今年で81回目を迎える「フレッシュ・ワロンヌ」。
「フレッシュ」とは「矢」という意味でのフランス語で*1、意味は「ワロンの矢」というものである。
その名の通り、ベルギーのフランス語圏ワロン地方で行われる、アルデンヌ・クラシック第2戦である。
名物はもちろん「ユイの壁」。
登坂距離1.3kmで120.9mを登る。すなわち、平均勾配9.3%である。さらに最大勾配は26%にも達するとさえ言われている。自転車界屈指の激坂である。
これを越えるには軽いパンチャーや「登れるスプリンター」程度では歯が立たず、グランツールでも活躍するような一流のクライマーが優勝者に名を連ねている。
- 2010年:カデル・エヴァンス
- 2011年:フィリップ・ジルベール
- 2012年:ホアキン・ロドリゲス
- 2013年:ダニエル・モレーノ
- 2014年:アレハンドロ・バルベルデ
- 2015年:アレハンドロ・バルベルデ
- 2016年:アレハンドロ・バルベルデ
バルベルデが今年もまた勝利すれば、前代未聞の4連勝となる。
だが、今年の彼の調子の良さを見ていると、それが十分にありうる話だと思えてしまう。
またも勝利し、王者の貫禄を見せられるか。
いや、そうはさせじと、まだ勝利のない実力者たちも息巻いている。
3年前2位、昨年も3位のダニエル・マーティン。
あるいは昨年、期待されながら直前の落車で不参加を余儀なくされたアレクシー・ヴュイエルモなど。
見所十分な「水曜日のクラシック」を、徹底プレビューしていく。
今年のコースと見所
今年のスタート地点は2013年大会にも使用されたバンシュの街。
そこから200.5kmの旅路が始まる。
コース全体を通しアップダウンが豊富だが、レース後半には名前のついた8つの「峠」が出現する。
その中で3回通過する、最も難易度が高い峠が「ユイの壁」だ。
登坂距離1.3km、平均勾配9.3%、最大勾配は26%にも達すると言われる。
勝敗のすべてはこの最後の1kmちょっとにかかっていると言っても過言ではない。
その中でも特に、残り500mの急勾配区間が見所だ。
誰が最初に飛び出すのか。そして誰がそこに喰らいついていくのか。
昨年は2012年覇者のホアキン・ロドリゲスが早駆けを行った。バルベルデはこれを落ち着いた様子でチェック。直前のアムステルを制したエンリコ・ガスパロットも好走を見せる中、次に飛び出したのが2014年2位のダニエル・マーティン。
だがこれらをすべて潰し、先頭に立ったバルベルデ。圧巻の勝利であった。
アラフィリップも喰らいついたが、追い抜くことはできず、悔しい2年連続の2位となった。
手に汗握る、出入りの激しい攻防戦。
登りが好きな視聴者にとっては堪らない戦いを見せてくれるのがこの「ユイの壁」だ。
一方で、2015年大会から追加された、ラスト5.5km地点の「コート・ド・シュラーヴ」も、全長1.3km、平均勾配8.1%と侮れないプロフィールだ。
純粋な登りでの勝負が望めないアタッカーたちの攻撃が繰り広げられることは間違いないだろう。
昨年・一昨年はともに、「いつかアルデンヌで勝利するであろう」ティム・ウェレンスが攻撃を仕掛けたポイントでもある。
いずれも最終的にはモビスターを中心としたプロトンによって飲み込まれてしまったが、「今年こそ」という思いがもしかしたらあるかもしれない。
ただ、一昨年でその飛び出しのまま「ユイの壁」に突入した瞬間、その勢いが殺されてしまったので、やはりアタッカーなだけで攻略できるほど、この「壁」は甘くはないのかもしれない。
今年もまた、高い確率で「壁」勝負となることだろう。
では、今年の注目選手を見ていきたい。
注目選手たち
アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、36歳)
今回勝利すれば通算5勝目。4年連続優勝となる。
さすがにそう上手くはいかないだろう、という至極真っ当な意見は、今期、出場したすべてのステージレースで総合優勝している、という信じられないその調子の良さを前にすると説得力を失うことだろう。
この男に不可能はないのかもしれない。とくに今年は、カタルーニャでも、コンタドールたちにも引けを取らない登坂力を見せてくれた。
今大会、紛うことなき優勝候補最右翼。
他の有力選手たちがいかに、彼を打ち破れるか、の勝負である。
ダニエル・マーティン(アイルランド、30歳)
2014年2位、昨年は3位。2015年ツールの「ユイの壁」でも4位、「ブルターニュの壁」では2位だった。
爆発的な登坂力が売りの典型的なクライマー。長年在籍したガーミンチームから移籍した昨年度は、ツールを始めとしてクライマーとしての才能をより開花させたような調子の良さが目立った。
今年もパリ~ニースで総合3位に入るなど、コンディションは十分。
それでも、フレッシュ・ワロンヌでは、アラフィリップにエースの座を譲るのではないか、と思っていた。
そのアラフィリップが、まさかの出場断念。
また「アルデンヌの王」ジルベールも欠場が決まった。
クイックステップの連携力にこそ、バルベルデ打倒の鍵があると思っていただけに、非常に残念な状況である。
現時点ではクイックステップの出場メンバーは固まっていないようだが、とにかくマーティンと並んで第一線で勝負できる選手を用意したいところである。
アレクシー・ヴュイエルモ(フランス、28歳)
2年前のツールでの光景が、今も忘れられない。
「ユイの壁」3位、そして「ブルターニュの壁」ではマーティンの追走を振り切ってのんステージ優勝。なお、その年の本物の「ユイ」では6位だった。
だからこそ、昨年は期待していた。それなのに、直前のアムステルゴールドレースで落車し、出場ができなくなってしまった。
それを意識してか、今年はアムステルに出場せず。
一応、チームにはロマン・バルデもいるが、実績から考えるとヴュイエルモがエースになる、はず・・・?
ちなみに「ヴュイエルモーズじゃなくてヴュイエルモが正しい発音なんだよ」と本人が自らメディアに注文をつけた。だが少なくとも日本においては十分広まってはいないようである。
ミヒャエル・アルバジーニ(スイス、36歳)
パイス・バスコで1勝。登りスプリントのラ・リオハでは、サザーランドの逃げ切りは許してしまったものの、集団ではトップでゴールした。
そしてつい先日のアムステルゴールドレースでも、ここでもやはりクフャトコフスキとジルベールの逃げ切りになってしまったものの、追走集団の頭をとって3位。
「ロマンディではめっちゃ活躍するけどそれ以外では基本発射台」というイメージしかなかったオージーチームのスイス人が、ここにきてにわかに目立ち始めている。
勢いってのは重要だし、もしかしたら今回ひょっこり勝つかもしれない。
2012年は2位だったし、2015年も3位だ。
2014年と2016年も7位と決して悪くなく、昨年のリエージュでも2位だった。
いまだ獲得していない、でも伸ばした手のすぐ先に見えているアルデンヌの勝利を、そろそろ獲得しておきたいところである。
ルイ・コスタ(ポルトガル、30歳)
昨年10位。どちらかというとリエージュ向きで、フレッシュ・ワロンヌではそこまで目立った成績は出していない。
ただ今年はアブダビ・ツアーで見せた登坂力に期待したいところ。若干、シーズン序盤の好調ぶりがここ最近薄れてきているような気がするけれど、2013年~2014年以来の絶好調シーズンを迎えらえる可能性も・・・あるかどうかを、このアルデンヌで見せてほしい。
セルヒオルイス・エナオ(コロンビア、29歳)
先日のアムステルでの積極的な走りは素晴らしかった。
今年はパリ~ニースといい、ここまで積み上げてきたものをしっかりと発揮しつつあるシーズンを過ごしている気がする。
となれば、そろそろ期待したい。アルデンヌの中でもこのフレッシュ・ワロンヌこそ、彼に向いたレースである気がする。なにしろ2013年は2位。昨年は残念ながら未出走となってしまったが、パリ~ニースでも見せた強力なクライミングで、栄光をその手に掴んでほしいものだ。
すごい優しいおっちゃんの顔をしているので、勝ってほしい、とついつい思ってしまうんだよね。
ハリンソン・パンタノ(コロンビア、28歳)
アルデンヌでの実績は、まったくといっていいほど、ない。
フレッシュ・ワロンヌは昨年75位。その前の年は完走すらしていない。
だが、昨年のツール以降(スイス以降?)の彼の走りは、そんな実績など吹き飛ばして勝利を掴み取ってしまいそうな力強さを感じる。今年に入ってからも、コンタドールを献身的に支えるその登坂力に、誰もが唸ったはずだ。
今回勝ってほしい、とまでは言わない。
それでも、上位に入るだけの走りを見せてほしいものだ。
アラフィリップ、ジルベールを始めとして、ワウト・プールスなど有力選手が次々と不出場を発表しており残念極まりない。ホアキンも昨年引退してしまった。
エンリコ・ガスパロットもアムステルの落車で、厳しそうな気がする。
そうなってくると一層、「最強」バルベルデが揺るぎないようにも思えるが、それでも上記のメンバーの走りには期待したい。ぜひ、「下剋上」を成し遂げてほしい。
なお、上記以外に注目できそうな選手としては、
- ロベルト・ヘーシンク(ロットNLユンボ)
- サミュエル・サンチェス(BMC)
- ヤコブ・フールサン(アスタナ)
- ヨン・イサギーレ(バーレーン)
- ホナタン・レストレポ(カチューシャ・アルペシン)
- ワレン・バルギル(サンウェブ)
- トムイェルト・スラフテル(キャノンデールドラパック)
- ラファル・マイカ(ボーラ・ハンスグローエ)
あたりだろうか。
「コート・ド・シュラーヴ」辺りからのアタックも含めて、注目していきたいところだ。
*1:これがオランダ語だと「パイル piji」となる。すなわち「ブラバンツ・パイル」とは、「ブラバント地方の矢」という、似た意味の言葉になるのだ。