2018年の春に突如として巻き起こった「BMCレーシングチーム消滅危機」。
この危機は、新たなスポンサーとしてCCC社(ポーランド、靴・カバン製造販売メーカー)がついたことによって免れるが、その決定が遅すぎたことにより、多くの戦力が流出してしまうという事態に陥った。
26名いたBMCレーシングチームのメンバーから、残ったのはたったの7名。
新たに加わった17名のうち、コンチネンタルおよびプロコンチネンタルチームからの移籍は11名にも及んだ。
チーム戦力が確実にダウンする中、唯一、チームのエース格として残ったのが、2016年リオ・オリンピック金メダリストにして、2017年パリ~ルーベ覇者、グレッグ・ファンアーフェルマート(ベルギー、34歳)である。
なぜ、彼はチームに残ることを決めたのか。
そして、この生まれ変わったチームで、どのようにして最初のシーズンに挑んでいくつもりなのか。
Cyclingnewsが12月に行ったインタビューを、意訳を交えながら翻訳していく。
(文中の年齢表記は全て、2019/12/31時点のものとなります)
www.cyclingnews.com
参考:CCCチーム 2019年ロースター
CCC Team 2019年シーズンチームガイド - りんぐすらいど
なぜチームに残ることを決めたのか
――あなたは2018年シーズンの大半を、将来の行く末がはっきりしない中で過ごすことになりました。ストレスが凄かったのではないですか?
ファンアーフェルマート:かなりのストレスだったよ。どんな選手もみんな、ツールの前に契約を結びたがっているからね。
問題は、普通なら今のチームと新たに契約をしたがっているチームとの契約内容について、比較したり検討したりすることができるのに対して、今回に関してはそもそも、今のチームが存続するかどうかはっきりしなかった、という点にある。
僕はオショウィッツ(GM)に言った。「僕はチームに忠誠を誓っている。もう少しだけ、待つことはできる」ってね。
でもまさか、それがこんなにも長く時間がかかるものだとは思わなかった。
最終的にCCCが新たなメインスポンサーとしてきてくれることになって、僕はとても嬉しかった。
もちろん僕自身にとっても嬉しかったし、それに、僕は、長年僕たちを支えてきてくれていたアンディ・リースのために走り続けられることが、とても嬉しかった。
――あなたはBMCのスポンサー撤退が決まってからすぐにでも、別のチームと契約することもできたはずです。チームに忠義を尽くすことがなぜ、それほど重要だったのでしょうか。
チームは長年、僕をサポートし続けてくれていた。
2011年にこのチームに来たときはまだ、僕はアシストとしてであった。そのあと、僕はクラシックのエースとなるべく、長年努力し続けてきた。
それは本当に長く、長い期間を必要として、ようやくこの2年ほどで、その位置に自分がつけるようになった。
2017年、彼はついにパリ~ルーベを制し、クラシックの頂点に立った。
その間、それをサポートし続けてきてくれたのが、ジム(・オショウィッツGM)だった。
だから僕は、このチームを最初に去る選手にはなりたくなかった。
これは、僕と彼との間の、敬意と、そして誠実さの問題だ。
彼はいつだってはっきりと言ってくれていた。「私たちにはまだスポンサーが見つかっていない。だが、そのために動き続けてはいる。君が離れるかどうか、それをいつまで待つかについては、自由に決めてもらって構わない」と。
僕は常に彼を信頼し続け、彼は僕に対して、正しくあり続けてくれた。
――あなたは他の多くのメンバーがチームを去ってしまったことを残念に思っていますか?
確かに残念だよ。だって、そのうちの何人かの選手は、もう少しだけ次の契約を待ってくれてさえいれば、きっとまだチームに残ってくれていたのだろうから。
でも、それは難しいことだっただろうね。彼らは良いオファーを貰っていたし、僕だってジムから「スポンサーが見つからなかったよ」と言われていればすぐに、どこか別のチームと契約をしていただろうから。
それに、他のチームも「すぐにサインしてくれ」とプレッシャーをかけてきていたしね。
もし彼らのうちの何人かでも――たとえば(ダミアーノ・)カルーゾとか、シュテファン・キュングとか、ローハン(・デニス)とか――チームに残ってくれていれば、僕たちは違った視点、違った選択肢を今シーズンに持てていたかもしれないね。
でも、それはもうすべて終わったことだ。
――2019年のチーム計画について、あなたはどれくらい自信がありますか。
まったく違ったコンセプトのチームになるからね・・・。
BMCはワールドツアーチームの中でも5本の指に入るトップチームだった。僕たちは参加するレースのほぼ全てで勝つことができたんだ。ステージレースの総合でも、クラシックでは僕が、TTではローハンやシュテファンが、そこで勝つことができた。
今、チームはすっかり変わってしまった。勝つための戦略も変わらざるをえないだろう。僕たちは今、ミドルクラスのチームになったと考えている。
以前ほどではないが、予算規模も決して少なくはない。もし4月にスポンサーが見つかっていればもっと良いメンバーを揃えられていただろうが、今でも結果を出すには十分な戦力だとは思っている。とくに、クラシックにおいては。
問題は1週間のステージレースやグランツールで、そこでは逃げも含めた広い戦略を考えていかなければならないだろうね。
――2019年の終わりに、より予算を使ってより多くの選手を迎え入れる構想は持っておりますか。
今、僕たちは23名の選手がいて、それは決して多くはないし、まだまだ増やす余地はと思っている。
今いる選手の多くは2年契約を結んでおり、良い選手も多いので、それらをまるっきり変える必要はないだろう。彼らは熱い魂を持っていて、それは良い結果を作り出すうえでは特に重要なことだと思っている。
ただ、来年フリーになる選手もいるし、とくに総合を狙える選手を補強していくことは十分に考えるべきことだと思っているよ。
――チームの顔になることに、プレッシャーを感じますか。
難しいシチュエーションだな、とは思うね。
僕はいつも、自分自身に沢山のプレッシャーを与えてきたけれど、チームからそんなにプレッシャーを与えられるってことはなかなかなかった。
でも僕は自分ができることを知っているし、状態が良ければそれを十分にやり遂げる自信もある。それを僕がやり遂げることによってチームがうまく回っていくというのであれば、そういう立ち位置っていうのは、僕も悪くないなって思う。
クラシックではどのようにして結果を出すのか
――クラシックにおいて、あなたは十分に強いチームを持てていると考えていますか?
ああ。ジャンピー(・ドリュケール)やシュテファンがチームから去ってしまったことは少し残念だけれど、その代わりになりうる選手たちはいる。僕の友人でもあるベルギー人も何人かいるし、彼らとは良いコンビネーションを取れることだろう。
僕は彼らがクラシックにおいて僕の近くにいて僕を助けてくれるための100%の働きをしてくれることを100%確信している。
まあ、結局のところ、クラシックにおいては僕自身がいかに調子よく結果を出せるかにもよるので、そんなに違いはないと思っている。
問題はそれ以外のレースで、そこではより困難な、埋め合わせなければならないことで溢れていることだろう。
――クラシックにおいてキーとなる選手は誰でしょうか。
ルカシュ・ヴィシニオウスキー(ポーランド、28歳)はとても重要な存在だと思っている。他にも、ネイサン・ファンフーイドンク(ベルギー、24歳)、(ハイス・)ヴァンフック(ベルギー、28歳)、それから、ギヨーム・ファンケイスブルク(ベルギー、27歳)。
これで僕入れてもう7人だね。あと1人、誰かポーランド人から望ましい選手を選ぶことができるだろう。
クラシックでは良い結果を出せると思うよ。
――あなたは個人的に、ファンケイスブルク獲得を望んだようですね。彼はどれだけ重要な存在なのですか。
僕はいつも監督たちと一緒になって考えている。僕はテーブルの上に何名かの選手の名前を並べ、そのうちの誰が獲得できて誰が獲得できないのかを選別していく。
ギヨームはその中でも早めに名前が出てきた選手のうちの1人だ。彼がクイックステップで良い経験を積んできていたことは知っていたし、ワンティ*1に行ってからも良い結果を出し続けていた。
彼はまだとても若いし、クラシックに対する意識も高い。道も良く知っていて、どのタイミングでどのポジションに自分がいるべきかよく理解している。
それらはとても重要なファクターなんだ。僕は彼を即戦力として使える。まず道を覚えなければならないような他の国の若い選手たちと違って。
僕にとって、彼はとても重要なアシストの1人となるだろう。
ファンアーフェルマートが期待する、ベルギーの若手ファンケイスブルク。彼についての詳細はこの記事の最後にも触れる。
――ヴィシニオウスキーについてはどうでしょうか。
彼は完璧な経歴の持ち主だよ。彼は才能の塊だ。彼もまだ若い。彼は良いものを見せてきたけれど、スカイではそれを少し失ってしまった。彼はそれを、このチームで取り戻せると思う。
彼は優れたTTスペシャリストであり、すでに何年かのクラシックの経験も持ち合わせている。僕は、彼が大きなレースで僕と最後まで走ることのできる選手の1人だと思っている。
伝説の「カペルミュール」を越えてゴールするレイアウトの2018年オンループ・ヘット・ニウスブラットで2位。個人的にも注目の選手だ。
――レースで最後まであなたについていけるのはヴィシニオウスキーくらいでしょうか。
彼がその役割において最も可能性が高い人物であることは確かだ。でも、レースの中では常に、誰もが成長する可能性を持っている。彼以外の選手もまた、彼と同じような役割を果たすときはあるだろう。
僕たちは常にレースの中で、誰が最もパフォーマンスが良くて、そして最後まで連れていくのは誰か、見極めながら走っていく。
――新しいメンバーと打ち解けるのに、時間はかかりませんか。
お互いを知ることは重要だ。僕たちはすでに一緒にトレーニングをしているし、これからも沢山のレースを一緒に走ることになるだろう。
たとえば2月に行われるボルタ・ア・ラ・コムニタ・バレンシアナ*2では、ほとんどのメンバーをクラシックライダーで構成するつもりだ。以前はそんなことはできなかった。そこに総合系の選手やTTスペシャリストを加えることが普通だったから。でも、今僕らはそうやって、クラシック前に多くのレースをクラシック班で一緒に走ることができる。
それは、僕らが他のチームに対して持てるアドバンテージの1つだよ。
たくさんの勝利より、価値ある1つの勝利を目指して
――数多くの勝利を手に入れた2017年と比べ、2018年は惜しいところで敗れたパターンの多い春となりました。あなたはどのようにそれを評価していますか?
うまくいかなかったな、と感じているよ。常に勝ってもおかしくない状態だった。けど、それは残念ながら一度も届かなかった。運というのは常に必要なんだ。前の年に僕がヘント~ウェヴェルヘムに勝ったときのようにね。
2018年シーズンはE3で3位、ロンド5位、ルーベ4位、カナダ2連戦でも2位と3位と、惜しい敗北が続いていた。
――この状況は2019年では変わりますか?
うまくいったシーズンの翌年は常に厳しいものだ。とくにクラシックにおいては。戦術的にね。
もしもこれが総合系の選手であれば、ひたすら持てる限りの力を尽くして山を登ればいい。だが、クラシックライダーであれば、戦術・戦略についても考えなければならない。
誰もが警戒して僕を見ている。各チームのミーティングでも必ず僕の名前が挙がっているはずだろう。
そういう意味で、2019年は2018年よりも少しは楽になるんじゃないかとは思っている。そうだといいね。
――ニキ・テルプストラ*3がクイックステップから去りましたが、何かしらの変化は生まれるでしょうか。
クイックステップの強みは数の優位だった。テルプストラは確かに2018年において非常に強い選手で、 2019年もそれは変わることはないだろうし、彼の新しいチームでも存在感を発揮するだろう。
しかし彼は新しいチームで、また違った戦略を必要とするだろう。なぜなら、クイックステップと違って、そこでは数の優位を活かすことができないのだから。
テルプストラだけじゃない。(ミケル・)ヴァルグレンもディメンションデータに移籍した。今や、数多くのチームがクラシックにおける優勝候補を抱えており、レースはよりオープンになっている。
僕は今までよりも多くのチームがクラシックをコントロールするようになってほしいと思っている。ここ数年、最初の逃げに対してレースをコントロールする役目はクイックステップか僕たちか、ときどきボーラくらいなものだった。
今や多くのチームがクラシックの優勝候補となっており、彼らがコントロールに加わることを期待しています。
――ジム・オショウィッツGMは2019年の目標として20勝を掲げています。あなたの個人的な目標は?
大きなレースでの1勝こそが、最も重要なことだと思っている。
僕は春のクラシックシーズンで6つか7つのレースしか走らない。だからそのうちの1つだけでも勝つことは大きな成果となる。今年、僕はそれを逃した。走りは悪くなかったけど、全く勝てなかったんだ。僕のような立場の選手は何よりも勝たなくてはならない。だから、2019年は再び勝利を掴めるようにしなくてはならない。
僕は年間10勝できるような選手ではない。スプリンターではないからね。だけど大きなレースで1勝することができれば、それは小さな複数のレースで勝つよりも大きな成果となる。
僕はそれを追い求めるよ。
――ロンド・ファン・フラーンデレンの優勝候補としても長く期待されています。あなたはそれをプレッシャーに感じていますか?
いや、それは別にプレッシャーでも何でもないよ。今はまだ。もしかしたら、プレッシャーになることはないかもしれない。
僕は今はまだ、自分のキャリアに満足しているよ。もし若いときの自分が今の自分の成績を予言されたとしても、きっと信じなかっただろうな。
だから僕はとてもリラックスしている。もしもフラーンデレンで勝てなかったとしても、それはそういうものだったと思うだけだろう。
それでも、僕はそれに勝つことについて大きな野望は抱いてはいる。絶対に獲らなきゃいけないとは思っていないけれど、それを獲りたいとは思っている。
控えめに、しかしはっきりと、ロンドへの野望を語ってくれたファンアーフェルマート。
新しいチーム体制はどうしたって戦力ダウンは否めないが、とくにクラシックに関しては、彼が信頼するメンバーを揃えており、彼らと共に早い時期から調整していこうとする姿勢がこのインタビューで知れたのは収穫だった。
文中でも語られている通り、CCCチームが今年、まずは「20勝」を掲げている。
1月4日には、チームに所属するTTスペシャリストのパトリック・ベヴィン(ニュージーランド、28歳)が国内選手権個人TTで早速勝利を掴んでいる。
#EliteRoads He’s done it! @PaddyBevin is the new 🇳🇿 TT champion and has secured the first win of the season for @CCCProTeam 👏. Congrats, Paddy! #RideForMore pic.twitter.com/WRkigVBeoY
— CCC Team (@CCCProTeam) January 4, 2019
幸先の良い、まずは1勝。
この調子で、2019年シーズン、ひとまずの成功を掴んでくれ、CCC!
おまけ:ヴァンケイスブルクについて
インタビューの中で、ファンアーフェルマートが期待しているワンティ・グループゴベールからの移籍選手であるギヨーム・ファンケイスブルクについて。
彼についての記事も掲載されていたため、こちらについても触れておく。
元世界チャンピオンのブノニ・ブエイの孫であり、19歳のときにはジュニア版パリ~ルーベを制していたファンケイスブルクは、2011年にクイックステップ・サイクリングチームとプロ契約を結び、「トム・ボーネンの後継者」として未来を嘱望されていた。
しかし、華々しい道が開かれていたはずの彼のキャリアは多くの不幸と挫折によって彩られることとなった。
2011年6月27日。ファンケイスブルクは翌年のクイックステップとの契約が結ばれたことのお祝いとして、ガールフレンドと共に祖父の家に向かっていた。そのとき、不幸な事故が起きた。彼女は、ファンケイスブルクの腕の中で息を引き取った。
彼はそのわずか7週間前に、前年にチームメートであったワウテル・ウェイラントの死に触れていたばかりだった。
「事故の直後は大丈夫だった。僕はすぐ自転車に乗って、彼女のために勝ちたいと思った。そして、1ヶ月後に確かに勝利した。だが、シーズンを終えたあと、僕はブラックホールへと入り込んでしまった」
その状態からの復帰もなんとか進み、2014年にはエネコ・ツアーを含む3勝を果たすなど、完全に彼は力を取り戻したかのように思えた。
しかし2015年、再び彼は悲劇に見舞われる。今度は彼自身が、車での事故を起こしてしまったのだ。幸いにも、被害者はいなかった。ただ、彼は酒を飲んでいた。彼の評判は地に墜ちた。
もう1年、彼はクイックステップで走ることを許されたものの、その役割はすでに限定的なものであった。
そこで彼は、2017年からの2年間を、プロコンチネンタルチームのワンティ・グループゴベールで過ごすことに決めた。
2017年の3月。彼は北のクラシックの1つである「ル・サミン」で勝利。
クイックステップやロット・スーダルなどのワールドツアーチームによるコントロール下に置かれていたレースでの勝利は、当時(あまり彼の背景を知らなかった)私も見ていて感動的に思える勝利だった。
そして、 彼は2018年7月のツール・ド・フランス第4ステージで逃げに乗った日の夜、インスタグラムのダイレクトメッセージを受け取った。
差出人はグレッグ・ファンアーフェルマートで、ファンケイスブルクに、新生チームの一員として彼のクラシックレースのアシストをしてほしい、という内容だった。
翌日、彼はオショウィッツGMとの会談に臨み、そしてその場でチーム入りを承諾した。
「僕はとても驚いた。でも、彼らが僕に、クラシックにおける最終アシストの一員として僕を必要としてくれたことはとても嬉しかった」
「クイックステップを去った後、僕はずっと満足していなかった。この2年はレースは走っていたけれど、ワンティはより大きなチームとの契約のために自分のことばかり考えている選手たちばかりで、戦略のかけらもなかった。今、僕はチームの一員として、グレッグのために走ることができる。それはとても嬉しいことだ」
「僕はこれまでいくつかのレースで勝ってきた。けど、大きなレースでの勝利は1つもない。僕はいつか、大きなクラシックレースで勝ちたい。まだ僕は若く、あと10年は走れる」
野心溢れる青年ファンケイスブルクは、このCCCチームで再び表舞台に立ちあがる。
彼が今後、どのような実績を残していくか、しっかりと注目していきたい。