今大会最初の「山岳」ステージとなった第9ステージ。
総獲得標高4000m超の難関ステージ。とはいえ、前半の山岳と最後の超級山岳との間の距離は開いており、予想通り、総合勢での争いはほぼこの最後の山岳を舞台に行われた。
結果だけを先に見ておこう。
このステージの勝者は今大会2度目の逃げ切り勝利となったベンジャミン・キングではあったが、4位以下の「総合優勝候補」たちのみを取り上げたステージ順位表は以下の通りだ。
今年のジロ・ディタリア総合3位のロペス、2年前のブエルタ覇者キンタナ、そして昨年総合4位で急成長中のケルデルマンなどがこの日の「最強」であった。また、この日は遅れてしまったものの第4ステージでライバルたちにタイム差をつけたサイモン・イェーツが、マイヨ・ロホを着用して第1週目を終えることとなった。
しかし、ここで分かるのはあくまでもこの日最も調子の良かった選手たち、というだけである。ラ・コバティーリャは確かに超級山岳ではあるものの、第2週の後半戦に控えるアストゥリアス3連戦と比べれば、まだまだ序の口といった印象である。
大切なのは、個人の力だけではない。エースを支える、アシストの力が、グランツールの後半戦では重要な役割を果たす。いかにサイモン・イェーツが一人強くとも、彼を支えるアシストたちの調子が良くなければ、またも終盤に王座を失ってしまう可能性も十分あるのだ。
と、いうわけで、今回はこの第9ステージの展開を振り返りつつ、そこで活躍した「アシスト」に焦点を当てていきたいと思う。
この第9ステージで調子が上がり切っていない選手も、そのチームメートたちの働きが良ければ復活の可能性は十分にある。第2週後半戦の本格的な山岳ステージを前に、その展開を占ううえでも重要となるアシストの力量を探っていこう。
最強の山岳牽引役マイカ
この日の最後に待ち構えるは超級山岳「ラ・コバティーリャ」 。
標高1965mに至る、登坂距離9.8km、平均勾配7.1%、最大勾配12%の登りだ。
この登り口からまずペースを上げたのはバーレーン・メリダのヘルマン・ペルンシュタイナー(オーストリア/28歳)。先頭ベンジャミン・キングとのタイム差を一気に30秒縮めることに成功した。
しかし彼の牽引は長くは続かず、次に先頭を代わったのはボーラ・ハンスグローエのラファウ・マイカ(ポーランド/28歳)。
実に3kmにわたるロング牽引によって、先頭とのタイム差を2分半縮め、メイン集団の人数も20名ちょっとにまで絞り込んだ。
マイヨ・ロホを着用するルディ・モラールやイルヌール・ザッカリンも脱落し、すでにメイン集団に残っているのはクフィアトコフスキ、ブッフマン、サイモン・イェーツ、バルベルデ、ヨン・イサギレ、トニー・ギャロパン、キンタナ、クラウスヴァイク、ジョージ・ベネット、ミゲルアンヘル・ロペス、アル、ウラン、ピノ、ゴルカ、メインチェスといった各チームのエース級の選手たちばかり。アシストを残せているチームはほとんどいなくなった。
3kmの牽引の後、マイカは力を使い果たした様子で落ちていった。
かつて、ペテル・サガンと共に、チームの総合エースとしてボーラ・ハンスグローエに招かれた一流クライマー。2015年のブエルタでは総合表彰台に登りもした男。
しかし、その後はイマイチ、結果を出し切れずにいた。今年もアブダビ・ツアーで総合5位、ツアー・オブ・カリフォルニアで総合6位と、決して良い成績とは言えない。
そんな中、直前のツール・ド・ポローニュで調子の良さを見せたダヴィデ・フォルモロとエマヌエル・ブッフマンと共に参戦となったブエルタ。マイカが絶対のエースとは、言い切れない状況であった。
そして、第4ステージでサイモン・イェーツと共に抜け出して総合2位となったブッフマン。この瞬間から、マイカが彼のアシストとして走ることが確定したのだろう。
ブッフマンとマイカは、3年前のツール・ド・フランスの第11ステージで、ピレネーの山岳地帯を共に逃げた2人であった。当時ティンコフ・サクソに所属していたマイカが優勝。そして、ドイツチャンピオンジャージを着用しボーラ・アルゴン18に所属していたブッフマンは3位と、敗北はしたものの彼にとってはそれまでで最も良い成績を出した瞬間だった。
だからなのか。ゴールに到着した彼の右腕には、小さなガッツポーズが形作られていた。
このときはあくまでも、マイカは世界トップクラスのクライマーであり、ブッフマンは成長途上の才能ある若者に過ぎなかった。
そんな彼らがその後同じチームに所属し、そして、まさかこのグランツールにて、マイカがブッフマンを全力でアシストする立場になろうとは。
この日、ブッフマンは少しタイムを落としてしまい、総合順位はやや落としてしまったものの、まだまだ上位を狙える位置にいる。
この後のステージもマイカと、そして同じく総合順位を落としているフォルモロの2人による強力なアシストを受けながら、ブッフマンが総合表彰台を目指していく姿を期待していきたい。
若き山岳アシスト、クス
そんな彼が山頂まで残り5kmを切ったあたりで脱落し、続いて先頭牽引の役目を担ったのは、チーム・ロットNLユンボのセップ・クス(アメリカ/23歳)であった。
8月前半のツアー・オブ・ユタにてまさかのステージ3勝で文句なしの総合優勝を果たした。
その活躍をもってブエルタへの出場が決まったのか。しかも、ただ出るだけでなく、こうして総合エースを守る役目を十分に担うことができた。この終盤に残っているだけでも凄い!
とはいえ、彼もまた兼ねてより才能のあった選手だ。
昨年まではアメリカのコンチネンタルチーム*1のラリー・サイクリングに所属。昨年のツアー・オブ・カリフォルニアでは、タランスキーの勝利したマウント・バルディ山頂フィニッシュで、ワールドツアークラスの選手たちに負けない走りを見せて最後まで喰らいつき、56秒遅れの区間10位となった。
チーム・ロットNLユンボ自体も非常に良い状態。
第9ステージを終えた段階でステーフェン・クラウスヴァイクが総合9位、ジョージ・ベネットが総合10位。ツールで絶好調だったクラウスヴァイク&ログリッチェコンビを彷彿とさせる状況だ。
クス自体もこの日の山岳をクラウスヴァイクたちからわずか30秒遅れでゴールしており、まだまだ余力を残している様子がうかがえる。
今大会最終盤でイェーツやキンタナ、ロハスらを脅かすのは、意外にもこの黄色のチームなのかもしれない。
そしてモビスター・チームにおいても、今年のジロ・ディタリアでロペスと新人賞を争ったリチャル・カラパス(エクアドル/25歳)が終盤まで残り2人のエースをアシスト。自らもキンタナたちに50秒遅れの区間17位で終えている。
この3チーム以外は、まともなアシストが終盤まで残っていなかった状況。
アスタナ・プロチームのヤン・ヒルトが、かろうじてカラパスやクスと同じくらいの位置でゴールできているくらいか。彼も今後のアストゥリアスで終盤に残れればいいのだが・・・。ヨンにとってのゴルカも同様。
と、いうわけで、明日から始まるアストゥリアス3連戦については、上記3チームを中心に、アシストの動きに注目しながら見ていきたい。
山岳ステージの激戦の中で、ニューヒーローの誕生を楽しみに見守っていきたい。
番外編 新生スペイン最強スプリンター?
山岳ステージとはほぼ関係ないが、今大会、もう1人注目している選手が、バーレーン・メリダ所属のイヴァン・ガルシアコルティナ(スペイン/22歳)である。
左からガルシアコルティナ、ペリツォッティ、ペルンシュタイナー。第9ステージ後、チーム総合首位の表彰台にて。
ガルシアコルティナといえばどちらかといえばルーラー、といった印象があったものの、今大会、スプリントにおいて最も成績を残しているスペイン人は(バルベルデ除くと)このガルシアコルティナなのである。
- 第6ステージ:6位(ブアニが勝利したステージ)
- 第8ステージ:9位(バルベルデが勝った厳しい登りスプリント)
- 第10ステージ:7位(ヴィヴィアーニが2勝目を飾ったステージ)
7月末のライドロンドン・サリークラシック(アッカーマン勝利)でも4位と、トップスプリンターたちとも十分に渡り合う力量を持っている。
スプリントを狙えるステージは残り少ないものの、ここは期待していきたい。かつて、同じように上位に数回入る走りを見せていたジャンピエール・ドラッカーも、のちにブエルタでしっかりと勝利を掴み、今も一流スプリンターの仲間入りを果たしている。ガルシアコルティナも、同じような立場になれるはずだ。
また、彼はやはりルーラーとしての力量にも期待していきたい。今年のパリ~ニースの第1ステージでは、厳しい登りと石畳が待ち構える最終盤で強力な牽引を見せて、エースのゴルカ・イサギーレをサポートした。
そして昨年のブエルタの終盤の山岳ステージ(第19ステージ)でも逃げに乗り、区間3位という驚異的な成績を叩き出した。ネオプロでありながら、である。数か月前にツアー・オブ・ジャパンで活躍していた姿からは想像できない走りだった。
この後のステージでのスプリントに注目すると共に、明日から始まるアストゥリアス3連戦を含めた山岳ステージでの「逃げ」での活躍にも、注目をしていきたい。
あるいは、ヨン・イサギレの総合を守るアシストとしての成長も、もしかしたら見られるかもしれない。
第9ステージで活躍したペルンシュタイナーと共に、見逃すことのできない選手たちだ。
*1:現在はプロコンチネンタルチーム