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【全ステージレビュー】ツール・ド・ロマンディ2019

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例年、ジロ直前のこの時期に、スイス西部・ロマンディ地方(フランス語圏) で開催されるステージレース。

アルプスを舞台にした豊かな山岳と雪に降られることも多い厳しい環境、そして個人TTが必ず組み込まれることから、例年ジロ、もしくはツールを狙う総合系ライダーたちの調整の舞台として好まれている。

 

今年は昨年総合優勝者のログリッチェが最有力候補として期待され、その期待に応えての見事な総合優勝。

また、ジロはパスしてツール2連覇に挑むゲラント・トーマスも出場し、アグレッシブな攻撃を連日繰り出すなど、白熱の展開を見せた。

 

その他、若手のゴデュ、カーシー、フレドリクハーゲン、グロスチャートナーなどの活躍も。

1週間の「アルプス決戦」を振り返る。 

 

 

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プロローグ  ヌーシャテル〜ヌーシャテル  3.8㎞(個人TT)

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全長4㎞弱の「プロローグ」、すなわち超短距離TT。

プロフィールだけ見るとド平坦という印象だったが、実際にはステージ後半になかなかの急勾配が。

よって、登りへの適性を多少は持たないと上位に食い込めなかったようで、ログリッチェやトーマス、フェリックス・グロスチャートナー(6秒遅れの13位)あたりが結果を出している一方で、ヨス・ファンエムデン(11秒遅れの38位)などのピュアTTスペシャリストは期待されていたような結果を出せなかった。

 

また、今回のような超短距離は比較的スプリンタータイプの選手が結果を出しやすい距離。

ログリッチェやトーマスはクライマーの中ではスプリントの強い印象がある一方で、TTと登りが共に得意なオールラウンダータイプなのにタイムを失ったステフェン・クライスヴァイク(8秒遅れ21位)、ダニエル・マルティネス(13秒遅れ50位)などはスプリント力の差で上記のオールラウンダーたちに劣っているがゆえ、とは言えるかもしれない。

 

初日から総合優勝争いでリードを得たログリッチェだが、とはいえ今日1日でつけられたタイム差など、このあとの厳しい山岳ステージの連続を考えると、あまり意味を持たないと考えてもおかしくはないだろう。

それでも今大会、ログリッチェが最も有利だろうという認識をしっかりと再確認できた日だとは言える。

 

そんな熾烈な総合争いの中、かいくぐるようにして勝利を手に入れたのが元CCCスプランディ・ポルコウィチェのトラトニク。確かに元よりTT能力の高さは定評があり、現スロベニアTT王者でもある彼だが、ワールドツアーレースでの勝利はこれが初めて。ログリッチェと並び同国選手がワンツーとなり、スロベニアのレベルの高さをまざまざと見せつけた。

バーレーンはようやくこれで2勝目。不調にあえぐこのチームが勢いをつけるきっかけとなるか。

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第1ステージ  ヌーシャテル〜ラ・ショー・ド・フォン  168.4㎞(丘陵)

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アルプスを舞台にしたロマンディは初日からいきなりの獲得標高3,100mステージ。

2級山岳を5つ越える逃げ切り向きのステージで13名もの逃げ集団が生まれるが、最後の2級山岳を登る残り30㎞地点で全て吸収されてしまった。

 

そのきっかけを作ったのはEFエデュケーション・ファースト。

登り始めから2〜3人の選手を先頭に置いてペースアップ。あっという間に総合リーダーのトラトニクは脱落した。

とくにヒュー・カーシーの牽きは強烈で、顔を歪めながらひたすら先頭固定。残り26㎞の山頂も先頭で通過した。

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その後ろにはゲラント・トーマス(チーム・イネオス)の姿も。登りの途中から2〜3番手につけていた彼がこの日、やる気十分であることが明確に示されていた。

だが、最初に攻撃したのはボーラ・ハンスグローエのエマヌエル・ブッフマンだった。山頂を過ぎてすぐアタックした彼に、2名ほど追随する選手も現れたもののすぐに突き放され、独走が開始された。

 

すでに先日のバスク1周でも逃げ切り勝利を果たしている彼は危険な存在。

しかしメイン集団では散発的なアタックが繰り返され追走の体制が整わず、ブッフマンとのタイム差は最大で40秒近くにまで広がる。下りきったあとの平坦路では再びカーシーが先頭固定で牽引する形になり、そうなれば満足な追走ができないのも当然であった。

なお、カーシーの背後には、ディラン・ファンバーレに守られたトーマスの姿が。やはりやる気十分のようだ。

 

トーマスの狙いは、ゴール前12㎞地点に置かれたカテゴリのついていない登りであった。ここでアタックを仕掛けたトーマスに、ゴデュだけがすぐさま食らいつき、少し遅れてウッズも追いつく。

ブッフマンとのタイム差も一気に縮め、残り6㎞で合流したことで、総合優勝候補4名の強力な逃げが完成した。

 

さすがにメイン集団のエース勢も黙ってはいられない。

ディフェンディングチャンピオンのログリッチェ自ら先頭に立って、得意な下りを爆走する。平坦に移ってからはステフェン・クライスヴァイクが全力で先頭牽引し、その甲斐もあって残り5㎞で先頭4名をキャッチした。

 

その後は散発的なアタックが続くが、残り1㎞でトーマスが抜け出す。追随したベタンクールが残り500mで追いつくも、ラスト200mで集団がこれを飲み込んだ。

雪崩れ込むようなクライマー同士の集団スプリントを、こういった局面に強いログリッチェが制した。

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危険な逃げが連発したカオスな展開を、昨年ツールでも支え続けてくれていたクライスヴァイクの献身的なアシストと、自ら先頭に立つことすら辞さないログリッチェの積極的な姿勢とが抑え込むことに成功。

例年以上に調子の良いユンボ・ヴィズマの強さが光った日となった。

 

 

第2ステージ  ル・ロックル〜モルジュ  174㎞(丘陵)

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冷たい雨が降り注ぐ中、6名の逃げの中から最後まで粘り続けたキュングが見事な逃げ切り勝利。ロマンディでの勝利数を3に伸ばした。

過去10勝のうち、TT以外での区間勝利はロマンディのみというキュング。母国に錦を飾る勝利となった。

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キュングが独走を開始したのは残り20㎞地点。そのときのメイン集団とのタイム差は1分30秒だった。

「残り20㎞で1分あれば勝てると思っていた」というキュング。その言葉通り、最後は1分のリードを保ったままフィニッシュを迎えた。

 

一方のメイン集団は、数少ない集団スプリントのチャンスを掴むべく、スプリンターチームによる猛牽引がなされてしかるべきであった。いわゆる「1㎞1分の原則」でいえば、残り20㎞で1分半というのは決して楽観視できる数字ではなかった。

 

しかし集団の先頭にはボーラやUAEが複数名牽引する姿は見せたものの、それらもすぐバラバラになり、やがてボーラのシェイン・アーチボルドが単独で牽引し続ける状態が続く。その後ろにはユンボ・ヴィズマやイネオスなど総合系のチームが連なっており、タイム差は1分20秒程度から動くことがない。

残り11㎞を切ってようやくヴィヴィアーニがアシストを2枚引き連れて先頭に。しかしそれでもタイム差が縮まらないまま、ゴールが近づいた残り3㎞台で再び先頭はユンボ・ヴィズマなど総合系が支配し、この日の逃げ切りはほぼ容認された形となった。

 

冷たい雨というコンディション、ジロ直前という時期が、無理をしない選択肢を選ばせる要因となったのかもしれない。

展開を味方につけたキュング。しかし、ラスト20㎞は常に、集団の先頭を牽引する選手と同じ速度で逃げ続けた彼の脚力には脱帽しかない。それも、174㎞をほぼ最初から逃げて、である。

最後縮まった20秒はガッツポーズ分と集団のスプリント分を考えれば、ラスト20㎞は1秒たりともタイム差を変えなかったのだから。

 

そして集団スプリントは、バーレーン・メリダのアシストが早駆けして脱落。先頭をフロリアン・セネシャルが引っ張り上げ、その背中につけていたコルブレッリが残り200mで発車。

その後ろのヴィヴィアーニのさらに後ろにいたベネットが同時に横から飛び出してきて、残り100mで先頭を奪ってからは誰にも横に並ばせなかった。

 

混戦に強いベネット。昨年はジロでヴィヴィアーニに対して3勝4敗、今年のUAEでは1勝1敗の彼が、ここではまず勝ち越しとなった。

ただドゥクーニンクはチームもヴィヴィアーニも最後はそこまで本気だったのかは怪しい。ジロ本番でどうなるかはまだまだ読めないところだ。

 

 

第3ステージ  ロモン〜ロモン  160㎞

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ラストは登坂距離1㎞、最大勾配15%に達する激坂フィニッシュ。いよいよ総合優勝争いが過熱し始めるステージとなる。

 

この日も第1ステージに引き続きEFエデュケーション・ファーストが積極牽引。実際、24秒遅れの総合15位につけるマイケル・ウッズにとって、この日のゴールは向いているレイアウトと言える。

一方でロット・スーダルも先頭を牽いたり、残り7㎞を切ってからトーマス・デヘントがアタックして独走を開始したりするなど積極的に動く。

長距離逃げを得意とするデヘントだが、さすがにこの場面での独走は勝ち目はほぼない。自らの勝利のためというよりは、集団内のアシストに楽をさせるためのアタックという印象だった。

そこまでして彼らが守りたかったのが、昨年までコンチネンタルチームに所属していた27歳のカールフレドリク・ハーゲン

第1ステージでもセレクションのかかった最終集団に残り、ゴールスプリントでも6位に入るなど、一躍チームのエースに躍り出た。ウェレンス、ランブレヒトに続く、チーム期待のパンチャーとなりそうだ。

 

 

さて、最後の登坂が始まると、まずはアシストの超牽引に導かれてゲラント・トーマスが先頭。その脇にはゴデュ。そしてトーマスの背後にはコスタがぴったりと食らいつく。

これをログリッチェが追いかけるが、その隣でジャンルカ・ブランビッラ(トレック・セガフレード)がバランスを崩して転倒したのに触れてしまい、失速する。

 

残り500mからは2016ジャパンカップ覇者ダヴィデ・ヴィレッラ(アスタナ・プロチーム)が先頭に躍り出て先導。トーマスとゴデュがこれにしっかりとついていく。

 

残り200mでコスタが加速。トーマス、ゴデュもヴィレッラの脇を通り抜けて左右から追走。ログリッチェの姿は見えない。

 

ラスト100m。ここでトーマスがメカトラ。集団内に沈んでいく一方、後方からログリッチェが一気に加速。

だが、常に良いポジションを保ち続けていたゴデュがそのまま逃げ切り。ワールドツアー初勝利を遂げた。

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過去にはフレーシュ・ワロンヌでも好成績を残している激坂適性の高い選手の1人であるゴデュが、その実力の高さを見せつけた。

 

しかしトーマスもこの日間違いなく強かった選手の1人で、メカトラがなければどうなっていたかはわからない。

一方、ログリッチェは最初から位置どりが悪く、不運と重なって勝機を失った。表情にも疲れは浮かんでいたが、最後の伸びは凄まじく結局は区間3位。今かなり調子が良いのは確かだろう。

 

 

第4ステージ  リュサン〜トルゴン  107.6㎞(山岳)

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獲得標高3600mを超えるクイーンステージ、の予定が悪天候によりコース短縮。107㎞のショートステージとなり、獲得標高も半分に。

しかしフィニッシュのトルゴン山頂ゴールはそのまま。登坂距離12㎞、平均勾配6.8%で、常に一定した勾配の続くオールラウンダー向きの登りだ。

8名の逃げの中には1分29秒おくれの総合22位ダニエル・マルティネスが含まれており、平坦区間ではユンボ・ヴィズマが隊列を組んで責任持ってこれを追いかけた。

 

登りに入るとチーム・イネオスが積極的に牽引。ディエゴ・ローザとディラン・ファンバーレの2人が先頭に立って、残り4㎞までに逃げをすべて捕まえる。

すでにログリッチェのアシストはクライスヴァイクのみ。ゴデュやコスタも単独となっている。

 

残り3㎞となってローザもファンバーレも脱落すると、ゴデュが積極的にペースアップを図る。クライスヴァイクがこれを抑え込もうとし、先頭は2人による争いが活発化。

ハイペースとなった集団内からはこぼれ落ちる選手が続出し、すでに10名ちょっとに絞れこまれた。

 

残り2㎞でヒュー・カーシーとヒルトが抜け出しを図ると、これをログリッチェ自ら追走し、すぐにこれをかわして単独で先頭に躍り出た。

ゴデュはすでに足を使いすぎており動けず、代わりにここまでじっと沈黙し続けてきたトーマスが、抑え込もうとするクライスヴァイクを振り切って単独でログリッチェにブリッジを仕掛けた。

 

一気にリードを奪う2名に対して、メイン集団ではカーシーがウッズのためにペースアップ。なんとか残り1㎞で先頭2名に追いつく。

カウンターでグロスチャートナーが抜け出すとこれを再びログリッチェが自ら捕まえ、残り100mからは先頭でスプリントを開始。追いすがるコスタ、トーマスにも並ばせることなく、圧倒的なスプリントでステージ2勝目を飾った。

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ライバルたちをしっかり抑え込むクライスヴァイクの動きも素晴らしかったが、基本的には自分一人の力で終盤の展開を支配し続けたログリッチェのコンディションがずば抜けていた。

これでまだジロに向けて、100%の状態ではないと告げているようなので、本当に恐ろしい。

 

また、連日チーム内でも飛び抜けて良い走りを見せているカーシーにも注目したい。

最後は自らゴール前でもアタックしていたが、導くはずだったウッズがなかなか前に出てこれないのを後ろを振り返りながらやきもきする姿も見ることができた。

マルティネス、ウッズともに不在のジロにおいては、カンゲルトと並んでエース候補になりうる存在。

今回は総合成績ではカンゲルトが上だが、勢いから行けば、新人賞も含めカーシーはエース待遇で走らせてみてもいいかもしれない。

 

同じくグロスチャートナーも、先日のターキー総合優勝が自信に繋がったのか、最後まで積極的な走りが目立った。

今年はドーフィネ→ブエルタの出場を予定しているようだが、ツールでブッフマンのアシストとして走る姿も期待したくなる。

 

 

第5ステージ  ジュネーブ〜ジュネーブ  16.85㎞(個人TT)

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レマン湖の湖畔で行われた、風の強い中での中距離TT。4月にアワーレコード更新を果たしたばかりのカンペナールツが序盤にトップタイムを記録し、期待されていた初日に落車してしまった借りを返した。

かに見えていたが、まさかの最終走者ログリッチェの快走。もちろん、彼がこの日の優勝候補の1人だったのは間違いないが、それでもまさか、カンペナールツを13秒も上回る記録で圧勝するとまでは考えなかった。

勢いというのはこれだけ人を強くするのだ。

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よって、ログリッチェが文句なしにロマンディ2連覇。

昨年のバスク1周以降、出場した8つのステージレース全てで4位以上、うち6つは総合優勝しているという、圧倒的な調子の良さを見せつけたままジロに挑むこととなる。

 

 

この日の個人TTでほかに素晴らしい走りを見せたのがグロスチャートナー。トーマスを超える区間9位で終え、総合順位も1つ上げて総合4位となった。

ブッフマンも決して悪くない走りを見せたが、今回に限っていえば成績だけでなくその走り、存在感においてもグロスチャートナーはブッフマン以上だった。

ターキーでの総合優勝は彼を確実に成長させたと見て良いだろう。

 

逆にうまくいかなかったのがゴデュ、ウッズ。

とくにウッズは1分40秒遅れと沈み、危うくTOP10からも崩れ落ちるところだった。ゴデュは決してものすごく悪いというわけではなかったものの、それでもオールラウンダーには敵わず、トーマスとグロスチャートナーに順位を抜かれて総合表彰台から転がり落ちた。

フランス人総合エースの宿命か?  TT能力の改善が、彼の今後の課題となりそうだ。

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ツール・ド・ロマンディ2019 最終総合成績

 

ある意味、戦前の予想通りのログリッチェ圧倒的総合優勝。

しかし、ステージ3勝という無双っぷりは、我々の想像を超える走りだった。

当然、ジロでの好走も期待されるところで、現在は過去の覇者デュムランや昨年覚醒したサイモンを差し置いて総合優勝候補の最右翼に躍り出ている。

 

果たして、ジロでもこの調子が続くのか。それとも。

 

 

最後に、アシストとしての働きについて、一人注目しておきたい選手がいる。

それが、チーム・イネオスのディラン・ファンバーレである。

今年27歳になるオランダ人。本来は北のクラシック要員としてチームに招かれたであろう存在で、キャノンデール時代のロンドで4位や6位などを経験。スカイ入りした昨年はオンループ・ヘットニュースブラッドで2位を記録した。今年のロンドでも、終盤でファンマルク、アスグリーンと共に逃げ、ファンマルクを引き千切るほどのパワーで逃げ切りの可能性すら感じさせたのは記憶に新しい。

 

そんな、パワータイプのルーラーである彼が、今回のロマンディでは、たとえば第1ステージの厳しい山岳を越えたあとの平坦でもエースのトーマスのために牽引役を担い、さらには山頂フィニッシュの第4ステージでもトレインの最終便としてエースを支えた。

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いわばキリエンカのような働き。山も平地もこなせる彼は、現時点ではツール・ド・フランスにも出場予定。

ベルナルやモズコンがジロをパスすることが決まったためにメンバーが変更になる可能性はあるが、それでもこのファンバーレの存在は、ツールでのイネオスの勝利にも欠かせないピースとなる気がする。キリエンカが病気明けで決して万全でないことを考えると・・・。 

 

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