りんぐすらいど

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「誰よりも不屈な男」の栄光への物語、その最終幕に繋がる序曲

 

 

2年前のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ。

まだ、「スカイ/イネオス時代」が続いていると思われていたあのとき、チーム・イネオスはクリス・フルーム、ゲラント・トーマス、エガン・ベルナルというツール覇者3名を引き連れての豪華な布陣で乗り込んできていた。

対するチーム・ユンボ・ヴィズマも、前年ブエルタ覇者プリモシュ・ログリッチ、前年ツール総合3位ステフェン・クライスヴァイク、2017年ジロ覇者トム・デュムラン、そしてロベルト・ヘーシンク、セップ・クス、トニー・マルティン、ワウト・ファンアールトという強力な布陣で、イネオスの最大のライバルとして君臨していた。

 

この2者の「ツール前哨戦」における直接対決は、ユンボ・ヴィズマに軍配が上がった。イネオスのフルーム、トーマスは調子が上がり切らず、この後のツールの出場も失われた。そしてエガン・ベルナルは、後のツールリタイアにも繋がる背中の痛みを訴えて途中リタイア。

対するユンボ・ヴィズマは第2ステージでステージ優勝を果たすと共にマイヨ・ジョーヌを手に入れ、以後、最終ステージ直前までこれを保持した。

 

最終日前日に落車し、ログリッチもまた途中リタイアとはなったものの、ツール・ド・フランスに向けては大きな悪い影響を残すことなく、チームとしても最高の状態で、その年のツールに臨んだ。

 

 

その年のログリッチは、そしてユンボ・ヴィズマも、完璧だった。

ツール・ド・フランス本戦では第4ステージで早速区間優勝。第1週の最終日となる第9ステージで2位に入りマイヨ・ジョーヌを獲得。

以後、第19ステージまでそれを着続けた。

 

最大のライバルと思われていたエガン・ベルナルは第2週の終盤で崩れ落ち、翌週冒頭でリタイア。

同国の有望なる後輩タデイ・ポガチャルは必至に食らいつき続けているが、なかなかログリッチを大きく突き放すことはできず、むしろクイーンステージとなる第17ステージでは逆にログリッチに突き放される場面もあった。

 

最終的に、第20ステージのラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ山岳TT決戦を前にして、そのタイム差は57秒。

決して大きなタイム差ではなかったものの、世界最高峰のクライマーにしてTTスペシャリストであるログリッチにとっては、十分に余裕のあるタイム差のように思われていた。

 

2016年ジロ・デ・イタリアで鮮烈なステージ優勝を成し遂げたTTスペシャリストは翌年にツール・ド・フランスで区間優勝し、2018年にはステフェン・クライスヴァイクと共に総合4位・5位と世界最高峰の総合争いに食らいつけるだけの実力を示した。

そして2019年にはブエルタ・ア・エスパーニャを制し、いよいよ満を持して、本気のツール制覇に向けて乗り込んできた2020年。

 

このとき、彼はすでに30歳であった。

周りには、ツールを制したエガン・ベルナルに、前年ブエルタ総合3位のタデイ・ポガチャル、そして史上最も「エディ・メルクスの後継者」に相応しいと目されていたレムコ・エヴェネプールなど、若き才能が溢れていた。

 

2020年代がプリモシュ・ログリッチの年になるとは思われていなかった。

むしろ、この年のツールが彼にとって最大のチャンスであり、これを逃せば、この奇跡のような絶好調のシーズンは2度と訪れないのではないか——と思っていたのは、おそらく自分だけではなかったはずだ。

 

 

だからこそ、あの悲劇の第20ステージ。

衝撃の大逆転敗北は、あまりにも悲痛であった。

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奇跡のようなシーズンの、奇跡のような3週間の最後に訪れた、衝撃的な結末。

 

このとき、私は「終わった」と思った。プリモシュ・ログリッチという男にとっての最大のチャンスが失われ、彼はもう2度と、この栄光に指先を触れさせる瞬間は訪れないであろう、と、その運命の残酷さに戦慄していた。

 

 

 

だが、ある意味で、プリモシュ・ログリッチという男の「本当の強さ」はここから始まった。

 

あの衝撃の大敗。選手によってはしばらく自転車から離れてしまっても責められないような経験を経たにも関わらず、彼はわずか1週間後のロードーレース世界選手権で6位に入り、さらにその1週間後のリエージュ~バストーニュ~リエージュで勝利した。

 

さらにツールでの敗戦から1ヵ月も経たないうちに始まったブエルタ・ア・エスパーニャでの、死闘の果てに掴み取った2連覇目。

 

リエージュ~バストーニュ~リエージュでは最後まで諦めずにバイク投げをした末での勝利であり、ブエルタ・ア・エスパーニャでも、コツコツと重ねたボーナスタイムの結果掴み取った、執念の勝利であった。

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 ◆ ◆ ◆

 

 

そして、今年再び彼はクリテリウム・ドゥ・ドーフィネに帰ってきた。

昨年はリスクを避け、高地キャンプからそのままツール本戦に臨み、その実戦経験不足が祟ったのか序盤での単独落車が影響した痛みの末に1週目でリタイア。

 

その反省を経て、今年は2年ぶりにしっかりとこの「ツール前哨戦」に乗り込んできた。

それも、これまで以上に最高の状態で。

 

 

 

総合争いが本格的に勃発する第7ステージ。

標高2,642mのガリビエ峠、標高2,067mのクロワ・ド・フェール峠を越える、ツール本戦の第12ステージを模した重要なステージ。

そのフィニッシュ地点に用意された、実質的には登坂距離4㎞・平均勾配9.45%の超激坂フィニッシュ。

そのラスト3㎞。平均勾配12%超の最も厳しい勾配の区間で、昨年のツール・ド・フランス総合2位ヨナス・ヴィンゲゴーが先頭で牽引を開始。

一気に集団の数は減っていき、昨年ジロ・デ・イタリア総合2位のダミアーノ・カルーゾや同ブエルタ・ア・エスパーニャ総合3位のジャック・ヘイグ、2020年ジロ覇者テイオ・ゲイガンハートなどは一気に突き放されてしまう。

 

残り2㎞。さらにペースを上げていくヴィンゲゴーの勢いに、ダヴィド・ゴデュやトビアスハラン・ヨハンネセンらも引き離されていき、最後に残ったのはプリモシュ・ログリッチと昨年ツール総合4位のベン・オコーナーのみ。

さらに残り1.5㎞。

ここでついにログリッチが腰を上げると、そのアタック一発でオコーナーも突き放され、そのまま独走でフィニッシュにまで到達した(ステージ優勝は逃げ切ったカルロス・ベローナ)。

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さらに最終日第8ステージ。

5年前のドーフィネでも1分15秒差をひっくり返した大逆転劇が繰り広げられた超級プラトー・ド・ソレゾン山頂フィニッシュで、ログリッチにとってはこれまで幾度となく煮え湯を飲まされてきた「魔の最終日」を迎えることとなる。

 

だが、この彼にとって不吉極まりない1日も、チームの圧倒的な強さによって完封されることとなる。

今回の主役はステフェン・クライスヴァイク。3年前のツールで総合5位、2年前のツールでは総合3位にまで登り詰めた実力者は、最後のプラトー・ド・ソレゾンの登りに突入した直後の残り11㎞から、残り5㎞地点までひたすら先頭をハイ・ペースで刻み続ける。

彼のこの牽引によって、メイン集団からは総合8位のマッテオ・ヨルゲンソン、総合6位のダヴィド・ゴデュ、総合7位のトビアスハラン・ヨハンネセン、そして総合4位テイオ・ゲイガンハートと総合5位ダミアーノ・カルーゾと、ライバルたちが次々と脱落していく。

 

そして残り5.7㎞。さらに腰を上げて加速したクライスヴァイクによって残ったライバルたちもほとんど引き剥がされ、最後に残ったライバルはやはりこの日も総合3位ベン・オコーナーのみ。

彼もまた、連続するクライスヴァイクのペースアップに耐えきれず、残り5.4㎞で脱落。

同時に仕事を終えたクライスヴァイクから発射したプリモシュ・ログリッチとヨナス・ヴィンゲゴーは、そのままフィニッシュまで邪魔する者のいない2人旅を続けることとなった。

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あの驚異的な牽引を見せたクライスヴァイクもちゃっかり区間9位でフィニッシュするなど、チームとしても圧倒的な強さを見せつけたユンボ・ヴィズマ。

しかも、ワウト・ファンアールトがまだ山岳での調子が十分でない状態で、かつセップ・クスもツール・ド・スイスに出場し不在としている中で、である。

この完璧さは、2年前のあのクリテリウム・ドゥ・ドーフィネをさらに上回る状態であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

2年前、あの絶好調のユンボ・ヴィズマは奇跡の産物のように感じていた。

あのとき30歳だったプリモシュ・ログリッチにとって、あのツールは最初にして最後の最大のチャンスであるように思われていた。

 

だが、彼はその衝撃的な敗北からすぐさま立ち上がり、そして3回のブエルタ・ア・エスパーニャの勝利とリエージュ~バストーニュ~リエージュの勝利、さらには東京オリンピックTTでの金メダルなど、数々の栄光を積み重ねてきた。しかも、2回目のツール・ド・フランスでの敗北を味わいながらも。

 

 

彼は決して最強ではない。数多くの敗北も積み重ねてきている男だ。

しかし、彼は誰よりも不屈であり続けた。敗北してもなお、顔を上げ、挑戦し続けてきた。

 

そんな彼は今年、32歳。自転車選手としての最盛期とも言える時期が過ぎながらも、彼はなお「キャリア最高」の状態を携えて、3度目の本気のツールへと挑むこととなる。

 

 

これは、誰よりも手痛い敗北を喫し、誰よりもそこから立ち上がり続けてきた男の、栄光へと至る長い物語である。

 

間もなく開幕するツール・ド・フランスの3週間は、その物語の感動的なフィナーレとなるのか、それとも物語はまだまだ続くのか。

 

 

 

少なくとも、その走りが悔いのないものとなることを、強く願っている。

今年も、最高に熱い夏が始まる。

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