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ルシンダ・ブラントが女子シクロクロス史上初となる「グランドスラム」を達成するまでの軌跡

 

グランドスラムといえばテニスにおける四大大会制覇を意味する言葉であるが、シクロクロスの世界においてもこの言葉が使われる。

それは3大シリーズ戦(UCIワールドカップ、スーパープレスティージュ、X2Oバドカマー・トロフェー)と世界選手権の全てを同年の間に制するという偉業である。

男子の方ではシクロクロス界の「カニバル(人喰い)」と呼ばれたスヴェン・ネイス、そして世界選手権を3度制しているマチュー・ファンデルポール最大のライバル、ワウト・ファンアールト。この2人がすでにグランドスラムを達成している(それぞれ2005年、2016年)。

 

しかし女子においては未だかつて1人も達成していない。

ベルギー国内選手権11連勝の「女王」サンネ・カントも、世界選手権7回制覇の「最強」マリアンヌ・フォスも達成していない。

 

そんな高き壁であったグランドスラムを、今年、ルシンダ・ブラントが達成してみせた。

史上3人目、女子界では初となる、グランドスラム達成。

その栄誉を、これまで1度たりとも3大シリーズ戦・世界選手権を制したことがない「無冠の女王」が掴み取ったのである。

 

だがもちろん、それは決して簡単な道のりではなかった。

今回は、シクロクロス2020-2021シーズンにおける彼女の軌跡を辿りつつ、歴史に残るその快挙達成の瞬間を振り返っていきたいと思う。

 

目次

 

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ルシンダ・ブラントという選手

1989年7月2日、オランダの南ホラント州・ドルドレヒトで生まれる。

元々はロードレースで活躍しており、2013年にはラボバンク・Livチームに加入し、オランダ国内選手権で初優勝。2014年には女子ワールドカップの1戦であるGP・ド・プルエー(男子でいうところのブルターニュ・クラシック)で逃げ切り優勝し、2015年には2度目のオランダ国内選手権制覇と、女子ロード界最高峰のステージレースであるジロ・ローザで区間2勝を遂げる。

 

クラシックでもその強さは存分に発揮され、上記のGP・ド・プルエーのほかは2016年のヘント〜ウェヴェルヘムで3位、2018年のアムステルゴールドレースで2位、そして2017年のオンループ・ヘットニュースブラッドでは優勝している。

2019年に新たに始まった世界選手権におけるミックスリレー(1つの国につき男子3名チームと女子3名チームでリレーするチームタイムトライアル)ではオランダ代表の1人に選ばれ、見事金メダルを獲得している。

逃げ切り、TTを得意とする高い独走力と、それで逃げ切った小集団の中でしっかりと勝ちを掴むスプリント力、そして悪路への適性。

すべてにおいてシクロクロスに向いた脚質をもつ女、それがルシンダ・ブラントだった。

Embed from Getty Images

 

しかし、彼女の中心はあくまでもロードレース。シクロクロスに本格的に参戦し始めたのは2016-2017シーズンくらいからで、それまでは年に数回程度しかUCIレースには参加していない。

2016-2017シーズン以降もあくまでもロードレースのスケジュール優先でシクロクロスには一部しか参加していなかったため、勝ち星を何度か拾う程度には強かったものの、3大シリーズ戦では参戦数自体が少ないために順位は低くあり続けた(昨シーズンまでで最も順位が高かったのが2019-2020シーズンのUCIワールドカップ7位と、2018-2019シーズンのUCIワールドカップ11位くらいなものである)。

国内選手権では2度(2018年・2019年)勝っているものの、ヨーロッパ選手権では2位が2回、世界選手権では3位が2回に2位が1回。勝ち切れない状況が続いていた。

 

女子シクロクロス界では間違いなくトップクラスの実力の持ち主。

しかし、3大シリーズ戦の1つも獲ったことがなく、世界選手権もヨーロッパ選手権も獲ったことがない。

「無冠の女王」、それがこのブラントという選手の特徴であった。

 

 

だが、2020年シーズンは新型コロナウイルスの影響によりロードレースのスケジュールも大幅に崩れ、シクロクロスのカレンダーの開始も遅くなった。

そこでブラントはこのシーズンを、これまでにないくらいにシクロクロスに集中することに決めた。

ロードレースのカレンダーが再開されたあとも最小限の出場に留め(彼女の2020シーズンのロードレース出場日数はわずか9日!)、男子シクロクロス界最強の男スヴェン・ネイスの指導を受けながら、来るべきシクロクロスシーズンに向けて備えていた。

 

 

絶好調のシーズン

シーズン序盤こそ、「いつもの彼女」のように思えていた。

10/11開催のスーパープレスティージュ第1戦「ギーテン」、10/24開催のスーパープレスティージュ第2戦「ルッデルフォールデ」はともに3位。

10/31開催のX2Oトロフェー第1戦「オウデナールデ(コッペンベルフクロス)」は2位に終わり、11/7に開催されたヨーロッパ選手権では、悔しい思いを味わった昨年の世界選手権と同様にセイリン・アルバラードとアンマリー・ウォルストに敗れての3位であった。

強いのに、勝ち切れない。そんな実にブラントらしいシーズンの滑り出しであった。

 

しかし、ヨーロッパ選手権の4日後、11/11開催のスーパープレスティージュ第3戦「ニール」を皮切りに、年内最後のUCIワールドカップ第3戦「デンデルモンデ」まで行われた11回の3大シリーズ戦のうち、負けたのはわずか2戦だけ。しかもその2戦も、2位は守りきったのである。

 

まさに、マチュー・ファンデルポールを思わせるような圧倒的な勝率。

当然、3大シリーズ戦の総合順位はすべて1が並び、次第に彼女の「グランドスラム達成」の可能性を感じさせる状況になり始めていた。

 

 

だが、この彼女の「絶好調」シーズンの裏で、本来の力を発揮し切れずにいたのが昨年の世界王者セイリン・アルバラード。

ドミニカ共和国出身のオランダ人で、今年23歳の「新鋭」である。

にも関わらず、彼女はエリート初年度の昨シーズン、30戦16勝という驚異的な勝率を記録。表彰台を逃したレースもわずか3戦であった。

3大シリーズ戦においてもスーパープレスティージュとDVVフェルゼクリンゲン・トロフェー(現X2Oバドカマー・トロフェー)の2つを総合優勝。UCIワールドカップも総合2位と、実は「グランドスラム」まであとごくわずか一歩であった。

 

そんな、新時代の最強候補アルバラードだったが、今シーズンはイマイチな走りが続く。

それこそシーズン序盤は悪くなく、ブラントが逃した最初のスーパープレスティージュ2戦を連勝。エリートカテゴリとしては初挑戦となったヨーロッパ選手権でもしっかりと勝利を掴んだ。

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しかしその後は、調子を上げていくブラントと入れ替わるようにして低調に。12/12開催のX2Oトロフェー第3戦「アントウェルペン」では23位と大失速。

ブラントだけでなくデニーセ・ベツェマやクララ・ホンシンガーにも敗れることが続き、明らかに前年の勢いを失っていた。

 

 

このままブラントが今シーズンを完全制覇してしまうのか?

ブラントを止める者は現れないのか?

 

しかし、年が明けて2021年に突入をした頃から、少しずつブラントに「息切れ」が出てくる。

 

 

苦戦の1月、そして世界選手権

 無敵とも言える絶好調のシーズンを過ごしてきたブラントだったが、1月に入ってから少しずつその勢いに僅かな翳りが見えてきた。

象徴的なのが、1/1開催のX2Oトロフェー第5戦「バール(GPスヴェン・ネイス)」から世界選手権までに開催された3つの3大シリーズ戦レースで全敗。しかも、そのうちの1つ、1/23開催のX2Oトロフェー第6戦「ハンメ(フランドリアンクロス)」では今シーズン初となる表彰台外の4位。

明らかに、年内までの絶好調ぶりが失われていた。

 

一方で調子を上げてきていたのがアルバラードだった。

1/1の「バール」では最終周回でブラントと死闘を繰り広げ、年内の彼女なら突き放されて終わっていたであろうブラントの最後のペースアップにも粘り強くついていき、最後はカウンターで抜け出してブラントを突き放して勝利した。

 

その後も1/23のX2Oトロフェー第6戦「ハンメ(フランドリアンクロス)」と1/24のUCIワールドカップ最終戦「オーベレルエイセ」で立て続けに勝利。

昨年の女子シクロクロスを席巻した彼女本来の強さが完全に取り戻されたかのような走りを見せていた。

 

 

思わぬ不調に苦しむブラント。

本来の力を取り戻しつつあるアルバラード。

ブラントの「グランドスラム」において最大の鬼門となると思われていたこの世界選手権を目前にして、その行方は全くわからなくなっていた。

 

 

そして迎えた世界選手権当日。

1月30日土曜日の午後。

男子U23のレースを終えたのち、女子エリートのレースが開始される。

 

舞台となるのはベルギーの北海沿いの街オーステンデ。

北海に面した大型砂浜サンドセクションと、細かいアップダウンと濡れた芝生が特徴の競馬場エリア。

そしてこの2つを結ぶ大型のフライオーバー。

大きく分けてこの3つのパートで構成されるコースは、それぞれ得意とするタイプが全く違う、セクションによって順位の入れ替わりも激しくなりそうな、バランスの取れた良コースであった。

www.ringsride.work

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天気は生憎の雨。前哨戦の男子U23レースのときよりもさらに激しい雨が降り注ぎ、砂地は固く、そして芝生はよりスリッピーに仕上がっていく。

 

ホールショットを獲ったのが、調子が上向きと思われていたディフェンディングチャンピオン、アルバラード。

しかし第1コーナーでいきなり落車した彼女は、その時点で大きく出遅れてしまっただけでなく、その後うまく立て直し切れないままずるずると遅れて行ってしまう。

すでに一度制している世界選手権とはいえ、この大舞台において彼女は大きな精神的ビハインドを背負ってしまっていたようだ。

これがある意味若さなのかもしれない。これを一つの経験として、さらなる成長を遂げていってほしい。

 

そして、アルバラードが脱落した今、ブラントに最大のチャンスがーーと思っていた中で、単独での先行を開始したのがデニーセ・ベツェマ。

今年この時点ですでに4勝。3大シリーズ戦でも2勝しており、ブラント、アルバラードに続く実力者ではあった。

そんな彼女が、とくに難関の砂浜地帯を軽快に乗り越え、ブラントたちとのギャップを開いていく。

そして2周目終了時点ではブラントら2位集団に11秒差をつけるほどであった。

 

だが、ベツェマは逸りすぎた。

世界王者の座を掴み取る最大のチャンスのために、彼女は1周目からオーバーペースすぎる走りを続けていたことで、3周目(全部で5周)にはミスも多くなり、ペースが一気に落ちることとなった。

 

それと入れ替わるようにして調子を上げてきたのがルシンダ・ブラント。

1月以降、彼女の走りは明確に「スロースターター」となっていた。序盤は驚くほど後方に沈み、レース後半にかけて徐々に本来の力を取り戻し挽回していく走り。

1月以降のレースではその結果序盤の遅れを取り戻し切れず、最終的には良い走りをしているのに勝てない、ということが続いていたが、この世界選手権においてはここでしっかりと先頭のベツェマに追いついてみせた。

 

ここでもう1人。

ブラント、アルバラード、ベツェマと並ぶ、今年4番手の女、アンマリー・ウォルスト。

3周目終了時点では先頭から8秒遅れだった彼女が、4周目を終了するまでに先頭の2人に追いつき、そして最終周回をこの3名が並んで突入することとなる!

 

さすがのベツェマもいよいよ集中力が途切れ、ミスによって後退。

一方のウォルストはコース後半の競馬場区間でなんとブラントの前に抜け出す場面が見られる。

今年26歳のウォルスト、まさかの世界王者獲得かーーと思ったところで、ヘアピン区間で少し膨らんでしまい、このイン側をブラントに追い抜かれそうになったところで彼女の方向に体を傾けたところ、足を滑らせて転倒してしまった!

 

これをうまくかわしてみせたブラントが、そのままウォルストを突き放す。

最後の最後は丁寧な走りで、フィニッシュラインを先頭通過した。

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彼女にとって初の世界王者。

そして「グランドスラム」達成に向けた最大の壁と思われていたこの世界選手権での勝利によって、彼女は一気に自信をつけることとなった。

 

 

しかし、やはりグランドスラムはそう簡単ではない。

ルシンダ・ブラントは最後の最後まで、苦戦し続けることになる。

 

 

秒差の結末

世界選手権を制したことで、残りは3大シリーズ戦を制するのみ。

UCIワールドカップは世界選手権前に最終戦「オーベレルエイセ」が開催されており、ブラントが危なげなく総合優勝。

そして世界選手権の1週間後にスーパープレスティージュも最終戦「ミッデルケルケ」を開催しており、ここでは総合首位ブラントと総合2位アルバラードとのポイント差が3ポイントということで、逆転の目がありうるレースとされていた。

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実際、この日はブラントがここ最近の「スロースターター」気味を発揮。

どろどろの路面にサンドセクションや急坂、背の高いシケインなどが用意された難易度の高いコースで、2周目終了時点では先頭から1分遅れの7位に落ち込んでいた。

一方、このブラントより4位以上上回ってフィニッシュする必要のあったアルバラードは、先頭こそデニーセ・ベツェマに奪われているものの、序盤先行していたマノン・バッケルを追い抜いて2位に浮上。

このままの順位で推移していけば、逆転が達成される。

ブラントはまさかの危機に陥っていた。

 

しかし、確かに序盤こそ落ち込むものの、後半にかけて挽回していくのがここ最近のブラントの傾向。

5周回あるうちの3周目には、ベルギー王者サンネ・カントらを含む4位集団から力強く抜け出し、細かなミスを連発して失速していたバッケルすらも追い抜いて、アルバラードのすぐ後ろの3位にまで復帰していた。

 

 

結果的には、まったく問題のない形でブラントはこの2つ目の3大シリーズ戦も制覇。残るはX2Oトロフェーただ1つとなった。

 

しかしこのX2Oトロフェーこそが、ブラントにとっての最大のピンチをもたらすことになる。

そしてそれをもたらしたのは、今回この「ミッデルケルケ」でも圧勝したデニーセ・ベツェマであった。

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3大シリーズ戦のうち2つが終了したあとも、最後のX2Oトロフェーは2戦を残していた。

そしてその時点での総合成績は以下の通り。

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X2Oバドカマー・トロフェー2020-2021女子 第6戦までの総合成績

 

他2つの3大シリーズ戦と異なり、ロードレースのステージレースのように総合タイム差で競われるX2Oバドカマー・トロフェー。

総合首位ルシンダ・ブラントと総合2位デニーセ・ベツェマとのタイム差はわずか38秒。

 

もちろん、表彰台を外したことのなかった12月までのブラントであればこのタイム差もそこまで不安ではなかったものの、たとえば「ミッデルケルケ」では優勝したベツェマとブラントとのタイム差は1分8秒。

もちろん、ブラントも総合優勝が確実になった段階で足を緩めていた可能性はあり、単純に比較することは難しいだろうが、いずれにせよこのX2Oトロフェーの残り2戦こそが、ブラントにとってグランドスラムを達成する上での最後にして最大の鬼門であることは疑いようがなかった。

 

 

そして2/7(日)。

X2Oバドカマー・トロフェー第7戦「クラヴァーテンクロス」。

ベルギー・アントウェルペン州の街リールを舞台に、路面がうっすらと雪で覆われたスリッピーなコンディションで、運命の戦いの1戦目が開幕した。

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この日、ブラントは相変わらずスロースターターだった。

そしてベツェマは前日のミッデルケルケの好調さを引き継ぎ、2周目終了時点ではサンネ・カントと共に抜け出す格好に。

 

3秒遅れでヨーロッパ王者アルバラード、そしてルシンダ・ブラントはアンマリー・ウォルストと共に先頭ベツェマから12秒遅れの4位・5位に。

さらに1周目の中間(もしくはフィニッシュ地点)に設定されたボーナスタイムポイントを1位通過しているベツェマは、同じポイントを3位通過したブラントに対しボーナスタイム10秒分を獲得しており、タイム差はこれでバーチャルで16秒差に。

それはもはや、ないものと言っても良い程度の差であった。

 

 

だが、ブラントはここからが強い。

そしてベツェマもまた、逸る気持ちが故に前半からペースを上げすぎて後半ミスが増え始めてしまうという、世界選手権のとき同様のパターンを繰り返してしまっていた。

 

この日も、少しずつ先頭のベツェマはリードを失い、伴走していたサンネ・カントがシケインで落車したあおりも受けて失速したことで、アルバラードだけでなくブラントもまたベツェマたちに追いついてきてしまった。

 

そしてこの時点でのブラントはもはや付け入る隙のない状態となっている。

最終周回突入時点でこそブラント、カント、アルバラード、ブラントの4名が横並びでラインを通過したものの、その後はそこから抜け出そうと一気にペースアップ。

ベツェマもなんとか食らいつこうともがいたが、最終的には林の中の急坂でミスを犯し、先頭をいくブラントとアルバラードらに10秒近いタイムギャップをつけられてしまった。

 

 

結果としてこの日、勝ったのはセイリン・アルバラード。

しかし同タイムでフィニッシュしたルシンダ・ブラントは、デニーセ・ベツェマに対してタイムを失うどころか逆に13秒差をつけることに成功した。

ボーナスタイム分の10秒は奪われたものの、3秒差を取り返すことには成功した。

 

 

しかし、それでもまだタイム差は41秒。

ミッデルケルケでの1分差を考えれば、やはりまだまだ安心できるタイム差ではない。

緊張感を解くことは許されないまま、ついに最終戦――今年の3大シリーズ戦全体を通しての最終戦でもある——「ブリュッセル大学クロス」へと至る。

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ブリュッセル大学クロス。

その名の通り、ベルギーの首都ブリュッセルにある1834年創設の歴史あるブリュッセル自由大学の構内を利用したコースを使用している。

観客席スタンドを利用したような段差エリアなどテクニカルなレイアウトに、前節の「リール」同様にうっすらと雪が降り積もる。

 

この日もまた、序盤でブラントは遅れを喫していた。

まず飛び出したのは前節「リール」で勝利したセイリン・アルバラード。

そこにスターカジノ所属のアンナ・カイとベツェマがついていき、最初のボーナスタイムポイントではベツェマが3位通過。

これでまずはブラントから5秒を奪うことに成功した。

残り36秒。

 

 

続いてアルバラードが一人抜け出して完全な独走態勢。

世界選手権ではあまりにも悔しい序盤脱落を喫した彼女が、このシーズン終盤戦で再び本来の強さを取り戻したかのようだ。

今シーズンはブラントに完全にしてやられたものの、来シーズンは再び「王者」奪還を果たしてしまいそうな勢いを感じさせた。

 

ベツェマはこのアルバラードから20秒遅れで追いかける。最終的に彼女に追い付けないかもしれないが、もはやことここに至り優勝などどうてもいい。大事なのは、後続のブラントとのタイム差である。

しばらくは5~10秒程度のタイム差でベツェマを追っていたブラントだったが、最終周回に入ってからペダルに氷が詰まるというアクシデントが発生。

ベツェマとのタイム差が20秒近くに広がった。

 

これが36秒を超えれば、ベツェマに逆転される。

最後の最後で、ブラントは最大級の危機に陥ることとなる。

 

 

勝ったのはアルバラード。

今期10勝目。3大シリーズ戦では総合2位が2つとこのX2Oトロフェーで総合3位。

悔しさは残りつつも、最後の最後はしっかりと締めることができた形に。

 

一方、ベツェマはそこから6秒差でフィニッシュ。

追いつくことはできなかったが、女子シクロクロス界現役3番手の実力者であると証明するような素晴らしい走りであった。

 

 

そして、ブラントは?

すでに20秒は過ぎ去っており、間もなく25秒に到達する。

 

そして30秒――を目前にして、現れるブラント。

そして、彼女がラインを乗り越えた瞬間、それはベツェマのフィニッシュから31秒後のことであった。

 

「総合タイトルも失ったかと思った」と、フィニッシュした瞬間のことを振り返るブラント。

しかし彼女は、わずか5秒という僅差でそのタイトルを護り切ることに成功していた。

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X2Oバドカマー・トロフェー2021女子 最終総合成績

 

 

かくして、ルシンダ・ブラントは、これまでの女子シクロクロス界で実現したことのなかった「世界王者+3大シリーズ戦全制覇」という偉業を達成することになる。

それも、これまでそのいずれのタイトルを1つたりとも実現したことのなかった「無冠の女王」が、である。

 

来シーズン、彼女がどのような走りを見せるのかはまだわからない。

女子ロードレースが本来の姿を取り戻してレースが継続されるようであれば、再びそちらに集中することになるのかもしれない。

女子シクロクロス界はセイリン・アルバラードを筆頭に、クララ・ホンシンガー、カタ・ヴァスといった若手選手たちが新たな世代を形成していくことになるのかもしれない。

 

それでも、この2020-2021シーズンにおいてルシンダ・ブラントが成し得た偉業は、過去のマリアンヌ・フォス、サンニ・カントらと並び、これからも語り継がれていく女子シクロクロス界の歴史となるだろう。

 

しかしその道のりが決して簡単なものではなかったこと。

そしてそこには多くのドラマがあったことが、この記事で少しでも伝われば幸い。

とはいえ、シクロクロスというのはロードレースとはまた違って、その魅力を言葉で伝えるのが非常に難しい(あるいは自分がまだ慣れていない)。

ゆえに、ぜひ少しでも興味を持った人には、来シーズンのシクロクロスを視聴してもらいたい。

この記事が、シクロクロスおよび女子レースへの振興に少しでも貢献できたとすれば、非常に喜ばしいことである。

 

 

グランドスラムの定義について

最後に、ある意味でここまで書いてきたことをすべてひっくり返すようなことを告白する。

たしかに、不思議だったのだ。グランドスラムというのは明らかに歴史的な偉業であるにも関わらず、海外サイトでは不思議なほどに言及されていないことに。

 

そのヒントの1つになるのが以下のツイートだった。

 

実際、UCIでルールとして定められているわけではないため、曖昧なところは多い言葉なのは確かだろう。ゆえに海外の主要メディアでも異様なほど不思議に使われない様子が見受けられる。

一応、海外サイトでも言及しているところはある。

Lucinda Brand’s 2020-2021 dominance culminates in cyclocross Grand Slam | UKBikePark.com

Lucinda Brand wins "grand slam" of cyclocross - RideCX

 

よって、この記事でも盛んにグランドスラム、グランドスラムと喧伝しているものの、決して「はっきりとした言葉」ではないことは最後に付け加えておく。

 

とはいえ、この「国内選手権」を含めた定義だとしても、今年はオランダ国内選手権が中止されてしまったというどうしようもない事情があること、そしていずれにせよ「世界選手権+3大シリーズ戦全制覇」という偉業を過去に女子シクロクロス界では実現したものがいなかったことは事実。

言葉の問題だけであり、その価値が減衰することはない。

 

 

いずれにせよ、目を瞠るような素晴らしい結果を出したルシンダ・ブラントのこれからの活躍にさらなる期待を。

 

 

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