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マーク・カヴェンディッシュの移籍、コルブレッリとバウハウス、シックス・デイ

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ツール・ド・フランス現役最多ステージ優勝記録(30勝)保持者であるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、34歳)が、来期、バーレーン・メリダに移籍する。

 

理由として考えられることはいくつかあるだろう。

現チームが彼をツール・ド・フランスに出場させない選択をしたことで、チームへの信頼を失ったこと。

そして、移籍先のバーレーンに、かつての恩師であるロッド・エリングワースが新たなチーム代表としてやってくること。

 

2011年世界選手権で彼を世界王者に仕立て上げ、2016年のリオ・オリンピックで彼を銀メダリストに仕立てあげたのも、このエリングワースの指導であった。

 

 

しかし、カヴェンディッシュがバーレーンにやってくることで、すでにいるチームのエーススプリンターたちとの関係はどうなるだろうか?

そもそも、ロードレーサーとしてはすでに下降線を走っているように思える彼の復活はありうるのか?

 

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コルブレッリとバウハウス

マーク・カヴェンディッシュがチームに加入することについて、チームのエーススプリンター、ソンニ・コルブレッリ(イタリア、29歳)は次のように語る。 

 

「カヴが来年、バーレーン・メリダに加わると聞いて嬉しく思うよ。僕は彼のことをよく知っていて、とてもリスペクトしている。彼の存は僕をスプリンターとしてさらに成長させてくれるだろう。

 彼はピュアスプリンターであり、一方の僕は、丘陵がちなコースや悪天候に強いタイプのスプリンター。だから僕らは互いを補完しあえるし、同じチームでやっていくことは十分にできると思っている」

Signing Mark Cavendish will improve me as a sprinter, says Bahrain-Merida's Colbrelli | Cyclingnews

 

 たしかに、コルブレッリは普通のスプリンターではない。今年勝ったツアー・オブ・オマーンも、グラン・プレミオ・ブルーノ・ベヘッリも、登りの後のスプリントで勝利を掴んでおり、競り合った相手はグレッグ・ファンアーフェルマートやアレハンドロ・バルベルデである。

ツール・ド・フランスでの勝利に最も近づいた昨年は、登りスプリントでペテル・サガンに惜敗している。

雨は彼の勝利の女神であり、パリ〜ニースで勝ったときも、グラン・ピエモンテで勝ったときも、荒れに荒れた悪天候の中であった。

 

とにかくタフで、パンチ力のある男、それがコルブレッリであり、マーク・カヴェンディッシュとの共存はそこまで難しくなさそうだ。

 

 

問題は、今年からチームに加わったフィル・バウハウス(ドイツ、25歳)

2017年にクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでアルノー・デマールやアレクサンドル・クリストフを下した22歳(当時)は、キッテルやデゲンコルブの次に来る新星ジャーマンスプリンターの最右翼として期待されていた。

しかしこのときは彼に破れていたパスカル・アッカーマンが、翌年からは一気に勝ち星を積み上げ、今年はジロ・デ・イタリアの最強スプリンターの証、マリア・チクラミーノを獲得。

一方、ドイツチームからバーレーンに移籍してきたバウハウスは、イタリアの1クラスのレースでの1勝のみで、シーズンを終えようとしていた。

 

「ドイツ最強のスプリンター」の未来が奪われつつあるバウハウス。その栄光を取り戻すうえで、彼にとってのカヴェンディッシュは、未来を指し示す偉大なる先達となるか、それともライバルとなってしまうのか。

 

 

 

シックス・デイ

とはいえ、そもそもカヴェンディッシュがかつてのような勝利を量産するトップスプリンターに戻れるかどうか、という疑問がある。

 

2019年は開幕戦のブエルタ・ア・サンフアンにて、その最終ステージで盟友ベルンハルト・アイゼルに導かれながら、残り400mで早めのスプリントを開始したイェンス・クークレールの背中に飛び乗った。

そして残り300でペテル・サガンが前に出ると、クークレールの背中から飛び出してスプリントを開始した。

 

位置取りは悪くなかった。タイミングも絶妙だった。

しかし、その後のカヴェンディッシュは、見るも無残に力を失い、あっと言う間に失速した。

 

そもそもスプリントに参加できないことも多かった中で、この日の彼の姿は、「参加したうえで全く歯が立たなかった」ことをまざまざと見せつけられる衝撃の瞬間だった。

 

「マン島ミサイル」はもはや時代の遺物なのか? 

マーク・カヴェンディッシュはもう、かつての輝きを取り戻せないのだろうか。

 

 

 

いや、そんなことはない、と彼が牙を剥いたのが、「シックス・デイ(6日間レース)」と呼ばれる一大トラックレースイベントだった。

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シックス・デイは19世紀のロンドンで生まれ、アメリカの地で成熟し、ヨーロッパの地に「逆輸入」されたトラックレースの1つの形式である。

その名の通り6日間にわたり様々な種目が繰り広げられ、その中心となるのが、マディソンと呼ばれる、2人1組のチーム戦競技である。

 

そして2015年より、シックス・デイ・シリーズが始まる。

ロードレースシーズンの終わりとともに、ロンドンから始まり、ベルリン、コペンハーゲン、メルボルン、マンチェスター、最近ではアジア初の舞台として香港などーー世界中を舞台にして、各地で6日間の「お祭り」が開催される。

 

各国代表の2人1組がチームを組み、チーム・エリミネーション、デルニー、ポイントレース、そしてマディソンといった各種目を6日間毎日開催していく。

それぞれの競技で手に入れるポイントの合計で「総合優勝」を争うのが基本だが、その中には「ハンド・ストリング」と呼ばれる有名なバトンタッチのシーン、そして周回遅れにさせることを意味する「ラップする(Taking a lap)」ことによって大きなポイントを獲得して逆転を狙うなど、盛り上がりと戦略性を高める様々な仕掛けが施されている。

 

 

今年のシックス・デイ・シリーズも、10月22日からロンドンを舞台にスタート。

カヴェンディッシュも、チーム・イネオスに所属するオウェイン・ドゥールとのイギリスペアで参戦し、総合優勝を目指した。

 

もともとカヴェンディッシュは、トラックレースを得意としていた。

世界選手権ではそれこそマディソン競技で3回の金メダルを獲得。

そして2016年のリオ・オリンピックでも、冒頭に挙げたエリングワースの指導の下、オムニアム種目で銀メダルを獲得している。

 

 

そしてロンドン6日間の1日目、マディソン・チェイスでは5位、チーム・エリミネーションでは4位とまずまずの結果を残していたイギリスペアは、デルニーと呼ばれるバイクペーサーの後ろで40kmを走りぬく競技において、まずは1勝を挙げた。

 

デルニーは独特なレースで、スタートからフィニッシュまで、各選手1台のバイクペーサーがつく。誰がどのバイクペーサーを使えるかはスタート前のクジで決める。カヴェンディッシュの先導役を務めたバイクペーサーはミシェル・ヴァーテン。ベテランのデルニー・パイロットだった。 

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この種目でライバルとなったのはオーストラリア代表のカレブ・ユアン。

今年のジロ・デ・イタリアで2勝、ツール・ド・フランスで3勝を挙げた、最強スプリンターの一角ユアンは、このデルニーにおいても、ラスト1周に入る直前までは常に先頭をキープし続けていた。

 

しかし、ラスト1周に突入すると同時に、マーク・カヴェンディッシュが先頭に。

そのままユアンに影を踏ませることなくフィニッシュ。「復活」を宣言した。

 

ハードなレースだった。僕は集団の後ろにいて、周りの様子をうかがっていた。思ったよりも早くカレブがアタックして、それはとても強かったけれど、僕はしっかりと正しいラインを保ち続けていた。ミシェルがいて助かった。僕たちは長年共に走り続けてきた仲間だったから

 

 

 

そして、カヴェンディッシュはついに、最大のライバルを打ち破る。

リオ・オリンピックでカヴェンディッシュを下してオムニアムの金メダルを奪い取った男、エリア・ヴィヴィアーニ。

昨年はジロ・デ・イタリア4勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ3勝。

今年はジロでは1勝もできずツール・ド・フランスでも1勝に終わったが、ヨーロッパ選手権を始めビッグレースで続々と勝利を重ねる、やはり「最強」の男。

 

そのヴィヴィアーニに対し、カヴェンディッシュは、3日目の夜の「チーム・エリミネーション」でついに白星を挙げる。

 

 

周回ごとに遅れた選手が排除されていき、最後は2人の一騎打ちとなる「チーム・エリミネーション」。

最終周回に入る直前、チームメートのシモーネ・コンソンニに「ハンド・ストリング」され、一気に加速するヴィヴィアーニ。

その差が絶望的なまでに開いたか、と思えば――カヴェンディッシュは、そこから懸命にペダルを回し続け、少しずつ、最後のストレートが近づいていくうちに迫る、迫る、迫る。

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そして最後の瞬間、肩を並べたカヴェンディッシュは両腕を突き出し、バイクを投げた。 

わずかの差でラインを割ったのは、カヴェンディッシュ。

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3年越しのリベンジを果たした。

 

 

 

だが、6日間の「総合優勝」の座は、最終日6日目の最後のマディソン・チェイスで、エリア・ヴィヴィアーニとシモーネ・コンソンニのイタリアペアに敗れたことで逆転されてしまった。

 

過去2回、逃し続けたシックス・デイ・ロンドン総合優勝の座。3度目もまた、カヴェンディッシュは惜敗で終わってしまった。

 

 

それでも、この6日間で彼が見せた走りは本物だった。

マーク・カヴェンディッシュは、トラックという舞台において、かつての「最強」の力を取り戻しつつあるように見えた。

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その意味で、バーレーン・メリダにおけるカヴェンディッシュの最初の1年は、ロードレースではなく、東京オリンピックを目標としたトラックレースに集中することになるかもしれない。

シーズン序盤は6日間レースを転戦し、世界選手権へと挑む。その間、ロードレースにおいては、今年同様に、コルブレッリやバウハウスがエースを務め続けることになる、というのはありそうな話である。

 

だが、ロンドン6日間の最後に、エリア・ヴィヴィアーニがライバルに向けて告げた言葉は、また違った意味を帯びていた。

 

来年は重要な年になる。そしてきっと、互いに『ロード』の上でスプリントを争えるようになるはずだ

 

目の前で、かつての「最強」の力の一端に触れることができた最大のライバルは、誰よりもはっきりと、彼の復活を感じ取ったのかもしれない。

 

来年は、私も少しずつ、トラックレースについて学んでいきたい。

その中で、カヴェンディッシュの強さをトラックの上で見ていくのも楽しみではある。

 

 

しかし、やはり原点はロードレース。

それはもしかしたら難しい願いかもしれないけれど、それでも、最後にもう1回だけ、願っておきたい。

 

 

ロードレースで再び、彼が強さを見せてくれる瞬間を見られることを。

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