北スペイン・バスク地方で開催された、6日間のステージレース。
今年はプリモシュ・ログリッチとタデイ・ポガチャルが初めて激突するレースとして注目を集め、実際にその二人とそれぞれのチームによる激戦が繰り広げられた。
そちらの模様は以下の記事に詳細を記載。
二人の戦いという観点から、各ステージのレビューも行っている。
今回の記事ではこの2人の争い以外のところにも簡単に触れていく。
とくにアスタナのバスク人が元気で、チームとしての今期初勝利のあとすぐに2勝目も飾り、勝利に繋がっていない場面でも常に積極的に、アグレッシブに戦い続けていた。
各ステージの勝者がいかにして勝ったのか。
そういったポイントを意識しながら、振り返っていこう。
目次
- 第1ステージ ビルバオ〜ビルバオ 13.9㎞(個人TT)
- 第2ステージ サリャ〜セスタオ 154.8㎞(丘陵)
- 第3ステージ アムリオ〜エルムアルデ 167.6㎞(丘陵)
- 第4ステージ ビトリア=ガスティス〜オンダリビア 189.2㎞(丘陵)
- 第5ステージ オンダリビア〜オンダロア 160.2㎞(平坦)
- 第6ステージ オンダロア〜アラーテ 111.9㎞(山岳)
- 最終総合リザルト
各ステージのコースプレビューはこちらから
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第1ステージ ビルバオ〜ビルバオ 13.9㎞(個人TT)
スタート直後に11%、フィニッシュ直前に19%と、複数個所にわたって激坂ポイントの用意された実にバスクらしい個人タイムトライアル。
驚くべきことに、優勝候補筆頭のプリモシュ・ログリッチが10番手スタート。後半の風を警戒したのか、当たり前のようにホットシートを手に入れ、以後、最後までその座を譲り渡すことはなかった。
それどころか、しばらくは暫定1位~3位をユンボ・ヴィスマが独占した。ここ数年で一気に台頭してきた若きデンマークの才能、ヨナス・ヴィンゲゴーと、2019年ツール・ド・ラヴニール覇者トビアス・フォス。
このユンボ軍団に割って入ったのが、2016年ジュニアTT王者のブランドン・マクナルティ。
そしてログリッチ最大のライバルであり、昨年のツールの激坂TTでは圧倒的な差でログリッチを打ち倒したタデイ・ポガチャルは、中間計測こそ2秒彼を上回ったものの、最終的には28秒遅れと、「失敗」といっていい結果に終わった。
やはり、風の影響はあったのか?
まずは危なげなく総合リーダーの座を手に入れたログリッチ。この28秒のアドバンテージをこの後、しっかりと生かすことはできるか。
また、アダム・イェーツがカタルーニャに続き個人TTで好成績を出せているのは良い材料。引き続き今年のグランツールでの結果に期待ができそうだ。
一方、激坂TTということでやはりベヴィン、アランブルなどのパンチャー系の選手たちも上位に来ている。アランブルは今大会を通じてこのTTや下りなど、これまでそこまで目立ってなかった強みを発揮しつつあり、まだまだ進化の可能性を残していそうな期待のできる選手だ。
そして今年のGPインダストリア&アルティジアナートで5位に入るなど丘陵系レースでの可能性を見出しつつあるスプリンター/パンチャーのイーデ・スヘリンフ。
元SEGレーシングアカデミー出身のオランダ人ということで期待できる要素しかない男が、そろそろ覚醒の兆しを見せつつあるようだ。
第2ステージ サリャ〜セスタオ 154.8㎞(丘陵)
ゴール前14㎞地点に用意されたラ・アストゥリアーナ峠(登坂距離7.6km、平均勾配6.2%)が勝負所となるパンチャー向けステージ。
最後は長い下りと2㎞の平坦、そして短い登りでのフィニッシュとなる。
クエンティン・ヘルマンスやベン・ガスタウアーなどが含まれた7名の逃げはラ・アストゥリアーナ峠に入る直前ですべて吸収され、予定通りこの登りで動きが巻き起こる。
まずは残り19㎞でダヴィド・ゴデュがアタックし、ここにいきなりタデイ・ポガチャルが食らいつく。
暫く2人で先頭に抜け出す展開が続くが、やがてこれをマイケル・ウッズを先頭にした集団が吸収。
残り16㎞でマキシミリアン・シャフマンがアタックすると、ここに再びポガチャルが反応した。
だが、ポガチャルのこの積極的な攻撃はすぐさま捕らえられる。
するど再度のゴデュのアタック。これが引き戻され、2度目のシャフマンのアタック。
そして今度はここに、プリモシュ・ログリッチが反応した。
ポガチャルはさすがにこれに反応する余力を残していなかった。よって、すぐさま無線で連絡し、ブランドン・マクナルティに行かせることに決める。
抜け出したログリッチ、シャフマン、マクナルティ、そしてコロンビア王者のセルジオ・イギータ。
4名がラ・アストゥリアーナ峠の下りへと突入していく。
ただ、雨に濡れた路面の下りに、総合を狙うシャフマンとログリッチは慎重策を選び、スローダウン。間もなく集団に吸収される。
マクナルティとイギータはそのままステージ優勝を狙って駆け抜けていくが、下り終えたあとの2㎞の平坦区間で捕まえられることとなった。
このまま集団は一団のまま最後の登りスプリントに突入するのか?
だが、ここで動いたのがアスタナ・プレミアテックだった。
まずはバスク人のオマール・フライレによるアタック。これが吸収されたのちに、同じくバスク人のアレックス・アランブルがカウンターで飛び出した。
いまだ今期勝利なしのアスタナによる、渾身の波状攻撃。
抜け出したアランブルは一気に30秒近いタイム差を作り、単身フィニッシュへと挑むことに。
ラストの登りは急勾配でその勢いは多少衰えてしまうものの、すでに作り上げていたギャップは十分であった。
1995年9月生まれの25歳。2019年まではスペインのプロコンチネンタルチーム、カハルラルに所属し、今日と同じビスカヤ県を舞台にしたシルキュイ・ド・ゲチョで勝つなど、激坂含む登りスプリントに強い男である。
そんな彼が、2000年からアスタナに所属。
トップカテゴリにおいても登りスプリントフィニッシュでは常に上位にその名を並べてきていた有望な男が、ついに世界最高峰の舞台、それも地元バスクのレースで、栄光を掴み取った。
逃げ切り勝利という、彼にとってはまた新しいタイプの勝利は、前日のTTでの好走と合わせ、この男のさらなる可能性を感じさせた。
アランブル抜け出しのきっかけをつくったフライレが集団先頭を取り、アスタナのバスクコンビがワンツーフィニッシュ。
さらにポガチャルも3位に入り込み、本日の一連の積極策が最後の最後で少しは実を結んだ結果に。
これでボーナスタイム4秒を獲得。
前日のTTで失った28秒のうちの、4秒を取り返すこととなった。
第3ステージ アムリオ〜エルムアルデ 167.6㎞(丘陵)
前半は比較的平穏なコースになっているものの、ラスト20㎞を切ってから3つの登り。とくに最後の1級山岳エルムアルデは、最初の1㎞の平均勾配が10.7%、次の1㎞の平均勾配が15.6%、全体を通しても全長3.1kmの平均勾配が11.1%という、非常に凶悪な登りである。
最後の1㎞は7%にまで落ち着き下りのあとのフィニッシュとなるが、とにかく総合争いが巻き起こることが必至な今大会最初の山頂フィニッシュである。
逃げ集団は最後から2番目の登りの途中までの間にすべて吸収。
プロトンの中では大きな動きが巻き起こることなく、最後の登りへと突入する。
最初に集団から飛び出したのはEFエデュケーション・NIPPOのマグナス・コルト&セルジオ・イギータのコンビ、そしてAG2Rシトロエンのオウレリアン・パレパントル、リチャル・カラパスの4名であった。
これが残り2.6㎞で捕まえられると、今度はタデイ・ポガチャルが加速。ここにプリモシュ・ログリッチとカラパスが食らいついていった。
そして最大勾配20%が連続する登りの中腹の激坂九十九折ゾーンへ。
ログリッチが背後のポガチャルを警戒して何度も振り返りながら牽制しているうちに、カラパスが単独で抜け出す場面も。
しかし一度ポガチャルが加速してしまえばあっという間にこれを追い抜き、ついていけたのは当然ログリッチだけ。
残り1.6㎞でこの2人が牽制状態に陥ると、今度は集団からアダム・イェーツがミケル・ランダ、マウリ・ファンセヴェナントと共にブリッジを仕掛けてくる。
しかし直後に再びポガチャルがアタック。やはりログリッチだけがついていき、残りの強豪3名はいとも簡単に突き放されてしまった。
残り1.1㎞で再び2人に数名が追いついてくる。ダヴィド・ゴデュ、アレハンドロ・バルベルデ、ランダ、イェーツ。
すでに急勾配区間は終わり、下りと緩やかな登りのゾーンに入っていたが、そこでラスト500mからログリッチが加速。
後ろについていたバルベルデも突き放され、やっぱりこのとき反応できたのはポガチャルただ一人であった。
他のあらゆるライバルを置いてきぼりにする、圧倒的に抜きんでたスロベニア人コンビ。
だが最後に勝利したのは、この日の朝綿密な下見をしてこの終盤のコース取りを十分に理解していたというタデイ・ポガチャルであった。
まるで、昨年のツール・ド・フランス第15ステージを彷彿とさせるような、激しい2人による攻防戦。
このときの4秒のボーナスタイムにより、ログリッチとポガチャルの総合タイム差は20秒差にまで縮まる。
このまま、二人だけでバスクの総合優勝争いは展開してしまうのか?
誰もがそう確信していた中で、大きな波乱が第4ステージで巻き起こる。
第4ステージ ビトリア=ガスティス〜オンダリビア 189.2㎞(丘陵)
レース終盤にクラシカ・サンセバスティアンでも使用される2つの登り「ハイスキベル」と「エライツ」が登場するクラシック風味のステージ。
残り90㎞をきってようやく形成された4名の逃げはこの「エライツ」を前にしてすべて吸収され、この登りで総合勢による動きが巻き起こり始めた。
まずアタックしたのは連日積極的な動きを見せているアスタナ・プレミアテックからヤコブ・フルサン。ここにすぐさまリチャル・カラパス、アレハンドロ・バルベルデ、そしてタデイ・ポガチャルが反応した。
当然、プリモシュ・ログリッチも間髪入れずに追走を開始。一旦逃げを吸収すると、カウンターでミケル・ランダがアタックする。
そしてランダのアタックにエステバン・チャベス、さらには新人賞ジャージをポガチャルの繰り下がりで着るブランドン・マクナルティも追随した。
ランダ、チャベス、マクナルティの強力な3名で形成された追走集団。当然、集団牽引の責任はログリッチ擁するユンボ・ヴィスマが担うこととなり、先頭をヨナス・ヴィンゲゴーが猛牽引していく。
このペースアップによって集団からはファビオ・アル、エンリク・マス、ヒュー・カーシー、セルジオ・イギータなどが脱落していく。
そして残り22.4㎞。エライツの山頂直前で3名は集団に吸収された。
だが、決定的な動きはこのあとの下りで巻き起こった。
残り20.6㎞。エライツの下りで飛び出したエステバン・チャベス。
ここにペリョ・ビルバオ、ヨン・イサギレ、エマヌエル・ブッフマン、そしてブランドン・マクナルティが食らいついていった。
ログリッチは反応しない。代わりに、セカンドエースのヴィンゲゴーをこの逃げ集団に加えさせる。
それは敵の本命であるポガチャルを自ら抑え、2番手は2番手に追わせるという、定石通りの動きではあった。
しかし問題は、この行かせたブランドン・マクナルティが、初日のTTで好走しており、ログリッチからわずか30秒しか遅れていないという事実であった。
全力でローテーションを回しログリッチたちの集団とのギャップを開いていく先頭6名。
追走集団ではバルベルデやダヴィド・ゴデュなどが次々と加速するも逆にペースを乱すだけの結果に終わり、一時は11名程度に絞り込まれていたこの集団も、一度遅れていたイギータやカラパスなども戻ってくるほどにペースを落としていた。
残り8.2㎞で先頭6名と追走集団とのタイム差は34秒。バーチャルの総合リーダーがログリッチからマクナルティに移った。
集団はログリッチのチームメートであるアントワン・トールクに寄って牽引されるも、トールクももうすでにヘトヘト。思うようにペースは上がらず、他チームは互いに牽制状態である。
残り4.5㎞。
タイム差53秒。
先頭6名の逃げ切りが、決まった。
残り700mでチャベスが一度アタック。残った集団は一瞬、お見合い状態となり、チャベスの逃げ切りが見えたか、と思われた。
しかし、ここでマクナルティが迷いなく加速。
彼にとってはステージ優勝以上に、1秒でもログリッチを置き去りにしてフィニッシュすることが重要だった。
このマクナルティの加速でチャベスの逃げ切りの可能性は潰え、つづくブッフマンの加速でチャベスが完全吸収。
そこからさらにアタックしたヨン・イサギレがフィニッシュへと迫るが、6名の中で最もスプリントの実績をもつペリョ・ビルバオが強烈な加速。
横一線に並んだバスクの一流ライダー。
勝ったのは、昨年の覇者ヨン・イサギレの方だった。
第2ステージに続く、アスタナの2勝目。
今期この大会が始まる前までは無勝と苦しんでいた彼らが、ここにきて立て続けに勝利を掴むこととなった。
またまだフルサンなんかは昨年同時期の調子の良さを取り戻せておらず不安は残るが、少しずつこの強力なチームの本来の強さを見せてくれることだろう。
そして、総合争いにおいてはマクナルティがログリッチを抜いて総合首位に。
波乱に満ちた総合争い。
果たして、あそこでマクナルティを行かせたユンボの選択は正しかったのか、否か。
第5ステージ オンダリビア〜オンダロア 160.2㎞(平坦)
バスク1周では珍しい平坦スプリントステージ。
とはいえ、やはりバスクにおいてそれがそう単純に終わるなんてことはなかった。
逃げは6名。ボーラ・ハンスグローエのイーデ・スヘリンフやトレック・セガフレードのジュリアン・ベルナール、そしてドゥクーニンク・クイックステップからヨセフ・チェルニーとミゲルフローリヒ・ホノレのコンビなどが入り込んでいた。
メイン集団の牽引は総合争いを繰り広げているUAEチーム・エミレーツやユンボ・ヴィスマではなく、スプリント勝利を狙いたいイスラエル・スタートアップネーションやEFエデュケーション・NIPPO、そしてチーム・バイクエクスチェンジなどが担当。
残り45㎞地点に用意された3級山岳ゴンツァガライガナ(標高364m)で集団と逃げとのタイム差は1分半にまで迫った。
しかし、そこからはなかなかタイム差が縮まらず。
残り33㎞地点の3級山岳ウルカレギ(標高344m)の登りでドゥクーニンク・コンビが強力なペースアップを見せて、2人とベルナールの3名以外はすべて振り落とされてしまった。
そしてこの登りの頂上を通過した時点で、集団と先頭とのタイム差はまだ1分15秒――この10㎞で、ほとんどタイム差を縮めることができずにいた。
集団からは今大会常に積極的に動き続けているアスタナのバスク人コンビ――アレックス・アランブルとオマール・フライレが抜け出し、一時は先頭とのタイム差を50秒近くにまで縮めたものの、このブリッジは成功せずにやがて集団に吸収されてしまう。
そして集団と先頭とのタイム差は再び1分半に。
集団の中に、あきらめムードが漂い始める。
逃げ切りをほぼ確定させた先頭集団では、チェルニー&ホノレvsベルナールという、圧倒的にベルナール不利の状態。
その中から残り5㎞地点でホノレがアタック。ここに、ベルナールがまったくついていけない様子を見せたのを目にして、今度はすかさずチェルニーが飛び出した。
あっという間にベルナールを突き放したドゥクーニンクの2人はそのまま互いの健闘を讃え合えながら二人でフィニッシュラインへと突き進む。
それはまるで昨年のツール・ド・フランス第18ステージでイネオス・グレナディアーズが見せたような、ダブルガッツポーズであった。
勝ったのはミケルフローリヒ・ホノレ。昨年のジロ・デ・イタリアではパンチャーとしての才能を存分に開花させていた若き才能の1人である。
今年新加入のチェルニーと合わせ、決してチームの「一軍」ではない。
それでも彼らもまた、ウルフパックの一員であることを証明するかのような、鮮やかな勝利であった。
第6ステージ オンダロア〜アラーテ 111.9㎞(山岳)
総合争いにおいては休息日となった第5ステージを挟み、いよいよ今年のバスクの最終日。
波乱巻き起こる第4ステージを経て、総合リーダーの座はまさかのブランドン・マクナルティの手に。
総合2位プリモシュ・ログリッチとのタイム差は23秒。その20秒後方にはタデイ・ポガチャル。
果たして、総合争いの行方はどうなるのか。バスク1周名物のアラーテ山頂フィニッシュステージで、全てが決まる。
この日はとにかく、足を休める瞬間が一瞬たりとも存在しない、文字通りジェットコースターのような日であった。
スタート直後からモビスター・チームとイスラエル・スタートアップネーションが猛牽引を行い、いきなり集団の数が50名程度に。
プリモシュ・ログリッチも序盤から前から3番目のポジションをキープするなど、常に緊張感に包まれた事態が進行していたことが明らかであった。
そんな中、「挑戦者」の立場となっていたユンボ・ヴィスマは、序盤から積極的に動き続けていた。
まずは、山岳アシストの1人であるアントワン・トールクを、繰り返し序盤からアタックさせ、何が何でも逃げに乗せようとしていた。
実際これは功を奏し、先頭はこのトールクを含むエンリク・マス、リチャル・カラパス、ヒュー・カーシーなどの非常に強力な面子が揃う逃げが形成される。
さらに、残り75㎞地点では今度はサム・オーメンを逃げに乗せようとアタックさせる。
UAEチーム・エミレーツとしてもこれ以上事態を悪化させるわけにはいかないと、マルク・ヒルシをこのオーメンについていかせる。
かくして、先頭にはヒルシ、オーメン、トールクを含む14名の逃げが形成される。
そしてメイン集団はUAEチーム・エミレーツのラファウ・マイカとディエゴ・ウリッシが牽引。しかし2人とも、ここまでの荒れた展開の中で、確実に疲弊しきっていた。
そして致命的な事態が巻き起こったのは、この日4つ目の登りElosua-Gorlaからの長い下り。
ここで、メイン集団の主導権を奪ったのが今大会常にアグレッシブに動き続けていたアスタナ。そのとくに下りが得意なバスクコンビであるアレックス・アランブルとヨン・イサギレが集団の先頭でペースを上げに上げ、結果、ここで集団が縦に長く伸びることとなる。
このとき、プリモシュ・ログリッチは集団の前から6番目にいた。
そして、そのログリッチの背後で、集団が分断する。
取り残された後続の集団にはログリッチのアシストであるヨナス・ヴィンゲゴーと――そして、総合リーダーのブランドン・マクナルティとタデイ・ポガチャルの姿もあった。
ログリッチはここで、大きなチャンスを得ることとなった。
抜け出した6名はイサギレ、アランブル、ログリッチ、ダヴィド・ゴデュ、アレハンドロ・バルベルデ、ミケル・ランダ。
いずれも全力で牽引する理由があり、この6名のローテーションは綺麗に回っていく。
一方、ポガチャルを含む追走集団はヴィンゲゴーが協力しないのはもちろん、その他のライバルチームたちも、まずはUAEチーム・エミレーツの足を疲弊させるのを最優先にしたのか、なかなか回ろうとしない。
やがて先頭集団から降りてきたマルク・ヒルシがこの集団を牽引し始めるが、ほぼ彼の単独牽きであり、かつ彼が決して得意とはいえない平坦での牽引だったために思うようにペースは上がらず、しかも登りに突入する前に力を使い果たし、脱落してしまった。
一方のログリッチたちは逃げ集団と合流し、先頭は20名弱の大規模な集団に。
当然この中にはサム・オーメンとアントワン・トールクもおり、彼らもその力をすべて使い果たす勢いで全力牽引をこなした。
追走集団の方では総合リーダーのマクナルティを護るべくポガチャル自らが牽引する場面も。
UAEチーム・エミレーツにとって、すでにログリッチに20秒のビハインドを背負ってしまっているポガチャルよりも、23秒のアドバンテージを持っているマクナルティを優先する、というロジックでこの選択肢を取ったのだろうと思われる。
だが、この選択が裏目に出る。
残り49㎞地点から始まる1級山岳クラベリン。登坂距離5㎞、平均勾配9.6%、最大勾配17%というこの凶悪な登りに突入すると同時に、肝心のマクナルティが遅れ始める。
もはや、UAEチーム・エミレーツが勝つためには何が何でもポガチャルがログリッチたちに追い付く必要があった。
しかしこの情報を耳にするや否や、ログリッチも当然のごとく先頭集団の前に出てペースアップ。
たちまち先頭集団の数は絞られ、彼についていけたのはバルベルデとゴデュ、そしてヒュー・カーシーだけであった。
1級山岳クラベリンの山頂を前にしてバルベルデが脱落。
しばらく3名のまま、残る2つの登りへと挑む。
追走集団ではポガチャルが牽引する場面がやはり多く、彼にしては珍しく感情を顕にして「牽けよ!」とジェスチャーする場面も。
しかし事態は好転せず、タイム差は着実に開いていくばかりであった
残り6㎞で先頭集団からゴデュがアタック。一瞬ログリッチも遅れたかのように見えたが、その後マイペースを維持してその差を縮め、追いつく。カーシーはここで脱落した。
追走集団からもポガチャルがアタックし、バルベルデ、アダム・イェーツ、そしてヴィンゲゴーの3人だけが、これに食らいついていく。
ポガチャルとしてはこの一撃で背中のヴィンゲゴーを振るい落とせなかった事態で、「詰み」であった。
そして勝利を確信した先頭の2人は互いに拳を打ち付け合い、健闘を讃え合う。
最後はログリッチが明確にゴデュに勝利を譲り、熱いガッツポーズを見せるゴデュの背後で、ログリッチもまた、1年越しの「リベンジ」の達成に小さなガッツポーズを披露した。
ゴデュはこの勝利で総合順位を16位から5位に一気にジャンプアップ。
今年もここまで、丘陵系レースを中心に好成績を残し続けており、いまやティボー・ピノ以上に好調にシーズンを進めているチームの第一エース候補ですらある。
最終総合リザルト
最終日の逆転劇によって、プリモシュ・ログリッチはしっかりとその総合リーダージャージを奪い返した。
さらに、ポガチャルの背後に常に陣取り、その後輪を捉えて離さなかったヴィンゲゴーは第4ステージで作り上げた15秒差を守り切り、ログリッチに次ぐ総合2位の座を手に入れた。
ユンボ・ヴィスマにとって課題であった、「ダブルエース」の不在を、このヴィンゲゴーが埋めてくれる可能性を感じさせるリザルトとなった。
一方のポガチャルは最後はチーム戦略のいくつかの失敗によって悔しい敗北を喫することとなった。
もしあそこで、マクナルティのために走るのではなく、自らのために走ることができていたら? そもそも最初の下りの集団分裂のときにしっかりと前にいられたら? 事態は変わっていたのかもしれない。
それでも、それはあくまでもポガチャルがその「個の力」を生かして勝つ以外に方法はなかったであろう。今回は、そんな以前から指摘されていた彼の――というよりはUAEチーム・エミレーツの――弱点たる、チーム力の問題が露呈したリザルトとなった。
とはいえ、マクナルティの存在は、まだまだ発展途上とはいえ、未来に希望を持てる材料の1つとなった。
また今回は今年常にポガチャルを助け続けている第一アシストのダヴィデ・フォルモロも、昨年のツールでのポガチャルの勝利の立役者となった名監督アラン・パイパーも、不在であった。
まだまだポガチャルは、そしてUAEチーム・エミレーツは、可能性を秘めている。
同様にステフェン・クライスヴァイクやワウト・ファンアールト、トニー・マルティンが不在の中でこれだけの成果を出して見せたユンボ・ヴィスマもまだまだ本気ではない。
この2チームが全力で激突する今年のツール・ド・フランスはどうなってしまうのか。
今から実に、楽しみである。
全ステージ勝利者まとめ
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