Zwiftとユーロスポーツ、GCNがタッグを組んで開催が決定された「ズイフト・ツアー・フォー・オール」。
1ヶ月間に及ぶそのプロジェクトは、この新型コロナウィルスの猛威と闘う「国境なき医師団」へのチャリティとして企画。
ラファも関わっているというこのイベントの最初の1週間の目玉として、男女ワールドツアーチームを中心としたトップ選手たちによる、5日間のエキシビジョンマッチが開催された。
4月頭から「デ・ロンド2020 ロックダウンエディション」「デジタル・スイス5」と、トップ選手たちが参加するバーチャルレースが少しずつ産声を挙げていく昨今。
バーチャルサイクリングの最大手とも言えるズイフトがその舞台についに参入。
精巧に作り込まれたバーチャル空間におけるコースで、現実さながらのドラフティングを利用した「本物らしい」激アツなバトルが繰り広げられていった。
今回はその5日間のレースを振り返り、今後のバーチャルレースにおける可能性などを探っていきたい。
なお、筆者は家に環境がないためにズイフトは未経験。あくまでもレース観戦者としての視点でのレビューとなる。
筆者のバーチャルレースについての現時点での感想などは以下のPodcastで、「サイクリスト」においてデジタル・スイス5のレースレポートを執筆したあきさねゆう氏と共に語っているので参照されたし。
りんぐすらいどれでぃお: 9.あきさねゆう(@saneyuu)さんと振り返るデジタル・スイス5 on Apple Podcasts
また、ツアー・フォー・オールの詳細なプレビューは、熱心なズイフト乗りのお二人による以下のPodcastを参考にしてほしい。
※以下の記事もアヤフィリップさんのツイートを所々参考にさせていただいております。
High Cadence Radio: 6. Zwift Tour For Allプレビュー | 全5ステージコース紹介・みどころ・注目チーム・選手紹介 on Apple Podcasts
それではいってみよう。
- 第1ステージ インスブルック 52.9㎞(平坦)
- 第2ステージ リッチモンド 46.2㎞(丘陵)
- 第3ステージ ワートピアメディアフォンド 72.9㎞(山岳)
- 第4ステージ ワトピア 42.6㎞(平坦)
- 第5ステージ クアッチ・クエスト 46.5㎞(山岳)
- まとめ
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第1ステージ インスブルック 52.9㎞(平坦)
2018年世界選手権の舞台となったインスブルックの街中を利用した1周8.8㎞×6周の周回コース。
総獲得標高72mというド平坦コースとなっており、パワー系の選手たちの加速や、ドラフティング・空力に関わるアイテムの使い方がポイントになると見込まれた。
9チーム各5名計45名のプロトンは、アップダウンや石畳区間を含むインスブルックの街中コースに飛び出した。
最初は静かな立ち上がりのように見えていた中で、3周目のスプリントポイントにてマチュー・ファンデルポール、ダニエル・マーティン、リゴベルト・ウランなど15名の選手が抜け出した。
周回ごとに着順に合わせ5〜1ポイントを獲得できるが、NTTプロサイクリングのライアン・ギボンズがここでポイントを荒稼ぎ。本日の最終リザルトでは4位だったが、個人獲得ポイントランキングでは彼が首位に立っている。
ラスト10㎞を切って、最後のスプリントポイントに向けてアレックス・リチャードソン(アルペシン・フェニックス)が単独アタック。一定時間、他の選手から見えなくなる「ゴースト」のアイテムを使用しての抜け出しであった。
しかしこの独走は残り6㎞であえなく吸収。ラスト1㎞で昨年CCCチームのトレーニーで今年からバーレーン・マクラーレンでプロデビューを果たしているフレッド・ライトが同様にゴーストを使用して抜け出しを図るも、これも間もなく集団に飲み込まれた。
最後はリゴベルト・ウランが先行する場面も見られたが、最終的にはイスラエル・スタートアップネーションのフレディ・オヴェットが勝利を掴んだ。
今年26歳のオーストラリア人オヴェットは、現在イスラエル・スタートアップネーションの育成チームに所属している。BMCのトレーニーをしていた2018年にはジャパンカップで15位に入り、オーストラリアのコンチネンタルチーム所属時代にツール・ド・沖縄2位やツール・ド・ランカウイ総合9位などアジアでも活躍していた。
UCIの特例で親チームの一員として今回参戦しているオヴェットは、普段からZwiftにも乗り込んでいる「バーチャル玄人」。最終盤までドラフティング能力UPアイテム(トラックドラフトブースト)を残しておくなど、Zwiftの戦い方をよく理解した走りを見せてくれた。
男子レースに先駆けて行われた女子レースでは、「女王」マリアンヌ・フォスが小集団スプリントを制して勝利。
ロード、マウンテンバイク、シクロクロスと、女子自転車界を席巻する最強の選手が、バーチャルの世界でも強さを見せつけた。
第2ステージ リッチモンド 46.2㎞(丘陵)
2015年世界選手権(サガンが最初にアルカンシェルを取った年)の舞台となったアメリカ・リッチモンドのコースを再現。
1周9.2㎞のコースを5周するが、その周回コースの残り5㎞には「リビー・ヒル」と「23番通り」という2つの短くも厳しい石畳の登りが備え付けられており、さらにゴール前にも6〜9%勾配の登りが。
決して平坦なコースではなく、それこそサガンのような、パンチ力も兼ね揃えた脚質と、第1ステージではあまり使いどころのなかったであろう「フェザーライトウェイト(一時的に体重を減らすアイテム)」の使い方が重要になる。実際、男子レースの後に行われた女子レースでは、この最後の登りの絶妙なタイミングでフェザーライトウェイトを使用したアシュリー・ムールマンパシオ(CCCリブ)が集団を抜け出して勝利している。
スタート直後に攻勢に出たのはデジタル・スイス5でも活躍したジェームス・ウェーラン(EFプロサイクリング)。
その後20名ほどの逃げ集団が生まれるが、残り19㎞でマチュー・ファンデルポールが平均450wのハイペースを刻み始める。
すると一気に集団は分裂し、ファンアーヴェルマートやニック・シュルツらを含んだ先頭集団と、これを追いかけるダリル・インピーやミケル・ヴァルグレン、ローソン・クラドックらの追走グループとに分かれることとなった。
最終周回にヴァルグレンが抜け出して最大で13秒ほどのタイム差を形成した。彼のアタックはラスト数百メートルで捕まえられてしまうものの、その集団の中で先頭を取ったのは、ヴァルグレンのチームメートのミヒャエル・ゴグルであった。
今年27歳のオーストリア人ゴグルは、長くトレック・セガフレードで走り続け、今年からNTTプロサイクリングに。
普段は登りアシスト兼アルデンヌ系のアシストとして働く地味な役回りで、プロ勝利経験はなし。
しかし先日のデジタル・スイス5では意外な活躍を見せており、今回も実績においては遥かに先輩となるヴァルグレンとの絶妙なコンビネーションで「初勝利」を成し遂げた。
2017年アムステルゴールドレース8位の実績を持つ彼にとって、この日のコースは決して相性の悪いものではなかった。
それにしても、ファンアーヴェルマートとマチューを共に下しての勝利は素晴らしいと言わざるをえない。
第3ステージ ワートピアメディアフォンド 72.9㎞(山岳)
今大会最初の山頂フィニッシュは、Zwiftオリジナルの仮想世界「ワトピア」の中の人気スポットを集めた周回コース。火山の中や木で作られた橋の上など、仮想世界ならではの独特なコースは、現実にはない面白さを感じさせてくれる。
女子レースではラスト9㎞からのアシュリー・ムールマンパシオの独走勝利で終わったが、男子レースの方では現実の山岳レースさながらの出入りの激しい展開が生まれる。
まず序盤で存在感を示したのが、NTTプロサイクリングのジノ・マーダー。
ポガチャルが総合優勝した2018年のツール・ド・ラヴニールで、ステージ2勝と総合3位という大活躍をしてみせた彼の存在は、昨年の注目株の1つだった。
しかし、全く振るわない1年を過ごし*1・・・先日のデジタル・スイス5でも地元(?)開催ということで期待していたがそこまででもなかった。
そんな中での、このズイフトレースでの活躍。レース後半には捕まえられてしまうが、チーム戦となる今大会は、途中のスプリントポイントも重要な要素。
実際、この日NTTのフィニッシュ着順最高位は8位だったにも関わらず、この日の獲得ポイント合計では全チーム中トップの71ポイント。
前日のヴァルグレン&ゴグルの活躍と合わせ、第3ステージ終了時点での総合ポイントが214と、2位のアルペシン・フェニックスを50ポイント近く突き放しての独走状態となっている。
事前のチーム別ズイフト乗り込み度でも上位に来ていたNTT。チームとしてかなりこの大会において成功していることがよくわかる。この日はニック・ドラミニやヴィクトール・カンペナールツも序盤で活躍しており、まさにチームで躍進中である。
さて、残り20㎞を切ってバーレーン・マクラーレンのペリョ・ビルバオがアタック。しばらく独走を続けるが、厳しい登りが始まる残り2㎞で捕まえられてしまう。
そこからはこのズイフトならではのアイテム勝負が繰り広げられた。まずはドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(NTTプロサイクリング)が、ブレイクアウェイ・ブリトーを使用。自分の後ろについた選手がドラフティングの影響を受けなくなるこのアイテムは、集団からのアタックに最適なアイテムである。
しかし、ドラフティングに関わるアイテムだけに、登りでは平坦よりもやや効果は薄れる。この直後に勝負を決めたのが、ジェームズ・ピッコリ(イスラエル・スタートアップネーション)のフェザーライトウェイト。15秒間、自身の体重を9.5kg減少させるというこのアイテムの効果によって、ピッコリはパワーウェイトレシオ9倍という異様な出力でゴールまで独走してみせた。
ピッコリは昨年までアメリカのコンチネンタルチームに所属していた今年29歳のカナダ人。
昨年のツアー・オブ・ユタの初日TTでローソン・クラドック相手に圧勝。その後の山岳ステージでも上位に入る走りを続け、最終的にも総合2位。その実力の高さを認められ、今年見事にワールドツアーチーム入りを果たした。
彼にとって重要なプロ1年目。契約も現時点では単年契約。そんな中、なんとか存在感を示す機会に恵まれた結果となった。
第4ステージ ワトピア 42.6㎞(平坦)
2つの山岳ステージに挟まれたこの日は完全な平坦ステージ。アプリの調子が悪く残念ながらこの日はリアルタイム観戦はできなかったが、終盤はこのゲームならではの「集団スプリント」が演じられたようである。
残り1㎞から抜け出したギヨーム・ファンケイルスブルク。残りわずか、といったところで後方から猛烈な勢いで第2ステージの勝者ゴグルが迫る。
勝敗を分けたのはパワーアップアイテムの使い方であった。ゴグルに続いて次々とアイテムを使って加速してきた選手が雪崩れ込んでくるが、そんな中、最後の最も効果的な瞬間までアイテムを保持していたグレガ・ボーレ(バーレーン・マクラーレン)が先頭でゴールラインを突き抜けた。
通例なら「スプリント」が期待されるステージではあり、各チームもアルノー・デマールやエリア・ヴィヴィアーニ、アンドレ・グライペルなどの屈曲なスプリンターとその発射台たちが名を連ねた。
しかし、終始高まり続けたペースと小刻みなアップダウンが彼らスプリンターたちを後続に追いやり、最後は結局、ルーラー系の選手たちによる決着に。
このあたりは現実のレースとバーチャルレースとのぬぐい切れない違いとなっている部分だろう。
第5ステージ クアッチ・クエスト 46.5㎞(山岳)
「ラルプ・デュエズ」をバーチャル空間上に完全再現した「アルプ・ズイフト」頂上フィニッシュとなる今大会のクイーンステージ。
2時間23分に及ぶ長時間のバトルを制したのは、NTTプロサイクリングのルイス・メインチェス。かつて、アフリカ勢初のパリ・シャンゼリゼ特別賞ジャージ獲得も期待されていた有望な若手選手ではあったものの、ここ5年間は怪我や不調に苦しめられ、勝利からはずっと遠ざかっていた。
そんな彼が見せた、圧倒的な勝利。そして、NTTプロサイクリングはポイント総合でも他チームを圧倒し、文句なしの完全優勝を成し遂げた。
#TourforAll Final Stage!
— NTT Pro Cycling (@NTTProCycling) May 8, 2020
🥇Stage win - @LouisMeintjes
🥉3rd place - @StefandBd
🔟th place - @pozzovivod
🏅Team stage win
And the overall General Classification Win! 🏆 What a way to finish off the @GoZwift Tour for All! 🖐 pic.twitter.com/DSbp3xXknb
レースは残り11㎞からのアルプ・ズイフト登坂を前にして、集団からは第1ステージで優勝したオヴェット、および今年からアルペシン・フェニックスに移籍したルイス・フェルファーケが抜け出し、メインチェスもここに食らいついた。
集団では今年のUAEツアー覇者アダム・イェーツが遅れる。アンドラの高地から参加しているという、バーチャルレース特有の不利な条件を前にして、さすがの好調アダムも厳しい戦いを強いられているようだ。同様に高地たるコロンビアから参戦しているリゴベルト・ウランも、本来の実力を発揮できず集団内に留まっている。
先頭3名からはピッコリが最初に抜け出す。そして山頂まで残り3㎞で、後方から追い上げてきたルーカス・ハミルトン(ミッチェルトン・スコット)に追い付かれる。
オーストラリアの若手アカデミー出身の期待のクライマーとして、先輩のホーゾンやヘイグと並びミッチェルトンのエースたちを強力にサポートしてきた彼は、今年のブエルタ・ア・エスパーニャでついにエースとして走れるチャンスを掴みかけていた。そんな中のこのコロナウイルス騒動。そのエースの座もどうなるかまだ不透明である。
そんな彼が、このバーチャルレースで存在感を示すべく、一人で山頂まで残り1.6㎞の地点まで走り抜けていく。だがここで、一旦集団に吸収。集団からは、後ろに着いた選手のドラフティングを無効にする「ブレイクアウェイ・ブリトー」を使用してメインチェスがアタック。
これで決まったか・・・と思った中、ハミルトンがもう一度ペースアップ。
最後までメインチェスに食らい続けるガッツを見せたが、最後はメインチェスがこれを振り切って、栄光を掴み取ってみせた。
「単調な山岳ステージはバーチャルレース向きではない」というのがデジタル・スイス5を見た際の感想ではあったが、ドラフティング、そしてパワーアップアイテムの存在により、実際のレースに近い出入りの激しい白熱の展開を見せることとなったアルプ・ズイフトステージ。
まずはおめでとう、メインチェス。そしてNTTプロサイクリング。
これが「ゲームの中だけ」で終わらないよう、決して遠くない未来にやってくるであろうリアルレースにおいても、引き続きの活躍を期待している。
まとめ
5日間のレースを振り返ってみてまず思うのは、「面白かった」ということ。
やはりドラフティングの存在は大きいのか、最後まで誰が勝つのかわからない展開が多く、バーチャルレースの可能性を感じさせた。
もちろん、現実のレースと違い、基本縦の動きしかない以上、横の動きから生まれる位置取りや牽制などは存在しない。集団スプリントの熱量は現実のレースとは比べるべくもない。
その分、埋められない戦略性の壁を、各種パワーアップアイテムがうまく補完しているように思う。とくにZwiftに乗ったことのない自分なんかが見るとその獲得のタイミングや使用のタイミングなどはまだまだわかりづらい部分があるものの、現実のレースにはない独特の面白さをもたらす要素だとは思う。
また、デジタル・スイス5と比べて強みだったのは、ぐるぐると変化するカメラワークと、世界観。
とくにバーチャル世界「ワトピア」を舞台にした第3ステージ以降の、あの現実ではありえないコースや風景はむしろ魅力的だった。
変に現実を目指しすぎてその違いに顰蹙を買うよりは、こう、突き抜けてしまった方がいいのだろうと感じた。
もちろん、現実のレースで強い選手が同様に強いわけではないことや、住んでいる場所による有利不利の存在はぬぐい切れない。
そうなってくると、当初は自分も、プロの選手が出るからこそ見てるという要素はあったものの、段々と、「プロじゃない選手が活躍しても見るべき面白さがあるかもしれない」と感じるようにはなってきた。
ロードレースの一種、というよりは、自転車を使った別競技——それこそ、ロードレースに限りなく近いがまったく別競技のシクロクロスのようなもの——として捉えることが、適切かもしれない。
ジュニア時代やオフシーズンのトレーニングや登竜門として使用し、ロードレースとは別種の有力選手が活躍するものの、そこから出身の選手がロードレースでも活躍したり、ロードレース選手でもサプライズで参加して思うように勝てない場面を見せたりするなど、そういう、今のロードレースとシクロクロスのような関係を、ロードレースとバーチャルレースとは結べるのではないだろうか。
今、シクロクロス出身の選手は強い、と話題になるように、いつか、バーチャルレース出身の選手は強いな、と騒がれるような時代も、来るのかもしれない。
せっかくの可能性を感じさせるこの手のレース。
Zwiftの「この時期だけの」チャリティーイベントの一種、で終わることがないよう、これからの発展にも期待しています。
※Zwift以外のバーチャルライドアプリについては下記記事のまとめが非常に参考になります。
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*1:初年度から活躍しているベルナルやポガチャルやエヴェネプールの方が異常なんだとも言える。