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ブエルタ・ア・サンフアン2020 第5ステージ ドゥクーニンク・クイックステップの1年越しのリベンジはいかにして成し遂げられたのか

 

ツアー・ダウンアンダーと並ぶシーズン開幕レース、ブエルタ・ア・サンフアン。

そのクイーンステージとなるアルト・コロラド山頂フィニッシュの第5ステージは、昨年に続く白熱の展開となった。

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第4ステージまでの3ステージはピュアスプリントステージで、総合争いに関わるステージは第3ステージの個人タイムトライアルくらいだった。

そこで2位のフィリッポ・ガンナに33秒、登坂力が高く直接のライバルになりうる3位のオスカル・セビリャには1分8秒ものタイム差をつけていたレムコ・エヴェネプールは、そのままの総合タイム差でこのクイーンステージを迎えており、その総合優勝はよほどのことがない限り堅いように思われた。

 

 

しかし、昨年も実は似たような展開だった。パンチャー向けの第2ステージと個人TTの第3ステージを連勝したジュリアン・アラフィリップが、総合優勝間違いなしと思われたまま挑んだこのアルト・コロラドフィニッシュで、強力な南米系クライマーたち(キンタナ、アナコナ、カラパス、セプルペダ)を揃えていたモビスター・チームに、まさかの逆転を許してしまったのだ。

 

とはいえ、今年はキンタナもカラパスもアナコナもおらず弱体化したモビスターが相手であること、昨年は逆転されたアナコナが第5ステージ開始時点でアラフィリップから26秒差でしかなかったのに対し、今回はセビリャとは1分以上のタイム差が開いていることなど、昨年と違ってドゥクーニンク・クイックステップが安全にその総合成績を守れそうな要素も揃っていた。

 

このまま問題なく、第5ステージを終え、総合優勝に王手をかけることができそうだーーなんて甘い考えは、やはりこのレースには通用しなかった。

 

 

アルト・コロラドに魔が潜んでいるのか。

昨年に続き驚きの展開が巻き起こり、一点危機的な状況に追い込まれたドゥクーニンク・クイックステップ。

彼らがそこからいかにして立て直し、その総合成績を守り切ることができたのか。

今年最初の本格的山頂フィニッシュ、アルト・コロラドの戦いを丁寧に振り返っていく。

 

 

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「敗北」を喫した昨年を振り返る

今年の展開を見ていく前に、悔しい敗北を喫した昨年の展開を振り返っていこう。

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昨年のドゥクーニンク・クイックステップも今年とほぼ同じ、スプリンターとしてアルバロホセ・ホッジをエースに据え、総合系ではアラフィリップをエースに、そしてこのレースがプロとしての初レースとなったレムコ・エヴェネプールを連れていた。

 

戦前から総合優勝候補筆頭として挙げられていたアラフィリップ。その期待通り、第2ステージのプンタネグラダム登りフィニッシュ、第3ステージの個人タイムトライアルと連勝したアラフィリップは、最大のライバルたるナイロ・キンタナに対し48秒ものタイム差をつける圧倒的な状況であった。

たしかにモビスターの面々は錚々たる面子。しかし、前年にツール・ド・フランスの山岳賞も手に入れているアラフィリップの登坂力であれば、近年決して調子の良くないキンタナに48秒を逆転されることはないだろう、そんな風に誰もが、思っていた。

 

しかし、そこに意外なる伏兵が隠れていた。個人タイムトライアルでそこそこの成績を出し、第5ステージ開始時点でアラフィリップに対しわずか26秒しか遅れていなかったウィネル・アナコナが、残り14㎞でひとり集団から抜け出した。

あくまでもキンタナをマークしたいアラフィリップはこれをまずは様子見。アナコナにはあわよくばステージ優勝を狙いたいプロコンチネンタル、コンチネンタルチームの選手たちが食らいついていくが、その小集団からさらにアナコナがアタック。

その勢いは鋭く、これについていけたのは唯一、メデジンのセサル・パレデスのみであった。

 

 

それまでメイン集団を支配していたモビスター・チームは当然ここで失速。彼らの狙いに気がついたドゥクーニンク・クイックステップが集団コントロールの責任を一身に背負うことに。

しかしホッジのためのスプリントアシスト要員も連れてきているクィックステップにとって、山岳でアラフィリップを守る役割を担える駒は決して多くなかった。それはペトル・ヴァコッチと新人エヴェネプールくらいであった。

 

そのヴァコッチも、残り9kmでオスカル・セヴィリャやリチャル・カラパスがアタックを仕掛けた際に脱落。エヴェネプールが必死でこれを抑え込もうとするも失敗。やがて、エヴェネプールとアラフィリップは共に集団の中に沈み込んでいった。

先頭を牽引するのは総合6位のグロスチャートナーと、それをアシストするパヴェル・ポリャンスキの2人。これではペースが上がるはずもなく、アナコナとのタイム差はどんどん開いていく。 

 

純粋にアナコナが強いのは間違いなかった。同行者のパレデスは先頭にチームメートのモントーヤが逃げているため、アナコナの前を牽くことは一度もなかった。

つまり、アナコナがたった一人で、ひたすら集団からのエスケープを試みていたのだ。それでいて、タイム差を開き、1分近いギャップを維持し続けていたのだ。

残り4.3kmで、その先頭のモントーヤとも合流。いよいよ、ステージ優勝すら視界に入り込んできた。

 

さすがにこの状態に危機感を覚えたクイックステップは、ついに最終手段に出ることにした。すなわち、まだ19歳、ジュニア上がりのルーキー、エヴェネプールによる先頭牽引である。

重大なミッションを課せられたエヴェネプールは、ただちにアラフィリップを引き連れて集団の先頭に。彼のペースアップを前にして、それまで先頭を牽いていたポリャンスキはたまらずに脱落。その後も3.5km近く、エヴェネプールは先頭を牽引し続けた。

 

このあとの2019年シーズンにおいて、幾度となく我々を驚かせ続けてくれることになる天才ルーキーの、初陣にしていきなりの晴れ舞台であった。 

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しかしそんなエヴェネプールも、さすがに最後まで持つことはなかった。

残り2.5㎞でエヴェネプール、脱落。

その瞬間にアラフィリップが一気にアタックを仕掛ける。先頭のアナコナとのタイム差は1分以上。せめて、総合表彰台を奪われない位置にまでタイム差を詰めておきたい。

 

しかし、これを許さないのが、それまでじっとアラフィリップの後輪を捉えながらその様子を窺い続けてきたナイロ・キンタナ。さらにはもう1人、ネーリソットーリ・セレイタリア(現ヴィーニザブKTM)に移籍したナイロの弟、ダイェル・キンタナも、この2人に追随していった。

 

約1km程度、アラフィリップは先頭で牽き続ける。後ろのナイロが前に出ないことは分かり切っていた。だからひたすら振り返ることなく全力でペダルを回すしかなかった。第2ステージのように。

だがそれでも、結局は集団に引き戻された。次の瞬間にダイェルがアタックし、アラフィリップはこれに反応するが、やはりここでもナイロがきっちりと喰らいついていった。 

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モビスターの完璧な戦略であった。先頭はアナコナが全力で逃げ、集団ではナイロがアラフィリップを徹底マーク。万が一アラフィリップが抜け出しに成功しても、アナコナとナイロの間にはもう1人、昨年ジロ総合4位のカラパスが控えている。

そしてアラフィリップにはもう、アシストはいない。

この状況では、もはや、どうしようもなかった。

 

最終的にアナコナはアラフィリップを1分弱突き放して先頭でゴール。最後はメデリンの選手2名とのスプリント勝負となったが、ワールドツアーチームとしての意地を見せ、見事に勝利を果たした。

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そしてこのときにアラフィリップを逆転したアナコナは、そのまま最終日まで総合成績を守り、彼にとって初となるステージレース総合優勝を果たした。

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個人としての実力は申し分ないながらも、チームとしての総合力とそのコンビネーションに敗れてしまった1年前のドゥクーニンク・クイックステップ。

今年は、その敗北に対する1年越しのリベンジの機会であった。

 

 

危機と克服

それでは今年の状況を確認していこう。

今年もドゥクーニンク・クイックステップはジュリアン・アラフィリップとレムコ・エヴェネプール、そしてアルバロホセ・ホッジを連れてきており、スプリントと総合の両面を狙う体制で挑むことに。

エヴェネプールはこの1年で、クラシカ・サンセバスティアン優勝などかなりの成長を見せており、今年はアラフィリップと並び総合優勝候補に。実質的なダブルエース体制であった。

昨年の山岳アシストのペトル・ヴァコッチがアルペシン・フェニックスに移籍してしまったので、代わりにピーター・セリーがこのダブルエースを守護する。ベルト・ファンレルベルフとゼネク・スティバルはホッジのためのスプリントアシスト要員であった。

 

そして、昨年のドゥクーニンクの最大のライバルであったモビスターは、アルゼンチン人セプルペダとコロンビア人ベタンクールはいるものの、昨年中心的な存在であったキンタナ、アナコナ、カラパスはすべて移籍して不在。明らかな戦力不足であった。

ほかにドゥクーニンクを脅かしうるクライマーといえば、昨年総合3位・一昨年総合優勝のオスカル・セビリャのほかは、コフィディスのギヨーム・マルタン、UAEチーム・エミレーツのブランドン・マクナルティなどのプロコンチネンタルから昇格したばかりの選手たちで、有力な対抗馬とは言い難かった。

 

今年こそドゥクーニンクの圧倒的有利。そんな風に予想のできる戦前の状態だった。

 

 

予期しなかったアクシデントもあった。

昨年のリベンジを狙っていた当の本人、ジュリアン・アラフィリップは、胃腸の状態が芳しくなく、第3ステージ開幕前にリタイア。

ダブルエースの片割れを、チームは早くも失うこととなった。

 

だが逆にこれで、狙うべき選手が明確になった。その、唯一のエースたるレムコ・エヴェネプールは、第3ステージの個人TTで快走。

現ヨーロッパ王者で世界選手権銀メダリストであるエヴェネプールのTT能力はこの日も存分に発揮され、昨年世界選手権3位のフィリッポ・ガンナに33秒、3位以下には1分以上ものタイム差をつける文字通りの「圧勝」。

昨年のアラフィリップ以上の圧倒的優位でもって、第5ステージのアルト・コロラド山頂フィニッシュに挑むこととなった。

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第4ステージ終了時点での総合リザルト


 

今年こそドゥクーニンク・クィックステップが戦前の期待通りの総合優勝を成し遂げてみせる。

そんな風に誰もが思っていた中でーー今年も、アルト・コロラドには「魔」が潜んでいた。

 

 

展開を大きく動かしたのは登りではなく、そこに至るまでの遮るものの少ない吹き曝しの大地に吹き付ける強烈な横風であった。

たまらずエシェロンを組み立てるプロトンの中で、エヴェネプールはポジションを落としてしまっていた。

そして、集団が大分裂。

33秒遅れの総合2位フィリッポ・ガンナや1分27秒遅れの総合5位ブランドン・マクナルティが含まれた集団と、エヴェネプールがふくまれた集団とのタイム差は一時1分25秒にまで広がり、ガンナがエヴェネプールに40秒以上のタイム差をつけてバーチャルリーダーになったまま残り20㎞を通過していくような状況となってしまった。

 

このとき、エヴェネプールの周りには、アシストがほぼいなかった。唯一の山岳アシストであるピーター・セリーが懸命に牽引するも、そう長くは続かなかった、アラフィリップがいれば全然違っただろうが、そうでない以上、普通に考えればエヴェネプールにとってはこの上ないほどに危機的な状況であった。

結局、今年もドゥクーニンク・クィックステップは、総合とスプリントの両輪を狙ったチーム体制により、最後は山岳チーム力不足で敗北してしまうのか?

 

 

そんな状況を打ち破るために、エヴェネプールは自ら動き始めた。

アシストが誰一人いない中、残り20㎞から後続集団の先頭に立ち、ガンガンに牽引。

これを見た総合3位オスカル・セビリャも、チームメートで現在山岳賞ジャージ保持者のセサル・パレデス――昨年のアルト・コロラドで、集団からアタックしたウィネル・アナコナに唯一食らいついていった男――も、ローテーションに協力し、後続集団のペースは一気に上がっていった。

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ちょうど、コース自体も本格的な登りに突入したタイミングだった。それまで、フェルナンド・ガビリアやペテル・サガンなどのスプリンターたちも牽引に協力していたガンナたちの集団も、一気にペースダウンすることに。

登りでもガンナは落ちることなく残り続けることはできたものの、そのタイム差は着実に縮まっていった。

 

エヴェネプールとの総合タイム差1分27秒をひっくり返すことは絶望的になったブランドン・マクナルティは、地元アルゼンチンのフアン・メリビロや同じくステージ優勝を狙いたいコフィディスのギヨーム・マルタンと共に抜け出すも、向かい風も邪魔してこのアタックも残り9㎞で完全吸収。

10数名にまで絞り込まれた先頭集団の中で、総合首位エヴェネプールから5位マクナルティまで有力勢が全員そろい踏みとなってしまった。

 

あとはもう、最後のステージ勝利を巡る戦いのみ。

一団となった有力勢からはパレデスやメリビロ、オリヴェイラなどが遅れ、6名の小集団スプリントを制したのは、残り300mから腰を上げたアンドローニ・ジョカトリの23歳ミゲル・フロレス。

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常に集団先頭を牽引し続けたエヴェネプールは最後、セビリャやマクナルティにも2秒のギャップをつけられて、ボーナスタイムも得られない5位ゴールとなってしまったものの、総合首位の座は何の問題もなく守り切ることができた。

 

あとは、サーキットに入る際にちょっとした登りを含みはするものの、基本的には集団スプリントで決着をするであろう第6ステージと、完全ピュアスプリンターステージの第7ステージ。

ほぼほぼ、これでレムコ・エヴェネプールの総合優勝が確定したと言ってよいだろう。

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かくして、昨年に続き危機に瀕することとなったドゥクーニンク・クイックステップ。

だがそこから、リーダー自ら単独で前を牽き続けるという勇気あるチャレンジを開始したレムコ・エヴェネプールが、その力を最後まで失うことなく危機を克服し、フィニッシュに到達することとなった。

 

もちろん、セビリャやパレデスの協力がなければ追いつくことは難しかったかもしれないが、それでもこの走りは、ネオプロ2年目、20歳とは思えない堂々たる走りであったことは間違いない。

今年もまたこの男には、驚かされ続けることになるだろう。

レムコ・エヴェネプール。

2020年も、大暴れに期待している。

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