1年前のツール・ド・フランス。
第20ステージのラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ山岳TTでの、まさかの逆転敗北。
同じスロベニアの、ひとまわり下の年代の若き才能を前にして、プリモシュ・ログリッチは苦い記憶を刻まれることとなった。
そこから1年。
このバスクの地で、彼は見事にリベンジを果たした。
最大のライバルーータデイ・ポガチャルとUAEチーム・エミレーツーーに対し、最終ステージで、見事な逆転総合優勝を成し遂げたのである。
もちろんそれは、決して簡単な道のりではなかった。
そこに至るまでの間にも数多くの苦難があり、ときに持ち前の精神力で、ときにチームメートの力を借りながら、乗り越えていった先に掴み取ることのできた栄光であった。
今回は、このイツリア・バスクカントリーを中心に振り返りつつ、いかにしてログリッチがこの「リベンジ」を達成したのかを振り返っていきたいと思う。
同時に、タデイ・ポガチャルとUAEチーム・エミレーツがいかにして「敗北」してしまったのかも、読み解いていきたいと思う。
それぞれの成し得たことと、生まれた課題とを分析し、やがて来る今年のツール・ド・フランスに向けた一つの展望になれば幸い。
それでは、いってみよう。
目次
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ツール・ド・フランスとパリ〜ニースの敗北
プリモシュ・ログリッチとユンボ・ヴィスマにとって、昨年のツールはすべてを賭けて臨んだ、最大のチャンスであった。
プリモシュ・ログリッチを筆頭に、トム・デュムラン、ジョージ・ベネット、セップ・クス、ロバート・ヘーシンク、ワウト・ファンアールト、アムンドグレンダール・ヤンセン、そしてトニー・マルティン。
およそ実現しうる最高の布陣を揃え、前哨戦となるツール・ド・ラン、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも絶好調。
最大のライバルであった、前年覇者イネオス・グレナディアーズのエガン・ベルナルも第3週に入るとともに離脱したことで、もはや、ログリッチとユンボの前に、敵はいないはずであった。
もちろん、第3週に入った段階で、タデイ・ポガチャルという存在が40秒差で追いかけてきていた。
しかしそれもクイーンステージではログリッチがタイム差をつけて引き離し、残るステージも危なげなく消化。
総合争いの舞台となるラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ山岳TT決戦を前にして、そのタイム差は57秒。
稀代のTTスペシャリストでもあるログリッチを相手取り、このタイム差をひっくり返すことなど、まずあり得ないことだと思われていた。
しかし、そのあり得ないことが起きた。
しかも、57秒をひっくり返すだけに飽き足らず、逆に59秒差をつけて。
決して、ログリッチが弱かったわけではない。万全ではなかったにせよ、区間5位。区間2位のトム・デュムランからも35秒遅れに留めていた。
しかしポガチャルはそのデュムランを1分21秒突き放しての勝利だったのだ。
ただポガチャルだけが、圧倒的に異次元の走りを見せていたのである。
ただ、いかにどうしようもないほどの勝ち方をされたとはいえ、敗北は敗北。
しかも、勝つために完璧な体制を整え、その筋書きは本当にあと1ページというところまで完璧にトレースしていたにも関わらず、最後の最後での、まさかの逆転敗北。
普通なら、そのまま失意のままにシーズンを終えてしまってもおかしくはなかった。
それでも、プリモシュ・ログリッチという男は、何よりもその精神面において非常に優れた男であった。
ツールの衝撃の敗北からわずか1週間。イタリア、イモラで開催された世界選手権で6位。
さらにその1週間後に開催されたリエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは見事優勝。ワンデーレースではあるものの、ポガチャルに一矢報いる形となった。
そしてその2週間後に始まったブエルタ・ア・エスパーニャでも、2年連続となる総合優勝。
あのショッキングな敗北から1ヶ月で、彼はモニュメントとグランツールを制するという快挙を成し遂げ、完全復活を宣言したかのように思えていた。
長めのシーズンオフ期間を経て、3月のパリ〜ニースでログリッチは2021シーズンを開幕する。
前年は新型コロナウイルスの影響を鑑みてチームごと不出場を決めたこのパリ〜ニース。
今年はリッチー・ポート&テイオ・ゲイガンハートのダブルエース体制で臨むイネオス・グレナディアーズはいたものの、ベルナルもポガチャルももう1つのティレーノ〜アドリアティコに出場するということで、優勝候補としてはログリッチが頭一つ抜け出た状態であった。
実際、その強さは圧倒的だった。
ステージ3勝。イネオスの2人がアクシデントで早々にレースを離脱したということもあるが、総合2位の前年覇者マキシミリアン・シャフマンに対して52秒も突き放し、余裕の状態で最終日に突入することとなった。
しかし、この最終日ステージで、まさかの事態。
すなわち、同じ下りで2度、落車し、この復帰を助けたチームメートも全て失ってしまった状態で、傷ついた身体を振り絞りながら、たった一人で先頭を追いかけ続けた。
だがその努力は虚しく。
2021シーズン最初の戦い、勝てるはずだったそのパリ〜ニースで、まさかの敗北を経験することとなったのである。
ほぼ確実に約束されていたはずの勝利が目の前にまで迫ってきていたその最後の瞬間で、信じられないことにそれを失う。
そんな経験を昨年のツール、そして今年のパリ〜ニースと立て続けに経験してきていた彼は、決して精神的には万全の状態ではなかったはずだ。
そして、今回のイツリア・バスクカントリー。
ここで、今シーズン初めて――ステージレースとしては昨年のツール以来初めて――ログリッチとポガチャルが激突することとなった。
果たしてログリッチは1年前のトラウマを塗り替えることができるのか。
イツリア・バスクカントリー
個人TTとパンチャー向けステージで彩られるイツリア・バスクカントリー。
その第1ステージからいきなり激坂を含む個人タイムトライアルステージが用意され、早速昨年のトラウマと対峙することとなった。
ここでログリッチとユンボ・ヴィスマは大胆な戦略に出ることに。
すなわち、10番手出走という、あり得ないほど早いタイミングでのスタート。この日は風がそれなりに強いらしく、早いスタートの方が有利と踏んだのか。
実際、ユンボ・ヴィスマは総合を狙える選手たちを軒並み前半でスタートさせたようで、一時期暫定TOP3がログリッチ、ヨナス・ヴィンゲゴー、トビアス・フォスのユンボ・ヴィスマ3名で占められるという事態にもなった。
ここに割って入ったのが元ジュニアTT世界王者ブランドン・マクナルティ。
ヴィンゲゴーを16秒上回り、ログリッチにもわずか1秒差という圧倒的な走りで暫定2位に入り込んできた。
このポガチャルと同年代の若き才能が、今回かなり良い状態で臨んできていることがよくわかる瞬間であった。
一方のポガチャルはどうか。
中間計測ではログリッチを2秒上回り、今回もまた、TTで先手を取ってくるのか――という印象を覚えた。
しかし、最後のエチェバリア公園へ向かう激坂を前にして、すでにログリッチの記録を塗り替えることがほぼ不可能であることを確信できるタイムであることが明らかになった。
最終的にはログリッチから28秒遅れの暫定5位。他のライバルたちに対しては十分にアドバンテージを得ることはできたものの、1週間のステージレースにおいて最大のライバルに対してのこのタイム差は、かなり致命的であった。
やはり風の影響は大きく、ユンボの戦略的成功だったのか?
それとも今回のポガチャルはどこか調子が悪いのか?
第1ステージから波乱を感じさせる展開となった。
続く第2ステージは、フィニッシュ手前14㎞地点に2級山岳ラ・アストゥリアーナ(登坂距離7.6㎞、平均勾配6.2%)が用意され、その後は下りと平坦、最後に短い登りフィニッシュという、パンチャー向けのステージ。
総合争いはあまり激化しないであろうステージと見られていた。
しかしこのアストゥリアーナ峠でポガチャルが積極的に動く。
最初にアタックしたグルパマFDJのエース、ダヴィド・ゴデュの動きに追随し、しばらく2人で抜け出す。
ログリッチは冷静に後続の集団を牽引し、まもなくこれを吸収。
しかし山頂まで2㎞のタイミングで今度はマキシミリアン・シャフマンのアタックに反応して再びポガチャルが飛び出した。
最終的にこれらの動きはすべて捕まえられてしまうものの、最後に抜け出してステージ優勝を飾ったアレックス・アランブルとオマール・フライレに次ぐ区間3位には入り込み、ボーナスタイム4秒を獲得。
総合タイム差は24秒に縮まった。
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第3ステージは今大会最初の山頂フィニッシュ。
登坂距離は3.1㎞と短めだが、平均勾配11.1%、最大勾配は20%に達するという実にバスクらしい凶悪な登りが待ち構えていた。
ここでも、最初に仕掛けたのはポガチャルだった。
しかしこの日はそのまま山頂フィニッシュになることもあり、ログリッチもすぐさま食らいつく。
そして20%勾配の続く九十九折ゾーンで、抜け出した2人についていけるライバルはほかに存在しなかった。
残り1.6㎞で勾配がやや緩やかになり、先頭2人も牽制し始めると、アダム・イェーツを先頭にミケル・ランダ、マウリ・ファンセヴェナントなどが追いついてくるが、その後再びポガチャルが加速するとやはりログリッチ以外はついていけなくなる。
残り1.1㎞でダヴィド・ゴデュ、アレハンドロ・バルベルデ、ランダ、そしてイェーツが追いついてくるが、残り500mで結局、ポガチャルとログリッチに突き放される。
この二人が実力において完全に抜きん出ていることを証明してみせた日であった。
では、この2人での決着はどうなったかというと。
下りを経ての最後のスプリントでポガチャルが先行。
ステージ優勝を果たしたことで、ボーナスタイム差4秒をログリッチから奪い取ることに成功した。
昨年のツール・ド・フランス第15ステージを彷彿とさせるような、ポガチャルの勝利。
レース後のログリッチのコメントによると、この日の早朝にポガチャルはコースの下見に出ていたようで、その情報の差が結果につながったのではないかということ。
いずれにせよ、実力は拮抗。
総合タイム差は20秒に縮まり、総合争いの行方もまだまだ分からなくなってきている。
波乱は、第4ステージで巻き起こった。
クラシカ・サンセバスティアンでも使われる2つの登り「ハイスキベル」と「エライツ」が終盤に登場するが、問題の動きは残り20㎞、最後のエライツの山頂を越えたあとの長い下りで巻き起こった。
最初に動いたのはボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャでも調子の良かったエステバン・チャベス。
ここに総合8位のバスク人、ペリョ・ビルバオが食らい付き、続いてヨン・イサギレ、エマヌエル・ブッフマンなども追随していった。
問題は、そこにログリッチから30秒遅れの総合3位ブランドン・マクナルティが含まれていたこと。
もちろんポガチャルが動かない以上、ログリッチも下手には動けない。代わりにユンボは、ログリッチから54秒遅れの総合6位ヨナス・ヴィンゲゴーをこの逃げに乗せる。
何としてでもステージ優勝が欲しいメンバーの揃ったこの先頭集団は、ヴィンゲゴー以外が皆ローテーションを回すことでかなりのハイペースを保ち続ける。
一方のログリッチが含まれるメイン集団はバルベルデやゴデュが抜け出しを図って散発的に加速しては牽制に陥るため、思うようにペースが上がらない。
途中からユンボはアシストのアントワン・トールクを牽引に回すものの、彼の足もすでに限界が来ており、先頭6名とのギャップを埋めるには至らなかった。
結果、ヨン・イサギレが勝利した先頭6名とメイン集団とのタイム差は49秒にまで広がった。
しかも、マクナルティが最後にスプリントで3位に入り込み、ボーナスタイム4秒まで手に入れてしまった。
総合リーダーの座は、ログリッチからマクナルティに。
しかも総合2位ログリッチとのタイム差は23秒。
ログリッチとポガチャルとのタイム差は20秒のままだが、ここにきて思わぬ伏兵の存在により、ログリッチは危機的状況へと陥ることとなった。
だが、ユンボ・ヴィスマはここから、挽回のための積極策に出る。
彼らはもう、「王者」ではない。「挑戦者」として、チャレンジングな走りこそが、事態を打開できる唯一の方法だと知っている。
いよいよ、運命の最終日、第6ステージへと突入していく。
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最終日第6ステージ
第5ステージはドゥクーニンク・クイックステップによる鮮烈な逃げ切り勝利の決まったステージではあったものの、総合には影響せず。
ポガチャルとログリッチ、UAEとユンボの激戦は最終日「アラーテ=ウサルツァ山頂フィニッシュ」へと託された。
過去、ナイロ・キンタナやアレハンドロ・バルベルデ、エンリク・マス、そして前回はエマヌエル・ブッフマンなど、一線級のクライマーたちが勝利を飾っているこのアラーテ山頂フィニッシュ。
だが、この日勝負を決めたのはその最後の登りではなく、112㎞という短い距離に詰め込まれた大小7つの登りであった。
スタート直後から登り始め、モビスターやイスラエル・スタートアップネーションが異様なほどハイ・ペースを刻んでいく中で、レース開始してわずか5㎞も消化しないうちに、すでにプロトンの人数は50名程度にまで絞り込まれていた。
その中で、ユンボ・ヴィスマは早めの攻勢を仕掛ける。すなわち、アシストの1人であるアントワン・トールクを、序盤から繰り返しアタックさせ、何が何でも逃げに乗せようとする戦略であった。
事実、残り105㎞地点で一度目のアタックを繰り出したトールクは、その後吸収されたあとも、残り101㎞で二度目のアタックを繰り出した。
残り93㎞で集団に吸収される間近にまで迫られるが、その後さらなる加速。
共に逃げていたクリストファー・ユールイェンセンもパトリック・ベヴィンも引き千切らんばかりの勢いで、再度集団とのギャップを開いていった。
その後は集団からヒュー・カーシーやエンリク・マス、リチャル・カラパスといった強力な選手たちが追いついてきたことによって逃げが安定してきて、一旦そのタイム差は1分にまで開いていった。
さらにそこに、ユンボ・ヴィスマは新たなる動きを加える。
残り72㎞。この日4つ目の登りとなる2級山岳Elosua-Gorla(登坂距離9.6km、平均勾配5.7%)の登りで再びタイム差が16秒にまで縮まったタイミングで、集団からマウリ・ファンセヴェナントがアタック。
ここに食らいつく形でユンボの2人目のアシスト、サム・オーメンがアタックする。
さすがにUAEチーム・エミレーツもこれを見逃すわけにはいかない。
すでに少なくなりつつあるアシストの中から、マルク・ヒルシをこのオーメンのチェックに向かわせ、ファンセヴェナントと3名で先頭の逃げ集団に合流させることに。
これで先頭は14名。
ユンボ・ヴィスマからはアントワン・トールクとサム・オーメンの2人。
UAEチーム・エミレーツからはマルク・ヒルシ。
タイム差は再び1分を越え、安定期に入る。
すでにここまでのジェットコースターのような展開の中で、UAEチーム・エミレーツの体制は疲弊しきっていた。
元より、タデイ・ポガチャルのワンマンエース感の強かったこのチーム。
今回はブランドン・マクナルティが非常に良い動きをしてみせてくれてはいるものの、ポガチャルとマクナルティを護るアシストとしてこのタイミングで残っていたのはラファウ・マイカとディエゴ・ウリッシの2人だけだった。
共に強力な選手であることは間違いないが、マイカはまだ今年ここまでのレースでよいところを見せられていない。そしてウリッシも心臓の手術明けでまだ本調子ではなかったのは確かであった。
その中で、スタート直後から常に繰り返されるアタックの連続に、もう彼らはそれを抑え込む力など、残っていなかった。
それがゆえに、Elosua-Gorlaからの長い下りでアスタナのヨン・イサギレとアレックス・アランブルという、今大会最も調子の良い二人による先頭牽引が始まると、たちまちポガチャルとマクナルティは丸裸にされてしまった。
時速80㎞で繰り出されるハイ・スピードなダウンヒル。ここで、引き伸ばされた集団の先頭付近にログリッチが身を置いた一方、ポガチャルとマクナルティはややポジションを後方に落としていた。
次の瞬間。ログリッチの後ろで引きちぎられる集団。
そしてその取り残された集団の方に、ポガチャルとマクナルティの姿があった。
イサギレとアランブルにダヴィド・ゴデュ、アレハンドロ・バルベルデ、ミケル・ランダと共に形成されたログリッチ集団。
それぞれがそれぞれの思惑をもって全力で牽引する中、下り切ったあとの平坦区間で先頭集団にジョインする。そこにはもちろん、トールクとオーメンというアシストが2枚、残っている。
二人ともここで全ての力を使い切るつもりで全力牽引。この後彼らは脱落してしまうことになるが、それでもポガチャル集団とのタイム差を一気に開きにかかるという最高の仕事をやってのけた。
UAEチーム・エミレーツも先頭にいれていたマルク・ヒルシをすぐさま後方に戻し、ポガチャル集団に合流させ、その先頭を牽かせることに。
しかし、決して独走力が高いわけではないヒルシによる、平坦区間のほぼ単独牽き。彼らの後ろにはログリッチの最大のアシストたるヨナス・ヴィンゲゴーの姿があり、当然協力するはずもない。
アダム・イェーツ、エステバン・チャベス、ペリョ・ビルバオらもその集団には含まれてはいたものの、まずはUAEのアシストたちを疲弊させることが第一、と考えていたようで、ローテーションには入らず。
結果、次の登りへと突入する前にマルク・ヒルシが力尽きて脱落してしまうという、UAEにとっては考えられる限り最悪のシナリオへと突入してしまった。
このとき、UAEは、マクナルティではなくポガチャルに集団の先頭を牽かせるという選択肢を取った。
たしかに、総合リーダーはマクナルティである。彼に前を牽かせるということに、抵抗感があるのは確かだった。
ポガチャルが先頭に追い付いたとしても、すでに20秒のビハインドがあるわけで、そこからログリッチに20秒差を付けてフィニッシュするのは至難の業であることは確かだった。ポガチャルの背後に、彼に15秒のアドバンテージをもつヨナス・ヴィンゲゴーがいることもまた、その選択を取らざるをえなくさせていたのかもしれない。
で、あれば、すでにそのヴィンゲゴーやポガチャルにアドバンテージをもっているマクナルティを先頭に連れていくことが、UAEにとっては勝つための必須条件であるという考えは分からなくもなかった。
しかし、結果としてこの選択が大きな過ちとなる。
残り49㎞地点から登り始める1級山岳クラベリン。
登坂距離は5㎞だが、平均勾配9.6%・最大勾配は17%という凶悪なステータスをもつこの登りで、早速マクナルティが遅れ始める。
結果だけ見れば、ポガチャルの牽引は彼の足を無駄に削るだけに終わってしまった。
この状況を無線で聴いていたのか、先頭集団ではログリッチが自ら牽引しペースを上げ始める。
クラベリンの頂上を前にして、先頭は一気に絞り込まれ、ログリッチ、ゴデュ、カーシーの3名だけに。
25秒差でポガチャルとヴィンゲゴー、アダム・イェーツ、ファンセヴェナントが山頂を通過。そこに先頭から落ちてきたバルベルデとランダが加わり6名となる。
その後も、着実に先頭3名と追走集団とのタイム差は開いていく。
思うようにペースが上がり切らない中で、ポガチャルが珍しく「回せよ!」と感情を露わにする場面も。
それはすなわち彼の足も限界であることを示しており、彼が集団の後方に回るようなことがあれば当然ペースはさらに落ちる。遅れていたチャベスやビルバオも再合流し集団は11名にまで膨れ上がるが、それだけポガチャルたちの集団の速度が落ち込んでいたことを意味しただけであった。
残り10㎞でタイム差は50秒。
もはや、勝負はついていた。
最後は抜け出したダヴィド・ゴデュと共にフィニッシュに辿り着くログリッチ。
パリ~ニースのときはあまりにも貪欲に勝利を狙いすぎてやや批判されたりもしたためか、この日は明確にゴデュにステージ勝利を譲り、自らも総合優勝を決定づけたことに笑顔とガッツポーズとを見せて2位フィニッシュを果たした。
ログリッチはついに、1年越しのリベンジを果たしたのである。
ログリッチの勝因、UAEの敗因
ユンボ・ヴィスマにとって、今回のチーム体制は決して万全ではなかった。ジョージ・ベネットも、セップ・クスも、ステフェン・クライスヴァイクも、トニー・マルティンも不在。
その中でトビアス・フォス、アントワン・トールク、サム・オーメン、そしてヴィンゲゴーといった、非常に若い世代を中心とした体制であり、事実、第3ステージや第4ステージの勝負所ではヴィンゲゴー以外のアシストはあまり前の方には残らないことが多かった。
だからこそ彼らは最終ステージで一味違った動きを見せた。すなわちトールクやオーメンなどを集団内に残すのではなく、先頭に逃がして「前待ち」の動きを作るという作戦。
それは王者というよりは挑戦者としての戦い方であり、結果として大きな成功に結び付くこととなった。
また、何よりもヴィンゲゴーの存在が大きな意味をもった。
2年前のツール・ド・ポローニュで逃げ切り勝利を果たしたそのときに初めてその名が世界に轟いたデンマークの24歳。
昨年のブエルタ・ア・エスパーニャではセップ・クス顔負けの山岳アシスト力を見せつけていた彼は、今年のUAEツアーでは終盤に飛び出して人生2度目のプロ勝利をまたワールドツアーの舞台で飾る。
さらに直後のセッティマーナ・インテルナツィオナーレ・コッピ・エ・バルタリではステージ2勝と総合優勝を実現。
最高のコンディションでこのバスクに臨むことができていた。
彼が第4ステージで果たした役割は今後のユンボの方向性を考えるうえでも重要なものとなる。あのとき、UAEチーム・エミレーツの「セカンドエース」たるブランドン・マクナルティがアタックしたときに、いち早く反応しこれをチェックしにかかったのがヴィンゲゴーであった。
もしここで、ログリッチが一人でマクナルティ、そしてその背後にいるポガチャルと対峙しなければならなかったとしたら、当然今回の勝利はなかったであろう。
そして、このとき得たリードをもとに、第6ステージで彼はしっかりとポガチャルの背後を取り、最後までプレッシャーを与え続けていた。
その走りはもはや「山岳アシスト」ではない。それはログリッチと並ぶ「セカンドエース」としての走りであり、以下の記事であきさねゆう氏が言及していたユンボ・ヴィスマの弱点を埋めうる存在たりうる可能性をもつ走りであった。
クスと違ってTT能力が非常に高いことも、彼の可能性を感じさせている。
今年のUAEツアーやコッピ・エ・バルタリで、チームとしても彼を1人のエースとして扱おうとしている様子が伺えており、彼の今後のレースでの起用のされ方にはより注目をしていくべきだろう。
(ツール・ド・フランスへの出場も、年初の段階では考えられていなかったはずだが、今や十分に考えうる可能性の1つだろう)
では、一方のポガチャル、そしてUAEチーム・エミレーツは今回「失敗」したのか?
いや、必ずしもそうとは言えないだろう。
彼らが常に持ち続けていた弱点は、とにかくチーム力の低さである。
2019年のブエルタ・ア・エスパーニャでポガチャルが総合3位に入ったときも、ツール・ド・フランスで彼が総合優勝したときも、彼は山岳で常に十分なアシストを受けていたとはとても言い難い。
今年に入ってからも、ダヴィデ・フォルモロはそれでもかなりポガチャルを助けてくれる場面が多かったものの、元来アルデンヌ・ハンターとしての素質の方が強い彼は本格的な山岳に入ってしまうとさすがに限界が来てしまう。
その部分を埋める存在として期待されて入ってきたのがラファウ・マイカだったはずだが、今回のバスク含め、今年の彼の走りは正直、精彩を欠いている。
ここまではそれでも、ポガチャルの圧倒的な個の力によってすべてをねじ伏せてきた。ティレーノ~アドリアティコにおいても常にワウト・ファンアールト含むライバルたちを圧倒し続け、第5ステージではあのマチュー・ファンデルプールを限界まで追い込む驚異的すぎる走りを見せていた。
だが、やはり個の力でなんとかするのは限界がある。
今回、彼はその洗礼を初めて受けることになったわけだが、それは決して意外でも何でもない、当たり前のことであった。
ゆえに、今回の彼らの走りが失敗とは思えない。
むしろそれは、いつかくる必然の帰結だったのだから。
それゆえに、むしろ成果の方に注目すべきだ。
それはもちろん、ブランドン・マクナルティの存在。
たしかに最後に彼は脱落することにはなったものの、事実としてポガチャルを凌駕したTT能力と、最後の最後に至るそのときまでは見せていた登坂力。
今回は決して満足のいく出来ではなく、まだまだ成長の余地があるとはいえ、ポガチャルと同年代の彼の今回の「覚醒」は、UAEチーム・エミレーツの行く末を占ううえで大きな希望の1つとはなるだろう。
そして、今回のイツリア・バスクカントリーでは、昨年のツールでもポガチャルを勝たせた名将アラン・パイパーが不在であったことも敗北の要因となったであろう。
最終日第6ステージは戦略面でも、いろいろと仕方のないことがあったとはいえ、それでもやはり反省すべき点は多かった。
そこにもし、パイパーの判断力が加わることができれば、そして今回は不在だったフォルモロが加わることができれば、このチームはまだまだ、強くなる。
そこに、同じくクライスヴァイクやトニー・マルティン、ワウト・ファンアールトなどの最高の面子を揃えたユンボ・ヴィスマがどう対抗していくのか。
今回のイツリア・バスクカントリーはまずはログリッチとユンボ・ヴィスマに軍配が上がったが、これはこの夏に繰り広げられる大いなる戦いのあくまでも序章に過ぎない。
今年の夏は、これまで以上に最高の戦いが繰り広げられることになりそうだ。
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