りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

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【全ステージレビュー】ジロ・デ・イタリア2022 第1週

 

ハンガリー開幕の2022年ジロ・デ・イタリア。その第1週の全9ステージを、とくに「いかにして勝利したのか」という観点から簡単に振り返っていく。

詳細はnoteの方で毎日投稿しているので、よければそちらを参照してください。

note.com

 

 

近年稀に見る、落車・トラブルの少ない1週目を過ごしているように感じる。そして、その中身はそんな悲劇的なトラブルがなくとも実に濃密であった。

白熱のスプリントバトル。劇的な逃げ切り勝利。熱い抱擁を交わすチームメート。若手も、ベテランも、誰もが死力を尽くし悔しさと歓喜とをぶつける。

 

そこには、自転車ロードレースの魅力が十二分に詰まっている。その美しさを、少しでも表現できていれば幸いだ。

※表中の年齢はすべて2022/12/31時点のものとなります。

 

目次

 

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第1ステージ ブダペスト 〜 ヴィシェグラード 195㎞(平坦)

激坂マリア・ローザ争奪戦

レースレポートはこちらから

昨年のツール・ド・フランス同様、個人タイムトライアルでもスプリントでもなく、激坂の先にあるパンチャー向けフィニッシュが用意された第1ステージ。

そこに至るまではひたすら平坦が続くため、ドローンホッパー・アンドローニジョカトリの2名が逃げに乗っただけの、いたって平穏な時間が過ぎていく。

そして残り5.6㎞から始まる、平均勾配4.2%の「ヴィシェグラード城」へと至る登りフィニッシュ。

その最も厳しい残り3.7㎞(最大勾配8%)区間で集団からローレンス・ナーセン(AG2Rシトロエン・チーム)、次いでレナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)らがアタックするも、この日の優勝候補ビニヤム・ギルマイ率いるアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオが中心となって集団を牽引。

ウルティモキロメトル(残り1㎞)を通過すると同時に集団からダヴィデ・フォルモロ(UAEチーム・エミレーツ)が飛び出して、ここにペリョ・ビルバオ、さらにはカレブ・ユアンらが食らいついていくことでペースアップし、ケムナも飲み込んで最終決戦が開幕する。

 

残り500m。先頭はフォルモロ、ユアン、ビルバオ、リチャル・カラパス、ギルマイ、バウケ・モレマ、そしてマチュー・ファンデルプールらが連なる。

残り400mでまずはユアンが先行。その背後からウィルコ・ケルデルマン(ボーラ・ハンスグローエ)とマウヌス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)が飛び出してきて先頭を奪い、残り200m。

残り150mでコルト先頭。その背後にユアン。

横にはギルマイが並び、ギルマイの後輪にはファンデルプールが貼りついている。

コルトは前に出るのが早すぎた。失速する彼の左手から、ギルマイが抜け出してファンデルプールもその横に並ぶ。コルトの右手からはユアンがさらにもう一段階加速!

残り100m。先行したのはわずかにギルマイ。だが、一踏みごとに、ファンデルプールが着実に前方に突き進んでいく。

 

次の瞬間。

ギルマイに進路を塞がれ、さらに彼らを追い抜くだけの足は残っていなかったユアンは体制を崩し、結果、目の前のギルマイの後輪に自らの前輪をハスらせてしまった。

そのまま、左肩からは激しく転倒。昨年のツール・ド・フランス第3ステージの悪夢が一瞬脳を過ったが、その後の彼の走りを見るに、ひどい後遺症が残るダメージにはならなかったようだ。

いずれにせよ、勝負は先頭の2人に限られていた。

今年、アフリカ勢として初めてヘント~ウェヴェルヘムを制した、新時代のスーパースター候補、ビニヤム・ギルマイ。

そして今年、ロンド・ファン・フラーンデレン2勝目を果たした世界最強の「自転車の天才」マチュー・ファンデルプール。

その勝敗は——

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軍配は、ファンデルプールに挙がった。

昨年のツール・ド・フランス第2ステージの勝利とマイヨ・ジョーヌ獲得に続き、今年も初挑戦のジロ・デ・イタリアのしかも初日ステージでのいきなりの勝利と、マリア・ローザの獲得。

「天才」ファンデルプールは、今年も期待通りの大暴れをしてくれるようだ。

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このファンデルプールの勝利自体は何も意外ではなかったが、しかしギルマイの2位はさすがに驚きである。

もちろん、2年前から彼の才能は明確なもので、昨年のU23世界選手権ロードレースでも集団先頭を獲っての2位や今年のヘント~ウェヴェルヘム優勝と、その実力は約束されている。

www.ringsride.work

 

だが、こうしてグランツールの頂上決戦の舞台で、マチュー・ファンデルプールと覇を競い合う位置にまで登り詰めているとは、その成長のスピードには衝撃を覚える。

例えば来年、ロンド・ファン・フラーンデレンのフィニッシュ地点において、同じようにファンデルプールとマッチスプリントをしていたとしても、もはや驚きはないだろう。

これからも非常に楽しみな男である。

 

 

 

第2ステージ ブダペスト 〜 ブダペスト 9.2㎞(個人TT)

意外?な登りTT優勝争い

レースレポートはこちらから

ハンガリーの首都ブダペストで繰り広げられた短距離個人タイムトライアル。しかしそのフィニッシュ地点は緩やかな登りが用意され、第1ステージ同様、一筋縄ではいかないレイアウトだ。

5番出走の元アワーレコード記録保持者アレックス・ドーセット(イスラエル・プレミアテック)が12分23秒という記録を出し、最初の基準タイムを設定する。しばらくの間ホットシートに座り続けていた彼の記録を塗り替えたのがユンボ・ヴィズマのヨス・ファンエムデン、そしてエドアルド・アッフィニといったTTスペシャリストたち。

さらに前日も終盤に果敢なアタックを繰り出した山岳逃げスペシャリストのレナード・ケムナがこのアッフィニの記録をさらに更新し、そのうえで驚きの記録を出したのが今年アスタナからバイクエクスチェンジに移籍してきたばかりのイタリアTT王者マッテオ・ソブレロであった。

 

やはり登りもいけるタイプの選手に有利なように思われる成績の出方を見守りつつ、注目を集めたのがユンボ・ヴィズマのエースナンバーを着用する元TT世界王者、トム・デュムラン。

昨年も東京オリンピック個人タイムトライアルで銀メダルを獲得するなど、復活の兆しを見せつつある彼がソブレロのタイムを更新し、暫定首位に。11分55秒。

このまま、デュムランがまずは4年ぶりのマリア・ローザを着用するか―—と思った中で、その直後の出走となっていたサイモン・イェーツが、登りの麓に用意された中間計測地点でデュムランを1秒更新、さらに登りの頂上に用意されたフィニッシュで5秒更新という記録を叩き出し、首位に立った。

マリア・ローザを着用した最終出走者マチュー・ファンデルプールも中間計測地点をサイモン・イェーツから0秒65差で通過するなど驚異的な走りを見せるが、やはり登りで彼を逆転することは不可能だった。

最終的にはファンデルプールはデュムランを2秒上回り2位フィニッシュ。マリア・ローザは守り切ったものの、この日の勝者はまさかのサイモン・イェーツとなった。

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いや、これをもうまさか、とは言ってはいけないのだろう。すでに3年前のパリ~ニースの丘陵タイムトライアルでも優勝しており、今年も同じくパリ~ニースのTTで5位に入り込んでいる。

直前のツアー・オブ・ジ・アルプスでは2回の独走勝利を決めるなど、その独走力、出力の高さは、単純なピュアクライマーと判断するには異様すぎる。

彼は明確にオールラウンダーである。チームメートのソブレロの好調と合わせ、今年、「4度目のリベンジ」をついに果たすことはできるか?

 

 

 

第3ステージ カポシュヴァール 〜 バラトンフュレド 201㎞(平坦)

最初の大集団スプリント

レースレポートはこちらから

開幕ハンガリー3日間の最終日を締めくくるのは、今大会最初の大集団スプリント。

完全オールフラットで大きな落車もなく平穏に過ぎ去っていった1日の終わりで、その頂上決戦のまずは初戦が開幕した。

 

主導権を握ったのはやはりこのチーム。「最強」クイックステップ・アルファヴィニル。

ここ近年の彼らの定番スタイルとも言える、「残り1~2㎞まではずっと息を潜め、最後の最後で一気に主導権を握る」パターンを今回も踏襲し、残り1.5㎞になってようやくその隊列が集団先頭に躍り出てきた。

 

まずは先頭ダヴィデ・バッレリーニ。次いで残り800mでベルト・ファンレルベルヘに先頭交代。ここで一旦、アルペシン・フェニックスの発射台アレクサンダー・クリーガーに左から追い抜かれ先頭を奪われるが、残り600mでミケル・モルコフがファンレルベルヘの後を継ぎ一気に先頭に躍り出た。

 

ただ、モルコフにバトンタッチするには、いつものパターンと比べると早すぎるのではないか?

事実、モルコフは残り300mと、マーク・カヴェンディッシュを発射させるにはやや早すぎるタイミングで仕事を終えることとなった。

 

あとは、カヴェンディッシュの仕事である。幸いにも他チームもアシストを残しておらず、彼のスプリント開始と共に、フェルナンド・ガビリアも、カヴェンディッシュの背後にいたアルノー・デマールも、同時にスプリントを開始せざるを得なかった。

とくにガビリアに関しては、モルコフがお得意の「仕事を終えて下がりつつライバルの進路を妨害する」(あまり褒められたものではないかもしれない)テクニックで回り道を余儀なくされ、やや失速。

そして何よりも、カヴェンディッシュの、3~4年前であれば絶対に失速していたであろう距離からの強烈なスプリントで、ジロ・デ・イタリアでの16勝目を飾った。

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クイックステップトレインも、モルコフも、確かに強かった。当然残り300mまでカヴェンディッシュを先頭に運び上げる仕事というのは勝利に大きく大きく貢献している(その貢献ができなかったロット・スーダルとバーレーン・ヴィクトリアスは、それぞれのエースが好調だったにも関わらず勝利を得ることができなかった)。

しかし、この日の勝利は、(昨年のツール・ド・フランス第4ステージのように)カヴェンディッシュ自身の足が掴み取った勝利でもあるように思う。

昨年のツールだけの奇跡ではない。「マン島ミサイル」は、今年も鋭さをなお増し続けているようだ。

 

 

 

第4ステージ アーヴォラ 〜 エトナ 172㎞(山岳)

山岳逃げスペシャリストたちの激戦

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イタリア上陸からいきなりのエトナ山頂フィニッシュ。登坂距離22.8㎞、平均勾配6.6%、標高1,892mへと至る、本格的な山頂フィニッシュである。

とはいえ、まだ序盤。そして常に序盤であり続けてきた過去のエトナステージでも、少なくともここ数回に関しては常に逃げ切りが決まっている。

この日も、総合争いは(脱落者を除けば)勃発することはなく、14名で形成された逃げ集団の中からこの日の優勝者が選ばれる形となった。

 

残り28㎞。すでにエトナへの登りは少しずつ始まりつつあったそのとき、14名の集団の中からステファノ・オルダーニ(ロット・スーダル)が一人、飛び出した。

2年前のブエルタ・ア・エスパーニャや昨年のジロ・デ・イタリアでも上位に入っている「スプリンター」のはずの彼の、意外な抜け出し。

しかしそんな健闘も残り12㎞を切る頃になると段々と失速し、6名にまで絞り込まれていた追走集団の中から、オルダーニ同様コメタ・サイクリングチーム(現エオーロ・コメタ)出身のフアン・ロペス(トレック・セガフレード)がアタックする。

残り10.2㎞でオルダーニに追い付き、そのままパスして単独で先頭に躍り出たロペス。

これを追いかける5名がオルダーニを吸収したと同時に、そこから第1・第2ステージでも活躍していたレナード・ケムナ、そしてマウリ・ファンセヴェナント(クイックステップ・アルファヴィニル)、シルヴァン・モニケ(ロット・スーダル)の計3名が飛び出して「第2集団」を形成した。

 

そして残り6.4㎞。この「第2集団」から、さらにケムナが単独でアタック。

2020年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ&ツール・ド・フランスでの逃げ切り勝利を皮切りに、トップレースでの山岳逃げ切り勝利を毎年連発している、世界最高峰の山岳エスケープスペシャリスト。

この日も逃げ集団の中で最も可能性のある男と目されていた彼が、期待通りの走りで一気にロペスに追い付き、そして2人のままフィニッシュへとなだれ込んでいった。

 

最後の1㎞はロペスがケムナを前においてプロ初勝利のチャンスを掴もうと機を窺うが、最後の左コーナーでバランスを崩し失速。

その隙にホームストレートでスパートをかけたケムナが、今期3勝目、そしてグランツールでは2回目となる逃げ切り勝利を成し遂げた。

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第5ステージ カターニア 〜 メッシーナ 174㎞(平坦)

チーム一丸となって掴んだ勝利

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ヴィンツェンツォ・ニバリの生誕地メッシーナへと至るスプリントステージ。コースの途中には登坂距離19.5㎞・平均勾配4.9%の2級山岳が聳え立つも、その頂上からフィニッシュまでは100㎞近くあるため、さすがに篩い落とされたスプリンターたちも最後には戻ってくるだろう、と、思っていた。

 

が、ヤクブ・マレツコを失ってマチュー・ファンデルプールで戦う以外の選択肢を失ったアルペシン・フェニックスが、アシストの力を総動員してこの2級山岳で一気にペースアップ。

この動きでカレブ・ユアン、マーク・カヴェンディッシュ、そしてアルノー・デマールが次々と脱落していく。

さらに下りでも今度はビニヤム・ギルマイのためのアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオが猛スピードで集団を牽引し、脱落した彼らを追いつかせないようにペースを維持。

最終的に、カヴェンディッシュとユアンは復帰を諦め、今大会最強と思われていた2大スプリンターが勝負権を失うこととなってしまった。

 

が、グルパマFDJは、マイルス・スコットソンやイグナタス・コノヴァロヴァスといったルーラーたちの力を借りて、なんとかエース、アルノー・デマールを集団復帰させることに成功する。

最終発射台ヤコポ・グアルニエーリは遅れたものの、残り800mの鋭角コーナーを経た先のホームストレートで、「第2発射台」ラモン・シンケルダムがデマールを引き連れて一気に加速。

残り600mから200mまで、400mもの間、集団の先頭をデマールのために突き進み続けたその強烈なリードアウトの果てに、デマールは万全の構えでスプリントを開始。

フェルナンド・ガビリアやジャコモ・ニッツォーロらも食い下がろうとするが、シンケルダムのおかげで残り200mまで足にほぼダメージのなかったデマールの加速力の敵ではなかった。

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チーム一丸となってデマールを集団復帰させ、最後は強烈なリードアウトで勝利を掴んだグルパマFDJ。

今年はチーム史上最も手厚いデマール体制を築き上げたといっても過言ではないが、そのチームの期待に応える、見事な勝利であった。

 

 

 

第6ステージ パルミ 〜 スカーレア 192㎞(平坦)

真の最強スプリント決定戦

イタリア本土に上陸し、そのティレニア海沿いを北上する完全移動ステージ。

逃げはエオーロ・コメタのディエゴ・ローザただ一人。主催者の想定する最も遅いフィニッシュ時刻をさらに30分後ろ倒しにしたという、近年まれにみるゆったりペースで展開した192㎞の果てに、各チームの総力を尽くした最高のスプリントバトルが展開した。

 

詳細はぜひ、以下のリンク先を見てほしい。

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まずは残り1㎞から、右にクイックステップトレイン、左にグルパマFDJトレインが出来上がる。

 

そのグルパマFDJトレインの先頭を突き進んでいたラモン・シンケルダムが、残り800mから一気に他のライバル勢を突き放し先頭を突き進んでいく。

これで万全と思われていたクイックステップトレインが完全崩壊。バッレリーニ、ファンレルベルヘが次々と脱落し、残り600m地点でミケル・モルコフただ一人に。

そして他チームもほとんどアシストを失い、FDJの独壇場と化してしまった。



だが、ここからモルコフがその実力の高さを見せつける。

この残り600mの時点で先頭から7~8列にいたはずの彼が、カヴェンディッシュを引き連れて一気に加速していく。

そして残り300m。デマールの最終発射台グアルニエーリの前に出て、その先頭を奪い取ることにすら成功する。

 

 

このあと、いつもの「仕事を終えて下がりつつライバルの進路を妨害する」テクニックでグアルニエーリもデマールも封じ込めるモルコフ。

 

これはさすがに、デマールも苦しいか・・・と思っていた。

 

 

が、クイックステップも万全ではなかった。

さすがに残り600mから全力で牽き続けていたモルコフは、この残り300mとまだフィニッシュまで遠い位置で力尽きざるを得なかった。

もちろん、そこから勝ったのが第3ステージのカヴェンディッシュではあったが、この日は「最強」カレブ・ユアンがカヴェンディッシュの後輪にぴったりとくっついている。

ユアンも決して良い位置取りではなかったが、残り450m時点でのフェルナンド・ガビリアとのポジション争いに見事勝利し、この最高の位置を掴み取ることに成功していた(そしてこのとき敗れたガビリアは行き場を失い、残り300m時点の画像のような形でケース・ボルと接触し、降格処分を受けている)。

 

そして残り100m。さすがに失速するカヴェンディッシュの背後から、カレブ・ユアンが飛び出す。

だが——その背後に、アルノー・デマールが、先ほど封じ込められていたと思われていた彼が、ぴったりと貼りついていたのである!

 

このあとはデマールが大きく右に進路を移してユアンと並び、最後はわずか数センチ差でギリギリの勝利を掴み取る。

アルノー・デマール、2連勝。2020年4勝&マリア・チクラミーノを手に入れたあのときの強さが再び戻ってきた!

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この最後のデマールの動きだが、通常の大集団スプリントの密集状態では、あれだけ閉じ込められてから自由に動き回ることはなかなか難しい。最後のユアンの背後から大きく右に移動する動きも。

それが可能になったのは、残り800mからのシンケルダムの超牽引のおかげで、並び立つライバルたちがほとんど姿を消したからである。

もちろん、モルコフの足を使わせてカヴェンディッシュに早めに仕掛けさせたのも、ガビリアのアシストを失わせて彼が一人で立ち回らざるを得なくなったのも、すべてシンケルダムのあの超牽引の功績といっていいだろう。

 

第5ステージでのデマール勝利の立役者でもあったシンケルダムは、2日続けて大きな役割を演じることとなった。

これまではグアルニエーリに比べるとどうしても「2軍」発射台のイメージのあった彼だが、今回の彼はそんなイメージを払拭させる、非常に強いリードアウターであることを証明してみせた。

この先のこの男の動きには注目していくべきだろう。

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第7ステージ ディアマンテ〜ポテンツァ 196㎞(丘陵)

最強の男の復活と、そのアシスト

レースレポートはこちらから

リエージュ~バストーニュ~リエージュを超え、イル・ロンバルディアにも匹敵する、総獲得標高4,500mの超難関ステージ。

明確な逃げ切り向きステージということもあり、序盤から激しいアタック合戦が繰り広げられ続け、最終的に7名の精鋭集団が形成される。

ワウト・プールスの脱落、ダヴィデ・ヴィレッラのコースアウト&メカトラなどもあり、最終的には残り30㎞地点でトム・デュムラン、クーン・ボウマン、バウケ・モレマ、ダヴィデ・フォルモロの4名に。

 

このうちデュムランとボウマンはチームメート。数の有利を活かせる展開ではあったが、残り28㎞地点でデュムランがアタックした瞬間にボウマンが遅れる場面も。

何度も後ろを振り返るデュムランの姿は、それが彼にとっても意外な展開であったことを物語っていた。それを見て、バウケ・モレマがすかさずアタック。彼の必勝パターンであるこの距離からの抜け出しを許すわけにはいかず、デュムランは背後にフォルモロが貼りついているのも構わず、ペース走行で追走。

残り27㎞でモレマを捕まえるも、案の定つづいてフォルモロがカウンターアタック。これも、デュムランは自ら前を牽いて引き戻しにかかる。

 

それは、彼が総合優勝を果たした2017年のジロ・デ・イタリアの第14ステージ、ナイロ・キンタナが抜け出して飛び立ったあと、ヴィンツェンツォ・ニバリらライバルたちを背後に引き連れながらも淡々と前を牽いてキンタナとの距離を詰めていったあのときの姿を思い出させる。

今年ここまでUAEツアーやボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャ、そしてエトナ山と繰り返し山岳ステージで力なく遅れる姿を見せていた彼ではあったが、この日の彼のこの走りは、彼の最も強かった時期が取り戻されつつある兆しのようなものを感じた。

 

しかし、今日の彼はあくまでもアシストであった。そして、アシストとしての彼はこのとき、見事な働きをしてみせた。アタックしてもついてくるデュムランを恐れ牽制状態に陥っている隙に、ボウマンもまた自らのペースでゆっくりと追いかけてきて、残り25㎞でついに再合流を果たした。

 

そしてそのあとの彼はひたすら絶好調だった。直後の3級山岳も、ここまでの1級山岳と2級山岳同様に先頭通過を果たし、山岳賞ジャージの獲得を確定させる。

そして残り7㎞地点の「スプリントポイント」へと向かう登坂区間でのモレマ、モレマ、フォルモロと続いたライバルたちのアタックの連発にも誰よりもすぐに反応し食らいつき、逃がさない姿勢。

最後は残り200m。トム・デュムランの牽引によってお膳立てされながら、ボウマンは最後まで衰えを見せなかった鋭いスプリント力でもって、フォルモロ、モレマを突き放して圧勝してみせた。

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そしてこの勝利は何よりも、トム・デュムランという男のアシストあってのことであった。

残り28㎞のあの不可解な失速からボウマンを救ったのも、最後一度突き放されながらも執念で追い付いてラスト200mまで前を牽き続けたことも、グランツールを制した「最強の男」の復活が、オランダの後輩に大きな大きなプロ2勝目をもたらす助けとなったのである。

ありがとう、そしておめでとう、デュムラン。願わくば、彼自身の勝利を、このジロ・デ・イタリアで見ることができることを。

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第8ステージ ナポリ 〜 ナポリ 153㎞(丘陵)

「逃げ王」の矜持

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イタリア第3の都市ナポリを発着する、アップダウンの激しい周回コースステージ。

前日に続き逃げ切り向きということもあって序盤から動きが活発化するも、翌日に難関山岳ステージが待ち構えているために総合勢は比較的おとなしく過ごす。

結果、スタートから45分ほど経過したタイミングで21名の逃げが形成され、その中にはマチュー・ファンデルプールやビニヤム・ギルマイの姿もあった。

 

そのファンデルプールが残り46.2㎞地点でアタック。すぐさまギルマイや、今年からクイックステップ・アルファヴィニル入りしている昨年区間優勝者マウロ・シュミットなどが食らいつくが、この動きは一旦引き戻される。

そのカウンターで飛び出したダヴィデ・ガッブロ(バルディアーニCSF・ファイザネ)に、トーマス・デヘントがチームメートのハーム・ファンフックを引き連れて乗り込んだ。

形成された5名の逃げ。ロット・スーダルが2名入っており、そのうちの1名がデヘントという超実力者であるということで、実績の少ないガッブロやホルヘ・アルカス(モビスター・チーム)はローテーションを拒否。もちろん、そんなことで争っていてはマチュー・ファンデルプールたちの猛追に捕まえられてしまうため、デヘントとファンフック、とくにデヘントが中心となってこの逃げ集団を牽引し続けた。その結果、5名のうちの1名も力なく遅れていき、先頭は4名に。

 

その甲斐、そして後続のファンデルプールやギルマイがやはり牽制し合うこともあって、タイム差はみるみるうちに開いていく。

結局、最後までファンデルプールらは追いつくことなく、最後の800mのホームストレートに突入した先頭の4名。

残り700mでデヘントは自らの靴を締める。ここまでファンフックのアシストであるかのように牽きまくっていた彼だが、ここにきて覚悟を決めたようだ。

ファンフックが先頭に最後の直線を突き進んでいく4名。そして残り200m。デヘントがついに、自らスプリントを開始した。

ガッブロがすぐに食らいつく。が、エシュボルン・フランクフルトでもシングルリザルトを記録した彼であっても、本気のデヘントには食らいつけず、誰よりも逃げ集団を牽引し、逃げ切りに貢献し続けた「逃げ王」が、圧倒的なその実力を見せつけるあまりにもカッコよすぎる勝利であった。

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第9ステージ イゼルニア 〜 ブロックハウス 191㎞(山岳)

 

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いよいよ第1週の最終決戦の舞台。アペニン山脈の雄ブロックハウスを実質「2回」登る、総獲得標高5,000mの超難関ステージである。

もちろん、序盤は逃げ集団が形成されてのある程度落ち着いた展開。第6ステージでも一人で逃げ続けたディエゴ・ローザが、一度置いていかれながらも執念で復帰し、最後は先頭を一人で逃げ続けるという素晴らしい走りを見せて山岳賞マリア・アッズーラをレナード・ケムナから奪い取る。

プロ10年目。アスタナやチーム・スカイを経験し、ヴィンツェンツォ・ニバリの最初のイル・ロンバルディア制覇などをアシストしてきたベテランが、イタリアのプロチームにて若き後輩たちにその経験と熱意とを伝える走りを見せてくれた。

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だがそんなローザも、昨年ステージ優勝し今年からアスタナのジャージを着ているジョセフロイド・ドンブロウスキーも、3年前のこのジロで一勝しているナン・ピータースも、最後のブロックハウスの登りの序盤にて集団に吸収される。

 

集団を牽引するのはイネオス・グレナディアーズ。ヨナタン・カストロビエホやベン・トゥレット、パヴェル・シヴァコフといった若手ライダーたちに牽引されペースを上げていく中で、残り12.4㎞でジュリオ・チッコーネが、そして残り11.8㎞でまさかのサイモン・イェーツが脱落していく。

第4ステージの落車で右膝を痛めていた彼は第9ステージ直前に「100%ではない」と述べてはいたが、そこに加えてこの日の暑さもまた彼を苦しめ、悲劇的な1日を生み出した。

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・・・・・

 

残り8.6㎞。シヴァコフが仕事終了。カラパスの前を、今年引退を決めているリッチー・ポートが牽引する。

2012年のツール・ド・フランスでブラッドリー・ウィギンスを、2013年と2015年のツール・ド・フランスでクリス・フルームを献身的に牽引し続けていた男が、2022年もまた、このグランツールの山岳ステージの最終盤で、イネオスのエースの前を牽き続けている。

その姿は、彼なりの「引退セレモニー」なのかもしれない。

 

そのまま彼は、偉大なるタスマニア人は、残り4.6㎞まで先頭でリチャル・カラパスを牽き続ける。

そこは、5年前のこの地で、ナイロ・キンタナが飛び立ち、そのまま独走勝利を成し遂げた、最大勾配14%の激坂区間。

ここで、満を持してカラパスが動いた。

このカラパスのアタックにはすぐさまロマン・バルデとミケル・ランダが食らいつく。出遅れた追走集団はジョアン・アルメイダを先頭にジェイ・ヒンドリー、ドメニコ・ポッツォヴィーヴォ、そしてヴィンツェンツォ・ニバリ。

だがニバリはやがて遅れ、3名になった追走集団は残り2㎞で先頭に追い付く。

 

そのあと再びバルデのアタックをきっかけに先ほどと同じ3名が抜け出すが、決定的な独走には持ち込めず牽制。

最終的に残り800mで再び6名になったところで最後のスプリント争いへと突入した。

 

常に先頭を奪っていたのはヒンドリー。その後ろにポッツォヴィーヴォ。

そして残り300mの右カーブを越え緩やかな登り基調に足を踏み入れたところで、ヒンドリーが腰を上げる。

そのまま一気にスプリントを開始した彼に、背後にいたポッツォヴィーヴォはついていけず、その後輪に控えていたカラパスとバルデが飛び出してヒンドリーを追いかける。

 

スプリント力ではカラパスやバルデに分がある。が、先行したリードを食いつぶしながらも、ギリギリでヒンドリーはその前輪をフィニッシュラインに突き刺した。

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これにて、第1週は幕を閉じる。

蓋を開けてみれば、総合8位までが1分以内に収まるという、激戦を終えたあとにしてはかなりの接戦の様相を見せている。

 

 

一番安定しているのはリチャル・カラパスかもしれない。が、その彼も決定的な力を見せつけられたわけではなく、まだまだ何が起こるか分からない、ここ数年では最も予測のつかないグランツールとなりつつある。

 

第2週は総合争いはあまり起こらなそうなステージが並んでおり、勝負の肝は第3週にお預けとなるかもしれない。

が、その分、この第1週でも白熱した「最強スプリンター決定戦」においては、早くもクライマックスを迎えることになりそうだ。マリア・チクラミーノの行方という意味では、そこにビニヤム・ギルマイの存在も不敵である。

 

第2週のコースプレビューについては以下を参照されたし。

www.ringsride.work

 

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