初日のチームTTから波乱に満ち溢れている今年のブエルタ・ア・エスパーニャ。
そのラインレース初日となる第2ステージから、総合優勝候補たちがタイム差をつける争いを繰り広げる事態に。
最後はナイロ・キンタナが平坦を独走で逃げ切るという驚きの展開が生まれ、今年のブエルタが一筋縄ではいかないことを印象付けた。
ライバルたちへのアドバンテージを得た選手もいれば、それを失った選手、あるいは大きなビハインドを抱え、中には総合争いからの事実上の撤退を強いられた選手もいる。
その悲喜こもごもを生み出したのは、果たして誰のどんな動きだったのか。
今回はこの第2ステージの終盤で重要な役割を果たした2人の「アシスト」について見ていきたい。
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1人目・危険な抜け出しを封じ込めた男
ブエルタ・ア・エスパーニャ2019第2ステージは、バレンシアナ州の海岸沿いの街ベニドルムからカルペに至る約200㎞。
スタートとゴールは海岸沿いだが、その道中は内陸の激しいアップダウン。総獲得標高は3,300mに達し、ピュアスプリンターが残るにはやや厳しい、本格的なアルデンヌ系丘陵ステージである。
とくに厭らしいのがゴール前28㎞地点から登り始める登坂距離3㎞、平均勾配9.5%、最大勾配18%の2級山岳プイグ・ジョレンサ。
「距離が2倍のユイの壁」と呼ぶべきこの登りの存在は、何かしら決定的な動きが起こることが宿命づけられた登りであった。
この日の逃げは4名。そのうちの1人、昨年のブエルタでも巧みなペースコントロールでギリギリの逃げ切り劇を演出したサンデル・アルメ(ロット・スーダル)が、最後の1人になってからも8㎞近く逃げ続けたものの、最終的に上記プイグ・ジョレンサ到達前に集団に吸収されてしまった。
集団の先頭を牽いてペースアップを図っていたのは、リーダージャージ擁するアスタナ・プロチームと、今大会最大の優勝候補を抱えるユンボ・ヴィズマであった。
そして残り28㎞。プイグ・ジョレンサ登坂開始。最初に飛び出したのはAG2Rラモンディアルのピエール・ラトゥールと、ボーラ・ハンスグローエのダヴィデ・フォルモロ。
実力はありながらも今大会は総合優勝候補筆頭とは見られておらず、チームとしても彼の総合を全力で守る体制は用意してきていないがゆえに、失うものもなくプレッシャーも少ないラトゥール。
そして今年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ2位など、ワンデーレースに強く、かつ総合エースはマイカとのダブルエース体制のためにこちらも自由があるフォルモロ。
いずれも、この残り25㎞の地点から抜け出して、最後まで逃げ切る素質のある選手たちである。
逃げを許しては危険な2名。このアタックに、食らいついた男がいる。
彼の名はジョージ・ベネット。2年前のツアー・オブ・カリフォルニアを総合優勝し、昨年のジロ・デ・イタリアでは総合8位に登りつめている、ログリッチェ、クライスヴァイクに次ぐユンボ・ヴィズマ「3番目の男」である。
今年のツール・ド・フランスでは1週目に横風の罠に嵌り総合争いからは脱落したものの、その後の山岳ステージでクライスヴァイクを強力にアシストし、彼の総合3位の立役者となった。
ベネットは先行する2人の後ろに張り付き、当然その先頭交代には加わることなく重しとなった。彼の存在により「危険な抜け出し」は封じられ、ラトゥールとフォルモロの足は止まってしまった。
その間に後続から追い上げてくるもう1人の「アシスト」がいた。
それがモビスター・チームの世界王者、アレハンドロ・バルベルデであった。
2人目・集団を破壊した男
激坂「ユイの壁」で有名なラ・フレーシュ・ワロンヌを5回制した男バルベルデにとって、このプイグ・ジョレンサはまさに庭とも言うべき登りであった。
先行したラトゥールとフォルモロがベネットによって封じ込められペースダウンする中、バルベルデはキンタナを背後に従えつつ集団の先頭を猛加速し、先頭の3名との距離を一気に縮めていった。その勢いはあまりにも凄まじく、一時期はログリッチェ、ウラン、キンタナなど精鋭8名だけに絞り込まれるほどだった。
バルベルデが追いついてきたことで、ラトゥールたちはもう完全に逃げ切ることを諦め、足を止める。するとバルベルデが先頭に出て、一旦そのペースを落ち着かせたことにより、先頭集団の数は再び増えていった。
だが、山頂まで残り1.2㎞ほどで、先頭のままバルベルデがさらなるペースアップを図った。1.2㎞、平均勾配10%の激坂、それこそ「ユイの壁」。バルベルデの真骨頂である。この一撃により、クライスヴァイクやフルサングといった各チームのセカンドエース級もふるい落とされ、先頭に残ったのはわずか19名となった。
とくにアスタナのアシスト陣を全て振い落し、総合リーダーのロペスを丸裸にしたことが、この攻撃の何よりの功績であった。
プイグ・ジョレンサ通過後に先頭に残った19名
- (MOV)バルベルデ、キンタナ
- (ALM)ラトゥール
- (AST)ロペス
- (BOH)マイカ、フォルモロ
- (INS)デラパルテ
- (EF1)ウラン、イギータ
- (MST)チャベス、ニエベ
- (TJV)ログリッチェ、ベネット
- (SUN)ケルデルマン、ロッシュ
- (UAD)アル、ポガチャル
- (CJR)アランブル
- (COF)Jeエラダ
総合リーダーのロペスが1人になったことで、この集団のコントロールは完全に失われた。フォルモロがなおも積極的に攻勢に出て下りを先頭で突き抜けるも抜けきれず、平坦路が始まった残り21㎞地点で、おもむろに抜け出したニコラス・ロッシュと、そこに追随したニエベ、ログリッチェ、キンタナ、ウラン、アルの6名が「勝ち逃げ」を形成した。
ロペスはこれを制御する仲間もおらず、どうしようもなく見送ることしかできなかった。
そのあとは残り3㎞でキンタナが見事なアタックを決めて逃げ切り勝利をするわけだが、そんな彼の活躍を信じて集団破壊を試みたのがバルベルデであった。ステージを勝利するつもりであればゴールまで25㎞であれだけの先頭牽引を迷いなく行なうことは難しい。彼は、キンタナの勝利を信じて、献身的なアシストを働いたのである。元ブエルタ覇者で、元世界王者でありながら。
その献身ぶりはツールのときから変わらなかったものの、あのときはそれに応えるべきエースが不甲斐なかった。
しかし今回はキンタナもそれに見事に応える働きをしてみせた。かつて2015年ツールで表彰台の両脇を固めた「ダブルエース」が、ようやく復活するときが来たのである。
各チームの状況
モビスターが完璧なダブルエース体制を見せつけたのに対し、彼の攻撃によって重要な選手を失ってしまったのが、今大会最強と思われていた2チーム、ユンボとアスタナである。
ユンボ・ヴィズマはそこまで致命的ではない。
クライスヴァイクが遅れたのには驚いたが、のちにそれは、初日チームTTでの落車が原因であることが判明。その後遺症により、彼は第4ステージの途中で早くもスペインを去ることとなった。
彼の喪失は非常に手痛い出来事だ。しかし代わりに、ベネットが実に頼もしい走りをしてみせてくれた。ほかにも今回は遅れたがヘーシンクやクスなどの有能山岳アシストはまだ残っている。ユンボ・ヴィズマは重要なピースを1つ失ったが、まだまだその強さに陰りは大きくない。
問題はアスタナである。単独でエースを張れるレベルの選手がユンボ以上に揃っていながら、いずれもがプイグ・ジョレンサのバルベルデの攻撃によっていとも簡単に破壊されてしまった。
とくにダブルエースとして期待しうるフルサングが早々に遅れてしまったのは手痛い。ツール落車の影響がまだ残っているのかもしれないが、ロペスもジロ以降のレースが少なく不安が残る中、重要なカードの1つを早くも失ってしまったことは今後の3週間の展開に不安を残すこととなる。
何よりも勝負所でエースを1人にする事態は悪夢しか呼び込まない。初日に手に入れたリーダージャージはできるだけ早く手放したいとアスタナも思っていただろうが、それにしてもこんな失い方は望むべく所では決してなかったであろう。
彼ら以外にも、たとえば今回、ワウト・プールスとタオ・ゲオゲガンハートのダブルエース体制で臨んでいたチーム・イネオスも、この第2ステージで10分もタイムを失うという悲劇に見舞われた。
元より安定感も少なく、当初はブエルタ出場予定のなかったプールス、そしてジロ落車のあと長期離脱から復帰し、やはり当初の予定のなかったブエルタ出場となっているゲオゲガンハート。
チームとしても今回のブエルタの成功への手応えは感じられない中での挑戦だったようだが、早くもこの2人によるステージ勝利狙い、そして「生き残った」デラクルスによる総合狙いへと方針を切り替えざるを得なくなった。
参考:第4ステージ終了時点での総合有力勢のタイム差
まだまだ、3週間は始まったばかりである。そして、まだ決して山頂フィニッシュでも何でもない段階ではある。
しかし早くも今大会における各チームの状況がなんとなく見えてくる一戦であったことは間違いない。
そして、本日はいよいよ1級山岳山頂フィニッシュ。
間違いなく総合で大きな争いが起きるであろうこのステージで、一体どのチームが輝くのか。
「最強の布陣」に早くもヒビの入ったユンボ・ヴィズマ、同じく「最強の布陣」のはずがまったく機能しなかったアスタナ(ゲームではめちゃくちゃ強かったのに・・・)、そして「ダブルエース」に不安を持たれながらも、どこよりも完璧にそれを成し遂げてみせたモビスター。
本日、最も強さを見せつけるのは、どのチームか。
いよいよ本格的な闘いのゴングが鳴り響く。
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