ジュリアン・アラフィリップ、まさかの大勝利。
彼がこのタイミングで総合ジャージを着ることには何の違和感もないが、あれだけの走りを見せたアルベルト・コンタドールを20秒も上回って勝利したことが何よりも驚きである。
第2ステージのコルブレッリ、第3ステージのベネットに続く、意外な勝利。
天候同様に波乱に満ちたパリ~ニースである。
しかし、ここではあえて、アラフィリップの話ではなく、
その影で、コンタドールとほぼ同タイムというこれもまた驚きの結果を叩き出したゴルカ・イサギーレ、そしてトニー・ギャロパンの話をしたい。
それまで暫定トップタイムを叩き出していたコンタドールを、中間計測では21秒上回り、そして最終結果ではわずか1秒のタイム差でクリアした。Jsportsより。
イサギーレ兄弟の明暗
ゴルカ・イサギーレは、弟のヨンと共に、バスク人チーム「エウスカルテル・エウスカディ」に所属し、ワールドツアーレースでの経験を積んでいった。
そしてチーム解散後の2014年シーズンからはモヴィスター・チームに在籍し、グランツールでのアシストなどを通じチームに貢献していった。
国内選手権の優勝、ツール・ジロでの区間優勝、そしてツール・ド・ポローニュでの総合優勝など、華々しい活躍を続ける弟と違って、ゴルカは常に日陰者の存在であり続けた。
そしてついに今年、ヨンは高額のオファーを受けてバーレーン・メリダへと単身渡っていった。
かたや、チームの顔として、エースナンバーをつけることすら許されたヨン・イサギーレ。
兄弟の明暗ははっきりと分かれた、かのように思えた。
しかし、2017シーズンでまず快調な滑り出しを見せたのは、兄ゴルカの方であった。
ダウンアンダーでの走り、そしてパリ~ニース
まず、ゴルカが その実力を発揮したのは年初のツアー・ダウンアンダーであった。
第2ステージ、パラコームの登りゴール。
2年前の同ステージではローハン・デニスに勝利をもたらし、彼の総合優勝を決定付けた。
今年も総合を大きく左右することになるだろうと予想され、注目が集まっていたが、そのようなこのステージで、ゴルカはリッチー・ポートに次ぐ区間2位。
あのエステバン・チャベスすら退けての成績であった。
しかし翌日に落車。その後もリタイアこそしなかったものの、もう一つのクイーンステージ、ウィランガヒルにて大きく遅れたことで、総合成績は28位に沈んでしまった。
最終結果こそイマイチではあったものの、見事な走りを見せたゴルカ・イサギーレ。
彼が次に注目を集めることになったのがこの、パリ~ニースであった。
ダウンアンダーのとき同様、ゴルカはチームのエースではなかった。
しかし、そんなゴルカが、第1ステージの横風の洗礼を大きく受けたチームの中で、ただ1人先頭集団に残ることができていた。
結果、第1ステージのゴール順位は12位。先頭から19秒差。
ゴルカの次に、モヴィスター・チームで成績を残したのは24位のイマノル・エルヴィーティ。それ以外の選手はほとんどすべて100番台の順位でその日を終えたほどであった中で、ゴルカだけが総合に絡む結果を出せたのである。
なぜ、ゴルカがそこにいたのかはわからない。それはたまたまの偶然だったのだろう。
しかし、ゴルカはさらにこの第4ステージで結果を出した。
すなわち、中間計測は優勝者アラフィリップに次ぐ2位。
そして、登りでも見事な走りを見せ、区間2位のコンタドールに1秒程度の僅差で敗れるという結果。
結果、首位のアラフィリップからは47秒遅れの総合3位にまで登り詰めた。
この後、クイーンステージの第7ステージなどをタイムを落とさずにクリアする、というのは正直考えられない。
総合優勝はもちろん、現在の総合順位をキープすることも難しくはあるだろう。
それでも、このダウンアンダーとパリ~ニースで見せた走りは、モヴィスターにおける彼の存在感を大きく増すことになったであろう。
アマドールやモレーノ、エラーダ兄弟といった強力なアシスト陣の揃う中で、ゴルカもまた、グランツールでキンタナやバルベルデなどをサポートする重要な選手として信頼され続けることを願う。
そしてどこかのステージレースでの勝利も、いつか。
2年前のツールでバルベルデ、キンタナを支え続けたゴルカ。この年の総合順位は33位と、それまでで最も良い成績を叩き出した。翌年は第17ステージで落車リタイア。
一方で、弟ヨンは今年、イマイチな滑り出しとなっている。
まず、総合成績を期待されたブエルタ・アンダルシアでは第3ステージのITTでなぜかリタイア。
そして、復帰戦となったこのパリ~ニースでは、第1ステージで横風により大きく遅れ、今回のITTでも区間9位と微妙な結果。
少なくとも、国内王者にも輝き、カンチェラーラを破ったことすらある彼にとっては、十分な結果とは言えないだろう。
今年はツール・ド・フランスでも総合エースを担うと噂されているヨン・イサギーレ。
そこに向けて、調子を取り戻していくことが求められる、そんなシーズンの序盤となってしまった。
トニー・ギャロパンという可能性
もう1人、驚きの結果を叩き出したのがトニー・ギャロパンである。
こちらもゴルカ同様、まず中間計測でコンタドールを上回るタイムを出し、そのマージンを登りでもしっかりと守った。
だが、今年のギャロパンにとって、この結果は決して意外ではない。
2月初頭に行われたフランスのステージレース、エトワール・ドゥ・ベセージュ。
この最終ステージの個人タイムトライアルでギャロパンは優勝。
このタイムトライアルが、ラスト2kmを激坂含んだ登りフィニッシュであり、今回のパリ~ニースITTと似たレイアウトであったのだ。
また昨年のツアー・オブ・ブリテンITTでは、トニー・マルティン、ローハン・デニス、トム・デュムラン、スティーブ・カミングスに次ぐ区間5位を記録。そのときのタイム差は25秒と大きかったものの、これだけのメンバーの中でのこの成績は十分に立派であった。
(なお、このときゴルカ・イサギーレもギャロパンと同タイムの6位であった)
このツアー・オブ・ブリテンITTも、ラスト2km地点に、勾配8%程度の登りを含むポイントがあり、こういった起伏に富んだITTでの成績を少しずつ伸ばしてきているのが今のトニー・ギャロパンである。
かつて、フランス人としてマイヨ・ジョーヌを着た経験を持ち、全フランス人の期待を一身に背負ったこともあるトニー・ギャロパン。
しかし、その期待が大きくなればなるほど、それに応えられるだけの結果を出せず、彼は大きなプレッシャーを感じていたことだろう。
しかし、ここ最近、そのプレッシャーが幾分弱まったことで、栄光を掴むチャンスは再び彼のもとに近づこうとしている。
現在、総合2位。
その成績を維持することは決して簡単ではないだろうが、それでも、あと少しの苦難を乗り越え、総合表彰台へと登ること――フランス人としての大きな栄誉を、ぜひ掴み取ってほしいものだ。
総合の行方
快走によりコンタドールやザッカリンが大きく順位を上げた。
一方でヨン・イサギーレやサイモン・イェーツは総合表彰台の可能性を奪われてしまったと見てよいかもしれない。
首位のアラフィリップとコンタドールとのタイム差は1分31秒。
安心できるタイム差ではないものの、守り切り、アラフィリップの総合優勝という可能性は十分にある展開だ。
総合の行方を決めるのは第7ステージ「コル・デ・ラ・クイヨール(クイヨール峠)」。
登坂距離15km、平均勾配7%。
確実な登りの足がなければずるずると引き離されかねない厳しい登りだ。
それでもアラフィリップは昨年のツアー・オブ・カリフォルニアで、全長12km、平均勾配8%の「ジブラルタル・ロード」で勝利を飾っている。
十分に対応することは可能なはずだ。
また、最終ステージはエズ峠からのダウンヒルバトル。
現在総合2位のトニー・ギャロパンは、昨年のこのダウンヒルで、ゲラント・トーマス、セルヒオ・エナオと共に猛スピードで下り切り、逃げ切りを果たそうとしていた集団とコンタドールたちを捕まえている。
その走りが見せられれば、ギャロパンの総合表彰台も十分狙えるだろう。
だがやはり、クイヨール峠でアラフィリップ、ギャロパン、ゴルカ・イサギーレなどが遅れてしまった場合――最も総合優勝に近い位置にいるのが、チーム・スカイのエース、セルヒオルイス・エナオである。
登坂力においては、コンタドールにも引けを取らない力を持つはずだ。
もしもクイヨール峠の登りでアラフィリップが隙を見せるようなことがあれば――エナオは、そのチャンスを逃さずに鋭い攻撃に出るしかない。
セルヒオ・エナオも、強豪の集うスカイにおいて、アシストとしての確かな実績を持ちながらも、自らの勝利自体はまだ大きなものがない。
このパリ~ニースはそんな彼にとって、その名を世界に轟かす千載一遇のチャンスである。
守りに徹し、中途半端な結果で終わるようなことだけは、ないように願っている。
もちろん、コンタドールの逆転総合優勝、あるいはザッカリンの活躍にも期待したいところ。
波乱に満ち、多くの選手が苦境に立たされているこのパリ~ニースであるが、その総合優勝争いの行方も、まだまだ面白さを失ってはいない。
ティレーノ~アドリアティコについて
同日に開催されていたティレーノ~アドリアティコ第1ステージ、チームタイムトライアル。
総合優勝はローハン・デニス擁する、元TTT世界王者BMCレーシング。
昨年に続く第1ステージの勝利である。
そして2位は昨年王者のクイックステップ・フロアーズ。トニー・マルティンが抜けた穴を補い切ることはできなかったか。悔しい2位である。
そして3位には、FDJが入ってきた。
BMC,クイックステップと並んでTTTに強いオリカ・スコットを差し置いての3位である。
これには驚いた視聴者も多かった様子。
しかし、私はこれを特段驚くべき結果であったとは思っていない。むしろ、優勝すらしてほしかったと。
実際、エースのティボー・ピノも、昨年はフランスITT王者となっており、各ステージレースのITTでも好成績を叩き出していた。
さらに今年は、同じく昨年各レースのITTで勝利には届かないものの上位に来ることの多かった元ジャイアント・アルペシンのトヴィアス・ルドヴィクソンが仲間入りを果たしている。
チーム全体としてもTT改善に取り組んでいるようで、今回、ピノが総合表彰台を目指すにあたって、大きなアドバンテージを手に入れる一助となったのは間違いない。
素晴らしいぞ、FDJ! この調子で今後のステージレースでもTTT好成績を出してピノを助けてくれ!
また、最大の優勝候補であるナイロ・キンタナ擁するモヴィスター・チームも、このTTTで4位と悪くない結果に。
カストロヴィエホやベンナーティを中心に、グランツール仕様の総合力・独走力の高いメンバーを揃えている結果であり、これもまた、今後のシーズン通しての成績が楽しみである。
一方、最強のメンバーを揃えてきたはずのチーム・スカイが、途中、ジャンニ・モズコンを襲ったトラブルなどの影響で大きくタイムを落としてしまった。
果たしてこのビハインドを取り返すことはできるのか。
ティレーノ~アドリアティコも、見逃すことのできない展開が待ち構えていることだろう。