りんぐすらいど

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特集・オーストリア ドロミテの子どもたち

「地獄」「痛みの山」などと形容された、超級山岳ロス・マチュコス。

ジュリアン・アラフィリップやダニエル・モレーノといった実力者たちを突き放し、鬼気迫る勢いで追い上げを見せたアルベルト・コンタドールを振り切って、29歳のオーストリア人、ステファン・デニフルが逃げ切り勝利を決めた。

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彼が所属するアクアブルー・スポートは、今年創設されたばかりのプロコンチネンタルチーム。ワイルドカード枠で選出された彼らにとって、今回の勝利は大きな価値を持つものであった。

もちろん、デニフル自身にとっても、キャリア最大の勝利だ。

 

とはいえデニフルは、昨年までIAMサイクリングに在籍しており、29歳にしてプロ11年目というベテランでもある。今年もツアー・オブ・オーストリアで総合優勝を果たしており、しかもクイーンステージのキッツビューエラー・ホルン山頂ゴールでは、ミゲルアンヘル・ロペスに喰らいついての2位ゴールを獲っている。

実力は確かにある選手だったのだ。

 

 

そう、彼はオーストリア人である。

オーストリア人による劇的な勝利といえば、今年のジロ第1ステージにおける。ルーカス・ポストルベルガーの勝利が記憶に新しい。

彼はまだ25歳。若手の選手である。

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オーストリアという国は、ロードレース界においては決して大きな存在ではない。それでも、古くから多くの実力者を輩出し、また近年においては若手の台頭も、少しずつ見られてきている。

 

今回は、そんなオーストリアという国の選手たちに注目していきたい。

 

 

 

オーストリアについて

オーストリアは、ドイツの南東、スロベニアやスイス、イタリアといった自転車の盛んな国に隣接する形で存在している。首都はウィーン。「音楽の都」である。

 

15世紀から16世紀にかけて、オーストリアはドイツ語圏における中心的な役割を果たしていた。しかし17世紀以降、ドイツ国内の宗教対立をきっかけにして次第にその権威を失墜。19世紀にはベルリンを中心とした北ドイツのプロイセンが、オーストリアを排除した形でのドイツ統一を果たしてしまう。

ナチス・ドイツ時代にはドイツの州の1つになってしまうなど、近年ではドイツに従属するような立場に置かれることが多かった。

 

ロードレース界においても、常にドイツの影にいるような存在であった。ドイツには強力なスプリンターがおり、グランツールライダーにおいても有名な選手を輩出している。ドイツは経済的な強さを背景にして、今年はワールドツアーチームを2つも持っている。

一方、オーストリアはプロコンチネンタルチームすら持っていない。オーストリア人が最も多く所属するワールドツアーチームは、ドイツ籍のボーラ・ハンスグローエである。

レースの格においても差があり、オーストリアのレースで最も格が高いのが、前述したツアー・オブ・オーストリアと、今年初開催のプロ・エッツタール5500の2つ。これも、HCクラスですらなく、1クラスのレースである。

一方のドイツは、今年からとはいえ、ワールドツアークラスのレースを2つも持っている。今年のツールはドイツからスタート。トニー・マルティンなど、世界チャンピオンも輩出している。オーストリアは、同じ言葉を話すドイツに対し、ロードレースの実績という面では、大きく水を開けられてしまっているのだ。

 

 

しかし、こと地形に関して言えば、ドイツよりもオーストリアの方が、良きクライマーを輩出できる要素に恵まれている。

なにせ、「山岳の国(Land der Berge)」である。上記の地図を見てもわかるように、国土の6割以上をアルプス山脈が占めている。とくに西部チロル州は、イタリアの南チロル、トレンティーノと合わせて「チロル地方」を形成しており、ジロで有名なドロミテ山塊もこの地域に存在している。

 

そして今回、ブエルタで優勝を果たしたデニフルもまた、このチロル州の生まれである。ドロミテの激坂で鍛えられた足だからこそ、今回の勝利を掴めたのである。

 

 

オーストリアの注目選手たち

現在、ワールドツアーチームに所属しているオーストリア人選手は以下の8名である。

 

  • ベルンハルト・アイゼル(ディメンションデータ、36歳)
  • パトリック・コンラッド(ボーラ・ハンスグローエ、26歳)
  • グレゴール・ミュールベルガー(ボーラ・ハンスグローエ、23歳)
  • ルーカス・ポストルベルガー(ボーラ・ハンスグローエ、25歳)
  • オルグ・プライドラー(サンウェブ、27歳)
  • マルコ・ハラー(カチューシャ・アルペシン、26歳)
  • マティアス・ブランドル(トレック・セガフレード、27歳)
  • ミカエル・ゴグル(トレック・セガフレード、24歳)

 

こうして見てみると、比較的若い選手が多いことがわかる。

その中でも、個人的に注目しているのは次の選手たちだ。

 

オルグ・プライドラー(サンウェブ、27歳)

2013年からずっと、このチームに所属し続けている。2015年・2017年国内選手権ITT王者。とはいえTTスペシャリスト、というわけではなく、山岳ではエースを守る頼れる名アシストでもある。

2016年のジロにおいては、デュムランがリタイアした後にチームの実質的なエースを務める。そして第14ステージ、ドロミテのクイーンステージではチャベス、クライスヴァイクと同タイムでのゴールを果たした。最終的にも総合26位と、チーム最高位であり、本人としてもグランツールで最高の結果となった。

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来年はルーラーのラモン・シンケルダムと共にFDJに移籍。ティボー・ピノを支える山岳アシストの一員として活躍が期待される。

 

パトリック・コンラッド(ボーラ、26歳)

2014年から現チームに所属。同じチームのミュールベルガー、ポストルベルガーと共に生え抜きのメンバーである。2016年にはジロ・デル・トレンティーノ(現アルプス・ツアー)総合5位。同年のリエージュ~バストーニュ~リエージュでは15位。今年はバスク1周のアップダウン激しいコースで上位に入り、最終的に総合7位で着地した。

アルデンヌ風のコースとの相性が良い、クライマーでありパンチャー。今年はジロ・ブエルタの両方でメンバー入りを果たし、来年も山岳アシストとして重宝されるだろう。

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だが、個人的には、来年こそ彼自身の勝利を、と思っている。アルデンヌ・クラシックでの勝利、というのは難しいだろうが、ステージレースでの1勝などは、期待してもいいだろう。

 

フェリックス・ガール(サンウェブ育成チーム、19歳)

2015年世界選手権ジュニア王者に輝いた。オーストリア人としては、全カテゴリを通して史上初のアルカンシェルジャージとなった。 

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彼もまた、チロルの生まれである。すなわち「ドロミテの子ども」だ。

現在はチーム・サンウェブの育成チームにあたる「ディベロップメント・チーム・サンウェブ」に所属。過去の名選手も、ラヴニールなどの大きなレースで活躍をし始めるのは大体20歳くらいからなので、来年の彼の動向は注目に値する。

 

そして、来年、すなわち2018年は、世界選手権がチロル州のインスブルックで開催される。

www.innsbruck-tirol2018.com

 

コースなどがどうなるか、詳細は不明だが、U23部門でのガールの活躍や、ITTでのプライドラーの活躍、もしくはロードレースでのコンラッドやミュールベルガーの活躍に期待したいところ。

 

前回、オーストリアで世界選手権が開かれた2006年ザルツブルク大会では、オーストリア人のロードレースでの最高位はアイゼルの11位であった。

しかしそのときと比べても、最近のオーストリア人若手の台頭は著しい。

2018年、あるいはそれ以降、ロードレース界における「オーストリアの時代」が到来する可能性は十分にある。

 

 

オーストリアの台頭を楽しみにしていよう。きっと彼らは大きな存在となる。