「僕たちは今大会最強のチームだった。けれど、僕たちは戦略的なミスを犯したんだ*1」
と、レース後にロベルト・ヘーシンクは語った。
第11周目の古賀志の登りで仕掛けたユンボ・ヴィズマ。この攻撃で集団は15名にまで絞り込まれ、その中にユンボの選手は5名も含まれていた。
たしかに、彼らは今大会最強のチームだったかもしれない。
しかし、彼らがその数の優位を活かし、次々と攻撃を仕掛けたこと自体は適切な、取るべき方策であったとは思う。たしかにその攻撃がことごとく封じ込められ、うまくいかなかったのは大きな敗因だが、それが戦略的なミスだったとまでは言えない。
彼らの敗因は、また別のところにあったのではないだろうか。それはまた、トレック・セガフレードの勝因でもある。
そして、最後にマイケル・ウッズとのスプリント勝負に勝ったバウケ・モレマの戦術とは?
例年以上に白熱した今年のジャパンカップの「最後の40㎞」を振り返る。
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ジュリオ・チッコーネが果たした役割
今年のジャパンカップは序盤から激しく展開が動いた。元全日本チャンピオンの山本元喜などのアタックもあり、第1周目から高速に展開。
現マトリックス・パワータグ所属で、ツール・ド・フランス総合4位の経験もある43歳フランシスコ・マンセボ。その動きがきっかけで8名の逃げが2周目には形成され、その中には全てのワールドツアーチームが含まれるという前代未聞の展開となった。
メイン集団は宇都宮ブリッツェンなどの国内チームが中心に牽引し、タイム差は1分40秒程度を維持しながら停滞。
次の大きな動きは第11周目(残り4周・40㎞)で巻き起こる。
きっかけは、またもマンセボの古賀志林道でのアタックだった。しかしこれに食らいつき、カウンターアタックを繰り出したジュリオ・チッコーネが、11周目の古賀志山頂を先頭通過した。
このとき逃げに乗っていたクーン・ボウマンが千切れたことによって、メイン集団に控えていたユンボ・ヴィズマの面々が動き出した。ジロ・デ・イタリア山岳賞かつツール・ド・フランスでもマイヨ・ジョーヌを着たチッコーネの動きを看過できなかったこともあるだろう。ロベルト・ヘーシンクが先頭に立って猛烈に牽引し、11周目突入時点では50秒あったタイム差を山頂では16秒にまで縮め、集団の人数も15名にまで縮小させた。
だが、例年と比べ、この「本格的な動き」に入るタイミングがやや早すぎる、という印象があった。例年であれば大体、残り2周程度で大きな動きが巻き起こる。今年は残り4周。
そしてユンボ・ヴィズマによる集団支配が始まるが、この早過ぎた集団支配によって足を使い過ぎ、この後の彼らの「波状攻撃」がうまくいかなかった、と見ることもできそうだ。
ただ、1分以上のタイム差がなかなか縮まらないまま、残り40㎞でチッコーネの逃げを許すのもなかなか難しい話だったと思う。思えば、チッコーネは逃げ集団の中でも積極的に前を牽いていた。そのうえで残り40㎞でのあのアタック。今回、ユンボ・ヴィズマの敗因を作った最大の立役者は、ジュリオ・チッコーネという男だったのかもしれない。
さらに、チッコーネが凄いのは、彼がここで終わらなかったということだ。
第11周目古賀志での彼の抜け出しは、下りを経て県道に入ったところで終わりを迎え、ユンボ・ヴィズマの「波状攻撃」が始まる。まずはセップ・クス。これはダミアーノ・カルーゾの牽引で潰されるが、続いてエース格のステフェン・クライスヴァイクが、12周目突入とほぼ同時に抜け出した。
これは非常に危険な独走だった。しかしこれを、逃げていて先ほどもアタックしたばかりのチッコーネが、先頭に立って古賀志で追いついていく。
そのあとも容赦なくユンボはクスをアタックさせ、さすがにこれはモレマにチェックしてもらった。
だが第12周目の県道から独走するニールソン・ポーレスに対しては、再びチッコーネが先頭に立って、第13周目古賀志の登りでギャップを詰めていったのである。
まさに不死鳥のような男。逃げ集団をコントロールし続け、自らのアタックによりユンボ・ヴィズマに早めの動き出しを強要し、さらにこの局面で、ユンボ・ヴィズマの戦略を2度も潰しにかかった。
そして、この13周目古賀志の登りで集団先頭を猛牽引したチッコーネは、そのまま、最高のタイミングでバウケ・モレマを発射する。
ここから、今度はモレマが強さを見せる番だった。
バウケ・モレマの強さ
チッコーネのアシストは今回のトレックの勝利の大きな部分を占めてはいたが、しかしやはりモレマ自身の強さがこの日、プロトン随一であったことも確かだ。
第13周目古賀志。残り20㎞。ここで、チッコーネの牽引から放たれたモレマの強力なアタックに、ついていけたのはイル・ロンバルディア5位のマイケル・ウッズのみだった。
<Cycle*2019 ジャパンカップ サイクルロードレース>
— J SPORTS🥟サイクルロードレース【公式】 (@jspocycle) October 20, 2019
チッコーネが終わってモレマのアタック💥#jspocycle #JapanCup #ジャパンカップ #JCRR
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セップ・クスも喰らい付こうと飛び出したが、古賀志の中腹からウッズも先頭交代に加わったことでさらに加速され、結局追いつくことなく後続集団に飲み込まれてしまった。
この流れの中で、クライスヴァイクも早くも脱落してしまい、マンセボ、ディオン・スミス、中根英登と共にロベルト・ヘーシンクだけが追走集団には残ることとなり、ユンボ・ヴィズマの数の有利は一気に崩壊してしまった。
最終周回に入るタイミングでヘーシンクが残る全ての力を振り絞ってクスを発射させたが、これも先頭2名には届かないまま失速してしまう。
先頭2人が強すぎたのもそうだが、エースをクスと定め徹底的に温存することをせず、クライスヴァイクと一緒になって積極的すぎる波状攻撃をし過ぎて足を使ってしまったことは、たしかに戦略的なミスだったかもしれない。
それもこれも全て、チッコーネという男の存在のせいだったとも言えるが。
いずれにせよ、勝負は先頭の2名に絞り込まれた。そうなると、ウッズもモレマとのスプリント勝負には持ち込みたくなかった。それに、古賀志のレイアウトはモレマ以上にウッズに向いていることもよく分かっていた。
だから、ウッズはこの最後の古賀志の登りで、一気にペースを上げた。モレマはこれにしっかりと食らいつく。イル・ロンバルディアでは、アレハンドロ・バルベルデとプリモシュ・ログリッチェの加速には引き離されてしまっていた。だが、ウッズの加速に対しては、なんとか持ちこたえる。
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一騎打ち💥#jspocycle #JapanCup #ジャパンカップ #JCRR
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それでも、最後の最後、ウッズはわずかにモレマとのギャップを作ることに成功する。
しかし、直後に山頂を通過。結局、モレマとの間に開くことのできたギャップは1秒程度に過ぎず、下り終わって県道に入る頃には、再び先頭は2人になってしまった。
あとは、ガチンコの、スプリント対決。
単純なスプリント力では甲乙付けがたい2人。残り300mを切ったところにある最終カーブを、ウッズが先頭でこなそうとしていた。
そのとき、モレマはまず、左に大きく進路を取った。ウッズは当然、この動きを警戒してちらちらと左に振り返っていた。
だがモレマのこの動きはフェイントだった。最後、カーブにさしかかるその瞬間、モレマはウッズの右側から加速した。
ウッズは左に振り返った。そこには誰もいなかった。慌てて右を振り返る。しかしその時にはすでに、バイク一台分以上先行するモレマの姿があった。
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ラスト200mのモレマ(TFS)とウッズ(EF1)一騎打ち💥
3位争いも白熱💥💥#jspocycle #JapanCup #ジャパンカップ #JCRR
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あとはもう、ウッズにはどうしようもなかった。
最高速度でゴールに向けて駆け抜けるモレマは、イル・ロンバルディアのときのように両手を広げ、ここ宇都宮での4年ぶり2度目の勝利を存分に味わった。
モレマは強かった。肉体的にも、戦術的にも。
それが確かな彼の勝因であり、ユンボ・ヴィズマの敗因であった。
と、同時に、そこにはジュリオ・チッコーネという存在が重要な位置を占めていたこともまた事実。
改めて、来年のトレックの更なる活躍が、楽しみになるレースであった。
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