いよいよ開幕する今年最後のグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャ。
注目のプリモシュ・ログリッチも無事、出場が決まり、各チームの出場選手もほぼほぼ確定してきた。
ここで、今大会個人的に注目している選手を、総合系・スプリンター系に分けてそれぞれ5名ずつピックアップしていく。
あくまでも個人的に注目している範囲だが、同時に昨年からコツコツと積み上げた実績ベースの独自集計データにも基づいてはいる。参考にしてもらえると幸い。
※年齢表記はすべて2022/12/31時点のものとなります。
目次
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総合系
プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィズマ)
スロベニア、33歳、登坂力293、TT力192
ツール・ド・フランスで落車し、肩を脱臼。その後も走り続け、チームメートのヨナス・ヴィンゲゴーの総合優勝をアシストする決定的な役割を果たすも、最後まで走ることはできずリタイア。
8月6日時点でトレーニングに復帰したことを報告していたが、ブエルタ・ア・エスパーニャへの出場可否についてはギリギリまで判断を遅らせていた。
が、8月14日朝。ついにそれが正式に決定。史上初となる「ブエルタ・ア・エスパーニャ4連覇*1」に向けて、「最強ではないが最も不屈な男」がチャレンジを開始する。
もちろん、決して万全とは言えないだろう。トレーニングの不十分さが予期せぬ失速を生むことは過去多くの有力選手が証明している。
その場合――すなわちログリッチがエースとして走り続けることができないほどに崩れた場合には――昨年総合8位で今年のツールでもヴィンゲゴーのアシストとして素晴らしい走りを見せていたセップ・クスに大きなチャンスが与えられると見てよいだろう。
なお、英連邦選手権TTを制しつつ直後のロードレースは病気を理由に欠場していたローハン・デニスも無事参戦を決定。彼の力も加わり、初日チームタイムトライアル最有力候補チームでもある。
リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)
エクアドル、29歳、登坂力268、TT力15
2019年ジロ・デ・イタリア覇者。今年も第20ステージ開始時まではマリア・ローザを着続けていたが・・・最後の最後で、ジェイ・ヒンドレーに逆転されてしまった。
それでも、彼は常に、グランツールの頂点に最も近い存在の1人ではあり続けていた。昨年のツール・ド・フランスでは、タデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴーと並び、他のライバルたちを圧倒する3強を形成し、最後の最後まで彼らと争い続けた。
そして2年前のブエルタ・ア・エスパーニャでは、あのプリモシュ・ログリッチをギリギリまで追い詰め、最後の第17ステージ*2では彼を突き放し、一時はバーチャルでマイヨ・ロホを奪い取るほどであった。レナード・ホフステッドのアシストがなければ、ログリッチはここでそれを失っていたかもしれなかった。
ゆえに、リチャル・カラパスという男は、グランツールでの勝利こそ1回しかないものの、今最も安定して強いグランツールライダーの筆頭であることは間違いない。とくに今回、ログリッチがツールの落車の影響で本調子でないとすれば、この男にとっては最大のチャンスとなるだろう。
そして、2020年ジロ覇者テイオ・ゲイガンハート、昨年ツール・ド・ラヴニール総合2位のカルロス・ロドリゲス、前哨戦ブエルタ・ア・ブルゴス覇者パヴェル・シヴァコフ、さらには今年のUAEツアーでもその才覚を発揮した期待の新星ルーク・プラップなど、アシスト陣の豪華さも今大会随一と言えそうだ。平坦も北のクラシックで大活躍したディラン・ファンバーレとベン・ターナーが固めており、イーサン・ヘイターやプラップらTT巧者と合わせてチームTTでも好成績を出しそうだ。
レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル)
ベルギー、22歳、登坂力159、TT力172
ブエルタ初出場。グランツールとしては、昨年のジロ・デ・イタリア以来の出場となる。
とはいえ、総合を狙わないと公言しているという話も? 実際、ジロ・デ・イタリアでは第1週こそエガン・ベルナルに食らいつき総合2位につけるなど素晴らしい走りを見せていたが、翌週の第11ステージ「ストラーデ・ビアンケステージ」から一気に大失速。最終的には第18ステージを未出走でリタイアとなってしまった。
もちろん、前年のイル・ロンバルディアでの大落車からの復帰初戦というコンディションの問題もあるだろう。本人にとっての初グランツールであり、11日以上のレースというものの経験がなかったこともあるだろう。
だが、一方でそもそも彼はグランツール向きではなかったのではないか?という見方もありうる。彼の最大の武器はその破天荒なまでのアグレッシブさとそこから力押しで勝ちきる強さにこそあり、今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュやクラシカ・サンセバスティアンでの勝利もまさにそのパターンであった。一発で勝負を決めることのできる1週間程度のステージレースならまだしも、保守的な走りが重要になるグランツールでの総合争いではそれがマイナスに働くことの方が多いだろう。
ゆえに、今年のブエルタも総合ではなく初めからステージ勝利に焦点を当てる、というのは十分にありうる話だと思っている。
だが、何が起こるか分からない。3年前のツール・ド・フランスのジュリアン・アラフィリップだって、その姿勢からあのドラマが生まれたのである。レムコ・エヴェネプールが今どんな思いでブエルタ・ア・エスパーニャを走り出そうとしていても、1週間後、そして2週間後には全く違う地平に立っている可能性がある。
その「未知数さ」こそが、彼やポガチャル、ファンアールト、ファンデルプールあるいはトム・ピドコックといったような「新世代の怪物たち」に共通する特徴であり、彼らの魅力なのである。
レムコ・エヴェネプールという無限の可能性を持つ男が、今年のブエルタをより予測不可能でスペクタルなものにしてくれることを強く期待している。
ジョアン・アルメイダ(UAEチーム・エミレーツ)
ポルトガル、24歳、登坂力259、TT力94
プロデビュー初年度の2020年のジロ・デ・イタリアで、予定されていたレムコ・エヴェネプールが急遽不出場となったことでエースの座を突如任ぜられたまま、15日間にわたりマリア・ローザを着続け、最終的に総合4位で終えた男。
その最初の衝撃があまりにも大きかったがゆえに期待が大きすぎて、もしかしたらやや過小評価されているきらいはある。少なくとも、プリモシュ・ログリッチやリチャル・カラパス、あるいは今年のジロを制しているジェイ・ヒンドレーには一歩及ばないのではないか、とも。
だが、今年のジロ・デ・イタリアではリチャル・カラパスとヒンドレーに食らいつく位置に常にいて、最終的にはCovid-19の影響で途中リタイアとなってしまったが、それがなければ最終日TTでの逆転もありうる、そんな存在であった。
そして何よりも、個人的に彼に強い思い入れを抱いてしまうのは、その魅力的な「ペース走行」である。昨年のジロ・デ・イタリアの最終週に見せた、何度サイモン・イェーツに突き放されても自らのペースで復帰し、最後はイェーツを逆に突き放したあの走り。
それは、つい先日引退したばかりのあのトム・デュムランの走りを彷彿とさせるものである。
もちろん、そこから本当に頂点を掴み取るためには、爆発力が重要になる。今年のツールのゲラント・トーマスのように、どれだけ安定して食らいつき離されても追いつける走りができても、そこからトップザトップの選手たちを突き放せないと総合表彰台止まりとなる可能性はある。
その部分を補いうるとしたら――フアン・アユソーという男の存在が鍵を握るのかもしれない。
昨年のU23版ジロ・デ・イタリア(ベイビー・ジロ)覇者であり、レムコ・エヴェネプールやタデイ・ポガチャル並みの「化け物」の可能性を秘めた天才。
まだその強さの全容を見せてはいない彼が、初グランツールとなる今回のブエルタでもしも「覚醒」したとしたら、アルメイダ勝利の大きな立役者となるかもしれない。
いや、むしろ、勝利そのものを奪い取ってしまいかねないかもしれないが。
ブランドン・マクナルティ、マルク・ソレルといった、ツールでポガチャルを支えた英傑たちも揃い、さながらトリプル、クアドラプルエース状態ですらある。
うまく噛み合えば最強の布陣。ツールの借りは返せるか。
サイモン・イェーツ(チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)
イギリス、30歳、登坂力190、TT力58
こちらも実績はもちろんだが、やや思い入れの方が強い。
何しろ、2018年ジロ・デ・イタリアでのあの鮮烈なハットトリックと、そこからの大失速による逆転敗北。
そしてそこから4年間にわたり「リベンジ」を狙い続けて、失敗し続けている男。
もちろん、最初の「敗北」を喫した2018年にブエルタを制しており、その意味でのリベンジは達成できてはいる。
そして今回、その2018年以来となる4年ぶりのブエルタ出場。しかも4年前彼が勝利したカンタブリアの激坂レス・プラエレスも第9ステージで登場するなど、彼にとっては縁起の良いコース設定ともなっている。
今年もジロを途中リタイアした後、復帰初戦となったクラシカ・サンセバスティアン前哨戦レース(プエルバ・ビリャフランカ)で優勝し、直後のブエルタ・ア・カスティーリャ・イ・レオンも総合優勝。クラシカ・サンセバスティアン本戦では6位で終わったものの、残り50㎞でレムコ・エヴェネプールがアタックした際に唯一反応できた男であったりと、コンディションは非常に良い。
再び勝利の味を思い出し、キャリア後半に向けての助走をつけていきたい。
・・・ただ、チームとして彼をアシストする体制にはやや不安が残る。山岳アシストとして頼りになるのがルーカス・ハミルトンくらいである。カーデン・グローヴスでのスプリント勝利を狙いたいのも分かるし、平坦アシストについてはかなり信頼のおけるベテランが揃ってはいるのだが、せめてニック・シュルツやケヴィン・コレオーニあたりをつけてはほしかった。
スプリンター系
ティム・メルリール(アルペシン・ドゥクーニンク)
ベルギー、30歳、スプリント力318、丘陵8
元々2019国内選手権優勝など驚きの結果を出し続けてきたが、昨年もジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスで最初のスプリントステージを制するなど、世界トップスプリンターの一角であることは間違いない男だ。
今年もノケレ・コールスにブルッヘ〜デパンヌに2回目の国内選手権制覇。さらにはティレーノ〜アドリアティコで区間1勝と好調。ヨーロッパ選手権では残念ながら3位に終わったものの、ダニー・ファンポッペルの完璧なアシストに放たれたファビオ・ヤコブセンというオランダ人コンビが強すぎただけで、メルリール自身は(ベルト・ファンレルベルフらのアシストにも助けられ)かなり良い位置をつけていたのは間違いない。そしてヤコブセンにせよ2位のデマールにせよ今大会には出場しないので、やはり最強には変わりない。
来年はクイックステップに移籍することが決まっており、それが故にツールにも出られなかった可能性があるメルリールだが、今回、しっかりと勝利をチームにお土産として置いていってほしい。
マッス・ピーダスン(トレック・セガフレード)
デンマーク、27歳、スプリント力281、丘陵173
ツール・ド・フランスのデンマークでの2日間のスプリントステージでは、ジャスパー・ストゥイヴェンによる強力なアシストを受けて良いところまではいったが勝ち切ることはできなかった。その後フランス本土では逃げに乗った上での小集団スプリントを制しツール勝利自体は得たものの、このブエルタでは真っ向からのスプリントでの勝利を狙いたいところ。
とくに、まともなスプリントが多くはなく登りスプリントや途中の登りが多いブエルタでは相対的にピーダスンに有利に働くだろう。全くと言っていいほどリードアウターはいないけれど(一応ティベッリやホールが平坦牽引力はあるが・・・スプリンターというイメージらない)、途中の登りで他のスプリンターたちを振り落とせる要員は多いので、そんな(サガン的な)感じで。
ダニー・ファンポッペル(ボーラ・ハンスグローエ)
オランダ、29歳、スプリント力310、丘陵68
普通に考えればサム・ベネットがエースだろう。ファンポッペルのリードアウターとしての能力が非常に高いことはUAEツアーなどでも証明しており、直近のヨーロッパ選手権ではメルリールの強烈なスプリントにも振り落とされず、しっかりとエースのファビオ・ヤコブセンを完璧なタイミングで発射させていた。ミケル・モルコフにも負けはしないこのリードアウト能力をもってすれば、苦しい時を過ごしているサム・ベネットにも、再び栄光を掴み取るチャンスを得られるだろう。
が、そのUAEツアーでは完璧なファンポッペルのリードアウトにも関わらず、ベネットは勝利を掴むことはできなかった。エシュボルン〜フランクフルトには勝利しているが、それだけで終わってしまっている。ヨーロッパ選手権でも5位に沈んでいた。
もちろん、ファンポッペルもチャンスを与えられたツール・ド・フランスで結果を出すことはできなかった。とはいえ決して万全な体制ではなかったなかで、4位や5位に入り込めたのは、ブエルタでの勝利に向けては十分な成果だったとも言える。
そもそもブエルタ・ア・エスパーニャは彼が22歳のとき、鮮烈なる勝利を掴み取った運命のレースでもある。その後彼は栄光の道を進むはずだったが・・・その機会は訪れることなく、数多くのチームを転々としてきた。
その上で昨年から今年にかけてキャリアハイとも言える好調の中、再び彼にチャンスが与えられることを個人的には願っている。もちろんサム・ベネットも好きな選手ではあるが・・・
まあ、ベネットがアシストする姿は想像できないし、ファンポッペルがアシストしてベネットが勝利していくパターンが一番現実的なんだろうなぁ。
パスカル・アッカーマン(UAEチーム・エミレーツ)
ドイツ、28歳、スプリント力253、丘陵74
2019年にジロ・デ・イタリアでマリア・チクラミーノ(ポイント賞)を獲得し、2020年にはブエルタ・ア・エスパーニャで最終日マドリードを制した男。ジョン・デゲンコルプやアンドレ・グライペル、マルセル・キッテルらを継承する、時代の頂点に立つジャーマンスプリンターになる、はずだった。
だがその2020年から少しずつ歯車が狂い始める。右腕たる最終発射台ルディガー・ゼーリッヒのアシストとも噛み合わず、どこかチグハグなスプリントを連発。2020年はそれでもマドリード含め8勝を記録するも、2021年は1クラスのみの5勝に留まるなど大失速。グランツールにも出られず苦しい時間を過ごした。
今年、心機一転しUAEチーム・エミレーツに移籍。ツール・ド・ポローニュでは2年ぶりとなるワールドツアー勝利を達成。今大会では同じく不調に苦しむフェルナンド・ガビリアを押しのけて出場権を獲得した。
この苦しい期間では新たな武器も手に入れた。これまではピュアスプリンターと思われていた彼が、比較的登りを含んだレイアウトやフィニッシュでも十分に戦えることも示した。これはブエルタを戦ううえでは重要だ。
今大会一緒に出場するファン・モラノはリードアウターとしても素晴らしい走りを見せる実績を持っており、うまく噛み合えば心強いことこの上ないだろう。逆にアッカーマンが不甲斐なければ代わってエースを務めても問題ないくらいの実力者だ。
今大会総合にもかなり力を入れたロースターを用意してきているUAEだが、そればっかりではないということをぜひ証明して見せてほしい。
カーデン・グローヴス(チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)
オーストラリア、24歳、スプリント力263、丘陵44
世界最強育成チームの一角であるSEGレーシングアカデミー出身で、プロデビュー初年度の2020年にはシーズン冒頭のヘラルドサン・ツアーでいきなり2勝。才能を見せつけた。
その後しばらく停滞の期間が挟まるが、今年ボルタ・シクリスタ・ア・カタルーニャでワールドツアーレース初勝利や、ツアー・オブ・ターキーでジャスパー・フィリプセンを打ち負かすなど再び実績を重ねつつある中、いよいよグランツール初参戦となる。
2018年以降、スプリンターは長い戦国時代に突入している。マーク・カヴェンディッシュやマルセル・キッテルのような、「いれば絶対勝つ」圧倒的な強者が現れない混沌の時代である。
一方でこのトップスプリンター軍団が勝利を量産しかねている戦国時代の渦中、なかなか若手で実力のある者でも、簡単にはグランツールで勝たせてもらえない時代にもなってきている。
そんな閉塞感を打ち破る、下克上を成し遂げることはできるか。
カラム・スコットソン、そしてルーク・プラップ同様インフォーム・TMインサイトメークで走っていたケランド・オブライエンも高いスプリント力を示しており発射台として機能することだろう。
なお、来期アルペシン・ドゥクーニンクへ移籍することがすでに決まっている。2020年のブエルタで、同様にアルペシン行きが決まっている中で初のグランツール勝利を果たしたジャスパー・フィリプセンは、その後世界トップスプリンターの一角となり今年はシャンゼリゼも獲得している。
グローヴスもその後を継げるか。
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