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UCIロード世界選手権2021「フランドル」ロードレースプレビュー

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今年もまた、「世界最強」を巡る戦いが幕を開ける。

今年の舞台は自転車ロードレースの聖地「フランドル」。

北のクラシックに代表されるような石畳の急坂が連続するわけではないものの、非常にバランスの取れた、あらゆる選手に可能性のある魅力的なコースが用意された。

果たして今年、頂点に立つのは一体誰か。

 

前回の「個人タイムトライアル」プレビューに続き、今回はいよいよ「ロードレース」の男子U23・女子エリート・男子エリートのコースおよび注目選手たちをプレビューしていく。

 

 

目次

   

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コースについて

北海沿いの町クノック=ヘイストからウェスト=フランデレン州州都ブルッヘまでのベルギー北西部を利用していた個人タイムトライアルに対して、ロードレースはブルッヘから東へ90㎞行ったところにある「フランドルの首都」アントウェルペンをスタートする。

そこから南へ50㎞。ジャスパー・ストゥイヴェンの生地でもある学術都市ルーヴェンに向かい、一旦南西20㎞の位置にあるオーベレルエイセに。その後再びルーヴェンの街に戻りフィニッシュを迎えるというのが基本的なコースである。

 

ポイントになるのは2つの周回。

1つ目はオーベレルエイセの町を巡る「フランドリアンサーキット」。

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全長32㎞。

ブラバンツペイルの勝負所モスケストラート(登坂距離550m、平均勾配7.98%、最大勾配18%)やベケストラート(登坂距離439m、平均勾配7.65%、最大勾配15%)などの短くて急な石畳の登りが連続し、今大会最も厳しく、そして重要なポイントとなりうるエリアである。

ライダーの足はここで確実に削られ、サバイバルな展開が生み出されることだろう。さらに言えばここからの独走を狙うアタッカーもいるはずだ。

 

その筆頭候補が男子エリートでいえばレムコ・エヴェネプール。実際、このコースをほぼそっくりそのまま使用した8月の「ドライフェンクルス・オーベレルエイセ」では、残り60㎞地点から(途中踏切ストップなどのトラブルもあって体力回復ができたという要因がありながらも)独走して見事勝利を掴んでいる。

女子で言えばアネミエク・ファンフルーテンなど、丘陵やサバイバルな展開に強いエスケーパーの動きには常に注意していきたい。

 

 

だが、今回のコースで面白いのは、このフランドリアンサーキットで勝負が終わるわけではないということだ。

フランドリアンサーキットを通過したあと、プロトンは再びルーヴェンの街に戻ってくる。

そこで繰り広げられるのが最終決戦の舞台「ルーヴェンサーキット」。

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1周の全長は15.5㎞。

左の高低差表の数字を見比べてみればわかるが、フランドリアンサーキットほどの厳しさはない。8月にこのコースをそっくりそのまま使用した「GPジェフ・シェーレン」ではニッコロ・ボニファツィオがナセル・ブアニを降すスプリント対決となっている。

今大会、男子エリートでもマーク・カヴェンディッシュやパスカル・アッカーマン、アルノー・デマールなどのピュアスプリンターたちも参戦していることからも分かるように、各チームともスプリント決戦の可能性を考慮した人選をしてきている。

実際、各階級ともに、フランドリアンサーキットを終えてからフィニッシュまでは40㎞以上残しており、オーベレルエイセでバラバラになったプロトンも一度ひとまとまりになるという予想は十分に成立するだろう。

 

だが、注意したいのは、フィニッシュ前1.5㎞ほどの位置に用意された「シント=アントニウスベルグ」。

登坂距離230m、平均勾配5.47%、最大勾配11%。そのプロフィールだけ見ればそこまででもないように思えるが、実際この登りをグーグルストリートビューで見るとなかなか恐ろしいことがよくわかる。

 

部分的ではあるものの石畳が設置されたとにかく狭い登り。勾配もそれなりにありそうに見える。

本当にこれで集団スプリントになるのか? 最終局面のこの狭い登りで、決定的なアタックが打ち出されたとき、長い道のりを経て果たしてどれだけのライダーの足が残っているのか。

 

「誰が勝つのかわからない」。まさにこの言葉に相応しい今大会のコース。石畳スペシャリストにも、パンチャータイプにも、独走が得意なアタッカーにも、スプリンターにすら可能性のある、実にスリリングなコースが用意された今年の「フランドル」世界選手権。

以下では各カテゴリのコース確認と注目選手たちを紹介していく。

 

 

9/24(金) 男子U23ロードレース

アントウェルペン~ルーヴェン 160.9㎞(総獲得標高1,049m)

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男子U23ロードレースはまずルーヴェンサーキットを1.5周。その後フランドリアンサーキットを1周し、再びルーヴェンサーキットまで戻ってきて2.5周したのちにフィニッシュとなる。

残り73㎞から40㎞あたりでフランドリアンサーキットを通ることとなる。

 

同じく丘陵系レイアウトだったヨーロッパ選手権ロードレースでは最後6名の小集団スプリントに。

ベイビー・ジロ総合優勝者のフアン・アユソー(スペイン、19歳)やツール・ド・ラヴニール総合3位フィリッポ・ザナ(イタリア、22歳)らを抑えてこれを制したのは、シクロクロス界のエディ・メルクスとも言うべき伝説的な選手スヴェン・ネイスの息子ティボー・ネイス。

ティボー自身もジュニア時代のシクロクロス2019-2020シーズンで26戦中22勝するなどそれこそシクロクロス界のエヴェネプールとも言うべき活躍を見せていたが、コロナの影響もありエリートで戦うこととなった昨シーズンは思わぬ苦戦。しかし今回、ロードレースの舞台でしっかりとその実力の高さを見せつける結果に至った。

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「同じく」とは言ったもののヨーロッパ選手権はどちらかというとリエージュ~バストーニュ~リエージュに近いような結構厳しい丘陵系レイアウトであり、世界選手権の方がずっとイージー。アユソーやザナは同じようには活躍できないだろうし、よりネイス向きとも言えるコースなので、同様に活躍を期待できるかもしれない。

その他、注目国・選手は以下の通り。

 

オランダ

  • マライン・ファンデンベルフ(ツール・ド・ラヴニール区間2勝ポイント賞
  • ティム・ファンダイケ(国内選手権U23ロード優勝&TT2位)
  • ミック・ファンダイケ(国内選手権U23ロード2位&TT優勝&「フランダース・トゥモロー・ツアー」総合優勝
  • ダーン・ホール(「フランダース・トゥモロー・ツアー」総合2位&ヨーロッパ選手権TT3位)
  • オラフ・クーイ(ユンボ・ヴィスマ所属。ツール・ド・ポローニュ区間2位)
  • カスパー・ファンウデン(国内選手権U23ロード3位)

全員が全員何かしらのタイトルを獲っているレベルの実力者たち。U23版銀河系軍団。TTでも強い選手たちが多く、ホール、ファンウデンなどのアシストを受けながらファンデルベルフやファンダイケ兄弟の中盤の抜け出し、波状攻撃からの、ラストのスプリント勝負になったときにはクーイも最終兵器として控えている盤石ぶり。

あらゆる勝ち方を狙える、U23男子最強国と言ってよさそうだ。

 

ベルギー

  • ティボー・ネイス(ヨーロッパ選手権U23ロード優勝
  • フロリアン・フェルメールシュ(ロット・スーダル所属。2020年ヘント~ウェヴェルヘム13位)
  • アルノー・デリー(ツール・ド・ラヴニール区間2位&5位2回、今シーズン2クラスのレースで通算4勝)
  • スタン・ファントリヒト(ドゥクーニンク・クイックステップ研修生。シルキュイ・ド・ワロニー&ロンド・ファン・リンブルフ7位)
  • レネット・ファンエイトフェルト(ヨーロッパ選手権U23ロード5位、国内選手権TT優勝
  • ファビオ・ファンデンボッシュ(スポートフラーンデレン・バロワーズ所属)

こちらもオランダに負けないタレント揃い。ややスター性においては欠けるが、ネイスという大きな実績を携えたフィニッシャーが存在し、あとは積極性で勝るタフネスな男フェルメールシュや勝ちきれはしなかったもののラヴニールで好成績を出していたデリーなどがチャンスを窺う。

 

マティス・ルーヴェル(フランス)

現在アルケア・サムシックに所属する22歳のフランス人。ジュリアン・アラフィリップやマチュー・ファンデルプールも出場した世界選手権前哨戦「プリムス・クラシック」でも11位と好調。今シーズンはブエルタ・ア・カスティリャ・イ・レオンでも優勝している。

丘陵レイアウトに強いサバイバーでTT能力もそれなりにあり、スプリントでも実績をもつ。今大会のコースとの相性は良いタイプの選手だ。同じフランスチームに所属する現イスラエル・スタートアップネーション所属の「アレクシー・ルナール」も、逃げで目立つことの多いアタッカーで前哨戦「GPディスベルグ」で12位など可能性のある選手だ。

 

フィリッポ・バロンチーニ(イタリア)

現在チーム・コルパック・バランに所属し、8/1からはトレック・セガフレードのトレーニー登録をしている。来年からは2年契約で正式にトレック入りが決まっている。

今年はベイビー・ジロ第4ステージでベン・ターナーやベン・ヘリーといった強豪を打ち破ってステージ優勝。U23国内選手権個人タイムトライアルも制しており、先日のヨーロッパ選手権U23ロードでもティボー・ネイスに次ぐ2位でのフィニッシュ。

丘陵適性・スプリント・TTともに高いレベルを保持し、紛うことなき今大会優勝候補の1人だ。

 

ビニヤム・ギルマイ(エルトリア)

デルコ(旧NIPPOデルコ・ワンプロヴァンス)に所属しており昨年はトロピカーレ・アミッサ・ボンゴ区間2勝とポイント賞、トロフェオ・ライグエーリア2位など、その才能を見せつけた2000年生まれの21歳。

デルコがメンバーに対して移籍自由権を与えたことを受け、8/6からアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ入り。パンチャー向けの「クラシカ・グラン・ブザンソン・ドゥー」でアンドレア・ヴェンドラーメやナイロ・キンタナを退けて優勝。直後のツール・ド・ジュラやツール・ド・ドゥーでも7位や2位に入るなど絶好調ぶりを見せていた。

もちろん、どちらかというと今大会よりもちょっと厳しいレイアウトの丘陵系レースに強いタイプの脚質。しかしスプリント力もあり、何より地力の高さをもって優勝候補になりうる選手だ。チームメートには現アンドローニジョカトリ所属のナトナエル・テスファションもいるのが心強い。

 

フアン・アユソー(スペイン)

6/15からUAEチーム・エミレーツに所属している現在のU23最強注目選手。今年のベイビー・ジロ総合優勝でクラシカ・サンセバスティアンでも18位と好成績を残した。これでまだ19歳だから末恐ろしい・・・。

先日のヨーロッパ選手権ロードでも3位。とはいえ、基本的には登り系に強いタイプの選手。もちろん基礎能力の高さとサバイバル適性においては随一だろうが、コース的にジャストマッチしているとは言い難いなかで、それらをすべて吹き飛ばすような鮮烈な勝利を見せてくれるかどうか。

 

ほか、ツール・ド・ラヴニール総合優勝のトビアスハラン・ヨハンネセンとその双子の兄弟アンデシュ、そしてTTスペシャリストのセーアン・ヴァレンショルドゥが所属するノルウェーや、現UAEチーム・エミレーツのフィン・フィッシャーブラック(ニュージーランド)などにも注目していきたい。

 

 

9/25(土) 女子エリート

アントウェルペン~ルーヴェン 157.7㎞(総獲得標高1,047m)

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女子エリートは男子U23とほぼ同じ、ルーヴェンサーキット×1.5周、フランドリアンサーキット×1周、ルーヴェンサーキット×2.5周でフィニッシュする。

やはり残り80㎞から40㎞の位置にあるフランドリアンサーキットが勝負の鍵となる。ここで独走を始める選手がいるか、あるいはサバイバルな展開で精鋭集団だけが生き残るか。

あるいはその後の40㎞のルーヴェンサーキットで再び集団は大きな一塊になるか・・・。

サイクルロードレースの展開はコースではなく選手が作る。

「オランダ一強」の女子レースは男子U23と同じコースを使っていたとしても、その展開はまた大きく変わっていくことになるだろう。

注目国・選手を確認していく。

 

オランダ

  • アンナ・ファンデルブレッヘン(2018/2020ロード世界王者
  • アネミエク・ファンフルーテン(2019ロード世界王者。東京オリンピックTT金メダリスト
  • マリアンヌ・フォス(2006/2012/2013ロード世界王者
  • エレン・ファンダイク(ヨーロッパ選手権ロード優勝、TT世界王者
  • デミ・フォレリング(リエージュ~バストーニュ~リエージュ優勝
  • ルシンダ・ブラント(2020-2021シクロクロス世界王者)
  • シャンタル・ブラーク(ストラーデビアンケ優勝
  • エイミー・ピータース(国内選手権ロード優勝

相変わらず傍若無人の強さ。全員が今大会優勝の可能性をもつ、フィニッシャーとしての才能に溢れるメンバーである。

かといって東京オリンピックのときのように、全員がエースであるがゆえのちぐはぐな動きというのを過度に恐れる必要もない。そもそも人数も多いし、このメンバーであればシャンタル・ブラークやファンダイク、あるいはブラントやフォレリングあたりが道中のアシストとしても機能しうる。

残り80~40㎞のフランドリアンサーキットではファンフルーテン、ファンダイク、ブラントあたりの独走のチャンスがあり、最後のルーヴェンサーキット勝負になればマリアンヌ・フォスが最強すぎる。ピータースも十分に勝利を狙えるスプリント力と実績を持っている。ブラントもこういった局面には強い。

もちろん、直前のシント=アントニウスベルグでのファンフルーテンやフォレリングのアタックにも注意すべきだろう。

まさに隙のない布陣。

 

今回が現役最後のレースとなる予定の昨年覇者ファンデルブレッヘンは、あまりにも絶好調すぎた今シーズンの疲れが溜まり過ぎてしまったのか、ここ最近は不調&レース欠場が続く。もしかしたら今回のロードも・・・?

そのあたりは男子のファンデルプールと似たような状況。そうやって、警戒の網の目から抜け漏れた彼女の「不意の一撃」には要要要注意だ。

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エリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア)

「最強」オランダの最大のライバルといえばこの女で間違いないだろう。

今年のストラーデビアンケではシャンタル・ブラーク&アンナ・ファンデルブレッヘン&アネミエク・ファンフルーテンらオランダ勢に囲まれながらの2位、直後のトロフェオ・アルフレッド・ビンダでは独走で優勝。マリアンヌ・フォスは集団先頭を獲ったが2位だった。

アムステルゴールドレース8位、フレーシュ・ワロンヌとリエージュ~バストーニュ~リエージュでは3位。イタリア国内選手権ではロード&TTの2冠にグランプリ・ド・プルエーではこちらも独走で見事な勝利を果たした。

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今回も独走、あるいはシント=アントニウスベルグからのアタックでの勝利を狙えるポテンシャルを十分に持つ。あるいはそういった局面で抜け出したオランダの精鋭にしっかりと食らいつくことも得意のパターンだ。

だが、「勝ちきる」には一人の力ではなかなか限界がある。エリザ・バルサモ、マルタ・バスティアネッリ、マルタ・カヴァッリ、エレーナ・チェッキーニなど、チームメートもタレント揃いではあるので、彼女らがしっかりと役目を果たしてエースのロンゴボルギーニを勝たせられるか。

オリンピックでも世界選手権ロードでもそれぞれ2回ずつ「3位」を経験している、その資格を十分に有しながらもなかなか表彰台の頂点に立てない無冠の女帝。

今、キャリアで最も力を発揮しつつあるとき。チャンスは最大限にまで高まっているはずだ。

 

エマセシル・ノースガード(デンマーク)

最後がスプリント勝負になったとき、もちろん最も有利なのはフォスだが、同じようにある程度サバイバルな展開でもスプリントで勝利できる可能性を持つのがこのノースガードである。

男子モビスター・チームに所属するマティアス・ノルスガードの妹にして、元U23TT世界王者ミッケル・ビョーグの婚約者。そして今年、通算5勝を重ねている「最強のスプリンター」として飛躍を遂げた。

ジロ・デ・イタリア・ドンナではピュアスプリントにおいてロレーナ・ウィーベスに敗れることも多かったが、起伏や荒れた展開のスプリントでは現役随一。もちろん、ロッタ・コペッキーやコリン・リヴェラもそういった展開に強い選手だが、今年の実績だけで言えば彼女らを確実に上回っている。

今大会もセシリーウトラップ・ルドヴィグやアマリー・ディデリクセンなどのチームメートに支えられながら、チャンスを掴めるか。

 

参考:今年の実績から見る優勝候補一覧

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ほか、昨年から台頭してきて今年も安定した強さを見せているドイツのリアヌ・リッパート(チームメートもリサ・ブレナウアーやリサ・クラインなど、先日のミックスドリレーでアルカンシェルを獲得した強力なルーラーが揃っている)や、トレック・セガフレードではロンゴボルギーニとタッグを組み世界王者経験ももつエリザベス・ダイグナン(イギリス)、TTで名乗りを上げたなかで今年はロードレースでも着実に強くなりつつあるマーレン・ローセル(スイス)などにも注目。

U23カテゴリのない女子レース。その中で、今年20歳のカタブランカ・ヴァス(ハンガリー)がどこまでやるのかも楽しみだ。

 

 

9/26(日) 男子エリート

アントウェルペン~ルーヴェン 267.7㎞(総獲得標高2,562m)

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42回以上の登りをこなし、全長は267.7㎞。獲得標高は2,562mに達する。

リエージュ~バストーニュ~リエージュほどでは決してないものの、ルーヴェン~オーベレルエイセのコースは「アムステルゴールドレース前哨戦」ブラバンツペイルでも使用されており、決して「フランドル」の名で想像されるような北のクラシックスペシャリストのためのコースとは言い難い。

とはいえそのブラバンツペイルの主舞台である「フランドリアンサーキット」からフィニッシュまでも40㎞あり、必ずしもパンチャーだけに有利とはいえない。

そんな、「誰が勝つのかわからない」、実に魅力的なコースが用意された今年の世界選手権ロードレース。

その大トリを務める、男子エリートレースがいよいよ日曜日に開幕する。

 

残り207㎞地点で一度ルーヴェンのフィニッシュ地点を越えたあと、オーベレルエイセ周辺の、コース紹介の項目で詳細に説明している「フランドリアンサーキット」(全長32.18㎞)を1周。ブラバンツペイルの勝負所モスケストラート(平均勾配8.9%)やベケストラートなどを含む石畳とアップダウンのサーキットだ。

その後再びルーヴェンに戻り、1周15.5㎞の「ルーヴェンサーキット」を4周。緩やかなアップダウンの連続ではあるがフランドリアンサーキットほど厳しくはなく、ほぼ同じコースを使用した8月の「GPジェフ・シェーレン」ではニッコロ・ボニファツィオがナセル・ブアニを下すスプリント決着となっている。

残り85㎞地点を切ってから再び「フランドリアンサーキット」を1周。

残り40㎞を切ってから最後の「ルーヴェンサーキット」周回に入り、2.5周してからラストは緩やかな登りを経てのフィニッシュとなっている。

 

残り80〜40㎞あたりでアルデンヌの香りすら漂うフランドリアンサーキットでのサバイバルな展開が勝負を決めるか、それとも生き残った先頭集団でこういった展開に強いスプリンターたちによって決着がつけられるか。

逃げ切りも、スプリントも、どんなパターンでもありうるレースとなっている。

なお、フランドリアンサーキットとほぼ同じルートを使用した「ドライフェンクルス・オーヴェレルエイセ」ではレムコ・エヴェネプールが60㎞の独走勝利。

今回ももしかしたら・・・な展開はあるかも。

 

注目選手

ワウト・ファンアールト(ベルギー)

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今年13勝。その内訳も、カレブ・ユアンとフェルナンド・ガビリアを下したティレーノ~アドリアティコ第1ステージの純粋スプリント勝利やパリ・シャンゼリゼの「スプリンターたちの世界選手権」でのスプリント勝利から、2つのTT勝利、ツアー・オブ・ブリテンでの4勝とアムステルゴールドレースでのパンチャー向けレイアウトでの勝利、「死の山」モン・ヴァントゥを越える超級山岳ステージでの逃げ切り勝利、そして石畳「フランドル」クラシックであるヘント~ウェヴェルヘムでの勝利など・・・今世界で最も真の意味での「オールラウンダー」な男、それがこのファンアールトである。

当然、今大会も紛うことなき優勝候補。だが・・・それがゆえに、警戒されまくっての「2位」が多い。

昨年の世界選手権もジュリアン・アラフィリップの抜け出しを許してしまい、残ったメンバーの中での警戒にさらされて自由に動けない中、案の定集団先頭は獲れたものの2位銀メダル。今年の東京オリンピックも全く同じ展開だった。

それも仕方ない。最後まで残していたら絶対負けると誰もがわかっているがゆえに、彼を最後まで残しておきたくないライバルたちは彼の動きを常に警戒し続ける。さらに今回は誰もが認める最強チームベルギーのエースがゆえに、その警戒心はひとしお。それで力で抜け出せるパワーと瞬発力があればよいのだが、わりとそこはファンアールトの弱点ではある。どちらかといえば耐え抜いて耐え抜いて生き残るタイプなのだ。

 

ベルギーチームとしてはその役割は明確だ。アタックはしない。最後まで残り続けてフィニッシュで勝負する役割。集団の中の先頭を獲る力は間違いなく・・・ゆえに今回も「2位」の可能性が高いのかもしれない。

その意味で以下のストゥイヴェンやエヴェネプールの方がチャンスがあると言えなくもない。その場合は彼らだけの勝利というよりは、まさにこのファンアールトの存在があったからこその勝利なのだ。

 

でも、だからこそその中で彼の勝利を見てみたくもある。鬼門はシント=アントニウスベルグ。そこで危険な抜け出しを許さないこと。あるいはそこに、しっかりとファンアールトがついていけること——。

 

ジャスパー・ストゥイヴェン(ベルギー)

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今回の戦い最終決戦の舞台となるのは彼の生地ルーヴェン。ゆえに、その気合も人一倍と言えるだろう。

だが、本来であれば、これだけ豪華なメンバーの中で優勝候補筆頭というにはやや、実績が足りない。最下部に用意したデータで見ても、上位の方に来ているわけではない。

だが、昨年のオンループ・ヘットニュースブラッドでの優勝、そして今年のミラノ~サンレモでの優勝。その「ここ一番の強さ」は本物だ。

何より、彼の最大の武器は、真っ向勝負での勝利ではない。終盤の互いに警戒しあう展開の中でするりと抜け出してそのまま逃げ切る「レイトアタック」こそが真骨頂であり、今年のミラノ~サンレモもまた、そういった勝ち方をして見せていた。

www.ringsride.work

 

そしてこの動きが生きるのは、彼が警戒されないということ。

上述の通りデータから見た優勝候補最筆頭ではないことと、そして何よりも、ワウト・ファンアールトという、誰もがストゥイヴェンを警戒しなきゃいけないと頭では分かっていてもそれ以上に何倍も警戒しなければならないあまりにも強すぎる存在がいることが、ストゥイヴェンの持ち味を生かす最大のファクターとなっている。

 

やはり狙い目はシント=アントニウスベルグ。ここで彼が動いて、周りがファンアールトを警戒すれば彼の勝ち。

一方、バレバレのそのストゥイヴェンの攻撃に誰かが反応すれば、今度はファンアールトの勝ち。ベルギーの強さがここで発揮される。

 

そんな「ダブルエース」の存在があまりにも強すぎるからこそ、「もう1人のエース」がさらに光るのだ。

 

レムコ・エヴェネプール(ベルギー)

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今回のベルギーチームのエースは明確に「ファンアールトとストゥイヴェン」と明言されている。エヴェネプールはエースではない、と宣言され、本人もそれを了承しているという。

だが、エースではないことが、すなわちアシストに専念しろ、というわけではないとも言える。そもそも、エヴェネプールにアシストする姿など想像できないだろう?

ヒントは今回のフランドリアンサーキットをそっくりそのまま使った「ドライフェンクルス・オーベレルエイセ」というレースでの(途中の踏切ストップでの休息があったとはいえ)60㎞独走勝利。

直後のブリュッセル・サイクリングクラシックでも(こちらも先頭集団での大規模なコースミスというアクシデントがあったとはいえ)最後の同伴者アイメ・デヘントを完全に力で引きちぎっての独走逃げ切り勝利。

そして、ヨーロッパ選手権ロードでも、最後はソンニ・コルブレッリがついてくることを許してしまったがゆえに敗北したものの、実質的な独走勝利に近い2位。

ヨーロッパ選手権TT・世界選手権TTでも3位とかなりの絶好コンディションで迎えた今回の世界選手権ロード。

ある意味この最強ベルギーチームで「最も自由な役割」を与えられてそうなエヴェネプールが黙って静かにプロトンで260㎞を消化するなんてことはありえない。

 

フランドリアンサーキットでの抜け出し。これはほぼ間違いない。

あとはそこにどれだけの選手がついてくるか。そしてこの逃げが成功しようがしまいが、それはすなわちベルギーチーム全体のメリットへとつながる。その意味での「最高のアシスト」だ。

 

なお、ベルギーチームはこの最強格3人以外にもティシュ・ベノート、イヴ・ランパールト、ディラン・トゥーンスといった勝利を狙える準エースに、ヴィクトール・カンペナールツとティム・デクレルクというあまりにも強力なルーラーも揃えている。

女子オランダチームに匹敵する、完全無欠の布陣。史上最強のロースターで地元開催の世界選手権への必勝を誓ってやってきた。

 

だが、「最強」が勝つわけではないこともまた、自転車ロードレースのあまりにも知れ渡った真実。

これに挑みかかる他国もまた、同じくらいに優勝候補たちばかりを揃えている。

 

ソンニ・コルブレッリ(イタリア)

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今年のコルブレッリは一体何なんだ! ツール・ド・フランスでもマイケル・マシューズよりもときにダヴィド・ゴデュ以上に登れる姿を見せていたコルブレッリだが、ヨーロッパ選手権ではコヌフロワを突き離したエヴェネプールのアタックに食らいつき、最後はしっかりとこれを差し切る勝利で獲ったばかりのイタリアチャンピオンジャージをヨーロッパチャンピオンジャージで上書きしてみせた。

ベネルクス・ツアーでもマテイ・モホリッチを翻弄しまさかの総合優勝。少なくともスプリンターが総合優勝できるようなレースではないんだぞ。

当然「前哨戦」も絶好調。9/16のコッパ・サバティーニでは2位、9/18のメモリアル・マルコ・パンターニでは当たり前のような顔をして優勝。この日のTOPリザルトにはヴィンツェンツォ・アルバネーゼ、アレックス・アランブル、マッテオ・トレンティンなどの名前が並んでおり、うん、スプリンターのためのレースではないな。

当然、そのうえでスプリント力は間違いなく高く、今大会、ゆるぎない強さをもっているワウト・ファンアールトにとってはある意味最も恐ろしいライバルかもしれない。本来スプリンターというのは篩い落とされる危険のある今大会だが、コルブレッリが最後まで残るのは間違いないので・・・。

国内選手権・ヨーロッパ・世界のトリプルクラウンの達成をしてしまうのか? もちろん、そんな彼を重しにしたうえでの、マッテオ・トレンティンやダヴィデ・バッレリーニ、そして何よりもレイトアタックにおいて定評のあるジャンニ・モスコンの存在が光る。

 

トム・ピドコック(イギリス)

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昨年のベイビー・ジロ覇者にしてシクロクロスではマチュー・ファンデルポールを倒す姿も見せ、そしてマウンテンバイクではニノ・シューターやヴィクトール・コレツキーといったMTB界の重鎮を薙ぎ倒してのまさかのエリート1年目での金メダリスト。

マチュー・ファンデルプールに並ぶ「自転車の天才」として進化しつつあるピドコックは、さすがにまだロード世界王者になるのは経験が薄すぎる・・・が、しかし、今回のルーヴェン~オーベレルエイセ間を使用したブラバンツペイルではワウト・ファンアールトをギリギリで差して優勝しているんだから、もちろんその資格がないなんてことは言えないだろう。

そして彼の強さはタフネスさにあるとも思っている。ブラバンツペイルでの勝利やアムステルゴールドレースでの2位はもちろん、今回グランツール初出場となったブエルタ・ア・エスパーニャでも、勝利こそなかったものの、山岳ステージの終盤での1級山岳の登りで繰り返しアタックする姿は驚くべきものだった。

結局その日はロマン・バルデが勝利したものの、並み居る強豪選手たちに混じって区間4位に入り込んでいたピドコックの姿はまだ咲ききっていない才能を感じさせるには十分だった。

また、彼の強みは、ファンデルプール以上にロードレースの常識に囚われない自由奔放さ。オンループ・ヘットニュースブラッドなどでも、牽制何それ?といった感じで積極的に動き、ときにそれは無駄に前を牽き続けるという行為には繋がるものの、それでもタレないのはやはりタフネスさの裏打ちがあるからだ。

その動きは、彼自身の勝利にはもしかしたら繋がらないかもしれない。しかしその動きで集団を混沌に導き、とくに必勝態勢のベルギーの戦略をかき回した結果、集団の中で勝利を狙うのは——2019ラヴニールでも強力なタッグを組んだ、今年超急成長中のイーサン・ヘイター。

コルブレッリ、マシューズ並みにサバイバル展開に強いことはすでに証明済のこの「スプリンター」が、ピドコックとのコンビネーションの末に勝利を狙うというパターンが実現すれば、ロードレースはまた、新しい時代の幕開けを目の当たりにすることとなるだろう。

なお、カヴェンディッシュも出場するが、さすがに無理、だよね?

 

マチュー・ファンデルプール(オランダ)

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その名前は誰もが認める「フランドル世界選手権」最大の優勝候補の1人。

しかし一方で、今彼を心から信じられる人は決して多くないこともまた事実。

要因は、東京オリンピックでの激しい落車で痛めた腰。9月のアントワープ・ポート・エピックでは優勝し、プリムス・クラシックでもパンクしながらも8位に入るなど復活を感じさせるリザルトは残しつつも、いずれも彼本来の力を取り戻したとは言い難い走りであり、ロードへの出場もギリギリまで予断を許さない状況であった。

 

だが、昨日、ついにその出場が確定。

ファンデルプールはフランドル世界選手権に挑む。但し、最大の優勝候補としてではない形で。

 

ゆえに、と思う。

ゆえに彼は彼の実績と実力に比して言えばあまりにも「警戒されない」形で最終局面に残ることができるかもしれない。

もちろん、最終局面に残れるかどうかが最初かつ最大の壁ではあり、その時点で自転車を降りる可能性も十分に高いが——しかし、最後のシント=アントニウスベルグの時点で彼が先頭集団に身を置くことができていれば(そしてできればその集団ができる限り大きい集団であれば)、ストラーデビアンケの最後のカンポ広場の登りで飛び出していったあの一撃が火を噴く可能性は十分にあるだろう。

そこに食らいつけるのは誰だ? ジュリアン・アラフィリップはプリムス・クラシックでもしっかりとファンデルプールを警戒していたため、動く可能性はある。ワウト・ファンアールトは? 普段の彼ならばファンデルプールの動きには何を差し置いても反応するだろう。だが、必勝ベルギーの筆頭エースを任ぜられている今の彼にその動きができるか?

勝つかどうかはわからない。そもそも最終局面まで残るかはわからない。

だが、それでも、彼は、きっと熱いドラマを見せてくれる。

ただ強いだけでなく、すべてのレースに全力を賭し、あらゆる視聴者を興奮の渦に叩き落とす世界最高のカリスマ、ファンデルプールの「劇場」を心から楽しみにしている。

 

 

その他、もちろん昨年王者のジュリアン・アラフィリップや、ログリッチ&ポガチャル&モホリッチというあまりにも豪華なメンバーを揃えてきているスロベニア、「4勝目」を虎視眈々と狙うペテル・サガンに悔しすぎたシーズンの最後の最後に挽回を狙えるマイケル・マシューズ、そして「何が起きてもおかしくない」マグナス・コルトニールセンなど、優勝候補は溢れかえっている。

 

少しでも参考なるように、今年の実績から見るランキングを以下に残しておく。

 

参考:今年の実績から見る優勝候補一覧

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