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【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2020 第3週

 

アルプス3連戦、そしてラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ山岳TT決戦。

最終週に相応しい激戦の連続で、イネオスを打ち倒した新時代の帝国ユンボ・ヴィズマがなおも強さを発揮し続ける。

その盤石過ぎる強さに、若き挑戦者タデイ・ポガチャルもまた、手も足も出ないように見えたが・・・

 

歴史的な大逆転劇が繰り広げられた2020年のツール・ド・フランス第3週。

その全6ステージを詳細に振り返っていく。 

 

目次

  

↓コースの詳細はこちらから↓

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第1週・第2週のレビューはこちらから

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2020 第1週(前編) - りんぐすらいど

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2020 第1週(後編) - りんぐすらいど

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2020 第2週 - りんぐすらいど

 

昨年の全ステージレビューはこちらから

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2019 第1週(前半) - りんぐすらいど

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2019 第1週(後半) - りんぐすらいど

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2019 第2週 - りんぐすらいど

【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2019 第3週 - りんぐすらいど

 

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16ステージ ラ・トゥール=デュ=パン〜ヴィラール==ラン 164㎞(山岳)

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ドイツの新星がリベンジを果たす

いよいよ第3週、アルプス3連戦が開幕。

その緒戦となるのはペドロ・デルガドやローラン・フィニョンといった往年の名選手たちが活躍した古き伝統「ヴィラール=ド=ラン」。

総合争いが勃発するほどの難易度ではないこのステージでは、逃げ切り勝利の可能性が濃厚であった。

 

それがゆえに、序盤からアタック合戦が過熱する。

最初の4級山岳、そして1つ目の2級山岳を超え、2つ目の2級山岳に向かう途中で、最終的には23名もの逃げ集団が形成されることに。

 

  • リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)
  • アンドレイ・アマドール(イネオス・グレナディアーズ)
  • パヴェル・シヴァコフ(イネオス・グレナディアーズ)
  • ニコラス・ロッシュ(チーム・サンウェブ)
  • ティシュ・ベノート (チーム・サンウェブ)
  • カスパー・ピーダスン(チーム・サンウェブ)
  • レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)
  • ダニエル・オス(ボーラ・ハンスグローエ)
  • アルベルト・ベッティオル(EFプロサイクリング)
  • ニールソン・ポーレス(EFプロサイクリング)
  • ウィネル・アナコナ(アルケア・サムシック)
  • ワレン・バルギル(アルケア・サムシック)
  • カンタン・パシェ(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)
  • ピエール・ロラン(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)
  • イマノル・エルビティ(モビスター・チーム)
  • カルロス・ベローナ(モビスター・チーム)
  • マッテオ・トレンティン(CCCチーム)
  • シモン・ゲシュケ(CCCチーム)
  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • セバスティアン・ライヒェンバッハ(グルパマFDJ)
  • ミケル・ニエベ(ミッチェルトン・スコット)
  • ロメン・シカール(トタル・ディレクトエネルジー)
  • クリストファー・ユールイェンセン(ミッチェルトン・スコット)

 

メイン集団とのタイム差は10分を超え、この23名の中からこの日の優勝者が輩出されることが確定した。

 

勝負が動き始めたのは残り35㎞地点。

1級サンニジエ=デュ=ムシェロット(距離11.1km・平均6.5%)の登りの手前で、B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプトのカンタン・パシェが独走を開始した。

ワールドツアーチーム経験のない28歳のフランス人クライマー。ファムンヌ・アルデンヌ・クラシックやシルキュイ・シクリスト・サルテなど、どちらかというと丘陵系のそこまで標高の高くないレースでの好成績が目立つパンチャー寄りの脚質をもつ彼だが、初挑戦となる今回のツールで、ピエール・ロランと共に連日山岳ステージでの好走が目立つ。

これまでにもプロ勝利経験のない彼だが、ここで勝利すれば文字通り人生を変えられる。そんな思いを背に、残り35㎞地点の中央分離帯を利用して単独で抜け出した。

 

一時は1分近いタイム差を作り上げたパシェだったが、残り29㎞地点でのアンドレイ・アマドールのアタックによって追走集団も活性化。

アマドールはすぐ捕まえられたもののその後も集団の先頭を牽引し続け、この走りで追走集団は一気に10名程度にまで絞り込まれていく。

そうしてアマドールが脱落したあとの残り26㎞で追走集団はケムナ、アラフィリップ、ライヒェンバッハ、カラパスの4名だけになり、残り25㎞でパシェは捕まえられてしまった。

 

パシェを突き放し新たな先頭集団となった4名。山頂まで残り2㎞でカラパスがアタックを仕掛けた。

この攻撃に食らいつくアラフィリップ。一度遅れるライヒェンバッハとケムナだが、ケムナが先頭に立ってマイペースで先頭2人との距離を縮めていく。

山頂まで残り1.6㎞でもう一度カラパスがアタック。この攻撃で、なんとアラフィリップが遅れる。

山頂まで残り1.3kmでカラパス3度目のアタック。ライヒェンバッハが遅れ、ケムナがただ一人その後輪を捉える。

ダンシングでハイペースを刻むカラパス。しかしケムナはシッティングのまま決して離れない。

そして山頂まで残り400mを切って、ついにケムナが抜け出した。

 

山頂通過時点では、ケムナとカラパスとのタイム差はわずか2秒であった。

しかし、下りに入るとすぐに、そのタイム差は10秒程度に広がる。

その後も、だらだらと緩やかな勾配で延々と続くダウンヒルを、比較的タイムトライアル能力の高いケムナがアウタートップでガンガン踏み続けた結果、カラパスとのタイム差が着実に開いていく。

 

最後は、カラパスを1分半も突き放してフィニッシュしたケムナ。

第13ステージでダニエル・マルティネスに悔しい敗北を喫した24歳のドイツ人が、昨年のジロ・デ・イタリア覇者に対し絶妙なタイミングでのアタックを仕掛け、得意の独走勝負に持ち込んだ結果、1か月前のドーフィネに続くあまりにも大きなプロ2勝目を掴み取った。

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先頭ケムナから16分以上遅れてフィニッシュ地点にやってきたメイン集団では、残り500mでポガチャルが果敢なアタック。当然、ログリッチもここに食らいつく。

そして残り300m手前で今度は総合4位ミゲルアンヘル・ロペスがカウンターアタック。結局タイム差をつけることは叶わなかったが、ツール前半ではイマイチな様子を見せていたロペスが、少しずつ調子を上げつつあることを感じさせる瞬間であった。

 

そして、いよいよ今大会のクイーンステージに突入する。

 

 

第17ステージ グルノーブル〜コル・ド・ラ・ローズ(メリベル) 170㎞(山岳)

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クイーンステージに相応しい激戦

総獲得標高4,200m。コース前半は平坦が続き、後半に2つの登りだけが用意されたシンプルなレイアウト。

しかしその登りはいずれも標高2,000m超えの超級山岳。アルプスの名峰マドレーヌ峠と、 ツール初登場の「激坂」ラ・ローズの破壊力は、この日をもって今大会「最難関ステージ」と称するのに十分なものであった。

 

まだここまで目立った活躍ができていない「逃げ王」トーマス・デヘントやエース脱落後に勝利を狙いたいイネオスのディラン・ファンバーレ、今大会随一のチーム力を発揮しているサンウェブのケース・ボルなど、次から次へと抜け出しを図る選手が飛び出していく出入りの激しい展開。

一時30秒近いタイム差をプロトンにつけてデヘントが独走を開始したり、それを捕まえた20名程度の先頭集団が形成されたりしたものの、最終的には残り142㎞地点の激坂区間(勾配10%程度)でアラフィリップが加速し、これに食らいついたケムナやダン・マーティンら豪華な5名の逃げ集団が確定することとなった。

 

 

  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ゴルカ・イサギレ(アスタナ・プロチーム)
  • レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)
  • リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)
  • ダニエル・マーティン(イスラエル・スタートアップネイション)

 

マルク・ソレル、ヴァランタン・マデュアス、ダニエル・マルティネスというさらに強力なクライマーたちが追走を仕掛けるも、これは結局追いつくことなく集団に吸収。

この日、最終局面での総合争いが確実な中、ユンボ・ヴィズマがコントロールするプロトンもしっかりと逃げをコントロールしたままいよいよクライマックス・ステージが開幕していく。

 

1つ目の超級山岳マドレーヌ峠に突入した段階でメイン集団から6分近いタイム差を形成していた先頭集団。前日の覇者ケムナは早くも脱落し、4名で逃げ続ける。

このタイム差をじわじわと縮めるのはメイン集団を牽引するバーレーン・マクラーレンの面々。このペースアップで集団からは総合10位のナイロ・キンタナが脱落。今大会前半は調子の良さを見せていたかつての総合優勝候補は、後半にかけて調子を上げてきていたロペスとは対照的に、ずるずるとその順位を落としていく。

 

そして残り62.5km。マドレーヌの頂上で、先頭4名とメイン集団とのタイム差は1分半を切る。

また、メイン集団が山頂を通過する直前に、ポガチャルがアタックして集団先頭=山頂5番手通過を果たす。

すでにここまで山岳賞ジャージを着続けてきていたブノワ・コヌフロワは脱落しており、ポガチャルが山岳賞首位に立つことが確定した。

 

マドレーヌからの長い下りでマーティンが遅れ、先頭は3名に。

さらにアラフィリップが得意の下りで一時リードを奪い、前日はケムナに突き放されているカラパスが必死にこれを追いかける場面も。

それでも下りの終端ではなんとか追いついて3名のまま、今大会最後の山頂フィニッシュ、超級山岳ラ・ローズへ。タイム差も一旦、2分以上まで開く。

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登り始めから何度かアラフィリップがペースを上げる場面も見られたが、他2人を突き放せるほどのキレはない。

そして残り13㎞地点でカラパスが先頭に立ってペースを上げ始めると、アラフィリップの表情が苦悶に歪み、そして崩れ落ちていく。

メイン集団はなおもバーレーン・マクラーレンのペリョ・ビルバオが懸命に牽き続け、2人になった先頭とのタイム差が1分を切り、集団の数も20名程度に。ウラン、ポート、ロペス、アダム・イェーツらは早くも全てのアシストを失った。

 

そして残り9.2kmでゴルカ・イサギレも脱落し、先頭はカラパスただ一人に。

一時は20秒を切るほどにまで集団に迫られたカラパスだったが、ここまでハイ・ペースに牽引し続けてきたビルバオが脱落すると、再びタイム差が50秒近くにまで開く。

だが、残り4㎞でダビ・デラクルスが残る力を振り絞ってペースを上げるとバルベルデ、デュムラン、ランダ、ウラン、イェーツと次々に総合上位勢が脱落。

そして残り3.5㎞、勾配13%の激坂区間でミゲルアンヘル・ロペスがアタックを仕掛け、先頭はポガチャル、ポート、ログリッチ、クスを加えた5名だけとなった。

 

この期に及んでもなお先頭に残るクスがこの集団を牽引。逃げ続けていたカラパスを残り3㎞でいとも簡単に追い抜いていった。

さらにはクスの後ろについていたログリッチがあえてペースを落とし、彼が単独で抜け出る形に。これをロペスが追いかけていき、ログリッチはこれを見逃した。

ユンボとしては、ポガチャルの反応を見るための作戦だったのか。実際、ポガチャルは動きを見せられないまま、やや遅れかける姿も見られた。

 

この一連の動きでチャンスを手に入れたのがロペス。この勢いで危機感を持ったログリッチがペースを上げるとクスも下がったため、先頭はロペスただ一人に。

残り2.5㎞でログリッチがアタックを仕掛け、一度はこれに食らいついていったポガチャルだったが、ここで降りてきたクスがログリッチを率いてペースを上げると、ついにログリッチとポガチャルとのタイム差が開いた。

 

先頭ロペスとログリッチとのタイム差は8秒。ログリッチとポガチャルとのタイム差は6秒。

互いにつかず離れずのまま、最後の2㎞が消化されていく。ポガチャルが苦しいのは確かだが、ログリッチもまた、圧倒的ではなかった。

そんな中、この標高2,300mの超高標高、平均勾配10%を超える超激坂区間で、最も強かったのはスロベニア人ではなくコロンビア人だった。

ベルナルも去り、キンタナもウランも崩れる中、ツール初挑戦の「スーパーマン」ロペスが、コロンビア人としてのプライドを賭けた鮮烈なる勝利を果たした。

右手を力強く振り回した、歓喜のガッツポーズだった。

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ここまで厳しい山岳ステージは数あれど、なんだかんだ団子でゴールすることの多かった今年のツール・ド・フランス。

そんな中、この日はまさに「ツール・ド・フランスらしい」力と力のぶつかり合いが繰り広げられ、総合順位も大きく入れ替わる結果となった。

そんな中、先頭で走り続けアシストもしっかりと務め、最終的にも4位でフィニッシュしたクスの強さが際立ったステージでもあり、あらためて、ユンボ・ヴィズマというチームの強さを思い知る結果となった。

 

 

総合首位ログリッチと2位ポガチャルとのタイム差は57秒差に。

ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユ山岳TTだけでは逆転が難しいこのタイム差を抱えたまま、アルプス最終決戦の地第18ステージに向かっていく。

 

 

 

第18ステージ メリベル〜ラ・ロシュ=シュル=フォロン 166.7㎞(山岳)

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「イネオス」の勝利

アルプス3連戦最終日。山頂フィニッシュでもなく、前日と比べると難易度が低いようにも思われるレイアウトだが、超級含む全部で5つもの山岳ポイントが用意され、平坦がほぼ存在しない登っては下ってのレイアウト。総獲得標高も4,400mということで、油断のできない十分に難しいステージである。

とくにゴール前31.5㎞地点に用意された超級「プラトー・デ・グリエール」は登坂距離6km・平均勾配11.2%という超・激坂登坂。しかもその後に2㎞弱の未舗装路も用意されているということで――何が起こるかわからない、そんな1日となった。

 

当然、逃げ切り狙いの選手たちにとっては実に魅力的なコースでもある。

スタート直後の中間スプリントポイントを巡る争いが終わった後、最初の1級山岳ロズラン峠(登坂距離18.6km、平均勾配6.1%)の登りで形成されたのは以下の19名。

 

  • リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ)
  • ミハウ・クフィアトコフスキ(イネオス・グレナディアーズ)
  • ジョナタン・カストロビエホ(イネオス・グレナディアーズ)
  • カルロス・ベローナ(モビスター・チーム)
  • ネルソン・オリヴェイラ(モビスター・チーム)
  • ダリオ・カタルド(モビスター・チーム)
  • ダミアーノ・カルーゾ(バーレーン・マクラーレン)
  • ペリョ・ビルバオ(バーレーン・マクラーレン)
  • マルク・ヒルシ(チーム・サンウェブ)
  • ニコラス・ロッシュ(チーム・サンウェブ)
  • セバスティアン・ライヒェンバッハ(グルパマFDJ)
  • ルディ・モラール(グルパマFDJ)
  • ヘスス・エラダ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • ニコラ・エデ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • ナンズ・ピーターズ(AG2Rラモンディアル)
  • ボブ・ユンゲルス(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • シモン・ゲシュケ(CCCチーム)
  • トーマス・デヘント(ロット・スーダル)
  • ルイスレオン・サンチェス(アスタナ・プロチーム)

 

総合に関わらないこのメンバーの中でステージ優勝と合わせて白熱したのが山岳賞争い。

現在、山岳賞首位に立つのはタデイ・ポガチャルの66ポイント。これを追う山岳賞7位リチャル・カラパスが32ポイント。8位のマルク・ヒルシが31ポイントで、ポガチャルとのポイント差は34~5ポイント。

この日、すべての山岳ポイントを首位通過することで得られるのは47ポイント。力さえあれば十分に逆転可能なポイント差となっている。

 

最初の3つの山岳ポイント、すなわち1級ロズラン峠(残り129km地点)、3級ラ・ルート・デ・ヴィル(残り107.5㎞地点)、そして2級山岳セジー峠(残り84㎞地点)の3つすべてでヒルシが先頭通過、カラパスが2位通過。

その結果、ヒルシが48ポイントでポガチャルまで18ポイント差、カラパスが44ポイントで22ポイント差となった。

 

その過程で先頭集団はヒルシ、カラパス、ビルバオ、クフィアトコフスキの4名に。

イネオスは2度に渡って勝利を逃したカラパスをクフィアトコフスキが牽く万全の態勢だが、ここまでの山岳ポイントでの走りを見ても、ヒルシの勢いは侮れない。

なんとかしてヒルシを突き放さなければ――そう考えたイネオスは、下りを利用したテクニックで勝負に出る。

残り82km。セジー峠からの下りで、まずはクフィアトコフスキが先行。

そのうえでクフィアトコフスキが足を緩め、カラパスを先頭とした後続にジョインしようとするその瞬間、カラパスに向けて「俺の左から行け」というジェスチャー。

それに従ってカラパスはクフィアトコフスキの左に出て加速。こういう場合のセオリーとしてヒルシは逆にクフィアトコフスキの右に出るような形で自然と進路を取る。

そのとき、クフィアトコフスキが下がりながらバイクを右に。ヒルシの進路を妨害する。

そしてその隙をついて、カラパスが一気にアクセルを踏んだ。

当然、ヒルシはクフィアトコフスキに抗議する。だが、そうしている間にカラパスはギャップを開いていく。

この職人クフィアトコフスキの奸計によってライバルに突き放されてしまったヒルシは焦って――スリップダウン。落車してしまう。

 

リタイアするような怪我ではなかったものの、これでヒルシは山岳賞、そしてステージ優勝のチャンスを失う。

代わりに3度目の敢闘賞を手に入れたとはいえ、あまりにも大きな代償だった。

 

 

そして続く1級アラヴィ峠(残り57.5㎞地点)の登りで、一度追いついたニコラ・エデを再び振るい落としてカラパスが先頭通過。

さらに超級プラトー・デ・グリエール(残り31.5㎞地点)の激坂登坂でビルバオも脱落させると、先頭はクフィアトコフスキとカラパスのイネオス2人組だけとなった。

 

 

2010年代のツール・ド・フランスを支配し続け、10年間で7回の総合優勝。

「勝って当たり前」の雰囲気の中、常にチームを支えてきたニコラ・ポルタル監督の急逝などの逆風にさらされた結果、「帝国」は2020年代の開幕と共に崩壊のときを迎えた。

しかし、彼らは常に、エースを失ったあとに本来の一人一人の強さを発揮し続けてきた。

ツールでもまた、同じように彼らは、本当の強さを見せつけてくれたのだ。

 

元世界王者ミハウ・クフィアトコフスキと、昨年のジロ覇者リチャル・カラパス。

とくにクフィアトコフスキはここまでカラパスのために全力で牽き続けてきた。それでいてなお、エデを突き放し、ビルバオを突き放してなお、先頭に残り続けた。本当に彼は献身的であるとともに、誰よりも強かった。

だからこそ、ここまで2度のチャンスを失い、今度こそという思いを持っていたはずのカラパスも、クフィアトコフスキに勝利を譲った。

もちろん、これは「イネオス」の勝利だ。彼らは総合優勝こそ失ったが、しかしやはり、強かった。

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総合勢にとっても最後の登りでの勝負となるプラトー・デ・グリエール。

ジャンプアップを狙って総合7位ミケル・ランダがワウト・プールスに牽かれながらアタック。一時は30秒近いタイム差を開く。しかしユンボは落ち着いていて、ワウト・ファンアールト先頭でじわじわとその差を詰めていく。

一方でこの走りで集団からは総合5位アダム・イェーツや総合6位リゴベルト・ウランが脱落していく。

そういった中段での順位変更はあったものの、ランダも結局山頂までの間に捕まえられ、山頂付近でのマスのアタックも不発。ポガチャルの動きもセップ・クスに抑え込まれ、かろうじて山岳ポイント収集のために集団先頭で山頂を通過できた程度に終わった。

ポガチャルはそのあとの2㎞の未舗装路でも果敢に攻撃を仕掛けたが、不発。

ラストのスプリントでの3位ボーナスタイムも奪いにかかるが、これは最後まで残り続けたワウト・ファンアールトによって防がれてしまう。

 

挑戦し続ける若きポガチャル。

完璧なチーム力でこれを抑え込み続ける新・帝国ユンボ。

蓋を開けてみれば、57秒というタイム差は変わらず。

最終日個人TTで逆転するには少し高すぎる壁である。

 

このまま、総合表彰台が入れ替わることのないまま3週間は終わってしまうのか?

 

 

第19ステージ ブールカン=ブレス〜シャンパニョル 166.5㎞(平坦)

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予想通り荒れた「平坦」ステージ

シャンゼリゼ前最後の平坦ステージ。しかし、ここが平穏な集団スプリントで終わると考える者はそう多くはなかったであろう。

そもそもレイアウトからして、ジュラ山脈の丘陵地帯を利用したアップダウンコースで、総獲得標高も2,000mに達する。マイヨ・ヴェールを追いかけるペテル・サガン率いるボーラ・ハンスグローエが勝負を仕掛けてくるのは明白だった。

 

だが、比較的平坦の多いレース前半部分においては、まだそこまでボーラは激しい攻撃を仕掛けてこなかった。逆に抜け出したのが、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでも逃げ切り勝利を果たし、今年もフランス国内選手権TTで優勝している「独走家」レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)であった。

スタート直後からひたすら独走し続けてきた「クレルモンフェランのTGV」。残り47㎞で追走のピエール・ロラン(B&Bホテルス・ヴィタルコンセプト)、ブノワ・コヌフロワ(AG2Rラモンディアル)、ルーク・ロウ(イネオス・グレナディアーズ)がカヴァニャに追い付き、その後も一旦大きな先頭集団が形成される。

だがこれも残り35㎞地点でメイン集団に吸収され、振り出しに。

ここまで集団を牽引しコントロールし続けてきたボーラ・ハンスグローエが、残り32㎞地点を過ぎてからいよいよ勝負に出る。

 

まずはオリバー・ナーセン、ルーク・ロウ、ジャック・バウアーが集団から抜け出す。

ここにサガン、ベネット、ファンアーヴェルマート、クラーウアナスンらが乗っかって、このペースアップの中でカレブ・ユアンが脱落していく。

さらなる追走が加わり、結果として以下の12名が形成された。

 

  • サム・ベネット(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ドリス・デヴェナインス(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ニキアス・アルント(チーム・サンウェブ)
  • セーアン・クラーウアナスン(チーム・サンウェブ)
  • マッテオ・トレンティン(CCCチーム)
  • グレッグ・ファンアーヴェルマート(CCCチーム)
  • ジャック・バウアー(ミッチェルトン・スコット)
  • ルカ・メズゲッツ(ミッチェルトン・スコット)
  • ペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
  • オリバー・ナーセン(AG2Rラモンディアル)
  • ジャスパー・ストゥイヴェン(トレック・セガフレード)
  • ルーク・ロウ(イネオス・グレナディアーズ)

 

この展開自体はボーラの期待通りの結果だったものの、誤算だったのはベネットも執念で食らいついてきたこと。このあとも常にベネットはサガンだけを徹底的にマークしていった。

そしてボーラはあまりにも集団牽引に力を使いすぎて、サガン以外の選手を乗せることができなかった。今大会、ブッフマンのためのクライマーも数を揃えていたことで元々「チーム・サガン」の層が薄かったうえ、重要なペストルベルガーがこの日、蜂に口の中を差されるという不幸の結果DNSとなっていた。

結果、単独で立ち回らなければならないサガンはどうしても他のトレンティンやベネットに対してお見合いの姿勢を取らざるを得ない。

そんな中、許してしまったのが、残り16㎞地点でのセーアン・クラーウアナスンのアタック。 

すでに1勝している「逃げ名手」クラーウアナスンは、見逃すにはあまりにも危険な存在だった。

 

第12ステージのマルク・ヒルシ、第14ステージのクラーウアナスン1勝目に続く、チームにとって今大会3回目の勝利。

決して最強ではないこのチームが成し遂げた、見事なる結果。パリ~ニースでも見せた「最強チーム」としての実力を、大いに発揮してくれた。

 

全身で喜びを表現していた1勝目に比べ、少し余裕のあるガッツポーズをゴール前相当な距離から繰り返していたクラーウアナスン。

だがやはり、ゴールラインを切った直後は、こみ上げる喜びを堪え切ることはできなかった。再び全身を震わせ歓喜の雄たけびを上げる26歳。勝利とは、何度味わっても良いものなのだ。

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そして最後の賭けに出たサガンは結局、ベネットの後ろでフィニッシュする結果に。

最後のシャンゼリゼステージで逆転の可能性が0ではないものの、実質的にはここで終戦。

完走したツールでは今まで手に入れられなかったことの中ったマイヨ・ヴェールを失うことがほぼ確実となったサガンだが、最後の瞬間まであきらめ続けなかったその姿勢は十分に美しいものであった。

この後に控えるジロ・デ・イタリアでの活躍にも、期待している。

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総合勢はもちろん、ノーコンテスト。

戦いの舞台はいよいよ最終決戦の地、ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユへと移行する。

 

 

第20ステージ ルアー~ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユ 36.2㎞(個人TT)

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歴史的な大逆転劇

コースの3分の2以上は平坦基調。

ただしラスト6㎞がラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユの登りを利用した激坂区間で、ゴール直前は20%近い勾配も。

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最終決戦の舞台に相応しい、本格山岳TTである。

 

最初に決定的なタイムを記録したのは30番出走のレミ・カヴァニャ。今年のフランス国内選手権TTで初優勝し、ヨーロッパ選手権TTでも2位。今年の世界選手権においてもその活躍が期待されている新鋭が、3分前に出走したトニー・マルティンすら追い抜いて、その時点での暫定首位ニルス・ポリッツの記録を3分以上更新する驚異的なタイムを叩き出した。

このままカヴァニャの優勝か、と思わせるに十分な走りであった。

その後もカスパー・アスグリーン、ネルソン・オリヴェイラ、ミハウ・クフィアトコフスキ、ダビ・デラクルスなどが好走を見せるも、結局はカヴァニャのあまりにも圧倒的すぎる記録には届かず、3時間近くにわたりホットシートを独占し続けていた。

 

これを塗り替えたのが、ベルギーTT王者ワウト・ファンアールトであった。

序盤の平坦区間こそカヴァニャに届かなかったファンアールトだったが、登りに入った途端にその差を詰めていき、最終的には驚異的なカヴァニャの記録をさらに28秒更新するリザルトを叩き出す。

そしてこれをさらに10秒上回ったのが、チームメートの元TT世界王者トム・デュムランであった。

 

ユンボ・ヴィズマの圧倒的すぎる実力。

このまま、プリモシュ・ログリッチがこれに匹敵する成績を叩き出し、ユンボ・ヴィズマのワンツースリーが実現するのか、そしてそれはあまりにもユンボが強すぎた今年のツールを象徴する終わり方になるのではないか。

そんな風に、思っていた。

 

しかし、デュムランのフィニッシュとほぼ同時に届けられた、第2計測地点をログリッチがポガチャルより36秒遅く通過したとの報告。

 

ここからの15分で、世界の認識が大きく塗り替えられた。

この15分の衝撃については、以下の記事を参照のこと。

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ポガチャルの歴史的大逆転劇の裏側で、もう1つの「大逆転」が巻き起こっていた。

すなわち、総合3位ミゲルアンヘル・ロペスのまさかの大失速と、彼との1分39秒をひっくり返したリッチー・ポートの快走である。

かつて、クリス・フルーム最強のアシストとして活躍し、とくに彼が絶大な強さを誇っていた2013年・2015年の勝利を支えてきた男。

2016年からはチームを飛び出し、自らエースとしてツールを走ることを選択。しかし、持ち前の不幸体質から結果を出すことができず、ツール総合優勝はおろか、グランツール表彰台すら手に入れることができないまま、今年「総合優勝争いをする最後のツール」と自ら決めて乗り込んできていた。

だが、そんな「最後の戦い」で見せた、かつての全盛期に近い力強い走り。

そして最後は、2016年の山岳TTでクリス・フルームを超えて登り区間最速を叩き出したときと同じ足で、トム・デュムランと同タイム、登り区間だけで言えばポガチャルに次ぐ2位となる速度で、フィニッシュした。

そして手に入れた、総合表彰台。

今年のツールの主役の1人は、間違いなく彼であった。

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そして、転落したミゲルアンヘル・ロペス。結果、彼は総合6位にまで落ちてしまった。

だが彼にとってもまた、ツールは初挑戦に過ぎない。

まだ今年26歳の彼は、これからまだまだ伸びていく余地がある。

必ずこのリベンジを果たせるときがくる。彼もまた、2020年代の主役の一人だ。

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第21ステージ マント=ラ=ジョリー~パリ・シャンゼリゼ 122㎞(平坦)

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その「緑」に値する勝利

そして最後の舞台、パリ・シャンゼリゼ。

パリ市街周回コースに入るまでは基本的にはパレード・ラン。総合優勝チームのUAEチーム・エミレーツメンバーによるフォトセッションのほか、ルカ・メズゲッツやマテイ・モホリッチなどの他チームのスロベニア人も加わった「スロベニアン・フォトセッション」。

そして、最高のライバルであり続けたプリモシュ・ログリッチとタデイ・ポガチャルとの、笑顔のツーショットもまた、披露してくれた。

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そして、いつものシャンゼリゼに入れば、そこから先は「スプリンターたちの世界選手権」。

以下4名の逃げが生まれるものの、もちろんこれが最後まで許されることはなく、残り3.6㎞までにすべて集団に吸収された。

 

  • マキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
  • ピエールリュック・ペリション(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • グレッグ・ファンアーヴェルマート(CCCチーム)
  • コナー・スウィフト(アルケア・サムシック)

 

そのあとは右からサンウェブトレイン、左からユンボトレイン。その後ろにドゥクーニンク・クイックステップとロット・スーダルがそれぞれのエースを控えながら態勢を整えている。

残り2.4㎞で先頭は相変わらずの強さを発揮するチーム・サンウェブ。だがそのトレインの間に入り込むようにして、世界王者マッズ・ピーダスンを守るジャスパー・ストゥイヴェン。

残り2.1㎞で集団の左手からドゥクーニンクトレイン。デンマークチャンピオンジャージを着るカスパー・アスグリーンの後ろにはミケル・モルコフが控える最高の発射台体制で、残り1.4㎞。黄金のジャンヌ・ダルク像の前を横切り、最後のコンコルド広場へと入っていく。

残り1㎞を切って、最後の右カーブ。

ここで、一気にペースを上げたモルコフの背後に入り込んだのが、ピーダスンを引き上げていったストゥイヴェン。

昨年のビンクバンク・ツアーでも発揮されていたこのトレックの「牽き上げ力」。

 

だが、ベネットは慌てることはなかった。逆にこれを利用して、残り200mでストゥイヴェンの背中から左に飛び出したピーダスンとほぼ同時に、ベネットが右からスプリントを開始した。

地力では、明確にベネットの方が上だった。だからこそ、1車体分後ろからの同時スプリントでも勝算があった。

あとは出せる力のすべてを振り絞ったスプリントでアシストの献身に応えるだけ。

そしてそれは見事、成功した。

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前輪を持ち上げて地面に叩きつけ、全身を振り絞って吐き出された、4つの咆哮。

「僕はこの勝利に値しない」という異例の勝利コメントで手に入れた第10ステージのツール初勝利からここまで、その栄光のマイヨ・ヴェールを守り続けてきた男が、まさにその勝利、そして緑色ジャージに相応しい勝ち方をしてみせて、世界最高峰の座を手に入れた。

おめでとう、ベネット。

あなたは間違いなく、この賞に値する人物だ。

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そして、戦後史上最年少のマイヨ・ジョーヌが誕生した。

それも、ツール初挑戦で。さらに、山岳賞・新人賞との「3賞同時獲得」で。

これは間違いなく、史上初の出来事であった。

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プリモシュ・ログリッチも、チーム一丸となって挑んだ今年のツール。

最後は敗北したが、彼もまた、そしてチームにとってもまた、本来はこのツールはあくまでも「挑戦」であったのだ。

実際、帝国イネオスを倒したのは確かに彼らだった。今年のツールのドラマの大半を描き切ったのは、彼らの走りだった。

ログリッチはまだまだ、挑戦者であり続ける資格を持つだろう。この先もまた、リベンジを狙ってほしい。

 

そして、リッチー・ポート、プロ11年目の、夢の実現。

もっとずっと早く手に入れるはずだったこの栄光を、最後まであきらめず戦い続けた先に、掴み取った成果であった。

これから先、彼がどういう走りをしていくのかはまだわからない。

ただ彼もまた、2010年代の英雄の一人であり、いつまでもファンの心に刻まれ続ける男であることは確かだ。

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かくして、開催すら危ぶまれた2020年のツール・ド・フランスは3週間の旅路を終えた。

振り返ってみれば、総合争い以外も含め、ここ数年でもとりわけ面白いシーズンだったようにも思える。

まさに、新たなる10年の門出に相応しいというべきか。

 

そして今日から、2021年のツール・ド・フランスは開幕していく。

果たして来年はどんなヒーローたちが舞台に上がり、そしてどんな物語を紡いでいくのか。

今から楽しみでならない。

 

 

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