りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

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世界を変えた15分。タデイ・ポガチャル、逆転総合優勝の瞬間と、彼のこれまでの走りについて。

 

自転車ロードレースというのは、非情なものである。

8時間に及ぶ戦いを最後のわずかコンマ1秒の差で天国と地獄とを分けることもあれば、21日間、84時間にわたって積み上げてきた確信を、わずか15分の間に打ち砕いてしまうものでもある。

 

だからこそそれは美しいものであり、価値あるものであり、その栄光に思いもかけず浸かることになった若者の姿を我々は記録するとともに、敗北した男たちのその努力の過程を我々は記憶するべきでもある。

 

まだ今年のツールは終わってはいない。しかし、沸き立ったこの感情をまずはこの瞬間に記録すべく、以下、思いのままに記述する。

 

いつかまた、冷静に振り返るべき時が来るだろう。

そのときにこの記録が、何かしらの役に立てば幸いだ。

 

 

84時間にわたる戦い、全世界の確信を、一瞬のもとに塗り替えた15分の記録である。

 

 

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第19ステージまでの84時間

まず前提として、ユンボ・ヴィズマというチームについて話をしておいた方が良いだろう。

このオランダ籍のチームは、これまでツール総合優勝経験なし。というより、2010年代の大半はチーム・スカイ(現チーム・イネオス)がツールを支配し続けていたため、それ以外の近年ツール総合優勝チームはかなり限られてしまう。

 

そしてもちろん、そのエースたるプリモシュ・ログリッチもまた、当然ながらツール総合優勝経験のない男だ。

2年前のツールで総合4位、昨年のジロ・デ・イタリアで総合3位、そして同年のブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝しており、実績は十分。

それでも、今年で31歳という年齢を考えても、彼にとって今年のツールは最初で最後に近い大きなチャンスでもあった。

 

このツールに向けて、ユンボ・ヴィズマというチームは完璧に近い準備を続けてきた。

シーズン開幕当初からそのメンバーが発表されており、ジロ・デ・イタリア総合優勝経験者トム・デュムランに、昨年ツール総合3位のステフェン・クライスヴァイク、そしてワウト・ファンアールトやトニー・マルティンなどのスター選手が揃った一分の隙もないチーム編成。

前哨戦となるツール・ド・ラン、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも最大のライバルである前年覇者チーム・イネオスのエガン・ベルナルをも圧倒し、そのドーフィネでのクライスヴァイク落車リタイアによる急遽のメンバー変更はあったものの、ほぼ万全の状態でのツール突入を果たすことができていた。

 

 

それでももちろん不安はあった。昨年のジロ・デ・イタリアも直前のレース全てが勝利し、総合優勝間違いなしという状態で挑みながらも、最後は総合3位で終わった経験を持つ。

一方でイネオスは最初はそこまででなくとも3週目には盛り返して逆転総合優勝を果たすという実績もあり、序盤はユンボ優勢、後半でイネオス逆転、そんな絵を描いていた人も多かったように思う。

 

 

しかし、事態は全く違う方向へと進んだ。

平坦アシストが中心と思われていたワウト・ファンアールトの、超級山岳ですらデュムランを引き離してしまいそうな登りアシストの力。

その結果終盤まで仕事をすることなく残り、エース勢に混じって最後の最後まで常にログリッチのアシストをし続けたもう1人のエースとも言えるセップ・クスの存在。

 

そして、あえてクリス・フルームとゲラント・トーマスを外し、若手だけで構成されたメンバーで臨み、トラブルが頻発する中思うように力を発揮しきれなかったイネオスが、第2週の最後にエースのベルナルの失速を招いてしまう。

 

 

「ユンボの失速とイネオスの逆転」という絵はすべて白紙に戻った。

ユンボは(というかファンアールトとクスは)3週目もなおその力を有り余らせており、ログリッチ自身が力を使う場面もほとんどなく、余りにも盤石なように思われていた。

ベルナルの失墜により唯一ログリッチを倒せるライバルとして浮上してきたのは同じスロベニア人の若手タデイ・ポガチャルただ1人。

しかし彼もまた第17ステージの戦いを終えてログリッチとのタイム差を57秒に開いており、最後の個人TTだけで逆転できるとはさすがに思えない状態となっていた。

 

 

ログリッチの総合優勝はほぼ間違いのないものとなっていた。

それはスロベニア人として初の快挙であり、スカイ/イネオスに支配されてきた10年代のツール・ド・フランスの状況へ楔を打ち込むものであり、このために準備し続けてきたチームの努力の成果の結実であった。

そして若きスロベニア人の後輩ポガチャルは、プロ2年目、初のツール・ド・フランス出場において、アシストの数が少ない中、ほぼ孤軍奮闘で戦い続けた末に、見事なツール総合2位。今後の成長に更なる期待が持てる、スロベニア栄光元年ーーそんな、雰囲気であった。

 

 

しかし、そのすべての前提が、たった一日――いや、わずか15分で、崩れてしまう。

 

 

 

第20ステージの15分

この日は、近年のツールに登場し、わずか数回の登場でたちまちのうちに大きな存在感をもつようになった超級ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユの登りを使用した本格的な山岳TTとなった。

全体の距離は36.2kmと長く、そのラスト6㎞に、平均勾配8.5%・最大勾配20%の「超激坂」が待ち構えている構成だ。

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想定タイムは1時間弱という、近年のツールでは珍しい長時間TTとなった。

過去のツール・ド・フランスの記録を参照してみると、たとえば2019年のツール第13ステージ(27.2km)は優勝者アラフィリップのタイムが35分ジャスト。この年の総合優勝者エガン・ベルナルは、ここから1分36秒、総合2位のゲラント・トーマスは14秒の遅れを喫することとなっていた。

2018年の第20ステージ(31㎞)は優勝者トム・デュムラン(総合2位)の記録が40分52秒。この年の総合優勝者ゲラント・トーマスは14秒遅れで、総合3位のクリス・フルームは1秒遅れとなっていた。なお、このときのプリモシュ・ログリッチ(総合4位)はデュムランから1分12秒遅れ。

 

上記2つと比較するとより想定時間の長い今年のツールのTTにおいては、56秒というログリッチとポガチャルとのタイム差は決して小さくないことがわかる。

ただし、ログリッチは元よりTTスペシャリストであり、ポガチャルはそのログリッチを今年のスロベニア選手権TTで破ったとはいえ、それ以外の実績では決して突出しているわけではなかった。

たとえばもう1つ例を出すと、グランツールにおけるこれまで唯一のログリッチvsポガチャル直接対決となった昨年ブエルタ・ア・エスパーニャ第10ステージ(36.2km)を見てみると、優勝者ログリッチの計測は47分5秒。そしてポガチャルはこのとき11位と決して悪くないが、それでもログリッチから1分29秒遅れであった。

 

たしかにログリッチは最終日TTには決して強くない印象はある――が、それでも、今回のこのTT、明らかに優勢なのはログリッチであり、また、ポガチャルが彼を上回ったとしても、それが57秒という記録をひっくり返すものでは決してないだろう、そんな風に思われていた。

そもそもポガチャルはすでに第17ステージの超級山岳山頂フィニッシュにおいて、すでにログリッチに対して力負けをしている。

今大会初めて力でポガチャルがログリッチに敗れた瞬間であったわけだが、初めて彼が弱みを見せた瞬間であり、たしかにここまで彼は十分に驚くべき走りを見せていたが、初のツール・ド・フランス・・・疲れは、着実に彼の足をむしばんでいるだろう。

 

総合2位の座を失うことはないにしても、どこまで健闘できるか。

おおよその予想はそんな程度だったように思われる。

 

 

 

日本時間20時から始まった第20ステージ全体の展開もまた、ユンボ・ヴィズマの勢いを感じさせるものであった。

最初に驚異的な記録を叩き出したのは30番出走のレミ・カヴァニャ。今年のフランス国内選手権TTで初優勝し、ヨーロッパ選手権TTでも2位。今年の世界選手権においてもその活躍が期待されている新鋭が、3分前に出走したトニー・マルティンすら追い抜いて、その時点での暫定首位ニルス・ポリッツの記録を3分以上更新する驚異的なタイムを叩き出した。

このままカヴァニャの優勝か、と思わせるに十分な走りであった。

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その後もカスパー・アスグリーン、ネルソン・オリヴェイラ、ミハウ・クフィアトコフスキなどが好走を見せるも、結局はカヴァニャのあまりにも圧倒的すぎる記録には届かず、3時間近くにわたりホットシートを独占し続けていた。

 

 

その流れに待ったをかけたのが、ユンボ・ヴィズマであった。

 

ここまでログリッチのための山岳アシストで驚異的な走りを見せながらスプリントでも区間2勝するという信じられない成績を残していたワウト・ファンアールト。

彼はまた、ベルギーのTT王者でもあり、オリンピックTTベルギー代表候補の1人でもあったのだ。

その実力を、この3週間の締めくくりとも言うべき日に、遺憾なく発揮してくれた。

 

14.4㎞地点の第1計測地点はカヴァニャから39秒遅れでの通過したファンアールトは、続く30.3km地点の第2計測地点を33秒遅れで通過。

そこから登り始めるわけだが、登りの途中の33.6km地点に置かれた第3計測地点にて、カヴァニャをついに6秒上回った。

最終的にはカヴァニャの記録を28秒上回る驚きのリザルトで、暫定首位に立つワウト・ファンアールト。

スプリントでも登りでも文句なしに強かったにもかかわらず、最後はTTでも他を圧倒する走りを見せ、最終的な総合成績も20位でフィニッシュ。

 

オールラウンダーという言葉が最もふさわしい男である。

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そして、これをさらに塗り替えたのが、同じユンボ・ヴィズマのトム・デュムランであった。

第1計測地点を時速50㎞超えで走り抜け、カヴァニャから12秒遅れの暫定2位通過となった元世界王者。第2計測地点ではついに彼の記録を18秒塗り替えて暫定1位に。

登りに差し掛かってもその勢いは衰えることなく、第3計測地点ではファンアールトの記録を27秒上回り、最終的なリザルトにおいても彼の記録を10秒更新して暫定首位に立つこととなった。 

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これが、ユンボ・ヴィズマであった。

このままならば、ユンボ・ヴィズマの選手だけでこの日のワンツースリーをすべて独占し兼ねないかもしれない。

それは、あまりにもユンボが強すぎた今年のツール・ド・フランスの最終幕を飾るのに相応しい結末である。

 

このときはまだ、そんな風に呑気に考えていた。

 

 

 

デュムランがカヴァニャとのタイム差を着実に詰め、逆転したかのように思えたちょうどその頃、16分遅れでスタートした最終出走者プリモシュ・ログリッチが第1計測地点を通過した。

そのとき、ログリッチとポガチャルとのタイム差は13秒。

ポガチャルが13秒ログリッチよりも早く第1計測地点を通過したわけだが、ワウト・ファンアールトの例を取ってみても、これはむしろユンボ・ヴィズマが後半にかけてペースを上げていく走りをしているという印象を補強するものであった。

むしろポガチャルは序盤から力を使い過ぎなのではないか、とも思えたし、攻勢に出なければいけない状況なのは確かなのでそれは仕方ないかもしれないが、場合によっては大きくタイムを落とす可能性すらあるのではないか――そんな風にすら思っていた。

 

そして、デュムランが第3計測地点をファンアールトから27秒早く通過したことで沸き立つ中、ログリッチが第2計測地点を通過。

ポガチャルとのタイム差は、36秒にまで開いていた。

 

 

このとき、画面上ではログリッチとポガチャルとのリアルタイムでの総合タイム差が表示され続けていた。

緑背景で表示される+30という数字。いわばこれは、現時点で、ログリッチがポガチャルに対して30秒の「貯金」を持っていることを示していた。

この「30秒」で、一旦「貯金」は動かなくなる。

ポガチャルは確かに頑張っている。かなり凄い走りをしている。その結果、ログリッチとの間にあった途方もない壁のような57秒が、半分近くにまで削られてきている。

 

それでもまだ、半分残っている。

 

 

しかし――ログリッチの様子がおかしい。

 

軽快に一定ペースでペダルを回し続けているポガチャルに対し、ログリッチの走りにはどことなくぎこちない様子が見られた。

そして、登りの手前でのバイクチェンジ。

ポガチャルが予定通り、観客との間にフェンスが用意され十分に広い空間が保たれていた場所で、実にスムースなバイク交換ができたのに対し、ログリッチはフェンスのない空間で、後続のチームカーが観客たちに場所を開けろとジェスチャーしながら、慌ててバイクを交換していた。

そのときすでにログリッチの表情から余裕は消え失せていた。そもそも、このバイク交換は果たして予定通りのものだったのだろうか?

 

バイクを乗り換えた後も、いや、ある意味では乗り換える前よりも一層、ポガチャルとログリッチとの走り方には大きな差があった。

決してペースを乱さず、重いギアをシッティングで踏み続け淡々と登り続けるポガチャルに対し、ログリッチは腰を上げ頻繁にダンシングを挟みながら、軽いギアを回し続けている。

そして残り4.2㎞。

 

ログリッチの持っていた「貯金」が、0になった。

 

 

それはわずか、15分の間の出来事だった。

ログリッチがフィニッシュする15分前、デュムランがファンアールトの記録を塗り替えて暫定首位に立ったそのときまでは、あくまでもユンボが強かったツール・ド・フランス、で終わる雰囲気に包まれていた。

その5分後に、貯金が0になった。

そしてその後の10分は、ただただその数字が赤背景のビハインドを意味する表示に切り替わり、その数字が30秒、45秒・・・

 

ここまで84時間以上走ってきて、そのほぼ全ての時間において揺るぎなかったはずの「ユンボ・ヴィズマの勝利」が、最後のわずか15分において、ひっくり返ってしまった。

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結果として、ログリッチは区間2位トム・デュムランから35秒遅れの区間5位。

2年前、同じツールの第20ステージの個人TTでデュムランから1分12秒差でフィニッシュしたときのことを思えば、決して悪い走りではなかった。

もしもタデイ・ポガチャルが、「我々が想像する中で最も素晴らしい走り」をしてみせたとしても、57秒のタイム差をひっくり返す結果にはならなかっただろう。

ましてや、そこからさらに59秒差を逆につけてしまうような走りをするなんて――。

 

 

だから、ユンボ・ヴィズマは、プリモシュ・ログリッチは、何一つミスを犯してはいなかった。

彼がデュムランと同じ走りができていたとしても、結果は変わらなかった。

 

ただただ、ポガチャルという男が、あらゆる人間の想像を超えた走りをしてみせただけなのだ。

それが分かっているからこそ――力なく座り込むエースに対し、誰一人、チームメートも、スタッフたちも、かける言葉が見つからなかった。 

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これほどの王者たるに相応しい男、そしてチームに対し、言葉にもできないほどの敗北を味合わせた男、ポガチャルとは何者なのか。

次の節では、彼のこれまでの走りを振り返っていこうと思う。 

 

 

 

 

想像を超え続けてきた男

タデイ・ポガチャルとは何者なのか。

2015年頃からUCIレースを走り始め、2016年には国内選手権ジュニアTT部門で優勝。同年のヨーロッパ選手権ジュニアロードレース部門で3位に入る活躍を見せていた。

同じ年、ジロ・デ・イタリアの個人TTでプリモシュ・ログリッチが優勝し、頭角を現し始めたときである。

 

2017年には母国スロベニアのコンチネンタルチーム「ROGリュブリャナ(現リュブリャナ・グスト・サンティック)」に所属し、ツアー・オブ・スロベニアで総合5位、U23版イル・ロンバルディアで7位など、着実に成績を積み上げていった。

そして2018年にはツール・ド・ラヴニールで見事総合優勝を果たし、その年のジャパンカップでは宇都宮を走る姿を見せてくれた。

だが正直言ってこのときはまだ、前年のラヴニール覇者エガン・ベルナルに対する注目度の方が遥かに高く、同じラヴニール覇者とはいえ、そのわずか2年後に世界の頂点を獲るなんて、誰一人想像すらできていなかったことだろう。

 

 

2019年。

エガン・ベルナルがパリ~ニースを総合優勝し、いよいよ彼のツール・ド・フランス総合優勝への可能性も現実的なものに見えていたその頃、ポガチャルは前年のベルナルを踏襲するかの如く、ツアー・オブ・カリフォルニアを総合優勝していた。

すでにその年のヴォルタ・アン・アルガルヴェを総合優勝している彼は、間違いなく規格外の存在ではあったものの、同じ年に19歳でプロデビューを果たし常に想像を超える走りを見せ続けていたレムコ・エヴェネプールやマチュー・ファンデルポールといった同様の規格外の存在の中に混じり、「ありえない才能たち」の1人という印象を超えるものはなかった。

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少しおかしいぞ?と感じさせるに至ったのはその年のブエルタ・ア・エスパーニャだった。

すでにベルナルはツール・ド・フランスを総合優勝しており、エヴェネプールはクラシカ・サンセバスティアンを優勝していたものの、前者はある意味「想像通り」であり、後者はそれでもまだある意味特殊な状況下での出来事だった。

 

しかし2019年のブエルタ・ア・エスパーニャにおけるポガチャルの走りは、それらの戦績とはまた一戦を画すものであった。

まず、ネオプロ1年目のポガチャルにとって、そのブエルタは当然、初挑戦となるグランツールであった。

その役割は決してエースではなく、フリーライドが許される「挑戦枠」であるはずだった。ステージ1勝すれば十分凄いことだし、実際ポガチャルほどの才能であれば、それは十分に可能だろうと考えていた。

そして、第1週の最終日。第9ステージの「アンドラ」

悪天候の終盤の未舗装路で混沌とするメイン集団の中から抜け出したポガチャルは、同様に抜け出したナイロ・キンタナとそのアシストのマルク・ソレルを突き放し、初出場のグランツールでの初勝利というあまりにも大きすぎる栄光を掴み取った。

 

 

この日を終えた時点での総合順位は総合5位。

だがもちろん、この順位のまま3週間を終えるとは誰も思っていなかった。

 

 

 

第2週が始まり、驚きは加速する。

「痛みの山」とも称される過酷な超級山岳「ロス・マチュコス」にフィニッシュする第13ステージ

フィニッシュまで残り3.5㎞。すでにメイン集団はポガチャル、ログリッチ、バルベルデ、キンタナ、ロペス、マイカ、ソレルという精鋭集団に絞り込まれる中、最初に攻撃を仕掛けたのはポガチャルだった。

しかも、彼のペースアップについていけたのは、ログリッチだけ。バルベルデも、キンタナも、ロペスも、すべてのトップライダーたちが、わずか20歳のネオプロの足によって引きちぎられたのである。

 

最後はスロベニアの大先輩ログリッチとの一騎打ち。

これを制し、彼は初出場のグランツールで2度目の勝利を手に入れる。

 

このとき、ログリッチはわずかにポガチャルのために勝利を譲ったように見えなくもなかった。そしてポガチャルもまた、ログリッチからマイヨ・ロホを奪える可能性はない、とも断言していた。

それは断言するまでもない当然の事実であるように思えたし、実際に、彼がこのときのブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝することはなかった。

 

 

だが、これで終わらない。

本当に衝撃的な走りは、このあとの第3週に見せつけられた。

 

 

実際、突如として現れた才能がここまでの走りを見せることは決して多くはない。ネオプロ1年目だという特異点はあるものの、たとえば2018年のジロ・デ・イタリアにおいても、サイモン・イェーツのあの衝撃的な3勝(ある意味4勝)は驚くべき出来事であった。

しかし、そのサイモンも結局は最後に失速してしまった。今年のツールで活躍したセップ・クスも、2018年のブエルタ・ア・エスパーニャの第1週にて驚異的な山岳アシストを見せたものの、2週目・3週目は沈黙していた。

勢いに任せて強さを想像を超える走りを見せる選手たちは数多くいる。それでも、そんな彼らがその勢いのまま走りきれるほどグランツールというのは甘くはない。エガン・ベルナルはたしかに若いが、ツールを制したときはその若さに似合わない老獪な走りとベテランのチームメートに支えられてのものであった。

 

だが、ポガチャルは、1週目から総合なんて一切狙わない走りを、しかもアシストがほぼ皆無の状況で走り続けてきたのだ。

実際、第3週の第18ステージで彼はわずかな失速を見せ、総合表彰台から転げ落ちて新人賞ジャージもロペスに奪われたとき、むしろどこか安心したほどだったのだ。

やはり彼もまた、ある意味では想像を範囲内の男であったのだ、と。

 

 

だが、その思いを打ち砕いたのが、第20ステージであった。

過去、幾度となくこのブエルタ・ア・エスパーニャの第20ステージでドラマが繰り広げられてきた。

今年は総合首位に立つログリッチこそそのドラマの犠牲にはならなかったものの、ポガチャルという男のもとにそれは降り立った。

 

残り40㎞。

総合3位、あるいは逆転総合優勝を狙って攻撃を仕掛けたミゲルアンヘル・ロペスの動きがひと段落した瞬間を狙って、ポガチャルは精鋭が残るメイン集団から飛び出した。

そのまま、前を逃げていたテイオ・ゲイガンハートやルーベン・ゲレイロを踏み台にすることすらせず追い抜いて、40㎞の独走勝利を鮮やかにやってのけた。

 

この瞬間、彼はすべてを過去にした。

ある意味で、ベルナルを超えたと言える走りをしたのもこの瞬間であった。

何しろネオプロで、初のグランツールで、ステージ3勝に総合3位なんて、誰が予想する?

 

 

だからこそ、今年のツール・ド・フランスで彼を総合優勝候補に挙げることは決して不思議なことではなかった。

彼はもはやベルナルに匹敵する男であり、ある意味ではベルナルを超えた男であり、不可能を可能にする男であり、想像を超える男であった。

 

 

だが――それでもなお。

あの15分は・・・・・誰も想像しえなかったのではないだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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今年のツールの彼の走りについては今はまだ語る言葉を持たない。

もう少し落ち着き、冷静になってからでないと、それは振り返ることはできないだろう。

 

ただ、1つだけ言うべきことがあるとすれば、彼は決して「1人」で戦ったわけではないということ。

確かに山岳アシストとして期待されていたファビオ・アルもダヴィデ・フォルモロも早々にツールを去り、とくに前半戦においては山岳ステージの終盤において一人で走る姿が目立っていた。

 

だが、3週目に入り、彼の近くにはヤン・ポランツやダビ・デラクルスの姿が目立つようになっていた。

とくにデラクルスは着実に復調してきていたようで、最も重要な第17ステージにおいては、終盤にライバルたちを引き千切っていく決定的に重要なアシストをこなしていた。

デラクルスは今回の個人タイムトライアルにおいても好走を見せており、今後、ポガチャルの右腕としての活躍にさらなる期待を持てそうな印象を覚える。

 

また、今回のタイムトライアルにおけるバイク交換の瞬間は実に鮮やかで完璧だった。チームとしてもその交換場所をよく練っていたのだろうし、止まり切る前に扉を開け、一瞬の隙も見せないままバイクを下ろしてポガチャルに渡し、無駄な力を逃がすことのないプッシング。プッシュしたメカニックはそのまま体が一回転するほどの反動でよろけていたのを見ても、この動きが100%の力でもって成し遂げられたことを意味していた。

そして、フィニッシュ後、ポガチャルを何度となく抱きかかえ、その勝利を祝福するスタッフの姿。

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結局、このポガチャルの勝利は確かにチームによって支えられていた。

それは道の上を走る8名のチームメートたちだけでなく、30名のチームスタッフ全員の献身によって。

すでにポガチャルは2024年までこのチームで走ることが契約によって定められている。

それが彼にとって不幸なことではなく、幸福なことであったと振り返られるように、今後のこのチームの行く末を見守っていきたい。

  

 

まずはおめでとう、ポガチャル。

きみが創るこれからの10年を、楽しみにしている。

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