今大会最大の山場となる「チマコッピ・フィネストーレ峠」を含む185km*1。
前日までの総合順位は以下の通り。
ここまで絶好調だったサイモン・イェーツは、前日の第18ステージの終盤でフルームやデュムランに置いていかれたことにより、28秒を失っている。
3週間の戦いの中でいよいよ疲れが見えてきたか。デュムランにとって、この第19・第20ステージは非常に重要な戦いとなる。
一方、デュムランと並んで総合優勝候補に挙げられていたクリス・フルーム。
第14ステージ「ゾンコラン」にて実力を発揮してステージ優勝を飾ったものの、その他の山岳ステージでは常に遅れる姿を見せ続けており、第16ステージの個人タイムトライアルで盛り返したものの、現時点で総合首位イェーツとのタイム差は3分超。
総合表彰台はまだしも、マリア・ローザ獲得はほぼ不可能と目されていた。
ジロ初制覇を目指したフルームとチーム・スカイの試みは失敗に終わった。多くの関係者、視聴者、ファンがそう感じていたに違いない。
第17ステージでのプールスらの積極的な動きが、何よりも彼ら自身が「諦めた」のではないか、そういう風にも感じさせていた。
しかし、フルームもチーム・スカイも、諦めてなどいなかった。
この日、「フィネストーレ」決戦。
若き同国人にその座を奪われかけたように思われた「王者」と彼に仕える「最強チーム」は、その実力を遺憾なく発揮し、新たな「伝説」を作った。
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ミッチェルトン・スコットの戦略
逃げ切りが狙える山岳ステージは今日も含めてあと2日。
今大会まだ勝利を掴めていないチームを中心に、アクチュアルスタート直後から激しいアタック合戦が繰り広げられた。
スタートから1時間半が経過した段階で平均時速は41km/h。2級山岳を挟んでこれなので、非常に速いペースだ。
逃げ集団は15名。しかし、メイン集団とのタイム差は1分を切っており、集団からブリッジしてくる選手がまだ数名いるほどである。
メイン集団をコントロールしてハイペースで追い上げているのはミッチェルトン・スコット。
なぜ彼らが、そこまでして逃げ集団を追走するのか?
理由の1つは、彼らが逃げ集団に選手を送り込めなかったことにあるだろう。
サンウェブはローレンス・テンダムを送り込み、バーレーン・メリダもジョヴァンニ・ヴィスコンティ、スカイに至ってはダビ・デラクルスとセルヒオルイス・エナオの2名を先頭に入り込ませていた。
いずれもエースを担えるほどの実力者揃い。彼らの逃げを許していては、勝負所での「前待ち」が恐ろしすぎる。
これが、ミッチェルトン・スコットが必死に逃げを潰そうとする狙いの1つであろう。
もう1つ理由があるとすれば、サイモン・イェーツの調子が前日に引き続き良い状態ではなかった、ということがあるかもしれない。
このままフィネストーレ峠に突入し、スカイやサンウェブに万全の状態で集団コントロールの主導権を奪われてしまった場合、イェーツが集団からずるずると落ちていく可能性が非常に高い――そう考えたミッチェルトン・スコットは、フィネストーレに到達するまでの平坦路にてハイ・ペースで集団を牽引することで、ライバルチームの足をできる限り削ってしまおうと考えたのかもしれない。
サム・ビューリーやユールイェンセン、スヴェン・タフトといった平坦牽引を得意とする名ルーラーが揃っているミッチェルトンだからこそ取れる作戦。
そして、そうでもしなければこの日、大きな損失を被ってしまうことが十分に予想されるコンディションにサイモン・イェーツが陥っていたことに、チームは気づいていたのだろう。
しかし、ミッチェルトンのその狙いは、十分に果たされることがなかった。
残り90kmから始まるフィネストーレ峠への登り。
その登坂が開始されたと同時に、「最強チーム」が反撃を開始する。
ミッチェルトンにとっては十分予想され、そして防ぎようのなかった「悪夢」であった。
チーム・スカイの実力
過去のグランツールで幾度となく「王者」を護り、そしてライバルチームたちを粉砕してきた現代最強のトレイン、チーム・スカイ。
フィネストーレ峠に登り始めた瞬間から先頭を奪ったその隊列は、先頭サルヴァトーレ・プッチョから順にダビ・デラクルス、セルヒオルイス・エナオ、ケニー・エリッソンド、クリス・フルーム、そして最後尾はワウト・プールスという並びであった。
登り始めからおよそ4kmに渡って、まずはサルヴァトーレ・プッチョが全力で牽引を続けた。
1989年8月にシチリアで生まれ、今年で29歳になるイタリア人。22歳のときにU23版ロンド・ファン・フラーンデレンで優勝し、スカイにトレーニーとして加入。翌年から正式加入を果たし、現在に至るまでスカイ一筋で走り続けてきた。
2013年に初のグランツールとしてジロ・デ・イタリアに出場。以後、2016年大会以外のジロに出場。ツール・ド・フランスの出場経験はなく、プロでの勝利経験もない。華々しい選手たちが数を揃えるチーム・スカイの中では地味な立ち位置にはあるものの、昨年のミケル・ランダの山岳賞やステージ優勝を支えるなど、母国イタリアにおける活躍は毎年選ばれるだけの理由があった。
プッチョの単身での牽引により、ついに残り86km地点。サイモン・イェーツが遅れ始めた。
ミケル・ニエベら強力なアシストはまだ残っていた。彼らはイェーツを救い上げるべく、自らのペースを落としながら彼の傍に仕え続けていた。
しかし、イェーツ自身がもはや、足を動かすことができずにいた。
ギリギリのところで耐え続けていた彼も、ついにこの平均9%の長い長い登りを前にして、糸が切れたように崩れ落ちてしまった。
これを見て、チーム・スカイは更なるペースアップを目論んだ。
4kmに渡り先頭牽引を続けていたプッチョはこの瞬間に仕事を終え、続いてフレッシュさを保ち続けていたダビ・デラクルスが集団をリードアウトする。
2016年ブエルタ総合7位、昨年のブエルタも途中リタイアにはなるもののクイックステップのエースとして力強い走りを見せていた彼が、今年、スカイのフルーム親衛隊として新たに加入。
その実力を遺憾なく発揮し、このフィネストーレの登りにて、遅れ始めたサイモン・イェーツとのタイム差を2分にまで開いた。
そして、5kmに及ぶデラクルスの強力な牽引の後、フィネストーレ登坂はついに「未舗装路」に突入する。
そしてスカイ・トレインは最後の銃弾、ケニー・エリッソンドを装填する。
エリッソンドの1km、フルームの7km
エリッソンドが先頭を牽引した距離は1kmのみだった。
それまで4kmを牽引したプッチョ、5kmを牽引したデラクルスに比べれば、非常に短い。
しかし、その分彼は、全てを出し切る勢いでフルームを牽引した。
チェーンが激しく暴れ回るような状態の悪い未舗装路の上を、上体を前後左右に揺らしながら、彼はひたすら王者を先導した。
21歳のデビュー当初からFDJに在籍し続けてきたフランス人クライマー。2年前のブエルタで、オマール・フライレとの熾烈な山岳賞争いを演じた。
その翌年、スカイに移籍。山岳におけるフルームの右腕候補として期待されつつも、他の多くのスカイ有力移籍選手がそうであるように、1年目はイマイチぱっとしない走りに終始してしまった。
だが、4月の「ジロ前哨戦」ツアー・オブ・ジ・アルプスにて、フルームをアシストするその働きに注目が集まる。いよいよ、求められていた実力が発揮されつつあるのか。ジロ前半戦ではプールスの方が目立ってはいたものの、今回のこのフィネストーレ決戦にて、ついにその才能が発揮された。
野獣のような強力な先頭牽引によって、総合3位にポッツォヴィーヴォを始め実力者たちを次々と引き千切っていき、集団を一気にぐっと小さくしてしまった。
そして、残り80km。フィネストーレ頂上まで7km。
ここで、「王者」がついに解き放たれる。
アシストを全て使い切っての、反撃不可能な強力な一撃であった。
確かに、この発車の仕方であれば、ライバルたちが反応することはできず、確実に独走を勝ち取ることができる。
しかし、あくまでもまだゴールまで残り80km。
フィネストーレで登りが終わりなのではなく、残り2つ、強力なセストリエーレとバルドネッキアが残っている。
あまりにも無謀。
だが、フルームには勝算があり、そしてデュムランには敗因があった。
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クリス・フルームの勝算
フィネストーレ頂上に向けたフルームの単独走7kmで開いたタイム差は40秒。
フルームの奇襲と、最も彼を追うべき理由を持っていたデュムランがほぼ単独で追走を仕掛けなければならなかったがゆえに、そのタイム差はじわじわと開いていった。
それでも、まだ40秒。
このあとの長い距離の存在を考えれば、デュムランにとっては、「まだ追いつける」と考えるのに十分なタイム差であった。
しかし、フルームはこの無謀とも言えるアタックを成功させるだけの確信があった。
それは、フィネストーレ頂上から11kmに渡って750mを下る、急勾配で危険極まりないダウンヒルの存在である。
独走力ではデュムランに敵わず、登坂力でも彼はフルームに匹敵すると言ってもよい。チーム力の差はあれど、ここまでの2週間によってできたタイム差は3分。決して小さなものではない。
しかし、フルームが彼を乗り越えることのできる要素はもう1つ。
それが、この「宇宙的」なダウンヒル能力であった。
60kmを超えるハイスピードで、ガードレールのない狭い山道を、ギリギリのライン取りで駆け降りていくフルーム。フィネストーレは十分に試走したとコメントしていたフルームだが、このダウンヒルもやはり試走済だったのだろうか。
フィネストーレ頂上から11kmを経て、40秒だったタイム差は一気に1分30秒超にまで開いた。
「まだ追いつける」から、「追いつくことはできないかもしれない」とデュムランに思わせるには、十分なタイム差となった。
また、フルームは下り切ったあとの短い平坦路で、ひたすら補給を繰り返していた。
2013年のツールでは、ハンガーノックによって危機的な状況に陥った経験のあるフルーム。また、2016年のジロでは、当時総合首位だったクライスヴァイクがハンガーノックに見舞われていた様子でもあった。
ハンガーノックという、ここまでの走りの全てを無駄にしてしまうアクシデントを避けるべく補給を取り続ける――総合大逆転がかかる大一番のこのときに、フルームが非常に冷静な精神状態にあったことがよくわかる。
一方で、後方のデュムランとそのグループは、冷静さを欠き続けていた。
トム・デュムランの敗因
当たり前だが、デュムランは決して弱い選手ではなかった。
昨年のジロ・デ・イタリアの「オローパ」でも、アタックしたナイロ・キンタナを冷静に追い続け、自ら集団の先頭で淡々と踏み続けたことでやがて彼に追い付き、最後にはこれを下した。
のちにクイーンステージでのトラブルにより大きくタイムを失い、第20ステージではマリア・ローザを奪われもしたものの、最終ステージの個人TTで冷静にベストコンディションを発揮し、危なげなく総合優勝を勝ち取っただけの実力が、彼にはあった。
だが、そんな彼がこのフィネストーレでは、フルームに完全に打ち負かされてしまった。
コンディションが悪かったわけではない。それは本人もレース後のコメントで語っている。フィネストーレの登りでも、タイム差は最小限に留めることができた。十分に挽回可能なタイム差で、頂上を超えることができた。メカトラで遅れ慌てる素振りを見せたピノに対しても抑えるサインを出せるくらいには、落ち着いていたはずだった。
しかし、ダウンヒルにてあまりにも差をつけられすぎた。このあたりから、冷静さを失っていたのかもしれない。
グルパマFDJのアシスト、ライヒェンバッハを待つという選択肢は果たして正しかったのか。
ピノやライヒェンバッハに先導を任せることの損失は想像以上に大きかったのではないか。
「追いつける」から「追いつけないかもしれない」――だから、そのタイム差を最小限に抑えよう、とか、せめて総合表彰台は守ろう、というような消極的な思いに切り替わってしまったとき、本来デュムランが持っている強さが、失われてしまったのかもしれない。
もちろん、そんな状態を作ったのはチーム・スカイの戦略であった。
今日のような展開はクラシック・レースでもよく見られる展開であった。
同じような実力をもった選手同士が争っている中、一人が抜け出し、残された集団がエースばかりだったとき、1vs多数という、自転車ロードレースの常識に照らし合わせれば後者が圧倒的に優位な状況下でも、なぜか前者が有利な展開へと変わってしまうということはよくあることだった。
それは多分に精神的な理由である。1人で抜け出した選手はもう誰に構うこともなくひたすら全力で踏み続けられるのに対し、エース同士が牽制し合う追走集団の方では、それぞれがそれぞれの全力を出すこともできず、ローテーションもうまく回せず、数の優位を活かせずに終わる。
今大会のエトナや第15ステージにおけるイェーツの独走なんかも、似たような状況に陥った結果であった。
だから、いかに最初に一人で抜け出すことができるか。それさえ実現すれば、あとは逃げ切ることは比較的容易になるのだが、そのための「飛び出し」を最高にお膳立てしてくれたのがチーム・スカイのチームとしての実力であった。
あのとき完全にしてやられたデュムランは、さらにその後のダウンヒルでも大きく差をつけられたことで、一気に不利な状況に立たされてしまったのだ。
そこから勝利を手に入れるためには、消極的な姿勢を捨てて、フルームと同じように「もはや失うものはない」という精神状態に入り込む必要があった。
周りがどれだけデュムランを出し抜こうとしてもお構いなしで、自らの力だけでフルームとのタイム差を縮めるべく尽力すること――それが、このときのデュムランに必要なやり方だったのかもしれない。
1年前のオローパのときと同じように。
とはいえ、オローパのときと比べても距離がずっと長く、その距離をあのペースで踏み続けられたフルームがあまりにも強すぎたのは確かだ。
それでも、まだタイム差は40秒でしかない。
逆に、ようやく「頂上決戦」の舞台が整った、と考えるべきであろう。
大会前から期待していたこの「最強」の二人の激突。
デュムランも自らが今、後ろ向きな気持ちになっていることは自覚しており、この精神状態を正常なものに戻したうえで、最終決戦に挑むことになるだろう。
ついに王者への挑戦が始まる。
今こそ、トム・デュムランの本当の強さを見せるべきときだ。
本日「チェルヴィニア」最終決戦。
ローマにて栄光のマリア・ローザを着るものが誰になるか、まだまだ予想はつかない。
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*1:元々の184kmから1km延長した。