タデイ・ポガチャルが圧勝した。2位以下に5分20秒もの大差をつけて。
これは、2014年にヴィンツェンツォ・ニバリが2位に7分37秒差をつけて大勝したとき以来の記録である。
ニバリのときにクリス・フルームやアルベルト・コンタドールらが相次いでリタイアしたように、今回もプリモシュ・ログリッチやゲラント・トーマスといったライバルたちが落車により負傷あるいはリタイアしたことは一因である。
とはいえ第3週のピレネーにおいても、カラパス、ヴィンゲゴーといった強敵たちを相手取り、冷静に、そして余裕すら見せながら危なげなくステージ2連勝を果たしたことから見ても、彼がこのツールの頂点に相応しい唯一の男であることは間違いなかった。
しかも、「挑戦者」として、驚きをもって迎えられた昨年の勝利に続き、「王者」として、警戒される中で掴んだ「2勝目」は、昨年以上に難しく、そして価値あるものだったに違いない。
このまま、彼は、2010年代の「最強」クリス・フルームですら成し遂げられなかった「5勝クラブ」入りを果たしてしまうのだろうか。
今回は、そんな未来を占うための、今大会におけるタデイ・ポガチャルの「戦略」と、そしてそれを支えるUAEチーム・エミレーツの「進化」について語っていきたい。
目次
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第1週目 ポガチャルの「大破壊」
今年のツールのポガチャルは、第1週アルプスでの「凄惨な」攻撃から始まった。
すでに第5ステージの個人タイムトライアルで、世界最高峰のTTスペシャリストであるシュテファン・キュングすらぶち抜いて勝利したことでそのコンディションの高さを見せつけていたポガチャル。
アルプス突入前夜となる第7ステージでは、序盤に総合1位マチュー・ファンデルプールや総合3位ワウト・ファンアールトを含む強力かつ大規模な逃げが生まれたことで、UAEチームが総出で集団牽引をする必要に迫られた。
他ライバルチームもこれに一切の協力を行わなかったことで、UAEチームのアシスト陣が早くも崩壊。
「チーム力」がポガチャルの弱点であることを改めて印象付けられた中で今大会最初の山岳決戦、アルプス2連戦に突入したわけだがーーそこで繰り広げられたのは、ポガチャルによる「大破壊」であった。
まずは第8ステージ。1級ロム峠と1級ラ・コロンビエール峠を越えてル・グラン・ボルナンへと至る、3年前のツールでジュリアン・アラフィリップが独走勝利を果たしたレイアウト。
その、フィニッシュまで残り30㎞以上を残したロム峠の登りの途中で、ポガチャルは文字通り「飛び立った」。
唯一ついていけたのはリチャル・カラパスのみ。そのカラパスも間も無く突き放されて、ポガチャルは独走を開始した。
2年前のブエルタでも彼は同様に軽やかなアタックからの独走勝利を決めた。
今年のジロ・デ・イタリアでも、エガン・ベルナルが同じように強力な独走劇を見せてくれた。
しかし、いずれも3週目や、少なくとも2週目。
まさか、第1週の、最初の本格的な山岳ステージで、いきなり30㎞以上を独りで駆け抜けてしまうなんて・・・。
この日、ポガチャルはライバルたちに対して実に3分20秒ものタイム差をつけてフィニッシュした。
しかも翌日の第9ステージでも、同様に終盤単独で抜け出してカラパスたちライバルに32秒差をつけてフィニッシュ。
これで、第1週終了時点で、カラパスやヴィンゲゴーらに総合タイム差5分。
エンリク・マスが最初の休息日ですでに「(総合優勝ではなく)表彰台を巡る争いが始まる」という事実上の「敗北宣言」を掲げるほど、圧倒的な状況をポガチャルは作り上げてしまった。
それも、たった一人で。
この勢いのまま、最終日まで突き進んでしまうのか。
その予想はある意味では的中し、ある意味では違った様相を見せることとなる。
第2週目 ポガチャルの「敗北」
第2週の勝負所となったのは、第11ステージ、「モン・ヴァントゥ2回登坂」ステージ。
ワウト・ファンアールトが衝撃的な独走勝利を飾ったこの日、2回目のモン・ヴァントゥの登りの末に、山頂まで残り4㎞地点で先頭はミハウ・クフィアトコフスキ、リチャル・カラパス、タデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴー、リゴベルト・ウラン、アレクセイ・ルツェンコ、エンリク・マス、ウィルコ・ケルデルマンの8名だけに。
残り2㎞でクフィアトコフスキとマスも遅れ、いよいよ総合有力勢だけに絞り込まれたとき、残り1.5㎞で最初に動き出したのは、ユンボ・ヴィスマの若きデンマーク人、ヴィンゲゴーであった。
すぐさまポガチャルが反応。ケルデルマンとルツェンコは完全に脱落し、ウランとカラパスもかろうじてついていくものの少しずつギャップは開いていった。
さらに山頂まで残り1㎞。
再びヴィンゲゴーが加速すると、ついに、ポガチャルが突き放された。
第1週で無敵を感じさせる走りを見せていたタデイ・ポガチャル。
しかしこのモン・ヴァントゥで、彼は初めて弱みを見せる。
もちろん、カラパスを含むその他のライバルたちにはそれでもリードを残しており、彼が1週目に比べて弱くなったというよりは、それ以上にヴィンゲゴーが強かったというのが事実ではあるだろう。
結果的にヴィンゲゴーはポガチャルから30秒をリードしたまま、モン・ヴァントゥの山頂を越えた。
だが、ポガチャルは冷静だった。
むしろ、1週目にあの大量リードを手に入れたことを元手に、この登りで無理にヴィンゲゴーについていき致命的な失速を迎えるよりは、冷静に、挽回可能な走りを意識していたのかもしれない。
何しろこの日は山頂フィニッシュではない。実際に、彼は後続から追いついてきたウランとカラパスと合流し、下りで猛追。
最終的にはヴィンゲゴーに追いつき、同タイムでのフィニッシュを実現した。
ヴィンゲゴーはたしかに強かった。それはもしかしたら、ポガチャルを凌駕する可能性すらあった。
しかしポガチャルは冷静だった。そして、1週目に大きなリードを手に入れておくという、2010年代のフルームが好んだ作戦がここまで実にうまくいっていた。
だが、フルームはそのリードを、今度はスカイという最強チームによって守護され続けたことが、成功の鍵となっていた。
ポガチャルはその点、どうなのか? 昨年も、そして今年のここまでの走りにおいても、彼は常に最終盤に1人。
ここまでも彼1人の力で、この大量リードを作り上げてきたようにも思う。
モン・ヴァントゥの登りでの彼の「敗北」が、スタートダッシュを決めた彼の「失速」の予兆であったとすれば、第3週は彼にとって鬼門になりうるのでは?
そしてそのとき、彼を支えるのは何よりも、チームの存在であるはずだ。
果たして、UAEチーム・エミレーツは、「王者」ポガチャルの従者たりうるのか?
その答えが、第3週において明らかとなる。
第3週目 UAEチーム・エミレーツの進化
ツール・ド・フランス2021に用意された山岳ステージは6つ。
1週目のアルプス。2週目のモン・ヴァントゥとアンドラ。そして3週目のピレネー。
そのうち、厳密な意味での山頂フィニッシュは最終週ピレネーに用意された2つの山岳ステージのみ。しかしこのいずれもが、超級山岳の山頂にフィニッシュする、非常に厳しいステージとなった。
まずは第17ステージ。1級ペイルスルド峠から1級ヴァル・ルーロン・アゼ峠を経て超級ポルテ峠へと至る、3年前のツール・ド・フランスの「65㎞超短距離ステージ」と同じ終盤レイアウトをもつステージだ。
ここまで山岳ステージでもUAEチーム・エミレーツが早々に集団コントロールを手放し、結果大規模な逃げ集団による逃げ切りが決まり続けていた今年のツール・ド・フランスだったが、この日と次の第18ステージはともに、不思議なくらいに逃げメンバーも少なく、また驚異の少ないメンバーであった。
そしてUAEチームのアシストたちもこれをしっかりとコントロール。第17ステージは最大8分ほどまでタイム差は開いたが、逃げメンバーが平坦系の選手が多めであることも相まって、山岳エリアが始まると着々とタイム差が減少。
最後のポルテ峠の登りに差し掛かった時点で、先頭を単独で逃げ残っていたアントニー・ペレスとメイン集団とのタイム差は4分。逃げ切れるとは到底思えないタイム差であった。
そしてここからはUAEチーム山岳班の仕事である。ダヴィデ・フォルモロ、ブランドン・マクナルティ、そしてラファウ・マイカの3名がポガチャルの前に立ち、集団を牽引。
それはここまでのステージではあまり見かけない光景であった。
山頂まで残り12㎞でマクナルティも仕事を終えて脱落。ポガチャルのアシストはマイカ1人となった。
そこから残り8.4㎞まで。
途中、イネオス・グレナディアーズのヨナタン・カストロビエホに先頭を奪われそうになる場面もあったが、すぐさまそれを奪い返し、むしろ彼とゲラント・トーマスを脱落させるほどのペースを刻んでいった。
ラファウ・マイカ。
元々はペテル・サガンやアルベルト・コンタドールと共にティンコフ・チームで走り、2014年と2016年にはツール・ド・フランスの山岳賞を獲得。2015年のブエルタ・ア・エスパーニャでは総合3位にまで上り詰めた。
2017年にはサガンと共にワールドツアーチーム化を果たしたボーラ・ハンスグローエに移籍。その総合エースとして走る機会を得ることとなった。
しかし、以後のマイカは思うような走りはできず。チーム内で2019年ツール・ド・フランス総合4位のエマヌエル・ブッフマンなどが台頭していく中、チーム離脱を決めた。
それは2020年代最も活躍することが期待されている新時代のエース、タデイ・ポガチャルの筆頭アシストとして。
シーズン序盤のUAEツアーやティレーノ〜アドリアティコではあまり存在感を示せなかったマイカだが、前哨戦ツアー・オブ・スロベニアでは総合4位。
そしてこのツールでも、初週で活躍したフォルモロに代わり、3週目に向けて尻上がりに調子を上げていった。
そしてこのクイーンステージたる第17ステージ。
そのラスト12㎞から8.4㎞まで集団の先頭を堂々と牽引した末に、彼はエース、ポガチャルを空に放った。
あとは、ウランもオコーナーも遅れ、ポガチャルとヴィンゲゴーとカラパスの「3強」による激戦。
そしてその果てに、カラパスの不意打ち気味のアタックでヴィンゲゴーが突き放される場面もありながらも、ポガチャルはカラパスの後輪に貼り付き続け、そして最後はこれを突き放して今大会2勝目を飾った。
深い霧に包まれた真っ白なポルテの山頂で、マイヨ・ジョーヌに刻まれたチームのロゴを誇らしげに示しながら。
そして、山岳最終決戦。
第18ステージ。超級トゥールマレーと超級リュス・アルディダンに彩られた、ピレネーの最終山頂フィニッシュ。
その最後の登り、リュス・アルディダン(登坂距離13.3㎞、平均勾配7.4%)の登りで最初に集団をリードしたのはイネオス・グレナディアーズ。
とくにここまでなかなか調子を上げきれていなかった昨年ジロ覇者テイオ・ゲイガンハートが、限界ギリギリの表情とダンシングで懸命にペースを上げていく。
それを引き継いだミハウ・クフィアトコフスキもまたペースを上げ、集団は一気に30名を切るほどに絞り込まれていく。
残り5.4㎞。
クフィアトコフスキも仕事を終え、一旦ペースが緩んだ集団の先頭に躍り出たのが、この日もラファウ・マイカであった。
最後の5㎞で逆転を狙って飛び出す選手たちが現れないように、マイカは最後の仕事に赴く。
この牽引により、ワウト・ファンアールト、ワウト・プールス、そしてダヴィド・ゴデュといった強豪選手たちも落ちていく。
そして残り3.3㎞。
マイカの牽引によって縦に長く引き伸ばされた集団の先頭から、ポガチャルがアタックした。
もちろん、それは第1週のアルプスのように、一撃でライバルたちを突き放せるような強力さはなかった。
その意味で今回のポガチャルはたしかに「スタートダッシュ」スタイル。すなわちハイコンディションを1週目において、そこで大きくタイムを稼いでマージンを取るという戦略だったようだ。
だが、それを無事に終わらせるためには、3週目にはチームにしっかりとエースを守れる底力がないといけない。
2010年代のスカイにあったその力が、UAEチーム・エミレーツにはあるのか?
その疑問への答えが、この3週目の2つの山岳ステージで最低限の逃げしか許さなかった平坦チーム(ミッケル・ビョーグやヴェガールステーク・ラエンゲンなど)の力であり、そして最終盤までその傍に残り、ポガチャルが単独で戦える局面までライバルのアタックを封じ込めつつペースを維持する山岳チーム(フォルモロ、マクナルティ、マイカなど)の力であった。
それはかつてのスカイ(そして今のイネオス)やユンボ・ヴィスマ、あるいはバーレーンやアスタナなどと比べてもまだ力不足かもしれない。
それでも彼らが昨年よりも着実に進化し、「王者」ポガチャルを戦略的に支えようとしつつあることは確かであり、そしてその中心にいるのが、その目的を果たすために強く求められ移籍してきたマイカなのである。
マイカはその期待に応えた。
そしてこれから始まるポガチャルの「5勝」に向けた道のりの中で、彼はより重要な役割を果たしていくことになるだろう。
タデイ・ポガチャルは「5勝」を実現するのか。
その問いに対する答えの鍵は、彼自身の実力とそれを支えるチーム力。
前者については申し分ない。今大会、3週目に至るまで彼の強さは安定していた。モン・ヴァントゥでは落ち着いた判断でタイム差なしでのフィニッシュを実現し、第17ステージでも第18ステージでも、カラパスやマスの最後の決死のアタックを自ら集団の先頭に立って捉え、その前でフィニッシュを果たしている。
最終的に彼は限界を迎えることなく、余裕をもって勝利に至っていた。ログリッチなど彼に匹敵するライバルが不在の中で、文字通り「余裕の勝利」を果たすことに成功していた。
そしてチーム力もまた、第3週に至り一定の進化を見せた。まだ、最強を支える最強のチームとは言える状態ではないながら、決してポガチャル1人で戦わざるをえないという状況ではもはやない。着実に、彼のためのチームとして進化しつつある。
すでに、ユンボ・ヴィスマ・ディヴェロップメントチームで活躍していたフィン・フィッシャーブラック(19歳のニュージーランド人。今年のU23国内TT王者にしてベルギー・ツアー総合4位の実力者)のシーズン途中での獲得を果たし、2024年末までの契約を結んでいる。
8/1以降判明する新たなる移籍戦略の行方も、非常に気になるところではある。
一方、外的要因も気になるところだ。
今年は残念ながら落車をきっかけにして途中リタイアとなってしまったライバル、プリモシュ・ログリッチと、今年タイム差こそ開いていたものの、一度はポガチャルを凌駕したヨナス・ヴィンゲゴー。
そして、今年のジロで見事な「復活」を果たしたエガン・ベルナル。
「あと3勝」を阻む同世代のライバルたちは非常に多く、そこに、進化したレムコ・エヴェネプールやトム・ピドコックなどがどう絡んでくるか。
もちろんまだ見ぬ才能も、かつてのポガチャルが突如として現れ、一気に台頭してきたときのように、今は見えてなくとも、この数年以内に突然姿を現してくる可能性はあるだろう。
「5勝」は十分に可能。そしてそれは、これから先のチームの進化が重要なポイントでもある。
ポガチャルだけでなく、このUAEチーム・エミレーツの未来にも引き続き注目していきたい。
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