ヴィンツェンツォ・ニバリ、2度目のジロ総合優勝。戦前の予想では優勝候補の一角に掲げられた人物であり、その優勝には誰も疑問を抱かないだろう。
しかし、その勝利に至る過程は決して簡単ではなかった。
何しろ、第18ステージの段階で、総合首位とは4分以上の差がついていたのである。
だがそこからの大逆転劇。
間違いなく、歴史に残るジロとなった。
マリア・ローザを着てトロフィーを受け取るニバリ。jsportsより。
ニバリの勝利の秘訣は、そのチーム力にあった。
モビスター・チームも一人一人の選手の力量は高く、バルベルデだけでなくそのチームメートのアンドレイ・アマドールも、途中でマリア・ローザを着て総合上位につけるなど活躍を見せた。
しかし第14ステージ、第19ステージ、第20ステージと重要なステージにおいて、最後までアシストを残し、大事なところでそのアシストの助けを得ることができたのはアスタナだけであった。
その中でも特に大きな活躍を見せたのが同じイタリア人、ミケーレ・スカルポーニ。2011年ジロ覇者でもある36歳ベテランが、とくに第19ステージでは、自身のステージ優勝の可能性すらも捨ててエースを全力でアシストしたのである。
エースの逆転勝利を信じ、エースに尽くしたこの男の存在は、自転車ロードレースというスポーツの大切な一角を象徴するものだと言えるだろう。
ニバリと手を組みながら最終ステージを走るスカルポーニ(左端)。jsportsより。
だがやはり、チーム力だけというわけでもなかった。
想像を絶するプレッシャーの中、体調不良にも悩まされながら、最後の最後まで諦めず粘り強く戦い、最も重要な局面で勝利を掴む攻撃を連日繰り出すことのできたニバリ自身の強さこそが、ジロ・ディタリアという、世界最高峰のレースの優勝者に相応しいものであった。
ニバリにとっては2度目のジロ優勝。彼はジロ以外にも、ツール・ド・フランス、そしてブエルタ・ア・エスパーニャにも勝利している。
それでも今回の勝利は、彼にとって、経験したことのないような、格別な勝利であったに違いない。
それは、第19ステージ、苦難を乗り越えて勝ち取った勝利の直後、自転車に顔を埋め肩を震わせながら泣き出した彼の姿からも想像できる。
ときに激しいバッシングを受けながら、「怒りすら覚えた」という今回のジロ・ディタリア。その辛さ、苦しさがすべて、爆発した瞬間だったのだろう。
それでも彼は乗り越えた。そして、決して簡単ではない勝利を手に入れた。
おめでとう、ニバリ。
あなたは真の王者だ。
第19ステージのゴール直後、泣き崩れるニバリ。jsportsより。
そして惜しくも総合2位となったエステバン・チャベス。
昨年ブエルタで大ブレイクを果たした26歳コロンビア人。
その結果がフロックではなかったことを、今回のジロでも見事に証明してくれた。
実際に、その登りにおける安定感は群を抜いていた。3週目に至るまで、ただの一度も登りで崩れることなく、常に総合上位のグループに喰らいつく姿勢を見せつけていた。
そしてその実力が最大限に発揮されたのが第14ステージ。獲得標高5000mを超える今ジロ最難関ステージで、ニバリやバルベルデを引き離したうえでの見事なステージ優勝を飾った。続く第15ステージでも、苦手なTTでタイムを大きく落とすことなく、最高の状態で3週目を迎えることができたのである。
第14ステージで見事ステージ優勝を飾るチャベス。jsportsより。
だが第3週目。最初の第16ステージで、これまでにない形で集団に遅れ始めるチャベス。このときはアシストの助けもあり、そのタイムロスを最小限に抑えることはできた。
しかし第19ステージで、最終盤まで残ることはできたものの、最後の最後でニバリに突き放され、そのタイム差を大きく失ってしまう。結果としてマリア・ローザを着ることはできたものの、(実質的な)最終ステージに向けて、予断を許さない状況となった。
そして第20ステージ。
最後の勝負所である1級ロンバルディア峠。
ニバリのアタックにバルベルデとともについていけなくなるが、そこで助け舟を出してくれたのが、同じコロンビア人のリゴベルト・ウラン。
ウランの助けもあり、ニバリとのタイム差をなんとか維持していく。
そのタイム差は44秒。
すでに大規模な逃げ集団が形成されているためボーナスタイムを奪われる心配はない。
あとはなんとか、ニバリから44秒以内にゴールすれば総合優勝を手に入れられる――しかし、最後のゴール直前の3級山岳で、ついにチャベスは力尽きた。結果として、ニバリのゴールから1分30秒以上遅れを喫し、最終的な総合順位においても、ステージ開始前は44秒あったそのタイムさを、逆に50秒以上引き離される形での結末となった。
それでも、今大会において、間違いなく2番目の強さを誇った選手ではあった。
あとは弱点のTTさえしっかり改善し、3週目まで戦うための強さと経験とを積み重ねてくれれば、いつの日か、近い未来に、グランツール総合優勝を勝ち取ることもできるだろう。
エステバン・チャベス。今もっとも期待できるステージレーサーである。
表彰台に立つチャベス。その笑顔に秘めた力強い眼差しで、ツール総合優勝への野望を語る。jsportsより。
そして、期待できる男と言えばもちろんこの人、スティーヴン・クライスヴァイク。
いや、むしろ今ジロにおいて、最後には誰もが総合優勝を信じて疑わなかった人物であっただろう。
3週目に至るまで、チャベス以上に、常に「勝利」に喰らいついていた男であった。実力が如実に表れる山岳TTにおいてもコンマ以下のタイム差で惜しくもステージ2位。総合勢の中では断トツの結果を叩き出し、総合勢が次々とタイムを失った第14ステージや第16ステージでもしっかりと先頭集団に陣取っていた彼は、間違いなく今大会トップレベルの実力の持ち主であった。
そんな彼を総合表彰台から引きずり下ろしたのは、グランツール総合優勝するだけの経験とチーム力が不足していた、という事実。
最後まで何が起こるかわからない、そんなグランツールの怖さであり魅力を、まざまざと見せつけられた展開であった。
だが彼もいつの日か、ツール・ド・フランスなどでもエースを任され、その総合優勝争いに参加することもあるのではないか。
そしてオランダ人としては1980年のズートメルク以来となる、グランツール総合優勝――なんていう夢を、もう一人の期待のオランダ人、トム・デュムランと共にぜひ追いかけ続けてほしい。
クライスヴァイク、本当にお疲れさま。
山岳TTで総合勢を引き離す圧巻の走りを見せたクライスヴァイク。jsportsより。
その他にも、ジロ初出場ながらステージ優勝と総合3位を勝ち取ったバルベルデ。
第19ステージで悔しい落車リタイアとなったものの、着実に実力をつけ総合争いに食い込むロシアの新星イルヌール・ザッカリン。
そして2位以下に圧倒的なタイム差をつけて新人賞ジャージを獲得した23歳のルクセンブルク人、ボブ・ユンゲルス。シュレク兄弟に次ぐルクセンブルクの英雄となれるか否か。
そんな、総合争いが最後まで白熱したジロ・ディタリア2016。
最初から最後まで見逃すことのできない、見応えのある21日間であった。
総合表彰台に立つ3人。誰が優勝してもおかしくない、最強のメンバーだった。jsportsより。
そしてすぐにツール・ド・フランスの季節がやってくる。
主役はがらりと変わる。
クリス・フルーム、アルベルト・コンタドール、ナイロ・キンタナ、そしてそこにティージェイ・ヴァンガーデレンやティボー・ピノが絡めるか。
近年は、ジロやブエルタと違って早期に総合優勝者が飛び抜けて、そのまま逆転されることなく勝利が決まってしまうという、やや退屈とも言えるパターンが続いていた。
だが去年のキンタナはかなりいいところまで喰らいついていたし、今年はコンタドールの調子も良い。
もしかしたら今回のジロや前回のブエルタのような激戦が繰り広げられるかもしれないし、今回のクライスヴァイクのような意外な選手の活躍が見られるかもしれない。
ロードレーサーたちの暑い夏が、すぐにまたやってくる。
それまで私たちは、大きな期待を抱きながら、静かに待ち続けようではないか。
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