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「2人」で手に入れたマイヨ・ジョーヌ――ツール・ド・フランス2019 第1ステージ

今年のツール・ド・フランスも初日から波乱に満ち溢れたステージとなった。

残り20km地点でのヤコブ・フルサングの落車もその1つだが、ゴール前1.5kmで発生した落車によって、この日の優勝候補の1人、ディラン・フルーネウェーヘンが戦線離脱したことも、また大きな波乱であった。

そうして絞り込まれた小さな先頭集団の中で、エリア・ヴィヴィアーニも、カレブ・ユアンも位置取りに苦しみ、その実力を発揮することができなかった。先行したマイケル・マシューズも、マキシミリアーノ・リケーゼの咄嗟の判断により勝機を奪われ、戦いはペテル・サガンと、一気に後方から追い上げてきたソンニ・コルブレッリの一騎打ちで決まるかと思われていた。

 

が、そこでコルブレッリの後ろから飛び出してきて、一気に時速50km以上のスピードでこれを追い抜き、そしてサガンとのギリギリのバイク投げ対決を制してツール・ド・フランス初日勝利&マイヨ・ジョーヌ獲得を果たしたのは、誰もが予想しえなかったこの男であった。

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マイク・テウニッセン。

今年、チーム・サンウェブからユンボ・ヴィズマに移籍したばかりの今年27歳のオランダ人。

フルーネウェーヘンが最も信頼する発射台として彼の勝利をいくつも支えてきたうえで、自身はクラシック系のレースを得意としており今年もダンケルク4日間レースおよびZLMツアーで総合優勝を果たしている男。

 

確かに、フルーネウェーヘンの発射台を務められるくらいに位置取りに優れスプリント力も高い男である。

(テウニッセン自身のスプリント力の高さに関しては今年のヴォルタ・アン・アルガルヴェ第4ステージでのリードアウトについて確認するとよくわかる。ライバルたちを引きちぎって完勝してしまうほどの牽引力は、ダンケルク4日間レースなどでも見られたものである)

また、ワウト・ファンアールト同様にシクロクロスで活躍した経験をもつ彼にとって、今日のステージの終盤の5%程度の登り勾配は、その実力を発揮するのに最適なプロフィールだったのは間違いない。

 

しかしそれだけでは、登り勾配スプリント巧者のサガンに勝てた理由にはならない。

サガン、ユアン、ヴィヴィアーニといったトップスプリンターたちを差し置いてツール初日勝利&マイヨ・ジョーヌという最大級の成果を成し遂げることができたのは、彼、マイク・テウニッセンが最高のポジションで最高のスプリントを開始することのできる環境を整えてくれた男の存在がある。

 

その男こそ、先だってのクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも世界中に衝撃を与えた男、ワウト・ファンアールトである。

いかにしてファンアールトとテウニッセンが、あのゴール前の混乱から勝利へと運命を繋げていったのか。今回はそこを、解説していきたいと思う。

 

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混乱を潜り抜けて

ここ最近のツール・ド・フランスは常に、初日で大きなトラブルが巻き起こっているように思う。昨年もクリス・フルームが柵の外に吹っ飛ぶようなクラッシュを巻き起こし、その前は個人TTでアレハンドロ・バルベルデが即病院送りとなるような落車を。その前年にはアルベルト・コンタドールも落車して後のリタイアの原因となっている。

今年のツール・ド・フランスも、そんな混乱とともに幕を開けた。

ゴール前1.5km。各チームのトレインが集団の先頭に形作られる中、この日の優勝候補の1人であったディラン・フルーネウェーヘンは、集団の40番手ほどの位置にまでポジションを落としていた。

その直後、リードアウトトレインに含まれていたアムントグレンダール・ヤンセンがブレーキをかけ、フルーネウェーヘンの目の前に突然現れる形に。結果、その後輪に接触し、フルーネウェーヘンは大地に叩きつけられた*1

そして集団は分裂。

ミケル・モルコフ、そしてマキシミリアーノ・リケーゼという最強発射台の2人が集団の先頭を牽引していくが、その背後にいるべきエースのエリア・ヴィヴィアーニの姿がない。彼もまた、落車には巻き込まれなかったものの、先頭集団の中ほどにまで番手を下げてしまっていたのだ。

そこで、リケーゼは残り350mで牽引を終了。その背後に陣取っていたマイケル・マシューズは、スプリントを開始するにはやや遠すぎる位置で先頭に出されてしまった。

そして、残り180mでサガンがマシューズの背後から加速。その後ろからカレブ・ユアンもスパートをかけようとするが、サガンと並ぶ位置にまで上がってきていたコルブレッリに進路を阻まれ、失速した。

あらゆる精鋭たちが戦場から引きずり降ろされる中、サガンだけが先頭で生き残り、そのまま勝利を掴み取る、はずだった。

しかし、その左側から、予想していなかったタイミングで黄色のジャージが飛び出してきた。

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ではなぜ、彼――マイク・テウニッセンはそこにいて、サガンを差し切るほどの加速を見せることができたのか?

 

 

www.youtube.com

まず、上の動画の13秒時点を見てほしい。

このときはフルーネウェーヘンの落車の直後。分断され先頭に残った40名ほどの集団の姿を空撮でとらえているが、この時点で集団内にいる黄色ジャージの選手は2名。マイク・テウニッセンとワウト・ファンアールトである。

(実はもう1人、ノルウェーチャンピオンジャージ(赤)のアムントグレンダール・ヤンセンも40名の中に含まれていたが、今回彼は重要な役割を担うわけではないため、割愛する)

 

そしてこの時点で先行しているのはテウニッセン。その左斜め後ろで後方を振り返っているユンボの選手がいると思うが、こちらがファンアールトである。実は、ファンアールトは遅れていたフルーネウェーヘンを引き上げる役目を担っていた。しかし残り1.5km。彼のすぐ後ろでフルーネウェーヘンがヤンセンと接触して落車。ファンアールトも何度も後ろを振り返りながらも、分断して先頭に残った40名の集団にかろうじて喰らいつくことができたのである。

 

この後、テウニッセンは20番手くらいの位置で、周りを取り囲まれてしまい身動きがとれなくなっていた。

その間に、集団の左側から、同じように番手を下げていたエリア・ヴィヴィアーニが自らの足を使って一気に前に出ようと加速した。

さっきまで後ろを気にしてばかりいたファンアールトも、このヴィヴィアーニの背中に乗って一気に前方へ。10番手くらいの位置にまでジャンプアップすることに成功した。

20秒から30秒あたり)

 

その後、ファンアールトはコフィディスのジュリアン・シモンの背後につけながら加速をしていったが、そんな彼にとっても、この後どう動くべきか、いささか判断に迷うところがあった。

そこで、後方に取り残されていたはずのテウニッセンが、さきほどのファンアールトのように、集団の左側(向かって右側)から大きく迂回するようにして前の方に上がってくる。

47秒から50秒あたり)

 

これを見たファンアールトはすぐさま進路を左(向かって右)に取り、テウニッセンの前に体を滑り込ませる。

そしてそのまま全力の加速を開始。前にいたニッツォーロを抜き、サガンに並びかける位置にまでテウニッセンを引き上げたのである。

 

そのタイミングでソンニ・コルブレッリがスプリントを開始。

テウニッセンは丁度よくこの背中に乗ることができ、足を休めたまま、完璧なスプリントのタイミングまで、番手を上げることに成功したのである。

 

 

ユンボ・ヴィズマにとっても、フルーネウェーヘンの落車は完全に勝利の目を潰されるレベルでの大アクシデントであったことは間違いない。

ヤンセン、テウニッセン、ファンアールトといった強力なリードアウターたちは前方で生き残ったものの、彼らだけでは勝利を掴むのは到底難しいはずだった。ツアー・オブ・カリフォルニア第1ステージでヤコブセンを見失って自らスプリント勝負を仕掛けねばならなかったミケル・モルコフのように、真正面からトップスプリンターのサガンたちと戦ったところで、本職には勝てるはずもないのだ。

 

実際、生き残ったテウニッセンも、ヴィヴィアーニの背中に乗って10番手くらいの位置にまでポジションを上げたファンアールトも、それ以上、彼ら自身の力だけでは、どうしようもなかった。

しかし、そんな彼らが2人、先頭集団の前方で、見事に合流することができた。

このとき、先頭の20名に2人以上残せていたのはユンボ以外ではドゥクーニンクとコフィディスのみ。

この2チームとも、撃ち出すべきエース(ヴィヴィアーニとラポルト)はアシストから離れた位置にいて連携不可。

連携できる位置で合流できたのは、テウニッセンとファンアールトだけだったのである。

 

そして、ファンアールトの一瞬の判断。

テウニッセンのために、前を牽く。

自分1人の加速では、先頭で加速するサガンたちに喰らいつくので精一杯だった。

しかし自分が発射台となってその「サガンに喰らいつく」までやってのければ、あとは背後のテウニッセンが、勝利を掴んでくれる。

そんな判断を下して、一気に彼は加速したのである。

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だから、今回のテウニッセンの勝利は、彼1人の力によるものでは、決してない。

1人1人では世界トップスプリンターたちには敵わないからこそ――彼らは、「2人」の力を使って、彼らに戦いを挑み、そして勝ち取った。

栄光のマイヨ・ジョーヌを。「最強」の証を。

 

 

あくまでもリザルトは個人につくのがこの競技。

ゆえに、今年のツール・ド・フランスの第1ステージの勝者はマイク・テウニッセンであり、今年最初のマイヨ・ジョーヌ着用者は彼である。

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が、その勝利、栄光の影にはもう1人の主役がおり、この勝利は「2人」で掴んだことであることも、決して見落としてはいけない。  

 

 

今年のツール・ド・フランスもきっと、面白いものになる。

 

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*1:当初、十分に確認せずイネオスのゲラント・トーマスの落車に巻き込まれた、という書き方をしておりました。申し訳ありません。訂正いたします。

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