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マーク・カヴェンディッシュの「復活」とその3連勝の勝因を探る――ツアー・オブ・ターキー2021を振り返る

 

私にとって、マーク・カヴェンディッシュという男は、決して「リアルタイムに追い続けていた存在」ではない。

私がロードレースを見始めたのは2015年からだし、そのときにはすでに彼はいわゆる「落ち目」になりつつあった。

同年に台頭しつつあったトム・デュムランやエステバン・チャベスらに比べると、その思い入れというのは決して(とくに彼の熱狂的なファンと比べれば圧倒的に)強くはない、はずだった。

 

それでも、彼がリスペクトされうる世界最高峰の選手の1人であることは疑いようがなかった。

プロ通算149勝。ツール・ド・フランスにおける区間30勝はエディ・メルクスの34勝に次ぐ記録であり、4年連続でシャンゼリゼを制したという記録も素晴らしいものである。世界選手権もロードで1回、トラックレースで3回制している。

 

紛うことなき歴史の残るトップスプリンターの1人であるカヴェンディッシュのことは否が応でも気になり続け、過去にも以下のような記事を書いている。

www.ringsride.work

www.ringsride.work

 

 

いずれも、彼の「復活」を願うとともに、その可能性を探る記事であった。

しかしそれでも、彼はなかなか、勝ちに恵まれず、前シーズンの終わりには引退を予感させるような涙を見せる場面もあった。

 

 

そんな彼が、今年、「古巣」ドゥクーニンク・クイックステップに移籍。

そして、先日のツアー・オブ・ターキーで、ついに、3年ぶりの勝利を飾った。

Embed from Getty Images

 

 

それどころか、立て続けにステージ3連勝。

もちろん、ワールドツアーでないどころか、Proシリーズのレースとしても出場選手たちの層がぐっと薄いレースでの勝利ではある。

それでも・・・それでも、この勝利を強く願い続けてきた人たちの思いはよくわかる。

 

今回は、この勝利へとつながる一連の流れを振り返りつつ、このターキーでの「勝ち方」を分析し、さらにこれからの彼の可能性についても語っていこう。

 

 

目次

   

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2021シーズンのカヴェンディッシュの走り

2020年10月11日。

ヘント~ウェヴェルヘムを走り終えたあとのカヴェンディッシュは、「これが私の最後のレースだったかもしれない」と涙ながらに語った。

 

その4日後のスヘルデプライスにおいては、フィニッシュまでのラスト1㎞を走行中に自身のバイクに取り付けられたナンバープレートを外して仕舞うという仕草が映し出された。

 

この時点で、彼には来年度の契約がなかった。

恩師ロッド・エリングワースを追って移籍したバーレーン・マクラーレン(現バーレーン・ヴィクトリアス)からは、エリングワース自身がチームを去ることが(おそらくこの時点でもほぼ)決まっており、継続の可能性はなかった。

2016年から4年間を過ごしたNTTプロサイクリング(現キュベカ・アソス)もまた、新型コロナウイルスの影響によりメインスポンサーであったNTTが外れることが決定しており、数多くの有力選手を失うなど、チーム存続を模索するのに精一杯でどうしようもなかった。

そして「古巣」ドゥクーニンク・クイックステップもまた、決して財政的には満足いく状況ではなかっただけに、カヴェンディッシュの復帰というシナリオは、夢のあるものではあったが、現実的なものではないと考えられていた。

 

このまま、英雄は引退してしまうのか?

 

しかし、彼はそれを決して望んではいなかった。

 

やめたくはない。僕はやめたくないんだ。僕はこのスポーツを愛している。このスポーツに人生を捧げてきた。僕はもっと自転車に乗り続けていたいんだ

www.cyclingnews.com

 

 

そして2021年。

彼は自らのスポンサーを獲得したことでドゥクーニンク・クイックステップに戻ることが可能となり、最高のチームでのキャリア継続のチャンスを掴み取った。

この移籍確定までの流れは以下の記事を参照

www.specialized-onlinestore.jp

 

 

 

とはいえ、すでにサム・ベネットを始め数多くの有力スプリンターたちがひしめき合うこのドゥクーニンク・クイックステップにおいて、果たしてカヴェンディッシュはどんな「居場所」を手に入れることができるのだろうか?

 

 

彼の2021シーズンは2月のクラシカ・ドゥ・アルメリアで幕を開けた。

スペイン南部、アルメリア県で開催される、スプリンターのためのワンデーレース。

このレースにおけるドゥクーニンク・クイックステップの陣容は、カヴェンディッシュのほかにアルバロホセ・ホッジ、フロリアン・セネシャル、ヤニック・ステイムル、ベルト・ファンレルベルフといった、フィニッシャーになりうる選手たちが揃っており、その中でカヴェンディッシュがどういう役回りを任されるのかは不明格であった。

 

そんな中、実際のレースでは残り20㎞を切ったところで発生した落車にホッジが巻き込まれ脱落。

そしてカヴェンディッシュ自身も、残り14㎞の落車に巻き込まれてフィニッシュに挑むチャンスすら手に入れることができなかった。

最終的にはセネシャルが2位に入り込み、チームとしては決して悪くない形で終えることができたものの、その成績に関わることができなかったという意味では残念な結果に終わってしまった。

note.com

 

 

その後も彼は、1クラスとProシリーズのレースに次々と出場。

ノケレ・コールスでは「アマチュアのようなミス」で落車してしまい再びチャンスを失ってしまうものの、1クラスのレースであるフロートプライス・ジャン=ピエール・モンセレやセッティマーナ・インテルナツィオナーレ・コッピ・エ・バルタリでは2位に入り込むシーンも。

低いクラスでの戦いではあるものの、少しずつ彼が「勝利」に向けてその調子を上げつつあることを感じさせた。

 

 

一方、不安を感じさせる瞬間もあった。

4/7に行われた、Proシリーズのレース、スヘルデプライス

ここではサム・ベネット&ミケル・モルコフを中心とした「一軍」とも言うべき陣容の中に、今期初めてカヴェンディッシュは名を連ねることができていた。

これは彼にとってチャンスであると共に、チームとしては難しい選択を迫られる状況でもあった。

これまでのように「二軍」的なメンバーの中では、誰がエースと定めない形でふんわりと走らせることもできていたが、今回のスヘルデプライスではまず明確にベネットで勝利を狙うという構図があったはずで、そのうえでカヴェンディッシュはどこに置くのか?

モルコフに代わる最終発射台にできるほどまだカヴェンディッシュの足は戻ってきてはおらず、かといって終盤の集団牽引に使うわけにもいかず・・・

 

苦肉の策とでも言うべきか。チームが選んだのは、「ベネットの後ろ」。

これはこれで意味はもちろんあった。エーススプリンターの後ろに人を置いて、エースがスプリントする際にその番手につかせないようにするというスイーパーの役割は常套手段の一つではあったし、実際にこのスヘルデプライスのフィニッシュでもその役割は果たしてはいた。

 

しかし、最終的にこのスヘルデプライスで彼らは敗北する。

アルペシン・フェニックスのドリース・デボントとヨナス・リッカールトの2人が強烈なリードアウトを見せ、最後にモルコフたちの前に上がってきたうえでジャスパー・フィリプセンを放ち勝利を掴んだのだ。

ドゥクーニンク・クイックステップとしても、途中フロリアン・セネシャルを集団牽引で使って残り2.5㎞で失ってしまっており、最後の局面で残ったリードアウターはモルコフのほかにはベルト・ファンレルベルフだけ。

レース後のベネットも、「最後に1人、足りなかった」と敗因を分析している。

www.cyclingnews.com

 

どうしても、こう思わざるをえなかった。

もし、セネシャルがあの場面で集団牽引で使い潰されることなく、最後の1㎞で残れていたら?

カヴェンディッシュが代わりに集団牽引か、もしくは2番目・3番目のリードアウトに加われていたら?

 

 

マーク・カヴェンディッシュという偉大なる、しかし「勝てない」男をチームに加えることは、ドゥクーニンク・クイックステップにとってプラスになるどころかマイナスに働いてしまうのではないだろうか――そんな風に、このときは感じてしまっていた。

 

 

 

だが、そんなことはない、ということを示したのが、ツアー・オブ・ターキーであった。

 

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いかにして彼は3連勝を成し遂げたのか

4/11(日)から4/18(日)までの8日間、トルコを舞台にして開催されるのがこのツアー・オブ・ターキーである。

元々はワールドツアークラスのレースであったが、様々な事情が絡み、現在は1つ下のProシリーズに。

しかし時期的に北のクラシックやイツリア・バスクカントリーなどと重なっており、出場する選手層はProシリーズとしてもかなり薄い。

今年もワールドツアーチームはドゥクーニンク・クイックステップとアスタナ・プレミアテックとイスラエル・スタートアップネーションの3チームしか出場しておらず、ドゥクーニンク・クイックステップのメンバーも6名しか連れてきていなかった。

 

ここで、ドゥクーニンク・クイックステップは昨年秋のツール・ド・ポローニュで悲劇的な事故に巻き込まれて戦線離脱し続けてきていたファビオ・ヤコブセンがレースへと復帰。

もちろん、まだエースとして走れる状態ではない彼は無理することはせず、その他のメンバーとしてはアルバロホセ・ホッジやシェーン・アーチボルド、イーリョ・ケイセ、スティン・スティールスなどが並ぶ中、カヴェンディッシュは自然とエースの座を任されることになっていた。

 

 

初日はフィニッシュ前1.5km地点での落車により集団先頭も混乱し、その中で強力なトレインを最後まで残し続けたUno-Xプロサイクリングチームが先行。

残り200mを切ったところで元スカイのスプリンター、クリストファー・ハルヴォルセンを発射させたのだが、その背中に貼りついて残り50mから飛び出したラリー・サイクリングのアーヴィッド・デクレインがギリギリの勝負を制して優勝した。

 

カヴェンディッシュは抜け出した2名に遅れての4着フィニッシュ。

勝ちはしなかったが、初日から良い位置につけてはおり、1勝はしてくれそうな雰囲気は漂っていた。

 

だが、これが第2ステージでいきなりの勝利。

しかも、非常に強い勝ち方だった。

 

 

それは、ドゥクーニンク・クイックステップのトレイン力を生かした勝ち方、というわけではなかった。

今回は復帰戦となるヤコブセンを始め、決して万全の態勢のチームではなく、人数も6名と控えめ。

カヴェンディッシュのための、クイックステップ特有の「最強トレイン」を用意する余裕はなかった。

 

ゆえに、ラスト500mでカヴェンディッシュは単独。

一方の今大会最強スプリンターと思われていたジャスパー・フィリプセンはライオネル・タミニオー、アンドレ・グライペルはアレックス・ドーセットを最終発射台として残した状態でこの最終局面に挑んでいた。

先行したのはアルペシンだった。タミニオーを先頭にフィリプセン、ドーセット、グライペル、そしてカヴェンディッシュは5番目というポジションだった。

残り200mを切って少し早めにフィリプセンがスプリントを開始。ここにグライペルも食らいついていくが、フィリプセンの勢いにややギャップが開いてしまう。

だがカヴェンディッシュは焦ることなく冷静に、このグライペルの背中に乗り続けており――最後、先頭のフィリプセンが若干、足が売り切れ始めていた残り100mで、カヴェンディッシュはついにスプリントを開始した。

 

最後はしっかりとフィリプセンを抜き去っての勝利。スヘルデプライスで悔しい敗北を喫したアルペシンに対し、見事なリベンジを果たして見せたのである。

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ひとつには、冷静な判断力。

力というよりは、その戦術とタイミングで掴み取った勝利であった。

 

しかし2019年のブエルタ・ア・サンフアンで、ベルンハルト・アイゼルに導かれての「完璧な位置取り・タイミング」でのスプリントを行いながら、まったく伸びることができずに敗北したシーンがあまりにも強烈で印象的だっただけに、今回のこの、完璧なタイミングからのスプリントでしっかりと伸びてフィリプセンを追い抜いたシーンというのは、彼のこれまでの「復活劇」の一つの達成の瞬間であったと確信している。 

 

ただ勝つだけでなく、その勝ち方が素晴らしかったのである。

 

 

 

第2ステージではもう少しシンプルな勝ち方だった。

この日はフィニッシュ前集団を支配していたのはイスラエル・スタートアップネーション。

リック・ツァベルが先頭に立ち、その後ろにグライペル、カヴェンディッシュの順で並んでいた。

 

残り150mでツァベルがリードアウトを終えると同時に、カヴェンディッシュは右からスプリントを開始。今日は先行してのスプリントであった。

一方のフィリプセンもほぼ同時に左からスプリントを開始しようとしたが、リードアウトを終えて落ちてくるツァベルに少し前を塞がれるような形となり失速。

その隙に右から強烈な勢いで加速していったカヴェンディッシュが先行し、フィリプセンは一度グライペルを踏み台にしながら残り100mで再加速。

そのままカヴェンディッシュの後輪に乗りながらこれを追い抜く機会を窺っていたが――すでにそのときかつての栄光を思い出すかのような最高速度を叩き出していたカヴェンディッシュの背中から飛び出すことができないまま、2敗目を喫することとなった。

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第4ステージは主導権争いという意味ではやや混沌とした展開となった。

残り1㎞を切って集団の先頭はアルペシン・フェニックスのマルセル・マイセンが先導。その後ろにイスラエル・スタートアップネーションのダヴィデ・チモライ、アルペシンのアレクサンデル・クリーガー、ライオネル・タミニオー、ジャスパー・フィリプセンのトレインが出来上がっており、それに並ぶようにしてアルバロホセ・ホッジの姿もあった。

そしてフィリプセンの後ろにカヴェンディッシュが控えていたのだが、マルセル・マイセンが先頭から離れたのと丁度同じタイミングで、B&Bホテルス・p/b KTMのルーカ・モッツァートがカヴェンディッシュからフィリプセンの番手を奪う。

 

だが、ここでカヴェンディッシュは冷静だった。とくにモッツァートと争って足をなくすことなくその背後にしっかりと控えていた。

 

そしてホッジがここで、ちょっとしたファインプレー。

カヴェンディッシュは後方に離れており直接彼の手助けができない中で、クリーガーの背後にいたタミニオーからその位置を奪い取った(最近のポジション取りに対する判定の厳しさからいうと、やや怖い動きではあったものの)。

集団先頭の位置は先頭にクリーガー、その後ろにホッジ、そしてフィリプセンがホッジの背後について、アルペシンの最終発射台のはずだったタミニオーがフィリプセンの後ろについてしまう格好に。

 

クリーガーとしても自分の次にタミニオーが来るつもりでのペースアップだっただけに、もう100mフィリプセンを牽き上げる余裕は残っていなかった。

残り250mでクリーガーが離れ、先頭に立たされたフィリプセンは、一旦足を止め後ろを振り返る。

だが、行かざるをえない。残り200mでカヴェンディッシュが失速するモッツァートの背中から飛び出したのを見て、フィリプセンももう一度アクセルを踏んで本気のスプリントを開始した。

 

ラスト200mの、一騎打ち。

かつてのカヴェンディッシュならば、絶対に足を残すことのできなかったであろうこの200mを、彼は見事に耐え抜き、そしてフィリプセンをみたび打ち破った。

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強すぎるカヴ。

そして、ホッジの見事なアシスト。

カヴェンディッシュの「第3のステージ」が、今まさに始まったように感じられた。 

 

参考動画

 

 

 

一方、分析の末に見えてくることもある。

この3連続のフィリプセンの「敗北」は、いずれも彼がスプリントを開始するタイミングや位置取りにおいて「失敗」してしまったがゆえの敗北でもあった。

 

事実、第6ステージ・第7ステージにおいては、それぞれイスラエル・スタートアップネーション、アルペシン・フェニックスが支配する集団先頭から、いずれも残り150m程度という最適な タイミングでフィリプセンが先行してスプリントを開始しており、カヴェンディッシュもこれを追う形で追随していた。

 

いずれもカヴェンディッシュもそこまでポジションが良くなかったことはあるが、それでも第2ステージのように残り100mを切ってからスプリントを開始できており、状態は悪くなかった。

それでも完璧なタイミングで発射できる機会に恵まれたフィリプセンは、やはり今大会最強の足を持つだけあった。

カヴェンディッシュの猛追は彼に追い付かず、2戦ともフィリプセンに勝利を奪われてしまっている。

 

 

本日行われる最終戦はどうなるだろうか? そもそもスプリントできるステージではないかもしれないが、フィリプセンが主導権を握れるような状況が続けば、カヴェンディッシュとしても4勝目を挙げるのは難しいかもしれない。

 

だが、この課題を解決する方法は、本来のドゥクーニンク・クイックステップの最強トレインと共に先頭に立ち、完璧なタイミングで放ってもらうことである。

かつてのカヴェンディッシュであればそれでも勝てなかっただろうし、それがゆえに、スヘルデプライスのような中途半端な役割を任されるような状況に追いやられていた。

 

 

しかし、今回のターキーで彼は今や「勝てる」足を持っていることを証明した。

であれば、彼のためのチームが用意される下地は揃ったといえる。

 

 

今後チームが彼にどんな役割を与え、どう活躍していかせるつもりなのかわからないが、それでもその展望は、今シーズンの初めにファンが想像していたものよりもずっとずっと明るいものとなっているような気がする。

 

Cav is Back.

And He'll Go Futher!

 

その突き進む先に見える風景を、もっともっと見させてくれ。

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