッチは全力でこの先頭集団を牽引していく。一方のエヴェネプールは――残り2.2㎞で、まさかのパンク!
残り3㎞を切っているため集団と同タイムでのフィニッシュ扱いにはなるものの、その集団から抜け出しているのがログリッチ。ここは確実に数秒を彼から奪い取ることができるという、大きな大きなチャンスとなっていた。
勝利は必要なかった。ゆえに、もうこの時点で成功は約束されているはずだった。あとはその成功をどれだけ価値の大きなものにできるかだけ、のはずだった。
しかし悲劇は起きる。
ログリッチ先頭のまま最後のクランクを越え、残り125mで最大の優勝候補マッス・ピーダスンが加速。パスカル・アッカーマンがその背後で追いかけるが届かない――と思っていた中で、最後尾につけていたはずのプリモシュ・ログリッチが突然の落車!
アスファルトに強烈に叩きつけられ、すぐさま立ち上がるが、その右腕からは夥しい流血。フラフラと蛇行しながら力なくフィニッシュ地点へと向かっていくログリッチの表情は、すでにこの後の結末を予感しているかのような悲痛さに満ちていた。
まず、勝利したのはマッス・ピーダスン。すでにツール、ブエルタで今年それぞれ1勝ずつしており十分すぎる成功を飾っていた彼であったが、一方でツールでもこのブエルタの序盤のオランダステージでも、純粋なスプリントでは2位につけることはできても勝ちきれなかった彼にとって、待望のスプリント勝利といえる勝ち方であった。いや、確かに混乱した中ではあったが、それでもアッカーマンやファンポッペルといったトップスプリンターを相手取ってのこの勝利は十分に価値あるものとなったであろう。
そして、ログリッチは翌日の第17ステージをDNS。
史上初となる4連覇への旅路は、ツールでの落車を乗り越え、決して万全ではない状態の中でレムコ・エヴェネプールの強さに劣勢に立たされながらも、最後の最後まで諦めない姿勢を見せ続けた、その結果がこの第16ステージであった。
その狙いは完璧であった。わずか数秒でも狙いに行くというその姿勢は、この第3週での逆転に向けての強い意志の表れであり、それ自体は決して後悔すべきものでも何でもない、誇るべき動きであった。
だが、結末だけが言葉にできないほど口惜しい。
誰よりも不屈な男、プリモシュ・ログリッチ。これまでは悲劇をすぐに挽回するような勝利を繰り返してきた。
しかし今年はツールのみならずブエルタですら悲劇に見舞われる結果に。
果たして彼は3度目の「復活」を果たすことはできるのか。
少なくとも彼がまた万全の状態でレースに戻ってこれる日が来ることを心から願っている。
第17ステージ アラセナ~テントゥディア修道院 162.3㎞(平坦・登りフィニッシュ)
逃げ切り向きステージで見せつけた大ベテランの意地
総合争いが巻き起こるにはイージーで、スプリンターが勝つにはハード過ぎる、エスケーパー向きのレイアウト。その前評判通り激しいアタック合戦が1時間にわたって繰り広げられた末に、13名の逃げが確定する。
タイム差も順調に拡大し、逃げ切りがほぼほぼ確定していく中、残り19㎞で最初にアタックを繰り出したのはローソン・クラドック。
これは一度引き戻され、残り17㎞でクレモン・シャンプッサンがアタックするが、これを捕えた集団から再度クラドックがアタック。今度は決まり、独走が開始される。
第15ステージでも逃げ集団からの独走を試みていたTTスペシャリストのクラドック。この日も最後の2級山岳(登坂距離10.3㎞、平均勾配5%)に入ってからも粘り続け、残り6㎞時点でタイム差は27秒。
残り3㎞でそのタイム差は10秒にまで迫るが、散発的なアタックと牽制が繰り返される追走集団とのタイム差は残り2.5㎞で15秒差にまで開き直す。
逃げ切れるか? 捕まるか? ギリギリまで判断がつかない状況の中、残り1.5㎞で追走集団の中からリゴベルト・ウランがアタック。そこにヘスス・エラダ、マルク・ソレルが食らいつき、残り1㎞でついにクラドックを捕まえる。
ここで一旦落ち着いた先頭4名に対し、後方から追い付いてきたクレモン・シャンプッサンがそのままカウンターアタック。激しい表情を見せながら昨年のブエルタ・ア・エスパーニャ第20ステージを思い起こさせる強烈なアタックを繰り出したシャンプッサンだったが、そこに追い付いたヘスス・エラダがそのまま加速。残り700mで後方に5秒近いタイム差をつけたエラダがそのまま逃げ切れるか—―?
だが、プロ17年目。ツール・ド・フランス総合2位の経験もある大ベテラン、リゴベルト・ウランがここで執念を見せる。最後の緩斜面で踏み続けたウランが、残り400mでエラダに追い付いた!
そして残り150m。ウランがスプリントを開始。完全に足を使い切っていたエラダはこれに食らいつけず、後方からカンタン・パシェが迫ってきていたがこれも振り切って、リゴベルト・ウランがブエルタ・ア・エスパーニャ初勝利。
ひたすら限界を超えアタックを互いに繰り出し続けた一進一退の戦いを制し、最後の一滴まで振り絞ったウランにはもはやガッツポーズを繰り出す余裕すらなかった。
そしてメイン集団ではフィニッシュ直前でエンリク・マスがアタック。すぐさまレムコ・エヴェネプールが食らいつき、これを逃がさない。
そんな総合1位・2位の争いを尻目に、残り2㎞で総合6位ジョアン・アルメイダが単独で抜け出し、エヴェネプールもこれは許容。
そのままアルメイダは先頭ウランから5分2秒遅れの13位でフィニッシュし、総合5位ロペスからは18秒、総合4位カルロス・ロドリゲスからは13秒を奪い取ることに成功した。
第18ステージ トルヒーリョ~ピオマル峠 192㎞(山岳)
グアダラマ最終決戦初日
マドリード近郊のグアダラマ山脈で繰り広げられる最終決戦。その1つ目の試練は1級アルト・デ・ピオマル(登坂距離13.5㎞、平均勾配5%)を合計2回、それぞれ別の方向から登るレイアウト。
スタート直後の落車で山岳賞ジャージを身に着けていたジェイ・ヴァイン(アルペシン・ドゥクーニンク)がリタイアするという衝撃のトラブルを経つつ、43名ものなかなかない規模の超大規模逃げ集団が形成。
さらにメイン集団からは前日もわずかにタイムを稼いだ総合6位ジョアン・アルメイダがブランドン・マクナルティと共にアタックし、逃げから降りてきたマルク・ソレルにも引っ張られながら先頭逃げ集団へと近づいていく。
だがその合流を前にして、逃げ集団からはセルジオ・イギータ、ヒュー・カーシー、ティボー・ピノ、ロベルト・ヘーシンク、エリー・ジェスベール、リチャル・カラパスといった精鋭集団たちが抜け出して先頭集団を形成。
アルメイダが合流した追走集団ではそのままソレルが先頭を牽いて懸命に追いかけるが先頭集団とのタイム差は広がる一方。
そうこうしているうちにメイン集団も数を減らしながら近づいてきて、最後の登りの前半、ラスト10㎞地点からエンリク・マスがアタック。
ついに総合争いのゴングが鳴り響いた。
だが、このアタック地点を除けば、全体的には緩やかな、エヴェネプール向きのプロフィール。
マスの一撃はエヴェネプールを振るい落とすことはできず、総合7位テイメン・アレンスマンや総合8位ベン・オコーナー、総合10位ジャイ・ヒンドレーが抜け出すのを見送ったあと、残り8㎞地点で今度はエヴェネプールが強烈なアタックを繰り出した。
圧倒的なスピード差で逃げこぼれの選手たちを追い抜いていくエヴェネプールはそのまま先行していたアレンスマンたちを吸収。
さらには残り7㎞手前でついにアルメイダグループすらも捕まえてしまった。
先頭集団からはエリー・ジェスベールが抜け出し、残り9㎞地点でロベルト・ヘーシンクが合流。そして残り6.4㎞でそこからヘーシンクがアタックし独走を開始。エースのログリッチもセカンドエースのセップ・クスも失ったユンボ・ヴィズマにとって、チーム一筋16年目の大ベテランが6年ぶりの勝利に向けて全力で駆け抜ける。
残り6㎞でエヴェネプール含む精鋭集団とのタイム差は40秒。
残り5㎞で50秒差。
残り4㎞でエンリク・マスがアタック。すぐさまエヴェネプールが食らいついたのを確認して再びアタック。それでもエヴェネプールは離れず、先頭ヘーシンクとのタイム差は32秒に。
残り3㎞で33秒。
残り2㎞で23秒。
残り1.5㎞で27秒。
マスが、エヴェネプールが、オコーナーがそれぞれアタックしては吸収してを繰り返すマイヨ・ロホ集団はなかなかペースが安定して上がり切らず、残り1㎞時点でタイム差22秒。
これは、逃げ切れるか?
だが残り1㎞でマスがアタックすると、エヴェネプールがそこに食らいつき続けていたものの、もはやマスはその加速を止めない。
力を緩めればカウンターアタックの餌食になる。そのことが分かっているマスはひたすら前を引き続け、初めて安定したその加速によって残り650mで先頭ヘーシンクとのタイム差は10秒に。
ヘーシンクはもう、力が失われつつあった。ダンシングで上体を左右に振らしながら最後の力を振り絞ろうとするが、その後方に映った2人の精鋭の勢いはまるで違った。
残り500mで2秒差。
そして残り300mでヘーシンクは二人に追い付かれ、さらに残り200mで、ここまでずっとマスの背後でこれに貼りつき続けていたエヴェネプールがアタック。
無情にもヘーシンクを追い抜き、先頭に躍り出たエヴェネプールは、マスの追撃をかわし、マスに2秒差をつけて今大会2勝目を飾った。
やはり、エヴェネプールは強い。
ただペース走行で突き放すだけでなく、ライバルのアタックをすべて冷静に抑え込んだうえでしっかりと最も重要なポイントで加速して勝利を奪う。
およそ22歳とは思えないクレバーさでもって、いよいよマイヨ・ロホ確定に向けて重要になる山岳カテゴリステージはあと1つとなってしまった。
第19ステージ タラベラ・デ・ラ・レイナ~タラベラ・デ・ラ・レイナ 138.3㎞(中級山岳)
悲願のスプリント勝利
グアダラマ山脈3連戦の中日は総合争いにおいては休息日。2級山岳プエルト・デル・ピエラゴ(登坂距離9.3㎞、平均勾配5.6%)を2回登らせるが、最後の山頂からフィニッシュまでは40㎞以上残っており、集団スプリントの可能性すらあるステージとなった。
だが、こういう日こそ最大のチャンスと考えていたのが、マイヨ・プントスを着るマッス・ピーダスン率いるトレック・セガフレードと、同じく今大会良いスプリントを見せ続けているがピュアスプリントではチャンスが薄いフレッド・ライト率いるバーレーン・ヴィクトリアス。2回目のプエルト・デル・ピエラゴの登りでこの両チームが一気に加速して逃げを吸収。さらにパスカル・アッカーマン、ダニー・ファンポッペル、カーデン・グローヴスといった強豪ピュアスプリンターたちをすべて篩い落としていく。
そして最後の集団スプリント。残り1㎞を切ってトレック・セガフレードのアシストが2枚(ジュリアン・ベルナールとアントニオ・ティベッリ)。
残り500mでマイルス・スコットソン(グルパマFDJ)が単独で飛び出すも、集団先頭のティベッリはこれをしっかりと吸収。
残り150mでピーダスンが飛び出してスプリントを開始。その背後という絶好の位置に居たライトも懸命にもがくが、最後はギリギリで届かなかった。
第20ステージ モラルサルサル~プエルト・デ・ナバセラダ
白熱の最終決戦とハット・トリック
2022年ブエルタ・ア・エスパーニャ最終決戦は、2015年の大逆転の舞台となったグアダラマ山脈。合計5つの山岳ポイントが用意され、最後は山頂フィニッシュではなく平坦で終了するイージーなレイアウトにも見えるが、最も注意しなければならないのはその手前、残り37.3㎞地点に山頂が用意された1級モルクエラ峠(登坂距離9.4㎞、平均勾配6.9%)。
山頂まで4㎞手前の位置に最大勾配12%の区間を備え、ラスト1㎞にも10%近い厳しい勾配が用意された歯ごたえのある登り。絶妙な残り距離と山頂に用意されたボーナスタイムポイントの存在により、最後の逆転の舞台になるだけのポテンシャルを感じさせていた。
そして実際にここでレースが動き始めた。
先頭の逃げ集団24名の中から残り43.9㎞地点でルイス・メインチェスがアタック。そこにすぐさまセルヒオ・イギータが食らいつき、さらに今大会すでに2勝しているリチャル・カラパスもジョイン。先頭は3名に。
さらに3分半のタイム差で登りに突入したメイン集団ではモビスター・チームがアシスト3枚で猛牽引。一気にタイム差を縮め、プロトンの数も30名未満にまで絞り込んでいきながら、最後のアシストのカルロス・ベローナの超加速でレムコ・エヴェネプールのアシスト2枚(ファンヴィルダーとフェルファーケ)も引き千切られる。
そして残り41.5㎞。山頂まで4㎞手前の最も厳しい勾配の地点で、ついにマスがアタックする。
だが、エヴェネプールも当然、すぐさま食らいつく。大逆転を狙う最高のタイミングで、チーム力を存分に使った完璧な攻撃であったが、エヴェネプールはしっかりと王者としての貫禄を見せつけ、単身でこれを抑え込んだ。
あとは、大きな動きが起きることはなく最後の1級山岳へ。残り15.6㎞で先頭3名からカラパスが飛び出し、少し遅れてイギータがここに追い付く。メインチェスは脱落。
メイン集団はヤン・ポランツが先頭を牽きペースを作り、残り12.3㎞地点で先頭2名とのタイム差を1分21秒にまで縮める。ポランツはそこで仕事を終え、代わりに逃げ集団から落ちてきたグレゴール・ミュールベルガーとアレハンドロ・バルベルデが先頭に立ち、そのまましばらくバルベルデが先頭牽引。
最後のグランツール、最後の山岳での勝利、というわけにはいかなかったが、それでも最後の最後でチームの若きエースのための全力のアシストを見せてくれた(この日の敢闘賞も獲得)。
残り11㎞。先頭2名とのタイム差が1分8秒にまで迫ったタイミングで、集団からミゲルアンヘル・ロペスがアタックし、これでついにほぼすべてのアシストが脱落し、残るは総合上位勢同士の直接対決へ。
残り6.7㎞で迎える最後の山岳の頂上直前で先頭2名からカラパスがアタックし、イギータがついていけない。
大会3勝目に向けてのカラパスの独走が開始された。
この時点でメイン集団とのタイム差は23秒。残りは平坦。
逃げ切れるか、かなり微妙なラインとなっていた。
残り3.5㎞。メイン集団から総合7位テイメン・アレンスマンがアタック。カラパスとのタイム差は21秒。
残り1.5㎞。先頭カラパスとアレンスマンとのタイム差は14秒。メイン集団は21秒。
残り1㎞。カラパスとアレンスマンとのタイム差は12秒。縮まらない。
そしてブエルタ・ア・エスパーニャ2022最後の山岳ステージのフィニッシュラインに先頭で飛び込んできたのはリチャル・カラパスただ一人。
2年前はプリモシュ・ログリッチを追い詰めてギリギリの総合2位だったリチャル・カラパスだが、今大会は総合争いからは早々に脱落。
それでも実力を発揮し続けてここまで2勝を挙げてきた男が、見事ハットトリックと山岳賞ジャージを掴み取った。
3年間を過ごしたイネオスへの、最高の置き土産となった。
そして総合争いは大きな差をつけることなくフィニッシュ。最後は加速するマスたちを見送って、エヴェネプールはゆっくりと勝利を噛みしめながらフィニッシュラインへと飛び込んできた。
その目には涙。天才と言われながら華々しくデビューしつつ、数多くの困難を乗り越えざるを得なかった彼が辿り着いた、最高の瞬間であった。
第21ステージ ラス・ロサス~マドリード 642㎞(平坦)
驚きの、しかし必然でもある最終勝者
2年ぶりに復活したブエルタ・ア・エスパーニャ版パリ・シャンゼリゼとも言うべきマドリード中心市街地周回コースによる大集団スプリント決戦。その序盤戦は長いパレードランとなり、アクチュアルスタート直後にはアレハンドロ・バルベルデが一人抜け出して独走状態。
プロ20年、ブエルタ・ア・エスパーニャも16回出場しているレジェンドによる最後のグランツールを祝福すべく、マドリード周回の1周目は彼に捧げられることとなった。
そして2週目のフィニッシュラインには中間スプリントポイントが設定されており、3秒-2秒-1秒のボーナスタイムももちろん用意されている。総合6位テイメン・アレンスマンと総合7位カルロス・ロドリゲスのタイム差はわずか1秒。これを逆転するために、イネオス・グレナディアーズが山岳賞ジャージを着るリチャル・カラパスすら使ってロドリゲスのためのトレインを形成し、この中間スプリントポイントを本気で獲りに行く!
だが、ロドリゲスはやはり落車のダメージが残っており、思うようにもがけない。結果、エンリク・マスがこの中間スプリントポイントは先着し、ついでアレンスマンのチームメートであるチームDSMの選手たちがそこに続いてボーナスタイムを潰しにかかった。
ここでようやく逃げが生まれる。アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオのジュリアス・ヨハンセン、そしてイネオス・グレナディアーズのルーク・プラップ。2人はラスト1㎞を過ぎるまで粘り続けるも吸収され、ついにフィニッシュラインに向けてのホームストレート。先頭に数を揃えたのはUAEチーム・エミレーツであった。残り1㎞でアシストが3枚。
残り500mで1枚目のアシストが仕事を終え、イヴォ・オリヴェイラが先頭を任される。その後ろにはフアン・モラノ、そしてパスカル・アッカーマン。
左からはマッス・ピーダスンを率いるアレックス・キルシュが一気に番手を上げてオリヴェイラに並びかけ、残り200m。ピーダスン発射と同時にモラノが先頭に立ち、最後のリードアウトとして加速を開始する。
普通に考えれば、ここであくまでも発射台であるモラノがピーダスンと同時にスプリントを開始できた時点で、まだアッカーマンが温存できているという点で、UAEの勝利は確実であった。
だが、ここでアッカーマンがモラノについていけない。ギャップが出来てしまう。
それはアッカーマンが悪いというよりも、モラノが良すぎたのだ。残り200mと、勝負するには絶好のタイミングで先頭を任されたモラノは、全力で最後まで踏み切るだけの足を残せていた。結果、今大会3勝しているマイヨ・プントスのピーダスンがやや失速し始めていく中、モラノは彼に先頭を譲らせないまま、フィニッシュラインまで先頭で踏み込み続けることに成功したのだ。
まさに僥倖。だが、奇跡ではない。これこそが、このフアン・モラノという男の持つ真の実力。フェルナンド・ガビリアやパスカル・アッカーマンのアシストに収まっていていい器ではない。グランツール初勝利。これが、彼にとっての栄光のスタートラインとなってくれれば幸いだ。
そして、21日間の戦いを終え、表彰台の頂点に立ったのはわずか22歳のレムコ・エヴェネプール。ベルギー人としては40年以上ぶりのグランツール総合優勝者という快挙であり、クイックステップとしても、チーム創設以来初となる出来事であった。2019年のレムコ・エヴェネプール獲得時からパトリック・ルフェーヴルが夢見てきたこの瞬間が、もしかしたら彼の予想よりも早く、その眼前に実現したと言えるかもしれない。
そして、エンリク・マスの3度目の総合2位。しかしそれは、2018年の1回目と、昨年の2回目とも、また意味合いの異なる総合2位だったかもしれない。彼もまた、ここから先のキャリアに大きな希望を抱くことができるだろう。
そして、偉大なる天才フアン・アユソー。19歳という、120年近くぶりの10代によるグランツール総合表彰台の獲得。昨年のU23カテゴリ最強と言っても良い彼の存在のこの栄誉は、ツール・ド・ラヴニール総合優勝の翌年にブエルタ・ア・エスパーニャ総合3位を獲得したタデイ・ポガチャルをどことなく思い起こさせる。果たして彼はどこまでいくのか。
多くのトラブルを乗り越えながらマドリードのこの表彰台に立った3名に、最大限の祝福を。
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第1週・第2週の全ステージレビューはこちらから