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ルーカス・ハミルトンはハウスン、ヘイグに次ぐミッチェルトン・スコットの最強山岳アシストの1人になれるか?

2019年シーズンも開幕してはや1ヶ月。

この1ヶ月の中で最も印象に残る走りをした選手は誰か。ダウンアンダー1勝、カデルレースでも優勝したヴィヴィアーニか、ダウンアンダー2連覇を果たしたダリル・インピーか、ウィランガ・ヒル6連覇を果たしたリッチー・ポートか・・・。

 

いや、その中でもあえて1人選ぶとしたら、個人的にはこの選手である。

ミッチェルトン・スコット2年目の、まだ22歳の若きオージーライダー、ルーカス・ハミルトン

この1月にその実力の高さを見せつけたこの男こそ、2019年シーズンブレイクする選手の1人であると確信する。

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ルーカス・ハミルトンの経歴

ルーカス・ハミルトンは元より才能のある男だった。

ジュニア時代には国内選手権とオセアニア選手権のロードレースを共に制覇。ミッチェルトン・スコットの育成チームに所属していた2017年にはエリート部門のオセアニア選手権ロードレースを制したほか、ジロ・チクリスティコ・ディタリア(U23版ジロ・デ・イタリア)で総合2位、ツール・ド・ラヴニールで総合4位と、若手トップクラスのクライマーであることを示していた。

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2017年はナショナルチームの一員としてカデルレースにも参戦。14位で新人賞も獲得した。 

 

これらの成績でもって、2018年からはついにミッチェルトン・スコットに昇格。3年という契約期間は、彼に対するチームの期待の高さを示している。 

 

チームのスポーツディレクターであるマシュー・ホワイトは、彼について次のように語る。

 

「ルーカスは我々の育成チームにおける成果の1つである。それはこれまでも多くの偉大な才能を生み出し続けてきた。かつてはトラックレースにおける才能が中心だったが、ここ数年は、ロバート・パワーやジャック・ヘイグのようなクライマーたちも生み出しつつある*1

 

ここでいう育成チームというのは、Jayco-AIS World Tour Academy と呼ばれる実質的なオーストラリアU23ナショナルチームのこと。

過去にはカレブ・ユアンやアレックス・エドモンソンなどの強力なスプリンター/ルーラーを輩出していたが、ホワイトが語るように近年のその卒業生として、パワーやヘイグ、さらにはダミアン・ハウスンのようなクライマータイプの選手たちも生み出されつつある。

 

ダミアン・ハウスンは2016年のエステバン・チャベスによるブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝を支えた存在として注目を集めた。

そしてジャック・ヘイグも、昨年のサイモン・イェーツによるジロ・デ・イタリアおよびブエルタでの活躍を支える重要な役割を果たしていた。

 

ならば、ルーカス・ハミルトンも、今年のイェーツ兄弟やチャベスによるグランツール総合優勝争いにおける欠かせないピースの1つになるのではないか――その予想を裏付けるような走りを、この1月の2つのワールドツアーレースにおいて、彼は見せていた。

 

 

1月のハミルトンの走り

まずはツアー・ダウンアンダーから見ていこう。

今年のツアー・ダウンアンダーはミッチェルトン・スコットのダリル・インピーが総合優勝を果たし、大会史上初となる連覇を成し遂げることとなった。

その連覇を達成するうえで重要なステージとなったのが、第6ステージの「ウィランガ・ヒル」決戦。第5ステージを終えた時点で総合2位となっていたインピーは、追う対象である総合首位パトリック・ベヴィンが落車によって戦える状態じゃなくなったことにより、実質的な総合首位の状態で最終日を迎えることとなった。

ウィランガ・ヒル最有力優勝候補であるリッチー・ポートとは19秒差。昨年のウィランガ・ヒルでポートに8秒遅れの2位ゴールを果たしたインピーにとって、最終日で総合リーダージャージを守ることは決して難しいことではないように思えた。

 

しかし、今年のウィランガ・ヒルでは、昨年ほど楽に登れる状態ではなかったようだ。

残り2.4km。登りに差し掛かったタイミングで、早くもインピーは集団の後方に追いやられていた。チームメートのキャメロン・マイヤーが前を牽くが、彼もしきりに後ろを振り返りながらインピーの様子を窺う。完全に彼の足が登りのペースに追い付いていないことがよくわかる。

実際、この登り始めの箇所は平均勾配が9.7%に達する、ウィランガ・ヒルの登りの中でも特に厳しい区間である。

 

残り1.9kmでチーム・スカイのケニー・エリッソンドが抜け出す。ここで残りのメイン集団がペースを落としたことで、なんとかインピーは集団前方に舞い戻ることができた。平均勾配も7%前後にまで緩まってはおり、彼にとってリカバリーするのに十分なエリアであったことは確かだろう。

このとき、マイヤーに代わってインピーの傍らで彼を守護する役割を担ったのが、ルーカス・ハミルトンであった。

 

そしてついに、リッチー・ポートが発射する。

残り1.3km。ここは、平均勾配9%の、登り始めと並ぶ最難関区間である。

マイケル・ウッズやクリス・ハミルトンはこれに喰らいつこうともがくが、ルーカス・ハミルトンに牽かれたインピーはここで切り離される。

 

ここからが、ルーカスの正念場である。

 

ウィランガ・ヒルはこのラスト1.1km辺りまででピークを迎え、その後は少しずつ勾配が緩やかになり、ラスト400mではわずか2.3%。ちょっとした登りスプリント並みの緩斜面へと移り変わる。

 

それはすなわち、パンチャーたるダリル・インピーにとって最も得意とする勾配である。

その地点まで大きなタイムロスを作ることなくインピーを運び上げることができれば、ルーカスの仕事は成功となる。

 

ポートのアタックの直後、ルーカスは後ろを振り返る。

その瞬間、彼のペースが一時的に落ちたように見える。彼はインピーのために一度ペースを落とし、彼が問題なくついてこれるペースを維持しながら今度は振り返ることなくひたすらその前を牽き続けた。

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フラム・ルージュで秒数を数えると、先頭のポートとルーカスたちとのタイム差は5秒。

その後、 残り600mの地点で数えても、そのタイム差は5秒のまま、縮まっていなかった。 しかも、プールスと彼らの間にいる数名の選手たちを追い抜き、ボーナスタイム圏内にまでインピーを引き連れていったのである。

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最も勾配の厳しい区間で、700m以上にわたって、エースを牽引し続けたルーカス。

その結果、最後の400mに到達したとき、単独になったインピーは何の憂いもなく全力でスプリントを繰り出すだけだった。

最終的なタイム差は0秒。圧倒的な加速でポートを捉えることに成功したインピーだったが、それが成し得たのは間違いなく、最も危険なエリアで前を先導し続けたルーカスの功績だった。

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ゴールに辿り着いたポートは後ろを振り返り、すぐ後ろにインピーが迫っていることに気がつき、総合優勝を諦めて早めのガッツポーズを見せた。 

 

 

このとき、ルーカスがオールアウトに近い力の使い方をしていたことは、リザルトにおける彼の数字を見れば明らかである。

ラスト600mまでは先頭から5秒遅れの4番手につけていた彼が、最終的にはポートから48秒遅れの22位にまで落ち込んでいる。

元々第5ステージ終了時点で新人賞ジャージを狙える位置(新人賞首位のクリス・ハミルトンら5名から7秒遅れ)にいたルーカスだが、その可能性を失ってでも、彼はインピーに尽くすことを選んだわけである。

 

彼の見事な走りが、インピーのダウンアンダー連覇を導いた。

あまり多くは語られないが、今年のツアー・ダウンアンダー劇場の重要な立役者の1人であったのだ。

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さて、そんなルーカスの、次なる活躍が見られたのが、そのまま1週間後のオーストラリアで開催されたカデルエヴァンス・グレートオーシャンロードレースである。

全体的にフラットでスプリンター向きのコースレイアウトながら、ゴール前10km地点に急勾配のチャランブラ・クレセントの登りが控えており、そこでアタックを仕掛けたクライマーやパンチャーと、これを追撃するスプリンターチームのアシストたちとの攻防が毎年アツい展開を生み出す名レースである。

 

今年もチーム・スカイを中心とするクライマーチームたちの波状攻撃に対し、ドリース・デヴェナインスなどのドゥクーニンク・クイックステップのアシストたちがこれを抑え込み、最後は最強のリードアウトマンであるミケル・モルコフの活躍によって、エリア・ヴィヴィアーニが昨年の借りを返す初優勝を成し遂げた。

www.ringsride.work

 

このとき、ルーカス・ハミルトンも確かに重要な走りを見せていた。

クイックステップのデヴェナインスがチャランブラ・クレセントでのアタックに喰らいつき前方で働いたのと同様に、ルーカス・ハミルトンもまた、この最初の攻撃に唯一ついていったミッチェルトン・スコットの選手であった。

その後、インピーを含む後続集団も先頭集団に追い付いて、アレクサンダー・エドモンソンともう1名、ミッチェルトン・スコットのメンバーがこの集団に入り込んだものの、彼ら2名は集団の後方に留まり、先頭で仕事をすることができなかった。

 

しかしルーカスはデヴェナインスと共に集団先頭に陣取っていた。

そして、残り6kmを過ぎてチーム・スカイのディラン・ファンバーレがアタックを仕掛けると、デヴェナインスと共にこの後ろに張り付き、ファンバーレの攻撃を潰す役割を演じた。

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結局のところ、この日のレースはヴィヴィアーニの勝利に終わってしまったものの、このルーカスの動きはアシストとして実に重要な働きであった。

それも、他のチームメートが十分な働きができない状態の中で、ダウンアンダーのウィランガ・ヒルに続き最重要の勝負所で力を発揮できたことは、チームの彼に対する信頼をさらに上げていく要因となったであろう。

 

 

ルーカス・ハミルトンの今後

さて、以上のような活躍を見せたルーカス・ハミルトンは今後、どんな役割を与えられるだろうか。

やはり期待したいのは、過去のアカデミー出身者であるハウスンやヘイグと同じ役割――すなわち、イェーツ兄弟やチャベスのグランツール総合優勝を支える山岳アシストの一角である。

今回のウィランガとカデルレースでの働きぶりを見れば、アシストとしての動き方は十分に理解しているものと思われる。

もちろん、シーズン序盤のこれら小さな登りをこなせる程度では、まだまだグランツールでの重要局面での活躍については未知数ではある。2018年も正直、山岳ステージで活躍できていた印象はない。

 

あとは、この数ヶ月間でどれだけその山岳能力の覚醒を見せられるか。

その意味で今年は、ルーカスの「覚醒」の年となりうるかもしれない。

 

 

個人的に注目しているのは1/30(水)開幕のヘラルド・サンツアーである。

1/27(日)現在、まだそのメンバーは確定していないものの、昨年も出場しているこのレースにルーカスが出場する可能性は十分にあるものと思われる。

昨年はチームのエースであるエステバン・チャベスが総合優勝したものの、ルーカスは8分18秒遅れの総合26位に沈み、特に活躍もなかったように思われる。

 

しかし、それこそダミアン・ハウスンが、ブエルタにおける覚醒の翌年に総合優勝しているレースである。

ルーカスが今、確かにその実力を高めつつあるのであれば、今回のヘラルド・サンツアーで、総合優勝かそれに近い位置に登り詰めたとしてもおかしくはない。

 

まだ出場するかどうかも判然とはしていないものの、もし出場した場合には、彼の飛躍のきっかけになるかもしれない。

 

 

なお、ルーカス・ハミルトンについては、サイクルジャーナリストの福光俊介も注目している。

cyclist.sanspo.com

※記事ラストの「爆走ライダー」の項目で取り挙げられている。

 

「尊敬するのは、チームの先輩でもあるヘイグとパワー。若くしてチームの主力に成長した2人に共通するのが、プロ2年目から3年目にかけてトップシーンに躍り出たこと。ある意味、ハミルトンにとっても来シーズンが勝負の1年となる可能性が高い。身近な2人の存在は、キャリアの方向性を決めるうえでの指標となっている」

 

 

福光の言葉通り、この1年における彼の走りは非常に重要になる。

ぜひ、チームの重要な山岳アシストとしての成長を果たし、そして将来のエースたりうる片鱗を見せられるシーズンとなってほしい。