昨年に引き続き、伝説が生まれた瞬間であった。
ロンドで勝ちたいと言ってBMCを飛び出したジルベールが、しっかりと宣言通りの優勝。それだけでも凄いのだが、それ以上に凄かったのがその勝ち方であった。
残り55km地点の「2周目オウデクワレモント」で飛び出し、そのまま独走勝利である。
もちろん、それだけで勝てるほど甘くはなく、そのうえに様々な要素が加わったがゆえの、勝利であったのだ。
ただ一つだけ言えることがある。
それは、この勝利は、決してジルベールの力だけの勝利ではなく、その舞台を万全の形で準備した、クイックステップ・フロアーズのチーム力の賜物であったのだ。
その勝利のすべてのきっかけは、今年復活したカペルミュール、
そして今年引退を決めているトム・ボーネンのアタックであった。
第1の展開:「カペルミュール」
今年、6年ぶりに復活した「カペルミュール」は、ゴール前残り96km地点という微妙なところにあり、レースの展開を左右することはないだろう、と予測されていた*1。
しかし、今日のレースの最初の展開はまさにここで形作られたのであった。
カペルミュールへの登りが始まると共に、まずはチーム・スカイが集団先頭に陣取り、牽引を開始した。
さらに中腹を越えてから、先頭を牽き始めたのがクイックステップ・フロアーズ。
そして集団が分裂する。
教会に向かう伝説の壁で――プロトンを牽引するのは、トム・ボーネンだ。
先頭集団に残ったのは以下の13名。
- マッテオ・トレンティン(クイックステップ・フロアーズ)
- トム・ボーネン(クイックステップ・フロアーズ)
- フィリップ・ジルベール(クイックステップ・フロアーズ)
- ルーク・ロウ(チーム・スカイ)
- ジャンニ・モズコン(チーム・スカイ)
- ブライアン・コカール(ディレクトエネルジー)
- シルヴァン・シャバネル(ディレクトエネルジー)
- アレクサンダー・クリストフ(カチューシャ・アルペシン)
- マチェイ・ボドナール(ボーラ・ハンスグローエ)
- セップ・ファンマルク(キャノンデール・ドラパック)
- ジャスパー・ストゥイフェン(トレック・セガフレード)
- サッシャ・モドロ(UAEチームエミレーツ)
- アルノー・デマール(FDJ)
すなわち、ペーター・サガンとグレッグ・ヴァンアーヴェルマートという2大優勝候補が後方に取り残された、ということである。
当然、クイックステップ・フロアーズとしては2人に追い付かれるわけにはいかない。
そこで、ジルベールも含んだクイックステップ3人が積極的に回り、サガンを含んだ追走集団とのタイム差を引き離しにかかる。
そしてタイム差は少しずつ広がっていき、やがてその差は1分近いものとなる。
勝敗を左右しないと思われていたカペルミュールが、まさかの展開を生んだのである。
その後、第2の動きが「2周目オウデクワレモント」で巻き起こる。
これが、勝負を決定付ける動きとなった。
第2の展開:「2周目オウデクワレモント」
サガンたちが含まれる追走集団とのタイム差を十分に開いたボーネンらのグループ。
ここで、集団の前を牽く役割を、トレンティンとボーネンが引き受けることとなった。
すなわち、ジルベールの温存である。
このタイミングで、今日のクイックステップはジルベールで勝利するのか? と思われた。
そして、ゴールまで残り55km。
全部で3回通ることになる激坂「オウデクワレモント」の2周目を走る。
ここで先頭に飛び出したジルベールが、黙々と踏み込んでペースを上げる。
ジルベールのすぐ後ろにはファンマルクがいたが、その間にペースを上げたトム・ボーネンが割り込んだ。
このとき――ボーネンは、あえてペースを落としたのではないか。
みるみるうちに開いていく、ボーネンとジルベールの差。
ジルベールは、ゴールまで55kmを残して、独走体勢に入った。
勝利への長い一人旅を開始するジルベール。その後方には、盟友を見送るボーネンの姿が。
もちろん、ロンドにおいて55kmの独走勝利など前代未聞である*2。
ルーベにおいてはボーネンやカンチェラーラの長距離独走勝利はあったものの、さすがに今回のジルベール、いかに調子がよくとも、これは無謀であったと誰もが思ったであろう。
むしろ、本気で勝ちを狙いに来ているはずのこのレースで、こんな一か八かの賭けに出るような動きをするなんて、と。
もしかしたらジルベールはこのとき、自分の勝利を第一には考えてはいなかったのではないか。
かつてドワルスドール・フラーンデレンで、自らを囮にチームメートを勝たせたときのように。
自身の大逃げによってチームメートがローテーションに回る義務から解放されることができれば、たとえ自分が勝てなくとも、チームの勝利には大きく貢献できる――そう考えていたのではないだろうか。
(何しろ、そのまま何もせずサガンらに追い付かれてしまえば、力を使い続けていたクイックステップ勢が逆に不利になっていたのだから)
追走集団も同じように考えたのかもしれない。
ファンマルクやロウの落車もあり、ペースが落ちたメイン集団に、サガンやヴァンアーヴェルマートが合流する。
だがサガンたちはここで慌ててジルベールを追うようなことはせず、マイペースに淡々と追い続けることを選んだ。
ジルベールの独走が続くことはない。
これを焦って追いかけることで自らの足を削る必要はない――過去、何度も、無闇な追走により勝機を逃してきたサガンは、ここは冷静に動くことに決めた。
当然、サガンが動かないのであれば、ヴァンアーヴェルマートにとっても同様であった。
事実、展開はサガンたちの考える通りに進行していたように思う。
ただ1つ、サガンを襲った意外なアクシデントさえ、なければ。
第3の展開:「3週目オウデクワレモント」
クイックステップにとっても、状況は有利なものばかりとは言えなかった。
残り38km、最後から4番目の激坂「タイエンベルグ」で、王者トム・ボーネンが2度のメカトラブルによって脱落した。
過去何度もこの王者による攻撃が繰り出されてきた別名「ボーネンベルグ」が、最後の年に主君に牙を剥いた形となった。
さらに、直後のサガンのペースアップにかろうじてついていったマッテオ・トレンティンが、やがてサガンの圧倒的な加速の前についていけなくなってしまったのだ。
このままサガンが追い付けば、ジルベールの勝利の芽はほぼなくなる。
それでもチームメートがいれば、チームによる勝利は確保できる――そう考えてのジルベールの攻撃が、裏目に出てしまうかと思われた。
しかしここで、ロンドの女神がベルギーチャンピオンに微笑んだ。
世界チャンピオンであり前年の覇者に牙を剥いて。
ほんの一箇所だけ出ていたフェンスの脇にタイヤを取られたサガン。不運ではあるが、彼が本当に強いときは、そういったアクシデントも回避できるはずなので――今日の彼は、勝てる運命になかったのかもしれない。
落車したもののすぐさま態勢を整えなおせたヴァンアーヴェルマートは、後方から追い付いてきたディラン・ファンバールレ、そして突如現れたもう1人の刺客ニキ・テルプストラと共に、再度のジルベール追走に向かった。
だが、このサガン落車の報を聞いたジルベールは、その走りにさらなる力を込め始めたように見えた。
その表情にも、どことなく決意のようなものが感じられた――「勝てる」。その思いが、確信に変わった瞬間だったのではないか。
最後の関門「パテルベルグ」の20%超えの激坂。
前輪が浮き、止まりそうになりながらも、彼は懸命にペダルを回し続けた。
すでに体力は限界に近付いていたはずだ。あとはもう、気力との戦いである。
後方ではテルプストラが、ジルを追う2人のライバルに対して牽制を仕掛け続けていた。いざという時には自分が勝利を掴めるように、睨みを効かせ続けた。
クイックステップ・フロアーズというチームは、最後の最後まで「最強のチーム」であり続けた。
そして、最後の直線に到達するジルベール。
大歓声の中、彼は満面の笑みで、ゆっくりとゴールゲートに近づいていった。
そして、ゴールの直前、彼は自転車を降りて、
そして、自らの自転車を掲げ、ゴールラインを切った。
ジルベールという新たな伝説
プロ入り16年目。
イル・ロンバルディアを2回、アムステルゴールドレースを3回制し、「アルデンヌクラシック最強」の名を欲しいままにした。世界チャンピオンにすらなった。
それでも、ベルギー人として、彼はベルギー最高のレースであるこのロンド制覇を夢見ていた。
かつて挑戦したときは3位を2回経験した――その後、アメリカのチームに移ったあとは、挑戦すら、させてもらえなかった。
今年、自らの人生に大きな転機をもたらすべく、減俸を覚悟で、「クラシック最強チーム」へと身を移した。
そこでチームメートたちへの献身と、そして自らの夢の実現のための努力を重ねて、直前のデパンヌ3日間レースでは総合優勝。
万全の態勢で臨んだレースで勇気ある走りを見せつけたベルギーチャンピオンは、ついに栄冠を掴んだのだ。
彼だけが最強だったのではない。
優勝候補と呼ばれていた選手たちの多くが不幸に見舞われたのも確かであった。
それでも、その走りは、十分に「ロンドの勝者」に相応しいものであった。
フィリップ・ジルベール。
ここにまた、ロンドの伝説の1つが生まれた。
Ronde van Vlaanderen / Tour of Flanders 2017 HD - Final Kilometers
*1:サガンの連覇なるか フランドルの石畳坂を舞台にした「クラシックの王様」 | cyclowired
*2:シクロワイアードの記事によると、過去50年で最長、とのことである。