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【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2020 第2週

 

山岳ポイントの一切登場しない平坦ステージから開幕する第2週は、今大会最も平穏な1週間のようにも感じることすらある。

だが、実際には決してそんなことはない。第12ステージと第14ステージの丘陵地帯はマイヨ・ヴェールを巡るボーラ・ハンスグローエのかき乱しもあって、展開は混沌としたものへと陥る。そんな中、チーム・サンウェブが見せた見事なチームワークは、今大会もっと美しい光景の1つであろう。

そして、第13ステージのピュイ=マリーと第15ステージのグラン・コロンビエ。標高2,000mを超えるような超・超級山岳とはまた違うものの、その道のりは確実に厳しく、苦しい。まさに今大会を象徴するようなステージ2つである。

 

そこで、まさかの、衝撃の展開も待ち受ける。

ある意味今大会最も「面白い」1週間かもしれない、そんな第2週を全ステージ細かく振り返っていこう。 

 

目次

  

↓コースの詳細はこちらから↓

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↓第1週のレビューはこちらから↓ 

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↓昨年の2週目レビューはこちらから↓

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↓第3週はこちらから↓

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第10ステージ ル・シャトー=ドレロン(オレロン島)〜サン=マルタン=ド=レ(レ島) 168.5㎞(平坦)

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山岳ポイントが1つもないオールフラットステージ。波乱など起こりそうもない平穏なステージになりそうなレイアウトながら、実際には島と大陸とを結ぶ橋が2つ存在する「ザ・横風」ステージであり、一筋縄ではいかない展開となった。

 

オレロン島を離れる橋の上で切られたアクチュアルスタート。と、同時に、2人の逃げが生まれる。

 

  • ミヒャエル・シェアー(CCCチーム)
  • シュテファン・キュング(グルパマFDJ)

 

風に強い大柄のスイス人2人組。終盤まで逃げ続けることも期待されたが、やはり横風を警戒する各チームのトレインが危険回避で集団の前に上がってくると集団全体がペースアップ。

さらに残り102㎞地点に達すると、ドゥクーニンク・クイックステップのレミ・カヴァニャやティム・デクレルクが先頭を強烈にリードアウト。たまらず集団は分裂し始め、その流れの中で逃げの2人も捕まえられてしまった。

その後は一旦集団も一つに。落車も頻発し総合7位のタデイ・ポガチャルや総合3位のギヨーム・マルタンも巻き込まれるも、やがて集団に復帰している。

 

最後のレ島にわたる長い橋の手前、残り19㎞地点を超えると、「横風職人」ルーク・ロウを始めとするルーラーたちの活躍によって大規模な横風分断が発生。

立て続けに発生した落車に再びギヨーム・マルタンが巻き込まれたなどの情報が錯綜する中、80名程度に絞り込まれた先頭集団が遮るもののない橋の上に到達。

だが、この橋の上ではこれ以上の動きは起こらず。マルタンも集団復帰し、この日の主役たちも一通りそろった状態で、まるで何事もなかったかのように集団スプリントが開始された。

 

残り3㎞を切って今大会非常に絶好調なチーム・サンウェブのトレインが先頭を支配。これだけ早い支配権の獲得は大体にして残り1㎞で崩壊するパターンが多いのだが、今年のサンウェブの強さは、残り1㎞を切ってもアシストを3枚以上残しているという耐久力の高さだ。

だが、今日に限って言えば、エースのケース・ボルが後方に追いやられていた。

結果として、最終発射台の役目を果たすはずだったヨリス・ニューエンハイスは、その背後についていたドゥクーニンク・クイックステップの最終発射台ミケル・モルコフのための完璧なリードアウトを提供してしまった。

そしてこのモルコフの牽きが強かった。残り400mでニューエンハイスが離脱したことによって先頭を担うことになったモルコフだが、彼がこの限界ギリギリの状況で残り150mまで牽ききったことによって、ベネットの勝利が確定した。

向かい風の中ということもあって、あと50mモルコフが離脱するのが早かったら、ベネットは勝てていなかっただろう。

「最強リードアウター」の名は伊達ではない。

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そして、サム・ベネット「ツール初優勝」。彼の実力から言えば、「ようやく」である。

とはいえ元は、プロコンチネンタルチーム時代の「ボーラ」の生え抜き選手。チーム・サガンとして発足した2017年当時はまだ無名に近かったが、パリ~ニースでの勝利を始め、ワールドツアー初年度からサガンと並ぶほどの勝ち星を挙げた。

そして、2018年は「最強」エリア・ヴィヴィアーニに食らいつくジロ・デ・イタリアでの3勝。2019年のブエルタ・ア・エスパーニャでは純粋な平坦スプリント以外でも強さを発揮して2勝。ジロのアッカーマン、ツールのサガンと共に、その年のグランツールのスプリント戦線をボーラ・ハンスグローエが完全支配することとなった。

それだけに、彼はその才能を存分に発揮すべく、自分を育ててくれた「ボーラ」を去らねばならなかった。そして手に入れた、「最強トレイン」。だが、2018年のヴィヴィアーニがそうであるように、この「最強」を背負うにはそれ相応のプレッシャーを背負うことも意味する。

 

2018年、ヘント~ウェヴェルヘムでの敗北で涙し、ジロ・デ・イタリアでの勝利でほっとしたと告げたヴィヴィアーニ同様、この日勝利したベネットの表情には爆発する歓喜以上のものが浮かんでいたように思う。 

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おめでとう、ベネット。

 

 

第11ステージ シャトライヨン=プラージュ〜ポアティエ 167.5㎞(平坦)

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前日につづくがっつり平坦ステージ。さすがに集団も落ち着いた日を作りたいという思いがあったのか、この日は毎年のツール・ド・フランスには1日は必ずある「1人逃げ」ステージとなった。

 

  • マチュー・ラダニュ(フランス、グルパマFDJ)

 

一応、のちに追走としてペストルベルガー、ナーセン、キュング、ストゥイヴェン、ファンアスブルックの5名が抜け出す場面があったものの、これはすぐにプロトンに吸収され、結局はラダニュの一人旅のまま残り距離を消化していく。

残り60㎞地点の中間スプリントポイントでは、2位通過による大量ポイント獲得を目指してマイヨ・ヴェール候補たちが本気のスプリント。

前日にペテル・サガンからマイヨ・ヴェールを奪い返しているサム・ベネットが先頭(2位)通過を果たし、彼をリードアウトしていたモルコフが巧みに2位に入り込み、ベネットの背後にいたサガンは集団3番手(4位)通過となってしまった。

結果、マイヨ・ヴェールを巡るポイント争いは25ポイント差に広がる。それでも、マイヨ・ヴェール職人サガンであれば、この先のステージでこの差を逆転できる可能性は十分にある――そう、思って、いたのだが。

 

 

この日の集団スプリントはレイアウトや天候からでは想像のできないカオスなものに。

まずは残り6㎞でボーラ・ハンスグローエのルーカス・ペストルベルガーがアタック。これは真っ向勝負ではベネットに勝てないと判断したボーラの「搦め手」だったのだろうか。

ある意味それに乗る形で、ドゥクーニンク・クイックステップもカスパー・アスグリーンとボブ・ユンゲルスという2人のTTスペシャリストを追撃に出す。

スプリンターチームの2つが奇襲に出たことによって、集団を牽引する力は一気に弱体化。最初はロット・スーダルとコフィディス・ソルシオンクレディが積極的に牽引するも、どちらも最終発射台(デブイストとコンソンニ)を使い切ってしまう勢いで追い上げざるを得ず、後半に失速。

代わって出てきたトレック・セガフレードやNTTプロサイクリングの努力によって、残り2㎞で逃げた3名を捕まえることに成功した。

 

結果、集団の中のトレインは崩壊。各エースは単騎で戦わざるをえない状況が生まれる。

最初に仕掛けたのはブライアン・コカール率いるB&Bホテルス。そのトレインの後ろには単騎のサム・ベネットと、ボアッソンハーゲン。サガンはその後ろにつけており、アシストを失ったユアンはこの時点で沈んでいた。

残り350mでジャスパー・ストゥイヴェンが前に出て集団を牽くが、彼が本来率いるべきエースのマッズ・ピーダスンの姿はない。

その右手から抜け出したのがワウト・ファンアールト。すでに2勝しており今大会トップスプリンターの仲間入りを果たしている彼が完璧な勢いで集団の先頭を突き抜けていく。少し遅れてサム・ベネット、そしてその後をついていく形でポジションを上げてきたカレブ・ユアン。

さらに、ファンアールトとコース右端のフェンスとの狭い隙間を縫って上がってきたのがサガンだった。

ファンアールトの横に並び立ったそのとき、観客が突き出したスマートフォンを避けようとしたのか、明確な意図をもって身体を動かしたのかは不明だが、結果として彼は、左を走るファンアールトを押しのける形でそのバイクを前に突き出した。

同時にベネット、ユアンもバイクを投げ出す。ただ一人、押しのけられた影響でファンアールトだけがバイク投げを行えずに終わった。

 

今大会最強の4名による横一線のスプリント。

ギリギリの戦いを制したのは、今大会2勝目となる、カレブ・ユアンだった。

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常に1位と2位とを競い合うかのような関係にあるユアンとベネットは、前日同様にフィニッシュ後に握手を交わす良好な関係。

一方で、押しやられた形となったファンアールトとサガンとの間には険悪な雰囲気が漂い、レース後の判定によりサガンには降格処分。

また、その際サガンに対して非紳士的な態度を取ったファンアールトに対しては罰金処分が下された。

ボーラ・ハンスグローエも裁定後ただちにこれを受け入れる声明を発表し、これ以上の波乱は生まれはしなかったものの、これにてベネットとサガンとのポイント差は68ポイントに開き、サガンの8枚目のマイヨ・ヴェールに黄信号が灯ることとなった。

 

次の純粋なスプリントステージは第19ステージと最終日シャンゼリゼを残すのみ。

果たして、このスプリンター頂上決戦の行方はどうなってしまうのか。

 

 

第12ステージ ショヴィニー〜サラン(コレーズ県) 218㎞(丘陵)

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今大会最長ステージ。終盤までアップダウンが続く逃げ向きのコースということで、スタート直後に4名の逃げ。次いでアスグリーンとブルゴドーが追撃で抜け出し、以下の6名がまずは合流した。

 

  • ルイスレオン・サンチェス(アスタナ・プロチーム)
  • イマノル・エルビティ(モビスター・チーム)
  • ニルス・ポリッツ(イスラエル・スタートアップネイション)
  • マキシミリアン・ヴァルシャイド(NTTプロサイクリング)
  • カスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • マチュー・ブルゴドー(トタル・ディレクトエネルジー)

 

しばらくは落ち着いた様子を見せていた逃げとメイン集団だが、終盤の激しいアップダウンが近づいてくるにつれ、そのタイム差はじわりじわりと縮んでいき、逃げ集団も少しずつバラバラになり始める。

残り50㎞を切って3級山岳ラ・クロワ・デュ・ペイ峠(登坂距離4.8km、平均勾配6%)に突入する頃になると、先頭はアスグリーンとエルビティの2人だけに。

メイン集団とのタイム差は30秒にまで迫ってきていた。

 

さらにボーラ・ハンスグローエが集団の先頭をペースアップすることで、マイヨ・ヴェールを着るサム・ベネットやユアン、ヴィヴィアーニらスプリンターたちも遅れ始める。

前日の降格が原因でマイヨ・ヴェール争いに大きなビハインドを抱えることとなったペテル・サガンだが、彼がまだ諦める気はさらさらないことをここで明確に示すこととなった。

 

 

だが、先頭2人の背中が見えたタイミングで、集団からチーム・サンウェブのティシュ・ベノートとセーアン・クラーウアナスンの2人が抜け出し、前の2人を一気に追い抜いた。

この動きをきっかけとして集団からは次々と新たな逃げメンバーが現れ、その中にはチーム・サンウェブから3人目、マルク・ヒルシの姿も。

結果として「先頭集団」として新たに出来上がったのは以下の6名となった。

 

  • セーアン・クラーウアナスン(チーム・サンウェブ)
  • ティシュ・ベノート (チーム・サンウェブ)
  • マルク・ヒルシ(チーム・サンウェブ)
  • マルク・ソレル(モビスター・チーム)
  • カンタン・パシェ(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)
  • マキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)

 

さらに後続からはアレクセイ・ルツェンコ、アレッサンドロ・デマルキ、ピエール・ロラン、ニコラス・ロッシュなどを含む15名近い追走集団。

ドゥクーニンク・クイックステップのボブ・ユンゲルスが精力的に牽引し先頭の6名を捕まえようとするも、先頭も先頭で3名含んだサンウェブがローテーションを仕掛けてペースを維持。

そして今日の勝負所2級山岳スック・オ・メイ(登坂距離3.8km、平均勾配7.7%)で、ベノートとクラーウアナスンが脱落するタイミングに合わせてヒルシが単独で抜け出した。

 

第2ステージの最後の登りでアラフィリップと共に抜け出し、最後のスプリントでも強烈な追い上げを見せたものの惜敗。

第9ステージでも独走を見せてラスト2㎞まで逃げ続けたものの、最後はログリッチらの精鋭集団に捕まえられて3位で終わる悔しい経験を重ねてきたヒルシ。

2018年のU23世界王者はこの日、3度目の正直とばかりに、ついに勝利を掴み取った。

それも彼だけの力ではなく、チームメートの力を存分に生かして。

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最後に抜け出したロランが2位に入るが、そのあとの集団の先頭はクラーウアナスンが獲得。

こちらもガッツポーズを掲げてのフィニッシュ。

サンウェブのチームとしての成功を象徴する1日だった。

 

生き残った12名の逃げ集団のあと、メイン集団先頭で13位フィニッシュを果たしたのがペテル・サガン。

結局、スプリンターたちを振るい落としたはいいものの、手に入れたのは中間スプリントポイントでの獲得ポイント差を差し引いて2ポイントのリードだけ。

それでも、まだまだサガンも諦めない。彼らもチームとして、目標を追い続ける。

 

 

第13ステージ シャテル=ギヨン〜ピュイ・マリー(カンタル) 191.5㎞(山岳)

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今大会のクイーンステージの1つと言ってもよい、中盤の重要な勝負所。

2,000mを超える山はないものの、総獲得標高は今大会最大の4,400m。ラスト15㎞に平均勾配9.1%の2級ネロンヌ峠、そしてフィニッシュにラスト3㎞の平均勾配が11%を超える超激坂1級ピュイ=マリーが待ち受ける。 

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激しいアップダウンを擁するこのステージは序盤からアタック合戦が繰り広げられ、6名の第1集団とこれを追いかける追走集団が最終的にはジョイン。

以下、17名の大規模逃げ集団が形成された。

 

  • ヒュー・カーシー(EFプロサイクリング)
  • ニールソン・ポーレス(EFプロサイクリング)
  • ダニエル・マルティネス(EFプロサイクリング)
  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • マキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
  • レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)
  • ワレン・バルギル(アルケア・サムシック)
  • ヴァランタン・マデュアス(グルパマFDJ)
  • ダニエル・マーティン(イスラエル・スタートアップネイション)
  • ニコラ・エデ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • シモン・ゲシュケ(CCCチーム)
  • パヴェル・シヴァコフ(イネオス・グレナディアーズ)
  • マルク・ソレル(モビスター・チーム)
  • ダビ・デラクルス(UAEチームエミレーツ)
  • ロメン・シカール(トタル・ディレクトエネルジー)
  • ピエール・ロラン(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)

 

メイン集団と逃げ集団とのタイム差は10分を超え、逃げ切りがほぼ確定した中で、動きが起こったのが残り40㎞。

3級山岳アングラール=ド=サレ峠(登坂距離3.5km、平均勾配6.9%)突入直前に逃げ集団の中からニールソン・ポーレスが抜け出した。

さらに、登りの突入でマキシミリアン・シャフマンが単独で追走開始。

3級山岳を越えたあとの下りでポーレスに追い付いたシャフマンは、そのまま残り18.5㎞から独走を開始した。

 

イル・ロンバルディアでの事故で鎖骨を骨折したシャフマン。

しかし今年はすでにパリ~ニースで総合優勝を果たしているなど、調子はかなり良く、ボーラ・ハンスグローエとも長期の契約更新を決めているだけに、今後このドイツチームでの主役として走り続けるためにもここは何とか結果を持ち帰る必要があった。

 

そして残り15㎞から、この日の勝負どころの1つ目、2級ネロンヌ峠(登坂距離3.8km、平均勾配9.1%)に突入。

先頭はシャフマン単独。そして追走集団では、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ総合優勝者ダニエル・マルティネスが一気にペースアップを図った。

このマルティネスの動きに、シャフマンのチームメートであるレナード・ケムナが食らいつく。最初は食らいついていたマルク・ソレルも突き放し、この2人が先頭のシャフマンを追う格好に。

 

状況は、ボーラ・ハンスグローエの圧倒的有利であった。当然、ケムナもマルティネスの背中にツキイチ。

しかし、マルティネスはさすがに強かった。常に先頭固定にも関わらず、逃げるシャフマンとのタイム差をじわりじわりと縮めていく。

このネロンヌ峠ではメイン集団でも動きが起こる。まずはミハウ・クウィアトコウスキなどの牽きでイネオス・グレナディアーズがペースアップを図り、メイン集団の人数は早くも10数名に。総合3位ギヨーム・マルタン、総合4位ロマン・バルデが力なく遅れていく。

さらにクフィアトコウスキが脱落したタイミングで、今度はリチャル・カラパスがアタック。

これはもちろんすぐにユンボ・ヴィズマトレインに捕まえられるも、今大会山岳での支配権を完全にユンボに引き渡してしまっているイネオスが、なんとか早い段階でユンボのアシストの足を削ろうという思惑だったのかもしれない。

しかしトム・デュムラン、そしてセップ・クスといったユンボの強力なアシストたちは健在のまま、最後の1級ピュイ=マリー(登坂距離5.4km、平均勾配8.1%)へと突入していく。

 

ラスト3㎞が平均11%を超えるという凶悪なピュイ=マリー。

その超激坂区間でさらにペースアップしたマルティネスが、残り1.5㎞でシャフマンを捕まえた。

すかさずケムナがアタックを仕掛けるが、ここまでずっと先頭固定で牽いていたはずのマルティネスに衰えは一切見られず、いとも簡単にこれを抑え込む。

再びマルティネス先頭固定。本来であればボーラが牽くべき責任がありそうなところを、意に介さず牽き続けるマルティネス。

この日は彼が強すぎた。圧倒的に。

 

残り650mでケムナが捨て身のアタックを仕掛けるが、結局マルティネスを引き離すことはできなかった。その直後のマルティネスのカウンターアタックにはなんとか食らいつけたケムナだったが、もはやなすすべはなかった。

ラスト150mでスプリントを開始したケムナを悠々と捕まえ、最後の50mでしっかりと抜き返したマルティネスが、見事、ツール・ド・フランス初優勝を飾った。

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そして、メイン集団でもこのラスト3㎞で動きが巻き起こる。

まず仕掛けたのはタデイ・ポガチャル。そしてプリモシュ・ログリッチも当然これに食らいつく。

意外だったのはエガン・ベルナル。調子を上げてきていたように思えていた彼が、この日まさかの失速。

最終的にはログリッチから38秒遅れでフィニッシュ。総合順位もポガチャルに抜かれ、3位に。

まだ総合首位ログリッチから59秒差しかついていないとはいえ、前年覇者のまさかの失墜に、行く末の混沌さを感じさせた。

 

果たしてこれは、たった1日だけのバッドデイなのか。

それともこれが、今年のツールの運命を象徴するのか。

 

 

第14ステージ クレルモン・フェラン〜リヨン 194㎞(平坦)

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平坦ステージとカテゴライズされているものの、そう簡単にはいかないことは明白なレイアウト。

そして、そういった展開を望むチームがいた。

マイヨ・ヴェールをまだ諦めていない、ボーラ・ハンスグローエである。

 

最初に生まれた逃げは2名。

 

  • シュテファン・キュング(グルパマFDJ) 
  • エドワード・トゥーンス(トレック・セガフレード)

 

ケース・ボル(チーム・サンウェブ)も当初乗ろうとしていたものの、早い段階で脱落。2人旅が始まる。

しかしメイン集団ではボーラ・ハンスグローエが強烈にペースアップ。

序盤の4級山岳の登りでペテル・サガンがマキシミリアン・シャフマンに導かれながら抜け出して、追いすがろうとしたサム・ベネットもたまらず突き放されてしまった。

結果、その先の中間スプリントポイントをサガンが3位通過。

6位通過となったベネットとのポイント差を5ポイント縮める結果となった。

 

サガンは直後に集団に戻るものの、続く2級山岳の登りでも引き続きボーラ・ハンスグローエが牽引。

一時は6分弱にまで開いていた2人とのタイム差も着実に縮んでいき、メイン集団からはベネット、ユアン、ヴィヴィアーニらスプリンターたちが次々と脱落していく。

第12ステージに続くボーラのチーム戦略が、「平坦」カテゴリを粉々に砕いていった。

 

先頭でもキュングがトゥーンスを突き放して独走を開始したものの、残り80㎞地点で吸収。

ボーラが支配するプロトンからは新たな逃げは生まれず、このまま、トップピュアスプリンターたちを除いた集団の中でのスプリント勝負――ボーラが理想としていた展開――に持ち込まれる、そんな風に思われていた。

 

 

しかし、ゴール前10㎞から始まる2つのカテゴリ山岳と3つの登りが、そんな単純な展開を否定した。

仕掛けたのは第12ステージで見事なチームワークを見せてくれていたチーム・サンウェブであった。

 

残り11㎞。4級山岳ラ・デュシェール峠の登りに差し掛かると同時にティシュ・ベノートがアタック。

単独で抜け出したベノートに対し、ボーラ・ハンスグローエはレナード・ケムナを先頭に猛追を仕掛け、残り7.6kmで捕まえる。

そしてその勢いで今度はケムナが独走を開始。残り5.9㎞で最後の4級山岳ラ・クロワルース峠の登りに突入すると、今度はプロトンからトーマス・デヘントもアタック。

 

出入りの激しいこの終盤の展開にさらなるスパイスを加えたのは、残り5.3㎞でアタックしたジュリアン・アラフィリップに食らいついていったエガン・ベルナルの存在。

当然、ユンボ・ヴィズマとしてはこの奇襲に対応せざるを得ない。集団が蛇のように連なり、前を逃げるデヘント、ケムナ、そしてそれを追い抜いて先頭に立ったアラフィリップたちをものすごい勢いで飲み込んでいく。

 

そして残り4.2㎞。一瞬たりとも集団を落ち着かせないとでもいう意志を感じさせて、マルク・ヒルシがアタック。

これを逃すわけにはいかないと判断したペテル・サガンが自らブリッジ。

そして、一旦集団の先頭でペースダウンをもくろんだサガンがコースの左端に進路を変えた瞬間に――右端からセーアン・クラーウアナスンがアタック!

 

 

2018年のパリ~ツールで、お見合いをするニキ・テルプストラとブノワ・コヌフロワを尻目に独走を開始し、彼らを突き放した「独走の名手」。

このときも、コフィディス・ソルシオンクレディの選手を先頭にしたメイン集団からみるみるうちにタイム差を開いていき、最後は15秒ものタイム差をこの平坦で、集団相手につけるという圧倒的な結果でもって勝利を掴んだ。

両手を上げ、右手を突き出し、胸のスポンサーを誇示して、もう一度両手を広げ、もう一度右手を振り上げ――そこまでしても、まだ歓喜は身体の中に残っていた。

最後に両手をまっすぐに伸ばし、彼は天に向かって咆哮した。

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ラスト11㎞で魅せた、ベノート、ヒルシ、そしてクラーウアナスンの波状攻撃。

今年のパリ~ニース第6ステージではこのクラーウアナスンがニキアス・アルントと共にベノートの勝利をアシストした。今大会の第12ステージでは、ベノートとクラーウアナスンがヒルシの勝利をアシストした。

そして今度は、クラーウアナスンのために、ベノートとヒルシが足を使った。

まさに、チームワークの勝利。今大会前半のケース・ボルのための最強トレインといい、サンウェブは「最強」はいないけれど、「最強のチーム」であることは、間違いなかった。

 

 

第15ステージ リヨン〜グラン・コロンビエ 174.5㎞(山岳)

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ラ・プランシュ・デ・ベル・フィーユと並ぶ「新しき伝統」のグラン・コロンビエ。ツール史上初、このグラン・コロンビエの山頂にフィニッシュを置いた、今大会最重要ステージの1つである。

 

逃げ切りも十分に狙えそうなステージだけに、序盤からアタック合戦が頻発。

平均時速50㎞に達するハイ・スピードの展開の中で、30㎞ほど消化した末に以下の8名の逃げが確定した。

 

  • マッテオ・トレンティン(CCCチーム)
  • シモン・ゲシュケ(CCCチーム)
  • ケヴィン・ルダノワ(アルケア・サムシック)
  • ヘスス・エラダ(コフィディス・ソルシオンクレディ) 
  • ミヒャエル・ゴグル(NTTプロサイクリング)
  • マルコ・マルカート(UAEチームエミレーツ)
  • ニッコロ・ボニファツィオ(トタル・ディレクトエネルジー)
  • ピエール・ロラン(B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプト)

 

しかしタイム差は思うように広がらず、逃げ切りの芽はかなり少ないように思えた。

最初の1級山岳フロメンテール峠の登りで逃げ集団もバラバラになり、山頂を先頭で通過したのはエラダ、ロラン、ゲシュケの3名。

フロメンテール峠終盤の激坂区間で斜めに蛇行しながら苦しそうに走っていたゴグルがペースを取り戻して追いつくとそのまま3名を追い抜いて独走を開始。

下りではエラダが危なっかしい走りを見せて遅れ、先頭はゴグルとロランの2人だけに。

続く1級ビシュ峠とグラン・コロンビエの麓との間の平坦区間で、ロランが心底苦しい表情を見せながら逃げ続けるが、グラン・コロンビエに到着したときにはすでにメイン集団とのタイム差は2分を切っていた。

 

最後はゴグルを突き放したロランが敢闘賞を獲得。

しかし8年ぶりのツール・ド・フランス優勝には届かず、残り13㎞であえなく吸収されてしまった。

 

そしていよいよグラン・コロンビエ最終決戦。

残り17.4㎞の登り口に到達すると同時に、集団の先頭のロベルト・ヘーシンクが離脱し、先頭はワウト・ファンアールトに。

ここからの彼の牽きが、あまりにも衝撃的であった。

その距離、実に8.6㎞。グラン・コロンビエの麓から真ん中までをただ一人で牽き続けた。

しかもただダラダラと登っていたわけではない。彼が刻むハイ・ペースによって、集団からはダヴィ・ゴデュ、セバスティアン・ライヒェンバッハ、ダニエル・マーティン、ポガチャルのアシストだったヤン・ポランツとダビ・デラクルス、ポートのアシストだったエリッソンド。

そして総合5位ナイロ・キンタナと――何よりも、あのエガン・ベルナルが、ここで遅れ始めてしまったのだ。

 

残り8.8㎞でついに仕事を終えるファンアールト。完全にオールアウトしたような様子で落ちていく彼の姿は、数年前、チーム・スカイ全盛期のころにアシストしていたミハウ・クフィアトコフスキを彷彿とさせた。

そのクフィアトコフスキは今、若き新エースを引っ張り上げる仕事をこなしていた。時代は、変わってしまったのか。

 

集団の先頭にはいまだジョージ・ベネット、トム・デュムラン、セップ・クスの強力な3枚の山岳アシストを揃えるユンボ・ヴィズマ・トレイン。

その後ろにはもう、アシストのいないポガチャルに、ビルバオとカルーゾに守られたランダと、若きテハダを従えるロペスと、バルベルデ&マスのダブルエースに、単独で走るウラン、ポート、アダム・イェーツといった面々。

残り7.1㎞で1分42秒遅れのアダム・イェーツがアタック。このタイム差、総合順位はこのまま独走を許されてステージ優勝の可能性もある、そんな絶妙なタイミングではあったが――その攻撃すら、ユンボ・ヴィズマは許さない。

2017年ジロ・デ・イタリア総合優勝者トム・デュムラン得意の「マイペース走行」で、一度は離れたアダム・イェーツとのギャップを徐々に縮め始める。

残り5.8㎞でイェーツ、吸収。

この後、彼らユンボに対して攻撃を仕掛けられるようなライバルは、最後まで現れなかった。

 

だから残り600mで最初に仕掛けたのはログリッチ自身だった。

ここにすぐさまポガチャルが食らいつく。ここまで仕事をする必要のなかったセップ・クスがすかさずポガチャルの背後を捉える。

この最終局面でクスはなおもログリッチの前に出て鉄壁の構え。

一度落ち着いた先頭集団から残り350mで飛び出したのがリッチー・ポート。

だがログリッチらを突き放すことはできず、まるでマイヨ・ジョーヌをアシストするかのように残り距離を消化していく。

 

そして残り150mでコースの右からタデイ・ポガチャル、左からログリッチ。

2人のスロベニア人ライダーがサイドバイサイドでフィニッシュに雪崩れ込んできて――最後に両手を広げたのは、ヤングライダーの男だった。

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タデイ・ポガチャル、今大会2度目の勝利。

それはすなわち、偉大なる先輩ログリッチを真っ向勝負で下した2回目となる。

しかも今回は強烈なる超級山岳の山頂で。アシストにがちがちに守られたログリッチに対し、終盤1人で戦い続けたログリッチが。

 

その総合タイム差は、40秒。ログリッチ相手には決して小さなタイム差ではないものの、それでも、可能性を感じさせる差ではある。

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第2週終了時点での総合順位

 

 

それでも、まだ決定的なタイム差はついていない。

ここから先、まだまだ何が起こるかわからない。総合7位のミケル・ランダ、もしくは総合8位のエンリク・マスまで、まだまだ総合表彰台の顔ぶれは大きく入れ替わる可能性を残している。

 

それも、すべては激動の第3週。

序盤から繰り広げられる「山岳ステージ3連戦」が、予想もつかないドラマを生み出していく可能性は十分にある。

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果たして最後に表彰台の頂点に立つのは、誰だ。

 

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