りんぐすらいど

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【全ステージレビュー】パリ~ニース2021

 

本格歴な欧州ロードレースシーズンの開幕を告げる、8日間のステージレース。

新型コロナウイルスの影響により最終日キャンセルとなった昨年から1年。ここ数年、パリ近郊を走る前半ステージでは冷たい横風の影響を受けた大混乱が巻き起こっていたが、今年は比較的穏やかな天気に恵まれて平穏な状態に。

しかし終盤、南仏ニースの地にてロックダウンが発生し、最終2ステージはコース変更。さらに最終日に巻き起こったまさかの事態により、結果として今年も予想を超えた大波乱を生み出すことに。

 

オーソドックスにしてイレギュラー、スタンダードにしてカオスな「いつもの」パリ~ニースの8日間を振り返る。

 

目次

 

各ステージの詳細なレースレポートはこちらから

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第1ステージ サン=シル=レコール〜サン=シル=レコール 166㎞(丘陵)

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レースレポートはこちらから

パリ近郊で繰り広げられた、1周80㎞の周回コースを2周するレイアウト。

アップダウンは小刻みに連続し、決して平坦ステージとは言えないプロフィールながら、逃げはチーム・トタル・ディレクトエネルジーのファビアン・ドゥベただ一人と平穏な展開で前半が消化されていき、ある程度まったりとした状態でレースは終盤戦へと向かっていった。

だが、残り53.5㎞地点でのフィリップ・ジルベールのアタックをきっかけにした動きのさなか、残り33.2㎞地点でなんとイネオス・グレナディアーズのエースナンバーをつける昨年ツール・ド・フランス総合3位リッチー・ポートが落車。

腰のあたりを強く打ち付けていた彼は、そのまま自転車を降りてチームカーに乗り込むこととなる。

昨年復活を遂げたかのように見え、今年「古巣」へと舞い戻ってきたいされていた彼の今年最初のエースとして走るステージレースが、まさかの初日リタイアという結果で終わることに・・・。

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ジルベールを含む3名の逃げ(ステファノ・オルダーニ、アントニー・ペレス)は残り26.5㎞で吸収。

その後はしばらく1つの集団のままで推移するが、残り15.5㎞地点に用意されたこの日2つ目のスプリントポイントでマイケル・マシューズと昨年総合2位のティシュ・ベノート、ジャスパー・ストゥイヴェンらがアタックしてマシューズが先頭通過。

この日1つ目の中間スプリントポイントの2位通過と合わせ、マシューズはスプリントポイントだけで5秒分のボーナスタイムを手に入れた。

 

そして残り15㎞を切ったタイミングで集団からピエール・ラトゥールがアタック。今年、AG2Rからトタル・ディレクトエネルジーへと移籍した2018年ツール新人賞の男のアタックに、昨年ツール区間2勝のセーアン・クラーウアナスンやアレクサンドル・ウラソフ、ルイスレオン・サンチェスなどの強力な面々が追随。

11名の逃げが形成されるものの、さすがにウラソフまで含んだこの逃げを集団が許すことはなく、残り11㎞で完全に吸収された。

 

そして迎えた集団スプリント。残り4㎞から集団先頭を支配したのはグルパマFDJ。圧倒的なスピードに、ついていけたのはトレック・セガフレードくらいなものだった。

しかし、FDJは動き出すのが早すぎた。残り1㎞ゲートを通過した時点でデマールの前には最終発射台のジャコポ・グアルニエーリただ一人だけとなってしまった。

昨年のジロ・デ・イタリアで連勝したときは、このタイミングからマイルス・スコットソンの強烈な牽引で常にデマールを先頭に留めおくことができていたがゆえに勝てていた中で、今回はやはりフィニッシュ直前でFDJトレイン自体のスピードがダウン。

その隙に、ボーラ・ハンスグローエのジョルディ・メーウスがパスカル・アッカーマンを引き連れて集団の先頭に躍り出てくる。

昨年までSEGレーシングアカデミーに所属していた超期待のネオプロ1年目。

その実力を遺憾なく発揮した形だ。

 

一方のデマールもなんとかこのアッカーマンの番手を奪おうとしていたが、そこでトレック・セガフレードのジャスパー・ストゥイヴェンと競り合い、タイミングを失う。

その隙に、ドゥクーニンク・クイックステップのアシストたちによってポジションを上げていくことに成功したサム・ベネットがアッカーマンの背後を確保。

最後はベストタイミングで放たれたはずのアッカーマンが(もしかしたらわずかな登り勾配のせいで)思った以上に伸び切らず、逆にロケットのような勢いで発射されたベネットが他のライバルたちを圧倒する勝利を叩き出した。

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アッカーマンの番手を失ったデマールはしばらく向かい風を受ける結果となり、ベネットの勢いには追随することができず。

昨年の「ツール最強」ベネットvs「ジロ最強」デマールの戦いはまずはベネットに軍配が上がることに。

その敗因は、あまりにも早すぎたチームの先頭支配。

あの最終局面でメーウスに先頭を奪われることがなければ、そのままデマールが勝っていたことだろう。

 

今年のツール・ド・フランスまでにそのあたりを改善することができるか。

 

 

第2ステージ オワンヴィル=シュル=モンシアン〜アミリー 188㎞(平坦)

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パリ近郊からオルレアン近郊まで南下する移動ステージ。 

最近はツール・ド・フランスなども含め、こういう逃げ切りが期待できないようなステージでは、UCIプロチーム(旧プロコンチネンタルチーム)も含めあまり積極的に逃げに乗ろうとしない傾向がある。

この日も最初の20㎞は一切逃げが生まれず、のちにサンデル・アルメ(キュベカ・アソス)とドリス・デボント(アルペシン・フェニックス)が逃げに乗るも、1つ目の中間スプリントポイント(残り97km地点)直前の集団のペースアップで早くも吸収され、以後は逃げが生まれないまま推移することとなった。

 

1つ目の中間スプリントポイントはマイケル・マシューズが先頭通過。残り33.9㎞地点の第2中間スプリントポイントは2位通過。

この日も合計5秒のボーナスタイムを獲得した。

 

その後、横風分断や細かな落車が頻発するものの、最終的には致命的な脱落者が生まれないまま最後の集団スプリントへ。

残り3㎞からグルパマFDJトレインとトレック・セガフレードトレイン、そしてボーラ・ハンスグローエトレインが隊列を整えて先頭に。

だが残り1.7㎞のヘアピンカーブでこれが一気に崩壊。デマールもポジションを大きく落とすことに。

逆にここで先頭を奪い取ったのが、昨年のツール・ド・フランスの第1週において存在感を示していたチームDSMトレインだった。

 

昨年総合2位のティシュ・ベノートが献身的に牽き上げるDSMトレイン。残り800mに達した段階でもまだアシストを3枚残していた。一方のライバルチームは、トレック・セガフレードがマッズ・ピーダスンのためのヤスパー・ストゥイヴェンを残しているほかは、エース単騎という状況。

DSMトレインも残り500mの最後の右カーブで崩壊するが、ここまでの「運び屋」としての仕事こそが、彼らのこの日の最終目的であった。

このタイミングで唯一残ったアシストであるストゥイヴェンがピーダスンを率いて一気に加速。その背後にはブライアン・コカール。そしてDSMのエース、ケース・ボルは、そのコカールの後輪につけていた。

 

残り150m。ストゥイヴェンの右手から飛び出すピーダスン。コカールもすぐさまその背後に飛び乗る。

しかし、ボルは反対側を取った。彼にとって、この距離は、スリップストリームに入らずとも行ける!という確信があった。それは彼の最初のワールドツアー勝利である2019年のツアー・オブ・カリフォルニア第7ステージのときと同じ確信であった。

 

目の前に押し寄せる空気抵抗を力でねじ伏せて、黒い弾丸は誰よりも速く、フィニッシュラインへと突っ込んでいった。

最後は圧倒的。昨年のツール・ド・フランスで見せたチーム力と、ボル自身の実力の高さを見事に発揮して、昨年のツールでは実現できなかった勝利をついに掴み取った。

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そういえば彼も、第1ステージで活躍したメーウス同様に、SEGレーシングアカデミー出身。

UAEツアーで活躍したユンボ・ヴィスマのダヴィド・デッケルもやはりSEGレーシングアカデミー出身であり、このチームの今後の更なる才能輩出にも期待し続けていきたいところ。

 

 

第3ステージ ジアン〜ジアン 14.4㎞(個人TT)

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ジアン焼きで有名なサントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏の町ジアンを舞台に開催される、短~中距離個人タイムトライアル。

全体的には平坦基調ながら、ラスト400mの平均勾配が6.3%の登り基調フィニッシュ。全体的にも純粋なTTスペシャリストというよりはある程度登りにも適性のあるクロノマンに有利なレイアウトとなったようだ。

 

過去2回の世界王者に輝いているローハン・デニスが序盤に出走し、当然のごとくトップタイムを叩き出す。

しかし、本来の彼の実力から言えば思うように伸びなかったか。実際、これを塗り替えたのが彼のフィニッシュから1時間半後にやってきたセーアン・クラーウアナスン。

昨年のパリ~ニース個人TTやビンクバンク・ツアーの個人TTでも優勝している、今日のような厳しすぎない程度のアップダウンを特徴とする短~中距離TTを得意としているデンマーク人だ。

だが、やはり最後の登りはプリモシュ・ログリッチの方に軍配が上がる。

中間計測では2秒遅れだった彼が、最後の登りで軽やかに駆け上がっていった結果、最終的にはクラーウアナスンの記録を4秒上回る結果に。 

 

このまま、ログリッチの優勝で終わるのか――そう思っていた中で、さらなる強さを見せつけたのがフランスTT王者、レミ・カヴァニャ。

中間計測でクラーウアナスンの記録をさらに3秒塗り替えた「クレルモン・フェランのTGV」は、昨年のツール・ド・フランスのラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ山岳TTでも見せた登坂TTへの適性をこの日も発揮。

最終的にはログリッチを6秒上回る記録を叩き出し暫定首位に。

中間計測以降もログリッチより1秒早い結果だったというわけで、この男の底知れなさを感じさせた。

 

だが、そんな圧倒的だったカヴァニャの中間計測を、さらに3秒上回る男が現れた。

今年のUAEツアーの第2ステージでフィリッポ・ガンナに次ぐ2位を記録していた男、シュテファン・ビッセガーである。

元トラック選手でスプリントと独走力に長けた男だが、起伏のあるステージでのスプリントでも勝ったりしている彼は、この日の登りくらいなら難なくこなしてしまうということなのか。

最終的にもカヴァニャをわずか0.8秒上回る記録で見事ステージ優勝。

最近、その才能を露わにし始めてから結果を出すまでがものすごく早くなってきている気がする・・・彼もまた、そんな才能の1人だ。

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第4ステージ シャロン=シュル=ソーヌ〜シルーブル 188㎞(丘陵)

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「ボジョレー」地方を駆け抜ける総獲得標高3,500m超えのアルデンヌ・クラシック風丘陵ステージ。

残り21㎞地点には登坂距離3㎞、平均勾配7.7%の2級山岳「ブルルイ」が待ち構えており、フィニッシュも登坂距離7.3㎞、平均勾配6%の1級山岳「山頂フィニッシュ」と、総合も動きうるステージ。

そんなこの日、あってはならない「波乱」も巻き起こる。

 

メイン集団が活発化し始めたのはやはり「ブルルイ」。イネオス・グレナディアーズのローレンス・デプルスのアタックなどがありつつも、ユンボ・ヴィスマのステフェン・クライスヴァイクが集団を強力に抑え込んだことで危険な逃げは生まれることなく頂上を通過する。

だがこの下りで、イネオスの残されたエースであるテイオ・ゲイガンハートと、グルパマFDJのエースであるダヴィド・ゴデュが共に落車。

ゴデュはしばらく動けなかったもののやがてサドルにまたがり、昨年ブエルタでも彼を支えてくれた盟友ブルーノ・アルミライルの助けを得て手段復帰。

一方、落車後すぐに立ち上がってリスタートできていたはずのゲイガンハートの方がやがて脳震盪の疑いもありバイクを降りることに。

これでイネオスはポート、ゲイガンハートのダブルエースをまさか最初の4日間で共に失うことに。

ツール・ド・ラ・プロヴァンス、UAEツアーと、決して悪くない形で推移してきた中で、復活を誓う「最強チーム」は厳しい状況に追い込まれることとなった。

 

残り15㎞でプロトンからレミ・カヴァニャとルイスレオン・サンチェスがアタック。カヴァニャは途中の激坂区間でメカトラに見舞われ脱落するが、サンチェスは唯一の逃げ残りであったジュリアン・ベルナールに追い付き、これを突き放して単独先頭に立った。

そしてプロトンでは残り4.2kmでトタル・ディレクトエネルジーのピエール・ラトゥールがアタック。一度は捕まえられるも残り3.1㎞で再度アタック。

そしてこの攻撃に反応したのが、まさかのプリモシュ・ログリッチであった。

 

残り3㎞からのアタック。その狙いは、直後に用意されたスプリントポイントでのボーナスタイム。すぐさま反応したヨン・イサギレも突き放し、先頭を走っていたサンチェスも軽々と追い抜いていった。

そのまま誰一人その背中を捕らえることができないまま、ボーナスタイム3秒とステージ優勝、そしてステージ優勝の10秒もまんまと手に入れたログリッチ。プロトンは12秒遅れでフィニッシュに辿り着き、昨年総合優勝のマキシミリアン・シャフマンがなんとか2位に入り込むことができた、という結果となった。

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この「1秒」にかける執念こそが、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでの総合優勝を導いた秘訣。

より短い日数のパリ~ニースではその1秒の価値も非常に高いのは間違いなく、前日のTTで稼いだタイム差と合わせ、すでにしてログリッチはかなりの優位を手に入れたこととなる。

 

このまま、下馬評通りの総合優勝を決めてしまうのか?

 

 

第5ステージ ビエンヌ〜ボレーヌ 203㎞(平坦)

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リヨンの南からローヌ川沿いの渓谷道をまっすぐ南下して南仏の街ボレーヌへ。今大会最後の集団スプリントステージ。

第2ステージがそうだったように、この日もまったく逃げが生まれず。そもそもスタートからアタックもなく、実に130㎞に渡る「逃げ無し」展開が続いた。

途中、オリバー・ナーセンやヴィクトール・カンペナールツ、フィリップ・ジルベールなどが中心となって形成された11名の危険な逃げ集団が生まれた瞬間もあったが、すぐさまトニー・マルティンらが支配するプロトンによって飲み込まれていった。

 

だが、そのマルティンを悲劇が襲う。

残り35.2㎞。集団なかほどにいたユンボ・ヴィスマの集団の一人が縁石に乗り上げてバランスを崩し、チームメートたちを巻き込んで落車。

その中にはプリモシュ・ログリッチの姿もあったが、彼はダメージを受けている様子はなくすぐさまリスタート。

しかし、マルティンだけが一人うずくまり立ち上がれない様子。やがてストレッチャーに乗せられ、病院へと向かうことに。

1人で2~3人分の働きをする最強の平坦牽引役を、ユンボは失うこととなってしまう。

 

その後、残り16㎞地点にあるこの日2つ目の中間スプリントポイントを前にして、ボーナスタイムが欲しいマキシミリアン・シャフマンやティシュ・ベノートがアタック。

結果としてヨン・イサギレが先着し、シャフマン、ベノートの順で通過。シャフマンはレース序盤の第1中間スプリントポイントでも2位通過しており、この日のレース途中だけで4秒のボーナスタイムを手に入れることとなった。

 

そして集団スプリント。

第1ステージでは勝利はしたもののそこまで存在感を示せてはいなかったドゥクーニンク・クイックステップの「最強スプリントトレイン」がその真価を発揮。

まずは残り2㎞を過ぎたあたりから先頭に姿を現すようになったその最強列車が、フラム・ルージュを越えたタイミングで先頭に。

この時点でサム・ベネットの前にはアシストが3枚。時速70㎞弱のハイ・スピードで集団を縦に長く引き伸ばす。

残り400mから第2発射台のフロリアン・セネシャルが猛牽引。その左手に、ナセル・ブアニを率いるアルケア・サムシックトレインがポジションを上げてくる。

完全に並ばれたところで最終発射台ミケル・モルコフにバトンタッチ。ここからが圧倒的だった。

 

ブアニをリードアウトするダニエル・マクレーはセネシャルに並ぶという時点で実に素晴らしい走りを見せてくれていた。

だが、ドゥクーニンクにはそこからさらにもう1枚アシストが残っていたのだ。しかも、ミケル・モルコフという現役最強のリードアウターが。

残り250mでマクレーが力尽き、ブアニは野に放たれることとなる。

当然そこからスプリントを開始するわけにはいかず、すぐさま隣のベネットの番手につける。ここまでは良かった。

だがそこから加速するモルコフ。ブアニはついていくのに精いっぱいだった。

そうして残り150mという「必勝タイミング」で放たれたサム・ベネット。そうなればもう、ブアニは横に並ぶことすら許されなかった。

 

文句なしの圧勝。それは、ミケル・モルコフやフロリアン・セネシャルといった、最強のドゥクーニンクトレインが作り上げた約束された勝利であった。

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これにてスプリンターたちの出番は終了。

いよいよ、総合争いにおける最終局面へと突入していく。

 

 

第6ステージ ブリニョール〜ビオット 202.5㎞(丘陵)

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いよいよ舞台は南仏プロヴァンスへ。ブリニョールからカンヌを越えてニース近郊のビオットへ。

後半に標高1,000m越えの山を越え、ラストは2㎞にわたって5%前後の勾配が続く登りフィニッシュで、逃げ屋向きのコースと見られていた。

 

しかし、ケニー・エリッソンドやアレクセイ・ルツェンコなど、まさに逃げ向きの選手たちが揃った6名に許されたタイム差は最大で4分いかない程度。

そのうちの1人アントニー・ペレスがこの日の山岳ポイントの最初の4つをすべて先頭通過し、今大会の山岳賞をほぼほぼ手中に収めるという戦果は得られたものの、その彼も残り58㎞で最後の山岳ポイントを前にして脱落。

最終的には残り21㎞でエリッソンドが一人アタックし、独走を開始するに至る。

 

フィニッシュまで残り13㎞。すでに後半の大きな登りを終え、終盤の小刻みなアップダウン区間に入っていたところで、集団からヨナス・ルッチがアタック。10秒差にまで迫っていた単独先頭のエリッソンドに合流し、積極的な牽引の末にそのタイム差を20秒にまで開いた。

さらに残り3.4㎞でルッチはエリッソンドを突き放し、独走を始める。

昨年のツアー・ダウンアンダー最終日ウィランガ・ヒルでも力強い逃げを見せ、その後のオンループ・ヘットニュースブラッドでも重要なポイントでの逃げに乗ることに成功していた期待のネオプロ2年目。

この日の逃げは結局ラスト1㎞で集団に捕らえられてしまうものの、その勇気ある走りは今後もさらに期待するのに十分なものであった。

 

そしてフィニッシュ。2㎞にわたって5%の登りが続き、サム・ベネットも止まりそうになるくらいのペースダウン。

ここで最初に飛び出したのはギヨーム・マルタン。だが、彼は自らの勝利というよりは、こういう登りのスプリントに最も向いているクリストフ・ラポルトのためのアシスト的な動きであった。

マルタンの背後につけるのはプリモシュ・ログリッチ。しかしそのログリッチの番手にラポルト。

コフィディスにとって、完璧な展開であった。

 

だが、ログリッチはグランツールライダーというにはあまりにもスプリント力のある男だった。

ベストなタイミングでログリッチの背中から飛び出せるチャンスのあったラポルトだったが、彼の想像以上の加速力を見せたログリッチに対し、その横に並ぶことすらできずに終わったのだ。

後方から加速する同じく激坂ハンターのマシューズ、トゥーンスも、今年のシーズン開幕戦グランプリ・シクリスト・ラ・マルセイエーズでコカールやトマ・ブダを登りスプリントで打ち破ったパレパントルも、同じく追いすがることしかできずに終わった。

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第7ステージ ル・ブロ〜ヴァルドゥブロール・ラ・コルミアーヌ 119.2㎞(山岳)

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当初はニースをスタートするコースが予定されていたが、新型コロナウイルスの影響により、この週末(土日)のニースがロックダウンされることが急遽決まり、プロトンもニースの街に入れなくなってしまった。

その状況をうけてスタート地点を変更。ただし、このステージの肝である中盤以降のコース、登り、最後の山頂フィニッシュはすべて維持されるため、このステージに関してはあまり大きな変更はないと見ていいだろう(翌日の最終日は大きく変更されることに)。

 

今大会最大規模となる13名の逃げが形成され、とくに山岳賞ジャージを着るアントニー・ペレスが前半の3つの山岳ポイントをすべて先頭通過したことにより山岳賞を確定。

コフィディス一筋の29歳。昨年もツール・ド・フランスで序盤から積極的に山岳ポイントを収集して第2ステージ終了時点では18ポイントでブノワ・コヌフロワと同ポイント首位につけていたが、翌日第3ステージで落車リタイア。その悔しさをしっかりと今大会で晴らした形だ。

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ただ、この逃げはペレスの山岳賞をもたらしたのみで終わり、逃げ切り・ステージ優勝にまで到達することはなかった。

コルミアーヌ峠の登りに入ると先頭の逃げ集団から次々と有力選手が脱落。プロトン随一の逃げスペシャリストのトーマス・デヘント、今年新天地イネオスでの復活を目指すローレンス・デプルス、あるいは昨年のツール・ド・フランスの山岳ステージで逃げ切ったアレクセイ・ルツェンコ、「ジロ・デ・イタリア2018クリス・フルームの大逆転劇」の立役者の1人でもあったケニー・エリッソンドなども逃げに乗っていたが、いずれも脱落していった。

 

そして残り7㎞地点で、先頭に残ったのは2人だけ。

2016年のツアー・オブ・カリフォルニアで、当時同じアクセオン・ハーゲンスバーマンのチームメートだったテイオ・ゲイガンハートとルーベン・ゲレイロと共に新人賞のワンツースリーを独占した「アメリカ最大の期待の星」ニールソン・ポーレス。

そして、タデイ・ポガチャルの総合優勝した2018年のツール・ド・ラヴニールで区間2勝し、これもまた新時代の注目選手だと信じられていたマーダー。

ともに、実力は申し分ないはずなのに、どこかうまくいかなかった二人が、ここで結果を出すべく懸命にペダルを回していく。

この時点でタイム差は、50秒。

 

そして残り4.7km。

マーダーがポーレスを突き放して独走を開始。

メイン集団でも残り4.2㎞地点でユンボ・ヴィスマのジョージ・ベネットが先頭牽引を開始。

ダヴィド・ゴデュ、ルイスレオン・サンチェス、ワレン・バルギルなどが次々と落ちていくペースアップの中、先頭はベネット、アレクサンドル・ウラソフ、ヨン・イサギレ、プリモシュ・ログリッチ、マキシミリアン・シャフマンの順でプロトンは縦に長く引き伸ばされていく。

 

残り3㎞。タイム差36秒。

ベネットが仕事を終えて、ステフェン・クライスヴァイクが牽引を開始。

2017年パリ~ニース覇者セルジオ・エナオも脱落し、メイン集団は11名に。

 

残り1.6㎞。タイム差24秒。

クライスヴァイクが終了すると同時に、プリモシュ・ログリッチがアタック!

昨年総合優勝者マキシミリアン・シャフマンもすぐさまここに貼りつき、残り1.3㎞でカウンターアタック。しかし決まらず。

これでこのメイン集団はログリッチ、シャフマン、ウラソフ、ルーカス・ハミルトン、そして昨年総合2位のティシュ・ベノートの5名だけとなった。

 

残り1㎞。タイム差17秒。

再びログリッチがアタック。シャフマンが食らいつき、二人抜け出す。

 

残り550m。タイム差4秒。

ここで一旦ログリッチがペースを緩め、シャフマンが前に出る。

 

残り300m。

ベノート、ハミルトン、ウラソフも再び合流。

これはマーダー、逃げ切れるか?

 

だが、残り250mで、ログリッチがもう一度アタック。

そしてこれが決定打となった。

 

シャフマンもいよいよついていけず、引き離される。

50m先にフィニッシュラインを見据え、勝利を確信したはずのマーダー。

しかし残り25mで、その左隣にマイヨ・ジョーヌの男が並んでいた。

 

まさに容赦ない一撃。

言い換えれば、それは勝利への飽くなき執念。

その執念が、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝を導いたのだ。

 

その貪欲さこそが、この男の強さの秘訣。フィジカル面では最強ではないかもしれないが、その精神性においては間違いなく現役最強の男である。

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そしていよいよ、最終日。

この第7ステージ同様、ニース封鎖の影響を受けて大きくコースが変更されたことで、大逆転劇の舞台となった定番の「エズ峠~キャトル・シュマン峠」コースが使えなくなり、そこまで厳しすぎない登りフィニッシュとなっている。

 

となれば、ログリッチ優位に変わりなく。

今年の総合優勝はこれでほぼ確定し、あとは総合2位以下の争いに終わるだろう――そんな風に思っていた。

 

しかし、最終日、まさかの展開が待ち受ける。

 

 

第8ステージ ル・プラン・デュ・ヴァール~ルヴァン 92.7km(丘陵)

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例年お馴染みのニースの街を発着するレイアウトは完全にキャンセルされ、昨年のツール・ド・フランスの第1ステージでも途中通過した「ルヴァン(Levens)」の街をフィニッシュ地点とする。

雨と氷のように滑る路面とが激しい落車を繰り返し引き起こした地獄のようなレース展開となった昨年ツール第1ステージ。

ジョージ・ベネットがおそるおそるといった様子で下っていた姿が印象的だったあの日の終盤の下りこそがこのルヴァンの下りであり、このパリ~ニース2021でも、このルヴァンの下りで悲劇が巻き起こった。

 

まずは、第4ステージでもテイオ・ゲイガンハートと共に落車していたダヴィド・ゴデュが、この日もこの下りで落車してリタイア。

さらに、ここでプリモシュ・ログリッチも同じように落車してしまい、肩をひどく打ち付けてしまった。

のちの話によるとこのとき彼はすでに脱臼してしまったという。その左腿にも痛々しい擦過傷を見せつけるログリッチはなんとか集団復帰を成し遂げるが、2回目のルヴァンの下りで再び、落車してしまった。

そしてこのときが決定的だった。サム・オーメンやステフェン・クライスヴァイクも必死で彼をアシストするが、やがて彼らも力尽き、ログリッチは独りになってしまった。

メイン集団ではマキシミリアン・シャフマンの2連覇を護るべく、ニルス・ポリッツを中心とするボーラ・ハンスグローエのアシスト勢が全力の牽引。そこに総合2位・3位独占を狙うアスタナ・プレミアテックも協力し、やがてログリッチは絶望的なタイム差をつけられていってしまう。

 

それでも彼は最後まで走り続けた。決して諦めることなく、たった一人で何人もの零れ落ちてきた選手たちを追い抜いて。

昨年のあの衝撃のツール敗北の直後にリエージュ~バストーニュ~リエージュとブエルタ・ア・エスパーニャを制した男の最強の精神性が、今年中にでもこの日の屈辱を晴らすであろうことを確信させてくれる。

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一方、ログリッチの追い落としに成功したメイン集団では、次なる総合争いが勃発。総合2位に浮上したアレクサンドル・ウラソフと、総合3位に浮上したヨン・イサギレの、アスタナ・プレミアテックコンビが波状攻撃を仕掛ける。

しかし、今年すでにここまでのステージで、明確にログリッチに次ぐ実力の高さを見せつけ続けているマキシミリアン・シャフマンが冷静にこれらの攻撃を自ら抑え込む。

 

そうしてメイン集団からはそれ以上の波乱が起きることはなく一塊でフィニッシュへ。

ほとんどスプリンターが残っていない集団の中で最も実績のある男はクリストフ・ラポルト——と思っていたが、先行し、最後はラポルトの追い上げを振り切って勝利を掴んだのは、過去ブエルタ2勝の男、マグナス・コルトであった。

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相変わらず混戦に強い独特な脚質を持つコルト。

これからもきっと、安定して勝利を重ねていっていきそうな男だ。

 

 

最終総合リザルト

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ボーラ・ハンスグローエの「最強アルデンヌ・ハンター」マキシミリアン・シャフマン。昨年のパリ~ニース総合優勝は正直、「イネオスもユンボもいない中で」という脚注をついつけたくなるような印象だった。

今年もイネオスのダブルエースが序盤でリタイアし、ユンボのプリモシュ・ログリッチも最終日に悲劇に見舞われた。

それでも、クイーンステージでの堂々たる走り、並み居るクライマーたちを跳ねのけて達成したその総合2連覇は、彼が着実にステージレーサーとしての道を歩んでいることを実感させた。

今後の更なる飛躍が楽しみだ。

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個人的に注目したいのは、安定した走りで常に先頭に姿を見せていたルーカス・ハミルトン。

アダム・イェーツもジャック・ヘイグも去り、チームにとってはサイモン・イェーツに次ぐセカンドエースとして期待されている彼が、その期待に応える走りを見せてくれているということができるだろう。

 

前半は例年のような混乱が少なかった印象の今年のパリ~ニース。

しかし終盤にかけて、ニースのロックダウンと合わせまさかの展開を迎えた最終ステージ。

結局、パリ~ニースは混沌とは無縁ではいられないのか。

その流れを汲む今年のグランツールもまた、一筋縄ではいかないのかもしれない・・・。

 

 

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