ついに開幕したジロ・デ・イタリア2021。
その第1週も第8ステージまでが消化されていったが、そのうち比較的純粋な集団スプリントでの決着となったのが第2・第5・第7ステージ。
ティム・メルリールによるグランツール初勝利、そしてカレブ・ユアンの圧倒的なスプリントによる2勝など、まとめてみると以下の通りとなる。
以下では、この3ステージのスプリントにおける位置取りや動きを丁寧に振り返っていく。
それぞれの勝者はなぜ勝てたのか? その強さの秘訣や、それを支えるチームの働きを徹底的に解説していく。
また、勝てなかった選手たちには何が足りなかったのか? も分析しつつ、残りの数少ない平坦ステージに向けての展望としていきたい。
スプリントの勝利は決して個人の実力だけに依るものではない。
一瞬で終わるスプリント決戦も、丁寧に分析していくとそこに隠れた奥深い戦略やチームワークが数多く隠れており、実に味わい深いものとなる。
皆さんがよりロードレースを楽しむ参考になれば幸い。
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目次
- 第2ステージ ヴィヴィアーニの敗因とメルリールの強さ
- 第5ステージ ユアンの圧倒的強さの証明
- 第7ステージ 混戦を制したロット・スーダルのチーム力
- 最強スプリンター&チームはどこ? チクラミーノ争いの展望も
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第2ステージ ヴィヴィアーニの敗因とメルリールの強さ
今大会最初の集団スプリントステージとなった第2ステージ。当然、どのトップスプリンターも、今年のグランツールにおける最初の栄誉を掴み取るため、全力で挑むこととなった第1ステージであった。
残り3㎞を切るまではイネオスやモビスター、バーレーンなどの総合系チームによる危険回避の動きが中心であったが、残り2㎞を切ってからは集団の右手からディラン・フルーネウェーヘンのためのユンボ・ヴィスマ・トレインが、エドアルド・アッフィニを先頭に加速。ティム・メルリールはそのトレインの後方に、アシスト2枚を携えて陣取っていた。
残り1.2㎞からはボーラ・ハンスグローエのダニエル・オスがペテル・サガンのために猛牽引。
そして残り700mの時点で、コフィディス・ソルシオンクレディのシモーネ・コンソンニがエリア・ヴィヴィアーニを引き連れて集団の先頭にまで上がってきた。
しかし、残り700mですでにアシスト1枚というのは、あまりにも早すぎた。
これは、今大会決して調子が悪くないはずのヴィヴィアーニ&コフィディスにとって、まず最初の決定的なミスであった。
そしてもう1つ、これはステージレースにおけるロット・スーダルの「お決まりパターン」ではあるのだが、相変わらずその最初のスプリントステージにおけるカレブ・ユアンの位置取りが非常に悪い。
今回も、残り600mのラウンドアバウト直後、縦に伸びた先頭集団から少し千切れる形で13番手として(ユアンかアシストか不明だが)ロット・スーダルの選手がいるという状態。
もうこの時点で、彼に勝負権など存在しなかった。
さて、残り400mを切ってコンソンニが外れると、集団の先頭はモラノに。
ヴィヴィアーニはモラノの後ろでアシストもおらず、仕掛けのタイミングを探るしかなかった。
本来、スプリンターが最も勝負を仕掛けるべきタイミングは、早くても150m程度。
200m以上離れると、一発のスプリントで勝利を狙うには少し遠すぎるというのが一般的であった。
だが、モラノの強すぎる牽引力でヴィヴィアーニの後ろのクリーガーとリケーゼが脱落してしまうと、その後ろに控えていたメルリールとガビリアは突然、丸裸にされてしまう。
まだフィニッシュまで250m。
あまりにも早すぎる仕掛けであったが――ここで、メルリールはスプリントを開始する。
そしてこれを見たガビリアも、メルリールとは反対側からスプリントを開始。
これが、ターニングポイントとなった。
そもそも、モラノとヴィヴィアーニの右側の隙間はあまりにも狭すぎ、普通に考えれば抜けられると判断するのは厳しいものがあった。
しかし、ガビリアは2017年のジロ・デ・イタリアでマリア・チクラミーノを獲得したとき、こういった狭いコースを見事に駆け抜けて勝利を掴んだ経験がある。緩やかな右カーブ、イン側を通るこのルートを攻略できれば、メルリールに先着するチャンスはあった。
しかし、すでにガビリアはあの頃の「全盛期」ではなくなっていた。
結局、この彼の動きは無謀なものとなり、仕事を終えて失速するモラノとフェンス際で接触するという結果に。
そして左手からは猛烈な勢いで一気に先頭を奪い取ったメルリールが突き抜けていく形となった。
このとき、最も有利な位置にいたのはこのメルリールの番手を取ることに成功していたニッツォーロであった。
残り250mからのスプリントはあまりにも早すぎて、どこかで必ず失速する。
その残り100mとか50mでニッツォーロがスプリント開始できれば、十分に勝てる——はずだったのだが。
まさかの、そのまま先頭でフィニッシュを突き抜けることとなったメルリール。
最高時速は73.4km/h。
これこそが、ロードレース界の常識を打ち破るシクロクロッサーの真髄とでも言うべきか。
ニッツォーロは横に並ぶこともできず、2位フィニッシュとなってしまった。
この日、ヴィヴィアーニは仕掛けるタイミングが遅すぎた、と評されることも多いが、そもそもメルリールが仕掛けるのが早すぎたこと、そしてコフィディスのアシストが足りないなかで先頭に出るのが早すぎたことが敗因とも言える。
また、もしニッツォーロの位置にユアンがいたら、こういう局面での残り100mからの飛び出しスプリントの加速力は世界一のものがある彼にとっては十分に勝機のある展開であっただろう。
逆に、そのユアンさえいなければ無敵すぎるスプリントを見せてくれたメルリール。
彼はこの瞬間、名実ともに世界トップスプリンターの仲間入りを果たすこととなった。
第5ステージ ユアンの圧倒的強さの証明
パヴェル・シヴァコフ、そしてミケル・ランダといった総合争いでも重要な選手たちが次々と落車に巻き込まれるという波乱の展開の中で、最後の集団スプリントではしっかりと役者が揃っての正統派対決に。
今回も残り1㎞前後からボーラ・ハンスグローエが集団先頭を支配。残り500mを切った時点で先頭はダニエル・オス、その後ろにアルペシン・フェニックスのアレクサンダー・クリーガー、モラノ、サガン、パスクアロンと続いていた。
そして第2ステージではあまりにも先頭に出るのが早すぎたシモーネ・コンソンニだったが、この日は残り300~400mでヴィヴィアーニを引き連れて前に出てくるというベストなタイミング。
この動きに番手に着けていたユアンやそれを奪おうとしたメルリール、彼らの背後にいたガビリア、そしてクリーガーとモラノの番手に着けていたが彼らが失速し新たなタダ乗り先を探していたペテル・サガン、そしてリードアウターなしでコース左端から一気に先頭に飛び出そうとしていたニッツォーロといった面々がそれぞれ反応し、ラスト300mの戦いが始まった。
この中でメルリールはユアンと接触し、ヴィヴィアーニの背後を取ろうと進路を右に取ってきたサガンにも前を塞がれ、チェーンが落ちたことをきっかけに脱落する。
ヴィヴィアーニは残り200mを切って、今回は理想的なタイミングで先頭からスプリントを開始。
彼と彼のチーム的にはほぼ完ぺきだった。ただ、相手が強すぎた。
まずはカレブ・ユアン。いつも通り最初のスプリントステージで位置取りに大失敗した彼と彼のチームは反省し、いつも通り2回目以降はフィニッシュ直前のスプリントトレイン形成を諦め、とにかくユアンをラスト500mで先頭付近に運び上げることだけを優先。
そしてそれさえ成功すれば、彼は現役最強のタダ乗りプレイヤーであり、かつスプリンターである。
前日のガビリアが失敗したコース右端の隘路も、このノリノリのユアンであれば難なく通り抜けることが可能。
そしてヴィヴィアーニの番手という、必勝のポジションを手に入れることに成功した。
そしてもう1人恐るべき走りを見せたのがニッツォーロ。
残り300m近くから前に誰もいない空間を一気に加速していった彼は、発射台からスプリントを開始したヴィヴィアーニすらも超えて先頭に躍り出る。
純粋なスプリント力で言えば、今大会最強クラスの男であることは間違いない。
だが、問題はユアンがヴィヴィアーニの背後にいることであった。残り150mを通過してもなお、目の前に風除けが存在するというシチュエーションでこの位置にいられたとき、ユアンに勝てない理由など一切なかった。
あとは約束された勝利。2017年のジロ・デ・イタリアから始まる、出場グランツール5大会連続ステージ勝利を早くも実現した。
サガンとガビリアも、ポジションは悪くなかった。しかし2人とも、ヴィヴィアーニ(コフィディス)やユアンやニッツォーロが創り上げるハイスピードな展開に、完全に力負けしていた。
そしてニッツォーロは素晴らしい走りを見せていたにも関わらず、結果としてアシストがまったくいないがゆえの敗北という印象。
もし彼が、最高のアシストに導かれて、集団の先頭でスプリントを開始できる環境であれば、もっともっと勝ち星を稼いでいけることだろう。
—―おや、そういえば、ドゥクーニンク・クイックステップが今年、サム・ベネットの契約を解除すると言っていたが、その後釜が今のところまだ決まっていないとか・・・?
第7ステージ 混戦を制したロット・スーダルのチーム力
激しい悪天候の中総合争いが動いた第6ステージと、山岳2連戦となる週末とに挟まれたこの日、実に平穏な展開で終始した。
とはいえ、フィニッシュは決してイージーではない。残り1.7km地点に用意された最大勾配12%の激坂や、そこから連続する直角コーナーの存在など、混戦も予想されるレイアウト。
とくに、ユアンとロット・スーダルにとっては、第5ステージ同様の成功を収めるために、この危険なエリアでしっかりとユアンを先頭に置けるようコントロールし続けていく必要があった。
そして結論から言えばそれは成功した。
コフィディスが先頭で残り2㎞ゲートを通過したのち、残り1.8㎞でその前段階のアシスト(クルーゲ?)がジャスパー・デブイストとユアンを先頭から2番目という好位置にまで運び上げる。
フィニッシュ直前のリードアウトを必要としないユアンにとって、この時点でアシストが1枚というのは決して悪い状態ではない。
むしろ、このあとの激坂を前にして、この時点でこの位置というのはアシストを犠牲にしてでも最優先すべきポジション取りであった。
そして残り1.7㎞。
激坂で攻撃を仕掛けたのはアンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ。
そしてこれをすぐさま、デブイストが猛加速して捕えていく。
直後、左手からEOLOコメタのヴィンツェンツォ・アルバネーゼがダニエル・オスと共に飛び出す。
少しギャップが開いたものの、これもまた、デブイストが先頭固定でハイ・ペースを刻み残り500mできっちりとこの2人捕まえた。
このタイミングで、早駆けを仕掛けたのがフェルナンド・ガビリア。
昨年もこの早めのアタックでジロ・デッラ・トスカーナに勝利している彼にとっては、一つの武器とも言える仕掛け方。とくに純粋なスプリントではユアンたちに敵わないと理解した彼にとっては、これは勝利を掴むための重要な戦略の1つであった。
だがここですぐさま反応したのがカレブ・ユアンだった。
「残り450mからスプリントを開始したので足が完全に燃え尽きたよ。それはちょっと登り基調で厳しかったからね。もし他の誰かが先行したのであればちょっと待つこともできたけど、行ったのがガビリアだったので、僕は行く必要があった。ただ、戦略的に行く必要があった。スタート直後から全力でスプリントを開始するのではなく、残り200mくらいまでは少しギャップを残しつつ、そこから本気のスプリントを開始することにしたんだ」
あとはもう、圧倒的であった。
残り100mでガビリアを捕まえ、そこから一気にアクセルを踏んでそのまま先頭でフィニッシュラインを突き抜けていった。
彼の背後にはダヴィデ・チモライ、パスクアロンがついていたものの、ユアンのスリップストリームから外れることすらできず。
今大会唯一彼と渡り合える存在ともいえるニッツォーロとメルリールだが、ニッツォーロはすでに前の方に姿がなく、メルリールも残り500mの時点で後方に取り残されており、最後の伸びは素晴らしく3位には入り込んだものの、勝ちには届かなかった。
最も危険な位置で、作戦通りユアンとデブイストを先頭付近にまで運び上げ、かつデブイストがその後見事な牽引を続けるという、チームの力を存分に発揮したうえでの、完璧な勝利であった。
なお、残り500mを切った時点での状態が以下の通り。
メルリールのすぐ後ろについているのは彼のアシスト(おそらくクリーガー?)。
フルーネウェーヘンやニッツォーロたちがアシストもなく残り1.7㎞あたりからずっと単独で戦わざるをえなかった一方、その直前の段階までドリース・デボントによってユアンと同様に集団先頭付近に運び上げてもらい、その後もアシストに守られ続けていたまではよかったものの、そこからのハイ・ペースで先頭付近をキープすることもできず、残り500mの段階でこのアシストも失速。
前から5番目という位置で、最強のスプリンター、ユアンと戦わなければならなかったのはやはり厳しかった。
結局は最終発射台の力量差によってこの結果が出ることに。
そもそもアシストの一切いないニッツォーロはこの混戦を乗り越えることは最初からできず、やはり彼にはアシストの豊富なあのチームへの移籍を期待したいところだが・・・(キュベカが雇えるくらいだし、そこまで高くなくても行けるのでは、と・・・)
最強スプリンター&チームはどこ? チクラミーノ争いの展望も
さて、というわけで、今大会における最強スプリンター&チームはやはりロット・スーダルと言っていいだろう。
一方でアルペシン・フェニックスも、ティム・メルリールのスプリント力は間違いないうえに、混戦の中でもロット・スーダルほどではないにしても先頭付近までエースを運び上げることのできるアルペシン・フェニックス自体のチーム力もやはり、ワールドツアートップ級といって過言ではないはずだ。ほとんどワールドツアーチーム経験のない選手たちで構成されたロースターにもかかわらずこの結果は凄い。
選手個人の力でいえばジャコモ・ニッツォーロもかなり強いのだが、アシストが本当に本当の0なのでかなり苦しい戦いを強いられている。
発射台コンソンニが圧倒的に強すぎるコフィディスのエリア・ヴィヴィアーニもその意味でこの3強に並ぶ実力を持っているのだが、まだ個人の実力では一歩劣る、といったところか。
サガン、ガビリアは、最後のスプリント力においてやはり最盛期のレベルには達しておらず、力負けは不可避。
第7ステージのガビリアのように、何か奇襲的なことが必要となるかもしれない。
しかし、上述のような状態である中で、カレブ・ユアンが第8ステージで膝の痛みを訴えてリタイア。
第10ステージ以降の最強スプリンター対決は、一つの混沌の中に入り込む。
また、マリア・チクラミーノ争いにおいては、第8ステージでフェルナンド・ガビリアが逃げに乗ってスプリントポイントで12ポイントを稼ぐなど、搦め手によるチクラミーノ争奪戦への意気込みを見せつけた。
彼はツール・ド・フランスには出場しないため、メルリールやニッツォーロ、サガンなどツールにも出場予定の選手たちが途中リタイアしたあとにチクラミーノポイントで首位に立つチャンスもあり、この動きはかなり重要になりそうだ。
また、混戦の果てにフィニッシュした第7ステージで2位につけたイスラエル・スタートアップネーションのダヴィデ・チモライ。
実はタコ・ファンデルホールンが逃げ切り勝利を決めた第3ステージでも、アップダウンの先という特殊な状況の中で、集団先頭となる2位に入り込んでいる。
このあとも荒れた展開や起伏の果てのフィニッシュでは、実はこのチモライも十分に注目すべき存在だと言えそうだ。
残る集団スプリントが期待できるステージとしては第10、第13、第18ステージの3つ。
第18ステージは平坦とはいえ、ここ数年の第3週の平坦ステージは逃げ切りが決まっているので、もしかしたらスプリンターたちにチャンスは与えられないかもしれない。
となればあと2回か、よくて3回。
そこでさらなる「最強」スプリンター&チームが生まれるのか。
波乱も含め、期待していきたい。
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