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タダ乗り、登りスプリント、なかなか勝てない? 「次代のサガン」候補ジャスパー・フィリプセンのこれまでとこれから

 

ツアー・ダウンアンダーも前哨戦クリテリウムから第2ステージまで進み、クリテリウム、ラインレース、ピュア平坦スプリント、パンチャー向け登りスプリントなど、バリエーション豊かなフィニッシュを迎えてきた。

ここまで、カレブ・ユアン2勝、そしてサム・ベネット1勝。今年の「最強」を巡る争いが、早くも白熱してきている。

 

そんな中、この3ステージで唯一、常にTOP5に入り続けている選手がいる。

彼の名は、ジャスパー・フィリプセン。

昨年、アクセオン・ハーゲンスバーマンからUAEチーム・エミレーツに昇格したばかりの、まだ若き21歳のスプリンター。

しかしそんな彼が今、このツアー・ダウンアンダーにおいては実は最も安定して成績を重ねている男となっているのだ。

 

その走り、特性は、少し若き日のペテル・サガンを思い起こさせる。

次代サガンなどという呼び方はすでに使い古されているようにも感じられるが、彼は十分にその呼び方に相応しい走りをしているようにも感じられるのだ。

 

単なるスプリンターの枠に囚われない可能性をもつ男、フィリプセン。

今回は、そんな彼について語っていきたいと思う。

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ジャスパー・フィリプセンの「これまで」

ジャスパー・フィリプセンはベルギー・フランドル地方のモルという街で生まれる。現ドゥクーニンク・クイックステップのスポーツディレクター、ウィルフリード・ピータースと同郷である。

17歳と18歳のときに国内選手権ジュニア部門の個人タイムトライアルで優勝。18歳のときにはE3ハーレルベーケ(現E3ビンクバンク・クラシック)のジュニア版でも優勝し、将来有望なクラシックスペシャリスト候補であった。

 

U23カテゴリでも初年度から抜きん出た成績を連発。U23版パリ〜ツール優勝にU23版ジロ・デ・イタリアで区間1勝とポイント賞、そしてU23版ロンド・ファン・フラーンデレン2位。

20歳となる年には早くも「最強育成チーム」アクセオン・ハーゲンスバーマンに加入し、ツアー・オブ・ユタで区間1勝、ツール・ド・ユーロメトロポールで4位、ドリダーフス・ブルッヘ〜デパンヌで3位など、エリートの選手に混じって類稀なる成績を出し続けていた。

 

そして日本の視聴者にとって特に印象づけられたのが、ツアー・オブ・カリフォルニアの第1ステージ。「最強リードアウター」マキシミリアーノ・リケーゼの番手を奪うべくフェルナンド・ガビリアに果敢に立ち向かった彼は、やりすぎてレース後にガビリアに言い寄られるほどであった(ように見えただけで実際どんな会話があったのかはわからないけれど・・・)。

これは只者ではない。そんなふうに画面の前で思わされた翌年、UAEチーム・エミレーツでのワールドツアーデビューが決まる。新時代を担うスプリンターであることは明確であった。

 

それでも、その初戦たるツアー・ダウンアンダーでいきなり勝つのは出来過ぎだった。もちろん、カレブ・ユアン降格による繰り下げ優勝ではあるものの、一度は彼のヘッドバットで番手を下げられたにも関わらず冷静にこのスリップストリームに入り、掴み取った「2番手通過」だからこその勝利というわけで、当然栄光に値するものであった。

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しかし、彼にとっては複雑な思いだったに違いない。先頭でゴールラインを突き抜けたわけではない。そしてその年の彼は、ツアー・オブ・カリフォルニアやビンクバンク・ツアーでの区間2位などは稼ぎ出したものの、結局のところ「先頭でゴールを突き抜ける」経験はせずに終わったのである。

そして2020年。ツアー・ダウンアンダー。

前哨戦クリテリウム「シュワルベ・クラシック」と今日までの2ステージ。

合計3ステージを経ても、彼にはまだ、「勝利」はない。

 

しかし、彼はまた、この3つのそれぞれ異なる特色をもったステージ全てで、唯一TOP5に入り続けている男でもある。

彼がどのようにしてその成績を叩き出しているのか。

1ステージずつ丁寧に振り返っていこう。

 

 

シュワルベ・クラシック 51㎞(平坦)

1周1.7kmの周回コースを30周する、計51㎞の顔見せクリテリウム。

とはいえ、最終周回の平均時速が56㎞/hに達するという、誰もが「本気」で走るこの「前哨戦」で、フィリプセンはさっそく「彼らしい」走りを見せる。

 

最終周回。どのチームより完璧なトレインを組み立てていたように見えたのはEFプロサイクリング。ミッチェル・ドッカー、トム・スカリー、イェンス・クークレールの3枚に導かれて、移籍したばかりのクリストファー・ハルヴォルセンが先頭から4番手で最後から3つのコーナーを攻略している。

その後方にはロジャー・クルーゲに守られたカレブ・ユアン、シモーネ・コンソンニに導かれたエリア・ヴィヴィアーニ、ミケル・モルコフに率いられたサム・ベネットなど、各トップスプリンターたちが忠実なアシストに寄り添われながら最終ストレートへと突き進んでいく。

ただ一人、91番のゼッケンをつけた男、ジャスパー・フィリプセンを除いて。

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最終的に、残り250mから飛び出したカレブ・ユアンによって、すべては持っていかれてしまった。

 

ユアンが飛び出すのを見て、フィリプセンも慌ててハルヴォルセンの背中から飛び出す。反応したのは一番早かったが、これを追い抜いたコンソンニとヴィヴィアーニの2人に前を塞がれて、最後の加速をかけきれずに、結果的に4位に沈んでしまった。

 

フィリプセンはまたも「敗北」した。

しかし彼がここで見せた走り方は、このあとの本戦でも遺憾なく発揮されていく。

 

 

第1ステージ タヌンダ〜タヌンダ 150km(平坦)

毎年恒例の、開幕ピュアスプリントステージ。

今年は例年と違って完全周回コースにはなったものの、前哨戦のような短い距離にコーナーの連続するクリテリウムレースではなく、ラストは延々と続くストレート。

小細工は不要。ひたすら、各チームのトレイン力が試される、力と力のぶつかり合いの正統派スプリントステージとなった。

 

となれば、やっぱり「最強」はこのチーム。

一昨年も昨年も何度となくチームのエーススプリンターを勝たせてきた最強トレインが、今回もまた、新たなエースを勝たせるべく、完璧に機能した。

残り1㎞を切って、なおも先頭を支配し続けるドゥクーニンク・クイックステップのトレインの先頭から、まずはシェーン・アーチボルドが残り500mで離脱し、最終発射台のミケル・モルコフが残り200m看板を通り過ぎていった。 

このまま、完璧なタイミングでサム・ベネットを発射させる予定だった。

 

だが、それより一瞬早いタイミングで、ベネットの背後につけていたフィリプセンがスプリントを開始した。

そして、フィリプセンは残り150mを先頭で突き抜けていった。

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結局最後は、抜群の伸びを見せたサム・ベネットに差し切られ、フィリプセンは悔しい「2位」を再び経験する。 

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またも「敗北」したフィリプセン。

しかし、前哨戦クリテリウムに続き、彼は最終盤に形成された最も強いと思われるトレインの「後ろ」を、立て続けにしっかりと確保した。

これは偶然だろうか。

 

続いて第2ステージ、スターリングの登りフィニッシュを見ていく。

 

 

第2ステージ ウッドサイド〜スターリング 135.8㎞(丘陵)

もはやダウンアンダーではお馴染みの、スターリングの登りフィニッシュ。

クライマーでなければ越えられないほど厳しくはなく、かといってピュアスプリンターにはやや厳しい登りスプリント。

残り1.4㎞で発生した落車によってエリア・ヴィヴィアーニなどが戦線離脱していく中、生き残った小規模の集団の中で、先頭を突き進んでいたのはダリル・インピーを牽引するキャメロン・マイヤー。

インピーの後ろにはネイサン・ハース、そしてその後ろにはサム・ベネットをアシストするミケル・モルコフの姿があった。

 

そして残り250mでモルコフがマイヤーたちの列から離脱。自ら風を切りながら加速していく。最終発射台のラストスパートである。

残り200mを切ってマイヤーも離脱し、インピーがスプリントを開始。モルコフも、残り150mでベネットに託す形で減速した。

 

だがベネットがここから伸びなかった。

代わって、その後ろから飛び出したユアンが、圧倒的な加速を見せて、するするっと先頭に躍り出てそのままフィニッシュラインを突き抜けていった。

 

レース後のサム・ベネットは「いつもならこれくらいの登りは十分にこなせるんだけど、1月のこの時期にそれをやるのはちょっと僕には厳しかったな」と述べている*1

実際、さしもの世界最強級トップスプリンターであっても、完全オフシーズンに近いこの時期にハイコンディションを披露するのは難しい。そこは、「地元」オーストラリアのカレブ・ユアンやネイサン・ハース、そうでなくともそれに近いダリル・インピーらの独壇場と言えるだろう。

 

だから彼らがこのスターリングで上位を占めることに何の疑問も持たない。

しかしそんな中、パンチャーですらないスプリンターでありながら、しかも北半球の中でもオーストラリアのような気候からは最もかけ離れているようなベルギーのフランドル人の中で、この決して簡単ではない登りスプリントでなおも上位に入り込んだ男がいた。

 

ジャスパー・フィリプセン。

この日も、サム・ベネットの背中をしっかりと捉えたまま最終盤に突入し、残り150mでこれを飛び出して、驚異の加速を見せるユアンに左側から抜かれつつも、後方から迫りくるファビオ・フェリーネをかわし切って最後まで持ちこたえたスプリンター。

インピー、ハース、フェリーネ。周りが純粋パンチャーばかりの中、サム・ベネットまでもが失速してしまうような登りでしっかりとTOP5を死守することに成功した男である。

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これにて、彼はここまでの3つのステージすべてでTOP5に入り込んだ唯一の男となった。

当然、この日を終えて、ポイント賞ジャージは彼のものに。

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ジャスパー・フィリプセンの「これから」

これらの走りを見て、思い出すのが、「若き日のサガン」である。

別に今のサガンと言ってもよいのだが、とくに2013年や2015年のツール・ド・フランスの彼の姿を思い出す。

あのとき最強だったマルセル・キッテルやアンドレ・グライペルの背中に、常に彼の姿はあった。

 

そしてなかなかステージ勝利は手に入れられなかった彼だけれど、それでも2位や3位には繰り返し繰り返し入り込み、ピュアスプリンターたちが生き残れないような登りを経たステージでも同様に上位に入ることを繰り返していった結果、7回のマイヨ・ヴェール獲得という誰も真似できないような大記録を打ち立てたのである。

 

ジャスパー・フィリプセンの走りには、そんな偉大なる元世界王者の姿を彷彿とさせるものがある。

アシストが周りにいない中で、巧みに「タダ乗り」することで常に最適なポジションから勝負を仕掛けること。

多少の登りもものともせず、幅広い種類のスプリントステージで上位に入り込めること。

そして、ある意味、なかなか勝てないということ。

それらすべてひっくるめて、「若き日のサガン」にそっくりなような気がするのである。

 

 

となれば、期待したくなる彼の「これから」がある。

たとえばペテル・サガンは、2016年の春、それまでの「マイヨ・ヴェールを毎年獲得するパンチャースプリンター」という印象をひっくり返し、クラシックの王様「ロンド・ファン・フラーンデレン」を征する偉業を達成する。

2018年にはクラシックの女王「パリ~ルーベ」も攻略。

一躍、世界トップクラスのクラシックスペシャリストへと進化した。

 

この方向性は、フィリプセンにも十分狙っていけることだろう。もとより、ジュニア、U23時代からむしろクラシックこそが彼の得意分野であった。2019年もクラシック系スプリントステージで、ピュアスプリンターたちが脱落する中終盤まで残って上位に食い込む姿を見せていた。

今年、ヘント~ウェヴェルヘムやドリダーフス・ブルッヘ~デパンヌ、あるいはシュヘルデプライスあたりを征したとしても不思議ではないし、それこそロンド・ファン・フラーンデレンやパリ~ルーベでも、上位に入り込んでくる可能性はあるだろう。

 

そしてもう1つ。ペテル・サガンの成し遂げた「世界選手権3連覇」という偉業。

たとえば2021年の世界選手権は、彼の故郷フランドルで開催されるクラシックレースが予定されている。

その翌年もオーストラリア・ウロンゴンで開催され、おそらくはスプリンターもしくはパンチャー向けのレイアウトになるものと予想されている。

サガンの成し遂げた3連覇はさすがに難しくとも、様々なタイプのフィニッシュや展開に順応できる素質をもったフィリプセンであれば、これらのクラシック系世界選手権を制し、1勝もしくは2勝できる可能性は十分にあるだろう。

 

何しろ、彼の最大の武器がその若さでもある。今年で22歳になる彼は、まさにサガンが台頭してきたときと同じ年に当たる。サガンが頭角を現した20歳のときに、フィリプセンもまた、カリフォルニアなどで頭角を現していた。

そしてサガンが最初の世界選手権を制した25歳、ロンド・ファン・フラーンデレンを攻略した26歳までは、まだまだ余裕がある。

フィリプセンが新たなる時代を作る余裕はまだ十分にありそうだ。

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最後に。

 

フィリプセンのこの数日の走りで印象付けられたのは彼の「タダ乗り」の巧みさである。

それは裏を返せば、前哨戦クリテリウムのときから、最後のスプリントに挑む彼の傍らにアシストが不在であるということを意味しているかもしれない。

昨年のタデイ・ポガチャルの躍進の傍らに山岳アシストの姿がなかったように、UAEチーム・エミレーツは、このチームの新たなエーススプリンター候補の傍にも、適切なアシストが置くことができずにいるのだろうか。

 

ただ、もしかしたらそれはそう単純には言えないことなのかもしれない。

たとえばそれこそペテル・サガンも、彼を単純にリードアウトする発射台の存在はあまりイメージできない。

代わりに彼が常に重宝したのは、ダニエル・オスやマチェイ・ボドナールのような、「ゴール前1㎞」までを護り続けてくれるルーラーたちの存在である。

 

それは、たとえば昨年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネを席巻したチーム・ユンボ・ヴィズマのワウト・ファンアールトの走りにも共通する特徴であった。

あのときのファンアールトも連日最終盤にベストなポジションを確保できていたことで好成績を残していたが、それは単純に彼自身の実力だけではなく、実はカメラに映りづらい「ゴール前1㎞」までをチームの名アシストたちが守り続けていた結果であることを、以下の記事で分析している。

www.ringsride.work

 

実は、フィリプセンにとっても、このファンアールトにとってのレナード・ホフステッドやパスカル・エーンクホーン、サガンにとってのオスやボドナールのような存在がいるように思われる。

 

たとえばシュワルベ・クラシックで、フィリプセンがEFプロサイクリングトレインのハルヴォルセンの背後を取るその直前、彼を導いてその位置に運び上げたのが、実はチームメートのスヴェンエーリク・ビストラムであった。

元U23世界王者、パンチャーばかりのノルウェー人にしては珍しく、北のクラシックが大好きな純粋ルーラータイプの28歳。

その脚質ゆえに決して派手に目立つことはないが、最後から3つ目のカーブでフィリプセンを最適なポジションに置いて静かにその番手を下げていく彼の姿には、仕事人としての矜持が光っているように感じられた。

 

本戦第1ステージ、第2ステージにおいて、同様にフィリプセンを「最適なポジション」に導いた運び屋の存在ははっきりとは見つけられていない。

しかし、フィリプセンが「タダ乗り」するうえで、彼をそこに導いた何者かは確かに存在するはずだ。

 

 

だからこそ、フィリプセンにはぜひ勝ってほしい。そして、隠れた活躍を見せてくれていたチームメートたちと、歓喜のガッツポーズ、ハグを繰り広げてほしい。

そしてそれは、まだこのチームに来てから彼が経験したことのない瞬間であり、それはきっと、彼がかつてのサガンのように、新たな時代を切り開いていく男として進化していく第一歩となることだろう。

 

頑張れフィリプセン。応援している。

 

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